ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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短編4話目です。頑張りました。


短編4話 The nethermost Hell

「う......ぉおりゃああっ!!」

 威勢(いせい)のいい雄叫(おたけ)びと共に、両手に握った剣を振り回す。ブォンブォン音を立てて暴れる相棒の動きを観察し、マエトは言った。

「お前はやっぱ動き出しが遅いな。勢い乗ってからはSTRに任せてギュンギュン動けるけど、そこ行くまでが遅い。あと動きが単調、つーか(ざつ)い」

 ボロクソに言われ口を(とが)らせつつ、ベルフェゴールは言い返した。

「そう言うお前は、動き出しも動きも速いけど切り返しがダメだね。スペサタイトの重さに引っ張られて、切り返す時に姿勢がちょっと崩れてたぞ」

 ベルフェゴールの言葉に、マエトはため息を吐いた。

「お互い課題だらけだなー、《二刀流》」

「まぁでも、使うことはないだろうけどな」

 自信たっぷりに言う茶髪の相棒に、マエトは「なんでだよ」と聞き返した。すると、

「決まってんだろ? お前がガンガン攻めまくって、俺がバンバン背中守って。そうすれば勝てない相手なんかいないからな!」

 あっけらかんと言うベルフェゴールに、マエトは一応「背中守る音ってバンバンなの?」と言ってから、笑顔で返した。

「それもそーだな」

 

───

 

──────

 

─────────

 

「ん......んー」

 そんな声を出して、マエトは目を開けた。窓から射し込む光の筋をぼんやり眺め、右手を振ってメニューを呼び出す。時刻表示は9時を少し回ったほど。

 むくりと上体を起こし、自分の隣を見た。

 広いベッドの上にいるのは、自分だけだった。

 相棒がいなくなってから、もう8ヶ月が経っていた。

(はいはい夢オチね)

 内心でそう呟き(うつむ)くと、2ヶ月前に白く染めた長めの髪が視界に入った。暗闇でも目立つようにすれば、より一層レッドプレイヤー達に襲われて、自分も早くベルフェゴールの所へ行けるのではと思っていたが、この日もマエトは生き延びていた。

「............」

 無言で視線を切り、ベッドから降りる。開きっぱなしにしていたメニューを操作し、普段使いの黒いシャツとダークグレーのズボンに着替えた。

 宿屋を出ると、行きつけの屋台で、安いがそこそこ気に入っているバゲットサンドを買う。バジルっぽい風味のソースで味付けされた謎サラダと謎ロースト肉を挟んだ謎サンドイッチを一口(かじ)ると、マエトは鍛冶屋へ向けて歩き出した。

 犯罪者(オレンジ)カーソルのプレイヤーを殺し続け、悪魔(ブラック)プレイヤーと呼ばれているマエトだが、常に殺し合いをしている訳ではない。

 基本的に日中はのんびりしたり、クエストをこなしたりしている。夜は治安の悪そうな森や、ダンジョンの中をブラブラ歩き回る。それらの過程で自分を襲ってきた、または誰かを襲っている者がいたら戦うといった具合いだった。

 バゲットサンドを食べ終え、クシャッと軽く潰すと包み紙が音もなく消滅した。(から)になった右手を、汚れてはいないがズボンに(こす)り付けると、マエトは少し前から通っている鍛冶屋に入った。愛剣や防具等の耐久値をフル回復してもらうと、シャツの上に薄いグレーのレザーアーマーを装備し、背中に《白鞘(しろさや)切鬼(せっき)》を吊った。

 最後に首に黒いマフラーを巻くと、マエトは《圏外》へと歩き出した。

 

 

 この日は特に何も起きず、夜になった。だが、マエトにとっては夜からが本番である。どちらかと言えば、昼よりも夜の方がそういう現場(・・・・・・)に出くわすことが多いのだ。

 いつもの装備にプラスして、《黒鞘(くろさや)裂鬼(れっき)》と、夜間用装備として使っているフーデッドマントを装備した。2本の愛剣は、腰の後ろに交差して吊る。

 グレーで縁取りされたダークブルーのマントは隠蔽(ハイディング)補正がかなり高く、索敵(さくてき)スキルを優先して鍛えていたぶんの補填(ほてん)として、ベルフェゴールとお揃いで装備していた物だ。マエトがいま装備しているのは、ベルフェゴールの死後、2人の共有ストレージに残されていた相棒の愛用品である。

