ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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先に言っておきます。全世界のアスナ推しの人ごめんなさい。


第10話 デュエルトーナメント

§ALO内 闘技場

 

「ふあ......ぁーあ」

 退屈そうに欠伸(あくび)をすると、マエトは目尻に浮かんだ涙を(ぬぐ)った。背中に右手を伸ばし、白い柄を握る。白い(さや)から数センチだけ引き抜いて刃を眺めるが、氷のように輝く青白銀の刀身に傷はなく、(みね)に細かく刻まれた波刃(セレーション)にも欠けている部分はない。

 つまらなそうに息を吐き、

「ヌッルいなぁ......」

 そう呟いたマエトに、

「退屈そうだな」

 苦笑気味に声をかけたのは、黒ずくめの剣士キリトだ。

「あー、キリトさん......だってどいつもこいつも弱すぎんだもん。あんだけ戦ったのにほら、切鬼に傷1つありゃしない」

「まぁ、そりゃな......」

「あーでも、さっき戦ったあの人は良かったなー。ほら、あのおっぱい大きくてロングヘア和装の風妖精族(シルフ)で、太刀(たち)使いの綺麗なお姉さん。あの人はけっこうイイ腕してたよ」

「お前なぁ......サクヤさんはシルフ領主だぞ。そんな人のことなんつー評価してんだよ......」

「でもおれが勝っちゃったし」

「......まぁ、そうだけど......」

 キリトが苦笑するのも無理はない。

 この日ALOで行われている、統一デュエルトーナメント。そこでマエトは今まで、全ての試合をほぼ瞬殺で勝ち上がって来ているのだ。あと3回勝てばもう決勝戦進出だ。

(破竹の勢いって、こういうのを言うんだろうな......)

 そう思うキリトの前でマエトは、いっそ他人事と思えるほど退屈そうに言う。

「まぁ、ユウちゃん西ブロックだから当たるとしたら決勝だし、そこまでスムーズに行けるのは楽っちゃ楽だけど」

「決勝でユウキと当たるのが大前提みたいな言い方してるけど、あと3回勝たないといけないんだぞ。その3回は多分今までよりも強い奴が来るだろうしな」

 そう言ったキリトに、マエトが顔を向ける。

「へー。んじゃ、その次の相手は誰かな」

 左手を振ってメニューを呼び出し、トーナメント表を開く。

 そこに書かれた、マエトの次の相手は、

「ユージーン......って、サラマンダーの?」

「あぁ。伝説級(レジェンダリィ)武器(ウェポン)《魔剣グラム》の使い手で、サラマンダーの将軍だ」

「へー、強いの?」

「もちろん強いさ。そもそも武器が強すぎるんだよなー。両手剣スキルが950ないと装備できないっていうんだから、相当だよな」

 そこで区切ると、キリトはまた続けた。

「魔剣グラムには、剣や盾で受けようとすると、非実体化してすり抜ける《エセリアルシフト》っていうエクストラ効果があるんだ。俺も以前それに苦しめられたもんだよ......」

