その身体に秘めしモノ   作:神楽光月

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レース描写がクッソ難しくてぶん投げたので初投稿です。


華々しくデビュー

 

   ◇◇

 

 

 

 ――ガコンッ

 

 

 ゲートが開いて、弾かれるように飛び出した。

 スタートは上々……だけど、アタシがいるべき場所は前じゃなくて後ろだ。

 逃げが2人、先行と差しがそれぞれ3人。

 追込はアタシだけだ。

 

 すぐ前を走る6番のウマ娘がちらりとこっちを見て――すぐに、興味を失ったように視線を前に戻した。

 

 ……わかってる。

 アタシは期待されてない。6番人気がその証拠。

 アタシは勝つとは思われてない。前を走る他のウマ娘が、アタシを警戒してる気配がないのがその証拠。

 

 でも、もうあの頃のアタシじゃない。

 勝つための力が、今のアタシにはあるんだ……!

 何をすればいいのか、どうすれば勝てるのかはアイツが教えてくれた。

 

 だから――!

 

 

「甘く見て、後で吠え面かかないでよね……!」

 

 

 この細い手足でも。

 この小さな身体でも。

 たとえレースに向いてなくても。

 

 

「アタシが勝つ――!」

 

 

 

   ◇◇

 

 

 

『さあ、第2コーナーから向正面に入りまして、ここで順位を振り返っていきましょう。先頭は4番センレンムジカに変わりまして2番クリスタルベルナー、二番手にセンレンムジカ。1バ身から2バ身開いて5番レッドシュシュ、続いて1番カミカゼヒャッカ、すぐ後ろに3番ロストメイヤー。更に後ろ9番シルキーダンス、外からマグナレンタル、1バ身開いて6番トリリオンメイト、最後方は変わらず7番ナリタタイシンとなっています。前を行くクリスタルベルナーとセンレンムジカに引っ張られているのか、ハイペースな展開となっております』

 

 

 逃げを打っている2人が時折後ろを見ながらハイペースで逃げているせいか、ハイペースなレース展開となっている。

 引っ張っている、と言えば聞こえはいいが多分あの2人は後続のプレッシャーに圧されて逃げているだけで、あれが本来のペースではないだろう。

 

 その点、タイシンはマイペースを保てているようで何よりである。

 しっかりと脚を溜められているし、第3コーナーからが楽しみだ。

 

 

『向正面から第3コーナーへ。――おっと、ここで最後方ナリタタイシンが徐々に上がってきました。このままスパートをかけるのでしょうか』

 

 

「始まったか」

「兄さんの指示通り、という事かな?」

「走り方の指示はしてないよ。ただ――」

「ただ?」

「第3コーナーまでは自分を侮らせておけ。そう言ったんだ」

 

 

『第3コーナーから第4コーナーへ――ここで先頭集団につけたナリタタイシンがスパートをかけて前を走るウマ娘を追い抜いていきます! なんという、なんという末脚! 先頭を走っていたクリスタルベルナーを悠々抜き去り、既に5バ身以上の差がついています! なんという末脚のキレだナリタタイシン! 勢いそのままに残り200mを通過! 脚色は衰えず、そればかりか更に伸びて――今1着でゴール! 勝ったのはナリタタイシン! 2着はシルキーダンス、3着にカミカゼヒャッカ』

 

 

「素晴らしい末脚だ。あれがナリタタイシンの武器、だね?」

「ああ。あのキレは凄まじい。それに、スタミナもパワーも他のウマ娘に負けてないさ」

「……ナリタタイシン以外に、担当しようと思っているウマ娘はいるのかな」

「今のところは。なんだ、ベテルギウスを本格始動させろってか?」

「もちろん。欲を言えばテイオーやサイレンススズカを引き受けて欲しいが、どうだろう」

「……今はまだ、その時じゃない。おハナさんの手にも、沖野さんの手にも負えなくなったなら……その時こそ、オレの出番だ。それまではタイシンの面倒を見つつ……そうだな、適当なウマ娘をスカウトするよ」

「そうか。……ちなみに、目を付けているウマ娘は今のところは?」

「いる。……けど、今年いっぱいはタイシンに集中だな。メイクデビューはきっちりキメられたから、あとは順当に調整していけばいいだけだが」

 

 

