彼を可愛いと思うとき   作:延長戦

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2:いつから始まっていたんだろう

きっと、ことが動き出したのは、私が退職の旨を上司に伝えた時なんんだろう。

でも、いつから始まったのかは、全然検討もつかない。

 

20歳からお世話になった会社に別れを告げると決め、上司から人事部へ話が行くと、あっさり代わりの要員が廻されてきた。

所詮、会社とはそういうもの。

私は一抹の寂寥を胸に留めて、できる限り引き継ぎを完璧にし、人員を育てることに心血を注ぐことを誓った。が、それは数週間で崩れ去ることになる。まさか、私同様に退職を希望する人員が廻されてきたなんて思いもよらず、事態の不整合さに戸惑った。この人手不足の時代にこんな意味のない人事異動を行う上層部に怒りすら覚えた。だが、会社からすれば寝耳に水。その人員は退職の意思を誰にも伝えず、異動してきた先の上司に告げたのだ。実におかしな話だった。私は目の前の訳のわからない社員に頭を抱えた。このままでは私が退職したあとの部署が心配でしかない。ましてや、直属の後輩二人の負担を考えると申し訳ない気持ちしかない。

 

そう、たまたま二人で職場を閉める時にこの話をしてから、全てが動き出したように思う。

 

「本当にごめんね。ちゃんと3月末日までしっかり働いて、引き継ぎもしっかりするから。」

 

本当、なんでこんなことになったんだろ。あんな人が異動してくるなんてついてない。本来なら、全部完璧に終わらせかたったな…。

 

「いえ、これは主任の責任ではないですし、気にしないでください。あとはなるようにしかなりませんからね!」

「ありがとう!ほんと、頼もしいよ」

 

さ、この後エステだし、さっさと帰ろう。

すぐさま荷物を持ち、階段へと向かい後輩に挨拶をする。幸いこの非常階段を1階降りるだけで地上に出る。予約の時間には十分間に合うだろう。そう思って非常階段の扉を開けた時

 

「あの!…」

 

私は着実に歩みを進めながら彼の声を聞いたが、内容まではわからない。

何か言ってるな。何だろう?あ、この前飲みに行こうって言われてたし、その話かな?にしても、なんかワードが長いけど…。ま、いっか。大事なことならまた連絡来るだろうし。

 

「はいはーい!」

 

私はそう返事して残りの階段をかけ降りた。

その後、なんだったのか気になりはしたが、私は用事を済ませ帰路に着いた。ぼんやり車窓の外を見つめているとスマホが震えた。

 

“本当にドライブ行ってくれるんですか?”

 

なんだこの文章は。

帰り際に話していた後輩だった。

あの帰り際はドライブに誘っていたのか。なにゆえ?そして何故ドライブ?コロナのせいで無闇に出かけられないからか?いや、私を誘った?正気か?社内では恐れられる先輩として有名だった私を?一体、何が起きているんだ。第一、こいつのことは後輩としては可愛がってきたつもりだけど、そもそもの胡麻すり体質で人間的にはあんまり好きではない。まあ胡麻をすれるということは他人への観察力に長けているから出来て、上役からも好かれている要因だけど、私はあまり好きではない。そしてドライブ…。職場でしか知らない人とドライブ…。なんとなく、嫌だ。ないな。

私はなんて返そうか心底悩んだ。

だが、私はあの場で適当なりとも承諾の返事をしてしまっている。気が進まなくても前後撤回することは性格上したくない。ということは、行くしかないのか…。

 

“ま、いいよー”

 

これがこの時の私の精一杯だった。

1度行けばそれで済む。相手には失礼な話だが、そんな感覚だった。

 

“ありがとうございます!来月中に行きましょうね!”

 

そんな可愛い返事にもスタンプ1つ送り返しただけだった。

が、この出来事から数日後、私の退職月に入った途端、目まぐるしく忙しい日々が訪れた。毎日なんの余裕もなく、引き継ぎ書の作成も進まず、圧迫される日々。彼からはなんのアクションもない。このまま忘れてくれるのではないか。どうせなら有終の美を飾りたい。なんのドラマも起こさず、平穏にこの会社を立ち去りたい。そう願ってみたが、現実は違う。彼はまたしても二人で職場を閉める時に近づいてきた。

 

「最近、忙し過ぎますね。来月は忙しいですか?」

 

来月なんて有給消化中で働きもしていないし、コロナで海外旅行にも行けないのに、忙しい訳がない。そして私には次の就職に向けて資格取得の目標がある。ただひたすら家に籠る日々があるだけだ。断る理由が見つからない。

 

「じゃあ来月にしましょ!いいですか?」

 

いいも悪いもない。こいつの、この、わかりきった答えにもわざわざ確認とってくるところが抜け目なくて苦手だ。言葉のあやというものが使えない。

 

「ま、いいよー」

「ありがとうございます!」

 

そんな笑顔で言わないで…

でも、ちょっと可愛い。

 




やっと視界に入ってきましたね
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