ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア 作:Maeto/マイナス人間
§新生アインクラッド第22層 森の家
テーブルの上にカチャッとカップを2つ置き、アスナはソファに座った。
慣れた手つきでカップの
その隣で、同じように沸かしたお茶を飲み、ユウキはほっと息を吐いた。
マエトの元に向かうキリトと入れ違いになる形で、ユウキはこのログハウスにやってきた。
ユイはリーファやシノンたちのクエストを手伝っているため、今はアスナとユウキの2人だけだ。
昨晩、アスナたちに30層攻略の
そして今、アスナの隣でカップを
「大丈夫?」
そっと
返答は、短い沈黙の後だった。
「......
いつもハツラツとしている彼女らしからぬ答え。だが、
(無理もない、か......)
助けるためとは言え、異性の友人とキスしてしまったのだ。
どう接していいかなど、すぐには解らないだろう。
あの日以来、マエトの顔を見ると、ユウキは恥ずかしさのあまり逃げ出してしまうようになった。
マエトも「好きなわけでもない男にキスさせてしまったという申し訳なさと自己嫌悪」からか、ユウキを追ったり呼び出したりもしていない。
どうにかしたい。そう思いつつも、どうしていいか解らないまま、2週間が経ってしまっていた。
ユウキもマエトも、そしてアスナたちも。
「......」
「......」
何を言えばいいのか解らないまま、アスナもユウキもお茶を飲み干してしまった。
カップをソーサーに置くアスナに対して、ユウキはこの気まずさをごまかしたいのか、再びカップにお茶を沸かした。
コポコポと音を立ててお茶が湧き出ると、中身を見ずにカップを傾ける。直後、
「んん────っ!?」
急にユウキが奇声を上げた。
「ユ、ユウキ!?」
突然のことに驚くアスナの視界の端に、先ほどまでユウキが持っていたマグカップが映った。
中のお茶の色は、濃い赤紫だった。
(あー......これ、すごい濃い梅干しの味がするやつだ......)
梅干しをミキサーで
「ユウキ、これ食べて!」
「ん、うん......!」
涙目で皿とフォークを受け取ると、ユウキはケーキを大急ぎで口に運んだ。チョコレートの濃密な甘味を楽しむ余裕もなく
「ふぅー......びっくりしたぁ......」
「わたしもだよー。急に悲鳴上げるんだもん」
「ごめんねアスナ、ありがとう」
お礼を言うと、ユウキはカップに残っていたお茶を一気に飲み干し、その酸味をチョコレートケーキで上書きした。
「うぅー......前も飲んだけど、このお茶やっぱり酸っぱいね......あ」
何かを思い出したように小さく声を
「そのお茶......マエトくんのカップに沸いて、ユウキが代わりに飲んだんだよね」
アスナの言う通り、以前アスナとユウキ、そしてマエトの3人でいたとき、マエトのマグカップにこの特濃梅干し茶が湧き出たのだ。
一口飲んで──と言うより、恐る恐る舐めた瞬間にマエトはギブアップし、ユウキに助けを求めた。
『ユウちゃん、助けて......』
プルプル震えながらカップを差し出すマエトの姿を思い出し、アスナはクスリと笑った。
「うん......とー君、昔から梅干し嫌いだからね......」
どこか
そんな彼女に、アスナは思い切って
「......ねぇ。ユウキにとって、マエトくんって何?」
アスナの突然の質問に戸惑いつつ、ユウキは答えた。
「え? 何って......と、友達......」
ユウキがそう答えてすぐ、アスナは再び口を開いた。
「じゃあ、キリトくんとかジュンとか......他の男の子の友達を思い浮かべてみて」
「う、うん......」
「もしその人たちが、マエトくんみたいに
──そりゃ助けるよ!
アスナの問いに、ユウキはそう即答しようとした。だが、
「マエトくんにしたみたいな方法で」
アスナが
解らなかったからだ。
友達は助けたい。それは当然だ。
だが、先日マエトにしたようなことを他の異性の友人にできるかと訊かれたとき、ユウキはできるという確証をもてなかった。
答えられずに
「ユウキは、マエトくんと一緒にいてどう思う? どんなことを感じる?」
「えっと......ワクワクしたり、ドキドキしたり......でも......」
「でも?」
優しく聞き返すアスナに、ユウキは必死に言葉を
自分の心情をどう言い表せばいいのか、解らないといった様子だ。
「少し前から、なんかこう......とー君を見ると、胸の奥に変な感じがするって言うか......痛いって言うか......モヤモヤするっていうか......うーん......」
「それは、いつ感じた?」
「......アスナに新しい水着をもらって、それに着替えて、アスナととー君を呼ぼうとして......そのとき、かな?」
ユウキの言葉を聞いたアスナは、何やら得心したような表情で「そっか......」と呟くと、左手を振った。
ウインドウを開いて確認した現実時間は、午後2時7分。
(
一瞬の
「アスナ......?」
きょとんとするユウキの目の前に、しなやかな手が差し出された。
「ユウキ、ちょっと出掛けよう。今なら間に合うと思う」
ユウキが手を取ると、アスナはログハウスを出て
ユウキも翅を展開したことを確認するやすぐに森を飛び出し、新生アインクラッドの外周から外に出る。
一旦ホバリングして下を見ると、浮遊城はちょうどシルフ領の上空を通っているところだった。
現在地を確認すると方向転換。目的地を遥か上空から視認すると、アスナはユウキを連れて急降下した。
数分後、2人はイグドラル・シティの大通りに降り立った。着地する前に目的地を再確認していたのか、アスナは迷うことなく歩き出した。
ユウキもアスナに手を引かれるまま歩く。
そうしてさらに数分後、2人の前にカフェテラスが見えてきた。アスナやキリトらともよく行く店だ。
(なんでこのお店に......? それに、間に合うって何に......?)
