ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア 作:Maeto/マイナス人間
「う......ぉおりゃああっ!!」
「お前はやっぱ動き出しが遅いな。勢い乗ってからはSTRに任せてギュンギュン動けるけど、そこ行くまでが遅い。あと動きが単調、つーか
ボロクソに言われ口を
「そう言うお前は、動き出しも動きも速いけど切り返しがダメだね。スペサタイトの重さに引っ張られて、切り返す時に姿勢がちょっと崩れてたぞ」
ベルフェゴールの言葉に、マエトはため息を吐いた。
「お互い課題だらけだなー、《二刀流》」
「まぁでも、使うことはないだろうけどな」
自信たっぷりに言う茶髪の相棒に、マエトは「なんでだよ」と聞き返した。すると、
「決まってんだろ? お前がガンガン攻めまくって、俺がバンバン背中守って。そうすれば勝てない相手なんかいないからな!」
あっけらかんと言うベルフェゴールに、マエトは一応「背中守る音ってバンバンなの?」と言ってから、笑顔で返した。
「それもそーだな」
───
──────
─────────
「ん......んー」
そんな声を出して、マエトは目を開けた。窓から射し込む光の筋をぼんやり眺め、右手を振ってメニューを呼び出す。時刻表示は9時を少し回ったほど。
むくりと上体を起こし、自分の隣を見た。
広いベッドの上にいるのは、自分だけだった。
相棒がいなくなってから、もう8ヶ月が経っていた。
(はいはい夢オチね)
内心でそう呟き
「............」
無言で視線を切り、ベッドから降りる。開きっぱなしにしていたメニューを操作し、普段使いの黒いシャツとダークグレーのズボンに着替えた。
宿屋を出ると、行きつけの屋台で、安いがそこそこ気に入っているバゲットサンドを買う。バジルっぽい風味のソースで味付けされた謎サラダと謎ロースト肉を挟んだ謎サンドイッチを一口
基本的に日中はのんびりしたり、クエストをこなしたりしている。夜は治安の悪そうな森や、ダンジョンの中をブラブラ歩き回る。それらの過程で自分を襲ってきた、または誰かを襲っている者がいたら戦うといった具合いだった。
バゲットサンドを食べ終え、クシャッと軽く潰すと包み紙が音もなく消滅した。
最後に首に黒いマフラーを巻くと、マエトは《圏外》へと歩き出した。
この日は特に何も起きず、夜になった。だが、マエトにとっては夜からが本番である。どちらかと言えば、昼よりも夜の方が
いつもの装備にプラスして、《
グレーで縁取りされたダークブルーのマントは
誰もいない真っ暗な森の中を、1人で歩く。森に入ってから既に10分は経っており、かなり深いところまで来ているのは解るが、視界に不審な点は特にない。だが──。
「......」
無言で左腰に左手を伸ばすと、マエトは黒い
(ダメージ毒と麻痺毒......)
警戒を強めたマエトの耳に、複数の男の声が聞こえた。
「おいおい、見抜かれてんじゃねえかよ」
「任せとけっつっといてこれかよ」
「あんな
「うるっせえな、くそっ!」
声のする方を見ると、暗闇の中にオレンジ色のカーソルが浮かんでいた。その数5個。
(AGI型3人、バランス型2人)
素早く敵の装備を観察するマエトに、レッド達が言葉を投げ掛けてきた。
「おい
「昨日も俺らの知り合い殺してくれたしな。その
「殺され方の希望とか
そう言ってギャハハと笑うレッド達に、ため息と舌打ちを1回ずつすると、マエトは吐き捨てるように呟いた。
「どいつもこいつも、
5人の男達に向かって歩きつつ、右腰の鞘から切鬼を抜くと、マエトは地面を蹴った。木々の間に入り込むと同時に、マントの強力な隠蔽補整が、殺し屋を暗闇に溶かす。
「おい、消えたぞ!?」
「どこ行った!?」
と
横の茂みから飛び出したマエトは2人を仕留めると、止まることなく近くにいた曲刀使いの右腕を斬り落とした。これでもう武器を振るえない。腕を斬った勢いのまま、切鬼を後ろに投げる。背後から一撃を入れようとしていた片手斧使いの右目が、白銀の刃で潰される。
直後、マエトが曲刀使いから奪った
「う、うわあああっ!?」
一気に仲間を皆殺しにされ、怖じ気づいて尻餅を突くと、毒ナイフ使いは必死に逃げようとした。
だが、男の胸の中央を容赦なく踏みつけて、マエトが低い声で言った。
「おい、動くんじゃねぇよ」
男の目の前に、青みがかった白銀の切っ先が突きつけられる。
「ひっ......」
恐怖に
それほどまでに、少年の目は刃より鋭く、声は氷より冷たかった。
「首狙い直すのダリィだろーが」
