ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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水着回続きです。
ここまでに張ってきた伏線にお気付きの人はいるでしょうか?


第16話 隠し事

§新生アインクラッド第22層

 

 

 突如として現れた巨大魚《ヌシ》と女性陣との間に、キリトとマエトが割って入った。素早く装備フィギュアを操作し、水着から戦闘用の装備に換装する。そのとき、

「これがパパとママが以前言っていたヌシさんですか? すごく大きいです!」

 こんな状況ながら嬉しそうに言うユイに苦笑すると、キリトは後ろにいる彼女を振り向こうとして──。

「キリトくん、後ろ向いたら怒るわよ!!」

 なぜか突然アスナに怒られた。理由は解らなかったが、その声の本気さゆえに全速力で顔を正面に戻しつつ、「な、なんでだよ!?」と言う。すると、

「ユウキの水着の上、さっきヌシの歯に引っ掛かって壊れたのよ!」

「はぁ!?」

 ()頓狂(とんきょう)な声を上げるキリトの横で、

「あー、さっきちょっと聞こえたパキャーンそれかー」

 と、マエトがのんびりコメントする。

 その間にも、巨大魚は爬虫類を思わせるたくましい足で、ゆっくりと陸によじ登ろうとしていた。

「と、とりあえず、戦闘を......」

 キリトが言い終えるより先に、マエトが飛び出した。巨大魚の上空で、いつの間にか手にしていた切鬼が、仮想の陽光を浴びて輝く。

 マエトの背中に半透明翼が開いた──直後、ズバン!! と音がした。ほぼ同時に古代魚の巨体がのけ反り、力なく地に()した。

 (はね)で空気を叩いて加速。その勢いを余さず乗せ、一撃で仕留める。口で言うのは簡単だが、相応のスピードと、その中で正確に急所を狙う技量が必要だ。速さと正確さの両立において、マエトが恐らくアスナと同等以上の領域にいるであろうことを、キリトは改めて感じた。

「すごい......」

 スピードホリックと呼ばれるリーファがぽつりと呟く先で、巨大魚の上でマエトが立ち上がった。背中の翅を(たた)みながら、巨体の上から友人たちを見下ろして言う。

「おーい、みんな無事かぉわああ──っ!?」

 語尾がおかしくなったのは、彼が立っていた魚の巨体が、ポリゴン片となって四散したからだった。突如(とつじょ)足場が消滅したことで、マエトは真っ逆さまに落下した。

 約1秒後、ドポーンという愉快(ゆかい)な音と「ぶえっ」という情けない声が、全員の耳に届いた。

 

 

「たいへんお騒がせしました」

 再度アスナによって救出されたマエトの唐突な謝罪──アスナに()(かか)えられたまま──に、キリトたちは首を(かし)げた。

「お騒がせって......あのヌシのことか?」

 全員の疑問を代表して口にしたキリトに、マエトがこくんと頷いた。

「うん、そう。あれ多分おれのせい」

 よいしょとアスナの腕からようやく自立するマエトに、キリトが訊ねる。

「どういうことだ?」

「あの魚の歯と歯の隙間に、おれが落とした盾が見えた。あれを(えさ)と間違えて上がってきたんだと思う」

「盾を餌と間違えるって、そんなことあるのか?」

「魚って水に落ちてきたキラキラしたもんは大体何でも餌だと思うらしいよ。水に落としたスプーンを魚だと思って魚が食いついたのが疑似餌(ルアー)の起源らしいし」

 マエトの説明に、いつもの装備に戻ったユウキが感心したような声を漏らす。

「とー君って釣り好きだったっけ?」

「いや、SAOで釣り好きのおじさんに会ったことがあって、お(しゃべ)りしたときに聞いた」

 そう言うと、マエトは話題を変えた。

「それより、ユウちゃんの水着壊れちゃったけど、どーする? もっかい買いに行く?」

 その言葉に、その場の全員が「それがいいかも」と考えた。──1人を除いて。

「大丈夫よ」

 そんな言葉を発したのは、アスナだった。微笑みを浮かべたウンディーネは、左手を振ってウィンドウを操作。アイテム欄(ストレージ)を開くと、1つのアイテムをオブジェクト化した。

