ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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マエトのとある秘密が明らかになります。


第14話 危惧

「んあぁ~! (くや)しい! でも楽しかった!」

 蘇生(そせい)を終えた途端(とたん)に大きく伸びをしながら言うユウキに、マエトは笑った。

「片手()けて(はね)広げただけでキレーに(えさ)にかかってくれるとか、ユウちゃんってほんと素直でいい子だよね」

 褒めているのか嫌みを言っているのか判りにくいマエトの発言に、「そうかなぁ、えへへ~」と頭をかいて照れるユウキ──褒め言葉だと解釈(かいしゃく)したのだろう──に思わず苦笑しつつ、アスナは弟妹(ていまい)に呼びかける姉のような口調で言った。

「ほーら、休憩するならお(うち)に入ろ? マエトくんも、おやつならまだあるからね」

 

 

「それにしても、いい飛びっぷりだったよー。文句なしの合格点あげるよ」

 ログハウスに入ってテーブルを囲むと、師匠リーファは弟子に向けて言った。

「いえいえとんでもない。師匠の指導のお陰です」

 と謙遜(けんそん)するマエトだが、

「そういうこと言うときはクッキー食べる手を止めようね」

「美味しいよ」

「いや、知ってるよ」

 どこかズレたマエトの言動に突っ込むと、リーファは思い出したように(たず)ねた。

「そう言えば、なんであたしに頼んだの? あたし空中戦でユウキに負けちゃったし、強さ的にも親密さ的にも、ユウキにお願いした方が早かったと思うけど」

 その問いにマエトは、それも考えたんだけどねーとモゴモゴ(こも)った声で前置きすると、頬張(ほおば)っていたクッキーをお茶でぐいーっと飲み下してから答えた。

「ユウちゃんよりリーファさんの方がキャリア長いから、細かいとこまで知ってそうだったのと、あとユウちゃんも空中戦強いけど、それ、経験に裏打ちされた技術ってよりはセンス任せなとこがあるから」

「あぁ、なるほど」

 と口にするリーファだが、キリトやアスナも一様に納得していた。

 その強さと環境への慣れゆえに忘れてしまいがちだが、ユウキはALOに来てからまだそこまで日は経っていない。どちらかと言えばまだ新参の方だ。いかに随意(ずいい)飛行が上手くて空中戦が強くても、それはVR環境内での経験とユウキ自身のセンスがあってのこと。

 それよりも、ALOでの長い経験と、それによって(つちか)われた技術をもつリーファの指導の方が、マエトには合っていたのだろう。実際2人の戦闘を比べてみると、ユウキは天才、マエトは達人(たつじん)といった印象だ。

 と、キリトたちが納得したとき、

「あとユウちゃんに教えてもらうと、『こう、グッって閉じて、バッっと開いて、ギューンって感じ!』みたいな教え方されそうな気がして」

 ──あぁ......、やりそう......。

 マエトに元気かつ無邪気な声でそう言うユウキの姿が脳内にありありと思い浮かび、思わず沈黙(ちんもく)したキリトたちに、ユウキは笑いながら言った。

「うーん......確かに、他人(ひと)に教えるのはちょっと自信ないかなぁ」

 あははと笑うと、ユウキはソファの上でうーんと手足を伸ばした。

「それよりもボクは、とー君とのデュエルが地上戦だけじゃなくて、空中戦でもできるようになったのが(うれ)しいよ!」

 にこにこ笑顔のユウキの言葉に、ユウキの次くらいにマエトとよくデュエルをしているキリトが、不安そうな笑みを浮かべた。

「俺はむしろ、マエトのフェイントの手段が増えたことに不安を感じるよ......」

 先ほどの戦闘でマエトが見せた、翅を利用したフェイントを思い出してぶるりと震えるスプリガンに、リーファが同意した。

「ほんと、あたしもお礼デュエルしてるとき何回もフェイントに引っかかったもん。よくあんなに色々思いつけるよね」

「リーファちゃん、お礼デュエルって何?」

 聞き慣れない単語に首を傾げたアスナに、リーファが説明した。

「あたしが翅の使い方を教える見返りとして、マエト君に練習終わりに毎回デュエルしてもらってたんです、1本勝負で」

 いい練習になるんですよねー。と言うシルフに、キリトやアスナは(うなず)いた。

 高い機動力と攻撃速度。それを維持(いじ)しつつ的確に急所を狙える技術力。それらをもち、さらに読み合いが(うま)いマエトは、相手がソードスキルを繰り出してもそれを回避してカウンターをキメるくらいは軽くやってのける。それどころか、カウンター・パリィやらOSS《テアリング・バイト》を使っての武器(アーム)破壊(ブラスト)やらまで狙ってくる。

