ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア 作:Maeto/マイナス人間
「んあぁ~!
「片手
褒めているのか嫌みを言っているのか判りにくいマエトの発言に、「そうかなぁ、えへへ~」と頭をかいて照れるユウキ──褒め言葉だと
「ほーら、休憩するならお
「それにしても、いい飛びっぷりだったよー。文句なしの合格点あげるよ」
ログハウスに入ってテーブルを囲むと、師匠リーファは弟子に向けて言った。
「いえいえとんでもない。師匠の指導のお陰です」
と
「そういうこと言うときはクッキー食べる手を止めようね」
「美味しいよ」
「いや、知ってるよ」
どこかズレたマエトの言動に突っ込むと、リーファは思い出したように
「そう言えば、なんであたしに頼んだの? あたし空中戦でユウキに負けちゃったし、強さ的にも親密さ的にも、ユウキにお願いした方が早かったと思うけど」
その問いにマエトは、それも考えたんだけどねーとモゴモゴ
「ユウちゃんよりリーファさんの方がキャリア長いから、細かいとこまで知ってそうだったのと、あとユウちゃんも空中戦強いけど、それ、経験に裏打ちされた技術ってよりはセンス任せなとこがあるから」
「あぁ、なるほど」
と口にするリーファだが、キリトやアスナも一様に納得していた。
その強さと環境への慣れゆえに忘れてしまいがちだが、ユウキはALOに来てからまだそこまで日は経っていない。どちらかと言えばまだ新参の方だ。いかに
それよりも、ALOでの長い経験と、それによって
と、キリトたちが納得したとき、
「あとユウちゃんに教えてもらうと、『こう、グッって閉じて、バッっと開いて、ギューンって感じ!』みたいな教え方されそうな気がして」
──あぁ......、やりそう......。
マエトに元気かつ無邪気な声でそう言うユウキの姿が脳内にありありと思い浮かび、思わず
「うーん......確かに、
あははと笑うと、ユウキはソファの上でうーんと手足を伸ばした。
「それよりもボクは、とー君とのデュエルが地上戦だけじゃなくて、空中戦でもできるようになったのが
にこにこ笑顔のユウキの言葉に、ユウキの次くらいにマエトとよくデュエルをしているキリトが、不安そうな笑みを浮かべた。
「俺はむしろ、マエトのフェイントの手段が増えたことに不安を感じるよ......」
先ほどの戦闘でマエトが見せた、翅を利用したフェイントを思い出してぶるりと震えるスプリガンに、リーファが同意した。
「ほんと、あたしもお礼デュエルしてるとき何回もフェイントに引っかかったもん。よくあんなに色々思いつけるよね」
「リーファちゃん、お礼デュエルって何?」
聞き慣れない単語に首を傾げたアスナに、リーファが説明した。
「あたしが翅の使い方を教える見返りとして、マエト君に練習終わりに毎回デュエルしてもらってたんです、1本勝負で」
いい練習になるんですよねー。と言うシルフに、キリトやアスナは
高い機動力と攻撃速度。それを
言い換えればそれは、マエト相手のデュエルでは、ソードスキルに頼らずに戦う地力が試されるということだ。
事実、本来なら派手なライトエフェクトやサウンドエフェクトで会場が満たされる統一デュエルトーナメントの東ブロック準決勝で、キリトはマエト相手にソードスキルをほとんど使わずに、地力で戦っていた。
(ユウキとの決勝ではソードスキルをばんばん使えたなぁ......、あれはもう本当にスッキリしたなぁ......)