「へー、そりゃすごい」

 少しだけ関心を持ったように言うマエト。

「武器のスペックだけで強くなった人かと思ったけど、スキル数値がそんだけ行くくらいには鍛えてる訳か」

「その通りだ」

 突然背後から降ってきた太い声に、マエトが振り返る。

 赤銅色の鎧と、背中に吊られた両手剣。厳つい顔つきの大柄なサラマンダーが立っていた。

「あんたがユージーン将軍?」

「そうだ。と言っても、ALO(このゲーム)にジョブシステムはないがな」

 ニヤリを笑うと、将軍は続ける。

「貴様の試合、見ていたぞ。全試合ほぼ瞬殺で勝ち上がるとは、大したスピードだ」

「そりゃどーも」

 とても感謝しているとは思えないような適当さで答えるマエトに、だが、と前置きして、ユージーンは言う。

「だがスピードだけの奴に負けてやるほど、俺はお人好しではないぞ」

 マエトの眉がピクリと動くが、彼が何か言うより早く、キリトが口を(はさ)んだ。

「おいユージーンさん。いくらあんたでも、こいつ相手はナメてかからない方がいいぜ。対人戦闘における技術力で言えば、俺やユウキと同じかそれ以上だぞ」

 キリトの忠告に、ユージーンはわずかに興味をそそられたような表情をした。

 だが、

「貴様と技術力が同程度なのは俺も同じなのを忘れたか? ならば武器のスペックで上回る俺の方が有利なのは明白だ」

 そう言うと、ユージーンは2人に背を向けて歩き出した。その背中にマエトが言葉を投げつける。

「忠告どーも。お礼にそのヒゲ(ヅラ)、おれが切り刻んであげるよ」

 マエトの不敵な宣告に、ユージーンも応じた。

「フッ、覚えておこう」

 ユージーンが去った後、マエトはキリトに訊ねた。

「キリトさんはさ、そのエセリアルシフトってのを、どーやって攻略した訳?」

「え? あぁ......ちょっとリーファの剣借りて、二刀流で行ったよ。どうも連続しての透過は無理みたいでさ、2段階パリィでなら防げたよ」

「ほー、なるほどねー」

「だからお前も、切鬼(せっき)だけじゃなくて裂鬼(れっき)も使って......」

「いや、いーわ」

 キリトの言葉を(さえぎ)ると、マエトは切鬼の白い柄を握った。

「こいつだけで十分だ」

 

 

 そして数分後、マエトとユージーンは、闘技場の真ん中で再会した。

「よー、ヒゲ面切り刻みに来たよ」

「ふん、威勢の良さは認めてやろう」

 10秒のカウントダウンが始まった。ユージーンは背中に手を伸ばし、魔剣グラムを引き抜く。

 中段に構えられたそれが放つ紅蓮の輝きに、会場が沸き立つ。

 対してマエトは切鬼を右手で持ち、ダラリと下げている。

 (はた)から見れば、やる気もなくただ立っているだけ。

 だが正面から相対すると、

(何だ、この感覚はっ......!?)

 氷より冷たく、亡霊のように不気味な何か(・・)が、そこにある。

「はあああっ!!」

 カウントがゼロになるや否や、刹那によぎった得たいの知れない感覚を振り払い、ユージーンが駆けた。叫びながら深紅の魔剣を振りかぶり、思い切り斬り降ろす。

 その瞬間、

「──(わり)ぃな」

 呟いたマエトが、切鬼を振るう。

 左下から右上へ、魔剣グラム目掛けて青い刃が走る。だが、衝突せずにすり抜ける。ユージーンの攻撃が、マエトを襲う。

 はずだった。

 魔剣グラムが斬ったのは、仮想の空気のみ。マエトは、魔剣グラムが切鬼をすり抜けた時には、ユージーンの攻撃の軌道よりも右にいた。

 そして逆に、伸ばされた右腕の先に握られた切鬼は、ユージーンの顔を捉えていた。

 ズバン!! という衝撃。

 それが会場全体に広がる。そしてその時には既に、ユージーンの顔には刃が通っていた。

 屈強な仮想体(アバター)を赤の残り火(リメインライト)に変えた将軍に、マエトは言った。

「最強の名......汚しちゃってさ」

 

 

「あいつ、やりやがった......」

 闘技場の横で見ていたキリトが、1人呟く。

 エセリアルシフトによって、魔剣グラムは相手の剣による防御の内側に入れる。だがそうなった時、ざっくり言うと、『ユージーン→相手の剣→魔剣グラム→相手』という順番になる。

 つまり、魔剣グラムの攻撃を避けられると、ユージーン将軍は防御の内側に相手の攻撃が迫っている状況に追い込まれてしまうのだ。

(実現しようと思ったら、相当な見切りの速さと正確さが必要になる。でもマエトは、それを軽くやってのけた。しかも、回転斬りで3回も顔を斬りつけるくらい余裕で)

 大きくため息を吐いたキリトは、闘技場を後にして自分の横を通りすぎるマエトに言った。

「ほんっと、お前はバケモンだな」

「さーて、なんのことやら?」

 にしし、と笑うマエトだが、

「でも、次の相手は要警戒なんでしょ?」

 そう言うインプに、キリトは頷いた。

「ああ。なんたって、SAOでは最強ギルドの副団長を務めてたんだからな」

 

 

