ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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長らくお待たせして本当に申し訳ございません。ここから第2部が始まります。
これからも読んでいただけると幸いです。


第2部 ー剣が紡ぐ絆(序章)ー
第1話 次の問題


 2026年3月27日。死と隣り合わせで生きてきた少女と少年が、本当の意味で結ばれた。

 もう全てが終わってもいいと、そう思えるほどに幸せだった彼ら。

 だが、まだ次の問題が残っていた──。

 

 

「あ、ユウキ、マエトくん。おかえり」

 横浜港北総合病院の屋上からロビーに戻ってきた紺野(こんの)木綿季(ゆうき)前田(まえだ)智也(ともや)を、結城(ゆうき)明日奈(あすな)は買っておいたココアを差し出しながら出迎えた。

「ただいまー。すまんね、どーもありがとー」

 のんびりとココアを飲む智也だが、その隣の木綿季にそんな余裕はなかった。

 ほんの数分前、隣の少年と屋上でキスした──それも幸せで気分が盛り上がりすぎて、たっぷり5分間も──のだ。2人で荒い呼吸をしながらフェンスにもたれかかった時点で既にかなり恥ずかしかったのに、親友を目の前にしている今は、もはや逃げ出すのを(こら)えるので精一杯だ。

(だ、大丈夫かな? 変な顔してないかなボク!? なんでとー君はそんな平気そうなの!?)

 内心あわあわしている木綿季を見た明日奈は、何かを察したように微笑(ほほえ)んだ。

「2人共、もっとゆっくりしてても良かったのに。せっかく想いが通じ合ったんだし」

 そんな明日奈の言葉に、2人がとった反応はまったく違った。

「うぇっ!? い、いや! あんまり長く待たせるのもどうかと思って! そ、それに外けっこう寒かったし! えーと、えーと.....」

 真っ赤な顔でする必要のない言い訳を必死にする木綿季に苦笑する明日奈に、今度は智也が普段通りに答えた。

「そーだねー、あそこであんま時間食うのもねー。まだ次の問題が残ってるし」

 智也のその言葉に、明日奈は首を(かし)げた。

「次の問題? それって......」

「さすが、話が早いですね、智也くん」

 その声に振り向くと、木綿季の担当医の倉橋(くらはし)医師がいた。どうやらコーヒーを買っていたようだ。

「まぁ大事な......ていうか当たり前の話ですしねー」

 そう言いながら近くの椅子に座った智也と倉橋医師に続いて、木綿季と明日奈も座った。

「それで、マエトくん。次の問題って何なの?」

 そう()いた明日奈に、智也は逆に(たず)ねた。

「いやいや。アスナさん、入院ってなんのためにするもん?」

「なんのためって......怪我(けが)や病気の治療(ちりょう)でしょ?」

「じゃーその怪我やら病気やらが治ったら?」

「そりゃもちろん退院......あっ」

 そこまで言って気付いたのだろう。口元に手を当てた明日奈に、智也は(うなず)いた。

「そーゆーこと。まだ経過観察とか手続きとかもあるだろーけど、早ければ2~3日、どれだけ遅くても1週間以内に、ユウちゃんはこの病院を出てかなきゃならんはずなんだけど......」

 一度ココアで口を湿らせてから、智也はこう続けた。

「問題は、そーなったときユウちゃんには行く宛てがないってことだ」

 木綿季は両親だけでなく、姉の藍子(あいこ)までをも病気で亡くしている。退院したところで出迎えてくれる、一緒に暮らす家族はいないのだ。入院前に住んでいた家に住むとしても、まだ15歳の──しかも(やまい)で3年も(とこ)()していた少女がいきなり1人暮らしというのは、あまりにも(こく)だ。

「あ、でもユウキの親戚筋(しんせきすじ)の人はまだ亡くなってないでしょ? その人達のところは......」

「やめた方がいーね」

 半ば(さえぎ)るようにして即答すると、智也は続けた。

「家の土地売ってコンビニ作るとか、向こうはユウちゃんが死ぬ前提で動いてたんだからねー。勝手に消えてくれるはずだった邪魔が生き残ったんだ。虐待(ぎゃくたい)されるとまでは言わんけど、歓待(かんたい)は絶対されんだろーね」