暗闇の中に
それを眺める少年の目には、一抹の光も宿っていなかった。
「......」
無言のまま愛剣を鞘に納めると、マエトは走り出した。
(こっち......多分いる)
勘に従って走ること数十秒、索敵スキルに反応があった。
(オレンジ3のグリーン1。オレンジがこの距離にいて動かないってことは、グリーンの方は麻痺毒喰らってるのか)
そんな予測をしていると、視界にその姿が見えてきた。中学生だろうか。マエトよりも年上らしきセミロングの黒髪の少女が倒れており、それを3人の男がニヤニヤ笑って見ている。ここまでは予測通りだった。
だが、その3人の正体は予想外だった。
(袋みたいなマスクの黒いやつと、
それは、アインクラッド最凶最悪の
(《ジョニー・ブラック》、《
気配を殺しつつ、マエトは先刻の毒ナイフ使いから奪った2本毒ナイフを取り出す。素早くマントのフードを
直後、少年の体が、暗闇に溶けて消えた。
「悪いなベイビー。最近ちょっと手持ちぶさたでよ、襲わせてもらったぜ」
麻痺毒で動けない少女に向けて言うPoHに、ジョニー・ブラックが言った。
「え、ヘッド? まさか襲って終わりなんてつまんねーオチじゃないっすよねぇ!? ちゃんと殺すんでしょ!?」
「当たり前だろ、安心しろ。だが久々の
そこで句切ると、口許に邪悪な笑みを浮かべ、
「イッツ・ショウ・タイム」
そう言ったPoH。
だが、ショータイムは予想外の形で始まった。
「っ!?」
突如横合いから飛来した2本のナイフが、ザザの左腕と左脇腹に突き刺さったのだ。愛用の
「......っ!」
地面に倒れる相棒に、毒ナイフ使いは驚きの声を上げた。
「ザザ!?」
「後ろだ、ジョニー!!」
PoHの言葉に、反射的に飛び退くジョニー。そこに、蒼刃と紅刃が旋風を巻き起こした。
ズバンッ!! という風を斬る音。同時に毒ナイフ使いの右腕と右足が切断された。
非金属防具専用スキル《
(ヘッドが気付いてくれなかったら、首と腹やられてた......!)
冷や汗をかくジョニーの前で、襲撃者が被ったフードが脱げ、その白髪が月下に晒される。
(急所を外された、余計なことを......!)
すぐさまPoHに、マエトが逆手に握った切鬼で斬りかかる。ひらりと回避したPoHと入れ替わるようにして、少女を背に立つ。
「Wow......こいつはすげぇ。殺し屋殺しの
マエトはそれに答えることなく、ベルトポーチから取り出した転移結晶を少女に投げた。
「行け」
短く言うと、少女は麻痺状態でも動く右腕で結晶を握った。だが、
「て、てん、い......り、リンダ、ぁ......」
恐怖からか、言葉を上手く出せていない。彼女が逃げてくれればまだ戦いやすかったが、守りながら戦うとなると難易度は格段に上がる。
(囲まれない、毒は喰らわない。最低でもこれだけは絶対だな)
改めて気を引き締めるマエトに、ジョニー・ブラックが喚くように言う。
「テメェ! 邪魔すんじゃねぇ!」
その横で、ザザも
「貴様には、
地に倒れている2人を、マエトは冷ややかに見下ろした。
「やってみろよ。おれに
フッ、という笑い声が聞こえた。PoHだ。
「強気だな。だが、本気でオマエ1人でオレたち3人に勝てると思ってるのか?」
直後、PoHの後方からスローイングダガーが飛来した。ジョニー・ブラックが投げた、使い捨て用の毒ナイフだろう。回避するのは簡単だが、ただ避ければ後ろの少女に当たってしまう。
素早く切鬼で軌道をずらすと、そこを狙ったのか、切鬼の刀身にエストックが衝突した。グラリと体勢を崩すマエトの視界で、黒ポンチョの大男が
「ちっ......」
(左腕死んだ......麻痺もう解けたのかよ)
一度距離をとるマエトに、エストックを構え直したザザが言う。
「毒耐性は、ある程度だが、鍛えて、ある。万が一にも、ジョニーの、攻撃が、流れてこないとも、限らないからな」
「おいおいザザァ、オレがンなヘマするかってーの!!」
「万が一と、言った」
2人のやりとりに、マエトは舌打ちした。
敵ながら相当に巧い
(防御と回避に攻撃を合わせられた......おれの動きを知ってる感じだ)
だが逆に、マエトは3人の得物を知っているだけで、戦闘スタイルの詳細までは知らない。
人数、手数、ハンデ、情報量までも上を行かれた。そして恐らくは、武器のスペックでも。
(ある程度は避けてカス当たりしたぐらいなのに、腕1本とHP3割も
「さすがに《魔剣クラス》は
マエトの言葉に、PoHはピュウと口笛を吹いた。
「嬉しいぜ、オレの相棒を知っててくれたのか」
