ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

12 / 71
キリトvsマエトです。多分この話はトップクラスに頑張って書いたと思います。


第11話 最強の激闘

 アスナ曰く、キリトは試合後こう言った。

「最初から本気で行ったよ。いつも以上に、勝つ気で」

 ユウキ曰く、マエトは試合後こう言った。

「最初からトバしたよ。あの頃みたく、殺す気で」

 

 

 デュエル開始と同時に、マエトは一陣の旋風となった。

 彼を《旋剣(せんけん)》たらしめる縦の超速回転斬り《月輪(ゲツリン)》。

 素早く両手の剣を交差させ、クロス・ブロックの姿勢をとるキリト。交差された長剣に、マエトの剣がぶつかる。凄まじい衝撃が、キリトの腕を走り抜ける。

「っ、く......おおっ!!」

 左右の剣を大きく払い、マエトの攻撃をパリィする。

 だが、マエトは体勢を崩すどころか、パリィの勢いをそのまま利用してサマーソルトキックを放った。上体を反らして避けるキリトを、素早く着地したマエトが襲う。

 逆手に持った切鬼で斬り降ろす。再びキリトがクロス・ブロックで受けると、そのまま逆手突き。顔を振って回避するキリトの横腹に、マエトが蹴りを入れた。

 いつの間にか逆手に握り替えた裂鬼を地面に突き立て、それを支えにしたようだ。やや強引な体勢での蹴りだったのと、キリトの剣が2本共STR要求が高い重い物だったため、大して吹き飛びはしなかったものの、姿勢は十分に崩れた。

 マエトが裂鬼を順手に握り直しながらキリトとの距離を詰める。切鬼の切先を地面にぶつけ、引きずりながら走る。黒板を引っ掻くような不快な音と、仮想の火花が散る。

(斬り上げ、避けか受け、避けると砂が舞う、視界が潰される)

 瞬間的に脳内を駆け巡る思考。それすら意識せず、キリトはユナイティウォークスを持ち上げる。その黒い刀身に、地面スレスレから跳ね上がった切鬼がぶつかる。

 それとほぼ同時と言えるほどに速く、マエトが回転斬り。右から左へと、裂鬼を振り抜く。読んでいたキリトは、バックステップで回避。

 その回避にすら追い付くと、マエトはキリトの(ふところ)に飛び込む。

 ゼロ距離では長剣は意味を成さない。超接近戦で使えるのは、逆手に持った短剣くらいのもの。キリトの剣はどちらも使えない。だが、マエトの操る2振りの鬼は、超接近戦でもギリギリ使える。

 襲ってきた蒼刃を、エクスキャリバーで受け止める。反対側から裂鬼で追撃される前に、キリトは旧アインクラッドで習得したスキルの動きをイメージした。マエトの左脇腹に、キリトの蹴りが入る。

 体術スキル水平蹴り《水月(スイゲツ)》。

 思いの外上手く当たり、小柄なインプは5メートルほど宙を舞った。

 だが、空中で姿勢を整えたマエトは軽やかに着地、間髪入れず突進。その勢いを乗せて、切鬼を振るう。

 キリトも筋力パラメータ全開で剣を叩き付ける。

 ガガァァァンッッ!! という音。数瞬遅れて、仮想の衝撃波が吹き荒れる。

「うわあっ!」

「なんだこれ!?」

 ギャラリー達が悲鳴を上げる。しかし、そんなものは2人の耳には入っていない。

「──ッ!」

「──ッ!」

 無言の気合い。直後、

 ガンッ! ギンッ! ガギ、ガンッ! ギンッ! ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ!!

 けたたましい金属音が鳴り響き、先ほど以上の衝撃波が、コロシアムを満たす。

キリトもマエトも、両手を煙るほどに閃かせて剣を振るっている。

 速度と手数ではマエトが圧倒しているが、キリトの一撃はマエトのそれよりも遥かに重い。

 超高速の連続攻撃と、高速の連続重攻撃。

 真正面からぶつかるそれを正確に把握できる者は、数多くのギャラリーの中でも数人しかいなかった。

 斬り合いと言うより、もはや殴り合いと言った方が近いような暴力的な光景を見て、サラマンダーの将軍はこう呟いたと言う。

「これは......スピードだけと言ったのは、謝らなければな」

 一足先に決勝進出を決めた《絶剣(ぜっけん)》ユウキは、闘技場の横からキリトとマエトの戦いを見ていた。

「すっごぉ......」

 大きな瞳が、2人の動きに合わせてせわしなく動く。

(すごい速さで斬り合ってるから、2人共HPがちょっとずつ減っていってる。残量で言うとキリトの方が多い。多分、とー君の攻撃のクセを掴んでるんだ)

 ユウキの予想通り、キリトはマエトの攻撃の半分近くを防御していた。 

 それが出来た理由は単純。マエトは相手の急所、特に首を頻繁に狙うからだ。超高速で剣を振るっている今もそれは変わらない。

(首が欲しいんだろ? そんな簡単にはやらせないぜ......!)

