その身体に秘めしモノ   作:神楽光月

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一芝居

 

 

「――ふふ。すまない、兄さん。早めに耳に入れておかなければと思ってね」

 

 

 明らかに不機嫌です、という顔をして生徒会室に入ると困ったような顔をして微笑むルドルフが、そう言いながら迎えてくれた。

 すぐ横にはナリタブライアンが、つまらなさそうな顔をして腕組みして立っている。

 ちなみに、ここまでの案内はエアグルーヴ。

 

 生徒会室。相変わらず変わりがない。

 生徒会長たるシンボリルドルフ、それを支える副会長のエアグルーヴとナリタブライアン。

 それ以外のメンバーは、オレは今のところ見た事がない。

 いるのかどうかも怪しいが。

 

 

「しばらくだな、ブライアン。お前はルドルフやエアグルーヴみたいに顔を見せに来てくれないから、ちょっと寂しかったんだが?」

「悪かったな。これでも多忙の身だ」

「エアグルーヴの小言がうるさいからって仕事をフケるのは、多忙とは言わないぞ」

「うるさい。多忙と言ったら多忙なんだ」

 

 

 相変わらず無愛想というか、つっけんどんな対応のブライアン。タイシン以上の塩対応である。

 

 

「まあ、いいか。それで? せっかくの睡眠時間をぶち壊してまで呼びつけたのは、正式に依頼したいからか?」

「それについては申し訳ないと思っているよ。兄さんに絆されない案内者というと、エアグルーヴくらいしかいなくてね」

「よくも厳格が服を着て歩いてるようなのを寄越してくれたもんだよ」

「ふふふ。……さて、話は大体聞いていると思うが、兄さんに特別講師をして欲しいとの要望が出ている。担当は上から下まで。講義内容はなんでもいいが、特にトレーナーに関して話して欲しい――との事だ」

 

 

 なんですって?

 今、およそ聞き逃してはいけない言葉が聞こえてきたような気がするぞ。

 

 

「担当は……なんだって?」

「上から、下まで。つまり、高等部シニアクラスから中等部ジュニアクラスまでだ」

「絶対やらんわ」

「そう言うと思ったよ」

「いや、お前もわかってたんなら止めておけよ。こっちに話を持ってくんな」

「仕方ないだろう? これは兄さんに宛てられた要望なんだから」

 

 

 それはそうなんだが。そうなんだが!

 

 ともかく、こうしてルドルフ直々に話をしに呼び付け、エアグルーヴやブライアンも同席しているとなると、こいつら内心期待してるんだろう。

 欲を言えば、『優秀なうちのトレーナーは講師だって出来るんだ』と思ってて欲しい。別に優秀じゃねえけども。

 

 

「それで? お前たちとしてはどうなんだ? もうすぐ授業も始まるだろうに、雁首揃えて出迎えやがって」

「私はもちろん、やって欲しいと思っている。控えめに見ても、兄さんの講義は生徒たちの為になる」

「私も同感だ。貴様はプライベートではどうしようもなくだらしない男だが、こうして見れば貴様ほどの逸材もいるまい」

 

 

 手放しで褒めてくる皇帝と女帝。

 さてブライアンは? と視線を向けてみると、顔がすでに『どうでもいい』と語っていた。

 

 お前はそういうヤツだよ、ブライアン。

 

 

「ブライアン?」

 

 

 言葉を促すようにルドルフが声を掛ければ、チッと忌々しげに舌打ちをかました。

 

 

「どうでもいい。私の目的は、アンタに鍛えられたウマ娘とやりあう事だけだ」

「つまり、やって欲しい側か」

「違う。別にアンタが講師をやるかどうかは――」

「関係あるだろう。名目はどうあれ、講師になれば事実上はトレセン学園の全ウマ娘が担当みたいなもんだ」

「…………好きにしろ」

 

 

 論破されたと感じたのか、そう言い捨ててふいっとそっぽを向くブライアン。

 

 なるほどなるほど……生徒会メンバー、もといオレの担当ウマ娘は過半数が賛成派と。

 民主主義じゃなくて良かった。元よりオレは1人だから、負けていたところだった。

 

 

「……ちなみに。その仕事は、引き受けたらトレーナーの給料とは別に賃金が発生するのか?」

「もちろん――と、言いたいところだが、そればかりは理事長の判断を仰がなければならない。ここでは如何とも答えられないよ」

「まあ、そうか。……よし、わかった」

「では……!」

「うん。やらない」

 

 