PoHの
「あ......ぁ、あ......」
少女が洩らした声は、恐怖で震えていた。
「大丈夫、死なせないから」
元気付けようと声をかけたマエトに向けて、ジョニーが甲高い声で喚く。
「女の前だからって無理すんなよ! 人殺すのは得意でも、守るのは苦手なんだろぉ!?」
ぴたりと動きを止めたマエトに、PoHも言葉を投げかけた。
「確かにな。そのせいでオマエのお友達は、こんなんになっちまったもんな」
足元に落ちていた裂鬼を拾い、それを握った左手を振って、見せびらかすように挑発する。
「......触んな」
呟くように言うマエト。だが、PoHの挑発は止まらない。
「相棒を目の前で殺されて、その形見は今オレの手の中にある。笑っちまうぜ!」
「────うるせぇ」
静かな声が聞こえた直後、PoHの視界に青白い落雷が見えた。
瞬間、PoHの左腕がポリゴンになって爆散した。
「っ!?」
息を呑むPoH。その
「へ、ヘッド!?」
「バカな、
驚くジョニーとザザの前で、マエトは裂鬼を回収。少女のそばの地面に裂鬼を突き立てると、呼び掛けるように言った。
「ベル。お守りみたいな使い方になるけど、この人と一緒にいてやってくれ」
そう言って立ち上がると、マエトはラフコフ幹部3人の方へとゆっくり歩いた。
「いってぇな......」
ぼやくように言ったPoHが顔を上げると、マエトと目が合った。
敵意や殺意はなく、しかし穏やかさや温かさも一切ない。ただただ鋭く、どこまでも冷たい、人斬りの目──。
「っ! ......いい目するじゃねぇか。思わず一瞬ブルっちまったぜ」
PoHの言葉に、マエトは冷たく返した。
「ベルをおもちゃにしたのはまずかったな」
寒気がするほど静かで、しかしひりつくような威圧感を感じ、ジョニーとザザは1歩後ずさった。しかしPoHはニヤリと笑い、
「いいぜ、来いよ!」
挑発するように呼び込む。だが、
「テメェらが来い。全員まとめて、斬り刻んでやるよ」
マエトは逆にPoHたちを呼び込んだ。
薄い笑みを浮かべるPoH。その後ろで、ジョニー・ブラックが部位欠損から回復した。
「そうか。なら......楽しもうじゃないか!!」
PoHのその言葉が、殺し合いの口火を切った。
エストックを構えたザザが、マエトに低い姿勢で突進を仕掛ける。マエトが迎撃しようとしたところを狙って、ジョニーが毒ナイフで斬りかかる。切鬼で流しながら避けるが、そこに友切包丁が地面スレスレから跳ね上がって来る。
(狭いとこだと囲まれるな)
そう判断すると、マエトは全力で垂直に跳んだ。スピード重視で非金属防具しか装備していないマエトは、助走なしでも3メートル近くは軽く跳べる。木が密集した森の中でも、ある程度は開けた空中に逃げる。だが、
「シャァッ!!」
そんな甲高い声が聞こえた瞬間、マエトは思い切り体を
暗闇に
弾かれたように吹き飛ぶマエトのアバター。その先には、恐怖で動けない少女がいた。
「ああっ......!」
少女の
(
だが、震える手と足は動かず、彼女の視界が涙で
「死なせないって......言った!」
白髪の少年がそう言った。同時に右足で突き立った裂鬼の
迎撃しようと、PoHが友切包丁を振るう。だが、マエトの方が一手早かった。
振るわれたPoHの右腕に向けて、左腕を伸ばした。だが、マエトの左腕は先ほど切断され、左肩の断面が向けられているだけ──
そう思ったPoHの目の前で、マエトの部位欠損が回復。左腕のジェネレートが優先され、同じ座標にあったPoHの右腕は弾かれた。姿勢が大きく崩れたPoHだが、マエトの狙いはその次だった。
弾かれたPoHの右腕がグラリと動き、体勢が短剣ソードスキルの
イエローのエフェクトを宿した肉切包丁が、見えない手に叩かれたかのような速度で動き出す。
その直前、
(────
タイミングを合わせて、マエトが切鬼に紫の輝きを灯した。
超速の斬り上げが、『技の出始めでまだ攻撃判定のない』大型ダガーを撃つ。ほぼ同時に、再び紫電が叩き込まれた。
けたたましい金属音。その中に、ヒビが入るような鋭い音が混ざる。PoHが視線を落とすと、2連撃技《スネークバイト》を受けた友切包丁の刀身に、大きな
「っ!?」
バックステップで距離をとるPoHに、マエトは言葉を投げかけた。
「さすがに1回じゃ無理か。けど、次は
マエトの宣言に盛大に舌打ちするPoH。その横で、ジョニー・ブラックが
「テメェ、調子に乗んなァ!!」
言うが早いか、ジョニーが飛び出す。頭に血が
真ん中に穴の空いた、薄く平たい3枚羽の
(ブーメラン!?)
