今回はちょいと短め。悪しからず。
「どういう風の吹き回し?」
あれやこれやと頭をこねくり回したあの夜から数日後。
放課後のトラックコースにオレとタイシンの姿はあった。
「ん? 何が?」
「アタシと一緒に走る、って」
「ああ。いや、別に一緒にってわけじゃないぞ。相対的にそう見えるってだけで」
「早く言え」
「すんません。や、ただちょっと、鍛えておかないとなって。お前らウマ娘にしてみればそんな事もあるかって思えるだろうけど、トレーナー業って体力勝負なんだわ。だから、適当に鍛えておかないといけないの」
「何それ。アタシらがトレーナーの事なんもわかってないって事?」
「お前らがトレーナーをどういう風に捉えてるかは知らん。けど、自分の担当に嘘つくのは嫌いだからハッキリ言うが、実際なんにも知らないだろ」
「……まあね」
ウマ娘に対して知識を深めておく事をトレーナーは求められるが、その逆は存在しない。
不思議だよなぁ。
「ま、特に気にする事はねぇよ。お前は普段通りのメニューを熟すだけ。オレはその横で適当に走ったり何したりするだけ。走る時は外ラチを走るから、内ラチを気持ちよーく走るといい」
「言い方が気に入らないんだけど」
「えぇ……。じゃあ……そうだなぁ……お前の走るターフをちょいと貸して欲しいんだが、いいか?」
「ダメって言ったらどうすんの」
「それは想定外だわ」
えぇ……?
これ以上どんな言葉を重ねろと……?
「……はぁ。ま、いいよ。そもそも別にアタシのターフじゃないし、使えば?」
「……それもそうか」
根本的なところに立ち返って解決したので、早速、持ってきたカバンの中からパワーリストとパワーアンクルを取り出して装着する。
重り用のプレートはフルセットだ。
「よっしゃ、走るぞ!」
「わかったから」
相変わらず塩対応のタイシン。
これまで一緒にやってきてるから多少は彼女の事も理解出来るようになってきたかな、どうかな? という感じではあるが、少なくとも、無愛想な言葉であるからといって邪険にされてないという事は理解している。
……それにしても、タイシンと一緒に走るのは初めてだな。
まあ、一緒に走るっつーか、タイシンがトレーニングしてる横でランニングするだけだけど。
「タイシンは準備いいのか?」
「トレーニングだからどうせジャージだし、足元はトレーニング用シューズだしね。蹄鉄もトレーニング用」
「準備万端だな。――おっと、そうだ。準備運動は忘れるなよ。肉離れとかこむら返りとか、シャレにならんからな」
「アンタもね。普通はウマ娘がトレーニングしてるとこ見てるだけのトレーナーが肉離れとかこむら返りとか起こすの、シャレになんないから」
「……確かに」
言われてみれば確かにそうだ。いや当たり前なんだけど。
という事で準備運動を念入りに行う。
筋を伸ばし、関節を回し、程よく身体が温まったところで本当の意味で準備完了。
同じく準備運動を済ませたタイシンが走り出すのと同時に、外ラチを走り出す。
さて、そもそも何故走ろうと思ったのか。
タイシンにも言ったようにトレーナー業とはなかなかどうしてハードな仕事であるが故に体力をつけておきたかった、というのが1つ。
もう1つ理由があって、それというのは、単純にタイシンと一緒に走りたかっただけの事である。
ただ、タイシンはあの通りの娘なので、正面から一緒に走りたいと言ったところで大した反応は貰えない。
だったら最初からリアクションに期待せずに好きにやればいいじゃん。それで仮にタイシンとの仲が深まったら、それはそれでいいじゃん。
と思っての事である。
ちなみに比率は8:2。
体力をつけておきたかった方が8だ。
大体、一部のウマ娘みたいにべたべたスキンシップをするタイプのウマ娘じゃない事は承知しているから、無理に仲良くしようとしなくてもいいんだ。
付かず離れず、そんな感じの距離感がベストだったりする事もある。
……まあ、オレの担当したウマ娘は、タキオンを除いてみんなそんな感じだけども。
「はっ……はっ……」
こうして隣で走ってみる度に思うのは、やっぱりウマ娘は速いな、という事だ。
ウマ娘の最高速度はおよそ70km/hと言われている。
最高速で走れば1時間で70kmを走破出来るのだから、普段のレースではそりゃあ1分何秒とか2分何秒とかになるはずだ。
ヒトを置き去りにして、車と同じ速度で走る彼女たちに寄り添うのが一般のヒトでいいのか、なんて思った事もある。
あまりにも住む世界が違うじゃないか、と。
まあ、その考えは今では改められているわけだが。
ヒトであれウマ娘であれ、年頃の10代の女の子。
1人で郷里を離れて寮住まいをしている娘も多い。
