ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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回想回です。マエトの過去がもう少し明らかになります。


第16.5話 崩壊

§アインクラッド第47層

 

 主街区を、NPC楽団の奏でる陽気なBGMと、道行く人々の声が満たす。その喧騒(けんそう)の中に、マエトはいた。

 ダークブルーのマントのフードを目深(まぶか)(かぶ)り、(うつむ)きながら歩く彼の暗い顔は、周りの雰囲気とあまりにそぐわない。

 彼の親友──ベルフェゴールが死んでから、1ヶ月が経った。意味もなく第1層の《黒鉄宮》に足を運び、《生命の碑》を眺めて、いま戻ってきたところだった。

 Bellfuegoalという奇妙な(つづ)りの名前の上には、変わらず無慈悲な横線があった。

 何を求めるでもなく、マエトは歩き続けた。空腹感が襲ってきたが無視する。

 不意に、視界に《OUTER FIELD》の警告が表示された。顔を上げると、《圏外》に出ていた。やや短めの緑色の剣《デマントイドブレード》と、やや長めのオレンジ色の剣《スペサタイトブレード》を背中に交差して吊り、また歩き出す。

 ()てなどなかった。だが、先月からずっとそうだった。

 宛てもなく彷徨(さまよ)い1ヶ月。マエトは、既に17の名前の上に、横線を引いていた。

 

 

 その日の夜、マエトは森の中にいた。昼間も、犯罪者(オレンジ)カーソルのプレイヤーを2人倒したのは覚えているが、それ以外の記憶がいまいち曖昧(あいまい)だ。

 ぼんやりした意識の中、戦闘の感覚だけがはっきりしている。まるで、直視したくない何かから目を背け、戦うことでごまかしているような──。

「......」

 無言で顔を上げると、マエトは音もなく駆け出した。《索敵(サーチング)スキル》に反応があったのだ。グリーンカーソルが1つ、そしてオレンジカーソルが2つ。

 限界まで足音を殺したダッシュを続け、わずか10秒。視界に3つの人影が映った。

(グリーンは女の子。オレンジは男2人。片方は片手斧(トマホーク)でもう片方は両手槍(スピア)。多分斧の方はややSTR寄りのバランス型、槍の方はAGI型)

 マントの内側に忍ばせていた3枚刃ブーメランを取り出すや、マエトは素早く投げた。大きく弧を描いて飛んだブーメランを見送ることなく、背中の2本の柄を握って飛び出す。

 茂みが揺れた音を聞いて、オレンジがマエトを振り向く。

「なん......ぐえっ!」

 何かを言うより早く、マエトの蹴りが槍使いの下腹に刺さった。大して勢いも乗っていない飛び蹴りは、長い槍を持った男を1メートルほど後ろに押し飛ばしただけだった。だが、それで十分。

 どすっという鈍い音。視界どころか認識可能な範囲の外から飛んできたブーメランの刃が、槍使いの頸動脈(けいどうみゃく)に刺さった。

「うおっ......!」

 急所である首、しかも頸動脈に刺さったはずだが、槍使いのHPは大して減っていない。さほどレアでもないブーメランだから、ある2つの効果以外──ダメージ量や行動遅延(ディレイ)などは期待していなかった。

 (あわ)ててブーメランを引き抜く槍使い。マエトがまず狙っていたのは、その隙だった。

 振り下ろされたデマントイドブレードを、両手槍がギリギリのところで受け止める。衝撃が槍使いの腕を走る。同時に、逆手に握ったスペサタイトブレードが走る。

 このタイミングでパリィは間に合わない。長柄(ながえ)の武器なら傾けただけで防御する箇所を瞬時に変えられるが、マエトが右の剣で圧力をかけているためそれもできない。

「くっ......!」

 槍使いは後ろに跳んで回避を図る。だが、その(どう)をオレンジ色の切っ先が切り裂いた。至近距離で目視していた碧刃よりも、スペサタイトブレードは刀身が長い。逆手で握られ振るわれたそれのリーチの目算を、槍使いは誤った。いや、誤るようマエトが仕組んだ。