 東ブロック準々決勝。

 闘技場の真ん中で、マエトは目の前に立つ相手に向かって言った。

「お手柔らかに頼むよ、師匠」

 そう言われたアスナは苦笑した。

「特訓はだいぶ前に終わったんだから、もうその呼び方しなくていいのに」

 そこでアスナは、マエトの背中に見える片手剣の柄が黒いことに気付いた。

「あれ? 切鬼(せっき)じゃなくて裂鬼(れっき)なの?」

 基本的にマエトは切鬼を普段使いする。

 以前森の家の前庭で行われたバーベキュー大会の二次会として行われた、28層迷宮区踏破ツアーの末のフロアボス攻略戦。

 そこでマエトは練習の成果を試そうと二刀流を解禁したが、その時も右手に切鬼、左手に裂鬼を装備していた。右手側に裂鬼を装備しているのは、アスナの知る限り初めてだ。

 アスナの言わんとすることを察したマエトが、背中の鞘から裂鬼を引き抜きながら言う。

「せっかくアスナさんと()るんだから、あいつと一緒にと思ってさ」

 赤く輝く刀身を見つめつつ、懐かしそうに目を細めるマエト。それを見てアスナは、マエトのかつての相棒が自分のファンだったらしいということを思い出した。

「ベルくんも、よろしくね」

 小声でそう言ったアスナにニヤリと笑うと、マエトは距離をとった。デュエル申請をし、アスナがそれを受諾する。

 10秒のカウントダウンが始まる。アスナは左腰の鞘から、細剣レイグレイスを引き抜いた。アスナが水晶の柄をもつレイピアを構えている間に、マエトは右手に握る直刀を見つめた。

(行けるか、ベル?)

 心の中で問いかけると、峰に刻まれた波刃(セレーション)が輝いた。

 マエトが顔を上げると、カウントは残り2秒を切っていた。

 【START!】の文字がフラッシュすると同時に、全力で地を蹴ったアスナ。一気に距離を詰めると、体を捻って突きを放つ。

「シッ!!」

 短い気合いと共に、鋭い突きが矢継ぎ早に打ち込まれる。相手の体の中心やや左に向けて2発、わずかに遅らせて右に1発。最初の2発を右に避けると、次の1発をほぼ避けれなくなる、アスナの得意パターン。

 だがこの時、アスナはマエトの視線がレイグレイスの切っ先に集中していることに気付いた。アスナの突きを警戒しているのだろう、これではいつものパターンは使えない。だが逆に言えば、レイピアを使わない攻撃への対応は遅れるということだ。最初の2発だけを打ち込み、3発目を打ち込むふりをして──。

(ここ!)

 右手を引き戻し、きつく握った左拳でショートパンチを放つ。アスナの拳が、マエトのがら空きのボディーに吸い込まれる。

(隙ができたところに、ソードスキルを打ち込む!!)

 そう思っていたアスナの視界を、薄赤い光が横切った。数瞬遅れて、左手首に走る不快な衝撃。思わずそちらに目を向けると、左手首から先が斬り落とされていた。アスナの視界を横切ったのは、マエトが振るった裂鬼の輝きだったのだ。

(読まれてた!?)

 驚愕に目を丸めるアスナ。すぐさま突きを見舞うが、軽く避けられる。直後、今度は視界の下側から赤い刃が跳ね上がってきた。いつの間にか裂鬼を逆手に握り替えたマエトが狙うのはアスナではなく、彼女が握るレイピアだった。

 キィンッ!! という甲高い金属音が響き、レイピアがアスナの手から弾かれる。だがマエトの狙いを察した時点で、アスナは既にレイピアを諦めていた。それぞれの刀身が衝突する寸前に右手を離していたのだ。

 裂鬼を逆手に握るマエトの右手首を狙って、右手でショートパンチを放つ。

 どう、という衝撃。マエトの右手から、裂鬼が離れていく。

 ここからは一時的にとは言え、丸腰同士での戦いだ。そしてマエトと違って、アスナは《拳術(けんじゅつ)スキル》を習得している。

(丸腰同士なら、わたしの方が有利!)

 再び右拳を握り締め、思い切り踏み込むアスナ。今度こそマエトのがら空きのボディー目掛けて右手を伸ばす。

 その時、アスナの右腕に、マエトが左手を伸ばした。アスナの右肘を左手で(つか)み、右手でアスナの左腰を押さえた。

 直後、マエトがアスナの右胸に頭を突っ込んだ。ぼにゅん、という間抜けな音が聞こえそうな奇妙な感触が走り、デュエル中にも関わらず思わず、

「ええっ!?」

 と声を上げたアスナ。

 次の瞬間、彼女の視界が反転した。背中に鈍い衝撃が走る。

 地面に(ひね)り倒されたとアスナが認識した時、視界の真ん中で何かが光った。接近してきた、いや落ちてきたそれをキャッチするマエトの右手。

 落ちてきたレイグレイスを掴んだマエトは、それを持ち主の心臓に突き立てた。

 急減少するアスナのHPゲージは、ものの数秒で消滅した。

 

 

