ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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第2話 光剣の乱舞

§GGO内 SBCグロッケン

 

「相変わらず殺風景だなぁ......」

「ALOが鮮やかすぎるのも相まって、余計にそう思えちゃうわよね」

 キリトが漏らした感想に、シノンは同意した。

 《変なプレイヤー》ことマエトの話を聞き、戦ってみたいと思ったキリトは、シノンに頼んでマエトに予定を合わせてもらい、それに合わせてコンバートしたのだ。

「待ち合わせの時間まで、まだしばらくあるけど、どうする?」

 シノンに聞かれて少し考えたキリトは、

「シノンと最初に行った武器屋に行きたいかな、なんとなくだけど」

 と言った。少しばかり嬉しそうに頷くと、シノンはキリトに先立って歩き出した。

 大手の外資系スーパーを思わせる総合ショップに久々に入ったキリト達は、

「懐かしいな......」

「そうね......」

 と、しみじみ感じていた。

 店の中を何とはなしに歩いていると、光剣のコーナーに辿(たど)り着いていた。

「相変わらず高いなぁ」

 光剣の値段を見て苦笑するキリトの横でシノンが言う。

「マエトが持ってるのは......これね、《ノリムネC9》。値段自体はあんたの《カゲミツG4》と同じね」

「俺のやつより短めなんだな......ん? ってことは、マエトは光剣買うのに30万くらい使ったってことか。俺が弾避けゲームで稼いだのが30万ちょいで、その半分がこいつになったから......。そんな大金稼ぐの大変だったろうなぁ......」

「案外、あんたみたいにあのゲームで稼いだのかも知れないわよ?」

 2人で笑いながら、その弾避けゲーム《Untouchable(アンタッチャブル)!》がある方へ向かう。

 相変わらず大勢のギャラリーに囲まれているゲーム機らしからぬ大きさのゲーム機のパネルに表示されている金額は──。

「12万ちょいか、思ったより少ないな」

 キリトの言葉にシノンは答えた。

「なんでも、少し前に誰かがクリアして46万弱もかっさらって行ったらしいわよ」

 よんじゅうろくまんじゃくぅ!? というキリトの絶叫の後半は、新たなチャレンジャーに対する野次に掻き消された。

 その挑戦者は、黒髪で赤い眼の小柄な少年だった。

「マエト!?」とシノン。

「あいつが!?」とキリト。

 ウォーミングアップがてら、その場で小さくぴょんぴょん跳んでいる少年の前で、カウントダウンが始まった。

 目の前の数字が2から1になる直前、マエトは空中で体を軽く前に倒した。そして数字が0になり金属バーが開いた瞬間、消えた。

 着地の時の反発で1歩目を弾き出したのだとキリトが理解した時には、既に10メートルラインに迫っていた。

I'll kill you(ぶっ殺す)!!」とNPCガンマンが叫び、リボルバーから血の色の予測線が3本伸びる。同時に、マエトが右方上空にやや大きく、予測線をギリギリ避けられる程度の高さに跳ぶ。3つの弾丸が通過すると同時に右側の柵に着地すると、柵を蹴って飛び出した。破壊不能オブジェクトでなければ柵が壊れていたであろう勢いで一気に距離を詰めて着地したマエトに、再び3本の予測線が刺さる。

 だが、ガンマンが引き金を引くより先に、今度は前方に飛び出す。放たれた1発目の弾丸が何もない空間を貫いたのは、マエトがガンマンの左肩を「ほいっ」と気楽に叩いたのと同時だった。

 

 

「キリトの方がまだマトモな方法でクリアしてたわね」

 呆れ顔で呟くシノンに苦笑する他ないキリト。当のマエトは、手に入れたばかりの金の一部で買ったハンバーガーを「んまいんまい」ともしゃもしゃ食べていて、呆れないしは困惑するキリトらやギャラリーらにはなんの興味も向けていない。

「えっと......マエト、でいいんだよな? 俺はキリトだ、よろしく」

 とりあえずといったふうにキリトが言う。

「ふむ、あんたがキリトさんか。シノンさんから話は聞いてるよ」

「そうか、なら話は早いな。さっそくフィールドで......」

 そう言うキリトを「む、ちょっと待て」と言って制するマエト。何事かと(いぶか)しむキリトとシノンに、少年はハンバーガーのラスト1欠片を口に放り込みながらのんびり告げる。

