トレセン学園保健室の記録   作:占地

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前に投稿した話を少しずつ編集して行こうと思います。


第七話 常識破りと雨の中①

 梅雨はもうじき明ける。トンネルを抜けるように、夜が明けるように、突然にあるいはゆっくりと。

 そんな予感を感じさせた六月の終わり。僕の予感は見事に外れ、未だに空には厚い雲が浮かび雨は絶え間なく降り続いている。ウマ娘たちはそんな季節にすっかりと適応してしまったようで、いつもと変わらない様子で過ごしている。

 

 授業がどうだ、練習がこうだ、などと言っていることは普通の学生となんら変わりない。特徴的な耳と尻尾を見なければ、彼女たちが僕ら人間と全く違う種族であると言うことを忘れてしまいそうになる。人間というのは思った以上に寛容な生物なのかも知れない。

 

 僕はパソコンに保健室の利用記録を打ち込み、それを学園理事、およびトレーナーや教師たちに送信する。誰がいつどんな内容で保健室を利用したのか、そう言ったものを僕は他の人々と共有しなければならない。

 情報の共有は大切だ。もし仮に何らかの責任問題に発展した時に、どう言った行動を取るかと言う決断を迅速に行うことができるからだ。だから、まあ僕の仕事もそう言う事だ。

 

 ここ一ヶ月で訪れた利用者の数はおおよそ二十人から三十人程だろうか。内容は殆どが軽いものが多い。この学園の生徒たちは危機管理能力が世間一般の学生よりも優れている気がする。なんにせよ、救急車を呼ぶような怪我は少ない。

 

 しかしことレースとなるとそうもいかない。彼女たちは自身の身も顧みず、体から蒸気を立ち上らせ瞳には殺意にも似た闘志を浮かべる。こうなると、僕は困ってしまう。僕がどう言っても彼女たちはそれを辞めないからだ。だから僕はこう考える。彼女たちが走りに命をかけるのは自然の摂理なのだ、と。太陽が東から登って西に沈んでいくのは、僕にとってどうしようもない事だ。だから僕はこうも考えた。ならばせめて事後処理くらいはしよう,と。

 

 立つ鳥跡を濁さず、こう言った言葉があった。

 

 僕は彼女たちが散らした命のかけらを、箒で集めてチリトリに入れて焼却する。そうすると後には何も残らない。綺麗さっぱり彼女たちの痕跡は消え去ってしまう。要するに僕は、彼女らの刹那的な人生を指を咥えて見ている事しかできないのだ。

 

 最近は熱中症が少しづつ増えてきた。そろそろ呼びかけを始めるべきだろうか、僕はそんなふうに考えながら利用記録のコピーを取る。これは学園の生徒会に持っていく用のコピーだ。僕はべつに生徒会のタブレットに送っておいても良いのだが、そこは生徒会長の意向でこうしてコピーを手渡しすることになっている。僕は会長であるシンボリルドルフに理由を一度尋ねて見たが、そこでは答えをはぐらかされてしまった。

 

 「君は、朴念仁と言われた事はないかい?」

 彼女からそう言われたが、あいにく僕は朴念仁とは言われたことがなかったのでただ首をひねることしか出来なかった。

 

 この学園は世にも珍しく、生徒会が実権を握っている。学園自体の権利は理事長がもっているが、実際に行事や校則の実施は生徒会が行なっている。

 驚くべきことに学園の工事の申し出や、経理なども生徒会が行なっているようだった。どう見ても一生徒会の裁量を超えている気がするが、それは僕にとって気にすることではないのかも知れない。僕は仕事をして、それに見合った給料を貰えさえすればそれでいいのだ。この学園が立ち行かなくなった時のことは、その時に考えればいい。

 

 コピー機はやけにスムーズな動きで用紙を吐き出す。僕の記憶の中のコピー機とその姿は上手く結びつかず、少しばかりの違和感があるが、しかしそれはいい事だ。僕の記憶の中のコピー機はそれはそれはやかましく、盛っている大学生のようだった。そのくせ良く動きが止まる。印字はぼけている。何をやらせても一定以下の仕事しか出来なかったからだ。

 

 僕はコピーされた用紙を揃えて枚数を確認する。一枚二枚三枚… 、全て揃っていることを確認してクリアファイルに入れる。そして鏡の前に立ち服の乱れを確認する。その後に髪の毛を少しいじってから外に出る。廊下では実にさまざまなウマ娘たちとすれ違う。髪の毛、体格、雰囲気、どれを一つ取って見ても同じものはない。誰もがそれぞれの人生を生きている。一つ共通しているところは、皆等しく容姿が整っていると言う事だ。

 彼女らの中には、僕に向かって挨拶を交わしてくる者もいる。

 

 「あ、清水先生こんにちわ」

 「清水先生、保健室から出ることあるんだ」

 「こんにちはっ、先生!」

 

 その中には何度か保健室にやってきていて顔も知っている子も混じっている。僕はそんな彼女に挨拶を返し、通りすぎる。

 ここにやってきて、おおよそ一年程度になる。その間に何人ものウマ娘と知り合いになった。その中には、この学園を去っていった子も含まれている。そんな子は一様に何も言わない。まるで最初からいなかったように、風のように姿を消す。いなくなった彼女たちの話を聞くと、僕は決まって夏の夕立を思い出す。