 誰もいない真っ暗な森の中を、1人で歩く。森に入ってから既に10分は経っており、かなり深いところまで来ているのは解るが、視界に不審な点は特にない。だが──。

「......」

 無言で左腰に左手を伸ばすと、マエトは黒い(つか)を握り、足を止めた。直後、自分の左側の空間に裂鬼を2回振るうと、黒銀の刃は飛来したナイフ2本を弾き飛ばした。近くの木の幹に突き刺さったナイフを引き抜くと、その刀身はそれぞれ紫と緑に濡れていた。

(ダメージ毒と麻痺毒......)

 警戒を強めたマエトの耳に、複数の男の声が聞こえた。

「おいおい、見抜かれてんじゃねえかよ」

「任せとけっつっといてこれかよ」

「あんな餓鬼(がき)も殺せねぇのか?」

「うるっせえな、くそっ!」

 声のする方を見ると、暗闇の中にオレンジ色のカーソルが浮かんでいた。その数5個。

(AGI型3人、バランス型2人)

 素早く敵の装備を観察するマエトに、レッド達が言葉を投げ掛けてきた。

「おい白髪(しらが)ぁ。その頭に片刃の剣にマントにマフラーってこたぁ、お前が例の《ブラック》だろ?」

「昨日も俺らの知り合い殺してくれたしな。その()びでも入れに来たのかぁ?」

「殺され方の希望とか遺言(ゆいごん)とかありゃァ聞いてやるぜ、1文字100コルで」

 そう言ってギャハハと笑うレッド達に、ため息と舌打ちを1回ずつすると、マエトは吐き捨てるように呟いた。

「どいつもこいつも、(きたね)(ツラ)で汚ぇ声出しやがって......」

 5人の男達に向かって歩きつつ、右腰の鞘から切鬼を抜くと、マエトは地面を蹴った。木々の間に入り込むと同時に、マントの強力な隠蔽補整が、殺し屋を暗闇に溶かす。

「おい、消えたぞ!?」

「どこ行った!?」

 と(わめ)く5人のうち、2人の首が飛んだ。

 横の茂みから飛び出したマエトは2人を仕留めると、止まることなく近くにいた曲刀使いの右腕を斬り落とした。これでもう武器を振るえない。腕を斬った勢いのまま、切鬼を後ろに投げる。背後から一撃を入れようとしていた片手斧使いの右目が、白銀の刃で潰される。

 直後、マエトが曲刀使いから奪った円月刀(シミター)を一閃。斧使いのアバターが上下に分断された。振り向き様に円月刀を持ち主に投げつけ、斧使い同様に視界を奪うと、マエトはその男の腹を裂鬼で真っ二つに切り裂いた。

「う、うわあああっ!?」

 一気に仲間を皆殺しにされ、怖じ気づいて尻餅を突くと、毒ナイフ使いは必死に逃げようとした。

 だが、男の胸の中央を容赦なく踏みつけて、マエトが低い声で言った。

「おい、動くんじゃねぇよ」

 男の目の前に、青みがかった白銀の切っ先が突きつけられる。

「ひっ......」

 恐怖に(のど)を鳴らす毒ナイフ使い。

 それほどまでに、少年の目は刃より鋭く、声は氷より冷たかった。

「首狙い直すのダリィだろーが」

 暗闇の中に刹那(せつな)、青白い三日月が浮かんだ。数瞬遅れてその周りに星が散るように、大量のポリゴン片が舞った。

 それを眺める少年の目には、一抹の光も宿っていなかった。

「......」

 無言のまま愛剣を鞘に納めると、マエトは走り出した。

(こっち......多分いる)

 勘に従って走ること数十秒、索敵スキルに反応があった。

(オレンジ3のグリーン1。オレンジがこの距離にいて動かないってことは、グリーンの方は麻痺毒喰らってるのか)

 そんな予測をしていると、視界にその姿が見えてきた。中学生だろうか。マエトよりも年上らしきセミロングの黒髪の少女が倒れており、それを3人の男がニヤニヤ笑って見ている。ここまでは予測通りだった。

 だが、その3人の正体は予想外だった。

(袋みたいなマスクの黒いやつと、髑髏(どくろ)みたいなマスクの赤いやつと、黒ポンチョのでかいやつ──ッ!?)

