ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア 作:Maeto/マイナス人間
「本当にいいんですか?
「はい、先生」
「僕はやはり、
「......確かに、とー君にもアスナにも、言っておいた方がいいのかも知れないです。もしかしたら後で怒ったり、泣いたりしちゃうかもって、ボクも思います」
「それなら......」
「でも、2人なら......きっと最後には笑ってくれるって、ボクはそう信じてます。だから、
「......
「はい」
Re:12話 旋剣七不思議
新生アインクラッド第22層。その
だが、地面だけでなく、木の
「待てぇーっ!!」
とユウキが叫ぶと、マエトは木の枝に片手でぶら下がって止まった。
「ほい」
余裕の態度を見せるマエトに向けて、ユウキはダッシュの勢いそのままにジャンプした。突進の速度も剣速もソードスキル並だが、マエトは素早く枝の上に避難した。ユウキが着陸する前に、次から次へと別の枝に飛び移る。やや遅れて着地すると、ユウキはマエトを追いかけた。
3日前に思いつきで始めたこの鬼ごっこは、簡単に説明すると、『鬼は5分以内に相手のHPを半減させたら勝ち。追われる方は逃げる以外の一切の行為(武器や魔法、アイテムの使用、飛行等)禁止』というものなのだが、ユウキはまだ一度も勝っていない。
現実世界の鬼ごっこのような、平面でのスピード勝負ならば自信がある。
だが、足場だらけの森の中で、立体的な機動力においてユウキの
(1回キリトやアスナとやったときは勝てたのに......!)
内心でそうぼやきつつ走るユウキに、枝の上からマエトの声が降ってきた。
「3分経ったよー。ちょーどラーメンができる時間だねー」
よく
(あと2分......どこかでソードスキルを当てて、一気に勝ちに持ってってやる!)
そう意気込み、ユウキは再度叫んだ。
「待てぇーっ!!」
「それで、今日もユウキがご飯おごることになったんだ......」
森の家のリビングで鬼ごっこの結果を聞いたアスナは、苦笑いしながら言った。
「うぅ~......。とー君バッタみたいに飛び回るから、追いかけてても逃げててもどう走っていいかわかんないんだよぉ~」
「そんなすぐ読まれるような動きしてたら、おれは今こーして美少女2人と楽しくお茶なんかできてないよ」
「俺もいるんだが......」
キリトが微妙な顔で呟くと、アスナがその頭を軽く撫でて
夜はもちろんだが、昼でも見通しが悪く、人通りもあまり多くない。そんな森の中は、まさにPKに打ってつけの場所だ。無論それは旧SAOでも同じことで、犯罪行為、特に殺人の半分近くは森の中で行われたと言っていい。
つまり、森の中はマエトにとってもホームグラウンドなのだ。マエト相手に足場の豊富な環境での立体戦闘となると、
ふと旧アインクラッドでのマエトの苦痛や苦労を思って
「うわぁ~、アスナ聞いた? とー君、ボクたちのこと美少女だって! なんか照れ臭いけど嬉しいね!」
「う、うん」
下手に
そう思ってアスナは
「これで、マエトくんの七不思議が1つ明らかになったわね」
それを聞いて、マエトが首を傾げた。
「七不思議? なにそれ?」
「前にリズが言ってたのよ。マエトくん......って言うより、《
「なにそれ......」
同じ台詞を、今度はげんなりしたようなニュアンスで言うマエト。その隣でユウキが、興味津々といった様子で訊ねる。
「他は!? 残りのはどんななの!?」
「えーと......《旋剣・鞘の位置独特伝説》、《旋剣・絶剣と仲良すぎ伝説》、《旋剣・OSSチート伝説》、《旋剣・回転斬り
記憶を
「機動力も回転斬りも、どっちも経験と努力に裏打ちされた技術ってだけだよ。鞘だって、抜きやすいとこに装備してるだけだし」
「ボクやアスナみたく、腰の横には装備しないの? けっこう抜きやすいけど」
「抜きやすくはあるけど、腰に鞘あるとダッシュの邪魔だもん」
「
「む......確かに」
そしてこの会話の様子を見れば、2人が長い付き合いであることは明白で、ただ純粋に仲がいいのも見てとれる。あまりにもあっさりと、七不思議の過半数が解決した。やや困惑しつつ、キリトはアスナに訊ねた。
「それよりも、OSSチート伝説ってどんななんだ?」
素早く視線を向けてくるマエトにも頷き、アスナはリズベットが言っていた
「なんでも、マエトくんがわたしに突き技を教わって作ったOSSが、ソードスキルのクールタイムを無視しているって話らしいの。何かしらのチートツールを使って、ソードスキルを連続発動してるって」
アスナの説明を受け、キリトはデュエルトーナメント準決勝のことを思い出した。現時点では、あの時にキリトに対して発動したのが最初で最後のため、マエトのOSS第2号《リベリオン・バーク》を身をもって体験したのはキリトだけである。
(確かに、1回目の後ほとんどノータイムで発動してた感じだった......いやでも、システム的にそんなチートが可能なのか......?)
