「――で、なんでアンタまで来るわけ?」
タイシンの後をついて栗東寮に向かう途中で、そんな質問が飛んでくる。
なんで、って、そりゃあもちろん――。
「用があるからだよ。栗東寮にな」
「はぁ?」
まるで意味がわからないといった様子のタイシン。
そりゃそうだろう。お前にはなんにも言ってないんだもんな。
「まあまあ。一応お前にも関係ある事だから、同席しててくれ」
「……いいけど、誰に用なの? クリークさん?」
「違う違う。あのダメトレーナー製造機じゃない」
「ダメトレーナー製造機……?」
「もっと直接的に関わりがあるウマ娘さ」
「……余計に意味わかんないし」
「まあまあ。そう焦りなさんな。そういう気が短いところは欠点だぞ。ま、その焦りをどうにか抑えられる点は流石だと思うけどな」
などと話していると、栗東寮の玄関口が見えてきた。
ガラス張りの両開きのドアと小ぢんまりとした土間、大きな下駄箱とフローリングの床。奥には階段も見える。
――が。やはり、何よりも特徴的なのは
「やあ。おかえり、ナリタタイシン。直に会うのは3年ぶりだね、タケルトレーナー」
「……ただいま」
「よう、フジ。寮長自ら出迎えとは、サービスが良いな」
栗東寮の寮長であるフジキセキが、御自ら寮生たるウマ娘たちの出迎えに出ている点だろうか。
こうして出迎えて、甘い声で『ポニーちゃん』などと呼び掛けているのだろうか。舞台女優の母親に負けず劣らず、相変わらず他者を魅了する術に長けたウマ娘である。
惜しむらくは、その甘いマスクと甘い声とは裏腹にイタズラ好きなやんちゃな性格をしているところか。
ナチュラルにイタズラを仕掛けるその姿は、さながら歴戦のペテン師だ。……まあ、人を騙すという意味では母親の血を十二分に受け継いでいると言えるか。
「別にサービスではないんだけれどね。それより、どうしたんだい、タケルトレーナー? 言っておくけれど、相変わらず栗東寮も美浦寮もウマ娘以外の立ち入りは禁止だよ。たとえトレーナーであっても、理事長やたづなさんであっても、個々人のプライベートは守られて然るべきだからね」
「わかってるさ、フジキセキ。寮生愛の強いフジキセキ寮長どのに言われずともね」
「それならいいんだ。では、この栗東寮にどんなご用かな?」
「うん、それなんだけどな。メイクデビューまでの期間、このナリタタイシンをオレの方で預からせてもらえないか」
「……預かる?」
ぽかん、と呆気にとられた様子のフジキセキ――と、傍らのタイシン。
「簡単に言えば、オレが用意した場所での寝泊まりを許して欲しいんだ。要は長期外泊許可申請、という事だな」
「うーん……私としては、タケルトレーナーは信頼出来るトレーナーさんだから任せてもいいとは思うけど、ナリタタイシンはどうなのかな?」
「え、や、初めて聞いたんだけど」
「……話してないのかい?」
「や、ここでいっぺんに話せばいいかと」
オレがそう言うなり、『まったくこの男は』と言わんばかりに溜め息を吐いて肩を竦めるフジキセキ。
「まったく……私だから良かったものの、これがヒシアマだったら説教だよ?」
「や、タイシンなら、強くなるための提案は蹴らないだろうと思ってな。まあ、確かに話が性急過ぎた。悪いな、タイシン」
「……別に。でも、急になに?」
「うん。これは、ルドルフ達を担当していた時代には実績はもちろん金も無くて実現出来なかった事なんだが……単純に、お前という存在を秘匿しようと思う」
「秘匿……?」
「どういう意味だい、タケルトレーナー?」
頭の上に疑問符を浮かべる2人。
オレが考えているのは、こうだ。
まず、ナリタタイシンというウマ娘のプライベートを隠匿する。
その間、タイシンにはスーパークリークやビワハヤヒデ、ウイニングチケットといった、親交のあるウマ娘たちからは遠ざけられてしまうが、これはどうにか我慢してもらいたい。
