ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア 作:Maeto/マイナス人間
§新生アインクラッド第10層
主街区の
「お邪魔しまーす!!」
元気な声と共に入ってきたのは、
「お、ユウちゃん」
「あ、寝てた? ごめんね」
「んーん、ダイジョブダイジョブ」
いつも通りの平和な笑顔を見せると、マエトはユウキに
「それより、今日は何して遊ぶ?」
「あ、えっと実は、とー君と一緒にやりたいことがあって......」
「ふむ、何すんの?」
再度質問したマエトに、ユウキは言った。
「......迷宮区に、一緒に行きたいの」
ユウキの言葉に目をぱちぱちさせると、マエトは首を傾げた。
「迷宮区って......レベリングってこと? そんならおれとじゃなくて、もっとパーティ組んで行った方が効率いーよ?」
そう冷静に言うマエトだが、ユウキの言葉の意味はまるで違った。
「あ、そうじゃなくて......30層を、ボクととー君の2人だけでクリアしたいなーって」
その
「うーん、キッツいと思うよー? 27層と29層のボスも、スリーピング・ナイツとアスナさんが頑張って倒したんでしょ? ボスは10層毎に強くなってるって聞くし、それ相手に
マエトが述べた客観的な意見には、ユウキも同感だった。それでも、ユウキは食い下がった。
「この世界で、スリーピング・ナイツのみんなやアスナとの思い出は2回も作れたし、28層で他の色んな人達との思い出も作れたから、今度はとー君との思い出を作りたいなって......。ちっちゃい頃、もっと遊びたかったけどできなかったし、その続きみたいな感じで」
(本当は、それだけじゃないんだけど......)
内心でそう呟きつつ、ユウキは言った。それを聞き、しかしマエトは、
「ユウちゃんの気持ちは分かったけど、さすがにキツいよ」
と言った。顔を
「とりあえず、リズさんの店行こ。デュエルとかしたまま放ったらかしにして、剣も防具も傷んでるからさ。ボス部屋行く前に剣折れたら
「......え? さっきはキツいって......」
「キツいとは言ったけど、嫌とか無理とかは言ってないでしょ?」
しれっと言い返すマエトに、ユウキは笑顔でお礼を言った。
「ありがとう、とー君!!」
リズベット武具店で装備一式の耐久値をフル回復してもらった2人は、新生アインクラッド第30層迷宮区に来ていた。ダンジョンに足を踏み入れたが、どうしたことか進んでもモンスターとエンカウントしない。
「なんかラッキーだね。今のうちにグングン進んじゃおう!」
そう言って駆け出すユウキを、マエトは追った。分かれ道も走り出した勢いに任せて駆け抜け、途中からようやく現れ始めたモンスターも、一刀のもとに斬り伏せる。そうして5分ほど経った頃、ユウキが脇道に何かを見つけた。
「あーっ!