本格的に
「それで、実際はどうなの?」
その問いに、インプの少年はメニューを操作しながら、呆れたように答えた。
「してる訳ないじゃん、チートとか。それ多分こいつのお陰だよ」
言いつつマエトは、ストレージから2振りの愛剣をオブジェクト化した。それぞれをタップしてプロパティを表示すると、切鬼のプロパティをキリトとアスナに、裂鬼のプロパティをユウキに見せた。キリトが窓を覗き込んで、文を読み上げる。
「【《冷却短縮》発動したソードスキルのクールタイムを、最大50%短縮する。短縮率は、プレイヤーレベルと装備の強化率に依存する。】か......」
向かい側で、ユウキも読み上げる。
「こっちも似たような感じだよ。【《発動加速》発動するソードスキルの発動速度を、最大50%加速させる。加速率は、プレイヤーレベルと装備の強化率に依存する。】だって」
マエトは切鬼と裂鬼をフル強化しているため、両方の性能が最大まで発揮される。つまり、ソードスキルのクールタイムが相対的に短く感じられるという訳だ。
納得したように頷くと、ユウキは言った。
「これで、とー君の七不思議があと2つになったね! 頭良すぎ伝説と、見た目スプリガン伝説だっけ?」
「どっちも解らんのだけど」
とぼやくマエト。そんな彼に、アスナは言った。
「わたしは頭いいと思うわよ。先読みの精度もすごく高いし、いつもびっくりするような戦い方するんだもの。今まで会った誰よりも発想力が柔軟で、本当にすごいわよ」
アスナの言葉に、キリトも同意を示した。
「確かにな。どうやったらあんなに作戦をいくつも思い付けるんだ?」
「ボクも気になる!」
ユウキにまできらきらした目を向けられ、マエトは頭をかいた。
「そー言ってもなー、相手を崩す手を思い付くだけひたすら考えてるだけなんだよねー」
「いや、えーと......考える上で何を意識してるんだ?」
キリトが言い方を変えると、納得しつつマエトは再び
「何を......んー。相手が意識していなさそーなこと、とか?」
なかなかに
「それってつまり......相手が『これはやらないだろうな』って思ってそうなことをするってこと?」
アスナが
「それもダメ。やらなそーって思ってる時点で、もう意識向いてるから。考えてもない......考えたこともないよーなことだねー」
平然とそう言ってマグカップを
「それ、めちゃくちゃキツくないか......? 相手のほとんどは初見だから、どんな考え方するやつかなんて分からないだろ?」
「うん、全然。知らないやつ相手だとスピードでゴリ押しする方が楽」
キリトの言葉はあっさり認められた。
「相手をよく観察して、自分の手札と相手の手札を確認して、お互いがそれぞれどーゆー時に有利かを考えるの」
「ふんふん、なるほど......。よく観察する、と......。観察する時のコツってある?」
そう訊ねたユウキに、マエトは少し考えて助言した。
「んー、あんま集中しないことかなー。集中しちゃうと一点だけ見ちゃうから、観察しても得られる情報少ないし、フェイントにも引っ掛かりやすいしで、いいことないから」
常に全体を見て、自分の得意な、有利なフィールドに引き込む。そのために相手の情報をかき集め、頭の中で適当なことを好き勝手に考える。
そう説明したマエトに、3人は感心と困惑が半分ずつといった奇妙な表情で頷いた。
(適当なこと好き勝手にって......。それでお前のレベルになるには、センスだけじゃなく相当な努力が必要だろうな......)
そう思うキリトの前で、「あと」と前置きしてインプの少年は言った。
「先読みの精度は観察の正確さとそれで得た情報の多さ、あとは何となくの勘がちょっとだけ。これが大事かな。早い段階から先読みして動き出しを早くすれば、機動力も相対的に上がるしね」
「さらっと難しいことを言うな、お前は......」
アスナとユウキの心の声を代弁すると、キリトは切り替えるように言った。
「じゃあ、後は見た目スプリガン伝説だけど...... 確かにマエトのコートは、どっちかって言うとスプリガンっぽいな」
その言葉に、少女2人はマエトのコートに視線を注いだ。インプは基本的に、紫色を基調とした装備の者が多い。紫色の
「言われてみればそうね......」
「ほんとだー」
と呟くアスナとユウキに、キリトが頷く。3人が顔を上げてマエトを見ると、インプの少年は説明した。
「そりゃーね、これスプリガン領まで行って買ったんだもん」
「え?」
疑問の声を上げる3人に、マエトはALOにコンバートしたての頃を思い出して言った。
「ALOにコンバートして、その辺の人から特別にALOの全体マップのデータもらってたらさ、『スプリガン領のショップで売ってる、幻影魔法にボーナスがつくコートがけっこう高い』って話してる人がいてさ。幻影魔法かー、
「高いって話だったんだろ? コンバートしたてでよく買えたな。誰かに借金でもしたのか?」
キリトが訊くと、マエトはかぶりを振った。
「んーと......順を追って話すとね、実はおれ、最初間違えて逆方向行っちゃってさ」