 言い換えればそれは、マエト相手のデュエルでは、ソードスキルに頼らずに戦う地力が試されるということだ。

 事実、本来なら派手なライトエフェクトやサウンドエフェクトで会場が満たされる統一デュエルトーナメントの東ブロック準決勝で、キリトはマエト相手にソードスキルをほとんど使わずに、地力で戦っていた。

(ユウキとの決勝ではソードスキルをばんばん使えたなぁ......、あれはもう本当にスッキリしたなぁ......)

 などと、ド派手な大技ソードスキルをユウキとぶつけ合った決勝戦をキリトが思い出していると、

「──ふふっ」

 隣でウンディーネの少女が不意に笑った。

「どうしたんだよアスナ、急に笑い出して」

 そう(たず)ねたキリトに、アスナは微笑を浮かべたまま答えた。

「前に、黒いコートを着て剣を2本持ってるマエトくんを見て、キリトくんに似てるなーって思ったことがあったんだけど、今にしてみると全然違うなーって思って」

 一度そこで区切ると、アスナはキリトとマエトの間で視線を()()させて、再び口を開いた。

「キリトくんはスピード型の剣士だけど、重い剣が好きでSTRを鍛えているから、武器の重さとパワー、スピードが乗った重い連撃が持ち味でしょ? 戦闘スタイルも、大技を連発する方が好みだし」

 そう言ったアスナに、マエトの隣に座るユウキが続いた。

「逆に、とー君は機動力と動きのキレを重視した、完全なスピード型だよね。正面から剣をぶつけ合うよりも、鋭く踏み込んで一撃で仕留(しと)めるって感じで。キリトよりも、もっとこう......えっと......ア、アクティブ? じゃなくて、えーと......」

「アグレッシブ?」とアスナが助け船。

「そう、ソレ! アグレッシブ!」

 と元気良く言うユウキ。リーファも記憶をを引っ張り出してニヤニヤ笑う。

「あたしとお兄ちゃんが、まだお互いのリアルに気付かないで一緒にプレイしてたとき、お兄ちゃん言ってたもんね。『戦闘中にキレて記憶が飛ぶことがある』って」

 むぐっと言葉を詰まらせ、「い、言ったけどさぁ......」とブツブツ言うキリトを無視して、リーファは続けた。

「マエト君は、静かに淡々(たんたん)と戦う感じだよね。そんな暴走みたいなことしなさそう」

 アスナとユウキがうんうんと頷く横で、「いや、まぁそうだけどさぁ......」とキリトが複雑そうな顔をする。

 だが、マエトはリーファたちの予想を否定した。

「そんなことないよ。GGOにコンバートして以降はしたことないけど、SAOの中では2~3回くらい暴走したことあるよ」

「えっ......?」

 と小さく驚くキリトたちだが、すぐにハッとした。

 キリトとアスナ、ユウキの3人は、マエト本人から直接聞いている。目の前で相棒を殺された彼が、怒りと殺意に身を侵され、4人のレッドプレイヤーを殺害したことを。

 キリトがそのことを口にすると、マエトは「それだけじゃないよ」と言った。

「そん時も含めて2~3回なんだけど、ベルを殺した......って言ったら、まぁ連中全員がそうなんだけど......ラスト一撃を入れた──ベルにトドメを刺したやつと似たような見た目したやつを見かけると、どうしても思い出しちゃってさ」

「「「──ッ!?」」」

 つまり、ベルフェゴールにトドメを刺したレッドプレイヤーと似た装備のプレイヤーを見かけると、記憶がフラッシュバックして、マエトは暴走してしまうということだ。

 基本的にレッドプレイヤーは、派手な格好はしない。特徴的ではあるものの、暗闇で気付かれないように地味な格好をする。SAOではPKer(プレイヤーキラー)に間違われかねないため、一般のプレイヤーでそんな格好をするような者はほとんどおらず、マエトが暴走するきっかけとなった者は全員がオレンジカーソルだろう。

