ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

30 / 71
ここからはバトルはありません。書き慣れない話ですが、頑張って書いたので読んでいただけると幸いです。


第21話 マエトの想い

§新生アインクラッド第30層迷宮区

 

 

「10秒後、30メートル先にモンスター群が湧出(ポップ)します!」

 警告したユイに、アスナが(たず)ねた。

「ユイちゃん、ボス部屋まではあとどれくらい?」

「いま残り100メートルを切りました!」

 それを聞いてキリトが叫ぶ。

「もう戦闘回避はなしだ、一気に突っ切るぞ!」

「「「了解!!」」」

 全員が応えると同時に、離れた場所に複数体のモンスターが現れた。それを見るや、キリトは背中の鞘から愛剣を引き抜き、床に打ち下ろした。片手直剣範囲攻撃技《セレーション・ウェーブ》。

 放射状に広がったエフェクトが、モンスター群の動きを阻害する。

「アスナ!!」

 キリトの合図とほぼ同時に、ウンディーネはレイピアを構えたまま駆け出し、

「どいてっ!!」

 モンスター群に向けて叫ぶと、床を全力で蹴った。瞬間、アスナは純白の流星となって飛翔した。細剣最上位突進技《フラッシング・ペネトレイター》が、たたらを踏むモンスター共を吹き飛ばす。

 突進の勢いのまま数メートル進み、着地しても止まることなくそのまま走るアスナに、キリトたちも続く。

 ほんの数十分前、森の家でリズベットに、

『ユウキとマエトが2人だけで30層のボス攻略に行った』

 と聞いて胸騒ぎを覚えたキリトとアスナは、同じく森の家にいたリーファ、シノン、リズベット、シリカとパーティーを組んで、第30層ボス部屋へと向かっていた。

 急いでいたためポーション類は最低限しか準備せず、迷宮区に入ってからモンスターとの戦闘もユイに協力してもらって可能な限り回避してきた。

 そうしてタイムアタックのようにダンジョンを走って、十数分は経っただろうか。

「あれっ!?」

 突然そんな声を上げたシリカに続き、シノンが言う。

「ボス部屋の(とびら)、開いてるわよ!」

 視力のいいケットシーにやや遅れ、キリトたちにも開かれたボス部屋の扉が見えた。

「ってとこは......2人だけでボス倒しちゃったの!?」

「すごいって言うか、なんて言うか......」

 驚くリーファと、驚きを通り越して呆れたように言うリズベットだが、キリトとアスナの胸には不安のようなものが少しばかり残っていた。

「ボス部屋内にプレイヤー反応が2つ! 恐らくユウキさんとマエトさんです!」

 ユイの叫びを聞き、6人はダッシュのスピードを上げた。アスナを先頭になだれ込むように飛び込むと、やや狭い円形の部屋の中央で、2人の小柄なプレイヤーが倒れているのが見えた。

「ユウキ、マエトくん......!」

 2人の名前を叫ぶと、アスナは人影に駆け寄り──固まった。不審に思ったキリトたちも後に続き、2人の様子を確認する。

「......寝てる?」

「寝てるわね」

「寝てますね」

 リーファの疑問符まみれの言葉を、シノンとユイが肯定した。

 ユウキとマエトの穏やかな顔からは、パッと見て解るほどにデルタ波が出ていた。「すぅ......すぅ......」と寝息まで立てていては、寝ているのは確実だ。ただ──

「なんで?」

 リズベットの疑問に、寝ている2人以外の全員が同意した。

「ま、まぁ疲れたんだと思うよ、うん......」

 苦笑しながらフォローするアスナの横で、キリトが別の疑問を投げた。

「マエト......装備はどうしたんだ?」

 それを聞いて改めて見ると、マエトが着ているのは紫色の初期装備だ。ユウキの腰には剣が納められた鞘があるのに、マエトの腰と背中にはない。装備一式が丸々消えている。

「まさか、装備全部まるっとぶっ壊したんじゃないでしょうね」

 顔をしかめて言う鍛治屋(かじや)に、今度はシリカがフォローを入れる。

「きっと、大激戦だったんですよ。2人だけだったんですし」

「くるるぅ!」

 ピナが主人に同意する。そのとき、

「ん、んん......?」

 という声が()れ、ユウキの長い眉毛がピクリと動いた。(まぶた)が持ち上がり、赤紫色の瞳が7人と1匹を見つめ返す。

「あれ......アスナがいる......みんなもいる......」

 上体を起こしてふわぁーと欠伸(あくび)をすると、ユウキはキョロキョロと周囲を見回した。

「あ、えっと......ボクととー君とで、ボスを倒して、それで眠くなって......」

 言葉にしながら記憶を辿(たど)っていくユウキ。その眠たそうな顔が、突然ボッと音がするほどに赤くなった。

「ユウキ......? どうしたの?」

 覗き込んでくるアスナから逃れるように顔を背けつつ、

「い、いや、別に何も......」

 と口をモゴモゴさせるユウキの横で、別の声がした。

「ん......なんでこんな人いるんだ......?」

「お、マエトも起きたか」

 何の気もなしにキリトがそう言うのと同時に、ユウキがビクッとした。

「ユウキ......?」

 明らかにおかしい反応を見せるユウキに、アスナだけでなく他の女性陣も視線を照射する。それから逃れようとユウキは身を(ひね)り──ちょうど起き上がったマエトと、ばっちり目が合った。