結局のところ、そういう部分も含めて受け止めてやる存在がトレーナーなんだな、と思う次第であるわけだ。
「はっ……はっ……はっ……」
まあ、そんな事はさておいて。
タイシンはここのところトラックコースをぐるぐる走るだけしかしてないけど、もっとウィットに富んだというか、効果的かつ効率良く、なおかつ楽しく鍛えられるようなメニューを考えておくべきか。
いくら目標に到達するための努力とは言っても、しんどいとかキツいとかつまらないみたいなマイナスの感情ってのは、小さいものでも支配力が尋常じゃないからな。
……うーん。
あ、この前の鬼ごっこはなかなか良かったよな。
ベジノマギアの優待券とかをエサにして釣った感は否めないが、ああして他のウマ娘たちと合同でトレーニングをするのは悪くない事のはずだ。
まあ、それならそれで他のチームメンバー見つけろやって話なんだが。
あの鬼ごっこみたいに、楽しくやってるんだけど確実に鍛えられてる感じのトレーニングがベストだよな。
「……ん?」
ふと、タイシンの動きが気になった。
気になった箇所は、コーナリング。
通常コーナリングは、直線を走る速度そのままだとオーバースピードで遠心力に振り回されて外から回ってしまう事になるため、コーナー手前で少し減速するのが当たり前だ。
だから、タイシンのコーナリングもその基本に忠実なコーナリングのはず……なんだが。
「タイシン、来てくれ!」
呼び掛けにまず耳を動かし、続けてちらりとこちらを見て、やがて減速しながらオレの前までやってくる。
「……なに?」
「や、コーナリングについてなんだけどな。もうちょっと、こう、なんつーかな……速く曲がれないか?」
「は? 外ラチに突っ込めって事?」
「違う。そうじゃなくて、もっとコンパクトに曲がれないかって事だ」
「……出来なくはないだろうけど、今だってギリギリなんだよ。なるべくスピード落とさないように曲がってるから」
「そうか……。うーん……」
「アンタは、さ」
「ん?」
「アタシなら、もっとスピード落とさずに曲がれるって思うわけ?」
「ん……まあ、そうだな。素質はあると思うけど、それをするための知識というか、ノウハウがないだろうから、今すぐには出来ないだろうとも思うよ」
素質はあるがノウハウはない。だから出来ない。
じゃあ、ノウハウが備わって、モノにしたら?
答えは簡単。
タイシンは今よりずっと強くなる。
コーナリングが上手くなれば、コーナーからの立ち上がりも上手くなる。コーナー突入前後でスピードにほとんど差が出なくなるのだから、それは自明だ。
車のようにドリフトは出来ないが、上手なコーナリングを身に付けたら、他のウマ娘を抜く際にもっと速く追い抜けるようになる。
そうすれば簡単に先頭に立て、後続との差も広げられる。
机上の空論みたいなもんだが、希望がないわけじゃない。
「なあ、タイシン。コーナリングが上手くなるトレーニング、してみたいか?」
「なんで訊くの?」
「いや、乗り気じゃなかったらやめようと」
「強くなれるんでしょ。じゃあやる」
「思っ、て……。わかったよ。となると……その前に色々やらなきゃならないな。本格的にそのトレーニングをするのは来年からになるけど、いいか?」
「ホープフルステークスより先って事?」
「そうなる。まあ、事前トレーニングというか前提トレーニングは比較的簡単に出来るから、差し当たりそっちをやる事になるかな」
「ふーん……。わかった。待ってる」
短くそう言うなり、タイシンはこちらの返答も聞かずに再び走り出してしまう。
軽く流していくような速度から、だんだんと加速していくタイシン。
「さて、そうと決まれば……早速明日にでも買いに行くか。ちょうどいいから、明日はトレーニング休みにして、タイシンと街に繰り出すのもアリだな」
現状、手持ちにアレがないので用意する時間が必要だ。
まだルドルフたちとトゥインクル・シリーズを走ってた頃にはちゃんとあったんだが……ああ、ボロボロになっちゃったから捨てたんだったか。
その頃にはルドルフたちには必要のないトレーニングになってたのもあったな。
アメリカで担当したあの娘は特別な事しなくても、言えばなんでもやってみせた娘だったからそもそも必要なかったし。
そうなると、まずはアレと……ついでだし日用品も色々買い溜めておこう。
それから――ああ、そうだ。一応用意がいるよな。レースに出るわけじゃないけど、だからこそそれ以外の部分はしっかりやらなきゃだしな。
「よし。とりあえず走るか」
オレの横を3度ほどタイシンが通過したところで、思考するのをやめて再び走り出す。
ふふふ……アレを見た時のタイシンの驚く顔が楽しみだなぁ。