ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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後編です。よろしくお願いします。


Extra Edition ソードダンス(後編)

 新生アインクラッド第22層の森の家。その前で、ALO最強の剣士と、SAO最強の剣士は並んで立っていた。

 2人の前では、SAO最強の殺し屋(アサシン)と、6人の猛者が対峙(たいじ)していた。

「ねぇ、キリト。キリトはどっちが勝つと思う?」

 ユウキの問いに、キリトは苦笑混じりに答えた。

「いや、これはさすがにアスナ達だろ。いくらマエトでも、あの6人を相手に1人で勝つのは無理だよ」

「そっかぁ」

「ユウキはどう思うんだ?」

「うーん......どっちが勝つとかじゃなくて、とー君が勝ったらすごいなーって」

「はは、なるほどな」

 そんな会話をする最強の剣士達も、今だけはただの傍観者(ギャラリー)だ。

 そう、『今だけは』。

 

 

 静寂(せいじゃく)が流れる中、何の前触れもなく、マエトは動き出した。そよ風よりも静かで、それでいて突風より速く駆け出す。

 マエトの行く先には、ウンディーネの細剣使い(フェンサー)がいた。

 アスナは剣だけでなく、マエトの体全体に意識を向けた。右と左だけでなく、真ん中の頭突きの可能性も視野に入れる。

 マエトの右腕が動き出す。反射的に迎撃しそうになるのを我慢すると、わずかに遅れてマエトの背が少しだけ()った。

(右フェイントの頭突きか、頭突きフェイントの右か......)

 そんな思考が、アスナの脳裏を横切る。その一瞬を狙ったかのように、マエトのブーツの爪先(つまさき)が、アスナの下腹に刺さった。

(蹴り......!?)

 体をくの字に曲げたアスナの首筋は、がら空きだった。逆手に握った切鬼を、無防備なうなじ目掛けて振り下ろす。

 ガキィッ! と金属音。横合いから左手を伸ばしたリズベットの円盾(バックラー)が、切鬼を受け止めた音だった。

 直後、別の音が鳴り出した。徐々に音量を上げているのは、アスナの陰から飛び出したシリカが握るダガー。短剣4連撃技《ファッド・エッジ》。

 迫り来る短剣を前に、マエトは慌てることなく裂鬼を構えた。基本単発技《バーチカル》でカウンター・パリィを狙う。

 しかし、システムがマエトのモーションを認識する直前に、マエトの左腕にピナが突進。シリカの相棒にモーションを崩され、マエトのソードスキルは不発に終わった。

 右手首を返したマエトが、切鬼の青白い刃をシリカと自分の間に差し込んだ。機関銃のように打ち出されたダガーが切鬼を4回叩き、マエトは後ろに吹き飛ばされた。

 両足と左手でブレーキをかけ、止まるや否や飛び出そうとするマエト。そこをクラインの居合い斬りが襲った。

 高速で振るわれたカタナの軌道よりわずかに高くジャンプし、滞空中に裂鬼を振るう。サラマンダーの肩口から、アバターの心臓部を叩き斬ろうとする。

 その時、マエトの耳に音が飛び込んできた。管楽器の高音のような、シルフの(はね)が風を叩く音──。

 懸命(けんめい)に体を(ひね)ったマエトの眼前を、白銀に輝く長刀が横切った。転倒しないように着地した直後のマエトに、再びクラインが攻めかかる。

 それをいなしてカウンターを(はさ)もうとするが、絶妙なタイミングで上空からリーファが攻撃してきて、マエトは攻めに移れずにいた。

 振り下ろされた長刀を(かわ)したマエトの後ろで、クラインがカタナを腰だめに構えた。

 直後、一気に踏み込んだクラインの右手が閃き、振るわれた刃が風を鳴らした。

 カタナ単発技《絶空(ゼックウ)》。

 素早く回避すると、マエトは技後硬直(ディレイ)を課されたクライン目掛けて剣を振るう。そのタイミングで、リーファが長刀スウィープセイバーを振り下ろした。

 瞬間、シルフの魔法剣士の目の前でマエトが動いた。リーファの上段斬りを避けると、そのまま素早く斬りかかる。

(クラインを攻めると見せかけて、本命はリーファか!)

