ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

29 / 71
バトル回、これでラストです。
限界と自分を超えて、更に向こうへ! Plus Ult...あ、はい、静かにします。


第20話 最後の一撃

 新生アインクラッド第30層迷宮区。その最奥(さいおう)に位置するボス部屋に、2人の闇妖精族(インプ)と1体のボスモンスターがいた。

 狭い部屋を満たしていた静寂(せいじゃく)を雄叫びで破り、巨人型ボス──《ザ・デスペレイトシャドウ》が飛び出した。壁面(へきめん)の足場を使って縦横無尽に飛び回り、凶刃を振るう。

 重ねた2振りの得物(えもの)で軌道を()らすマエトだが、全方位からのランダムな攻撃を完全には(さば)ききれず、少しずつだがダメージを負っていく。

 このまま続ければ、マエトが一方的にHPを散らして負ける。フードの奥で勝利を確信したような笑みを浮かべ、ボスが剣を大きく振るった。

 正面からの大振りをガードしたことで、マエトの体勢が崩れる。その隙を狙って、ボスが長剣を大上段に構えた。

「ギシャァアア──ッ!!」

 ボスが勝利の雄叫びを上げる。肉厚の刃が、小柄なアバターに吸い込まれ──

「てりゃああっ!!」

 ボスのそれとは別の雄叫び。同時に、澄みきった金属音。ユウキがボスの剣をパリィしたのだ。

 攻撃を防がれ、すぐバックジャンプして3次元機動に戻るボス。その動きに油断なく注意しつつも、ユウキはマエトにニコッと笑いかけ、言った。

「背中、お願いね?」

 その台詞とこのシチュエーションに、マエトは懐かしさを覚えた。

 あれは確か、旧アインクラッド第7層のダンジョンでのこと。斬りかかった剣が逆に刃こぼれするほどに硬い(から)と、高速バウンド攻撃が厄介な巨大ダンゴムシ型モンスター《バウンシー・スレーター》に出くわしたのだ。

 狭い回廊(かいろう)で、床や天井をピンボールのように跳ね返る立体攻撃に苦戦していたとき、6層で出会ったばかりの茶髪の少年がマエトに背中を(あず)けて────

 ふと、マエトは左手に懐かしい温かさを感じた。手の中にあるのは何の変哲もない黒い(つか)だが、にっと笑みを浮かべると、マエトは昔とまったく同じ返事をした。

「んじゃ、おれのよろしく」

 ユウキに背中を(あず)け返したマエトに、ザ・デスペレイトシャドウが足場を蹴って一直線に突っ込んだ。単調な突進を回避したマエトだが、その視界の(はし)でボスの得物(えもの)が赤く輝き出した。背中をマエトに見せたままのザ・デスペレイトシャドウが、反時計回りに回転して斬りかかってくる。両手剣カウンター技《バックラッシュ》。

 だがそこに、ライトブルーに輝く長剣が割り込んだ。ユウキだ。

「やあっ!」

 凛と響く声と共に、基本単発技《バーチカル》を水平斬りにぶつける。ソードスキル同士の衝突で、両者が激しくノックバックする。

 その間に、今度はマエトが壁の足場を使って飛び回った。暴走しているときより速度も一撃の威力も落ちてはいるが、全方位から細かく攻撃を加え続け、ボスの見えないHPゲージを着実に削っていく。

「ギャシャァァァッ!」

 苛立(いらだ)ったように叫んだボスが、飛び回るマエトにオレンジに輝く長剣を向けた。両手剣上段突進技《アバランシュ》。一気に加速すると、マエトの移動の軌道上に斬撃を叩き込む。

 だがそれより先に、マエトは足場のないただの壁面を剣尖(けんせん)で叩いてブレーキをかけた。

 代わりに、ソードスキルの軌道上にライトグリーンの光の尾を引いて、ユウキが飛び込んだ。同じく上段突進技《ソニック・リープ》。ソードスキル同士がぶつかり、再びユウキとボスがノックバックされる。