 途端、ユウキの顔がさらに赤くなった。耳まで真っ赤になったユウキを見て、マエトは眠そうな目をパチパチさせた。

「え、何? ナニナニ?」

 とリズベットがニヤニヤ笑いを(こら)えながら言う。

「マエト、あんたユウキに何かしたんじゃないでしょうね?」

 シノンがじっとりした目を向けながらマエトに言った言葉だが、その言葉に反応したのはユウキだった。

「あっ、あーっ! ボ、ボク用事思い出したから行くね──────ッ!!」

 そう叫びながら素晴らしいスピードで逃走するユウキに、その場のほぼ全員が思わず目を丸くした。

 唯一マエトだけが、小さくため息を吐いていた。

 

 

 逃走後、ユウキは近くの適当な主街区に飛び込むや即座にログアウト。その日はもうログインしてこなかった。

 そして、ユウキとマエトのボス討伐から2週間が経ったある日、キリトは新生アインクラッド第10層に来ていた。

 フレンド追跡に従って、主街区の端にある門から圏外に出る。そのまま少しだけ歩くと、目の前に大きな桜の木が見えてきた。

 マエトのプレイヤーホームのちょうど裏側に、主街区の(へい)(はさ)む形で設置されているオブジェクトだ。主街区との距離が非常に近いため、この位置にはモンスターもポップしない。

 桜の木に近付いたキリトは、その木の枝の何かがぶら下がっているのを見つけた。

「......何してるんだ、マエト?」

 膝を曲げてフックのように枝にぶら下がりながら、マエトはキリトに答えた。

「んー......天日干しごっこ?」

「それ楽しいか?」

「そんなに」

 間の抜けた顔で答えるマエトにため息を吐きつつ、キリトは訊ねた。

「どうするんだ?」

「何が?」

「ユウキのことだよ」

 キリトが即答すると、マエトは黙った。ただ想定はしていたのか、その表情は落ち着いている。

「ボス戦で何があったかは、昨日ユウキから聞いたよ」

 前日の夜、森の家にキリトとアスナの友人たちが集まっているところに、ユウキは現れた。

 アスナたちの追求を避けるためか、それまでごく短時間しかログインしていなかったユウキは、30層迷宮区攻略のあらましを語って聞かせた。

『また一緒に遊びたいけど......とー君にどう接していいのか、解んなくて......』

 どこか寂しそうなユウキの顔を思い出し、キリトは言った。

「ユウキはお前にどう接すればいいか悩んでたけど......お前からは何もしないのか?」

 返ってきたのは苦笑だった。

「なんかキリトさんらしくないね。そんなこと言うタイプだっけ?」

「はぐらかそうとするな。あとこれを言ったのはリズとシノンだ」

 ごまかそうとしたマエトだが、キリトは逃がさなかった。

 数秒の沈黙の後、観念したようにマエトは口を開いた。

「正直、おれとしては申し訳ないって気持ちばっかだね」

「申し訳ない......?」と聞き返すキリトに、マエトは続けた。

「ユウちゃんにとって、おれはあくまで友達でしかないからなー。好きでもないやつにキスなんかさせて......それに、30層攻略は思い出作りで行ったんだ。なのに、あんなもん(・・・・・)見せちゃったからなー」