「僕も同意見ですね。そんな人達と一緒じゃ、木綿季くんもあまり居心地は良くないでしょう」

 医師にまでそう言われては、紺野家の親戚筋という選択肢は完全になしだ。

「そうなると......他に選択肢って何かあるの?」

 明日奈のその問いに、倉橋医師が答えた。

「あるとすれば、木綿季くんの事情を知っている知人の方のご家庭に、養子縁組(ようしえんぐみ)の形で入っていくしかないでしょうね」

「でまぁ、その候補(こうほ)として最初に上がるのが、倉橋先生ん()とアスナさん家なんだけどねー」と、これは智也。

 それを聞いて明日奈は納得したような顔で(うなず)いた。

 親戚の家に行けないのなら、事情を知っている知人以外に頼る先はない。その中でも筆頭(ひっとう)候補となるのは、特に付き合いの長い倉橋医師か、親密度の高い明日奈だろう。

 と、そこまで思い至って、明日奈は智也の言葉に違和感を感じた。

「マエトくん。だけどねって、問題があるってこと?」

 明日奈がそう訊くと、智也は少し厳しさを増した声音で応じた。

「まぁねー。倉橋先生は仕事上、一緒にいれる時間が少なくなる可能性があるから......」

 智也がそこまで言うと、その言葉を医師が引き継いだ。

「それに、今の関係が今の関係ですからね。家族という関係を新たにちゃんと(きず)けるか少し不安で」

 そこは別に大丈夫だと思いますけどねー、とフォローを入れてから、智也は続けた。

「アスナさん家はなー、ユウちゃんの性格とアスナさんのお母さんの性格が合わん気がする」

「あー......」

 確かに、明日奈の母──結城(ゆうき)京子(きょうこ)厳格(げんかく)さと、木綿季の奔放(ほんぽう)さは相性が悪そうだ。何かと()めるであろうことが容易に想像できる。

「それにアスナん家の家族になったらボク、ユウキユウキになっちゃうしねー」

「あ、ごめん。それは想定してなかった」

 思わずクスリと笑う明日奈に、智也は斜め上をぼんやりと見上げながら言った。

「とりあえず、このあとALOで残りの候補の人らに相談するつもりだけどね。キリトさん・リーファさんと、リズさんと、シリカちゃんと、シノンさん......は、一人暮らしだからキツいか。あとはエギルさんかなー。クラインさんはなんかまずい気がするからダメ」

 クラインだけ扱われ方が違うことに苦笑しつつ、アスナは了解した。

「そうだね。事情を知ってる知人なら《スリーピング・ナイツ》のみんなもそうだけど、やっぱり厳しいだろうし、候補はそのメンツでいいと思う」

「ボクも問題ないよ!」

 明日奈と木綿季の反応に頷き、残りのココアを飲み干すと、智也は立ち上がった。

「んじゃ、そろそろおれは帰るかね。家ちょっと遠いし」

 腕時計を見やり、倉橋医師も腰を上げた。

「そうですね、そろそろお開きにしましょう。明日奈さん、智也くん、今日はご足労いただきありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、今日はありがとうございました」

「先生もお疲れ様です」

 そう言って倉橋医師に軽く会釈(えしゃく)すると、2人は木綿季に向き直った。

「じゃあユウキ、またあとでね」

「それじゃまたー」

「うん! アスナ、とー君、またね!」

 

 