 だが──

「......マエト。嫌なことを思い出させるけど、そいつの見た目を教えてくれないか?」

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん......」

 止めようとするリーファだが、逆にそれをアスナが制する。

「ううん、リーファちゃん。わたしたちも知っておいた方がいいと思う。万が一それと似た装備のプレイヤーがいたら、先にわたしたちが気付けたらだけど、何とかしてマエトくんから遠ざけられるもの」

「あっ、そうか......」と納得するリーファとユウキに、キリトが補足する。

「SAOではPKに間違われないように、そういう格好をするやつはオレンジカーソルにしかいなかったけど......」

「そっか......。ALOだと、ロールプレイでそういう装備をしてても、問題ないもんね......」

 ゆっくりと頷くと、キリトはマエトに向き直った。黒い瞳の中に申し訳なさのようなものを見て、マエトはかぶりを振った。

「そんな申し訳なさそーにしなくていーよ。むしろ気遣(きづか)ってくれてありがとうだよ」

 そう言うと、マエトは記憶を辿(たど)ろうとした。

 その直前に、ログハウスのドアがカチャッと開き、3人の少女が入ってきた。

「邪魔するわねー」とリズベット。

「こんにちは」とシリカ。

「きゅるっ」とピナ。

「お邪魔します」とシノン。

 最後に小妖精(ピクシー)のユイが、「パパ、ママ、ただいまです!」と言って、キリトの頭に降り立った。リーファたちを見て再び挨拶(あいさつ)

「リーファさん、ユウキさん、マエトさん、こんにちは!」

 3人がそれぞれ挨拶を返すと、それを待ってアスナが口を開いた。

「リズ、しののん、シリカちゃん、いいところに。実は、聞いてほしい話があるの」

 

 

「なるほど。確かにそれは、聞いておいた方がいいわね」

 アスナが説明を終えると、シノンが冷静に言った。彼女自身、銃をきっかけとしたPTSDの症状に苦しめられた経験があるため、その瞳は特に真剣だ。リズベットとシリカも、すぐに話を聞く体勢に入る。

 全員の視線を一身に浴びると、マエトは前置きした。

「最初に言っておくと、装備の見た目・色・パーツが合ってるだけなら、暴走1歩手前くらいでギリギリ耐えられるの。武器の種類まで同じだったら一気に来る。それを先に言っとくね」

 少年の説明に、全員が無言で頷いた。

 武器──相棒の命を奪った凶器が、暴走の最後のきっかけになるというのは、納得できる話だ。見た目だけでも暴走に近い状態まで行ってしまうのはかなり危険ではあるのだが、それでも武器種さえ違えば耐えられるというのは相当な精神力だ。

 マエトは深く息を吸うと、血塗られた記憶を呼び起こした。

「装備は、全部レザー系だった......。ボロボロの、薄暗い緑のフーデッドマントに......、両腕に、(あら)っぽい質感の、レザーガントレット......。上半身は、露出(ろしゅつ)してて......下は、ボロボロの黒いレザーパンツ......」

 (ひたい)を右手で押え、目を閉じて情報を口にするマエト。だが、その様子は明らかにおかしく、次第に呼吸が乱れ、顔にも汗と苦痛の色が浮かんでいる。

 だが、心配そうな目線を向けられながらも、マエトは再び口を開く。

「それで、武器種は......」

 ここからが特に肝心(かんじん)だ。わずかにも聞き漏らさないよう、キリトたちが前のめりになる。全神経を集中させたキリトたちの耳に、マエトの苦しそうな声が入ってきた。

「武器種は、バスタードソード......。サイズ的には、リーファさんの剣より、少し短い、くらい──ッ!!」

 瞬間、突如(とつじょ)マエトの右手が動き、背中の(さや)から切鬼が抜き放たれた。

「とー君!!」

 ユウキが名前を呼ぶと、マエトは弾かれたように目を開いた。顔に汗を浮かべ、荒い呼吸を繰り返す。ひょいと顔を上げると、マエトは首を傾げた。

「なんかずいぶんと心配そうな顔してるね、どしたの?」

 いつもと変わらない調子で(たず)ねたマエトだが、その声はかすかに震えていた。アスナがマエトに言う。

「だって、マエトくん......あなたいきなり抜剣(ばっけん)して......」

「なんのことでしょー」

 アスナの言葉を(さえぎ)るように言い、同時に鞘に切鬼を素早く落とし込こんで、とぼけるマエト。だがその様子に、キリトたちは否応なしに不安を覚えた。

 見た目を思い出すだけでここまでなのだ。万が一似たようなプレイヤーに出くわそうものなら──。

(これは......ヤバい)

