トレセン学園保健室の記録   作:占地

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第六話 雨と髪と彼女の赤

 春風は少しの陰鬱さを含み、しかしそれでも陽光は色味を徐々に強めている。その光を真っ黒な雲が遮る。

 若葉は少しずつ色を変え、成長途中の不安定さを醸し出す。

 

 梅雨。

 春と夏の間にある境目の、微妙な時期。それは僕にとって、おそらくウマ娘にとっても嫌な時期だろう。

 

 雨が降ることで外での練習が出来ず、できたとしても雨によってできた地面のぬかるみに足が取られる。そしてこの湿気と気温。

 この時期は彼女達の敵が多い。もっとも再三言うようだが僕もそれには変わりはない。

 

 僕の髪は少々、というかかなりの癖っ毛だ。故に雨の日となるともう手がつけられない。まるで嵐にあったかのような、そんな感じで僕の毛髪は荒らされていく。

 『髪がある分いいだろ』というのは、僕の友人の一人である学園所属のトレーナーの弁だ。ちなみに彼はカツラである。

 『清水君!そうだ、その通りなんだ。雨の日となると私も…』と熱く語ってくれたのは、髪の毛のせいで頭部が何倍も大きく見えてしまうという悩みを持ったウマ娘である。ちなみに彼女のトレーナーはカツラの彼である。

 

 そんなふうに考えながら髪の毛を弄りつつ、保健室の椅子にもたれかかる。

 どうにもならない現実に悶々としていたところに、僕の仕事が舞い込んできた。

 

 「すいませーん、ナイスネイチャですけど。清水さんいます?」

 

 そう言って入ってきたのは、ナイスネイチャだった。

 「いるよ。どうかした?」そう言って僕は椅子を机の下から引っ張り出した。

 彼女はそれに座る。

 

 「いやー,ちょいと手首を痛めちゃいまして」

 「なるほどね、どれくらいの痛み?」

 「動かすとちょっと痛いかなー。でも靭帯とかはやってないと思うんだよね、動くし」

 「そうかもね」

 

 僕はそう言って彼女の手を取って見てみる。そうすると彼女は一瞬ビクッと体を震わせる。「ごめん、痛かったかな」僕は聞く。

 「えっと、いやそういうわけでは…」少し赤くなってしどろもどろになるネイチャ。

 少し疑問に思いながら、僕は彼女の手を観察してみる。

 

 特に外見は変わったようには見えない。腫れ上がっているようにも、赤くなっているようにも見えない。

 僕は安心して彼女の手を離し、記録用紙に書き込む。

 

 「じゃあ、どうしてこうなったのか聞かせてもらってもいいかい」

 「ああ、うん。わかりました…」そう言った後ゴニョゴニョと何か言っていたが、聞き取れない。何か言いたいことがあるのだろうか。

 

 「ゴホン、えっとですね。バーベルをあげてたんだけど、その時に湿気で滑りそうになっちゃって。それで無茶したらこうなっちゃいました」情けない、と笑うネイチャ。

 「成程。ちなみに何キロのバーベル?」

 「200キロぐらいだったかな」

 

 僕は背筋が少し凍った。彼女達の細い腕のどこにそんな力があるのだろうか。一説には彼女達に宿るウマソウルの力だと言われているが、そもそもウマソウルとはなんなのか。

 それと、人間に宿る魂とは何が違うのだろうか。僕は知りたかった。魂が違うだけで、僕達と彼女達で違ってしまう。

 少し羨ましい、そして妬ましい。そんなふうに考えた。

 

 僕は彼女の話を正確に記録していく。この用紙は学期ごとにまとめて生徒会と、理事長に提出しなければならない。

 理事長はわかるが、どうして生徒会にも提出しなければならないのか。僕は疑問だったが、それについては深く考えないことにした。

 そもそも理事長が幼子なのだから、そんなツッコミは野暮だろう。

 