 内心で叫ぶキリト。だが、マエトが振り上げていた切鬼は、途中で動きを止めた。

 遠方からシノンが放った矢が、切鬼の刀身に当たった、いや当てたのだ。

 空恐ろしいまでの正確さで動きを阻害されたマエトの前から、リーファとクラインが飛び退く。

 開けたマエトの視界の中で、ノームの巨漢が巨大な両手斧を振りかぶっていた。

「おぉらあぁぁぁっ!!」

 怒号のような咆哮(ほうこう)は、エギルのものか斧のものか。重すぎる一撃を貰ったマエトは、森の中に吸い込まれるように吹き飛ばされた。

 

 

「うぇぇ......()っわ......」

 思わずぶるりと身震いしたキリトの横で、対称的にユウキは目をキラキラさせていた。

「シノンの狙撃、すっごいね! あんなところからとー君の剣を狙って当てるなんて!」

 ボクにもできるかなぁ......と呟くユウキに、キリトは諦めろと一言。

 一方リズベット達はガッツポーズをしていた。

「よしっ、手応えあり!」

「これなら行けますよ!」

「うしっ、このまま行くぜェ!」

 リズベットとシリカとクラインが叫ぶ。

 だが、アスナがそれを掻き消すほどに叫んだ。

「まだよ! この程度であの子が終わるはずがないわ!!」

 叫びつつ細剣(レイピア)から短杖(ワンド)に換装するアスナ。その時、全種族で最も聴覚に長けたシルフのリーファが「来るよ!!」と言った。

 弾かれたように森を振り向く6人。今度は最も視力が優れたケットシー2人が言う。

「HP黄色です!」

「でも油断しないで!」

 シノンが言い終えるのと同時に、(しげ)みから殺し屋が飛び出してきた。

 シリカが言った通り、HPゲージはイエローになっている。だが慎重になるどころか、スピードは更に上がっている。

「わたし達が足止めするわ!」

「皆はその隙を叩いて!」

 アスナとリーファは言いつつ、シノンの隣に並んだ。アスナが短杖を、リーファが左手を前にかざし、シノンが矢をつがえた。

 スペル詠唱を終えたアスナの前に氷塊が、リーファの前に風弾が浮く。

 シノン、リーファ、アスナの順に、わずかにタイミングをずらしてそれぞれの飛び道具を放つ。

 迫り来る氷魔法と風魔法、そして矢を目の前に、マエトは裂鬼に真紅のライトエフェクトを宿らせた。

「《魔法(スペル)破壊(ブラスト)》だって!?」

 驚愕に目を見開くキリトの視線の先で、マエトの右手が動き出した。

 マエトが発動させた7連撃ソードスキル《デッドリー・シンズ》の1撃目は風弾をすり抜け、しかし矢を偶然斬った。続く2、3撃目は氷塊と風弾を両方すり抜けるも、4撃目が風弾の核を叩いた。残った5、6、7撃目は全て空振り、アスナの氷魔法は全てマエトを直撃した。

 しかし、氷魔法のスキル熟練度がそこまで高くなかったからか、わずかに後ろに押し戻されたものの、マエトのHPは大きく減らなかった。

(やっぱりレイピアじゃないとダメね......)

 そう思ったことをどこか嬉しく感じるアスナの隣で、シノンが呆れ混じりに呟いた。

「あの魔法斬り......下手な鉄砲も数撃てば当たるとは、よく言ったものね」

 その言葉に苦笑しつつ、アスナも言った。

「でも、隙間は他の人がカバーしてくれるから、マエトくん相手でも思い切ってソードスキルが使えるのは大きいよ」

「そうね。このまま押し切れたらいいんだけど......」

 そう言うと、シノンとアスナは前を向いた。

 前方では4人の妖精たちが、1人の妖精を見事な連携で攻め立てていた。

 時々マエトも反撃しているが、HPがある程度削れるや、すかさずアスナが回復(ヒール)するため、それもなかったことになる。

(行ける......!)

 レイピアに換装しながらそう思ったアスナ。その時、リズベットのメイスが(うな)った。リーファ達の攻撃で姿勢を崩したマエトに、上からメイスを叩き付ける。

 片手棍単発技《パワー・ストライク》。

「ぬぅりゃっ!!」

 うら若き女子高生にあるまじきパワフルな雄叫びを上げ、リズベットはマエトを地面に叩き付けた。両手の剣でブロックしたものの、マエトは倒れ、背中を地面に打ち付けバウンドした。

(よしっ......!)