「これ食ったら喉渇(のどかわ)いた。なんか飲み物買ってきていい?」

「あ......うん、どうぞ......」

 マエトのマイペースっぷりに言葉を失う2人。

 だが、続けてマエトが言った言葉は予想外だった。

「それに、あんたには光剣の重さに慣れる時間が必要だろ? おれがなんか飲んでる間に練習してなよ」

 確かにその通りだ。実体のある刀身を持たない光剣はアスナが使う細剣や、シリカが使う短剣と同じかそれ以上に軽い。キリトが好んで使うSTR要求の高い重い剣とは振る感覚がまるで違うため、少しとはいえ練習できるのは正直ありがたい。

「んじゃ、お言葉に甘えて」

 そう言うとキリトはシノンと共に、一足先にフィールドに出た。

 

 

 そんな訳でフィールドで落ち合った3人。

「そういえば、お前のその装備ってどうやって買ったんだ? けっこうな値段しそうだけど」

 そう言ってキリトがマエトを指差す。

 黒の防弾ジャケットに白いシャツ、黒いズボンに茶革のブーツ、黒いグローブ、ベルト型防護フィールド発生器、ナイフピストル1丁、そして2本の光剣《ノリムネC9》。全部で約30万クレジットかかったのキリトの光剣や戦闘服(ファティーグ)と同程度の装備に、プラス光剣もう1本と小銃。総額45万クレジットは下らないだろう。

 そう思ってキリトは質問してみた。すると、

「いやー、コンバートしたての時にさっきの弾避けしたことあってさ、そん時にドカンと稼いじゃって。確か......46万弱くらい」

 ──お前かい!

 という突っ込みと、

 ──やっぱりか。

 という呆れが同時に訪れて固まる2人に、マエトは言う。

「まーまー、そんなことよりさっさとやろうぜ」

 腰に吊った2本の光剣を外し、掌の中でくるくる回す。キリトも光剣をカラビナから外す。3本のエネルギーブレードが伸びたのは同時だった。

 両者が腰を落し、息を吐く。離れた場所で見守るシノンは、2人の神経が刃物よりも鋭く研ぎ澄まされていくのを感じた。

 一際(ひときわ)大きく風が吹き、フィールドの砂を巻き上げる。

 そして風が止み、視界がクリアになった──瞬間。

 マエトが飛び出した。2つの刃が空恐ろしいほどの速度でキリトに襲いかかる。

 持ち前の反応速度でパリィしようとしたキリトだが、それを見たマエトが、

「え?」

 と、間の抜けた声を出した。

「「え?」?」

 その声に釣られて声を()らしたキリト。その直後、3本のエネルギーブレードが衝突(しょうとつ)し──途端(とたん)、雷鳴のような衝撃音が響き、同時に2人の剣士が互いに弾かれた。

 砂の上に勢いよく倒れ込むと、キリトはガバッと起き上がった。

(な、なんだ今の!? パリィしたら思いっ切り吹っ飛ばされたぞ!?)

 それと同時に、少し離れた場所で起き上がったマエトは、頭を軽く振りながら息を吐いた。

(びっくりした......。この人、光剣の仕様知らんかったのか)

 SAOやALOにおいて、金属剣での攻撃には移動と同じく重力に基づく慣性がシュミレートされている。ゆえにガードやパリィといった行為が可能なわけだ。

 対してGGOのフォトンソードは、その物理的質量が限りなくゼロに近いため、攻撃時の慣性はシュミレートされていない。複数のエネルギーブレードが衝突した場合、打ち込んだ打ち込まれたに関わらず、双方に等しい斥力(せきりょく)が発生する。キリトとマエトを弾いたのはこれだ。

(自分より速い相手に対して、ガードができないっていうのはキツいな......)