 その日の夜、森の家でアスナとマエト、そしてユウキは知人達に事情を説明した。話を聞き終えると、まずキリトがリーファに向けて言った。

「なるほどな......リーファ、確か明日の晩飯って母さんも一緒だったよな?」

「うん、そのはずだよ。じゃあそのときに訊いてみよっか」

「あー、でもこれは母さんだけじゃなくてオヤジにも話しないとだからな......」

 真剣な顔で話し合う兄妹に続き、他の面々も口を開いた。

「あたしも明日の晩ご飯のときに訊いてみます!」

「今からだと、そのタイミングしかないわね」

「私も協力したいけど、学生一人暮らしだから厳しいかな......ごめんね、ユウキ」

「オレも明日、嫁と相談してはみるぜ」

「おいマエトォ! おめぇオレ様を(はな)っから除外しやがったな!」

 口々に言う知人達が皆、自分のことを真剣に考えてくれている。

 それを実感して、ユウキは胸に何かが込み上げてくるのを感じた。

「みんな、ありがとう......本当にありがとう!」

 そう言ったユウキに、リズベットがなぜか不敵な笑みを向けた。

「なーに言ってんのよユウキ、お礼言うのはまだ早いわよ」

 確かに、まだユウキを家族に迎え入れると話がついたわけではない。本当にお礼を言うのは、話が決まってからだろう。

 そうユウキが思った直後、ログハウスのドアが開いた。振り向くと、ギルド《スリーピング・ナイツ》のメンバー達が入ってくるところだった。

「あっ、みんな!」

 ちょうどこの後、ギルドメンバー達にも病気の完治を報告しに行こうと思っていたところだったのだ。

 いいタイミングで来てくれたと思い、口を開こうとするユウキ。

 それより早く、ギルドメンバー5人が一斉に言った。

「「「ユウキ、完治おめでとう!!」」」

「へっ!?」

 思わず()頓狂(とんきょう)な声を出したユウキに、シウネーが微笑んだ。

「アスナさんから聞いたわ。本当に......本当によく頑張ったわね、ユウキ」

 目尻に涙を浮かべながらユウキの頭を撫でるウンディーネの後ろから、サラマンダーの少年が顔を出した。ジュンだ。

「でも、俺だって最近使い始めた薬がかなり効いてるんだ! 待ってろよ、すぐにそっちに行くからな!」

 テッチやタルケン、ノリも口々にユウキの快復を喜び、長い闘病生活を(ねぎら)った。

 笑顔で祝福してくれる仲間達に胸がいっぱいになり、ユウキは再度お礼を言おうとした。

 だが、それより早くノリがこう言った。

「よーっし! ユウキ、今日は()むよ!!」

「......へ?」

 お礼ではなく変な声を再度出したユウキを、ニヤニヤ笑いながらノリが振り向かせる。

 テーブルの上には、いつの間にかたくさんの料理が置かれていた。

 突然のことに(おどろ)いているユウキに向かって、アスナが「せーのっ」と言った。続いて、

「「「ユウキ、おめでとーう!!」」」

 キリトやリーファ、リズベット達が声を(そろ)えて言った。

 リズベットとノリに背中を押されるがまま、マエトとアスナの間に座ったユウキに、アスナが苦笑まじりに言った。

「病院から帰る途中でキリトくんやリズにメールして、食材を買ってもらって、料理ができる知り合いのプレイヤーに頼んでいくつか作ってもらったの。わたしは晩ご飯に遅れると母さんがうるさいから、遅れて準備に加わったんだけど、3~4品くらいしか作れなかったよー」

「ボ、ボクのために、わざわざそこまでしてくれたの......?」

 思わずそう訊いたユウキのおでこを、アスナはピンと指で弾いた。

「何言ってるの? ユウキは今までずっと頑張ってきたじゃない。それに、大事な友達をお祝いするためだもの、当たり前じゃない」

 そう言うとアスナはテーブルに手を伸ばし、ジョッキを持った。

「えー、それでは、ユウキの快復を祝して......カンパーイ!!」

「「「カンパーイ!!」」」

 全員で唱和すると、以前行われたバーベキューパーティー以上に盛大などんちゃん騒ぎが始まった。全員が競うような激しさで飲み、食べ、それ以上に語り合った。特にスリーピング・ナイツの6人は今後の人生に対して希望が出てきたことで、今までで一番の盛り上がりだった。

 そして、暴飲暴食の嵐が繰り広げられて数十分が経った頃、リズベットが唐突に声を上げた。

「よーっし、ここで本日のメインイベントをしましょー!」

「ふむ? メインイベント?」

「えっ、何それ何それ!?」

 料理で(ほほ)(ふく)らませたマエトと、目をキラキラさせたユウキが(たず)ねるが、訊ねられたアスナは首を(かし)げた。

「わたしも知らない......ていうか、多分誰も知らないと思う......」

 戸惑う3人を尻目にレプラコーンの少女は、

「ユウキとマエトのガチンコデュエルでーす!!」

 そう高らかに言った。

「......えぇ!? 聞いてないよ!?」

「何あれ、()ってんの?」

 驚くユウキと面倒臭そうな顔をするマエトに、リズベットと仲のいいシリカとアスナが対応した。

「いえ、素面(しらふ)だと思います......雰囲気(ふんいき)で盛り上がっちゃったっぽいです」

「ごめんね2人共、無理にしなくていいから......」

 しかし、インプ2人の目線は既に窓の外に向いていた。

 現実時間ではもう夜の9時過ぎだが、ALOの中は昼間のように明るい。暗視能力に長けた闇妖精族(インプ)の種族補正があるユウキや、夜間戦闘に()れているマエトは問題ないが、ギャラリーにはそうでない者も大勢いる。見せ物としてデュエルするなら、明るいのはありがたい。