 だが浅い。もう一押しで槍使いは殺し切れるが、そろそろ斧使いがAGI型の速い戦闘に時間差で追いついてくる頃合いだ。視界の端で、斧使いがこちらに向かって走ってきている。

(できれば今ので仕留めたかったけど、しゃーないな)

 すぐにそう割り切ると、

「狙いぴったし。いい仕事するよ」

 マエトは明後日の方向、いや先ほどブーメランが飛来した方向へちらりと視線を向けて言った。

「なにっ......!?」

 急ブレーキをかけ、その方向に目を向ける斧使い。瞬間、2色の刃が走り、その軌跡にいた斧使いのアバターが、上下に真っ二つになった。

 これがブーメランの2つ目の効果。仲間がいるというハッタリで、相手の判断力を奪ったのだ。

 着地し、素早く槍使いにトドメの追撃を入れようとする。

 だが、いつの間にか槍使いのオレンジは消えていた。

(槍の方逃げたか......思ってたよりもAGI鍛えてたか、逃げ足速いな)

 小さく息を吐き、マエトはへたり込んでいる少女を振り向いた。恐らく少しだけ年上といったところであろう。そんな少女がこんな時間にこんな森の中にいることが少し疑問だったが、こっそりレベリングして知り合いを驚かそうと(たくら)んだのだろうと当たりを付ける。

 2振りの愛剣を鞘に納め、ベルトポーチから回復用ポーションの小瓶を取り出すと、マエトは少女の方へと足を踏み出し──

「こっ、来ないで.....!」

 不意に少女が叫んだ。多少驚きつつも、マエトは彼女の目を見て察した。

 怯えている。怖がっている。先ほど自分を襲ったオレンジよりも、それらを殺害したおれに。

 マエトがそこまで見抜くのと、少女が後ずさりながらこう言ったのは同時だった。

「ひ、人殺し......!」

「────!!」

 手からこぼれ落ちた小瓶が、乾いた音をたてて転がった。恐怖で震える足で逃げ去って行く少女の背中を、マエトはただ見ていた。

 いや、見えていなかった。ただ、頭の中を少女の言葉がグルグルと巡っていた。

 人殺し。

 たった一言。だがその一言が、自分が人でなしの化け物に成り果ててしまったということを、マエトの胸に刻み付けた。

 力なく膝から崩れ落ちる。自覚はしていたはずなのに、他人からの言葉という重みが、否応なく現実を叩きつけてくる。

(SAOでのおれのこと知ったら、皆どーするんだろう......ユウちゃんは(はげ)ましてくれるかな......藍姉(あいねえ)(なぐさ)めてくれるかな......)

 そんな思いを、先ほど聞いた言葉が粉々にする。

(おれは、人、殺し......)