アスナの言動の意図が読めず、内心で首を
そのとき、じっとその店を見ていたアスナが、
「ユウキ。ほら、あれ見て」
そう言って何かを指差した。
なんだろうと
大通りに面したテラス席。その1つに、ユウキは見知った2人のプレイヤーを見つけた。
シリカとマエトだった。
テーブルを
マエトのユウキへの想いを知らない者が見れば、ほぼ間違いなくカップルだと思うだろう。
「昨日マエトくんがシリカちゃんに『ピナにおやつをあげてみたい』って言っててね。それで2人が約束してたのを思い出したの」
アスナが言うように、よく見ればマエトの膝の上にはシリカのテイムモンスターであるピナが乗っている。
フワフワの小竜は、少年が差し出した小さなビスケットの匂いをフンフンと
目をキラキラさせるマエトと、それを見て微笑むシリカ。その光景にアスナもほっこりしそうになるが、隣を見ると、ユウキの瞳が揺れていた。
不意に、形容しがたい胸の痛みを感じ、ユウキはゆっくりと手を持ち上げた。
胸の中央を抑えても、手の平に伝わるのはハーフアーマーの硬い感触だけ。
だがその奥に、言い様の知れない感覚があった。
胸の前でギュッと手を握る彼女に、アスナは静かに訊ねた。
「ユウキ。モヤモヤ......する?」
「............」
答える声はなかったが、ユウキはテラス席をじっと見つめたまま、ゆっくりと
「それ、焼きもちだよ」
アスナの言葉に、小さな体がビクリと動いた。
構わず──いや
「マエトくんが、わたしやシリカちゃんと......もっと言えば、
アスナにそう言われ、しかしユウキは食い下がった。
「で、でも、こんなの......勢いでちゅーしちゃって、そこから後付けみたいな......」
「わたしとマエトくんが話していたのは、ユウキがマエトくんにキスする前だよ。まだ気持ちがはっきりしていなくて、自覚がなかっただけなんじゃない?」
「あぅ......」
即座に論破され、ユウキは言葉に詰まった。
「きっかけなんて、案外
アスナ自身、キリトへの想いはいつの間にか芽生えており、とあるデュエルによってそれが決定的になったのだ。その言葉には説得力があった。
ユウキの背中にそっと手を
「『ぶつからなきゃ伝わらないことだってある』。そうでしょ?」
ハッとして、ユウキは弾かれたようにアスナを見上げた。
親友の慈愛に満ちた笑顔に、またしてもユウキは姉の面影を重ねた。
「なら、まずは自分のその気持ちにぶつかってみようよ」
優しく
大通りの
数秒後、ユウキの声がそれを破った。
「ボク......昔とー君に告白されて......でも、男の子として見たことないとか、解んないとか、ひどいこと言っちゃって......」
その件については、一応アスナも知っている──と言っても、マエトが勝手にバラしたのだが。
(もしかしてユウキ、そのときのことを後悔してる......?)
アスナがそう思ったとき、
「......いいのかな......?」
ユウキの口から、そんな言葉がこぼれた。
「あんな、ひどいこと言ったけど......今さらだけど......」
自分ではない少女に笑顔を向ける少年を見つめ、ユウキは気持ちを
「────キミのこと......好きって言っても、いいのかなぁ......?」
好きということなら、ユウキはアスナのことが大好きだ。
マエトと同じ異性の友人であるキリトのことも好きだ。
だが今この瞬間、胸の奥を締め付けているのは、マエトに出会って初めて知った気持ちだ。
今はまだ、自分でもよく解らない。
先ほどユウキ自身が言ったように、勢いだけでしたキスの後付けの感情なのかも知れない。
だがそのキスをしたのは、あの少年の優しさをもっとそばで感じたかったからだ。
彼が遠くに行くのが嫌だったからだ。
ふと、ユウキの口がキュッと引き結ばれた。
その目から迷いが消えているのを見て、アスナは微笑んだ。
「──頑張れ、ユウキ」
次回 届いた想い