 マエトの攻撃を(さば)きながら、心の中で言うキリト。

 だが、そんなことはマエトも分かっていた。

(まぁだろーな。あんたから首()れるなんて(はな)から思ってないし)

 首を獲るのは最速最短で殺すため。それが出来なくても、殺し方は山ほどある。

(首は獲らせねぇってか。だったら......)

「──いらねぇよ」

 冷たく呟くと、マエトは攻撃の幅を広げた。首だけでなく、腕・手首・足・心臓にも狙いを付けたのだ。

 攻撃する場所を計算し、自分の攻撃を捌くキリトの腕の位置を誘導。手首や腕を斬り落とそうとしたり、防御に隙間を作って心臓を狙う。ギリギリのところで防がれるが、構わず攻撃。今まで通り、隙あらば首も狙う。

 攻撃の幅が一気に広まり、更に誘導までもが加わった。攻略組最大の反応速度を誇ったキリトでも捌ききれない。

 先ほどよりもHPの減りが激しくなり、2人の命の残量は同程度となった。

 だが、その程度で止まるキリトとマエトではない。そのまま数分間、無秩序な斬り合いを続ける。

 突如、マエトがバックステップで距離をとった。キリトが追いかけようと走る。

 それに合わせてマエトは突進、再び《月輪(ゲツリン)》を仕掛ける。反射的にクロス・ブロックの構えをとるキリト。

 だが空中で体勢を変えると、マエトは交差した剣の間に足を差し込み、キリトの顔面を踏みつけるように蹴った。

 姿勢を崩した影妖精に追撃を加えようと、切鬼を振るう。その時。

「この......野郎!!」

 両手の剣を力任せに切鬼に叩きつけたキリト。あまりの重さに、マエトの片足が浮く。

 危うく手離しそうになった得物(えもの)を順手で掴み直すマエトの前で、キリトはもう一度、旧アインクラッドでの技をイメージした。かつて《黒の剣士》が最も修練し、最も頼った二刀剣技。

 《スターバースト・ストリーム》。連続16回攻撃。

 両手の長剣を閃かせ、キリトが高速連撃を叩き込む。刀身にライトエフェクトは宿っていないが、自力再現した二刀剣技は十分に強力で、マエトのHPを確実に削っていく。

 だが、キリトが7撃目を放った直後、彼の漆黒の瞳に紫色の輝きが映った。

 キリトの自力再現ソードスキルを受けながらも、マエトがソードスキルの初動(プレ)モーションを起こしたのだ。

 だが、

(右手の剣を引き絞り、左手を前に突き出して、左足を後ろに退いている。こんなモーション見たことない......てことは、これはマエトの......)

 キリトの思考を読んだかのように、マエトが言う。

「OSSだよ、2つ目の......な!」

 言い終えると同時に、闇色に光る切鬼がキリトを襲う──いや、切鬼だけじゃない。ライトエフェクトを帯びているのは切鬼だけだが、反対側で裂鬼も攻撃してくる。

 右・左・右・左・右・左......左右交互に、恐ろしい速度で突きを浴びせる。交差斬り上げ直後で無防備なキリトの体を、紫と赤の光線が容赦なく襲う。

 これが、マエトがアスナの指導の末に生み出した、2つ目のOSS《リベリオン・バーク》。

 普通に発動すれば、非攻撃側の手が無駄に動いている、隙だらけなOSS。だが、二刀流の状態で発動すれば、左右の剣で嵐のような連続刺突を見舞う必殺技に豹変(ひょうへん)する。

 左右7回ずつ突き、最後にワンモーション溜めて攻撃側の剣で溜め突きを喰らわせる、連続15回攻撃。

 途中からガードしたとは言え、キリトのHPは目に見えて減っている。

(刺突だけの15連撃......ユウキへの対抗か!!)

 最後の1突きを剣で受け止め、反撃に移ろうとするキリト。

 そんな彼の意識に、何かが引っかかった。

 それは、OSSを発動し終えた、マエトの構え。右手を前に突き出し、左の剣を引き絞り、右足を後ろに退いている。

(これ、どこかで......)

