その身体に秘めしモノ   作:神楽光月

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朝。女帝襲来。

 時に。

 トレーナーには、実は明確な出勤時間などが決まっていない。

 それでもなんとなく、生徒たるウマ娘たちが登校する頃には既にトレセン学園内にいるし、完全下校時刻になる頃には担当のウマ娘とトレセン学園を出る。

 中にはトレーナールームで一夜を過ごすトレーナーもいるが、基本的にはそれぞれの家に帰っていく。

 

 

「……んんっ」

 

 

 朝。

 それは、1日で最も怠惰な時間(当社比)。

 春は大体寝てたいし、夏は日照時間長いんだから別に多少多く寝ててもいいでしょって思うし、秋冬はあったかい布団から出たくない。

 まあ、多少の違いはあるだろうが、大体そんなもんだろう。

 

 しかし悲しいかな。

 社会の歯車になってしまったら、決まった時間に起床して、夜遅くまで仕事をしなければならないのだ。

 

 そこに来るとトレーナー業のなんと楽な事だろう。

 オレに関して言えば別に教員免許を持っているわけでもないから授業を担当する事もない。

 担当ウマ娘の朝練に付き合うトレーナーもいるが、どうせ後は放課後まで座学くらいしかないので、オーバーワークにならない程度なら朝練くらい好きにしててくれていいのだ。

 

 

「ん……8時5分か……まだ寝れるな……」

 

 

 スマホで時刻を確認して、再び微睡みの中に意識を沈める。

 

 

「――ええい、起きろ!」

 

 

 と思いきや、そんな言葉と共にバサァッと掛け布団が剥ぎ取られた。

 たいへん。たいへんに聞き覚えのある声である。

 

 

「……なんでいるの、エアグルーヴ……」

「会長より貴様に出向命令が出ているから、わざわざ起こしに来てやったのだ。ありがたく思え」

「登校しろよ、不良女帝め……」

「なに……?」

 

 

 ギヌロ、と女帝の眼光がこちらを射抜く。

 なんて恐ろしい目をしとるんじゃお前は。それがトレセン学園生の模範となるべき生徒会役員の顔か。まったく嘆かわしい。

 

 

「くだらん事を考えてないで早く起きろ。私も時間が無いんだ」

「時間がないならなんで来たんですかね……。大体なんで出向命令なんだよ……なんも悪い事しとらんぞ……」

「それだがな。先日、東条ハナトレーナーの気まぐれで行われたお前の講義が好評を博したようで、また頼めないかと東条ハナトレーナー及び中等部Cクラスの面々から話が来ている」

「なんだとぉ……?」

 

 

 ……別にタメになる事なんか言ってなかったと思うんだけど。

『お前らの日常からフォローしなきゃなんないからトレーナーは大変なんだぞ(意訳)』としか言ってないはずなんだけど。

 

 どこに好評を博す要素が……?

 おハナさんとCクラスの連中の頭は大丈夫か?

 

 

「ん……そんな事知らん……。事前に言っとけ……」

「仕方なかろう。会長はもとより私も忙しいのだ」

「ブライアンがいるだろ」

「捕まらなかったんだ。ほら、早く着替えんか」

「もー……せっかく惰眠を貪るところだったのに……」

「やれやれ……貴様というヤツは、少し目を離すとこれだ。まさかとは思うがアメリカでもそんな生活をしていたのではあるまいな」

「アメリカは日本みたいにタイトスケジュールじゃないし、時間にも厳しくないの。だから許されてたんですぅー」

 

 

 まあ、元気良すぎて朝っぱらからやかましいのはいたが。

 ニワトリとは別にね?

 なんならニワトリより起きるの早かったからな。

 

 

「では、改める事だな」

「……はぁ。ま、自分が育ててる草花にも檄を飛ばす女帝どのの言葉だしな、起きておきますか……」

 

 

 エアグルーヴにはこの手の甘えが通じないから困る。

 まあ、ルドルフが絡んでさえいなければもっと寛容なんだが。

 

 まだ寝惚けている目を擦り、床に降り立つ――と、エアグルーヴが何故か赤面しながら信じられないというような顔をしている。

 どうした、そんな面白そうな顔をして。残念だがそれではオレは笑わないぞ。

 

 

「な――」

「な?」

「何故、貴様がそれを知っている……!?」

「前にスズカが教えてくれた。『エアグルーヴったら、自分で育ててるお花にも檄を飛ばしてたの。ふふ。ちょっと面白かったわ』って」

「……しまった。ヤツの部屋はちょうど真上だったか」

 

 

 >エアグルーヴのやる気が下がった!