 床に叩き付けられるボスの正面で、ユウキは壁へと飛ばされ、叩き付けられる──直前に、彼女は2H(ツーハンド)ブロックの要領で剣を頭上に(かか)げた。直後、

「......っせ─────のっ!!」

 黒曜石の刀身に、ライトグリーンに輝く片刃の刀身がぶつかった。ソニック・リープを発動させたマエトが、切鬼でマクアフィテルを叩き、ユウキを吹き飛ばす。

 倒れたばかりのボス目掛けて再加速したユウキは、マクアフィテルにタイムの花を思わせる紫のエフェクトを宿した。《マザーズ・ロザリオ》の11連撃が全て、ボスの無防備な腹に突き刺さる。

 悲鳴を上げながらも、ボスが起き上がる。技後硬直(スキルディレイ)を課せられるユウキをターゲットし、バスタードソードを振り上げる。

 そこに、マエトが飛び込んできた。もう何度目かも解らない全方位攻撃......いや。

(速くなってる......!?)

 ユウキが目を丸くする。少しずつ、だが確かにマエトの動きが速くなっている。跳躍の角度もより鋭角になり、一撃ごとのダメージエフェクトの量も増えている。

 暴走時と同等の機動力と攻撃力での立体攻撃に、ユウキは思わず見惚(みと)れた。

 猛々(たけだけ)しい叫び声を響かせ、ボスが剣を振るった。正面から飛び込むマエトをピタリと照準して、鈍色の刃が斜め下から跳ね上がる。

 そのとき、鮮やかなブルーのライティングを放つ長剣が、ボスのがら空きの腹を水平に(えぐ)った。

「おりゃあっ!!」

 気合を乗せて、ユウキが剣を垂直に跳ね上げる。3連重攻撃《サベージ・フルクラム》が、半ば()ぎ払うように振るわれたボスの剣を途中で止めた。

 その隙を逃さず、マエトはバスタードソードの(しのぎ)を無造作に蹴って跳躍した。さらに、ボスの頭の後ろにある足場で鋭角ターン。

「ぶっ──」

 両手の双刃がギラリと光り、少年の声が冷たく響く。

「──った()れろ」

 直後、旋風が吹き荒れた。

 鮮血のように弾けた膨大(ぼうだい)な真紅のダメージエフェクトは、ボスの見えないHPゲージが大きく削られたことを如実(にょじつ)に表していた。

 

 

「よしっ......!」

 思わずユウキは、そう小さく呟いた。

 ひときわ大きな悲鳴を上げるボスのHPは、恐らく残りわずかだ。

「行けるよ、とー君! もう(ひと)頑張(がんば)りだよ!!」

 隣に降り立ったマエトにそう言うユウキだが、当のマエトはというと、

「こっち!!」

 有無を言わさぬ様子で叫び、右手でユウキの腕を(つか)んで駆け出した。

「うえぇっ......!?」

 驚いたユウキの口から出た奇妙な声を、背後で響いた咆哮(ほうこう)()き消した。断末魔とは違う、そんなものより遥かに獰猛(どうもう)な叫び。2人がちらりと振り向くと、ザ・デスペレイトシャドウの全身から、血のような赤黒いオーラが(にじ)み出ていた。

「残りHPが少なくなったから、フランティック入ったんだ」

 マエトがそう言ったとき、ボスもまた動き出した。今まで同様、壁の足場を使って飛び回る......のだが。

「さっきよりずっと速い!」

 ユウキが叫んだとおり、ザ・デスペレイトシャドウの機動力は、狂乱状態(フランティック)に入ったことで格段に向上していた。「急いで!」と言うマエトに続いて、壁際まで走る。

 壁際にいれば、少なくとも背後から攻撃されることはない。今まで同様の3次元攻撃も、壁が邪魔で頭上や側面からは狙いづらいため、攻撃は2人の前方斜め上からだけという(しば)りをかけられる。

