死屍累々であった。
トレセン学園に設けられた芝のトラックコース。
そこには、憐れにも倒れ伏す10人のウマ娘たちがおり、それを見守るひとりの男の姿があった。
というかオレだ。
超有名スイーツ専門店を賭けた熾烈な闘いは、各人のスタミナ切れという事で幕を閉じたのだ。
先頭を行くタイシンは当然ながら負けられない。
タマモクロスに10回の接触を許してしまえば超有名スイーツ専門店への切符は取り上げられてしまうし、そもそも単純な鬼ごっこでも負けたくはなかった。
グラスワンダー以下、他チームからの助っ人たちもそれは変わらない。タマモクロスによる10度の追い抜きを許せば、自分たちの切符が取り上げられてしまう。それはダメだ。
タマモクロスもやはり同じ。追い抜くのはともかくとしても、タイシンにタッチ出来なければベジノマギアのニンジンアイスはひとつとして手に入らない。彼女もまた、必死であった。
そんなシーンを目にしたオレの心を端的に表すのなら、こうだろう。
『人間ワイ、高みの見物』
と、そんなデッドヒートが繰り広げられた末の結果はどうなったかと言うと。
タッチ回数、ゼロ回!
追い抜かれ回数合計、8回!
という事で、タイシンは見事本店への切符を勝ち取り、助っ人ウマ娘たちは優待券を勝ち得て、タマモクロスは残念ながら何も手に入れられなかった、という結果になった。
可哀想なタマモクロス……。
しかし、オレだって鬼ではない。
別にベジノマギアくらいいつでも行けるしなぁ……などと考えはしたが、鬼ではないのだ。
「おーい、誰か生きてるかー? 生きてる奴は手ぇ挙げろー?」
ターフにぶっ倒れたウマ娘たちにそう声をかけると、辛うじてではあるが、タイシン、メジロマックイーン、ナイスネイチャ、タマモクロスの手が挙がった。
……4割か。まあ、スタミナに自信がある奴がギリギリ生き残ってるって感じだな。
「よし、下げていいぞ。お前ら耳は動いてるから聞こえてるものとして話すが、しばらくそうやって休んでろ。オレはあるものを取りに行ってくるから、復活した奴から水分補給して休んでろよ」
返事はない。
手は挙げられたが、流石にスタミナ切れのようだ。
そんなウマ娘たちをとりあえず放っておいて、オレは一路トレーナールームに向かう。
用があるのはトレーナールームにある冷蔵庫の中の『あるもの』。
「タマもよく頑張ってくれたし、流石に何もないのは可哀想だからなぁ」
その『あるもの』を遠征用に置いてあるクーラーボックスの中に入れて、保冷剤もぶち込んでおく。
それから、人数分のスプーン。
残念ながらこのトレーナールームにも10本ものスプーンは置いてないので、コンビニスイーツなんかを買った時についてくるプラスチックスプーンだが。
諸々を入れたクーラーボックスの蓋を閉めたら、来た道を戻ってトラックコースへ。
トラックコースに帰ってくる頃には、タイシン、マックイーン、ネイチャ、タマの4人に加え、イクノディクタス、グラスワンダーが復活。
ダイワスカーレットとウオッカも復活しているようだが、この2人はそれぞれライバル視しているらしいので『こいつより先に起きる!』と無理矢理復活したんだろう。
肩を合わせて寄り添うようにぐったりしているのがいい証拠だ。
トウカイテイオーとエルコンドルパサーの2人は、どうにも復活しきれないようだ。
……まあ、この2人に関してはさもありなんといった具合か。
どちらも中距離が主戦場だろうし、エルの方は確か長距離よりもマイルの方が得意だったはずだ。アメリカ生まれだからダートにも強かったはず。
…………はて。
確かダートの方がスタミナが鍛えられたと記憶しているが、エルはその点どうなんだろう。
思った以上に鬼ごっこが長引いたから、長距離レースくらいの距離を走った事でスタミナが枯渇した……とか?