 マエトの言う「あんなもん」が暴走のことであると、キリトはすぐに察した。

 朧気(おぼろげ)にだが、マエトは暴走していたときのことを少しずつ思い出していた。狭まった視界の中、ベルフェゴールの仇の姿しか見えていなかった。

 だが一瞬、ほんの一瞬だけ、別のものが見えた。ユウキの顔だった。

 マエトの方を見て、必死で何かを叫んでいたが、何も聞こえなかった。

 見えた次の瞬間には殺意で塗りつぶされてしまった彼女の顔は、涙で濡れていた。

「......おれも、どの(つら)下げて会えばいいんか解らん」

 ゆらゆらと揺れるマエトの口から、ポツリと零れ落ちたその言葉に、キリトはこう答えた。

「お前がしたいようにすればいいんじゃないか?」

 途端、マエトの眉毛がぴくりと動いた。

「お前のところに行くってアスナに言ったら、伝えてくれって言われたんだ。『わたしが言ったこと、覚えてる?』って」

 アスナに言われたこと。ここでそう言われて、マエトが思い当たるのはあの言葉だけだった。

『あなたは自分を殺しすぎよ』

 今一度その言葉を思い出したマエトは、小さく(うな)った。

「自分に素直に、か......」

 そう呟き、マエトは悩んだ。それをキリトは、黙って見守った。

 十数秒ほど、枝が風に揺れる音だけが響いた。

 その枝葉の音の中にポツリと、小さな声が混ざった。

「......付き合いたい」

 その声にキリトが顔を上げると、マエトはいつの間にか枝の上に腰かけていた。キリトに背を向けて座っているため、表情は見えない。

 だが、(とが)った耳の先端は、ほのかに赤くなっていた。

「......ユウちゃんと、付き合いたい......んだと思う、多分」

 そう付け加えたマエトだが、照れ隠しやごまかしなどではないと、キリトは感じた。恐らく、自分でもまだよく解っていないのだろう。

 それでも、マエトが口にしたその一言を聞いて、キリトはフッと笑った。

「そうか......」

 どこか安心したような表情のキリトに、マエトの声が降りかかった。

「まーでも、付き合うにしても不安っていうか、心配っていうか、そーゆーのもあるんだけどね」

「不安?」

 聞き返したキリトを振り向くマエト。その顔に浮かんでいた笑みには、自嘲(じちょう)(にじ)んでいた。

「ユウちゃんは病気と......死と戦い続けてきた。周りで人が、それも親しい人が死んでいくのを、何度も見てきた。ユウちゃんは命の重さを、誰よりも知ってる」

 そこでマエトは口を閉じた。だが、キリトはすぐに察した。

 命の重さを誰より知っている。そんな少女の隣に、自分が──人殺しがいていい訳がない。

 マエトはそう言いたいのだと。

 自分は剣士で、ヒーローだ。30層フロアボス《ザ・デスペレイトシャドウ》との戦闘で、マエトはそう考えるようになった。

 だがその考えは、自分が人殺しであると認めるのが前提なのだ。

 ヒーローだと(かざ)り立てても、人殺しであるという事実は決して消えない。

 (しかばね)を積むことに何も感じず、1年間ずっと人の命を奪って──

「それは違うと思うぞ」

 不意に、そんな言葉が聞こえた。驚きの目を向けたマエトを真っ直ぐ見て、キリトは続けた。

「俺が今まで見てきた犯罪者(オレンジ)殺人者(レッド)は、他人を傷つけ(もてあそ)び、命を奪うことを楽しんでいた。そこに自責の念なんてものは欠片もなかった。お前なら知ってるだろ?」

 キリトの言うことは事実だ。ベルフェゴールを殺した連中も、その日からマエトが斬り続けてきた連中も、犯罪や殺人に快感を覚えていた。

 マエトに斬られるその直前、恐怖は抱いていても、後悔はしていなかっただろう。ただ1人の例外もなく。

「でもお前は違う」

 (はね)を広げてマエトの隣に移動すると、キリトはその目をじっと見た。

「お前は、自分がしてきたことに罪の意識をもっている。だから自分を人殺しと言い続ける。でもその感情は、レッドたちが持っていなかったものだ。お前はあいつらとは違う」

 そこで句切り、キリトははっきりとした声で言った。

「お前はユウキと同じで、命の重さを知っている」

 キリトの言葉に、マエトは丸くした目をパチパチさせていた。

 しかし、その顔にすぐに笑みが浮かんだ。

 赤紫色の目の奥からは、暗さがなくなっていた。

「そーだといいなー」

 そう言うと、マエトは枝から飛び降りた。それに続きつつ、キリトは訊ねた。

「どこ行くんだ?」

「イグシティ。このあと約束があってさ、そろそろ行かんと」

「......そっか」

 そう返したキリトに、マエトはいつものように「にしし」と笑った。

「ありがとね、キリトさん。だいぶ楽になったよ」

「あぁ。......えっと......そのー、なんだ」

 急に口ごもるキリトに、マエトは首を(かし)げた。

 きょとんとした顔で見てくるマエトに、キリトは頭をガリガリかきながら言った。

「俺が言うのもなんだけどさ......お前の想い、ユウキに伝わるといいな」

 キリトの言葉を聞いて、マエトはふと、昔のことを思い出した。

 

 

『そっかぁ、ユウは振っちゃったかー』

 智也(ともや)木綿季(ゆうき)に振られた日の放課後、智也から話を聞いた藍子(あいこ)は苦笑した。

『それにしても、ユウけっこうひどいこと言ったね、それ。ごめんね、智也君』

 謝る藍子に、智也はのんびりと返した。

『別にいーよ。気にしてないし、(わか)らないってのもユウちゃんらしいよ』

 大きく伸びをすると、智也は続けた。

『ま、恋愛は呆気(あっけ)なく散ったけど、それでもいーかな。また会えるかも解らんのに付き合ったところで......って話だし』

 失恋の傷など最初からなかったように思えるほど軽い調子で話す智也に、藍子は『大丈夫だよ』と言った。

『人を想う気持ちって、ちゃんと相手に伝わるものだよ。だから今はダメでも、きっと届くよ』

 

 

 かつて藍子に言われたことを思い出し、マエトはキリトに答えた。

「いや......その辺はあんまり心配してないかな」

 そう言うと、マエトは新生アインクラッドの外周に向けて飛び立って行った。

 コウモリの羽に似た半透明翼が揺れる背中を見送り、キリトは呟いた。

「俺が言えることは、全部言えたかな」




次回 ユウキの気持ち

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。