 そう考え、しかし立ち上がるや、キリトはマエトに斬りかかった。素早く何度も光剣を振るい、連撃を仕掛ける。

 それらを一通り(かわ)すと、マエトも反撃に移った。キリト同様、連撃を仕掛ける──というより、この場合それしかできないのだ。

 ガードもパリィもできないのであれば、ひたすら回避と攻撃あるのみ。純粋な反応とスピードの世界だ。

 単純なスピードなら、キリトよりもマエトの方が速いだろう。だがこの場合、重要なのは攻撃速度よりも反応速度だ。その点において、キリトは圧倒的に優れていると言っていい。

 世界でトップクラスに長いフルダイブ経験をもつSAOプレイヤーの中で、最大の反応速度を誇ったのだから。

 紫と青の光刃が乱れ舞う光景。その暴力的な美しさに、シノンは思わず息を呑んだ。

 そのとき、集中していたキリトの意識が驚きに犯された。マエトが右手のノリムネで、キリトの攻撃をガードしたからだ。

 逆手に握られた光剣の青いブレードと、振り下ろされた紫のブレードがぶつかり、互いが弾かれる。

 姿勢を崩したキリト目がけて、マエトは左手のノリムネを投げた。回転しながら飛来する剣をギリギリで回避すると、キリトは即座に突進した。

「オオオオッ!!」

 雄叫びを上げて駆ける剣士。その目が、マエトの左手で何かがキラリと光るのを見た。キリトが見慣れた、金属製の刃の輝き。

(ナイフか!)

 マエトの左手に握られた得物(えもの)の正体に気付いたキリトは、次いで違和感を覚えた。

 マエトが持っているのはナイフで間違いない。問題はその構え方だ。

 腕を真っ直ぐに伸ばし、キリトにナイフの刃を差し出すように突き出している。あんな構えでは、攻撃も防御もできはしない。

 そう思った次の瞬間、キリトのアバターに3本の赤い光線が刺さった。GGO特有の防御的システムアシスト《弾道予測線(バレットライン)》。その発生源は、マエトが持つ小さなナイフの(つば)だった。

(ナイフから予測線!? そんなことが......!?)

 再び驚きに支配された意識の中、滅音された銃声が3度鳴った。近距離から放たれた3発の22LR弾のうち、キリトが光剣で防げたのは最後の1発だけだった。胸と肩から、赤いダメージエフェクトが飛び散る。

「くそっ......!」

 毒づくキリトだが、ダメージ自体は大したことはない。このまま零距離まで突っ切れば、リーチで勝る自分の攻撃の方が先に届く。

 そう考えたキリトの目の前に、マエトが躍り出た。弾丸をガードするために剣を振ったことで前が空いたキリトに向け、全速で突き技を放つ。

 この(すき)を作るために、わざと弾丸をガードさせたのか。

 マエトの狙いを悟り、キリトは薄く笑った。この少年は、戦い方が上手い。

(だからって、負けるつもりはないぜ!!)

 内心でそう()えると、キリトは剣を横に振った右腕をそのまま引き絞った。鋭く踏み込み、全力で突き出す。

 ジェットエンジンじみたサウンドエフェクトが響き、青紫色のエネルギーブレードが宙を焼く。

 片手剣単発重攻撃技《ヴォーパル・ストライク》。

 偶然か否か、マエトとキリトの突き技のフォームは同じと言っていいほどに似ていた。

 だからこそ、より刀身の長いキリトのカゲミツの方が先に届く。

 離れた場所から観ていたシノンはそう予想し──あるものを見た。

 マエトの左手のナイフピストル。逆手に握られたそれの刃が、キリトの右腕に突き立てられているのを。

 突き技の軌道がズレたことで、マエトは攻撃を喰らうことなく相手の(ふところ)へと飛び込んだ。

 青白い光刃が、キリトの胸に突き刺さる。

 その直前、

「おぉ......らぁぁああああッ!!」

 獰猛(どうもう)極まりない咆哮(ほうこう)と共に、キリトがカゲミツを横なぎに振り抜いた。鍛え上げたSTRに飽かせて、力ずくで押し切ったのだ。

 一瞬遅れて、ノリムネの刀身がキリトのアバターを(つらぬ)いた。

 急激に短くなる2つのHPバー。

 そのうちの片方が──マエトのHPバーが先に消滅し、2秒遅れでキリトのものも消滅した。

「............はぁ......」

 緊張の糸が切れて地面に膝を着くシノンの前で、3本の光剣が乾いた音と共にドロップした。

 

 

