そのウマ娘はスタートと同時に飛び出し、次第に中団のバ群にその身を潜ませた。
この時点で、オレはそのウマ娘の負けを確信した。
彼女はあのまま上がってこられない。他のウマ娘に沈められて、トレーナーが本格的に見向きもしなくなる着順で選抜レースを終える事になるだろう、と。
何故か。
彼女は、ウマ娘にしては小柄だったからだ。
ともすれば小学生と言っても通用してしまいそうなほどには、背が低い。
そんなウマ娘がバ群の中で他のウマ娘達と先頭争いをしようというのだから、最早結果は見るまでもない。
身長というハンデを背負った彼女は、きっとバカにされてきたんだろう。
そんな身長でウマ娘が務まるのか、とか。あるいは、トレセン学園に来る事自体を否定されでもしただろうか。
無理もない話だ。
確かに小柄なウマ娘は他にもいる。だが、そうしたウマ娘は基本的にバ群とは関係ない策を取る。
特に逃げや差し、追込などだ。
まかり間違っても、先行策は取らない。
だって、そうしなければ彼女達は潰されてしまうから。
だというのに。
「なんだってわざわざ自分から死にに行くのか……。単なる自殺志願者か、ハンデも理解出来ていないマヌケか、あるいは――」
抑えきれないほどの闘争心の現れか。
「ね、ハナさんならどう見る?」
「意気は買いたい。――けど、それだけね。まったく合理的ではないわ。自分から死にに行くなんて、なに考えてるのかしら?」
「相変わらずだねぇ。そんなだから人間界のビワハヤヒデなんて――おっと、これ言っちゃダメなんだった」
「……その話、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「いやー……ははは……勘弁して?」
「ダメよ。誰よ、そんな失礼な事言ってるのは」
「や、本気じゃないから。たまたま、ね? たまたま、沖野さんと飲んでる時にね? ハナさんって堅物だよねーって話になってね?」
「冗談って事?」
「ん、まぁ、酒の席の話だしね。沖野さんもかなり酔ってたし」
「……そう」
あっ、これ許されないヤツや。
すまん、沖野さん。オレには沖野さんを差し出すしか道は無かったんだ……!
「……ん、決着ね」
沖野さんを生贄に差し出していたら、レースはいよいよ決着を迎えようとしていた。
オレが注目していた3番の彼女は案の定激しく消耗し、先頭争いをしていたにも関わらず10着でのゴールとなっていた。
「本当にあの娘にするの?」
「当然。ルドルフやブライアンみたく最初から咲く事が決まりきってはないけど、きちんと世話してやれば大輪の花が咲きますよ」
「……誰と並びそう?」
「そーですねぇ……ま、グラスやエルは軽く抜くでしょうね。スペシャルウィークくらいは伸びますか。脚質的にスズカには一歩及ばない――とりあえずそんな感じで」
「高評価ね」
「ま、後はオレの腕の見せどころですかね。じゃ、ハナさん。オレはこれで」
「ええ、また」
ハナさんに別れを告げ、早速3番の彼女を探しに走る。
レースで敗れたウマ娘が行くところといえば、やはり大樹のウロだろうか。
あそこは大体レースで負けたウマ娘がその激情を吐き出す場所だが、実はシンボリルドルフやエアグルーヴなんかも利用した事がある由緒正しきストレス発散場所だからな。
『―――――!』
『――――。―――――!』
ルドルフやエアグルーヴが大樹のウロで叫んでいた事を思い出しながら歩いていると、どこからか誰かの言い争う声が聞こえてきた。
はてな? と思っていると声は消え、その代わりに茶髪で小柄なウマ娘がこちらに走ってきた。
「そこのウマ娘!」
「…………なに?」
呼び掛けると、心底うざったそうな顔をしながら止まり、鬱陶しそうに返事をした。
今は誰にも会いたくないのに。そう言っているように聞こえる。
「さっきの選抜レース、見てたよ」
「……それで? アンタも走るのを辞めろとか言いに来たわけ?」
「走るのを……? ――あぁ、なるほど。さっき言い争ってたのはそれか」
「……で?」
「ククク……違う違う。オレはそんなバカな事は言わない。確かに、さっきのレースでお前が見せた走りは酷いもんだった。小柄なクセに先頭争いに参加して、挙げ句さっさと消耗して10着。そりゃあレースの世界にいるのを止めろと言いたくもなる。気持ちはわかるさ」
「――――ッ!!」
「だが、違う。そうじゃない。オレは、お前をスカウトしに来たんだ。チームリギルを凌ぐ最強の実力派チーム――チームベテルギウスに」
「チーム……ベテルギウス……? もう無くなったはずでしょ?」
確かにチームベテルギウスは今はない。
だが。
「復活するんだ、このトレセン学園に。その先駆けとして、お前をスカウトしに来たんだよ――ナリタタイシン」
「……なんで、アタシなわけ? さっきのレース、見てたんでしょ?」
「見てたからお前なんだよ、ナリタタイシン」
あの選抜レース、オレはこのナリタタイシンに確かな武器を感じた。
確かに10着という、惨敗と言って差し支えないほどの着順ではあった……が、しかし。
それは、彼女が彼女自身を正しく理解していないからだ。
「まぁ、こんなところで立ち話もなんだから、付いてきてくれ。どうしてオレがお前をスカウトしようと思ったのか、丁寧に説明してやる」
「……わかった」
ぶっきらぼうに、無愛想に、吐き捨てるようにそう言ったナリタタイシンを引き連れてチームルームへと向かう。
絶対口説き落としてやるからな……!