それを聞いてアスナはALOの全体マップを脳内で広げた。インプ領からスプリガン領へ行くには、ウンディーネ領を通過する必要がある。その逆方向となると──。
「って......マエトくん、あなたサラマンダー領の方に行ったの!?」
「うん」
しれっと頷くと、マエトは頭をかいた。
「で、領内に入りはしなかったけど、その手前でPKに襲われてさ。ほら、なんか
似たような体験をしたキリトは、何も言えずに
「で、そいつら返り討ちにして......」
「ちょっと待って!」
割り込んだアスナは、半信半疑といった表情でマエトに
「返り討ちって、あなたそのとき初期装備だったんでしょ? いったいどうやって......」
マエトは「えっとねー」と言うと、アサシンコートの
「コートとかマントとかスカートとか、こーゆーのがヒラヒラするってことは、現実世界ほどじゃないけど、こっちの世界にも重力がシュミレートされてるってことでしょ?」
コートの裾をヒラヒラさせながら言うマエトに、キリト達は頷いた。
「ってことは、PK連中が動くとメットが浮いて、メットと鎧の間に隙間ができるでしょ? だから走り回って、追いかけようと動いた連中のメット下の隙間に、ブレード
事も無げに言うが、ヘルメットが浮いて鎧との間に隙間ができる時間なんて、文字通りの一瞬だ。しかも相手がその間止まってくれている訳はない。
初期装備でPKを返り討ちにしたという点ではキリトと同じだが、それ以上のスピードと照準力がなければ、到底不可能な
「で、全員返り討ちにして、今度こそスプリガン領行って、PKが落としてった鎧やら槍やら売ったらこれ買えた」
迷子の
「そ、それで......そのコート、幻影魔法にボーナスって、どれくらいなんだ?」
訊ねたキリトに答えず、マエトはメニューを操作した。装備フィギュアを操作すると、しゅわんっという涼やかな音と共に、黒のアサシンコートが紫の初期装備に変化した。
「使ってみれば?」
そうマエトが言うと同時に、キリトの前にトレード窓が表示された。少し悩んだが、コートの
「じゃ、
そう言ってトレードを受けると、キリトのストレージにコートが収納された。トレード窓からストレージに移動し、まずはコートのプロパティを見る。
「『正式名《シャドウイ・コート》、幻影魔法の成功率+45%』か......。けっこう高いな。この数値でマックスみたいだな」
キリトが読み上げると、隣でアスナが言う。
「シャドウイは、《影のような》とか《はっきりしない》って意味ね」
アスナの説明に、「ふむふむ」と
「な、なにぃぃぃっ!?」
突然大声を出したキリトに、アスナが文句を言った。
「ちょっとキリトくん! びっくりしたじゃない!」
「いや、だってこれ......!」
そう言ってキリトは、ウィンドウをアスナにも見えるように移動させた。
「な、何よこれ!?」
「え、何? ボクにも見せて!」
そう言ってアスナのところまで走ると、ユウキもウィンドウを見た。
そこには、キリトが先ほど読み上げた文章の他に、もう1つの文章があった。
『最大耐久値の50%を消費することで、幻影魔法《ミラージュ・サクリファイス》を即時発動できる』
「ミラージュ・サクリファイス......ミラージュは
首を傾げるユウキに、アスナが解説する。
「サクリファイスは《
それを聞いたユウキは、まず目をパチパチさせ、次いで驚きの声を上げた。
「ええっ!? そ、そんな効果があるの!?」
幻影魔法に一番密接なスプリガンであるキリトも、ウィンドウを睨みつつ
「しかも即時発動ってことは、スペル
「欠点があるとしたら、
「それはお前だけだよ......」
サラマンダーのPK集団の装備を売り飛ばしてやっと買えるという値段も、この性能ならば納得だ。
そう思ってキリトは、シャドウイ・コートを装備した。幻影魔法の
「おぉ......。これ、すごいな」
思わず感嘆しつつ、キリトはマエトにコートを返した。そこで、ふとアスナが訊ねた。
「でもマエトくん、今まで幻影魔法なんてほとんど使ってないんじゃない? わたしたち、君が幻影魔法を使ってるとこなんて見たことないし」
「確かに、ボクとのデュエルでも、魔法なんて1回も使ったことないし......」
記憶を
「まぁサクリファイスはいざって時の奥の手だし、あとそもそも幻影魔法使うよーな状況になったことまだないし......」
その言葉に、ユウキがピクリと反応した。今まで幾度となく
いきなり勢いよく立ち上がると、隣でクッキーに手を伸ばそうとしているマエトにまくし立てた。
「とー君、デュエルしよう! 今すぐ!!」
「え」
「ほら早く! 行こ!」
そう言ってユウキは、マエトの腕を引っ張った。なおもクッキーに手を伸ばそうとするマエトだが、ユウキの意外なSTRと《早くデュエルしようオーラ》がそれを許さなかった。
「幻影魔法使うくらいまで、限界までとー君を追い込んでやるー!!」
という少女の叫びと、
「おやつ......」
という少年の呟きに、キリトとアスナは困惑する他なかった。
次回 エアロファイト