 

 うん……まあ、なんだ。

 ドンマイだ、エアグルーヴ。

 

 

「はぁ……着替えるか……」

「む。貴様、何をしている」

「何って、見りゃわかんだろ。パジャマ脱いでんだよ」

「このたわけ! うら若き乙女が居るところで裸身を晒すヤツがあるか!」

「うら若き乙女て……。言っておくがなあ、エアグルーヴ!」

「……なんだ。ろくでもない事を言われる気しかしないが、一応聞いてやろう」

「オレは! オレの担当に見られて恥ずかしいものなど、ただの1つもない!」

「自信満々に言う事か、たわけ! ……まあいい。先に行っているから、早く来るのだぞ」

「はいはい、行きますよ」

「もし寝ていたら、冷蔵庫の中身をすべて使って料理を作る」

 

 

 …………ん?

 それ、なんかオレに不都合があるのか?

 どうやら切れ味が落ちたようだなぁ、エアグルーヴ。そんな事ではオレの危機感を煽る事などとてもとても――

 

 

「その料理はすべてオグリキャップ行きだ。以降の食費を貴様が出してくれる、とも言っておこう」

「てめぇエアグルーヴ、どこでそんな悪辣な手段を覚えた! そんな娘に育てた覚えはねえぞ!」

 

 

 なんという外道な手段を使うつもりでいやがるんだ、このウマ娘は。

 それが全トレセン学園生から尊敬の念を集める生徒会役員のやる事か。

 

 

「とにかく、貴様がさっさと着替えてくればいいだけの事だ。あまり手を煩わせるなよ」

 

 

 最後にそう言ってエアグルーヴは部屋から出て行く。

 

 …………ところで、エアグルーヴさんや。

 オレ、家に鍵掛けてたはずなんだけど、どこから入ってきたの?

 

 

 着替えを済ませて部屋を出ると、ふわりと良い匂いが漂っているのに気が付いた。

 非常に食欲をそそる香ばしい匂いである。

 

 その匂いに釣られるようにリビングダイニングの方に行くと、テーブルの上にトーストとベーコンエッグ、サラダ、コーヒーが用意してあった。

 そしてテーブルの向こう側にはエアグルーヴが腰を落ち着けている。

 

 

「……行かなくていいのか」

「貴様と共に出ねば、どこに行くやらわからんからな」

「信用ないねぇ……。いつからそんな娘になったんだ?」

「私は最初からこうだ」

「そうでした。まったくお前は最初から可愛げのないヤツだったよ。せっかく口説き落としたかと思えば、私は貴様に期待はしていないだの、貴様は私の杖であればいいだの……。才能ありと思ってスカウトしたのはいいけど、そんなじゃじゃウマ娘とは思わなかったからなぁ」

「やかましい。さっさと食べてしまえ」

「今度学園で吹聴して回ろうかな。女帝に半券扱いされてたトレーナーでーす、っつって」

「やめんか!」

「ウソウソ、冗談だよ。あの頃に比べたら、お前も随分心を砕いてくれてると思うさ」

 

 

 実際、スカウトした当初に比べて随分とあれこれ話してくれるようになった。

 ルドルフがいなきゃ満足に会話もしてくれなかったのを思えば、結構な進歩だ。

 

 まあ、当時のオレはたまたまルドルフを口説き落とせただけの新人トレーナーでしかなかったから、ベテランのトレーナーに比べれば信用がなかったのは事実だが。

 それが今となっては……。世の中、どう転ぶかわからんもんだ。

 

 

「だからさ、エアグルーヴ」

「……なんだ」

 

 

 何故か顔を赤らめてウマ耳をぴこぴこと動かしているエアグルーヴに、微笑みかけながら努めて優しい声で言う。

 

 

「もうちょっと、甘い裁定にならないですか……?」

「ならんな」

 

 

 スンッ、といつもの仏頂面に戻ったエアグルーヴは、取り付く島などないのだと言うように一刀両断した。

 慈悲は……慈悲はないんですか……?