ま、いいか。
「……アンタ、どこ行ってたの?」
「そう睨むなよ、タイシン。頑張ってたお前たちを労うために行ってきたんだからな」
「はあ? ……ん。ていうか、そのクーラーボックスなに?」
どうやら今気付いたらしい。
「これはな、頑張ったお前たちにオレからの心ばかりのプレゼントだ。それぞれ切磋琢磨してくれれば、オレからは言う事はないわけでな」
「御託はいいから、なんなの?」
「つい先日届いた、ベジノマギアのニンジンアイスだ」
と言うが早いか、20個の目が一斉にこちらを向いた。
いや、流石に怖いわ。
「1人1個だからな。復活してる奴から取りにおいで。1列に並ぶんだぞー」
と呼び掛けておいて、クーラーボックスを下ろし、蓋を開ける。
そこにあるのは、カップアイスタイプのニンジンアイス。計10個。
ベジノマギアのニンジンアイスは、大手メーカーが販売している市販のものと違い棒アイスタイプではない。
もちろん市販のものであっても、メーカー次第で棒アイスだったりカップアイスだったり、あるいはモナカアイスだったりもするのだが、ベジノマギアのニンジンアイスは一律カップアイスタイプである。
では、市販のものとベジノマギアのものと何が違うのか?
とにかく扱っているニンジンが違う。
ベジノマギアは専属契約を交わした農場より仕入れられた有機栽培されたものを使用している。
その糖度ときたらアイスにする際に砂糖が一切要らないほどであり、そのくせ砂糖を使用しているアイスと同程度に甘みがあるのだ。
逆に、市販品に使われているニンジンは糖度はそれなりなので、アイスとしての甘さを補うために砂糖が使われている。
つまり、ベジノマギアのニンジンアイスは市販のものに比べてより甘く、砂糖不使用なのでローカロリーでもあるのだ。
これにはメジロのご令嬢もニッコリ。
そして、量が違う。
市販のニンジンアイスは1個あたりの量はそんなにないが、値段は安く、なにより数がある。
ベジノマギアのニンジンアイスは1個あたり650円(税込み)と少々お高いが、1個あたり500mlと量があるので、基本的に大食らいが多いウマ娘たちに大人気なのだ。
とはいえ、1個あたりのお値段は確かに張るので、あまり頻繁に食べられはしないらしいが。
以上の事から、ベジノマギアのニンジンアイスはウマ娘を中心に大人気を博しているのである。
また、ダイエット中のヒトにも人気があるが、値段はお高めなので主にダイエット成功後の自分へのご褒美に買うヒトが多いんだとか。
ちなみに、このカップアイスタイプの他に、3000mlのものと10000mlのものが存在する。
元々ウマ娘のためを思ってウマ娘が立ち上げた店なので、その辺りの配慮は完璧である。
ちなみにと言えば更にちなみに。
10000mlのものをひとつオグリキャップに渡すと彼女はそれだけで満足する、という噂がある。
真偽は定かではない。
「よし。さーて、一番乗りは――」
と振り向いた先にいたのは、淡い紫の髪をしたメジロ家きってのステイヤー、メジロマックイーンであった。
「わたくし、ですわ」
「……なあ、マックちゃんよ」
「その呼び方は別の方を思い起こさせるので止めてくださいな」
「んじゃ、マックイーンよ」
「はい」
「お前には、こう……なんだ、もっと良家のお嬢様っぽくしようって気はないのか?」
「ベジノマギアのニンジンアイスを前にメジロ家がどうのと言ってられませんわ」
毅然とした態度でそう言ったメジロマックイーンの視線は、クーラーボックスの中に注がれていた。
……こいつ本当にメジロの令嬢か? 昔ちょろっと会ったメジロアルダンの方がよっぽどお嬢様してたぞ。
「……時にマックイーン」
「なんでしょうか。わたくしは早くそれをいただきたいのですが」
「ユタカは打ったか?」
「打ちましたわ! それはもう爽快なホームランを――!」
「そうか。ほら、ニンジンアイス。スプーンはこれな。ゆっくり食えよ? それしかないからな」
「わ、わかりましたわ。ええ。これだけ、ですものね……」
マックイーンはまるで精緻なガラス細工でも扱うかのようにニンジンアイスとスプーンを受け取ると、『これだけ……これだけ……』とブツブツ言いながら列を外れた。
……大丈夫か? なんか取り憑かれたりしてないか?