「いっぱい食べたから、腹ごなししないとね!」

 そう言って立ち上がったユウキに、マエトも続いた。

「この装備になって、まだデュエルしたことないしねー。ちょーどいーや」

 2人がログハウスを出ると、残りの全員もその後ろに続いてゾロゾロと出てきた。

 ジョッキ片手に野次を飛ばす面々や、普通に応援する面々、そして腕組みをしてどちらが勝つか予想する面々に見守られながら、ユウキはウキウキしながら装備をチェックした。

「なんかご機嫌だね、ユウちゃん」

 同じく装備をチェックしているマエトにそう言われ、ユウキは答えた。

「だって今日は、嬉しいことがいーっぱいあったからさー。幸せだなーって感じが止まらないんだー」

「......そっか。そりゃ良かった」

 優しく微笑(ほほえ)むと、マエトはウインドウ上のボタンをタップした。

 右腰に紫の片手剣《ストラグラ》が、左腰に青い片手剣《シャドウリッパー》が()るされた。

 ほぼ同時に、ユウキの左腰にも長剣《マクアフィテル》が吊るされた。

 剣の柄頭(つかがしら)に左手を置くと、ユウキは不敵に笑った。

「恋人になったからって、手加減なんかナシだからね!」

「とーぜんです」

 ユウキが飛ばしたデュエル申請(しんせい)受諾(じゅだく)しながら、マエトはのんびりと応じた。

 その口調同様にのんびりとした表情が、10秒のカウントダウンが始まると同時に消えた。

 ユウキの右手が動き、マクアフィテルを音高く抜き放った。黒曜石の輝きを放つ剣を、オーソドックスな中段に構える。

 対してマエトは、剣を抜かなかった。(ゆる)く開かれた手の中には何もない。右足を少しだけ下げ、わずかに腰を落としている。それだけだ。

 だが、ここにいる全員が知っていた。それが、相手に一切の情報を与えないためのものだと。やる気を感じない以上に、殺気や攻撃の意思すらも悟らせない、この上なく厄介(やっかい)な構えであると。

 幸せそうに緩んでいたユウキの顔も、いつしか引き締められていた。

 シンと静まった世界の中、風の音とカウントの音だけが響き──直後、デュエル開始のサウンドが響いた。

 同時に、マエトが飛び出す。ユウキが選んだ青紫色のハーフコート──正式名《ライトニング・ジャケット》の敏捷力(びんしょうりょく)ボーナスのお陰か、今までよりもダッシュが速い。

 長剣の間合いの手前で、マエトの右手が閃いた。同時にさらに(するど)い踏み込み。

 一気に(ふところ)に入ると、右手でストラグラを逆手抜剣。ノーモーションからの最速最短の抜き撃ちを放った。

 それをブロックするや、ユウキが素早く反撃に移る。高速で剣を振るい、一気に攻め立てる。

 ユウキの連撃をガードすると、マエトはラスト一撃を(かが)んで回避。両手を地面に突くと、側転の要領で蹴りを放った。

 突然跳ね上がってきた(かかと)蹴りを、ユウキは寸前で回避した。両者共にわずかに体勢を崩したが、即座に立て直し、再度斬りかかる。

「......あいつ今、彼女になったばっかの女の子の顔に蹴り叩き込みに行かなかったか?」

 困惑するキリトの隣で、何とも言えない表情でアスナが(うなず)く。

「うん、行った......それも(かかと)で」

「普段はユウキのこと大好きで大切にしてるのに......」

「いざ戦うと本気で容赦(ようしゃ)なくなるわね......」

 リズベットやシノンたちも冷や汗を流しながらコメントする。

 戸惑うギャラリー達の前で、2人のインプは剣を振るった。時折発生する偶発的なヒットで、2人のHPが削られていく。

 一際(ひときわ)激しく剣がぶつかり、オレンジ色の火花が散った。ノックバックが発生し、ユウキとマエトの間に距離ができた。

 突進系ソードスキルで攻めようかと思ったユウキだが、マエト相手にソードスキルを使うのは自殺行為だ。姿勢が大きく崩れていない限り(そしてそれが(さそ)い目的のわざとでない限り)、マエトにソードスキルを使えば痛烈なカウンターが飛んでくる。

 そのとき、マエトが手の平でストラグラをクルリと回し、順手に握り替えた。

(ソードスキル? それともボクが突進技で来ると読んで《カウンター・パリィ》の準備を......?)