 全員がそう思ったことで、ログハウスに沈黙(ちんもく)が流れた。それを鈴の音のような声が破る。ユイだった。

「マエトさん。お2人が襲撃されたのは、いつ、何層でか覚えていますか?」

 その問いに、マエトはきょとんとしたような顔をしたが、すぐに答えた。

「えっと......2023年の11月9日、17時30分に、47層で」

「解りました、ありがとうございます」

 再び首を傾げるマエトだが、ハッとしたような顔をすると、メニューを開いて時刻表示を見た。

「あっ、もう16時15分じゃん。タイムセールに遅れる!」

 急げ、卵が売り切れちゃう! と言いながら、唐突にマエトはログアウトしていった。

「タイムセールって、あの子、一人暮らしでもしてんのかしらね......」

「親御さんの帰りが遅いとかで、代わりに買い物に行ってるんじゃないですかね?」

 などと言って、リズベットとシリカが空気を軽くしようとするが、全員の脳裏(のうり)には、先ほどマエトが垣間(かいま)見せた狂気が貼り付いてしまっている。

 再びの沈黙を、今回もユイが破った。

「──皆さんがご存じのとおり、わたしは旧アインクラッドで、《メンタルヘルス・カウンセリング・プログラム》の試作モデルとして、全プレイヤーの精神状態をモニターしていました」

 キリトの頭から飛び立ち、中央でホバリングしながら全員に向けて話す。

「旧SAOのカーディナル・システムは、解析(かいせき)できない感情──サービス開始直後から蓄積(ちくせき)データ量が多かった《恐怖》や《怒り》《絶望》《悲しみ》といった負の感情とは異なる感情を計測すると、そのRAW(ロー)データを周辺環境ごと保存していました」

 数秒だけ目を閉じて記憶を辿(たど)ると、小妖精は再び口を開いた。

「わたしの方で旧SAOでの記憶を辿ってみたところ、マエトさんが先ほど言っていた2023年11月9日の17時30分に、第47層の遺跡(いせき)エリアで、解析できない感情パターンが、同時に複数入力されていました。パパやママたちと出会ったいまのわたしには、それが親愛や期待、思いやりだったと予測できます」

 そこで再び目を閉じると、ユイは(いた)むような口調で言った。

「そしてその3秒後に同じ場所で、それまで観測されたものとは桁違(けたちが)いの強度の《怒り》の感情パターンが入力されています」

 それがマエトのことであるのは、もう明らかだった。思わず(うつむ)いてしまう6人の中央に、ユイは1枚のウィンドウを開いた。

「カーディナルが保存したRAWデータの中には、ベルフェゴールさんがマエトさんに向けて感情を発した瞬間、その近くにいた数名のプレイヤーの情報も含まれていました。その中から、わたしの記憶を頼りに、マエトさんの言っていた情報と一致する装備のプレイヤーを識別、描写(びょうしゃ)してみました」

 ユイが提示したウィンドウを見ると、そこには1人のプレイヤーが映っていた。

 フードを(かぶ)っていて、顔はよく見えない。ダークグリーンのマントの下の()せた上半身に装備品はない。下半身にはゆったりした、しかしボロボロの黒いレザーパンツと、粗雑(そざつ)な茶革のロングブーツ。両腕には、やはり粗雑な革素材のガントレット。そして右手に、(にぶ)い光を放つバスタードソード。

 ホロウィンドウを(にら)むと、キリトはユイに言った。

「ユイ。その画像データを、俺の携帯(けいたい)に送ってくれ。ログアウトしたら、クラインとエギルにメールする」

「はい、解りました」

 ユイに無言で(うなず)くと、キリトはもう一度ウィンドウに目を向けた。

 かつてレッドプレイヤーと相対したときに感じたものと共通する、表現しがたい嫌な感じが、キリトの胸の中で(うず)いていた。

 

 

 現実世界の体に意識が戻った智也(ともや)は、ゆっくり目を開けた。現実世界の自宅の天井(てんじょう)が目に映る。

 だが脳裏には、自分を心配そうに見つめるユウキたちの顔が浮かんだ。

 不覚だった。あまりにも久々にあの記憶を掘り起こしたせいか、まさか無意識に剣を抜いてしまうとは。

 (ゆる)く開いた右手をじっと見つめる。

 何の変哲もない普通の手だが、智也にはその手が、血で赤く染まっているように見えた。

「............くそ」

 




次回 騒動

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