 今回、メイクデビュー戦とはいえ芝2000をタイシンは走り切った。

 それもただ走り切っただけでなく、2着のシルキーダンスに7バ身の差をつけての圧勝、快勝、エル――ではなく、楽勝だ。

 

 見る側にしてみれば順調にデビューを成功させただけに見えるだろうが、見る者が見れば、後に続く弥生賞や皐月賞への切符を手に入れたと思うだろう。

 もちろんそれだけではなく、ホープフルステークスも問題なく走れると彼女は証明したわけだが。

 

 という事で。

 オレがローテとして想定しているもののうち、ホープフルステークス、弥生賞、皐月賞に関しては【問題なし】という判子を押す事に成功した。

 レース場それぞれの違いはあるだろうが距離自体に変わりはないので、まず問題ないと見て良い。

 

 そうなると、今後の調整の目標になってくるのはやはり東京優駿……すなわち日本ダービーだろう。

 ホープフル、弥生、皐月と比べ400も距離が伸びているから、それに合わせた調整をしなければいけない。

 日本ダービーに先駆けて東京レース場を視察に行くのもアリだろう。

 

 ……まあ、先の事はさて置いて。

 

 

「とりあえずタイシンのアイシングに行ってくるよ。お前も来るか?」

「ああ、行くよ。同じチームの後輩を労いたいからね」

「獲物がどう育ってるかが見たい、の間違いだろ」

「そんな事はないさ。私は生徒会長でもあるが、今でもチームベテルギウスのメンバーなのだから。……まあ、完全に無いとは言い切れないのが、少々情け無いとは思うがね」

 

 

 困ったような表情で自嘲するように微笑むルドルフ。

 

 あのね、ルドルフ。

 そういうセリフはね、その目の炎をどうにかしてから言うものなのよ?

 せめて――せめてもうちょっとだけでいいから、隠しときなさい? いやほんとに。

 

 

「ところで、兄さんが目を付けているウマ娘は誰なのか、訊いても構わないかな?」

「んー……まあ、別に言ってもいいんだけど、せっかくだからクイズにしようか。もしもお前が、次にオレがスカウトしようと思ってるウマ娘を当てられたら――」

「当てられたら……?」

「そうだなぁ……どうしよう。2泊3日で旅行にでも行くか?」

 

 

 ――ギラリ、と。

 さながら獲物を捕獲せんとする猛禽類のような瞳がこちらを向いた。

 

 

「せっかくだから、エアグルーヴやブライアン、あとは……こういう手合いには興味なさそうだが、タキオンにも話を持ち掛けてみるといい。お前たち4人のうち、最初に正解に辿り着いたヤツと旅行に行こう」

「旅行の行き先はどこになるのかな……?」

「どこにしようか。んー……特に思いつかないから、正解者が決めるって事でいいかな。先着1名だけどな」

「フッ……いいだろう。我が前に敵は無し。なればこそ、勇往――邁進! 正解への道は自ら切り拓く!」

「はいはい、お前は無敵の7冠ウマ娘ですよ」

 

 

 などと話しているうちに、地下バ道に到着した。

 1人、また1人と、敗北を噛み締めながらとぼとぼと歩いて来ては、何故かいるシンボリルドルフにビクゥッ! と身体を震わせてから、頭上に疑問符を浮かべ、首を左右に傾げながら去っていく。

 

 ……すまんな。

 この生徒会長、色々自由なんだわ。

 普段しっかりしてる分、なおの事(タチ)が悪ぃのよ。

 

 と、我らが中央トレセン学園の生徒会長を見てビクつくウマ娘に心の中で謝っていると、やがてその姿が見えてきた。

 

 

「よ。お疲れさん、タイシン」

「アンタ……あとなんで生徒会長?」

「ああ、こいつは――」

「君を見に来たんだ、ナリタタイシン」

 

 

 オレの言葉をかっさらうようにルドルフが口を開いた。

 

 

「アタシを?」

「うむ。君は先般行われた選抜レースにおいて先行策を取り、その燃え上がる闘志とは逆に他のウマ娘たちに押し潰され、苦渋を嘗めさせられていたはずだ。そんなウマ娘が――もっと言えば、チームのそんな後輩が一体どのような変貌を遂げてレースに臨むのか、と。それを見に来たんだ」