 それは、アインクラッド最凶最悪の殺人者(レッド)ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の上位幹部の3人。

(《ジョニー・ブラック》、《赤眼(アカメ)のザザ》、《PoH(プー)》。面倒なのが出てきたな......)

 気配を殺しつつ、マエトは先刻の毒ナイフ使いから奪った2本毒ナイフを取り出す。素早くマントのフードを(かぶ)ると、投剣が届くギリギリの距離から毒ナイフを投げた。

 直後、少年の体が、暗闇に溶けて消えた。

 

 

「悪いなベイビー。最近ちょっと手持ちぶさたでよ、襲わせてもらったぜ」

 麻痺毒で動けない少女に向けて言うPoHに、ジョニー・ブラックが言った。

「え、ヘッド? まさか襲って終わりなんてつまんねーオチじゃないっすよねぇ!? ちゃんと殺すんでしょ!?」

 甲高(かんだか)い声で言うジョニーに、ザザがシュウシュウと音を立てて笑う。PoHも薄く笑うと、

「当たり前だろ、安心しろ。だが久々の獲物(えもの)だ、すぐに殺しちゃあ味気ねぇだろうがよ」

 そこで句切ると、口許に邪悪な笑みを浮かべ、

「イッツ・ショウ・タイム」

 そう言ったPoH。

 だが、ショータイムは予想外の形で始まった。

「っ!?」

 突如横合いから飛来した2本のナイフが、ザザの左腕と左脇腹に突き刺さったのだ。愛用の針剣(エストック)を構えようとしたザザだが、その直前にHPゲージがわずかに減少。同時に体の自由が奪われた。

「......っ!」

 地面に倒れる相棒に、毒ナイフ使いは驚きの声を上げた。

「ザザ!?」

「後ろだ、ジョニー!!」

 PoHの言葉に、反射的に飛び退くジョニー。そこに、蒼刃と紅刃が旋風を巻き起こした。

 ズバンッ!! という風を斬る音。同時に毒ナイフ使いの右腕と右足が切断された。

 非金属防具専用スキル《忍び足(スニーキング)》による接近と、そこからの超高速の奇襲。

(ヘッドが気付いてくれなかったら、首と腹やられてた......!)

 冷や汗をかくジョニーの前で、襲撃者が被ったフードが脱げ、その白髪が月下に晒される。

(急所を外された、余計なことを......!)

 すぐさまPoHに、マエトが逆手に握った切鬼で斬りかかる。ひらりと回避したPoHと入れ替わるようにして、少女を背に立つ。

「Wow......こいつはすげぇ。殺し屋殺しの悪魔(ブラック)様じゃねぇか」

 マエトはそれに答えることなく、ベルトポーチから取り出した転移結晶を少女に投げた。

「行け」

 短く言うと、少女は麻痺状態でも動く右腕で結晶を握った。だが、

「て、てん、い......り、リンダ、ぁ......」

 恐怖からか、言葉を上手く出せていない。彼女が逃げてくれればまだ戦いやすかったが、守りながら戦うとなると難易度は格段に上がる。

(囲まれない、毒は喰らわない。最低でもこれだけは絶対だな)

 改めて気を引き締めるマエトに、ジョニー・ブラックが喚くように言う。

「テメェ! 邪魔すんじゃねぇ!」

 その横で、ザザも忌々(いまいま)しげに言う。

「貴様には、ラフコフ(うち)の人間も、何人か、殺されている。お返しに、貴様も、殺してやろう」

 地に倒れている2人を、マエトは冷ややかに見下ろした。

「やってみろよ。おれに喧嘩(けんか)売った犯罪者(オレンジ)カーソルがどーなったか、知らねぇとは言わせねぇぞ」

 フッ、という笑い声が聞こえた。PoHだ。

「強気だな。だが、本気でオマエ1人でオレたち3人に勝てると思ってるのか?」

 直後、PoHの後方からスローイングダガーが飛来した。ジョニー・ブラックが投げた、使い捨て用の毒ナイフだろう。回避するのは簡単だが、ただ避ければ後ろの少女に当たってしまう。