それから、トレーニング内容を隠匿する。
トレーニング内容がわかれば、当然だが対策を取られてしまう。壁に耳あり障子に目ありと、どこで誰が見聞きしているんだか知れたものではないトレセン学園の訓練施設では、どうぞ対策してくださいと言っているようなものだ。
そして、ナリタタイシンというウマ娘を秘匿する。
マスコミというのは、一体どこから嗅ぎ付けてくるのか気付けばそこにいて勝手に写真を撮り勝手に取材の設問をする。それらから遠ざけ、今までのナリタタイシンというウマ娘のイメージを世間に保持したまま、鮮烈なデビューをかましたいのだ。
……まあ、乙名史悦子とかいう、神出鬼没にも程があるウマ娘キチな記者もいるが。それはさておき。
という事を説明すると、フジキセキは苦笑し、タイシンは頭のおかしい人間を見るような目になった。
……何故だ。
「そのためにアンタの用意した施設を使えって?」
「ああ。自慢じゃないが、トレセン学園に勝るとも劣らない機材と環境だぞ。……まあ、移動にちょっと時間がかかるのが玉に瑕だが、それに目を瞑ればそう悪くはないはずだ」
「ふーん……」
「ま、そういうのがあるんだーって思っててくれ。今言ったのはあくまで理想で、タイシンの事考えたら好ましくはないもんだしな。……まあ、トレーニング内容くらいは隠したいんだが」
「ん……覚えとくだけね」
「ああ、それでいい。じゃ、ま、そういうわけでな。邪魔したな、フジ」
「またね、タケルトレーナー」
苦笑を微笑みに変えてひらひらと手を振るフジキセキと、こちらを見つめるばかりで何も言わないタイシンと別れ、栗東寮を後にする。
「……はぁ」
いかんなぁ……今のは。
これまで担当したどのウマ娘とも毛色が違うから、どうにも距離感を掴みづらい。
唯一似ていると言えばエアグルーヴなもんだが……それにしたってタイシンほどではなかったからなぁ。
エアグルーヴにとってトレーナーとは、『あるべきだと認識してはいるが、特別お互いに寄り添うものではない』というものだった。
片やナリタタイシンにとってのトレーナーとは、今現在の印象だけで言えば『いてもいなくてもいい。自分の邪魔さえしなければ』って感じの存在だろう。
要するに、人間関係における意識の置き方が違うのだ。
まあ、タイシンは今までの経験から、どうせどいつもこいつも腹に一物抱えてんだろ、くらいに考えてんだろうな。
仲がいいビワハヤヒデとウイニングチケットにしてみても、腹の中では何を考えてるかわからない。だから、誰にも彼にも喰ってかかる。
「……ハリネズミかよ」
結局、ナリタタイシンというウマ娘は臆病なのだ。
体格で劣っている自覚があり、その部分を突かれた経験がある。
その劣等感に触られたくない。だから誰とはなしに牙を剥いて、自分のエリアの中に簡単には入らせない。
改めて思うが。
そんな彼女に少なからず受け入れられているのは、きっとオレが、ビワハヤヒデとウイニングチケットに勝った方策を与えたからだろう。
あれが無ければ、きっと今でもタイシンはトレーナー憎しで、さりとてレースに出たければトレーナーは必要で、というジレンマに囚われていただろう。
……いやはや、エアグルーヴを担当してた頃を思い出す。
彼女もなかなか、オレに心を開いてはくれなかったからなぁ。
ルドルフを担当してるって事で一応の信用は得られてたみたいだったが、それまではなぁ……。
「ははは……」
「――何をニヤニヤとしているのだ、貴様は」
あの頃を思い出して笑っていると、そんなトゲのある言葉が飛んできた。
いや、呆れが混ざっているあたり、本当は呆れているだけなのかも知れない。
「よ、エアグルーヴ。いやなに、昔にも素直じゃないウマ娘を担当した事があったなぁ、とな」