「嘘だぞ。なかなか評価されてないお前を心配してたんだけど、ようやくメイクデビューが叶ったからお目出度いのと嬉しいのとで見に来ただけだぞ」

「……椎名トレーナー」

「おう、なんだルドルフ? 生徒会長としての威厳が気になるなら、普段のダジャレを控える事だな。そんな事をしても生徒との距離は縮まらんぞ」

「なっ……!?」

 

 

 今明かされる衝撃の事実に打ちひしがれるルドルフ。

 

 そんなルドルフは放っておいて、とりあえずチェックだ。

 

 

「タイシン、脚触るぞ」

「ん……」

 

 

 早速のレース後の疲労チェックだ。

 これも最早慣れたもので、契約した当初は恥ずかしそうにしていたタイシンも、今ではなんの事はないような態度をしている。

 

 ……ふむ。

 

 

「やっぱりな。トレセン学園のフラットなトラックコースじゃないから、いつもより疲れてる感じだ。タイシンも、いつもより脚が重いだろ?」

「ま、レースだしね」

「だよな。……ま、ウイニングライブまでしばらくあるから、その間だけでもアイシングしとこうか」

「わかった」

「んじゃ行くか。おい、いつまでショック受けてんだ。行くぞ、ションボリルドルフ」

「う、うむ……」

 

 

 己が今までしてきた事は一体なんだったのか。

 そんな顔をしているルドルフを引っ張りながら、タイシンの選手控室に向かう。

 

 まずはタイシンを椅子に座らせる――前に。

 

 

「タイシン、とりあえず先にウイニングライブの衣装に着替えておこう。一応シャワーも浴びといてな。ほらルドルフ、気になるなら後輩の世話してやれ。シャワーの後で身体拭くのと、ドライヤーやってやれ」

「う、うん。わかった」

「アンタ、こういう時は結構ぐいぐい来るよね……」

「じゃ、オレは外で待ってるから。着替えまで終わったら合図してくれ。あ、ソックスとかブーツとかはまだ履かないでくれよ」

「わかったから。ほら、早く出てって」

「押さなくても出て行きますよ」

 

 

 グイグイと背中を押してくるタイシンに流されるように控室を出ると、直後バタンとドアが閉じられた。

 信用ないなぁ、とは思わない。その超人的な身体能力から勘違いしがちだが、彼女たちウマ娘も年頃の女の子なのだ。せいぜい将来を誓った男くらいにしか見せたいとは思うまいよ。

 

 

「――お久しぶりです、椎名さん」

 

 

 仕方がないので控室のドアに凭れながら立っていると、首から関係者証を提げたロングヘアーの髪の女性に声をかけられた。

 

 

「どうも、乙名史さん。相変わらずですね」

 

 

 彼女の名前は乙名史悦子。

 

 ウマ娘情報誌『月刊トゥインクル』編集部に身を置く記者であり、一部では『月クルのウマ娘キチ』などと呼ばれたりしている女性記者である。

 彼女が所属している編集部はURA上層部の信頼厚く、その中でも特に彼女は、性別が女性という事もあってトレセン学園の門をくぐる事を良しとされている、世間的にはたいへん貴重な人材だ。

 他の記者、あるいは報道関係者ではトレセン学園の敷地内にはおいそれと入れないので、この乙名史記者、ひいては月クル編集部がどれほど信頼されているかがわかるだろう。

 

 それにURAの信頼厚いのは元より、乙名史記者自身に対するウマ娘たちやトレーナー陣の評価もたいへんに好評だ。

 というのも、彼女、取材に関しては徹頭徹尾、真摯なのだ。

 ぶっ飛んだ妄想癖があるのが玉に瑕だが、それを補って余りある真摯さは、本当にウマ娘業界、ひいてはウマ娘が好きなんだなと思わせる。

 そして、なんと、新人トレーナーのために資料を用意してくれたりするので、トレーナー陣からの信頼も厚いのである。

 オレもまだルドルフだけを担当していた頃には世話になった。

 

 

「ナリタタイシンさんの取材、いいですか?」

「んー……どうですかね。彼女は、あまりそういうのは得意じゃなさそうなんですよね。オレだけなら普通に受けられますけど、タイシンもとなると……うーん、首を縦に振ってくれるやら、って感じですね」

「そうですか……」

 

 

 しょぼん、と明らかに残念そうな様子の乙名史さん。

 なんとなくだけど……この姿を見せれば、なんだかんだでタイシンはOKしてくれそうだよな……。

 ま、乙名史さんも良識ある人間だし、ウマ娘に対しては最大限心配りをする人だから、タイシンにも無理にとは言わないだろうが。

 