 素早く切鬼で軌道をずらすと、そこを狙ったのか、切鬼の刀身にエストックが衝突した。グラリと体勢を崩すマエトの視界で、黒ポンチョの大男が得物(えもの)を振るった。

「ちっ......」

 咄嗟(とっさ)に急所は守ったが、そのせいかそこ以外の防御は甘く、マエトの左腕が宙を舞った。

(左腕死んだ......麻痺もう解けたのかよ)

 一度距離をとるマエトに、エストックを構え直したザザが言う。

「毒耐性は、ある程度だが、鍛えて、ある。万が一にも、ジョニーの、攻撃が、流れてこないとも、限らないからな」

「おいおいザザァ、オレがンなヘマするかってーの!!」

「万が一と、言った」

 2人のやりとりに、マエトは舌打ちした。

 敵ながら相当に巧い連携(れんけい)だが、ただ上手に連携している訳ではなさそうだ。

(防御と回避に攻撃を合わせられた......おれの動きを知ってる感じだ)

 だが逆に、マエトは3人の得物を知っているだけで、戦闘スタイルの詳細までは知らない。

 人数、手数、ハンデ、情報量までも上を行かれた。そして恐らくは、武器のスペックでも。

(ある程度は避けてカス当たりしたぐらいなのに、腕1本とHP3割も(けず)るのか......)

「さすがに《魔剣クラス》は伊達(だて)じゃねぇか、《友切包丁(メイト・チョッパー)》」

 マエトの言葉に、PoHはピュウと口笛を吹いた。

「嬉しいぜ、オレの相棒を知っててくれたのか」

 PoHの(てのひら)の中でくるりと回った肉切り包丁が、血のような赤黒い輝きを放った。

「あ......ぁ、あ......」

 少女が洩らした声は、恐怖で震えていた。

「大丈夫、死なせないから」

 元気付けようと声をかけたマエトに向けて、ジョニーが甲高い声で喚く。

「女の前だからって無理すんなよ! 人殺すのは得意でも、守るのは苦手なんだろぉ!?」

 ぴたりと動きを止めたマエトに、PoHも言葉を投げかけた。

「確かにな。そのせいでオマエのお友達は、こんなんになっちまったもんな」

 足元に落ちていた裂鬼を拾い、それを握った左手を振って、見せびらかすように挑発する。

「......触んな」

 呟くように言うマエト。だが、PoHの挑発は止まらない。

「相棒を目の前で殺されて、その形見は今オレの手の中にある。笑っちまうぜ!」

「────うるせぇ」

 静かな声が聞こえた直後、PoHの視界に青白い落雷が見えた。

 瞬間、PoHの左腕がポリゴンになって爆散した。

「っ!?」

 息を呑むPoH。その鳩尾(みぞおち)に蹴りが叩き込まれる。凄まじい勢いで吹き飛ぶと、PoHはその体を木に叩き付けた。

「へ、ヘッド!?」

「バカな、(はや)すぎる......!」

 驚くジョニーとザザの前で、マエトは裂鬼を回収。少女のそばの地面に裂鬼を突き立てると、呼び掛けるように言った。

「ベル。お守りみたいな使い方になるけど、この人と一緒にいてやってくれ」

 そう言って立ち上がると、マエトはラフコフ幹部3人の方へとゆっくり歩いた。

「いってぇな......」

 ぼやくように言ったPoHが顔を上げると、マエトと目が合った。

 敵意や殺意はなく、しかし穏やかさや温かさも一切ない。ただただ鋭く、どこまでも冷たい、人斬りの目──。

「っ! ......いい目するじゃねぇか。思わず一瞬ブルっちまったぜ」

 PoHの言葉に、マエトは冷たく返した。

「ベルをおもちゃにしたのはまずかったな」

 寒気がするほど静かで、しかしひりつくような威圧感を感じ、ジョニーとザザは1歩後ずさった。しかしPoHはニヤリと笑い、

「いいぜ、来いよ!」

 挑発するように呼び込む。だが、

「テメェらが来い。全員まとめて、斬り刻んでやるよ」

 マエトは逆にPoHたちを呼び込んだ。

 薄い笑みを浮かべるPoH。その後ろで、ジョニー・ブラックが部位欠損から回復した。

「そうか。なら......楽しもうじゃないか!!」

 PoHのその言葉が、殺し合いの口火を切った。

 エストックを構えたザザが、マエトに低い姿勢で突進を仕掛ける。マエトが迎撃しようとしたところを狙って、ジョニーが毒ナイフで斬りかかる。切鬼で流しながら避けるが、そこに友切包丁が地面スレスレから跳ね上がって来る。