などと、ド派手な大技ソードスキルをユウキとぶつけ合った決勝戦をキリトが思い出していると、
「──ふふっ」
隣でウンディーネの少女が不意に笑った。
「どうしたんだよアスナ、急に笑い出して」
そう
「前に、黒いコートを着て剣を2本持ってるマエトくんを見て、キリトくんに似てるなーって思ったことがあったんだけど、今にしてみると全然違うなーって思って」
一度そこで区切ると、アスナはキリトとマエトの間で視線を
「キリトくんはスピード型の剣士だけど、重い剣が好きでSTRを鍛えているから、武器の重さとパワー、スピードが乗った重い連撃が持ち味でしょ? 戦闘スタイルも、大技を連発する方が好みだし」
そう言ったアスナに、マエトの隣に座るユウキが続いた。
「逆に、とー君は機動力と動きのキレを重視した、完全なスピード型だよね。正面から剣をぶつけ合うよりも、鋭く踏み込んで一撃で
「アグレッシブ?」とアスナが助け船。
「そう、ソレ! アグレッシブ!」
と元気良く言うユウキ。リーファも記憶をを引っ張り出してニヤニヤ笑う。
「あたしとお兄ちゃんが、まだお互いのリアルに気付かないで一緒にプレイしてたとき、お兄ちゃん言ってたもんね。『戦闘中にキレて記憶が飛ぶことがある』って」
むぐっと言葉を詰まらせ、「い、言ったけどさぁ......」とブツブツ言うキリトを無視して、リーファは続けた。
「マエト君は、静かに
アスナとユウキがうんうんと頷く横で、「いや、まぁそうだけどさぁ......」とキリトが複雑そうな顔をする。
だが、マエトはリーファたちの予想を否定した。
「そんなことないよ。GGOにコンバートして以降はしたことないけど、SAOの中では2~3回くらい暴走したことあるよ」
「えっ......?」
と小さく驚くキリトたちだが、すぐにハッとした。
キリトとアスナ、ユウキの3人は、マエト本人から直接聞いている。目の前で相棒を殺された彼が、怒りと殺意に身を侵され、4人のレッドプレイヤーを殺害したことを。
キリトがそのことを口にすると、マエトは「それだけじゃないよ」と言った。
「そん時も含めて2~3回なんだけど、ベルを殺した......って言ったら、まぁ連中全員がそうなんだけど......ラスト一撃を入れた──ベルにトドメを刺したやつと似たような見た目したやつを見かけると、どうしても思い出しちゃってさ」
「「「──ッ!?」」」
つまり、ベルフェゴールにトドメを刺したレッドプレイヤーと似た装備のプレイヤーを見かけると、記憶がフラッシュバックして、マエトは暴走してしまうということだ。
基本的にレッドプレイヤーは、派手な格好はしない。特徴的ではあるものの、暗闇で気付かれないように地味な格好をする。SAOでは
だが──
「......マエト。嫌なことを思い出させるけど、そいつの見た目を教えてくれないか?」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん......」
止めようとするリーファだが、逆にそれをアスナが制する。
「ううん、リーファちゃん。わたしたちも知っておいた方がいいと思う。万が一それと似た装備のプレイヤーがいたら、先にわたしたちが気付けたらだけど、何とかしてマエトくんから遠ざけられるもの」
「あっ、そうか......」と納得するリーファとユウキに、キリトが補足する。
「SAOではPKに間違われないように、そういう格好をするやつはオレンジカーソルにしかいなかったけど......」
「そっか......。ALOだと、ロールプレイでそういう装備をしてても、問題ないもんね......」
ゆっくりと頷くと、キリトはマエトに向き直った。黒い瞳の中に申し訳なさのようなものを見て、マエトはかぶりを振った。
「そんな申し訳なさそーにしなくていーよ。むしろ
そう言うと、マエトは記憶を
その直前に、ログハウスのドアがカチャッと開き、3人の少女が入ってきた。
「邪魔するわねー」とリズベット。
「こんにちは」とシリカ。
「きゅるっ」とピナ。
「お邪魔します」とシノン。
最後に
「リーファさん、ユウキさん、マエトさん、こんにちは!」
3人がそれぞれ挨拶を返すと、それを待ってアスナが口を開いた。
「リズ、しののん、シリカちゃん、いいところに。実は、聞いてほしい話があるの」
「なるほど。確かにそれは、聞いておいた方がいいわね」
