その身体に秘めしモノ   作:神楽光月

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トレーナーのお仕事

 

 

 日中、まだウマ娘たちが勉学に励んでいる時間は、オレたちトレーナーは暇を持て余しているのが基本だ。

 もちろん、この時間を有意義に利用して出走予定レースの情報収集やら、出走予定のウマ娘のデータ収集やら、それに応じたトレーニングメニューの改善とか、そういう事をするトレーナーがほとんどなのだが。

 

 さて、そこに来てオレはというと。

 

 

「はー……陽気が気持ちいいねぇ……」

 

 

 適当に見繕った場所にハンモックを掛けて、暖かな陽気に身体を休ませていた。

 言い訳はすまい。つまりこの後は午睡を楽しもうとそういう心づもりなのである。

 

 いや、待って欲しい。やっぱり弁解をさせて欲しい。

 

 ひとくちにトレーナーと言っても様々いるもので、日中でも忙しくしているトレーナーもいれば、日中は暇を持て余しているトレーナーもいるのだ。

 例えばチームリギルを率いる東条ハナさんやチームカノープスを率いる南坂トレーナーなどは教員免許を取得しており、日中もウマ娘たちに授業をする教師として忙しくしている。

 それとは反対に、チームベテルギウスを率いるオレなどは、なまじ担当するウマ娘の能力が高いばっかりに情報収集をしても無駄に終わる事が多く、暇を持て余しているというのが実情だ。

 

 チームスピカの沖野さん? あの人は……今寝てんじゃねえかなぁ……。ウマ娘愛の強い人だから、徹夜してトレーニングメニュー組んだりなんて、別に不思議でもないしな。

 チームリギルほどではないにせよスピカも所属メンバーは多いから、その人数分のトレーニングメニューとかってなると、そりゃまあ多忙でしょうよ。

 

 ……とにかく。

 そういう背景があるので、日中も忙しいトレーナーと日中は暇なトレーナーに分かれるわけだ。

 

 

「……あんまこういう事は大きな声じゃ言えないけど、ウマ娘たちが勉学に励んでる最中に貪る惰眠の、なんと罪深き事よ……」

「そう思うなら仕事したらいいんじゃないかな〜?」

「おおぉ!!?」

 

 

 自分しかいないと思って吐き出した独り言に返答があったもんだから、ハンモックから落ちそうになるくらいびっくりした。

 誰だ、オレの1人の優雅な時間を邪魔した奴は!

 

 

「……なんだ、セイウンスカイか。またサボりか、この不良ウマ娘め」

 

 

 声のした方に目を向けると、そこには空色と言って差し支えない髪色のウマ娘が立っていた。

 眠そうなぽやぽやした顔を引き締める気さえなさそうな彼女は、その名をセイウンスカイと言う。

 アグネスタキオンとはまた別の理由でのサボり常習犯である。

 

 

「やっほー、椎名トレーナー。他のトレーナーさんは働いてるのに、相変わらず不良トレーナーですなあ」

「人聞き悪いな。オレはこれでも忙しいんだ。お前こそ、さっさと自分のクラスに戻ったらどうだ?」

「えー? んー……まあ、私はお昼寝するって使命がありますのでー」

「ちなみに今の時間、お前のクラスはハナさんが教鞭を執ってる最中のはずだぞ」

「えっ」

 

 

 のんびりとした顔が一気に絶望の色に染まる。

 ハナさんはトレーナーとしても厳しいが教師としてはそれに輪をかけて厳しく、授業をサボったウマ娘にはそれはそれはキツい課題が手招きしながら待っていると専らの評判なのだ。

 3年前からやり方が変わらないとは恐れ入る。

 

「忠告はしたからな」

「……ね、ねえ、椎名トレーナー? ちょーっと、いいかな?」

「ダメでーす。大人しく怒られてこい」

「えー、お願いだよー。ね、ほら、可愛いセイちゃんを助けてよ、椎名トレーナー」

「……助けたらお前、何してくれんの?」

「なんにも?」

 