(狭いとこだと囲まれるな)

 そう判断すると、マエトは全力で垂直に跳んだ。スピード重視で非金属防具しか装備していないマエトは、助走なしでも3メートル近くは軽く跳べる。木が密集した森の中でも、ある程度は開けた空中に逃げる。だが、

「シャァッ!!」

 そんな甲高い声が聞こえた瞬間、マエトは思い切り体を(ひね)った。ギリギリのところで毒ナイフを回避する。だが、そのせいで体勢が崩れ、いい的になってしまった。

 暗闇に燐光(りんこう)を浮かばせて打ち出された友切包丁が、軌道上に割り込んだ切鬼を叩く。短剣突き上げ技《ケイナイン》。

 弾かれたように吹き飛ぶマエトのアバター。その先には、恐怖で動けない少女がいた。

「ああっ......!」

 少女の(かす)れるような声が聞こえた。

(いや)......あの子が死んじゃう......私のせいで......!)

 だが、震える手と足は動かず、彼女の視界が涙で(ゆが)む。その時、

「死なせないって......言った!」

 白髪の少年がそう言った。同時に右足で突き立った裂鬼の(つか)を全力で蹴ると、一度開いた距離をAGI全開の突進で瞬時に詰めた。

 迎撃しようと、PoHが友切包丁を振るう。だが、マエトの方が一手早かった。

 振るわれたPoHの右腕に向けて、左腕を伸ばした。だが、マエトの左腕は先ほど切断され、左肩の断面が向けられているだけ──

 そう思ったPoHの目の前で、マエトの部位欠損が回復。左腕のジェネレートが優先され、同じ座標にあったPoHの右腕は弾かれた。姿勢が大きく崩れたPoHだが、マエトの狙いはその次だった。

 弾かれたPoHの右腕がグラリと動き、体勢が短剣ソードスキルの初動(プレ)モーションと一致。システムアシストが、PoHのアバターを動かした。下手に止めればアバターが硬直し、その隙に殺される。PoHには、ソードスキルを出しきる以外の選択肢などなかった。

 イエローのエフェクトを宿した肉切包丁が、見えない手に叩かれたかのような速度で動き出す。

 その直前、

(────ここ(・・)

 タイミングを合わせて、マエトが切鬼に紫の輝きを灯した。

 超速の斬り上げが、『技の出始めでまだ攻撃判定のない』大型ダガーを撃つ。ほぼ同時に、再び紫電が叩き込まれた。

 けたたましい金属音。その中に、ヒビが入るような鋭い音が混ざる。PoHが視線を落とすと、2連撃技《スネークバイト》を受けた友切包丁の刀身に、大きな亀裂(きれつ)が入っていた。

「っ!?」

 バックステップで距離をとるPoHに、マエトは言葉を投げかけた。

「さすがに1回じゃ無理か。けど、次は()千切(ちぎ)る」

 マエトの宣言に盛大に舌打ちするPoH。その横で、ジョニー・ブラックが(わめ)いた。

「テメェ、調子に乗んなァ!!」

 言うが早いか、ジョニーが飛び出す。頭に血が(のぼ)っているジョニーに対して、マエトは落ち着いた様子でマントの下から何かを取り出した。

 真ん中に穴の空いた、薄く平たい3枚羽の投擲系(とうてきけい)武器(ぶき)

(ブーメラン!?)