 そう思ったキリトの目に再び紫色のライトエフェクトが映った。光源はマエトの左手に握られた、裂鬼。

(そうか! このOSS、初動モーションと終わりのモーションが、左右反転してるだけで、まったく同一なんだ!)

 これがマエトのOSS2号リベリオン・バークの本当の恐ろしさ。

 二刀流の状態で発動し、ソードスキルが終了すると、半ば自動的に反対側の剣で再びソードスキルが発動するのだ。つまり合計すると、

(30連撃!? そんなのありかよ!?)

 心の中で絶叫するキリトに向けて、2振りの鬼神が再び叛逆の咆哮(リベリオン・バーク)(とどろ)かせる。

(アスナ、なんてもん作る手伝いしてくれたんだ......!)

 歯を食い縛って紫と青の嵐を受け切ると、キリトはラストの溜め突きを回避した。

「せああっ!!」

 技後硬直(ディレイ)を課せられるマエトに、ユナイティウォークスを振り下ろす。だが、アバターが硬直する直前に、強引にソードスキルの軌道を変えたのか、マエトのアバターがキリトから少しずつ離れていく。深紅のダメージエフェクトが飛び散る。

「クソッ。仕留めるつもりだったのに、左腕だけかよ」

 悔しそうに顔をしかめるキリト。対して左腕を失ったマエトは、

「ちっ......」

 小さく舌打ちすると、足元に落ちた裂鬼を器用に蹴り上げた。落ちてきたそれをもう一度、今度は高く蹴り上げると、切鬼を逆手に握り、二刀剣士の懐に飛び込んでいった。

 キリトがユナイティウォークスを左から右へと斬り払う。

 突進姿勢を更に低くして避けると、マエトはキリトの懐に踏み込んだ。

 それをさせまいとキリトが、今度はエクスキャリバーを振るう。マエトは逆手に持った切鬼で軌道をずらしつつ、後方上空へと大きく跳ぶと、同じ高さに落ちてきていた裂鬼を滞空中で蹴り飛ばした。

 高速で飛来する裂鬼をキリトは素早くパリィ。相手の前が空いたところに、裂鬼と入れ違いにマエトがジャンプして飛び込み、キリトの上空から切鬼で斬りつける。

 黄金の刃に受け止められると、キリトの右腕を左足で蹴る。ユナイティウォークスで追撃しようとしていたところを妨害されたキリトは、作戦を変更。

 空中にあるマエトの体に頭突きし、自分と相手とを少し離すとすかさず剣を振るい、マエトを吹き飛ばす。

 マエトも流石の反応でブロックするが、空中にいては踏ん張れない。地面に切鬼を突き立て、盛大に火花を散らしながらブレーキをかける。

 そこに、キリトがマエト目掛けて剣を投げた。(うな)りを上げながら飛んできたユナイティウォークスを、切鬼が受け止める。今度は踏ん張って転倒はなんとか(まぬが)れたが、やはりキリトの剣は重く、マエトの体がグラリと揺れる。

「もらった!!」

 キリトが左手を閃かせ、エクスキャリバーで突きを放つ。

 キリト自身がそうであるように、ギャラリーのほとんどが、キリトの勝利を予想した。

 そんなコロシアムに、バコッという(にぶ)い音が響いた。

 体勢を崩したマエトが、そのまま片足でジャンプし回転。腰の白い(さや)で、キリトの顔を打ち据えた音だった。

 予想外も(はなは)だしい反撃に体勢を崩したキリトの顔を深紅のライトエフェクトが照らす。いつの間にかマエトが切鬼を、足元に落ちていた裂鬼と交換していた。

 その赤い刀身が放つ、キリトもよく知っている輝き。コロシアム全体に、ジェットエンジンじみた金属質の轟音が響き渡る。

 インプの少年が発動した、単発重攻撃技《ヴォーパル・ストライク》。その血の色の光槍が、黒ずくめの剣士の左腕を根元から消し飛ばした。

 

 