 だとしても、血の色のオーラを(まと)って荒れ狂うボスのスピードはかなり速く、攻撃も防御より厳しくなったと言わざるを得ない。

 壁際でそれぞれに武器を構えると、2人は改めて気を引き締めた。

 ユウキは、せっかくここまで来たのだから最後まで思いきりやっちゃおうという考えからだが、マエトはそうではなかった。

 今ここで仕留めないと、次は2度とないと思っていた。

 ザ・デスペレイトシャドウの攻略は《高機動高火力の物理アタッカーのみの小規模レイド》が大前提。そんな不安定な条件で、次も上手く行く保証はないからだ。

 だが、動きの速さとランダム性にかなり()れてきている今なら、まだ比較的チャンスがある。

 瞬時にそこまでの結論に達すると、マエトは言った。

「ここで仕留めよう。狂乱状態じゃ防御力が下がるはずだから、ソードスキルで叩けば殺し切れる」

 素早く(うなず)いたユウキだが、そこにボスの攻撃が飛んでくる。さすがの反応速度でパリィはするが、インプの少女は困ったような顔で言った。

「でもどうやって? さっきより速いし、これ防ぐだけでもけっこう大変だよ?」

 ユウキの言う通り、狂乱状態で防御力は下がっているはずでも、攻撃力とスピードは今まで以上。一発でも喰らえば──いや、わずかに当たるだけでも、残った全てのHPは吹き飛ぶだろう。

 だが、マエトは左手を振ってメニューウインドウを操作しながら言った。

「うん、速い。でもしばらく戦って慣れてる今なら、あのくらいはギリギリ見えるよ。それに、勝算がないわけでもない」

 そう言うマエトから視線を外して、ユウキはボスをじっと見た。速くなっていると自分で言ったばかりではあるが、確かにギリギリ追える。だがあくまでギリギリだ。当てることができても、苦し紛れのカウンターがせいぜいと言ったところだろう。ボスの残りHPを吹き飛ばせるだけの重い一撃を直撃させられる、そんな可能性はかなり低い。そのとき、

ギリギリ半分あるか(・・・・・・・・・)......」

 そんな呟きが聞こえて、ユウキはマエトの方を振り向いた。ユウキの視線に気付くと、インプの少年はウィンドウを消して、腰と背中の鞘から得物を引き抜いた。ただでさえ華奢(きゃしゃ)な2振りは、どちらもそこかしこで刃こぼれしていた。恐らく耐久度はほとんど限界だ。

 ユウキも素早く愛剣を構える。だが、マエトが即座に言った。

「ごめん、ユウちゃん.......おれにやらせて」

 ザ・デスペレイトシャドウは、あくまでALOの運営体が無作為にデザインしたモンスターであって、マエトの過去と直接的な関係はない。たまたま見た目がよく似ていただけ、偶然の産物だ。

 だがそれでも、一度重ねてしまった面影(おもかげ)は消えず、マエトの中であのフロアボスは絶望の象徴として色濃く染み付いてしまっている。

 だからこそ、今ここで決着をつけることで、絶望と憎悪(ぞうお)に呑まれた自分を乗り越えたい。

 マエトのそんな思いに気付いたユウキは、明るく笑って(げき)を飛ばした。

「頑張れ、とー君!!」

 正直、不安はまだあった。だがそれでも、事ここに至ればもう腹を決めるしかない。

 何より、友達がトラウマを克服するべく立ち向かおうとしているのだ。ならば信じて背中を押すしかない。

 マエトはフッと口許(くちもと)に笑みを浮かべると、

「頑張る!!」

 と答え──直後、飛び出した。

 その突進の鋭さに、ユウキは思わず息を呑んだ。

(スピードはともかく、火力とリーチで上を行かれてる以上、ダラダラ斬り合ったら殺られる。一気に寄って殺し切るしかない!)

 縦横無尽に飛び回るボスの元へと、マエトは一直線に駆ける。

 直後、ボスが奇怪な雄叫びを上げて、天蓋(てんがい)を蹴って急降下した。叩き付けるように振り下ろされた剣を避けるマエト。その横から、床と水平に振るわれたバスタードソードが飛んでくる。()うようにして刃を(かわ)すと、そのままクラウチングスタートのように再度飛び出す。

 ボスが振り上げた剣が、アイスブルーの輝きを宿す。最上位片手剣技《ノヴァ・アセンション》。ほぼ全ての剣技から先手を取れるほどに速い初撃を誇る10連撃技だが、狂乱状態によってその剣速はさらに跳ね上がっている。

 上段から振り下ろされ、さらに高速で襲いかかってくるバスタードソードを、マエトもまた高速で躱した。

 本来なら上位剣技は技後硬直(スキルディレイ)も長いが、ソードスキルがカスタマイズされているのか、ザ・デスペレイトシャドウはすぐに動き出した。再び剣が上段に上げられ、鮮やかなグリーンに輝く。