と、ユウキが叫ぶ。それと同時に、反対側から太い声。
「お、宝箱じゃねぇか!!」
2人が顔を上げると、
(28人......7人パーティ4つのレイドか)
マエトが素早く分析する前で、ユウキとサラマンダーの視線がぶつかった。
「この宝箱は俺達のもんだ、とっとと消えな!」
叫んだサラマンダーに、ユウキが負けじと張り合う。
「同時だったよ! 公平にデュエルかじゃんけんで決めようよ!」
ぎゃーぎゃーと口論する2人を眺めつつ、
(なるほどねー。最初おれらがモンスターにエンカウントしなかったのは、こいつらが進んだすぐ後だったからか。おれもユウちゃんも足速いから、途中で別ルート行ってたこいつら追い越しちゃったんだろ)
そう結論付けたちょうどその時、ふとサラマンダーの口許に笑みが浮かんだのを、マエトは見逃さなかった。
「あぁ解った。お望み通り戦ってケリ着ける、こっちはそれで構わねぇぜ。ただ、そっちの相方はそれでいいのか? 確認とってくれや」
素直に
「とー君もそれでいい?」
返事はなかった。代わりにユウキのすぐ横で風が吹き、すぐ後ろで
驚いたユウキが振り向くと、振り下ろされたブロードソードを
「不意打ち下手くそだね、あんた」
サラマンダーに向けてそう言うと、マエトは横にスライドした。
「まずは1人」
マエトが静かに言うと、それでレイド全体に緊張が走った。残った27人が、素早く武器を構える。
「突っ走っちゃってすまんね」
隣に並んだユウキにマエトが言うと、
「言い出したのはボクだし、おあいこだよ」
とユウキが返す。同時に笑みを浮かべると、2人のインプは駆け出した。
最前列で突進してくるノームの男が振り下ろした両手剣に、ユウキは超速の斬り上げをぶつけた。凄まじい速度でぶつかったマクアフィテルが、重量のある両手剣を音高く弾く。その刀身にマエトが足をかけ、大きく跳んだ。滞空中で上段突進技《ソニック・リープ》を発動させ、
「ひ、ヒーラーを守れ!!」
「
少年の呟く声がした直後、落雷と旋風が発生した。天井を蹴って急降下したマエトに、最後列で
「後衛を守れ!!」
「バカか、あの《
そう
元々マエトは1対多数の戦闘を得意としているが、このペースの早さはこの場所に起因していた。
たとえ同じ1対5の戦闘でも、草原のような包囲されるリスクが高く相手の行動の選択肢が多い
「おりゃぁーっ!!」
雄叫びを上げたユウキの右手が、鋭く閃く。水平4連撃《ホリゾンタル・スクエア》。拡散した青白い正方形が、4人のプレイヤーを一度に吹き飛ばす。踊るように、派手に暴れるユウキに視線を移した数人のアバターが、即座に色とりどりのエンドフレイムに包まれる。目を離したほんの一瞬の隙なら、マエトはこれまで何度も刈り取ってきた。
この2人相手に大人数で挑んだのは、愚策以外の何物でもなかった。
リーダーのサラマンダーがそう悟ったのは、薄いモノトーンの世界でリメインライトになった仲間を眺めている最中だった。
周囲に色とりどりのリメインライトが浮かぶ中、ユウキとマエトは再び先ほどの脇道に入った。ユウキが改めて宝箱に手をかけ、勢いよく開ける。
中にあったのは、黒光りするインゴットだ。しかも普通のものよりやや大きい。リズベットの素材集めによく付き合わされている2人だが、こんなものは見たことがなかった。
ユウキがインゴットをタップし、プロパティを開く。
「えーと......《メテオライト・インゴット》......? なんかカッコいい名前だね!」
「鉄隕石かー。レア武器素材の定番だし、リズさんにあげたら喜ぶんじゃない?」
「だね! 帰ったらもっかいリズのとこ行かなきゃ!」
ストレージにインゴットを放り込むと、ユウキはマエトを振り向いて言った。
「よーっし。それじゃ、冒険再開しよう!」
その後、マッピングしながら迷宮区を進んで10分は経っただろうか。マエトが「お」と声を漏らした。ユウキが顔を上げると、そこにあったのは。
「ボスの部屋だ......!」
10メートル強の距離を駆け抜け、その前に立つ。改めて巨大な扉が、重く閉ざされている。ボス戦は過去に何度もやっているユウキだが、この大きな扉の前に立つと思わず武者震いしてしまう。
「ほんとに2人だけでここまで来れたな」
感慨深そうなマエトの背中を、ユウキはバシンと叩いた。
「まだだよ、とー君。ボクたちの目標は、あそこにいるボスを倒すことなんだから!」
いたずらっぽく笑うユウキに、マエトもにししと笑みを返した。
「それもそっか」
「うん! じゃあ行こう!!」
そう言ってユウキが左手を、マエトが右手を鉄扉にかけた。同時に腕に力を入れると、2人の倍以上ある扉は、重々しいサウンドを響かせてゆっくりと開いた。
吸い込まれるような暗闇に満ちたボス部屋に、2人は足を踏み入れた──。
次回 悪魔