 アスナが手にしたアイテム──白い無地のワンピース水着を見て、ユウキは顔を輝かせた。

「わぁっ、新しい水着だー!」

「アスナ、準備いいわね」

 リズベットの言葉に「ちょっとね」と一言(ひとこと)だけ返し、アスナはユウキに水着をトレードで渡した。

「ありがとうアスナ! さっそく着替えるよ!!」

 満面の笑みを浮かべるユウキに微笑みを返したアスナは、後ろを振り向いた。ポカンとした顔で目をパチパチさせているインプの少年に歩み寄る。

「見てたの?」

 そう訊ねてくるマエトに、アスナは頷いた。

「正確には見えた、だけどね。あなたがあの水着を取り出した後、ユウキの言葉を聞いて戻すところまで全部」

「で、こっそり買っておいたわけだ。オイシイとこ持ってかれちゃったな」

 にしし、と笑うマエトにアスナは向き直った。

「マエトくん、あなたは自分を殺しすぎよ」

 マエトが顔を上げると、アスナの瞳には少し真剣さがあった。だがそれはすぐに消え、いつもの穏やかな笑顔が浮かんだ。

「ユウキの──大切な人の気持ちを優先するのもいいけど、あなたはもっと自分に素直になっていいと思うわ」

 マエトの頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。アスナのその言葉と行動、何より自分を撫でる手の平から伝わる温かさに、マエトは懐かしさを覚えた。

(あー、ほんとだ。こりゃ藍姉そっくりだ)

 ちょうどそのタイミングで、ユウキの声がした。

「アスナー!! この水着すっごく可愛いよー!! とー君もおいでよー!!」

「うん! ほら、行きましょう」

 ユウキに返事をしつつマエトに言うと、アスナはユウキたちがいる方へと歩き出した。

「あ......うん」

 気のない返事をしながら、マエトはアスナを追った。

 

 

 新しい水着に着替えたユウキは、アスナとマエトの2人を呼ぶ直前──2人が話をしている光景に、ふと言い様の知れない感覚を覚えた。

 何やら奇妙な感覚があった。それは今まで一度たりとも感じたことのないもので、その正体が何かは、ユウキにはさっぱり解らなかった。

 頭を左右に振ってそれを押しやり、声を上げて2人を呼ぶ。それでもその感覚は胸に残り続け、そして、

「おー、ユウちゃんその水着似合ってるね、可愛い可愛い」

 アスナに続いてやって来たマエトにそう言われたときには、なぜか消えていた。

 

 

 ────数時間後

「あー、遊んだ遊んだ!」

 夕方──現実時間で午後5時30分を少し過ぎた頃、ユウキが大きく伸びして言った。現実世界と時間は同期していないが、22層の湖畔はオレンジ色の光に照らされていた。

「楽しかったー。もっと遊びたいわー」

「ダメですよリズさん。もうそろそろ落ちないと」

 仲良し2人の会話に、アスナが謝る。

「ごめんね、わたしのせいで......」

「6時だと、アスナけっこうギリギリになっちゃうからな......」

 フォローを入れたキリトに頷くと、アスナはユウキとマエトの方を振り向いた。

「2人もごめんね。もっと遊びたかったかもだけど......」

 しかし、ユウキは明るい笑顔で返した。

「ううん。アスナ、お母さんと最近仲良くなってきてるもんね。ここで遅刻して元に戻っちゃったら、ボクも嫌だし」

「おれは十分に楽しませてもらったよ。お気になさらず」

 こちらもにししと笑って返したマエト。その隣にいたシノンが、ポンと手を叩いた。

「じゃ、ここで解散しましょ。このままだとお喋り引きずって時間を喰っちゃう気がするし」

 そう言うや、左手を振ってメニューを呼び出す。水着から普段の装備に換装してから、メインメニューへ移動し一番下を選ぶ。

「じゃ、お疲れ様」

 みんなが口々に別れの言葉を投げかけ、それを聞いてからシノンはログアウト実行ボタンを押した。涼やかなサウンドと共に妖精郷を去ったシノンに続いて、全員が水着から着替えた。

「あ、そう言えばユイ。この前のクエストって......」

 このタイミングで前日受けたクエストのことを思い出したキリトを、リーファが急かす。

「お兄ちゃん! 早く落ちないと、晩ご飯遅くなっちゃうよ!」

 すかさずユイも便乗する。

「そうですパパ! それに今からクエストに行くなら、ママは絶対手伝いたくなってしまいます!」

「う......へいへい。じゃあまたな、アスナ、ユイ」

 妹と愛娘に言われてログアウトしたキリト。それに合わせてユイも消える。ほぼ同時にリーファも、続いてリズベットたちも次々とログアウトし、残ったのはアスナ、ユウキ、マエトの3人だった。