 「つくづく肝が冷えるね、君たちのパワーには」僕は笑いながら彼女にいう。

 「あははー、アタシもそう思ってる」

 「練習、頑張ってるんだね」

 「まあ、ね」彼女は短くそう答える。

 

 少し昔の事を話したい。昔といっても、それ程ではない。彼女が学園に入ってしばらくした時だ。

 彼女はその時、カウンセリングのために保健室を訪れた。もっとも、彼女は保健室の扉の前でずいぶん逡巡している様子だったので、僕は仕方なしに無理やり引き入れた。

 

 彼女は極度に自信が欠落していた。『何をやっても3番手』、『自分はただのモブ』、『大きな輝きを見ると足が竦む』。そんなふうに自虐した。

 僕は、そんな彼女を見て、こう言った。

 

 「でも、君は一番を目指している。口ではそう言っているけど、心は違うと言っているよ。諦めたくない、勝ちたい、自分だって輝けるんだと証明したいって」

 

 彼女は何も言わなかったけれど、僕はそう感じた。そのあと少しお菓子をかじりつつ、世間話を少しして彼女を返した。

 しばらくして、彼女はトレーナーを見つけた。南坂という優しげな雰囲気を持った男だった。チームメンバーはまだ彼女一人なので、勧誘のために頑張っているネイチャを見て、少し応援したくなった。

 

 「トゥインクルシリーズに出るためにはチームメイトが必要だし、アタシが頑張らなくちゃね」そう言って快活に笑うネイチャ。

 以前まであった自嘲的な笑みはなくなり、すっかり長女のような頼もしさが感じられる。

 

 「頼もしいね、ナイスねーちゃん」

 「ナイスネイチャだって、もー。それやめてよ、テイオーが真似するんだから」

 「いいじゃないか、今の君にぴったり」

 「はあ、まあいいけどさ…」呆れたような口調とは裏腹に、少し嬉しそうなネイチャ。

 

 「それで南坂トレーナーとはどう?」

 「なにその聞き方。なんかおじさん臭くない、清水さん?」

 「まあまあ、それでどうなの?」僕は彼女に尋ねる。

 

 「ん、まあいい人だよ。私のことよく考えてくれるし。ちょっと押しに弱いけど、優しい人だよ」

 そう言って嬉しそうに話す彼女を見て、安堵する。

 これから彼女が折れてしまう時、それはいつかきっと来る。来てしまう。

 

 そんな時に、彼女の理解者がいてくれたらと思う。そうすれば、二人で支え合えれば、どんな困難だって乗り越えられる。一人ではできない事というのは、この世に多く存在するからだ。

 

 「ま、そんなトレーナーのためにいっちょ勧誘頑張りますか」

 「うん、その意気だ。湿布を出しておくから、酷くなったらまた言ってくれればいいから」そう言って彼女に湿布を貼る。

 

 彼女は少しくすぐったそうに、それを受け入れる。

 

 そして彼女は腕の感触を確かめつつ、僕に礼を言う。僕はそれを素直に受け取った。そうすることが出来た。

 保健室を出て行こうとした時、彼女は僕に背を向けたままこう言った。

 

 「あのさ、アタシが頑張るのはトレーナーのためだけじゃないからさ…」

 「え?」

 

 そう言って、彼女は足早に去っていった。背後から見えた彼女の耳は少し赤かった。あるいはそれは勘違いだったのかもしれない。

 彼女の髪がそう見せたのだ。僕はとりあえずそう結論づけた。

 

 そうして窓に映る自分の頭を見て、ため息をついた。

 

 

 雨はまだ降り続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ネイチャのチームに何人か入ってきたようだ。

チーム名はカノープスとなった。考案は南坂トレーナーらしい。いいセンスだ。
ネイチャは自分のチームメイトのことを実に楽しそうに話す。
実に喜ばしいことだと思う。

しかし、雨は止まない。ビワハヤヒデに相談しに行くべきだろうか。
それより先に提出する書類を纏めなければならない。やる事は多い。


2xxx年○月△日 記録
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