 またソードスキルが来る。そうユウキが思うと同時に、マエトがいつの間にか取り出していた何かを上空へ投げた。

 青白いかがり火を受けて輝くそれは、切鬼と裂鬼を入手する以前にマエトが使っていた片手直剣《チャロアイトブレード》。

 ボスの顔が、マエトの投げた剣の方に向く。それによって、ボスのソードスキルの照準がそちらに向いた。

 AIのレベルが高いということは、それだけボスの情報処理能力が高く、視野も広いということだ。不意に投げられたものに対しても、つい反応してしまう。

 ボスのAIの高度さすら、マエトは利用した。

 ザ・デスペレイトシャドウが振り下ろした、緑色に輝く剣──恐らく両手剣基本単発技《カスケード》──に激しく叩かれ、闇色の片手直剣が砕けた。

 その隙に、マエトはザ・デスペレイトシャドウに迫っている。

 距離1メートル弱──射程圏内。

 マエトが地面をひときわ強く蹴り、切鬼を上段に構えた。先ほどボスも使った10連撃ソードスキル《ノヴァ・アセンション》を発動。白銀の刀身が震え、氷のような青色がより強く輝く。

(一気に(ふところ)に──!!)

 ──そのとき、マエトの横を緑色の燐光(りんこう)が上へと走った。再び上段に構えられたバスタードソードは、未だ輝きを失っていない。

 両手剣垂直2連撃ソードスキル《カタラクト》。

(さっきのソードスキル、単発技じゃなかったんだ!!)

 内心絶叫するユウキの視界の中で、肉厚の刃がマエトに触れ、振り抜かれた。

 少年のアバターが、叩き込まれた剣で真っ二つにされた。

「とー............!」

 ユウキが声を()らす前で、切鬼のライトエフェクトが弱々しく明滅し、消えた。そして、

 マエトのアバターは黒い煙になって、呆気(あっけ)なく爆散した。

 ザ・デスペレイトシャドウが雄叫びを上げた。勝利を確信したかのような咆哮(ほうこう)が響く。

 負けちゃった。頑張ったんだけどなぁ。

 ぼんやりとそう考え、ユウキはマエトがいた場所を眺め──気付いた。

 《残り火(リメインライト)》がない。プレイヤーが死んだ時、その場に必ず出現するあの炎のエフェクトが。あるのは謎の黒い煙だけ──。

 突如、黒い煙幕が突き破られた。紫色の初期装備に身を包んだインプの少年が、双剣を(たずさ)えて高く飛び上がる。

 あの黒い煙は、幻影魔法のエフェクトだったのだ。レア防具《シャドウイ・コート》の最大耐久値の50%を消費することで即時発動した、自身を虚像に変えて攻撃を無効化する幻影魔法《ミラージュ・サクリファイス》。

 全力のジャンプで小柄なボスの頭上へと躍り出ると、マエトは右手の切鬼を八相に構えた。

 突き上げた切鬼の青白銀の刀身に、今度は青紫のエフェクトを宿す。青い炎のように輝く斬撃が、巨人の首に叩き込まれる。片手剣上位単発技《ジェリッド・ブレード》。

 瞬間、氷河の崩壊を思わせるサウンドの中に、ヒビが入るような高い音が混ざった。

 その直後、ボスの体を床に叩き伏せた切鬼が、無数のポリゴンとなって(くだ)けた。酷使(こくし)された剣の耐久度が尽きたのだ。

 だが、マエトはまだ止まらない。戦いを終わらせるために、まだ終わらない。

 (から)になった右手は前に出したまま、左の裂鬼を半ば強引に引き絞ると、赤黒銀の刀身が深紅に輝いた。

 ジェットエンジンじみた金属質の轟音(ごうおん)炸裂(さくれつ)し、神速で真下に()ち降ろされたクリムゾン・レッドの光槍が、ボスの無防備な腹に突き刺さる。単発重攻撃ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。

「ギャアアア──ッ!!」

 ザ・デスペレイトシャドウが絶叫する。そこに再び、ヒビが入るような音。

 切鬼と同じく、裂鬼の耐久度がいよいよ尽きかけているのだ。

 (うめ)き声を()らしつつ、ボスが腕を動かそうとした。無理矢理にでも剣を振るって、今度こそマエトのHPを吹き飛ばそうとする。

 だが、

(あと、もう一歩......!)