「次はウチや!」
「おう、タマ。残念だったな」
「ん。まあ、しゃあないわ。後輩もきっちり育っとるみたいやし、それで良しって事にしとく」
そう言って向けた視線の先には、中等部の面々がいる。
この場にはタマモクロスの他にはタイシンしか高等部の生徒はいないから、それ以外の8人が中等部なのだが。
「えっ、タマモクロスさんって高等部の先輩だったんですか!?」
思わず、といった様子で言ったのは大きなツインテールが特徴のダイワスカーレット。
図らずも地雷を踏み抜いてしまうあたり、嘘がつけない娘なんだろうなぁ……と思う。
「はぁ? なんやジブン。ウチがこんなちんちくりんやから、高等部の先輩には見えへんかったっちゅー事か? あ? 中等部とは思えへんムッチムチした太ももしよってからに。そんなん言うたらそこのナリタタイシンかて高等部やぞ!」
「えぇっ!?」
「……は?」
飛び火した。思いっきり飛び火した。
しかも今の『……は?』は『お前なにこっちに話振ってきてんだよ』の『は?』と、『てめぇこの後輩、身長だけで判断してんじゃねえぞクソが』の『は?』が混ざってたぞ。
いかんいかん。
「タマ。おい、タマモクロス。こっちを向け」
「あ゛ぁ!? なんやねん――」
「ほら、ニンジンアイス。これ食って機嫌直せ」
「…………チッ。しゃあないな。まあ、中等部の後輩の言うてる事やし、先輩としてこれくらいで勘弁したらなな。椎名トレーナーの顔も立てておかんとアカンしな?」
「助かるよ、タマ」
「ええんやで。ウチと椎名トレーナーの仲やんか」
お前の言うその仲ってのは、一方的に粉ものを奢り奢られる関係の事を言うのか? ん? もう奢らんぞ?
というオレの胸中はさておいて、タマモクロスにニンジンアイスとプラスチックスプーンを渡す。
受け取ったタマは列を外れ、次のウマ娘へ。
「お久しぶりです、椎名さん」
「グラスか。しばらくだったな。元気か?」
「体調も脚も万全です」
柔らかい微笑みを称えているグラスワンダー。
これがレースの時は別人のようにキリッとするのだから侮れない。
いつだったか知り合いが、グラスワンダーは鎌倉武士みたいだって言ってたが、実際その通りだと思う。
「そういえば、アメリカにいる頃に怪我をしたって聞いたが」
「その節はご心配かけました。でも、今はもう完治しているので、心配いりませんよ」
「だろうな。今日の走りを見てて、それはわかったよ。ただ、まだ少し庇ってる感じがあるかな」
「……そうですか」
「とはいえ、時間の問題だろう。もっと走り込めば、意識が完全にそっちを向いて無意識に庇う事もなくなるだろ。心配なら、おまじないでもかけてやろうか?」
「おまじない、ですか?」
「おう。怪我した時に定番のアレだ。痛いの痛いのとんでけ〜、ってな」
「ふふふ。よく効きそうですね」
「そりゃ何よりだ。と、ほら、ニンジンアイス」
「はい、ありがとうございます」
終始微笑みを絶やさず、ニンジンアイスを受け取って列から外れていくグラスワンダー。
ウマ娘の宿命か、ぶんぶんと振られる尻尾は制御が利かないのである。
「次はオレだぁ!」「次はアタシよ!」
続いては競うように声を上げるウオッカとダイワスカーレットだ。
ふと思ったんだが、確かこの2人はグラスやエル、それからあのスペシャルウィークよりも下の娘たちなんだよな。要するに、トレセン学園1年目の娘。
……いや。
ウオッカはともかく、ダイワスカーレットのその身体で中等部は嘘でしょ。去年までランドセル背負ってたって? ちょっと発育が良すぎるのでは……?
まあ……いいか。
高等部でもタイシンやタマみたいに背の低い娘はいるわけだし、そんなもんウマ娘それぞれだよな。
いやでも、この身体にランドセルは――
「……? どうかしたんですか?」
「――犯罪でしょ」
犯罪でしょ。大犯罪だわ。
「「犯罪?」」
「はっ……。いや、悪い。ちょっと変な考えに支配されてた。それで、どっちが先だ?」
「オレだ!」「アタシ!」
再び言葉が被る2人。
この2人はお互いをライバル視していると聞いてるが、実は仲良しなんじゃなかろうか?