 リズベットの顔に笑みが浮かぶ。

 その時、マエトの右腕が動いた。逆手に握った切鬼の切っ先で地面を突き、その反動で回転。目の前に突如現れた旋風は、鍛冶屋の右腕と首を斬り飛ばした。

「リズ!!」

 やや離れたところで叫んだアスナにも、マエトの呟きは聞こえた。

「出る(くい)って打たれるんだよな」

 

 

「あの体勢からなんて動きだよ......」

 驚愕するキリトに、ユウキも同意する。

「うん。ボクならあの状況だと、1回着地してからじゃないと動けないよ」

 最早(もはや)異常と形容してもいいほどのマエトの対応力に、改めて舌を巻くユウキ達。

 目の前で繰り広げられる激闘に、彼女らは次第にムズムズしてきていた。

 

 

「よし、まずは(タンク)1人」

 そう呟くと、マエトは駆け出した。素早くリーファが割って入る。

「えぇーいっ!!」

 裂帛(れっぱく)の気合い。大上段から振り下ろされる長刀。それを受け流そうと、マエトが切鬼を持ち上げる。

 その目の前で、リーファは翅を広げて横にスライド。その後ろからエギルが斧を振り回した。

 右下から跳ね上がってくる斧を──マエトは(つか)んだ。切鬼を腰の後ろの(さや)に戻し、小さくジャンプして避けると、下を通過した斧の()を右手で掴んだのだ。

「「「はああああああっ!?」」」

 アスナ達6人とギャラリー2人が驚きの声を上げる。そして、その驚きによって、エギルの斧が減速した。

 すっくと、マエトが斧の刃の上に立った。その動きはいつになく遅かった。

 少年が亀のようにのろのろと立ち上がり──瞬間、その右手が煙るほどの速度で動いた。

「しまっ......!」

 あまりにも極端(きょくたん)緩急(かんきゅう)に、集中してマエトを警戒していたシノンすら反応が遅れた。

 ヒュンッという風を切る音と、ドスッという刃物が地面に刺さる音が、ほぼ同時に聞こえた。

 その時には、マエトが鞘から抜いて投げた切鬼に、アスナの右腕は(ひじ)から先を喰い千切られていた。乾いた音を立てて、白銀のレイピアが落ちる。

「アスナ!!」

 キリトの叫び声に、アスナはハッとして前を向いた。

 遅かった。

 今までのが最速ではなかったのか、これまでのどんなダッシュよりも更に速く突進してきたマエトが、(から)になった右手でアスナの胸の中心を捕らえた。

「ああっ......!」

 キリトほどではないにしても、SAO時代から鍛えられたマエトのSTRに、アスナは(うめ)き声を洩らした。

 そのまま直進すると、マエトはアスナを一番手近な木の幹に叩き付けた。

「かはっ......!」

 衝撃に息が詰まるアスナの耳が、マエトの声を拾った。それは日本語ではなく、さりとて英語でもない。

 だが、アスナにはそれの意味が解った。

(スペル詠唱!?)

 突如、マエトの右手の五指の先に紫の光が(またた)いた。すぐに激しさを増したそれは紫電となり、アスナの胸から全身へと広がった。

「くうっ......!」

 闇魔法《闇黒放電(ダークボルト・スパーク)》の(しび)れに、アスナは掠れた自分の声を聞いた。

 先日マエトが気紛(きまぐ)れでスキル強化したことで、《闇黒放電(ダークボルト・スパーク)》はそこそこのダメージと麻痺(まひ)のデバフをアスナに与えることとなった。