慌てて射程外に逃げようとするジョニー。だが、マエトが投げたブーメランは、ジョニーの反対側──少女の方へと飛んでいった。
「ンだよ......
再び突進するジョニーの前で、マエトは横にステップした。それによって、ジョニーの視界に少女の姿が飛び込んできた。
彼女は今まさに、ブーメランで右足を切断されたところだった。
「なっ......!?」
ジョニーの意識が驚きで満たされる。マエトが狙っていたのは、その瞬間だった。
パァン!! という、何かが割れたような音。
ダメ押しの猫だましは、ジョニーの体を大きくのけぞらせた。
マエトが素早く切鬼を抜剣し一振りすると、ジョニーの右手と毒ナイフが宙を舞った。
「今日は右手がよく斬れるな」
そう言うと、マエトは切鬼を水平に構えた。
相棒が真っ二つに叩き斬られる光景を幻視したザザは、反射的に突進用ソードスキル《シューティング・スター》を発動しマエトに迫った。
しかし同時にマエトの右手が上がり、切鬼が青白く輝く。基本単発技《バーチカル》。
突き技に縦斬りがぶつかり、
「読まれて、いたのか......」
「ジョニー、ザザ、ずらかるぞ」
「逃がすと思ってんのか?」
そう言って駆け出すマエト。だが同時に、ジョニー・ブラックが少女を狙って毒ナイフを投げた。マエトが素早くパリィするが、その隙にPoHはベルトポーチから青い結晶を取り出した。転移結晶ではない、それよりも更に深い青色。
「コリドー・オープン」
コマンドを唱えたPoHの前に、光の渦が出現した。
「緊急用のアジト直通コリドーに、剣の修理。とんでもねぇ出費だ。
「クッソ......覚えてやがれよ......」
「貴様は、いずれ、必ず殺す」
「............ふぅー......」
長く息を吐くと、マエトはどさりと
(ちょっと危なかったかな......PoHにやった崩し、ミスってたら死んでたなー)
危険すぎた
「あ、あのっ......!」
声の主は、右足を失った少女だった。ラフコフの3人がいなくなって、緊張が解けたのだろう。声を出せたはいいものの、まだ上手く喋れはしないようだ。
「すまんね、ブーメラン当てて。あれが一番虚を突けると思ってさー」
そう説明するが、他に何をどうすればいいか分からない。内心で「うーん」と悩んでいると、
『困ってる人は助けないとな!』
そんな相棒の声が聞こえた気がした。
(......あー、そーだな)
やや不安はあったものの、マエトは少女に向けて笑顔を向けて言った。
「もー少し休んで、その震え止まったら一緒に帰ろーぜ」
マエトより年上らしい少女は、しかし敬語で答えた。
「は、はいっ!」
その様子に思わず笑みを浮かべると、マエトはトレード窓を飛ばした。きっと
「これあげる。金はいらんから」
少女がトレードを
(あったかい......)
薄手のマントに大した防寒効果はないだろうが、その
「あ、あの......」
「ん?」
寝転がったまま自分を見上げてくる少年に、少女は笑った。
「ありがとう......ございます」
(終わり)
次回からは11話からの続きとして、原作フルシカトのオリジナルストーリーを書いていきます。オリ主×ユウキがより強くなっていきますが、それでも読んでいただけたら、あわよくば褒めていただけたら、もっと欲を言えば布教とかしていただけたら、多分作者も喜ぶと思います(他人事)。......マジ自信ねぇわーボソッ
P.S.時系列的にはデュエルトーナメントの1週間後って感じです。