「うーむ、惜しいとこまでは行った気がしたんだが......残念だ」

 そう言うマエトに、キリトは掛け値なしで答えた。

「いや、あれは俺もヤバいって思ったよ。最後は正直ギリギリだったしな。ナイフ型の銃があるなんて思ってもみなかった」

 にしし、と歯を見せて笑うマエト。

「いやー、GGOでこんな戦いが出来るとはなー。ありがとうフォトンソード、ありがとうザ・シードネクサス、ありがとうコンバートシステム」

「俺とシノンは!?」

 そんなやり取りをしている2人の前に、ずいっと差し出される黒と白の筒。光剣を回収したシノンが微笑んでいた。

「お疲れ様、いいバトルだったわよ。キリトも、おめでとう」

 シノンからカゲミツを受け取りつつ、キリトは唸る。

「うーん......確かにさっきは勝てたけど、次やったら勝てる自信ないなぁ......。負けるつもりはもちろんないけど、俺の方が強いって言えるかってなったら......うーん」

 少々本気で考え出すキリトは置いておいてマエトを振り向く。

「あんたはどう?」

「そーだねー、とりあえず楽しかったよ。次やったら勝てる気がする。......あー、でも10本勝負したら、8:2とか7:3で負けそうな気もするなー」

「ふーん......」

 

 

「あんたにしては随分と弱気な感想ね」

 現実の方で用事があると言ってログアウトしたマエトを見送った後、シノンはキリトに言った。キリトは頭をがしがしかきながら、

「いや、あいつの動き読みづらくてさぁ」

「読みづらい?」

 怪訝(けげん)な表情を浮かべるシノンに、キリトは白熱して飛びかけた戦闘中の記憶を、どうにか引っ張り出しながら説明した。

「えっと、うっかりでも攻撃が入ればそれが死ぬ危険性に繋がるSAOの対人戦では、ALOやGGOでのそれ以上に相手の動きの先読みが求められたんだ。剣の位置やアバターの重心から相手の出方を、視線から攻撃軌道を予測したりな。だから対人戦で相手にそういう情報を与えるのは致命的なミスに繋がるんだけど......」

 キリトはそこで言葉を区切り、シノンの眼を見て口を開いた。

「マエトの......あいつの動きには、それらがほとんどないんだ。攻撃前のモーションは全て極小、何一つ読ませてくれない」

「読ませて、くれない......」

「あぁ。それにどんな相手でも人間である以上、戦闘中の一挙手一投足には少なからず気配がある。ほら、シノンも相手の動きに感情を感じたこととかあるだろ?」

「えぇ」

 GGOでもALOでも狙撃による援護を担当するシノンだが、仲間が対峙している相手の動きに敵意や殺気といった感情を感じたことは何度もある。

 それを肯定したシノンに、キリトはこう言った。

「でもマエトの攻撃には、そういう攻撃の意思を感じられなかった......全ての攻撃に、一切の殺気が伴ってないんだ。予備動作の観察だけじゃなく、経験と勘でも動きが読めない......」

「そ、そんな......」

 茫然と呟くシノンに、それにもうひとつ、と付け加えるキリト。

「あいつの攻撃は、どれもが敵を素早く正確に倒すためのものばかりなんだ。首や心臓といった急所を狙って即死させたり、手足を落として戦闘不能にしたりといった、超実戦型の動きなんだ」

 先読みができず、瞬間的な反応でしか対応できない。だがそれが間に合わなければ、急所を狙われて即死。

 のんびりマイペースな少年からは想像もできないような話に、シノンは驚く。

「でも、ほとんどなんでしょ? ある程度なら読めるのよね?」

 だが、キリトはかぶりを振った。

「確かに、たまに読める動きをすることはあったよ。それで反撃も挟める、けど......」

「けど?」

 シノンが続きを求めると、キリトは戦闘中を思い出したのか悔しそうな顔で言う。

「俺がどれだけ速く反撃を挟んだり、マエトに隙を作らせてそこを攻めても、全て対応されるんだ。予測とはまた違う、それすらも超えるほどの対応力。恐らく対人戦闘の経験値は、俺やアスナ、リーファたちも置き去りにしてる」

 のんびりした少年の底知れなさに、シノンは思わず身震いした。

 いったいどこでそんな実力を身に付けたのだろうか。

 シノンだけでなく、キリトもそう考えたらしく、「うーん......」と唸っているが、考えたところで分かるものでもない。

 その結論に至ったキリトは、思考を切り替えるように声を出した。

「さっ、俺達もALOに戻ろうぜ。アスナやユイに、今日の勝負の話をするって約束してるんだ」

 そう言って笑うキリトに、シノンも(うなず)いた。

「そうね。アスナとユイちゃんに、あんたの武勇伝を語って聞かせなきゃね」




次回 2つの再会

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