「うっお、マジかよ!?」

 クラインが観客席から身を乗り出す。それを押さえつけるエギルの顔も、驚きに満ちていた。

「片腕なくしたまま二刀流のキリトと正面からやり合って、やられるどころか逆に片腕ぶっ飛ばすなんてな......解っちゃいたつもりだったが、あいつ普通じゃねぇな」

 SAOからキリトをよく知る2人が驚愕を(あらわ)にする。他のギャラリー達に至っては、自分達の目の前で繰り広げられているバトルに着いていけていない。

 そんな状況に苦笑しつつ、アスナは言った。

「でも、こうなっても仕方ないのかもね」

 アスナの言葉に、

「確かにそうね」

「まぁ、こうなっちゃいますよね」

 シノンとリーファも苦笑気味に同意する。

 悪夢のような2年間、攻略組の絶対的主力プレイヤーとして、最前線で怪物と戦い続けたキリト。

 地獄のような1年間、何人いるとも知れない殺人鬼との全面戦争(ころしあい)に、単独で勝ち続けたマエト。

 片やSAO最強の剣士。

 片やSAO最強のPK(プレイヤーキラー)

 その2人が本気で剣を交えているのだ。並のプレイヤーが着いていけるはずがない。

 闘技場の横で、ユウキもそれを実感していた。

「はぁ......2人共すっごいなぁ、息するの忘れちゃってたよ......」

 自分が戦っている訳ではない。だが、引き込まれずにはいられない、圧倒的な迫力。

「ボクも早く戦いたいよ......!」

 

 

 左腕を失ったキリトは、先ほど投げたユナイティウォークスを右手で握り、感触を確かめつつ、マエトに尋ねた。

「お前、さっきなんで切鬼と裂鬼を交換したんだ?」

 ヴォーパル・ストライクを放つ直前、マエトは切鬼を手離し、自分の足元に落ちていた裂鬼を使った。今もその右手には、黒い柄が握られている。キリトの問いに、マエトは答えた。

「上級武器ってさ、魔法属性の追加ダメージがあるでしょ? 切鬼は氷属性で、裂鬼は炎属性なんだよ」

 それを聞いて、キリトは納得した。

「なるほどな、ソードスキルの魔法属性との相性か」

 武器だけでなく、ALOではソードスキルにも魔法属性ダメージが付与されている。そしてヴォーパル・ストライクのダメージ属性は、物理3割、闇4割、そして炎3割だ。氷属性の切鬼より、炎属性の裂鬼を使った方が、ダメージは上がる。

(あの状況でそこまで考えるなんて、さすがだな......)

 改めてマエトの強さに舌を巻く。だが、

「だからって負けてやるつもりはないけどな」

 言いつつ、考える。

(俺もマエトも左腕を失ってるから、手数勝負では大して差は出ない。つまり、俺にとっての一番の勝算は......)

 同時にマエトも考える。

(どっちも左ないしなー、手数勝負は意味ないな。だったら、おれの一番の勝算は......)

 2人は同時に結論に達した。

(パワー勝負!!)

(スピード勝負!!)

 砂煙を上げて飛び出すマエト。一気にキリトとの間合いを詰めると、素早く斬りかかる。ユナイティウォークスを持ち上げ、受けようとするキリト。

 だが、マエトはそれより速く剣の軌道を変えた。剣同士が衝突する直前で軌道を変え、攻撃をやめる。キリトの横に回り込むと、再び斬りかかる。

 だが、またしても直前でやめ、移動。絶えずキリトの周囲を駆け回りながら、攻撃するかしないかのギリギリのラインを攻め続ける。

(クソッ、鬱陶(うっとう)しいな!)

 攻撃してくると思って防御しようとすると移動し、攻撃はないと思って防御しないと攻撃しようとしてくる。完全にマエトのペースに呑まれてしまっている。

(防御しても意味ないけど、防御しなかったらやられる......だったら!)

 キリトが下した決断はシンプルだった。

 防御が効かないなら攻めあるのみ。

 地面を踏みしめ、右腕を伸ばして回転。回転斬りを得意とするマエトに、回転斬りをぶつける。

 キリトのパワーとユナイティウォークスの重さが全て乗った斬撃を、マエトは大きくバックジャンプして回避した。素早く追撃に移るキリト。

「逃がさないぜ!!」

「誰が逃げるって?」

 応じると、マエトは裂鬼の切先を地面に当てた。そのまま引きずるようにして、キリトの周囲を、円を描くように高速で走る。

「あいつ何してんだ?」

「さぁ......?」

 ギャラリーが疑問を口にするが、その答えはすぐに分かった。

 キリトの周囲に、砂煙が上がったのだ。キリトを囲うように舞い上がった砂煙が、黒ずくめのスプリガンの視界を奪う。

(しまった、これが狙いか!)