「アスナ!!」

「アスナさん!!」

 クラインとリーファが叫び、得物を構えて駆け出そうとするが、マエトの声がそれを制止した。

「動かない方がいいと思うよー。あんたらの手で直々に殺しちゃったら、大事な大事なヒーラーさん助けらんないよ?」

 リーファ達が攻撃を仕掛ければ、すぐにアスナを盾にするという宣告。

 アスナはヒーラーであると同時にアタッカーでもある主戦力だ。タンクのリズベットに続いて、彼女までいなくなるのは痛い。

 普段は(ゆる)くてどこか抜けているのに、いざ戦闘となるとマエトは途端に冷酷(れいこく)になる。

「くっ......!」

 歯噛みするリーファにちらりと目を向けると、マエトはアスナに向き直った。

「とりあえず、これでさっきの氷のぶんはチャラってことで」

 そう言うと、マエトは裂鬼を逆手に握り替えた。麻痺で動けないアスナの首を狙って赤刃を振るう。

 赤みがかった黒銀の剣は、しかしアスナの首の前を通過すると、地面スレスレから跳ね上がってきた黄金の長剣の軌道を()らした。

 だがコンマ1秒後、インプの少年は漆黒の長剣に叩き飛ばされた。

 二刀流重突進技《ダブルサーキュラー》。

 裂鬼を地面に突き、ブレーキをかけながらマエトは愚痴(ぐち)った。

「おいおい、さすがにそりゃキツいって」

 文句を言うマエトに、乱入者──キリトは不敵に言った。

「悪いな、ちょっと我慢できなくなってさ」

「子供かよー」

「お前よりは年上だよ」

 軽口を叩く黒衣のスプリガンに、アスナは嬉しさ半分呆れ半分といった表情を浮かべた。

「本当、キリトくんってば......」

「なっ、ア、アスナまで俺が子供だって言いたいのか!?」

「そうは言ってないでしょ!」

 いつの間にか麻痺が切れていることにも気付かず言い返すアスナ。

 その上空を人影が通った。人影はマエトの隣に降り立つと、胸を張って宣言した。

「じゃあ、ボクはとー君の方に入る!」

「おー、そりゃ助かる」

 そう言うマエトに、ユウキは拾っておいた切鬼を渡した。

「はい、どーぞ」

「はい、どーも」

 そんなやり取りを交わし、少しだけ空気が緩む。

 その気が抜けたついでだろうか、不意にリーファが声を上げた。

「あ、みんなちょっとだけ待ってて!」

 そう言うとリーファは、金髪のポニーテールを揺らしながらマエトに歩み寄った。きょとんとした顔で首を(かし)げるマエトに手をかざし、回復魔法の詠唱を始める。

 グリーンの光がマエトを包み、ハイレベル6人の猛攻を受けて1人だけ真っ赤に染まったマエトのHPゲージが、グリーンの安全圏まで戻した。

「これでよしっと」

 満足げに(うなず)くリーファに、マエトはにっこり笑って礼を言った。

「ありがとー、リーファさん。さすが剣道部、見事なフェアプレイ精神ですな」

「えへへ、それほどでも~」

 まんざらでもなさそうに笑いながら、リーファはキリトの隣に戻った。双剣を構えているキリトの横で、腰から抜いた長刀を中段に構える。

 部位欠損から回復したアスナも、右手に再びレイグレイスを(たずさ)える。

 空気を揺らすかの(ごと)圧力(プレッシャー)(おく)することなく、

「んじゃ、改めて......」

 そう呟いたマエトの目が冷たさを増した。その体のどこにも力は入っておらず、しかしキリトは予感した。

 ──来る。

 それに(たが)わず、2人のインプが同時に飛び出した。

 実力的に、ユウキの相手をまともにできるのはキリトかアスナくらいのものだ。ゆえに、キリトは素早く指示を飛ばした。

「俺とアスナでユウキを引き受ける! みんなでマエトを(おさ)えてくれ!」

 キリトの言葉に、アスナ達は力強く応じた。

「「「おう!!」」」

 そしてその頃、マエトもユウキと簡単に作戦を話していた。

「ユウちゃん、キリトさんとアスナさんの相手、40秒だけ頼める?」

「頑張る!!」

 気合い十分といった返事に頷くと、《絶剣(ぜっけん)》と《旋剣(せんけん)》は別れた。

 接近するマエトの目を見て、シノンが言った。

「リーファ。あの子の狙いは多分あなたよ、気を付けて!」

 アスナがいないこのメンツで回復系スキルが使えるのは、魔法剣士のリーファとピナの支援があるシリカだけ。だがピナのヒールブレスの回復量はそこまで多くない。よって、潰すのはリーファが最優先だ。