 テンションが上がったからかウマ耳がピンと立ったルドルフが、直後ウマ耳をぺたんと萎れさせ、ションボリルドルフへと変貌を遂げる。

 エアグルーヴも同様に耳を垂れさせ残念そうにしており、ブライアンは顔にこそ出さないものの耳が萎れている。

 

 どうしたお前ら、かわいいかよ。

 

 

「で、では、トレーナー業の給金とは別に特別手当を出す事を確約しよう。生徒会が責任を持って理事長を説得する。それならどうだろうか」

「なるほど、魅力的な提案だな。その話にどれほど信憑性があるのか、という問題がある事に目を瞑れば」

「だろう?」

「ああ。最近大きな買い物が続いてたから、ありがたい申し出だよ」

「では……!」

 

 

 先ほどと同じようにぱぁっと顔を輝かせるルドルフ。

 お前、今日どうした。テンション高いな。

 

 

「だが断る」

「な、何故だ!?」

「あのなぁ……お前らも知ってるだろうけど、オレは今タイシンのトレーナーやってんの。トゥインクル・シリーズを駆け抜けてドリームトロフィーリーグにだけ出てれば十分なお前らとは違うの。オレは、これからを走るウマ娘のために粉骨砕身しなければならない」

「だったら……!」

 

 

 どうしても講師をして欲しいらしいルドルフはなおも言い募ろうとする。

 全てのウマ娘の幸福を願うお前としては、その態度は正しいものなんだろうな。

 

 

「しかし、残念ながらそれは、不特定多数のウマ娘のためであってはならない。学園で顔を突き合わせる友達でも、レースに出れば明確な敵だ。オレの方から望んでタイシンのトレーナーをしている以上、それ以外のウマ娘に目をかけるのは、明らかに不義理な行為だ。それが罷り通るのであればトレーナーとウマ娘間の契約など不要だろう」

 

 

 そこを履き違えてはならないのだ。

 

 確かにオレたちトレーナーは、たまに自分が率いるチームのメンバーではないウマ娘にもアドバイスをするし、トレーニングを見てやる事もある。

 しかし、それはあくまで一時的なもの。

 契約しているウマ娘がいるにせよいないにせよ、スカウトする気のないウマ娘へのアドバイスは最低限に留めるべきだ。

 でなければ、それは担当しているウマ娘、あるいはこれから担当する事になるウマ娘への不義理に他ならない。

 ついでに言えば、利敵行為にもなる。

 

 

「だからダメだ。おハナさんや中等部Cクラスのみんなには悪いが、今オレが優先すべきはナリタタイシンただ1人であり、他のチームに所属している、あるいはデビューもまだな不特定多数のウマ娘じゃない」

「……………」

「それとも。お前らはオレに担当ウマ娘を裏切れとでも言うつもりか? 他でもない、お前らが」

「……エアグルーヴ」

「大丈夫です。しっかりと録音しました」

「ブライアン」

「問題ない」

 

 

 …………おやぁ? 風向きがおかしいぞぉ?

 

 

「お前ら、まさか……」

「すまない、兄さん。兄さんの事だから、仮に東条トレーナーを前にすると、恩義から引き受けかねないと思ってね。エアグルーヴやブライアンには申し訳なかったが、巻き込んで、一芝居打ってもらったんだ」

 

 

 困ったように眉を八の字にして苦笑するルドルフ。

 エアグルーヴを見ればこちらも申し訳なさそうにしており、ブライアンもどことなく申し訳なさそうな雰囲気を醸している。

 

 ……やりやがったな、こいつら。

 

 

「ルドルフ、お前――」

「わかっていたとも。兄さんがこの依頼を受けるはずがない、とね。だから、私達の方でNOを突きつけても良かった。……多少、心苦しいがね」

「しかし、それでは納得はするまい。我々は貴様の担当として貴様の為人(ひととなり)を知っているが、他の者にしてみれば無敗での7冠を達成させ、トリプルティアラどころか4つ目のティアラまで手にさせ、他を圧倒する絶対的なウマ娘を輩出し、誰も届かない本当の最速を果たさせた――」

「言ってみれば、伝説のトレーナーだ。なまじ私達が強いばかりにな。だからそこの皇帝と女帝は、ノリノリで芝居なんぞ打ちやがった」

「シャドーロールの怪物はどうなんだ?」

「……ふん」

 

 

 ブライアンは不機嫌そうに鼻を鳴らしただけ。

 だが、それが何よりもの答えだった。

 

 

「……心臓に悪い」

「すまない。この埋め合わせは必ず――」

「今からタキオンのところに行って薬がぶ飲みして1日中光ってやる」

「それはやめろ」

「なんと恐ろしい事を考えるんだ、貴様は……」

 