 マエトの狙いに気付いたキリト。だが、既に彼の周りには砂の壁が出来上がっている。

 マエトが砂の壁の中に飛び込むのを見て、アスナは思わず叫んだ。

「キリトくん!!」

 だがその直後、ズボッと砂煙を突き破って、マエトが出てきた。数回バッグステップを踏み、距離をとるマエト。その目の前で、紫電が走った。雷属性のエフェクトが、砂煙を掻き消す。

 片手剣範囲重攻撃技《ライトニング・フォール》。

 砂煙が晴れた時、そこには逆手に持ったユナイティウォークスを地面に突き立てるキリトがいた。

「っぶな......」

 と、マエトが呟く。

(攻撃してくる場所が解らんなら、範囲技で全潰しか......)

 地面からユナイティウォークスを引き抜き、不敵に笑うキリトに、マエトは小さく悪態をついた。

「この野郎......」

 チラリとキリトの後ろを見る。そこに目的の物を見つけると、マエトはすぐにキリトに視線を戻した。大きく息を吸って、吐き出す。裂鬼を握り直し──。

 全力で、地面を蹴った。

 今までで最大の加速。7メートルほどの距離を一瞬で詰め、スピードを乗せた斬り降ろしを放つ。キリトがユナイティウォークスで斬り上げるようにパリィすると同時にジャンプし、パリィされた勢いを使ってキリトの頭上を飛び越える。

 着地してすぐ追撃してくると読んだキリトは、振り向きながら遠心力を全て乗せた水平斬りを放つ。

 バックステップで回避すると、マエトはそのままキリトから距離をとった。数回バッグステップすると、キリトに背を向けてダッシュした。

 珍しく戦闘中に背中を見せたマエトの先にある物を見て、キリトは狙いを察した。

 マエトが行く先には、切鬼が落ちていた。

(追いかけてきた俺に裂鬼を投げて、隙ができたところを切鬼で攻めるって訳か)

 狙いが分かれば、あとはパリィするか回避するかの2択だけだ。

(マエトのスピードと照準力なら、パリィで剣を振って引き戻すまでの間を攻めるくらいは余裕でできる。なら、最小限の動きで回避する!)

 キリトがそこまで決めた直後、振り向き様にマエトの右手が閃く。仮想の空気を切り裂いて、裂鬼が飛来する。

 極小の動きだけで回避しつつ、キリトはその奥で切鬼を拾おうとするマエトから目を離さなかった。

 キリトに攻めと、その次の動きを完璧に読まれたマエト。

(ずいぶんとまぁ、おれの投擲(とうてき)を警戒してたんだな。あっさり避けやがる)

 だが、そのアメジスト色の瞳に焦りは一切なかった。なぜなら、

(お陰で足元がお留守(るす)だぜ)

 ガッと、キリトが何かを踏んだ。そのまま足を滑らせる。

(なんだ!? 一体、何が......)

 感触としては、何か固くて細い、楕円形の筒のような──。

 そう。ちょうど、剣の柄のような。

 前のめりに倒れていく中で、キリトは自分が何を踏んだのかを見た。

 黒いブーツの下にある、黄金の長剣の柄を。

(エクスキャリバー!)

 ここでキリトは、今度こそマエトの狙いを全て察した。

(裂鬼を投げて回避させたのは、エクスキャリバーの柄を踏ませて転ばせるため。俺に背を向けてダッシュしたのも、俺が落ちているエクスキャリバーに気づく前に、切鬼を拾おうとしていることを気づかせるため。全て計算ずくだったってことか......)

 キリトの体が倒れていく。完全に地面に倒れきったら、転がって回避することができる。だが、まだ倒れている途中の、体が傾いている状態では、まともに身動きがとれない。

 その瞬間を狙って切鬼を振りかぶるマエト。

 その目に、ペールブルーの光が映った。腰だめに構えられたユナイティウォークスが宿すライトエフェクト。その青白い尾を引きながら、キリトが地を這うように突進した。片手剣下段突進技《レイジスパイク》。

 転倒寸前まで体が低く倒れていたことが吉と出た。輝く長剣がマエトに迫る。マエトも素早くソードスキルを発動。闇色のエフェクトを宿した切鬼が、ユナイティウォークスを迎え撃つ。

 7連撃OSS《テアリング・バイト》。

(カウンター・パリィ!)