「さ、ここがベテルギウスのチームルームだ。今日来たばっかりだからお茶なんかの用意はないが、勘弁してくれ」
「別に、いらない」
さようで。
「適当に掛けてくれ。……さて、話を続けよう。どこまで話したんだったかな?」
「どうしてアタシをスカウトしようと思ったか、でしょ」
「おぉ、そうだったそうだった。で、まぁ、スカウトの理由だけども……うん、ぶっちゃけ『なんとなく』だな」
「…………帰る」
大きく溜め息を吐いてから呆れた声と共にソファから立ち上がるナリタタイシン。
「いいのか?」
「……何が?」
「ここで帰ったら、お前はもう誰の目にも留まらない。小柄なクセに先行策を取って自滅していくバカをスカウトしようなんてトレーナーは、このトレセン学園にはいないからな。……ま、1人心当たりがないでもないが、あの人ももう手一杯だろうから望み薄だな」
「…………チッ」
ナリタタイシンもオレの言った事に自覚はあるらしく、明らかにイライラしながらも再度どっかりと腰を下ろした。
「時にナリタタイシン。お前、自分の体格はかなりのハンデになってるってわかってるはずなのに、なんで先行策にしたんだ?」
「……………」
「……ま、話したくないなら構わないが。大体予想は出来てるからな」
「……言ってみれば?」
「今日のレース前の様子や、さっき言い争ったという事実から鑑みて、お前は死ぬほど負けん気が強い。その体格だから、トレセン学園に来る前から色々言われてたんだろう。例えば……そうだな。トレセン学園は言ってみればバケモノ級のウマ娘が集まる場所だ。そんな奴らが犇めく場所でお前がやっていけるはずがない、とでも言われたんじゃないか?」
「…………ふん」
どうやら図星か、似たような事は言われた経験があるようだ。
まあ、確かに、普通の奴らからすればナリタタイシンのような小柄なウマ娘がトレセン学園でやっていけるわけないと思うのが当然だ。
だって、彼女はあまりに小さい。目算でも150cmないくらいだ。
ビワハヤヒデやウイニングチケットと同期である事を考えると、背負ったハンデが大きすぎるんだ。
しかも、事前に得た情報ではそのビワハヤヒデとウイニングチケットは今年デビューが決まっているという。
持って生まれたハンデ、トレーナーが見つかりデビューが決まった同期、期待されるどころか憐れまれる現状……どれもこれもが彼女を追い詰めていく。
だから、彼女は持ち前の負けん気で必死に追い縋った。
どれだけ憐れまれても、バカにされても、それを見返してやると言わんばかりに。
そのための先行策だった。
先頭争いをして、そして1着でゴール出来たなら……あるいは彼女は全てを見返していたのかも知れない。
そして鼻で笑ってやっていたはずだ。
『お前たちが散々に言ってきたウマ娘は、これだけやれるんだぞ』と。
「ナリタタイシン。改めて言おう。オレの担当ウマ娘になってくれ。お前が見返してやりたい全ての存在を見返してやれる、力と策をくれてやる」
「随分上から目線で言うじゃん」
「好みに合わなかったか?」
「……いいよ。勝たせてみなよ、アタシを。アンタがどこまでやれるか、アタシが試してあげる」
「よし。手続きはこっちでやっておくから良いとして……とりあえず明日からだな。今日はもう帰って、しっかり身体を休めておいてくれ」
「…………他にしとく事は?」
「今は特にない。……あ、そうだ。明日は模擬レースにするつもりだから、そのつもりでいてくれ」
「ん……、じゃあね」
「ああ、また明日な」
疲れた顔で去っていくナリタタイシンを見送ったら、早速ナリタタイシンの模擬レースの相手にと考えているウマ娘のトレーナーに連絡を取る。
「――もしもし。ええ、お久しぶりです。ご無沙汰してます。……はい。実はベテルギウスを復活させるにあたって、適当なウマ娘を見つけまして。はい。ええ。選抜レースは見たんですが、彼女の実力を再確認するためにも模擬レースの相手を――ええ、そうです。はい。つきましては――はい、そちらの――」
相手のトレーナーと一頻り話して、通話を切る。
……とりあえず模擬レースの相手は用意出来た。
あとは、ナリタタイシンがオレの指示に従ってくれるかだな。
◆
ナリタタイシンをスカウトした日から明けて翌日の放課後。
練習場となっているトラックコースには、既にナリタタイシンの姿があった。
「よう、タイシン。調子はどうだ?」
「まあまあ。……それで? 模擬レースの相手は?」
「そろそろ来るんじゃないか?」
『――シーン!』
ふと、遠方から何か聞こえてきた。
『――イシーン!』
「……ねぇ。なんか嫌な予感するんだけど」
「そうか? オレは別に何も感じな――」
「タイシーン!!!!!」
そう、タイシンの言葉に返答しようとした矢先。
ゴゥッ、という風の音と共に、目の前からタイシンの姿が消えた。
「タイシンタイシンタイシンタイシンタイシンタイシンタイシンタイシン!!!!!!!」
「うるっっっっっさい!!!」
ちょっと喧しい声とタイシンの怒号のした方に目を向ければ、そこには、ターフに押し倒されたタイシンと、今まさに彼女を押し倒した黒髪のウマ娘がいた。
「――すみません、うるさくして」
そして、そんな黒風の後からゆっくりとやってきた芦毛のウマ娘が、そう言って頭を下げた。
「いや、うん、ちょっと驚いたけど、まあ、気にしないでくれ」
「気にしろ!」
「……まあ、さておき。よく来てくれた――ビワハヤヒデ。そして、ウイニングチケット」