「はい!」

 リーファが応えるとほぼ同時に、(タンク)役のエギルが斧を振るった。

 動きを一切止めることなく避けると、マエトはリーファに肉薄した。逆手に握った切鬼で右下から、順手に握った裂鬼で左上から斬りかかる。

 あえてタイミングをずらさなかったことで、リーファは片方をブロックしたらもう片方を確実に喰らうことになる。

 にも関わらず、リーファは迷わず裂鬼をブロックした。黒銀の刃は止まるが、反対側で白銀の刃が走る。

 だが、リーファのガードと同時にシリカがダッシュ。小さな体を活かして滑り込み、切鬼をブロックした。両手を抑えられたことで、マエトの動きが一瞬止まった。そこを背後から、エギルの《ワールウィンド》が襲う。

 そこからのマエトの動きは、迅速だった。

 剣から手を離すと、シリカの装備の襟首(えりくび)とリーファの腕を(つか)み、後ろに放り投げたのだ。

 次の瞬間、緑色のエフェクトを(まと)った戦斧に()(はら)われ、2人の少女は残りHPを全て失った。

「しまった......!」

 という言葉を、エギルは最後まで言えなかった。

 いつの間にか背後に回り込んでいたマエトが、二刀を左右に斬り払ったからだ。首を切断されたエギルが、その巨体を黄色い残り火(リメインライト)に変える。

 1人で多数の相手と戦うとき、当然ながら火力と手数が足りなくなる。特に手数が足りないと、攻撃は簡単に防がれ、防御はすぐに突破される。

 だからマエトは、同士撃ち(フレンドリーファイア)を誘うことで手数を(おぎな)った。一撃の重い両手斧を操るエギルを使うことで、手数と同時に火力も補える。

「あと2人......ん?」

 そう呟いた時、マエトは切鬼の刀身から白く光る糸のようなものが伸びていることに気付いた。

「なんだこれ?」

 そう言うより早く、切鬼が手から離れた。目で追うと、その先にはシノンがいた。

「あんたがエギルの首を斬って、剣を横に振り切った時に着けさせてもらったわよ」

 弓使い専用の種族共通(コモン)スキル《リトリーブ・アロー》で切鬼を奪ったシノンに続き、クラインが叫ぶ。

「っしゃあ! こっからはオレ様のターンだぜぇ!!」

 叫ぶクラインをスルーし、マエトはシノン目掛けて走った。

 だが、シノンとクラインとしては好都合だった。クラインが後ろからソードスキルで攻められるからだ。

 切鬼を自分の隣の地面に突き立てると、シノンは矢を連射した。

 飛来する矢を、裂鬼で叩き落しながら駆けるマエト。

 それを追いつつ、クラインは慎重(しんちょう)にタイミングと距離を測った。

(マエトにはしっかり当てて、でもシノンには当たらねぇように調節して......)

「ここだっ!」

 カタナを左の腰だめに構え、深く腰を落とす。

 刀身が鮮やかな緑色の光を放ち、見えない手に叩かれたような速度で、サラマンダーが飛び出した。

 カタナ直線遠距離技《辻風(ツジカゼ)》。居合い系の技のため出が速く、発動を見てからでは回避も迎撃も間に合わない。

 ゆえにクラインは、背後からの攻撃にこのソードスキルを選んだのだ。

 そして、マエトもまた、そう来ると読んでいた。

 (すさ)まじい速度で振るわれたカタナ、マエトは居合いの軌道よりも高く跳んで回避した。そのまま滞空中で体を前に倒し、突進してきたクラインの顔を蹴って前に飛び出す。

「ぶげふっ!?」

 そんな太く奇妙な(うめ)(ごえ)を聞きつつ、シノンは素早く横に跳んだ。地面に突き立てた切鬼は、わざとそのまま残す。

(切鬼を回収、もしくは方向転換するその瞬間......マエトの速度がわずかに死ぬ瞬間にソードスキルを......!)