 

「そういえば、乙名史さんはどうしてこの札幌レース場に? 有望株の取材なら、阪神のビワハヤヒデか、中山のウイニングチケットが狙い目だと思うんですが」

「そちらもいいかなとは思ったんですが、あのチームベテルギウスを牽引した椎名さんの、久しぶりの国内メイクデビューですから。どんなウマ娘を担当してるのかって、編集部内では話が尽きません」

「またまた。オレなんぞはルドルフたちの才能におんぶに抱っこだっただけの新人ですよ。チームを率いるオレが優秀だったんじゃなくて、チームに加入したウマ娘が優秀だっただけです」

「それは違います。確かに、シンボリルドルフさんを始めとしたチームベテルギウスの面々はどなたも並々ならぬ才能の持ち主でしたが、その才能を開花させたのは貴方です。チームメンバーは確かに凄かった。しかし、彼女らの手綱を握り導いた貴方こそ、本当に評価されるべき人です」

 

 

 ふんす、と鼻息荒く真剣な表情で言う乙名史さん。

 

 そんな大層な人間じゃないんだがなぁ、と思いながらしゃがみ込み、口を開く。

 

 

「それは――」

「――それはまったく正しい評価だと言えるだろう、乙名史悦子女史」

 

 

 それは買い被りと言うものですよ、と言おうとした矢先、頭上から涼やかな声が降ってきた。

 そう。シンボリルドルフである。

 

 

「我々チームベテルギウスは、椎名タケルというトレーナーの存在なくしてはトレセン学園最強を名乗る事は出来なかった。私は無敗の7冠を勝ち取る事は出来なかっただろうし、エアグルーヴはトリプルティアラを、ナリタブライアンはクラシック3冠を取れなかっただろう。そして何より、アグネスタキオンは、今ごろその脚を砕き、走る事さえままならなくなっていた事だろう」

 

 

 だから椎名タケルトレーナーに対するその評価は、まったく正しいのだ――と、ルドルフは滔々と語った。

 その様子はまさに立板に水。聞いてるこっちは恥ずかしいときたもんだ。

 

 

「時に乙名史女史。こう言っては失礼だが、今回は随分と大人しいですね」

「……実は、つい先日編集長から釘を刺されまして」

「ほう。なんと?」

「お前は急にテンションぶち上げてある事ない事大袈裟に喋るから、その妄想癖をどうにか抑えて取材しろ――と」

 

 

 かねてよりトレーナー陣の間で困惑の種だった乙名史記者の妄想癖にも、ついにメスが入ったらしい。

 我儘な話だが、それはそれで寂しいような気がしないでもない。

 

 

「なるほど……ん? ルドルフ?」

「うむ、私だ」

「タイシンは?」

「今はまだシャワー中だ。興味深い話をしていたから、出てきてみただけだよ」

「聞こえてたか……」

「ウマ娘だからね。ヒトの身ではかすかにしか聞こえない音でも、十分聞き分けられるよ」

 

 

 うーん、なんという超人。

 視力と聴力だけでいいからウマ娘並にならないもんかねぇ。

 

 

「椎名さん、シンボリルドルフさん。それでは、私はこのあたりで」

「ふむ? 取材はしなくても構わないのかな、乙名史女史」

「ナリタタイシンさんは取材などは得意ではなさそうとの事でしたので、今回は打診だけにしておきます」

「そうして貰えると助かるよ。とはいえ、まだメイクデビューを勝っただけ。取材にはちょいと早いと思うがね」

「ふふふ。椎名さんのチームなら、成長は確立されたも同然ですから。早めに目をつけておくに越した事はないかと。それでは」

 

 

 にっこりと笑ってそう言うと、くるりと振り返って来た道を帰っていった。

 

 

「…………いやあれ別人じゃね?」

「兄さん。そういうのは思っても言わないものだよ」

「いやだって……別人じゃね?」

「同一人物……だと思うよ、うん。きっとそうさ」

 

 

 一度見た顔は忘れないのがルドルフだったんだが、この皇帝をして本人かどうか怪しいレベルで変貌していたらしい。

 まあ、しばらくしたらまたウマ娘キチに戻ってるだろうが。

 

 世の中、よくわからんもんだなぁ。

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