ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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ここからバトル回が続きます。よろしくお願いします。


第17話 30層迷宮区

§新生アインクラッド第10層

 

 

 主街区の(すみ)に建つ小さな家に、マエトはいた。アイテム欄(ストレージ)から出した《黒鞘(くろさや)裂鬼(れっき)》を抱えて、座椅子に身を預けて物思いに(ふけ)っている。半ば閉じた瞳はどこか暗い。と、そのとき、

「お邪魔しまーす!!」

 元気な声と共に入ってきたのは、闇妖精族(インプ)の少女剣士ユウキだ。ピクッと小さく震えると、マエトはユウキの方を向いた。

「お、ユウちゃん」

「あ、寝てた? ごめんね」

「んーん、ダイジョブダイジョブ」

 いつも通りの平和な笑顔を見せると、マエトはユウキに(たず)ねた。

「それより、今日は何して遊ぶ?」

「あ、えっと実は、とー君と一緒にやりたいことがあって......」

「ふむ、何すんの?」

 再度質問したマエトに、ユウキは言った。

「......迷宮区に、一緒に行きたいの」

 ユウキの言葉に目をぱちぱちさせると、マエトは首を傾げた。

「迷宮区って......レベリングってこと? そんならおれとじゃなくて、もっとパーティ組んで行った方が効率いーよ?」

 そう冷静に言うマエトだが、ユウキの言葉の意味はまるで違った。

「あ、そうじゃなくて......30層を、ボクととー君の2人だけでクリアしたいなーって」

 その無謀(むぼう)極まりない発言をしっかりと分析し、マエトは(うな)った。

「うーん、キッツいと思うよー? 27層と29層のボスも、スリーピング・ナイツとアスナさんが頑張って倒したんでしょ? ボスは10層毎に強くなってるって聞くし、それ相手に壁役(タンク)回復役(ヒーラー)もなしで攻撃役(ダメージディーラー)2人はなー」

 マエトが述べた客観的な意見には、ユウキも同感だった。それでも、ユウキは食い下がった。

「この世界で、スリーピング・ナイツのみんなやアスナとの思い出は2回も作れたし、28層で他の色んな人達との思い出も作れたから、今度はとー君との思い出を作りたいなって......。ちっちゃい頃、もっと遊びたかったけどできなかったし、その続きみたいな感じで」

(本当は、それだけじゃないんだけど......)

 内心でそう呟きつつ、ユウキは言った。それを聞き、しかしマエトは、

「ユウちゃんの気持ちは分かったけど、さすがにキツいよ」

 と言った。顔を(くも)らせるユウキの前で立ち上がると、マエトは彼女の手を握って家の外に出た。

「とりあえず、リズさんの店行こ。デュエルとかしたまま放ったらかしにして、剣も防具も傷んでるからさ。ボス部屋行く前に剣折れたら洒落(しゃれ)にならん」

「......え? さっきはキツいって......」

「キツいとは言ったけど、嫌とか無理とかは言ってないでしょ?」

 しれっと言い返すマエトに、ユウキは笑顔でお礼を言った。

「ありがとう、とー君!!」

 

 

 リズベット武具店で装備一式の耐久値をフル回復してもらった2人は、新生アインクラッド第30層迷宮区に来ていた。ダンジョンに足を踏み入れたが、どうしたことか進んでもモンスターとエンカウントしない。

「なんかラッキーだね。今のうちにグングン進んじゃおう!」

 そう言って駆け出すユウキを、マエトは追った。分かれ道も走り出した勢いに任せて駆け抜け、途中からようやく現れ始めたモンスターも、一刀のもとに斬り伏せる。そうして5分ほど経った頃、ユウキが脇道に何かを見つけた。

「あーっ! 宝箱(トレジャーボックス)だ!!」

 と、ユウキが叫ぶ。それと同時に、反対側から太い声。

「お、宝箱じゃねぇか!!」

 2人が顔を上げると、火妖精族(サラマンダー)の男がいた。その後ろには、種族がばらばらの大勢のプレイヤーも見える。

(28人......7人パーティ4つのレイドか)

 マエトが素早く分析する前で、ユウキとサラマンダーの視線がぶつかった。

「この宝箱は俺達のもんだ、とっとと消えな!」

 叫んだサラマンダーに、ユウキが負けじと張り合う。

「同時だったよ! 公平にデュエルかじゃんけんで決めようよ!」

 ぎゃーぎゃーと口論する2人を眺めつつ、

(なるほどねー。最初おれらがモンスターにエンカウントしなかったのは、こいつらが進んだすぐ後だったからか。おれもユウちゃんも足速いから、途中で別ルート行ってたこいつら追い越しちゃったんだろ)

 そう結論付けたちょうどその時、ふとサラマンダーの口許に笑みが浮かんだのを、マエトは見逃さなかった。

「あぁ解った。お望み通り戦ってケリ着ける、こっちはそれで構わねぇぜ。ただ、そっちの相方はそれでいいのか? 確認とってくれや」

 素直に(うなず)くと、ユウキはマエトを振り向いた。

「とー君もそれでいい?」

 返事はなかった。代わりにユウキのすぐ横で風が吹き、すぐ後ろで剣戟(けんげき)の音が響いた。

 驚いたユウキが振り向くと、振り下ろされたブロードソードを切鬼(せっき)が受け止めているのが見えた。

「不意打ち下手くそだね、あんた」

 サラマンダーに向けてそう言うと、マエトは横にスライドした。途端(とたん)、支えがなくなってサラマンダーの姿勢が崩れる。裂鬼(れっき)で抜き打ちの一撃を放つと、サラマンダーの心臓部が肩口から叩き斬られた。