 

 しれっとした顔で見返りはゼロである事を宣言するセイウンスカイ。

 

 

「ほーう……? ……ま、いいや。お前も我らがトレセン学園の可愛い可愛い所属ウマ娘だからな。手伝ってやるよ」

 

 

 そう言いながらハンモックから降りてこれを外し、セイウンスカイの身体にぐるぐると巻き付け、巻き結びで結ぶ。

 

 

「これでよし」

「よくないよ? これじゃ動けないじゃん」

「当たり前だろ、動けないようにしたんだから」

「……なんで?」

「お前を教室まで輸送するためだよ。よいしょ、っと」

 

 

 文字通り手も脚も出ない状態になった蓑虫セイウンスカイを俵担ぎにし、彼女の教室へと歩を進める。

 確か……今のセイウンスカイはグラスワンダーやエルコンドルパサーと同じ教室なんだったか。わかりやすくて良いね。

 

 

「しくしく……椎名トレーナーってば、そんな血も涙もないトレーナーだったんだね……」

「お前なぁ。オレはエアグルーヴの担当でもあるんだぞ。無駄だってわかるだろ」

「……そうだった……」

 

 

 エアグルーヴは、とにもかくにも厳格なウマ娘だ。

 己に厳しく、他者にも厳しく、規律に厳しく、日常でもまた然り。

 正月や盆、クリスマスなどのイベント事も、何が何でもそれに応じた過ごし方をしようとするし、そっちのけでトレーナーとしての仕事をしようもんなら無理矢理にでも中断させてくるような娘である。

 まあ、あのウマ娘にしてこのトレーナーあり、といったところだ。

 

 そうして簀巻き状態のセイウンスカイを担いで移動することしばらく、目当ての教室を見つけた。

 木製の引き戸の向こうからはハナさんの声が僅かに漏れ聞こえてきている。

 

 

「……っと、とりあえずノックするか」

 

 

 授業を中断させてしまうのは心苦しいが、ともかくドアを3度ノックする。

 と、漏れ聞こえていた声が止み、コツコツと硬質な足音がしたかと思えば、ドアが開いてシルバーのアンダーリムの眼鏡をかけたグレーのパンツスーツを着こなした美女が現れた。

 

 

「あら。今は授業中よ」

「ええ、よく知ってますよ。ただちょっと、お届け者を届けに来ただけです」

「届け物?」

「こちら……この教室のウマ娘で間違いありませんね?」

 

 

 セイウンスカイを下ろしてハナさんの方に顔を向けさせてやると、眼鏡がよく似合う怜悧な顔に、ピキリと青筋が浮かんだ。

 

 

「ええ、よく届けてくれたわ。ありがとう」

「いえいえ」

 

 

 ぐるぐる巻きになったハンモックを外してやると、観念したらしいセイウンスカイはとぼとぼとハナさんの脇を通って教室に入っていった。

 

 よし、これで仕事は終わった。

 さあさあ、惰眠を貪りに帰るぞー。

 

 

「――ちょっと待ちなさい」

 

 

 はて、なんでしょう?

 

 

「あなた、その手に持っているのは何かしら?」

「何って……そりゃ、ハンモックですけど」

「……つまり、あなた今暇なの?」

「えっ。いやまあ、暇――」

 

 

 その時オレに電流(はし)る。

 

 ここは、気を付けて返答せねばなるまい。

 暇だなんて答えようもんなら、きっと緊急特別講師として召喚されてしまうに違いないからだ。

 惰眠を貪るという至上にして最高の使命を果たすためには、ここでハナさんに捕まるわけにはいかない……!

 

 

「――じゃないですよ。ええ。トレーナーとして担当のウマ娘のバックアップを万全にしてやるという仕事がありますからね」

「じゃあ、どうしてハンモックを持っているのかしら?」

「えっ。いや、それは……」

「暇なのよね?」

「いや、暇では……」

「暇でしょう?」

「…………暇です」

 

 

 ぐあああああッ!! チクショウ!! ハンモックなんて持っていたばっかりに!!