 

 がっしりと、両側から女帝と怪物に腕を掴まれてしまった。

 

 なんというか、アレだな。

 3年経ってなおタキオンの普段の評価が微動だにしていないあたりに、喜びを感じるべきか情けなさを感じるべきかって感じだな。

 それもこれもモルモットになる事を承諾したオレの責任と言われれば確かにそうなんだけども。

 

 

「ま、流石に冗談だ。ほら、放せって」

「……本当だな?」

「放した瞬間ヤツのところにダッシュしたら赦さんぞ」

「信用ねえなぁ……安心しろって、行かないから」

 

 

 呼ばないとは言ってないけど。

 

 

「……もし呼んだらスマホを破壊するからな」

 

 

 そう言いながら、渋々と言った様子でエアグルーヴが離れ、続いてブライアンが手を離した。

 

 えぇ……バレてる……。

 ってか、なんでそんなに毛嫌いされてんの。君たち一応チームメイトのはずだよねぇ?

 まさかオレのいない3年の間に、モルモットたるオレの代わりにルドルフたちが犠牲に……?

 

 いやいや、そんなわけない。

 確かにタキオンは隙あらば投薬実験をしようとするマッドサイエンティストじみたところがあるが、少なくともトゥインクル・シリーズを走り抜けた後はその傾向は減っていたし、アメリカに行く直前にちょっと付き合った事はあったけど、その程度だ。

 

 

「なあ、お前らなんでそんなにタキオンを警戒してんの?」

「アグネスタキオンを警戒しているのではない。貴様とタッグを組んだアグネスタキオンを警戒しているのだ……!」

 

 

 あっ、なるほど。そりゃ警戒するわ。

 オレ、基本的にはタキオンのストッパー役だけど、何故かブースターの役割を果たしちゃうからな。

 

 

「……まあいいや。それで、録音したっていうソレはどうすんだ?」

「今回の要望の出処である東条ハナトレーナーと中等部Cクラスの面々に聞かせるだけだよ。その後は……まあ、うん。適当に処分しておくつもりだ」

「なんで今ちょっと言い澱んだんだよ」

「いや、安心して欲しい。決して悪用はしないと誓う」

「問題はそこじゃねえんだわ」

 

 

 悪用するしないじゃなくて、他の用途には使わないって言って欲しかったんだけどなぁ……。

 まあ、何に使うんでもいいんだけどさ。正直ね。

 

 

「……で、用は終わりか?」

「ああ。こちらとしては、兄さんの言質が取れればそれで良かったからね」

「さよか。んじゃまあ、オレは帰るとするか」

「おい。せっかく起こしてやったのに、寝に帰るつもりか」

「アホか。取るものも取りあえず来たんだから、それくらい取りに帰らせろ」

「む……」

 

 

 まあ、取りに帰った後はオレの自由なんですけどねー。

 

 

「私が同行してやろう」

「エアグルーヴ? お前はまだ学生の身分なんだが?」

「その通りだ。だが、女帝たるこの私を連れ出した挙げ句に遅刻させたとなれば、貴様も勝手は出来まい?」

「まーたそんな小賢しい真似を……」

「貴様はそんな事にはしたくないだろうから、取るものを取って、さっさと私を学園に帰すしかないな?」

「なんてことを」

 

 

 ……仕方ない。

 せっかくだから二度寝と洒落込むつもりだったが、こうなればトレーナールームで寝るしかないな。

 

 

「はぁ……じゃあ行こうか、エアグルーヴ」

「私が行ってやってもいいんだぞ」

「貴様はダメだ、ブライアン。一緒になってサボるに決まっているからな」

「ち……」

 

 

 相変わらず変な方向に評価が高いな、こいつは。

 まあ、トゥインクル・シリーズ時代もトレーニングをちょくちょくサボってたから何も言えんが。

 真面目だったのはルドルフとエアグルーヴくらいだったな。

 タキオンは真面目ではあったが、ルドルフたちとは違う方向性の真面目さだからノーカウントだ。

 

 

「ブライアン」

「……なんだ」

「また、いつでも遊びに来い。もうアメリカに行ったりとかしないから」

「……本当だな」

「当分はな」

「…………わかった」

 

 

 渋々という風ではあったがブライアンが納得したところで、エアグルーヴと生徒会室を後にする。

 

 

 ちなみに、この後しっかりと監督されてしまったので結局二度寝は叶わなかった。

 女帝には頭が上がりませんわ、まったく。

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