 そのとき、背中に衝撃が走った。HPバーが一気に短くなる。背後から何者かに斬られた。

「くそっ......」

 小さく毒づくと、()えかけた気力を奮い立たせて地面を蹴った。ジャンプで間合いを取り、すぐ相手の観察・分析を──。

 そう思って顔を上げる。

 視界に、3人の男を従えた大男が飛び込んできた。

 暗い緑のフーデッドケープを着て、右手に抜き身のバスタードソードを下げた男だった。

「な......んで、お前が......」

 (かす)れた声が自分の口から漏れたことなど、マエトは気づかない。

 なぜあの男が。やつはあの日死んだはず。それだけが意識を占めていた。

 心臓が跳ねた。鼓動がうるさい。息が苦しい。

「おい、お前ら本当にこんなガキにやられたのか?」

「嘘じゃないですよ、本当ですって!」

「まぁ確かにそこにアルが使ってた斧落ちてっけどよー」

「女はどこ行ったんだよ」

 男たちが何かを話しているが、何も聞こえない。

「......ろす......きる......」

 頭が痛イ。吐キ気がスる。

「殺す......殺、ス......斬る......」

 何モ見えナイ。

「殺ス......殺ス......」

 殺サナキャイケナイアノ男以外、何モ見エナイ。

「斬ル、キル......コロ、ス......」

 コイツダケハ、コンドコソ──

「────コロス」

 何かを感じた4人が顔を上げた。直後、全員が恐怖に包まれた。

 そこにいたのはガキなどではなく、怪物だったから。

 動けずにいるケープの男に、マエトは剣を叩きつけた。血のようなエフェクトが弾け、少年の引き裂かれたような笑みを不気味に照らす。

「うわああああああっ!」

 悲鳴を上げて逃げ出そうとするケープ男を追おうとする。だが、ケープ男は下っ端を1人、マエトの目の前へ蹴り飛ばした。

「コロス」

 そんな言葉のような音がしたのとほぼ同時に、1つの首が宙を舞った。直後、今度は2人の下っ端が突き飛ばされてきた。

「キル」

 またしても音。ほぼ同時に、2つの破砕音が重なる。

 半ば強引に2人同時に仕留めたことで、マエトの姿勢が崩れた。そのとき、

「死ねぇえ!!」

 茂みから飛び出したケープ男が、突進しながらでたらめに剣を振り回した。めちゃくちゃな軌道を描いた剣が、マエトの右目に突き刺さった。アバターの頭部を貫通して、後頭部から切っ先が飛び出す。

 不快なショックが脳を貫いてるはずなのに、マエトは止まらない。

「......ロス、コロス。オマエヲ......」

 刺さった剣を抜こうともせず、残忍な笑みを浮かべたまま、怪物は言葉にも似たおぞましい何かをケープ男に放った。

「コロス」

 その瞬間マエトは、恐らく彼の人生で最も強大な殺意をもって、ケープ男のアバターを切り刻んだ。

 血に飢えたような瞳に、飛び散る無数のポリゴンが映った。

 

 

 ──雨が降ってきた。あの日も雨だった。

 気が付くと、自分だけが森の中に(たたず)んでいた。右目が普通に見える。引き抜いたのか、それとも抜け落ちたのか、まったく覚えていない。ただ剣が3本と、斧と槍が1本落ちているだけだった。

 ぼんやりとした意識が覚醒していく。ふと、少女の言葉が脳裏を()ぎった。

『ひ、人殺し......!』

「ぁ............」

 (かす)れた声が、雨音に混じる。ぬかるんだ地面に膝をつく。

「あ、ああぁあ、あ......」

 気づいてしまった。自分が化け物であることにではない。そうではなく、

「ぁあああ............」

 もう戻れないことに、気づいてしまった。

「うああああああっ!!」

 絶叫は誰に届くこともなく、雨音にかき消された。誰に知られることもなく、少年は絶望の底で叫んだ。

 幼くして傷つき続けた心は、弱く、脆く、不安定になり。

 度重なる絶望によって、潰れ、壊れた。

「......すけて......助けて......!」

 涙に濡れた声が、口からこぼれた。

「助けて......ユウちゃん......!」

 

 

 ──ユウちゃん......ユウちゃん......ユウちゃん!

 

 

 ハッと目を開けると、和室の天井が見えた。いや、ぼやけていて上手く見えない。瞬きすると、熱い液体がこぼれ落ちた。

「ユウちゃん、大丈夫か?」

 声がした方を見ると、インプの少年──マエトが心配そうな顔をしていた。

「とー、君......? あれ、えっと......」

 ぼんやりする頭をかきながら曖昧(あいまい)な言葉を洩らすユウキに、マエトが軽く息を吐きながら言った。

「おれん家で一緒に昼寝してて、なんか左手痛くて起きたら、ユウちゃんおれの手すごい握ってて。しかもなんかうなされてたけど、大丈夫? 泣いてるし」

 5回くらい呼んでやっと起きたから、ちょっと焦ったぞ、とぼやくマエト。彼の言う通り、ユウキは新生アインクラッド第10層にある彼のプレイヤーホームで昼寝をしていたのだ。

 目が覚めてなおポロポロと涙をこぼしながら、ユウキは答えた。

「......怖い夢見た......」

 そう言うユウキを、マエトはそっと抱きしめた。

「そっか。もー大丈夫だよ」

 そう言って優しく頭を撫でる少年の肩に、ユウキは顔を埋めた。自分とそこまで変わらない小さな体に腕を回し、必死に抱きしめる。

 いつもそばにいてくれる彼が、いなくなってしまうような。そんな気がしたから。




次回 30層迷宮区
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