 そう考え、腰の矢筒から矢を引き抜く。

 だが、シノンはあることを忘れていた。ケットシーには、一見すると戦闘には無関係な、しかし重大な弱点があることを。

 着地せずに切鬼の柄を足場に直角ターンすると、マエトは(から)の右手を伸ばし、宙でなびく水色の尻尾をギュッと掴む。

「フギャァア!!」

 予想外の衝撃、いや刺激に強張(こわば)った弓使いの体を、マエトは思い切り蹴り飛ばした。

 背中を蹴られて吹き飛ばされたシノンが、技後硬直(スキルディレイ)中のクラインと衝突。体勢を立て直す前に、2人のアバターは赤黒銀の刀身にまとめて貫かれた。

「これで全員、と......」

 すぐさまユウキに加勢するべく思考を切り替える少年に、シノンは静かながら怒りのこもった低い声で言った。

「あんた、さっき尻尾掴んだの覚えてなさい......」

「あ......なんか、ごめんなさい......」

 

 

 マエトと別れたユウキは、キリトとアスナを倒すことではなく、2人の攻撃を(さば)くことに集中した。

 その強さから《絶剣(ぜっけん)》と呼ばれるユウキと言えど、さすがにこの2人に単独で勝つのは難しい。

 今はマエトに頼まれたとおり──

(40秒、頑張る!)

 ふんす! と、改めて気合いを入れると、ユウキはキリトの水平斬りをパリィした。

 ユウキの剣速は、パワー型プレイヤーが振り下ろした戦斧さえも跳ね返すほどに凄まじい。STR要求の高いキリトの愛剣も、一振りで容易く弾かれた。

 だが、姿勢を崩したキリトの陰から、アスナが飛び出してきた。水色のロングヘアーをなびかせ、高速でレイピアを打ち込む。

 連撃を全て剣で受けきると、ユウキは即座にマクアフィテルで斬り上げた。

 しかし、それをエクスキャリバーがブロック。咄嗟(とっさ)にバックジャンプしたユウキが直前までいた場所を、漆黒(しっこく)の長剣と白銀の細剣が貫いた。

「行くぞ、アスナ!!」

「うん!!」

 直後、2人の剣士が飛び出した。速く、それでいて流れるように鮮やかなコンビネーションで、最強の少女を攻め立てる。

 持ち前の反応速度で回避・防御はできているが、ユウキは反撃に移れずにいた。

「せあああっ!!」

 黒い長剣《ユナイティウォークス》の(うな)りが、キリトの雄叫びに重なる。

 重い上段斬りを全力でパリィしたユウキ。だが、

「スイッチ!」

 叫んだキリトと入れ替わりで、アスナが飛び込んできた。急いで剣を引き戻したユウキだが、その程度で受けきれる衝撃ではなく、小柄なインプはノックバックされた。

 両足を踏ん張って止まったユウキに、再びキリトが迫った。振り上げられたエクスキャリバーが、ライトブルーのエフェクトを宿す。

 キリトが発動させた垂直4連撃《バーチカル・スクエア》が、ユウキに直撃する。

 ──はずだった。

 7回連続で響いた、がきぃぃん!! という金属音。キリトの左腕を駆け抜ける衝撃。同時に、闇色のアスタリスクが輝いた。

 7連撃OSS《テアリング・バイト》。

 ソードスキルを失敗(ファンブル)させられたキリトの耳に、少年の静かな声が入ってきた。

「さすがにこれじゃ折れないか」

 そう言うと、マエトはユウキの隣に移動した。

「お待たせー、ユウちゃん」

「ボク頑張ったよ!」

「うん、偉い偉い」

「えへへ......」

 ユウキの頭を()でるマエトと、えっへんと(ほこ)らしげな笑顔を浮かべるユウキ。

 だがキリトとアスナは、それを見てほっこりする余裕もなかった。

(しののん達を、もう倒したの......!? たった1人で、この短時間で......!?)

 マエトの戦闘力に驚愕するアスナ。その隣でキリトは、

(危なかった......。武器(アーム)破壊(ブラスト)されてたら洒落にならなかった......て言うか、あいつよく伝説級(レジェンダリィ)武器(ウェポン)折ろうとか考えたな!? もしそうなってたら俺3日くらい寝込むぞ!!)