アスナが説明を終えると、シノンが冷静に言った。彼女自身、銃をきっかけとしたPTSDの症状に苦しめられた経験があるため、その瞳は特に真剣だ。リズベットとシリカも、すぐに話を聞く体勢に入る。
全員の視線を一身に浴びると、マエトは前置きした。
「最初に言っておくと、装備の見た目・色・パーツが合ってるだけなら、暴走1歩手前くらいでギリギリ耐えられるの。武器の種類まで同じだったら一気に来る。それを先に言っとくね」
少年の説明に、全員が無言で頷いた。
武器──相棒の命を奪った凶器が、暴走の最後のきっかけになるというのは、納得できる話だ。見た目だけでも暴走に近い状態まで行ってしまうのはかなり危険ではあるのだが、それでも武器種さえ違えば耐えられるというのは相当な精神力だ。
マエトは深く息を吸うと、血塗られた記憶を呼び起こした。
「装備は、全部レザー系だった......。ボロボロの、薄暗い緑のフーデッドマントに......、両腕に、
だが、心配そうな目線を向けられながらも、マエトは再び口を開く。
「それで、武器種は......」
ここからが特に
「武器種は、バスタードソード......。サイズ的には、リーファさんの剣より、少し短い、くらい──ッ!!」
瞬間、
「とー君!!」
ユウキが名前を呼ぶと、マエトは弾かれたように目を開いた。顔に汗を浮かべ、荒い呼吸を繰り返す。ひょいと顔を上げると、マエトは首を傾げた。
「なんかずいぶんと心配そうな顔してるね、どしたの?」
いつもと変わらない調子で
「だって、マエトくん......あなたいきなり
「なんのことでしょー」
アスナの言葉を
見た目を思い出すだけでここまでなのだ。万が一似たようなプレイヤーに出くわそうものなら──。
(これは......ヤバい)
全員がそう思ったことで、ログハウスに
「マエトさん。お2人が襲撃されたのは、いつ、何層でか覚えていますか?」
その問いに、マエトはきょとんとしたような顔をしたが、すぐに答えた。
「えっと......2023年の11月9日、17時30分に、47層で」
「解りました、ありがとうございます」
再び首を傾げるマエトだが、ハッとしたような顔をすると、メニューを開いて時刻表示を見た。
「あっ、もう16時15分じゃん。タイムセールに遅れる!」
急げ、卵が売り切れちゃう! と言いながら、唐突にマエトはログアウトしていった。
「タイムセールって、あの子、一人暮らしでもしてんのかしらね......」
「親御さんの帰りが遅いとかで、代わりに買い物に行ってるんじゃないですかね?」
などと言って、リズベットとシリカが空気を軽くしようとするが、全員の
再びの沈黙を、今回もユイが破った。
「──皆さんがご存じのとおり、わたしは旧アインクラッドで、《メンタルヘルス・カウンセリング・プログラム》の試作モデルとして、全プレイヤーの精神状態をモニターしていました」
キリトの頭から飛び立ち、中央でホバリングしながら全員に向けて話す。
「旧SAOのカーディナル・システムは、
数秒だけ目を閉じて記憶を
「わたしの方で旧SAOでの記憶を辿ってみたところ、マエトさんが先ほど言っていた2023年11月9日の17時30分に、第47層の
そこで再び目を閉じると、ユイは
「そしてその3秒後に同じ場所で、それまで観測されたものとは
それがマエトのことであるのは、もう明らかだった。思わず
「カーディナルが保存したRAWデータの中には、ベルフェゴールさんがマエトさんに向けて感情を発した瞬間、その近くにいた数名のプレイヤーの情報も含まれていました。その中から、わたしの記憶を頼りに、マエトさんの言っていた情報と一致する装備のプレイヤーを識別、
ユイが提示したウィンドウを見ると、そこには1人のプレイヤーが映っていた。
フードを
ホロウィンドウを
「ユイ。その画像データを、俺の
「はい、解りました」
ユイに無言で
かつてレッドプレイヤーと相対したときに感じたものと共通する、表現しがたい嫌な感じが、キリトの胸の中で
現実世界の体に意識が戻った
だが脳裏には、自分を心配そうに見つめるユウキたちの顔が浮かんだ。
不覚だった。あまりにも久々にあの記憶を掘り起こしたせいか、まさか無意識に剣を抜いてしまうとは。
何の変哲もない普通の手だが、智也にはその手が、血で赤く染まっているように見えた。
「............くそ」
次回 騒動