彼を可愛いと思うとき   作:延長戦

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4:なるようになれ

色々考えたけど、今日という日に私が予定を入れているわけないので、もし決行となっても断る理由なんてないのよね。これはもうぐだぐだ考えず流れに身を任せるしかない。

いや、むしろ、今まで私はそうやって生きてきた。好きと言われれば付き合い、酔っ払って知らない人とキスすればホテルにも行った。そんなはちゃめちゃな若かりし頃を思えば、なんて健全なんだ。だってまだ1度も股を開いてないじゃないか。何より、知らない赤の他人が相手ではない。この部署にきて2年弱共に働いた仲だ。もしかしたら私の印象は印象で留まり、彼はいい子かもしれない。だが、彼はたまに聞くプライベートでは遊んでる風を匂わせてくる。これはもしや何かのゲームで、社内で有名な恐い人落とせるかなんてやってないだろうな。今時の若者は何を考えているか本当にわからない。この3年の差はマラリア海溝より深いものだ。

もはやこの妄想は止まることを知らない。

とりあえず、色んな意味を含めて彼は興味本意と位置付け、後は流れを見極めるしかないと言い聞かせて業務についた。

 

一体どんなテクニックを使ったのか、何のタイミングなのかわからない。彼はさりげなく側に立っていた。

 

「今日のこと、聞きました?どうします?」

「聞いたよ。仕方ないよね。私はどっちでもいいよ。また、集まれる時でもいいし、今日の予定は空いてるからサクッと飲んで帰ってもいいし。」

 

しばし彼は考える。だが、私はここで畳み掛けることにした。

 

「あ、飲みに行くなら私とりまるに行きたいな!あそこの大将、随分会ってないし、辞めることも言っておきたいかも」

「それどこですか?」

「この2つ隣のビルの地下。井上課長とかよく見かけるし、社内でも結構人気だよ」

 

そこまで言うと、彼の眉が下がった。困ったように笑って明後日の方向を向いてしまった。

 

「ま、考えといて。私明日会えない人達に挨拶回り行ってくるね」

 

私はその場を離れる。確か彼は社内でこんなことバレたくないから、きっとこの提案は回避してくる。一番安易な回避方法は、また3人で集まれる日にすること。選択肢は事前に絞ってある。人間、困ったら楽な方に逃げたくなるもの。これで私は最終日をアルコールに犯されることなく迎えられそうだ。

 

夕方、私は持ち帰ることの出来ない量の送別品を持って部署に帰ってきた。先輩、同僚、後輩、さらには顧客からも様々な物品を頂き、かつて育てた後輩達から花束と手紙をもらい、感無量だった。

 

「すごい量ですね。」

 

たまたまだろう、ロッカーに現れた彼はコーヒーを手にしていた。

 

「本当に有難い。皆で泣かせにかかってくるから涙腺がぶっ壊れた」

「今まで主任が頑張ってきた証拠ですね」

「あんたまで泣かせにかかってくる!」

「いや、違いますよ。見たままを言っただけです」

 

そう、こいつはあざとい。胡麻すりが上手いだけあって、痒いところに手が届くのだ。今ホロリときて感傷的な私にはさながらボディーブローだ。

 

「ありがとう」

 

ここはリターンなんて返さずにさっさとタオルを投げるべきだ。次は左ストレートに右からアッパーが来そうだ。私は荷物を片付け、今晩持って帰れるようにまとめていると、彼はその場から消えていた。

少しホッとして事務所に行き、引き継ぎの最終確認を行い、あと5分で定時というその時、彼は事務所にやって来た。他には誰もいない。皆締めの業務だからだ。

 

「あの、今日なんですけど」

「ああ、どうする?」

 

私はキーボードを打つ手を止めて彼のほうを見た。目が少し細くなっていて、マスク越しにも笑っているのがわかった。

 

「桜、見に行きましょう」

「え?桜?」

「今、丁度見頃じゃないですか」

「ああ、そっか…」

「お願いします」

 

予想外の提案に上手い返しも出てこず、目の前の彼は頭まで下げて私にお願いしてきた。これはどうも断れない。少なくとも、可愛がってきた後輩のこんな一面を見てしまっては無下に出来ない。それに、明日を乗り越えればこの会社で働くことはない。なるようになる。とりあえず、今を楽しもう。

 

「いーよ。わかった」

「ありがとうございます!」

 

だから、この笑顔、マスク越しでも反則だよ。

 

勘弁してくれ。

 




だんだん主任の人柄が見えてきましたね。

こんな人、多分沢山いる気がします。
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