 マエトは歯を食い(しば)って、さらに剣を突き出した。まるでその動きに呼応(こおう)するかのように、炎を模した波刃(セレーション)獰猛(どうもう)に輝く。直後、深紅の槍が限界を超えて勢いを増す。

 ボスの悲鳴とソードスキルのサウンドが共鳴し、狭い部屋を埋め尽くす。

 そして、一瞬の静寂(せいじゃく)が訪れ──

 新生アインクラッド第30層フロアボス《ザ・デスペレイトシャドウ》は、硬質のサウンドエフェクトと、膨大(ぼうだい)なポリゴン片を()き散らして四散した。

 

 

『泣くなよバカ。また()えるって』

 

 ──あー、そーだな......じゃーな、ベル。

 

 

 ────────ごめんな。

 

 

 コンマ数秒遅れて、マエトの手の中で同質の、しかしささやかな破砕音が鳴ったのを、ユウキは聞いた。

 少年が力なく落下する中、盛大なファンファーレが響く。空中に【Congratulation!!】のシステムメッセージが輝いても、歓声は上がらなかった。

 目の前に表示された獲得経験値やアイテム等のメッセージには目もくれず、ユウキはゆっくりと歩き出した。

 マエトはボス部屋の中央で、大の字で寝転んでいた。残った全ての耐久値を消費したことでレアなコートは消滅してしまい、いま(まと)っているのは簡素な胴着(ダブレット)とズボンという、迷宮区攻略前とは比べるべくもない貧相な装備だ。

 起き上がって振り向いたマエトが、近付いてきたユウキに向けて口を開く。

「やったな、ユウちゃん。勝ったぞ」

「......うん」

 ユウキは小さく頷いた。いつもと変わらないのんびりとした口調で、マエトが続ける。

「しっかし、剣もコートも壊しちゃったなー。いや、コートはともかくとして、せっかく皆に手伝ってもらって手に入れた剣なのになー」

「......うん」

 やはり小さく頷くユウキ。

「それをいっぺんに2本ともロストかー。こりゃさすがに怒られ──」

 いつになく饒舌(じょうぜつ)なマエトの言葉が途切れた。

 ユウキがマエトを抱き締めたからだ。ぎゅっ、と腕に力を込め、耳元で(ささや)くようにして言う。

「頑張ったね、とー君。ありがとう」

 返事はなかった。

 だが数秒後、マエトがぽつりと呟いた。

「────剣、壊れた」

「......うん」

切鬼(せっき)も......裂鬼(れっき)も......どっちも、壊れた......」

 徐々にマエトの声が震えていく。弱々しくなる。

「......うん」

 ユウキが優しく背中を撫でると、マエトはユウキの肩に顔を埋めた。ユウキが肩に(ほの)かに熱を感じるのと同時に、腕の中で小さく嗚咽(おえつ)が漏れる。

 静かに涙を(こぼ)して泣くマエトに、ユウキは優しく──姉がよく自分にしてくれたように言った。

「大丈夫。形がなくなっても、思い出は──(きずな)はなくならないよ」

 ふと、何かを感じたユウキが顔を上げると、2つの人影が見えた。

 ダークブルーのマントと黒いマフラーが印象的な、白髪(はくはつ)の少年。

 白い布防具に赤銅(しゃくどう)色の軽鎧を重ねた、茶髪の少年。

 背を向けて歩き出した白髪の少年を追って、茶髪の少年が立ち去る──直前。

『俺の親友を、頼んだぜ』

 そんな声が聞こえた気がした。

(うん。キミのぶんも、ボクがとー君のそばにいるよ)

 心の中でユウキはそう答え、マエトの小さな体を抱く腕に、優しく力をこめた。

 新たな思い出や未来のために、思い出の象徴たる親友の形見を犠牲(ぎせい)にした少年の背中を、ユウキは泣き止むまで、優しく撫で続けていた。




次回 マエトの想い

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。