 

 思考に気を取られた僕は、足元への注意が疎かになっていたので湿気に足を取られて転んでしまった。

 その拍子に持っていたファイルを落とした。僕はゆっくりと立ち上がり、肘やお尻をはたいた。そしてファイルを拾おうとして身を屈めると、横から手が伸びてきてするりとファイルを奪い取った。

 

 「大丈夫かい、清水君」という声が聞こえた。

 顔を上げると、そこにいたのはトレセン学園生徒会長のシンボリルドルフだった。

 「ありがとう、わざわざ手数をかけてすまない」僕は彼女に礼を述べてファイルを受け取った。

 「気にしないでくれ、私と君の仲だろう」彼女はいかにも親しげな様子でそう言った。「ところで、それは今月提出する用の書類かな?」彼女は僕のファイルを指差した。

 「ちょうど今持って行こうとしてたんだ」

 「そうかそれは好機到来、実にいいタイミングだ。ふむ、いいタイミングで私がいた、という所だろうか」

 そう言って彼女は少し得意そうな顔をした。時々彼女はよくわからないタイミングでそう言った顔をする。

 そういう時決まって僕は「さすがだね」と言う。そうすると彼女はフフ、と嬉しそうに笑う。そうして僕ら二人は並んで生徒会室へと向かった。 

 

 窓から外の様子が見える。ふと、黒い影が通りすぎたような気がした。しかし気のせいだろう。見た限りでは傘も持っていないようだったから、こんな雨の中でそんなことをする子はいないと考えた。

 

 「見苦しいところを見せた気がする」僕は頬を掻きながらそう言った。そういうと彼女は笑った。

 「珍しいものをみたよ。君が足を取られるなど珍しい事だからね。何か考え事をしているようだったが」

 「つまらない感傷のようなものだよ」

 

 僕はごまかすようにそう言った。彼女はいつも全てを見透かしているかのような態度をとる。意図的か、はたまた無意識からくるものなのだろうか。僕にはわからない。

 

 「君も感傷に浸ることがあるのか、少し意外だ」

 「浸りはしないけどね、それがふと湧き出てくることはある。特に雨の日は」

 「成程」そう言って彼女は満足そうに頷いた。僕はそんな彼女を見て不思議に思った。

 

 「何かいいことでもあったの? 」

 「いや、君はあまり自分の事を話さないからね。特別シャイである、と言うわけでもないだろう? 君は思慮分別があり、公平な人物であると思うが多くを語らなさすぎる」

 「賢人は多くを語らない」

 「面白い冗談だ」彼女は喉の奥を鳴らしながらそう言った。

 「冗談のつもりではなかったけど。というか、そもそも僕自身について個人的興味を持つ人がいない。いたとしても、そいつは相当変わり者だと言っていい」

 「では私は相当変わり者の類だろうか」

 「ある意味では、そうかもね」

 そう言うと彼女は嬉しそうに笑った。やはり彼女は変わり者だろう。

 

 少し歩いて生徒会室へとたどり着いた。僕は彼女にファイルを渡して辞そうと思ったが、彼女から「少しゆっくりしていくといい、君は疲れているだろう。顔でわかるさ」と言われたので、少し迷った末にお茶一杯分お邪魔することにした。

 

 僕は革張りの椅子に座り、少しばかりの居心地の悪さを感じながら彼女の淹れてくれた紅茶を飲んだ。香りも良く、後味もすっきりしている。少しばかり疲れた体にはちょうどよかった。彼女の纏う威厳やオーラによってかすみがちだが、彼女は気配りが上手だ。他人の様子を細かく見ている。

 彼女曰く最初からそうであったわけではないらしい。少しずつ重ねてきた失敗が彼女を今の彼女にしたのだと、そう言った。

 

 「紅茶、美味しいよ。ありがとう」

 「そうか、いや、練習した甲斐があったよ。君が紅茶好きだと東条トレーナーから聞いてね」

 「僕の為に?」

 僕の言葉に彼女は少し顔を赤くして咳払いをした。「改めて言われると恥ずかしいのだが」

 

 彼女のそうした所は年相応さを感じる。皇帝としての厳格さ、年相応の情緒、それがうまい具合に同居していると言った感じだろうか。彼女に支持率は教員生徒ともに高く、それは彼女が非常に魅力的な人物であると言うことに他ならない。

 

 「面向不背、君の報告書はいつも綺麗にまとまっていてわかりやすいな」

 「それは僥倖」彼女は僕の仕事ぶりに満足してくれたようだ。僕は幾分かホッとして、紅茶の味を楽しむことができた。心に余裕がある状態の紅茶は格別な味がした。

 

 「サイレンススズカの件、感謝しているよ」彼女は軽い世間話をする様にそう言った。

 「仕事だから、別に礼はいいよ」

 「頑固一徹、君は相変わらずだな」彼女は呆れたように笑った。

 「そういえば彼女はチームスピカへと移籍して、今ではすっかり大成したよ。知っていたかい?」

 「そうか」

 「ああ、そうさ。彼女の選択の先に彼女の幸福があったならば、それは喜ばしい事だ」

 