 闘技場の横でユウキが気づいた直後、2本の刀身が衝突した。カウンター・パリィが成功していれば、マエトは無傷で、キリトは右手首から先を失っていた。

 だが、キリトが直前で突進の軌道を微調整したことで、垂直斬りと刺突は正面からぶつかった。キリトもマエトも、互いに弾かれる。両足を踏ん張ってブレーキをかけ、

「オオオッ!!」

 獰猛(どうもう)極まりない雄叫びと共に、地面を蹴る。

「せああっ!!」

 ダッシュの勢いを余さず乗せたキリトの垂直斬りを、逆手に握った切鬼で受けるマエト。黒と赤紫の瞳が至近距離でぶつかる。

「く......ぉぉおおっ!!」

 キリトが右腕に力を込める。ぶつかる刀身からひときわ激しく火花が散り、マエトの体がわずかに沈む。

「っぐ......!」

 歯を食い縛って圧力に耐えるマエトの脳裏に、受け太刀を得意としたかつての相棒の言葉が聞こえた。

『相手の攻撃に押し潰されそうになった時は、押し返すんじゃなくて受け流すんだって言ったろ。そうすれば力を入れてた分だけ、相手は大きく崩れるんだから。そしたら、お前なら大抵の奴は仕留められるだろ?』

(わーったよ、サンキュー相棒(ベル)!!)

 心の中で叫ぶと、マエトは右足を軸に反時計回りに回転。思い切り力を入れていたキリトは、そのせいで姿勢を崩した。

 ギュンッ!! と音がするほどの速度で回転したマエト。その右手に握られた切鬼がキリトの首に当たり、食い込む。

 ──ヒィンッ。

 そんな効果音と共に、時計のマークと【TIME UP】の文字列が、2人の間に表示された。

 わずかに刃が食い込んでいるキリトの首からダメージエフェクトが消え、2人の頭上にウィナー表示が出る。

 どちらもHPはレッドゾーンに突入していて、残量もごくわずか。ただ、片方のHPゲージが1ドットだけ多かった。

 間の抜けた顔で見上げる2人の視線の先で、【Kirito】の名前の上に【WINNER!】の文字列が追加された。

 コロシアム全体が歓声で震える中、まだ激戦の余熱が抜けないのか、マエトがペタリと尻もちをついた。

「............はぁ......」

 ぼんやりとウィナー表示を眺め、呟く。

「......(わり)ぃ、負けちゃったよ」

『まぁ、あの《黒の剣士》が相手だもんな。そう考えると、お前もめちゃくちゃ大健闘じゃん。お疲れ』

 声がした気がした方向を見ると、裂鬼が落ちていた。マエトは立ち上がり、切鬼を腰の後ろの鞘に納めながら、裂鬼に歩み寄る。拾い上げ、また呟く。

「お疲れ、相棒(ベル)

 声は聞こえなかったが、炎を模した波刃(セレーション)が光を反射して輝いた。

『お前もな』

 そう言ってくれた気がした。

「お疲れ、マエト」

 後ろから、今度は普通に声がした。マエトが振り向くと、キリトが立っていた。マエトと同様、ユナイティウォークスは鞘に入れており、右手でエクスキャリバーを持っている。

「キリトさんもお疲れ。ここまで殺し切れなかったのは初めてだよ」

「そりゃ光栄だな。でもお前の速い攻撃を(さば)くのはマジでしんどかったぞ」

「あんたの重い攻撃もねー。ていうか、捌ききれなかったからおれが負けたんでしょ」

「まだまだ精進しないとな」

「そーだねー」

 軽口を叩き、それぞれ別の方向へと歩く。

 マエトが闘技場を出ると、ユウキが声をかけてきた。

「とー君、お疲れ様ー! 見てたよ、もうほんと、すっっっっごかった!!」

 目をキラキラさせて賞賛するユウキに、マエトはバツの悪そうな苦笑いを浮かべた。

「でも、負けちゃったしなー。ユウちゃんと決勝で戦うつもりだったんだけどなー」

 裂鬼の黒い柄の角で頭をガリガリかきながら、いつになく悔しそうに言うと、マエトはユウキに向き直った。

「ユウちゃん。おれの代わりにリベンジよろしくー」

 ちょうど部位欠損ダメージから回復した左手で、ユウキの肩をぽんと叩く。

「うん、任して!!」

 ユウキが自信たっぷりに応じると、2人は左手を持ち上げた。

 パチィンッ! と、ハイタッチの音が響く。

 にしし、と笑うマエトに、ユウキは言った。

「それじゃあ、ちゃんとボクのこと見ててよ、とー君!!」

「うん!」

 短くも確かな返事を聞き、ユウキは高らかに言った。

「よぉーし、やるぞー!!」




次回 絆と絶望

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。