 

 

「入りなさい」

「うっす、失礼するっす……」

 

 

 仕方なくハナさんに促されて教室に入ると、総勢25人のウマ娘たちの視線が突き刺さった。

 

 

「ちょうどいい人材が手に入ったので、ここからは特別授業とします。皆さんの中には、もうトレーナーと契約を結んでいる人、チームに所属している人、まだこれからの人と様々いると思います。そこで、そもそもトレーナーとはなんなのか。普段はどんな事をしているのか。特別講師の椎名タケルトレーナーに語っていただきます」

 

 

 見知った顔がいくつかあるな。グラスにエルに……セイウンスカイは前の方の席なのか、哀れな。そこじゃ寝ようにも寝れまい。

 ……おや? あの真ん中だけ白い、肩までの髪の娘は初めましてだな。

 

 

「それじゃ、椎名トレーナー」

「あぁ、はいはい」

 

 

 話し終えて場所を空けたハナさんの代わりに教壇に立つ。

 うーむ、初めての感覚だ。

 

 

「初めましての娘もそうじゃない娘もこんにちは。つい先日アメリカから帰って来た椎名タケルだ。担当したウマ娘はシンボリルドルフ、エアグルーヴ、ナリタブライアン、アグネスタキオン……と、現在はナリタタイシンのトレーナーもしている。よろしくな」

 

 

 と言い終わるや否や、教室がわっと沸いた。

 生徒会メンバーの担当トレーナーというのが琴線に触れたようだ。

 

 

「ほら、静かにしなさい」

 

 

 オレとしてはそのままきゃいきゃいしてても良かったんだが、鶴の一声ならぬハナの一声で再び静まり返るウマ娘たち。

 なんともはや……ハナさんの統率力には脱帽ですなぁ。

 

 

「さて、早速本題に入るが、君たちにとってトレーナーとはどういう存在だろうか。共にトゥインクル・シリーズを駆ける盟友か、はたまた師匠のような存在なのか、あるいは気の合う友達のようなものか……それとも、レースに出るための半券代わりか」

「こら」

「おっと。ま、ウマ娘それぞれトレーナーに向ける想いは違うだろう。ちなみにオレは、自慢じゃないが、担当した4人のうちの2人にはレース出場のための半券扱いされた事があるぞ」

「……次はないわよ」

 

 

 おっとっと、怖や怖や。

 ハナさんがブチギレる前に話をしますか。

 

 

「で、オレたちトレーナーの仕事だが、ざっくり言うと君たちウマ娘のバックアップだ。レースのスケジュールの調整をしたり、トレーニングメニューを考えたり、ウイニングライブのダンスや歌のレッスンをしたりと、君たちがなに不自由なくレースに出て自分の力を出し切れるように調整するのが、主な仕事内容だ。ちなみに、こちらの東条ハナトレーナーはダンスも歌も上手いので、チームリギルに所属出来た際には遠慮なく頼るといい」

「……んんっ」

 

 

 軽い咳払い。

 あまりこっちに話を振らずにさっさと喋れって事ですね。

 

 

「そんなトレーナーだが、君たちがこうして勉学に励んでいる日中の間は、どうしても暇になる。東条ハナトレーナーやチームカノープスの南坂トレーナーは教員免許も取得しているからこうして教師をやっているが、それ以外のトレーナーは日中は基本暇だ。オレもこのハンモックで寝ようと思ってたしな」

 

 

 と言いながら手に持っているハンモックを見せてやると、あたたかい笑いが湧いた。

 

 

「ま、とはいえ、だ。暇だからって、オレみたいに寝ようって奴ばっかりじゃない。さっきも言ったように、トレーナーの仕事は君たちウマ娘のバックアップだ。トレーニングの様子やレース後の状態なんかを参考に、トレーニングメニューを組み直したり、出走するレースを考えたり、トレーナーとしての勉強をしたりもする」