 彼女は全てのウマ娘の幸福を夢見ている。彼女ほどの傑物が抱える夢としては、いやに抽象的な物であると感じた。実際彼女自身もそう思っていて、出会った当時もわずかではあるが不安も抱えていた。

 僕はそんな彼女にどんなふうに声をかけたのだろう。実際のところ詳しくは覚えていない。でも、確かに僕は彼女の夢を素晴らしい物だと思ったのだった。嘘偽りもなく。それは今も変わっていない。

 

 「そうかも知れない。君の仕事は、ウマ娘を幸せにする事だから」

 「ふふ、まあそう言っても間違いではないよ。君と同じさ」

 「同じ? 君と僕が? あまり自分を卑下するのは良くない」

 「いや、同じだよ。目的は違えど、宿す意志は同じさ」彼女は有無を言わさない態度でそう言った。

 

 僕は何も答えなかった。彼女も何も言わない。雨音が枝葉にあたる音のみが聴こえてくる。僕は大袈裟に肩をすくめるふりをして紅茶を飲み干す。そんな僕を見て彼女は笑った。

 

 「もう少し素直になったらどうだい? もう付き合いは一年近くになる」

 「人付き合いは長さじゃない、と思う」僕は苦し紛れの反論を掲げる。

 「そうか、つまり私たちはそれほど良い交友関係を結べていないと言う事だろうか? 」

 

 彼女は耳を倒して、沈んだ様子を見せる。どうやら僕の聞き苦しい言い訳が彼女に誤解を与えてしまったようだった。

  

 「違うよ、そう言う事じゃない」僕は取り繕うように「君も素直になってくれって事さ」ごまかすように、話を転換する。

 「私が、か?」心底不思議そうな顔をして、彼女は言う。

 「私としては、君に甘えているつもりだけどね」

 「そうだったの?」僕は少し驚いた。

 「もしかして、気づいていなかったのか? 私は君と肝胆相照の間柄だと思っていたのだが」

 どうやら僕と彼女では、この関係性に大きな相違があったらしい。僕はいささか、いや結構驚いていた。

 

 「さっぱり気がつかなかった」

 「そうだったのか… 、いや、私も甘え方と言うのが良くわからなくてね。以前マルゼンスキーにも言われたよ」

 「『んもー、ルドルフってばほんとに甘えるのが下手ね』って?」

 「ふふ、それは彼女の真似かい? 後で言っておかなければな」

 「ちょっとしたジョークだ。それもこの場かぎりのね」 

 

 この事が彼女に知られたら、僕はその光景を思い浮かべてうんざりする。ルドルフは悪戯が成功した子供のように笑った。

 

 「ほら、私は君に甘えているだろう? 」

 「… いや、どうだろう。これが普通じゃないか?」

 「その普通が私にとってかけがえのないものなのさ。そして君もね」

 

 彼女は臆面もなくそんな言葉を言い放った。そういえば、この学園には彼女のファンクラブがあったことを思い出した。会長に熱心になる彼女らの気持ちも、わからないと言うこともなかった。

 

 「私は君のことを信頼しているし、君も私と対等の立場に立ってくれている。そう信じているよ」

 「… 恐れ多い事だと思う」

 「まあ、そう言わないでくれ。君がいないと随分寂しい。私の夢を素晴らしいと言ってくれた君がいないとね」

 「光栄な事だと思う」

 

 どうやら彼女は僕の言葉をしっかり覚えているようだった。正直なんと言ったかはっきりとは覚えていない。その時期は僕も何が何だかわからない時期だったからだ。それでも僕の言葉が支えになっているのは素直に嬉しいと思えた。

 

 もしかしたら、僕は彼女と友情を育むことができるのかも知れない。

 でも、僕にはそんな資格はあるのだろうか。僕は変わりたい。けれども、本当に変わってしまってもいいのだろうか。変わってしまうと言うことが何を意味するのか、僕はわからない。だからこそ怖かった。

 

 彼女は座っていた椅子から立ち上がり、窓辺に立つ。彼女は雨の景色を愛おしそうに眺める。そして目線を下へと向けると驚き、そして呆れたように笑った。

 

 「どうしたんだい? 」

 「まあ、こっちに来てくれ。見てくれればわかる」そう言って彼女は僕に手招きをする。僕は素直に従い、彼女のうしろから窓を覗き込む。

 

 そこには、なぜか土砂降りの中で手を広げて雨を全身に受けるミスターシービーの姿があった。思わず僕らは二人で顔を見合わせて笑った。

 それは確かに心の底から出た物だった。

 

 

 

 

 

 




 僕のジョークのセンスが無さすぎて、ルドルフがジョークがおもしろくないというよりも、ジョークにもなってない事を生き生きと言う変な人になってしまいました。
 一応説明しますと『いいタイミング』の『いタ』と『いた』をかけてます。もっとギャグセンスを高めていきます。すいません。
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