聞いた話では寮でも同室の、つまりルームメイトの2人だと聞いているから、ライバル視はしていても存外相性は良いのかも知れないな。
「わかった。じゃあ、2人同時だ」
このままどっちが先に受け取るかで争わせても仕方がないので、両手でそれぞれニンジンアイスを渡してやる。
「2人とも、先輩たちに負けずによく頑張ったな」
なんとはなしにそう言ってやると、ウオッカは照れくさそうに鼻を人差し指で擦り、ダイワスカーレットは嬉しそうににっこりと笑んで、2人して列を外れていく。
やっぱりあの2人、実は仲良しなのでは……?
喧嘩するほどなんとやら、って言うしな。
「はい、次の方ー」
「はーい、アタシでーす」
どこか冷めたような、あるいは達観したような。
そんな雰囲気を纏う彼女の名はナイスネイチャ。
ここだけの話だが、もし彼女が未だに南坂トレーナーにスカウトされずにいたら、その時はオレがスカウトしようと考えていたウマ娘だ。
「よ、チームカノープスの最古参」
「ちょちょちょ。もー、やめてくださいよ、そういう言い方はー。ネイチャさん、おばあちゃんになったみたいじゃないですか」
「似たようなものでは?」
たはは、と笑いながら言うナイスネイチャを背後からバッサリと斬ったのはイクノディクタスである。
聞くところによればこのイクノディクタス、レースに出るようになってしばらく経つが、それ以前から体調を崩した事も怪我をした事も一切無いらしい。
つまり自己管理能力……己のマネジメントがものすごく上手だという事だ。
ついた渾名が『鉄の女』。……年頃の少女にそれはどうなの。
ちなみに南坂トレーナーいわく、イクノディクタスはその怜悧な見た目とは裏腹に意外と脳筋タイプ、とのこと。
……うん、見えない。冷静沈着で頭脳明晰で、決まり事はきっちり守る優等生な風紀委員タイプに見える。不思議だなぁ。
「えっ。イクノってアタシの事そんな風に思ってたの……?」
「最古参なのは確かですから。ネイチャさんがおばあちゃんなら、トレーナーさんはおじいちゃんですね」
真面目な顔して何言ってんだこの娘。
いやマジで何言ってんだこの娘。
「ネイチャ……お前も大変だな……」
「あははー……まぁ、これでもそこそこ楽しくやれてますから」
「さよか。ほい、ニンジンアイス。ついでにイクノディクタスの分も」
「はいはい。はい、イクノ」
「ありがとうございます。それでは、椎名トレーナーさん」
「はいよ」
慇懃に頭を下げていくイクノディクタスと、ひらひらと手を振るナイスネイチャ。
……なるほど、チームカノープスの手綱握ってんのはナイスネイチャか。
チームカノープスはスピカ以上に手のかかりそうなウマ娘が揃ってるらしいからなぁ……南坂さんもウマ娘に合わせがちだし、そこを一歩離れて見てるナイスネイチャが締めてる、って感じかな。
「次は――っと、タイシンか。お疲れさん」
「ホントに疲れた……」
「だろうな。……どうだった、後輩たちと遊んでみて」
「……ま、悪くないかな。良くもないけど」
「そうか。白い稲妻はどうだった? 芦毛の怪物と肩を並べるほどのウマ娘だぞ」
「…………強かった。壁があったからどうにかなったけど、無かったら、多分、10回以上触られてた」
なるほどな。
まあ、今回の勝利はタマの消費が大きいっていうのも一因だろう。
結果的に日本の長距離レースよりも長い距離を走ってるから、後半はタマが最初にバテてたしな。
これが例えば2000mとか2500mとか距離に制限をかけていたら、きっとタイシンは負けていた。
いやはや、改めて怖いな白い稲妻の才覚は。
「とりあえず、ほら、ニンジンアイス」
「ん……ありがと」
短く、その場に置くように言うと、タイシンはニンジンアイスを手に離れていった。
……少しは、心を開いてもらえてるんだろうか。
でも、まあ、まだまだこれから! ……だよな。