「トレーナーとしての勉強……ですか?」

 

 

 思わずかそう漏らしたのは、あの初めて見るウマ娘だ。

 

 

「そう。……と、君は?」

「あっ、えと、スペシャルウィークです。少し前に編入して来ました」

「よろしく、スペシャルウィーク。……さて。トレーナーとしての勉強とひとくちに言ったが、色々ある。スポーツ工学を学んだり、ウマ娘医学を学んだり、ダンスや歌の練習をしたりな。オレたちが知らなければ君たちに教える事は出来ないんだから、当然と言えば当然だ」

 

 

 結局、ウマ娘たちのためであるというのは変わらないのだ。

 

 

「そうして学んだ様々な事を君たちとのトレーニングや普段の付き合いに盛り込んで、君たちにどうにか1着を取って欲しいと願っているのが、オレたちトレーナーだ。また、君たちがレースに出るようになれば少なからずファンが付くものだが、オレたちトレーナーはファン第1号という事でもある」

「……タケルトレーナー、そろそろ」

 

 

 どうやら授業時間の終わりが近付いているらしい。

 左手首にした腕時計を確認して、ハナさんがそう告げている。

 

 

「さて、そろそろ授業も終わりのようだから、最後にこれだけ言って終わりにしよう」

 

 

 そこで一旦切り、大きく息を吸ってから、努めて真面目な雰囲気を纏う。

 

 

「オレたちトレーナーは、君たちが選抜レースにおいて行う『走り』に魅せられて君たちをスカウトする。たとえ無様にフラフラになって走ろうが、全力を出し切って綺麗な走りをしようが、着順がどうだろうが、それはあまり関係ない。君たちが君たち自身の走りが出来ていたなら、必ず、それに魅せられたトレーナーがスカウトにやって来る。……忘れるな、ウマ娘諸君。自分の走りが出来ないウマ娘は、レースには出られない。自分の武器、脚質をよく見極めて選抜レース、ないしは公式レースに臨む事だ」

 

 

 オレの纏う空気に圧されたのか、どこからかゴクリと唾を飲む音が聞こえてきた。

 

 

「それから、オーバーワークはくれぐれも控えるように。普段の体調管理から、君たちのレースは始まっている。トレーナーがいる娘はトレーナーだけに甘えず、トレーナーがいない娘はそういう部分も評価のうちに入ると頭に入れて、日々を過ごすように」

 

 

 と言い終わったところで、教室に備え付けのスピーカーから授業時間の終わりを告げるチャイムが流れた。

 

 

「それでは、本日はこれまで。起立、礼、着席」

 

 

 号令までをやり切ったハナさんと教室を後にする。

 いやぁ、初めての経験だったけど、意外と喋れるもんだなぁ。

 

 

「驚いたわ。あんなに話せたなんて」

「自分でもビックリですよ。……変な事言ってませんでした?」

「最初は少し、ね。でも、それを考えなければ満点をあげてもいいわ。特に最後のアレは」

「そりゃ良かった。……あのスペシャルウィークって子は、良い子ですね」

「そう?」

「ええ。ま、リギルじゃちょいとガチガチ過ぎて合わないかも知れないですが……カノープス――いや、スピカでなら輝けると思いますよ」

「……沖野、ね」

「チラッと見ただけですけど良い脚でしたし、グラスワンダーやエルコンドルパサーとはいいライバルになるかと」

「そっちのナリタタイシンは?」

「ははは。まさかまさか、ですよ。うちのタイシンが負けるわけないでしょう。スピカもリギルもカノープスも、何するものぞ、ですよ」

「……覚えてなさい」

「忘れる事にします。後が怖そうなので。じゃ、オレはこれで」

「ええ。助かったわ」

「どうも」

 

 

 職員室に向かっていくハナさんと別れ、ちらほらと自分の教室を出て来ているウマ娘たちのいる廊下を歩く。

 ……さて。寝に戻るか。

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