「まずは1人」

 マエトが静かに言うと、それでレイド全体に緊張が走った。残った27人が、素早く武器を構える。

「突っ走っちゃってすまんね」

 隣に並んだユウキにマエトが言うと、

「言い出したのはボクだし、おあいこだよ」

 とユウキが返す。同時に笑みを浮かべると、2人のインプは駆け出した。

 最前列で突進してくるノームの男が振り下ろした両手剣に、ユウキは超速の斬り上げをぶつけた。凄まじい速度でぶつかったマクアフィテルが、重量のある両手剣を音高く弾く。その刀身にマエトが足をかけ、大きく跳んだ。滞空中で上段突進技《ソニック・リープ》を発動させ、(せま)回廊(かいろう)の天井スレスレまで上昇。上空で青と赤の刃が光るのを見て、サブリーダーだったらしいノームが叫ぶ。

「ひ、ヒーラーを守れ!!」

(おせ)ーよ」

 少年の呟く声がした直後、落雷と旋風が発生した。天井を蹴って急降下したマエトに、最後列で(ひか)えていたヒーラー3人が全員斬られたのだ。(ただよ)う3つの残り火(リメインライト)蹴散(けち)らすようにして飛び出すと、マエトはレイド後列の後方支援担当(バックアップ)を潰し始めた。前衛でユウキの相手をするアタッカーやタンク達に、援護(えんご)が届かないようにするためだ。

「後衛を守れ!!」

「バカか、あの《絶剣(ぜっけん)》が相手なんだぞ! んな余裕ねぇよ!!」

 そう(わめ)いている間にも、仲間がどんどん減らされていく。特に後衛側の殲滅(せんめつ)のペースは異常だ。

 元々マエトは1対多数の戦闘を得意としているが、このペースの早さはこの場所に起因していた。

 たとえ同じ1対5の戦闘でも、草原のような包囲されるリスクが高く相手の行動の選択肢が多い(ひら)けた場所と、森や遺跡のような遮蔽物(しゃへいぶつ)が多くリーチの長い武器を自由に振れない場所とでは話が変わってくる。まして今は迷宮区の(せま)回廊(かいろう)で2対28。ステータスや実力以前に、動きの自由度が圧倒的に違う。

「おりゃぁーっ!!」

 雄叫びを上げたユウキの右手が、鋭く閃く。水平4連撃《ホリゾンタル・スクエア》。拡散した青白い正方形が、4人のプレイヤーを一度に吹き飛ばす。踊るように、派手に暴れるユウキに視線を移した数人のアバターが、即座に色とりどりのエンドフレイムに包まれる。目を離したほんの一瞬の隙なら、マエトはこれまで何度も刈り取ってきた。

 この2人相手に大人数で挑んだのは、愚策以外の何物でもなかった。

 リーダーのサラマンダーがそう悟ったのは、薄いモノトーンの世界でリメインライトになった仲間を眺めている最中だった。

 

 

 周囲に色とりどりのリメインライトが浮かぶ中、ユウキとマエトは再び先ほどの脇道に入った。ユウキが改めて宝箱に手をかけ、勢いよく開ける。

 中にあったのは、黒光りするインゴットだ。しかも普通のものよりやや大きい。リズベットの素材集めによく付き合わされている2人だが、こんなものは見たことがなかった。

 ユウキがインゴットをタップし、プロパティを開く。

「えーと......《メテオライト・インゴット》......? なんかカッコいい名前だね!」

「鉄隕石かー。レア武器素材の定番だし、リズさんにあげたら喜ぶんじゃない?」

「だね! 帰ったらもっかいリズのとこ行かなきゃ!」

 ストレージにインゴットを放り込むと、ユウキはマエトを振り向いて言った。

「よーっし。それじゃ、冒険再開しよう!」

 

 

 その後、マッピングしながら迷宮区を進んで10分は経っただろうか。マエトが「お」と声を漏らした。ユウキが顔を上げると、そこにあったのは。

「ボスの部屋だ......!」

 10メートル強の距離を駆け抜け、その前に立つ。改めて巨大な扉が、重く閉ざされている。ボス戦は過去に何度もやっているユウキだが、この大きな扉の前に立つと思わず武者震いしてしまう。

「ほんとに2人だけでここまで来れたな」

 感慨深そうなマエトの背中を、ユウキはバシンと叩いた。

「まだだよ、とー君。ボクたちの目標は、あそこにいるボスを倒すことなんだから!」

 いたずらっぽく笑うユウキに、マエトもにししと笑みを返した。

「それもそっか」

「うん! じゃあ行こう!!」

 そう言ってユウキが左手を、マエトが右手を鉄扉にかけた。同時に腕に力を入れると、2人の倍以上ある扉は、重々しいサウンドを響かせてゆっくりと開いた。

 吸い込まれるような暗闇に満ちたボス部屋に、2人は足を踏み入れた──。




次回 悪魔

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