 

 

「……ちなみに、どうだ?」

「ん? ああ、美味いよ。腕上げたなぁ、エアグルーヴ」

「言っておくが、貴様のためなどではないぞ。日頃からしていれば、3年もあれば上手くなって然るべしだろう」

「そうだな。……そういえば、同室はファインモーションだったな。この前ちょっと接する機会があったんだが、彼女は家事は出来る娘なのか?」

「……いや、そういう話は聞かないな。しているところも特に見た事はない」

「ふーん……やっぱ普段からやる娘とそうじゃない娘って明確に分かれるよなぁ」

「ああ。まあ、個人の思考の違いというのが大きいだろうがな。基本的にはカフェテリアの食事で間に合うのだから、わざわざ自分でする必要もない」

 

 

 確かに、ウマ娘たちにもそうだがオレたちトレーナーにも教官たちにもカフェテリアは広く開放されている。

 栄養バランスもしっかり考えられた食事ばかりだから、わざわざ個人単位でする事もない。

 

 まあ、中にはこのエアグルーヴやスーパークリーク、タマモクロスなんていう……まあ、ある意味奇特なウマ娘もいるわけだが。

 とはいえ、家事が出来るウマ娘自体はそう珍しいというわけでもない。カフェテリアが使えるからと言って、寮住まいをしているからと言って、その能力がウマ娘にないという事とはイコールではない。

 

 個人的には、将来の事も考えて家事のひとつくらいは出来ておくべきだと思うが。

 特に料理は。

 

 

「あ、それでさ、結局オレの講義が好評だったってどこ情報なんだ?」

「だから言っただろう。東条ハナトレーナーと中等部Cクラスから――」

「それだ。それがもうおかしい。オレが言った事なんて、『お前らウマ娘の世話は思ったより大変だからトレーナーにあんまり甘えないようにな』みたいな事だぞ」

「貴様がそうして明け透けに言うからだろうな。我々は互いの事に完全な理解を示せるわけではない。ウマ娘はどうしたってレースの方に頭が行くから、トレーナーの事はあまり気に掛けない事もある」

「私みたいに、か?」

「うるさいぞ。……そこに来て貴様だ。貴様は良い意味でも悪い意味でも、隠すという事をしない。嫌になるほど明け透けで、等身大だ。そういうところだろうな、貴様が評価されているのは」

「ほーん……」

 

 

 そんなに明け透けだったかしら。

 まあ、外側から見てるエアグルーヴがそう言うんならそうなんだろう。

 こういうのはどうしたって自分ではわからないものだからな。

 

 

「あまり興味なさそうだな」

「や、まあ、自分じゃわかんないしな。そんなもんかー、って感じだ」

「……まあ、そうだろうな」

 

 

 明け透け……明け透けね……。

 あけっぴろげで、露骨なこと……だったか?

 

 

「だが……貴様がそうだからこそ、私や会長、ブライアンのヤツもタキオンも、確かな実績を残せたのだろうよ」

「えー? それは持ち上げすぎだろ。お前らが見上げるような才能の持ち主だったからだよ。だから新人でもトゥインクル・シリーズを駆け抜けられた。結局最後までおんぶに抱っこ……世話になったよ、何もかも」

「ふっ……たわけが。その程度のトレーナーならば、今ナリタタイシンを牽引している貴様はなんなのだ。燻って自棄になっていたヤツを引き上げ、華々しく飾ったのは他ならん貴様だろう」

「それだって、元々持ってる力を引き出せる手伝いをしただけだ。褒められるようなことじゃない」

「やれやれ、強情な奴だ……。まあ、どう思おうと貴様の勝手だが、少なくとも私は、貴様がいたから母と同じくオークスウマ娘になれたのだと思っている。それどころかトリプルティアラさえこの手にしたのだ。誇るべき事だぞ」

「覚えておきますよ、女帝陛下。――ん。ごちそうさん」

「お粗末様だ。……そうだ。確かうがい薬があっただろう。食後すぐの歯磨きは良くないが、せめてアレでうがいくらいはしておけ」

「わかったよ、母さん」

「誰が母さんだ。貴様のように無駄に手のかかる息子など要らん」

「ひっでぇ……」

 

 

 こちらの気持ちなどお構いなしに楽しげに笑うエアグルーヴ。

 やれやれ……とりあえず、その笑顔で色々とチャラって事にしておきますかね。

 

 

 ……ところでエアグルーヴさん。

 なんでオレの家の洗面台にあるものを把握していらっしゃるので?

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