 慌てて射程外に逃げようとするジョニー。だが、マエトが投げたブーメランは、ジョニーの反対側──少女の方へと飛んでいった。

「ンだよ......(おど)かしやがって、この下手くそが!」

 再び突進するジョニーの前で、マエトは横にステップした。それによって、ジョニーの視界に少女の姿が飛び込んできた。

 彼女は今まさに、ブーメランで右足を切断されたところだった。

「なっ......!?」

 ジョニーの意識が驚きで満たされる。マエトが狙っていたのは、その瞬間だった。

 パァン!! という、何かが割れたような音。

 ダメ押しの猫だましは、ジョニーの体を大きくのけぞらせた。

 マエトが素早く切鬼を抜剣し一振りすると、ジョニーの右手と毒ナイフが宙を舞った。

「今日は右手がよく斬れるな」

 そう言うと、マエトは切鬼を水平に構えた。

 相棒が真っ二つに叩き斬られる光景を幻視したザザは、反射的に突進用ソードスキル《シューティング・スター》を発動しマエトに迫った。

 しかし同時にマエトの右手が上がり、切鬼が青白く輝く。基本単発技《バーチカル》。

 突き技に縦斬りがぶつかり、(こす)れ、エストックが弾かれた。《カウンター・パリィ》が発動し、ザザも右手と武器を失った。

「読まれて、いたのか......」

 (うめ)くように言うザザと、舌打ちをするジョニーに、PoHが言った。

「ジョニー、ザザ、ずらかるぞ」

「逃がすと思ってんのか?」

 そう言って駆け出すマエト。だが同時に、ジョニー・ブラックが少女を狙って毒ナイフを投げた。マエトが素早くパリィするが、その隙にPoHはベルトポーチから青い結晶を取り出した。転移結晶ではない、それよりも更に深い青色。

「コリドー・オープン」

 コマンドを唱えたPoHの前に、光の渦が出現した。

「緊急用のアジト直通コリドーに、剣の修理。とんでもねぇ出費だ。悪魔(デヴィル)どころか魔神(サタン)だぜ」

 忌々(いまいま)しげに吐き捨てると、PoHはコリドーの中に姿を消した。

「クッソ......覚えてやがれよ......」

「貴様は、いずれ、必ず殺す」

 憎悪(ぞうお)(こも)った捨て台詞を吐きつつ、ジョニー・ブラックとザザが去ると、コリドーは消滅した。索敵(サーチング)スキルで周囲を素早く調べるマエトだが、反応は1つもなかった。

「............ふぅー......」

 長く息を吐くと、マエトはどさりと仰向(あおむ)けに倒れた。時間にすればほんの10分ほどだろうが、それで寿命(じゅみょう)がどれだけ縮んだだろうか。

(ちょっと危なかったかな......PoHにやった崩し、ミスってたら死んでたなー)

 危険すぎた()けを振り替えっていると、頭上から声をかけられた。

「あ、あのっ......!」

 声の主は、右足を失った少女だった。ラフコフの3人がいなくなって、緊張が解けたのだろう。声を出せたはいいものの、まだ上手く喋れはしないようだ。

「すまんね、ブーメラン当てて。あれが一番虚を突けると思ってさー」

 そう説明するが、他に何をどうすればいいか分からない。内心で「うーん」と悩んでいると、

『困ってる人は助けないとな!』

 そんな相棒の声が聞こえた気がした。

(......あー、そーだな)

 やや不安はあったものの、マエトは少女に向けて笑顔を向けて言った。

「もー少し休んで、その震え止まったら一緒に帰ろーぜ」

 マエトより年上らしい少女は、しかし敬語で答えた。

「は、はいっ!」

 その様子に思わず笑みを浮かべると、マエトはトレード窓を飛ばした。きっと相棒(ベル)なら、こうするだろうと思いながら。

「これあげる。金はいらんから」

 少女がトレードを受託(じゅたく)すると、それはフード付きのマントだった。ベルフェゴールとお揃いのマントとは別の予備だが、ステータスは十分に高い。少女がメニューを操作すると、彼女のアバターがワインレッドのマントに包まれた。

(あったかい......)

 薄手のマントに大した防寒効果はないだろうが、その優しさ(あたたかさ)は彼女に安心感を与えた。

「あ、あの......」

「ん?」

 寝転がったまま自分を見上げてくる少年に、少女は笑った。

「ありがとう......ございます」

 

 

(終わり)




次回からは11話からの続きとして、原作フルシカトのオリジナルストーリーを書いていきます。オリ主×ユウキがより強くなっていきますが、それでも読んでいただけたら、あわよくば褒めていただけたら、もっと欲を言えば布教とかしていただけたら、多分作者も喜ぶと思います(他人事)。......マジ自信ねぇわーボソッ

P.S.時系列的にはデュエルトーナメントの1週間後って感じです。

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