 と、別のことに震えていた。

 そんなキリトの内心は露知らず、マエトは剣を構えるユウキに言った。

「もうちょっとだけ頑張ってくれる?」

「任して!!」

 直後、ユウキはアスナに、マエトはキリトに全力のチャージを敢行した。

 かぶりを振って動揺を打ち消すと、アスナはユウキの剣に意識を集中させた。右下から跳ね上がってきた黒剣を受け止めると、

「シッ!」

 短い気合いと共に、剣尖(けんせん)を打ち込む。

 ユウキも負けじと剣を振るい、2人は互いにHPを削り合った。直剣と細剣がぶつかり、火花が散る。

 その光景の向こうにアスナは、黒いアサシンコートの背中を見た。

(今なら狙える!!)

 そう直感したアスナは、ユウキの攻撃を全力でパリィした。想定外の衝撃に、ユウキの体がぐらりと揺れる。

 その隙にアスナはユウキの隣をすり抜け、全力で地面を蹴った。

 直後、レイグレイスが純白の閃光に包まれ、アスナは一条の流星となった。

 細剣ソードスキル最上位突進技《フラッシング・ペネトレイター》。

 激しいライトエフェクトに気付いたキリトは、マエトとの斬り合いを鍔迫(つばぜ)()いに持ち込んだ。

(まだだ......、ギリギリまで引き付けてから......今!)

 STR全開の斬り払いでマエトの姿勢を崩し、飛び退くキリト。旧SAO時代から無駄に鍛えられたそのパワーに、切鬼がマエトの右手から離れた。

(行ける!!)

 そう確信したアスナの視界の中で、黒銀の片刃直剣がライトブルーの輝きを宿した。斜め上から斬り降ろされた裂鬼が、レイグレイスの切っ先に、(こす)れるようにぶつかった。

 マエトの十八番(おはこ)《カウンター・パリィ》が決まり、アスナの右手が斬り飛ばされた。

 ソードスキルを打ち消され、同時に剣を失ったアスナの胸を、下から跳ね上がってきた鬼牙が深々と切り裂いた。

 片手剣2連撃技《バーチカル・アーク》の2撃目は、ウンディーネの少女のHPを全て吹き飛ばした。

「アスナ!!」

 叫ぶキリトから少し離れた場所で、マエトが静かに呟いた。

「あと1人」

 その隣で、ユウキが長剣を構え直す。

 両手の愛剣を握り直しつつ、キリトは直感した。

(もうこれ以上長引きはしないな......長くてもあと数十秒で決着(ケリ)が着く)

 同じことを思ったのか、マエトとユウキの集中力も今まで以上に高まっている。

「行くよ、とー君!」

「オーケー」

 短いやり取りの直後、2人のインプが飛び出した。

 キリトから見て右からユウキが、左からマエトが迫ってくる。動き出しは同時だったが、(ゆる)()(えが)くように走るマエトに対して、ユウキは一直線に突っ込んでくる。

 ユウキの水平斬りをステップで避けると、キリトはエクスキャリバーで左側を斬り払った。

 勘に従っただけにも関わらず、黄金の長剣はマエトの斬り降ろしを弾いた。パリィの重さで片足が浮いたマエトに、キリトが双剣で斬りかかる。

 すぐにユウキが割り込んで来るが、マエトのそれと比べて単調な攻撃はブロックしやすい。

「くぅっ......!」

 ユウキが歯を食い縛り、両手で握った剣でキリトの剣を押さえつけた。AGI型のユウキの意外なSTRに、キリトも負けじと押し返す。

 力がせめぎ合った結果、2人の動きが一瞬だけ止まった。

 その瞬間、キリトの横顔を赤いライトエフェクトが照らした。素早く飛び退いたキリトの目の前で、裂鬼が宙に猛獣の爪痕(つめあと)を描く。

(シャープネイル......は、()(くら)ましだ!!)

 内心で叫び、キリトは身を(かが)めた。そのすぐ上を、ユウキの《ホリゾンタル》が通過した。

(で、多分これもそうなんだろ!!)

 ちらりと後ろを見やると、体を地面スレスレに倒したマエトが、裂鬼を振るう直前だった。反射的にユナイティウォークスを振るうと、漆黒の刀身はギリギリのところで右足首を鬼牙から守った。

 キリトの前には硬直が解ける寸前のユウキ、後ろには倒れた体を起こすマエトがいる。

「おおおおっ!!」

 思い切り地面を蹴り、キリトは両腕を広げ、回転斬りを見舞った。漆黒と黄金の双剣が(うな)りを上げる。

 だが、ユウキは持ち前の超反応速度を発揮。先ほどのキリト同様に屈んで回避すると、黒衣のスプリガンの下腹をマクアフィテルで勢いよく貫いた。

「ぐっ......!」

 わずかに顔をしかめるキリトだが、HPにはまだ余裕がある。そして、勘が正しければ恐らく──

(本命はこっちか!)