「あーん、アスナ負けちゃった」

「アスナさんにまで勝つなんて......」

 リズベットとシリカが呻くように言う隣で、

「今の技なんだろ......?」

「柔道......いや、合気道か......?」

 アスナを倒した技に興味を示す桐ヶ谷(きりがや)兄妹。そこにユイが割って入った。

「いいえ、あれは相撲です」

「「す、相撲!?」」

 予想外な答えに驚く2人に、ユイがネットで調べた情報を伝える。

「はい。あれは頭捻(ずぶね)りという相撲の手です。相手の肩か胸に頭をつけて食い下がり、相手の差し手を抱え込むか、肘を掴んで手と首を同時に捻りながら倒す技のようです」

「「......、」」

 驚きの余り唖然とする兄妹。

 システム上にデザインされた拳術スキルを使えるという点ではアスナの方が有利だったが、スキルなしでも対人戦で有効な体術を使えるというマエトのプレイヤースキルには勝てなかったようだ。

 

 

「はぁ~、まさかALOでお相撲の知識が増えるなんて思わなかったよ......」

 観客席でリズベットたちに迎えられるや否や愚痴をこぼすアスナを、ユイが励ます。

「元気出して下さい、ママ!! きっとパパが、次の準決勝で仇を討ってくれます!!」

 肩に乗って(はげ)ましてくれる愛娘の頭を撫で、

「ありがとう、ユイちゃん」

 と言うと、アスナは闘技場を見下ろした。

 ちょうど、左右から2人のプレイヤーが出てくるところだった。

 片方は黒ずくめの影妖精族(スプリガン)。ぴったりした黒のレザーパンツに、同じく黒のロングコートに身を包み、背中には黒革の鞘が2本、交差して吊られている。

 もう片方は闇妖精族(インプ)。こちらは黒と紫のアサシンコートと、同色のレザーパンツを(まと)っている。腰には白い鞘が、背中には黒い鞘が1本ずつ吊られている。

「よう、マエト。さっきはアスナが世話になったな」

 不敵に笑うキリトに、マエトが返す。

「あー、お宅のお嫁さんのおっぱいに頭突っ込んじゃってすまんかったね。身長的に肩に届かんくてさー」

「おっ......! お前そういうことを......!」

 などとくだらない会話をしているところに、観客席から声援が降ってきた。

「《黒ずくめ(ブラッキー)》、行けー!」

「《センケン》も頑張れー!」

「また《ゲツリン》見せてくれー!」

 それを聞いて、マエトが首を傾げた。

「ブラッキーってのがキリトさんでしょ? ってーことはセンケンってのがおれ? センケンって何? あとゲツリンって?」

 マエトの問いに、キリトは苦笑混じりに答えた。

「28層ボス戦でのお前の二刀流の回転斬りを見て、その異名が広まったらしいぞ。旋風の旋に、ソードの剣で《旋剣(せんけん)》だってさ」

 それを聞いて、マエトはなぜか嫌そうに顔をしかめた。

「......なんだよ、その顔?」

「だってさー、旋剣ってそれユウちゃんの絶剣のパチモンみたいじゃん」

「パチモンって言い方やめろよ......」

「んで、ゲツリンは?」

「その評判の二刀流での回転斬りのことらしいぜ、特に縦回転のやつ。月の輪で《月輪(ゲツリン)》だってさ」

「マジモンのカタナソードスキルにありそうなんだけど。それネームドバイ誰? 茅場(かやば)?」

 そんなどうでいい会話をしつつも、キリトもマエトも、どちらも気持ちは同じだった。

((早くこいつと戦いたい))

 素早くデュエル申請と受諾を済ませると、2人は距離をとり、2振りの愛剣を引き抜いた。

 キリトは右手にリズベット武具店謹製(きんせい)の片手直剣《ユナイティウォークス》を、左手に黄金の長剣《聖剣エクスキャリバー》を握った。

 対してマエトは右手に《白鞘(しろさや)切鬼(せっき)》を逆手で、左手に《黒鞘(くろさや)裂鬼(れっき)》を順手で握った。

 カウントダウンが進むにつれ、ギャラリーの歓声や野次も耳に入らなくなる。

 感覚が刃のように鋭くなる。仮想の空気が、頭が、氷のように冷たくなる。それに反して心が、闘志が、炎のように熱くなる。(けだもの)のように猛り狂う。

 そして、カウントがゼロになり、嵐が吹き荒れる。

 最強と最強が、剣を交える。

 全力で斬り結び、殺し合う。




次回 最強の激闘

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