「悪かったな、素直なウマ娘じゃなくて」
「別にお前の事だとは言っとらんが」
エアグルーヴの悪態にそう返すと、『しまった』とばかりに苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……ナリタタイシンか」
「ああ。ブライアンとお前の
「どういう意味だ」
「よく言うだろ? 手がかかる子ほどかわいい、ってな」
「悪かったな、手がかかるウマ娘で」
「いやいや、なんのなんの。ブライアンに比べれば楽なもんさ」
「……そういえば、奴とは話したのか?」
ここで言う『奴』とは、ナリタブライアンの事だろう。
「いいや。こちらから会いに行くでもないし、向こうから来てもくれないしな。生徒会で忙しいんじゃないのか?」
「忙しくしているのは私と会長くらいのものだ。面倒だとこちらに仕事を押し付けてフラフラしているのが奴だ」
「相変わらずだな」
「ああ。もし会う事があれば、貴様の方からも言っておいてくれ。あれは会長かビワハヤヒデか、そうでなければ貴様の言う事くらいしか素直には聞かんからな」
「わかった。……時にエアグルーヴ」
「む?」
せっかく会ったんだし、ちょっとエアグルーヴの智慧をお借りしてみようか。
ルドルフやブライアンにも聞きたいが……まあ、無いものねだりはするまいよ。
「なかなか心を開いてくれなさそうな子と接する場合、どうすればいいんだと思う?」
「知るか。貴様の好きなようにすればいいだろう。どのみち、貴様には絆されてしまうのだからな」
「おや、自分の事かい?」
「ブライアンの事だ! ……まったく。ではな。変質者扱いされんうちに、寮の周りからはいなくなっておけよ。生徒会メンバーを担当したトレーナーが不審人物としてお縄になった、などとなっては、他のウマ娘たちに合わせる顔が無いのでな」
「はいはい。それじゃあな、エアグルーヴ」
「気を付けて帰るのだぞ。貴様の身に何かあったのでは、ナリタタイシンの今後に障りが出る」
まるで出来の悪い生徒を諭すような口ぶりのエアグルーヴだが、こちらはそちらよりいくらも歳上である事を忘れないでもらいたい。
確かに普段は面倒くさがりだし、なるべくなら仕事なんぞはしていたくないものだが、やる時はきっちりとやるのがオレだ。
「わかってるって」
「…………はあ」
おい、なんだその溜め息は。
『わかってないから言っているんだがな……』と言わんばかりの溜め息は!
こら、その出来の悪い子を見るような目はやめなさい。
「……まあ、貴様もいい大人だ。わざわざ言わずとも良いか」
「じゃあなんで今言ったんだよ」
「出来の悪いトレーナーを持つと担当ウマ娘は苦労するのだ。肝に銘じておけ」
「へいへい」
どうしても出来の悪い子扱いをやめてくれないエアグルーヴと別れ、一路自宅に向かう。
……さてはて、どうしたものかね。
時間が解決するとは思いたいが、歩み寄る姿勢は見せておくべきだろうな。
とりあえずタイシンに『まあ、いてもいいかな』くらいには思われたいもんだ。
……さて。
トレーニングメニュー、一旦考え直すか。
今日のタイシンの様子を見るに、オレが見た以上にスペックは高そうだし、伸び代も十二分にある。
同期で一番怖いのはトウカイテイオーよりはビワハヤヒデなんだよな。
「ブライアンに聞いたところでは、ビワハヤヒデってのは知略のウマ娘らしいからなぁ」
妹は天賦の才能に溢れ、姉は努力の才能に溢れた。
あのシャドーロールの怪物をして姉には一度も勝った事が無いと言わしめたウマ娘だから、警戒は十分にしておくべきだろう。
マスコミ同様に、あまりこちらの情報を向こうに取られたくはない。その頭脳でもって、簡単に対策を講じられてしまうだろうからな。
「……やれやれ、