 目線だけを後ろにやると、マエトが逆手に握った切鬼で刺突を繰り出そうとしていた。

 裂鬼の刀身をエクスキャリバーに沿えることで、回転斬りの軌道を()らしたのだろう。その攻撃態勢からは、ユウキ以上の余裕が感じられた。

(さすがだな)

 純粋な賛辞を、キリトは心の中で2人に送った。だが、

(でも、それとこれとは別だぜ!!)

 足は止めつつも回転斬りの勢いはそのままに、キリトは自分の左脇の下へと右腕を振った。水平に振るわれたユナイティウォークスの黒い刀身が、背後にいるマエトの右手から得物を弾き飛ばした。

 武器を片方奪われ、同時にパリィの重さで体勢が崩れた。これで、背後からのマエトの攻撃は消えた。

 そして、

(しまった、強く刺し過ぎた......!)

 上手く剣が抜けず、追撃も反撃もできないユウキ目掛け、キリトは全力でエクスキャリバーを振り下ろした。

 黄金に輝く最強武器が、ユウキに迫る。

 ──がいぃぃんっ!

 突如(とつじょ)、そんな音が響いた。同時に、キリトの上段斬りの軌道が大きくずれる。

 いや、キリトの体の向きがずれたと言った方が正しい。

 崩れた体勢を逆に利用し、マエトがキリトの背中から飛び出ていたマクアフィテルの刀身を蹴ったのだ。

 格闘家顔負けの鋭い回し蹴りに腹を叩かれた剣は、突き刺さっていたキリトの体の向きを大きく乱した。

 そして、マエトのアシストはこれだけではなかった。キリトの体勢が崩れるのとほぼ同時に、ユウキの上空から何かが落ちてきた。

 薄赤く輝く、黒銀の片刃剣。

(裂鬼......)

 反射的に右手を伸ばし、ユウキは(つば)のない黒い柄を握った。

 途端(とたん)、柄と触れ合った右手から、炎のような熱が流れ込んで来た。瞬く間に全身へと広がった熱に押されるように、ユウキの右手が動く。

(ごめんベル君。ちょっとだけ、ボクに力を貸して!!)

 ユウキの心の声に呼応(こおう)するように、炎を模した波刃(セレーション)(きら)めいた。

 黒銀の刀身が、タイムの花を思わせる紫色の輝きを宿す。

「やあああっ!!」

 右上から左下への神速の5連突き。すぐさま剣が持ち上がり、左上から右下への5連突き。

「はああああ────ッ!」

 全力の雄叫びと共に、最強の剣士《絶剣(ぜっけん)》が編み出した最強の11連撃OSS《マザーズ・ロザリオ》のラスト1撃が放たれる。

 黒鞘(くろさや)裂鬼(れっき)から伸びた紫色の光槍は、キリトのアバターに刻まれたXの文字の中心点を貫き、彼の残ったHPを全て削りきった。

 

 

「あー、楽しかったー!」

「あー、疲れたー」

 仲良く手を繋いで大の字に寝転がったユウキとマエトは、正反対の感想を述べた。

「とー君も楽しかったでしょ?」

「楽しくはあったけど、それより疲れた」

「じゃあ、アスナん家でお昼寝しようよ!」

「おー、いいねー」

 そうやって仲良く会話する2人を見て、アスナは微笑んだ。

「どうだ? あんまり休憩にはならなかったと思うけど」

 と苦笑いしながら尋ねるキリトに、アスナも苦笑混じりに答えた。

「まぁ、休憩とは言えなかったけど......」

 そこで句切ると、アスナはもう一度マエトとユウキの方を見た。

「でも、あの2人のお陰で、もうちょっと頑張れそう」

「......そっか」

 その数時間後、改めて京料理の再現に(いそ)しむアスナにリズベットから、シノンがけしかけた火矢をマエトが全て(かわ)しきったという内容のメールが送られてきた。




(終わり)

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