「さて、おれはどーするかなー」

 腰に手を当てて言うマエト。その視線が、ユウキに鋭く向けられる。

「......な、なに? とー君......」

 何か気に入らないことでもしただろうか、と不安になるユウキに、マエトはこう言った。

「言いたくないなら無理にとは言わんけど、なんかあったら言ってな。出来ることあったらするから」

 ギクッとするユウキを尻目に、マエトは思い出したように、

「あ、そー言えば26層で受けたクエスト放ったらかしだった。じゃ、そゆことで」

 と言って手を振ると、背中に(はね)を広げて飛び立った。

 マエトの飛翔音も聞こえなくなり、静寂が残される。その沈黙をアスナが破った。

「ユウキ、マエトくんがいま言ってたのって、どういう......」

 訊ねるアスナの前で、ユウキは頭をかいて困ったような笑顔を浮かべた。

「うーん、ボクってやっぱり隠し事下手(へた)なのかなー。もう見抜かれちゃった」

 そうユウキがぼやくが、アスナはそれには答えず、じっとユウキの返答を待った。

 数秒後、観念したようなユウキの声がする。

「とー君とアスナには、内緒にしておくつもりだったんだけどなー。しょうがない、アスナには話すよ」

「......マエトくんには?」

「内緒にしておいて、お願い」

 静かだが力強い返答に頷くと、アスナは無言で先を促した。

 もう一度小さく苦笑を漏らすと、ユウキは口を開いた。

「実はね──────」

 

 

「............え......」

「ごめんね、黙ってて」

 ユウキの謝罪を、アスナはほとんど聞いてなかった。その目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

「え、アスナ!? なんで泣いてるの!?」

「だって......だって......」

 何度も目を擦るが、アスナの涙はしばらく止まらなかった。

 数分後、ある程度涙が落ち着いたアスナに、ユウキは言った。

「あのね、アスナに渡したいものがあるんだ」

 目尻に残った涙の粒を指で払いつつ、アスナは「渡したいもの?」と返した。まだ少し震えるその声に苦笑しつつ、

「いま作るから、ちょっと待ってて」

 そう言うと、ユウキは近くに生えている適当な木に近付いた。立ち止まるとウィンドウを呼び出し、操作。それらの作業を終えると、腰の鞘から愛剣を引き抜き、ピタリを中段に構え、目を閉じた。

 そよ風が吹き、ユウキの長髪とスカートがなびく。その光景に、アスナは思わず見とれた。

 瞬間、ユウキの右手が閃き、剣が引き絞られた。刀身の黒曜石の輝きが、タイムの花を思わせる青紫の輝きへと変わる。

「やああああっ!!」

 凛とした気合いを乗せ、ユウキが木の幹に5連続の突きを叩き込む。そして息つく間もなく、Xを描くような2度目の5連続突き。最後にXの中心に、渾身の一突きを放った。

 破壊不能オブジェクトが弾き、受け流した衝撃が放射状に広がり、周辺の草を倒し、湖面を波打たせた。

 OSS《マザーズ・ロザリオ》を放ったまま、ピタリと止まっていたユウキの剣先に、羊皮紙が浮かび上がった。独りでに何やら書き込まれていくと、これまた独りでに巻かれた羊皮紙を、ユウキはキャッチした。剣を静かに鞘に落とし込むと、ユウキはアスナへと歩み寄った。

「アスナ。はい、これ」

 そう言って、ユウキはアスナに羊皮紙を差し出した。

「これは、ユウキのOSS......?」

「うん、そう。アスナに持っていてほしいんだ」

 そこで句切ると、ユウキはアスナの眼をまっすぐ見た。

「これを持っていれば、ボクとアスナはいつでも、どこででも繋がっている。どれだけ(つら)くても、そばにアスナがいてくれる。そんな気がするから」

 それを聞いて、アスナは差し出された羊皮紙を受け取った。

「うん。わたしはずっとユウキのそばにいる。いつでも繋がってる。だから、頑張ってね」

 微笑むアスナに、ユウキは笑顔で頷いた。

「うん!!」

 2人の目尻にわずかに浮かんだ涙が、仮想の夕日を受けて光る。

 この瞬間から2人のものになったユウキの秘密をマエトが知るのは、もうしばらく先のことである。




次回 崩壊

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