 その刹那(せつな)の思考もとい迷いが、ユウキの動きを止めた。

「来るぞ」

 キリトが誰にともなく言った瞬間、マエトが全力のダッシュで距離を詰めた。突進の勢いを乗せて、ストラグラを右上から左下へと斬り降ろす。

 不意を()かれたものの、遅れることなく防ぐユウキ。メディキュボイドからアミュスフィアに移行して(にぶ)ってはいるものの、圧倒的な反応速度は未だ健在だ。

 ガードされても構わず、マエトは手首を返して、今度は左下から右上へと斬り上げた。

 ガードの構えを継続するユウキだが、衝撃(しょうげき)は来なかった。

 マエトの右手がいつの間にか(から)になっていることを視認するや否や、ユウキはマエトの左腰に視線を走らせた。

 吊るされたシャドウリッパーの(さや)の横に、紫色の片刃直剣が浮いていた。マエトの左手が、黒革の(つか)をパシッと(つか)む。

(ありゃあ......前にオレとデュエルしたときにやったフェイントか!)

 エギルがそう見抜くの同時に、ユウキを含めそのデュエルを見ていた全員が同じ結論に辿(たど)り着いた。

 一太刀の中で、瞬時に軌道とタイミングが変わった攻撃を完璧にガード、パリィするのは難しい。ユウキの反応速度なら可能ではあるが、回避からのカウンターの方がより確実だ。

 そう判断して、ユウキはバックステップしようとした。

 その瞬間、ユウキの(ひたい)に鈍い衝撃が走った。ステップするより早く、かつ重心が後ろに移ったタイミングに、予想外の力が加わったことで、ユウキの姿勢は大きく崩れた。

 後ろに倒れていくユウキの視界の中で、アイスブルーの刀身が鮮やかに輝いた。

 マエトはストラグラで斬り上げるのではなく、その(つば)をシャドウリッパーの鍔にぶつけ、鞘から弾き飛ばしたのだ。矢のように撃ち出された剣の柄頭は、ユウキの額を勢いよく叩いた。

 ()()るユウキの前で、マエトの右手がシャドウリッパーの柄を逆手に掴んだ。

 瞬間、マエトの両腕が(ひらめ)いた。投げられた双刃が、ユウキの(のど)と腹に鋭く突き刺さる。

 急所2ヶ所に深々と刺さった剣は、ユウキの残りHPを全て食い尽くした。

 

 

「お疲れ様、ユウキ」

 魔法で蘇生(そせい)したユウキに、アスナは優しく言った。他の女性プレイヤー達も、ユウキの周りに集まって労う。

「あ......あはは、ありがとう。負けちゃったなー、(くや)しい!」

 そう言うユウキだが、どこか様子がおかしいことにアスナは気付いた。(ほほ)がほんのりと赤くなっていて、目も泳いでいる。

「ユウキ、どうしたの?」

「えっ!? あ、いや、なんでもないよ!?」

 絶対なんでもなくないリアクションをとるユウキの目を、アスナは正面からじっと見た。うっと息を呑むと、ユウキは観念したように息を吐いた。それでもアスナ以外には聞かれたくないのか、周りをキョロキョロ見回すと、声を(ひそ)めて言った。

「さっきとー君、ボクにトドメ刺すのに剣投げたでしょ?」

「う、うん......」

 何の話かと一瞬戸惑うも、アスナは大人しく続きを待った。

「そのときとー君と目が合ったんだけど、なんかこう......鋭いっていうか、そんな感じの目で......その......ドキッとしたっていうか、ゾクゾクしたっていうか......」

 顔を真っ赤に染めながらユウキが話した言葉を聞いて、アスナは目をパチパチさせた。

「えっと......要するに、デュエル中のマエトくんがカッコ良くてドキドキしてるってこと?」

「~~~ッッ!?」

 もはや声も出さずにビクッとするユウキに、アスナは思わず苦笑した。

 そのとき、少し離れたところから声が聞こえてきた。キリトの声だ。

「それにしても、最後すごかったな。フェイントからの崩しが綺麗(きれい)に決まってさ。トドメも余裕ある感じだった」

 そう賞賛するキリトに、マエトは腕組みしながら答えた。

「まーでも、アレできれば腹じゃなくて心臓に刺したかったんだよなー。そっちの方がダメージ大きいから......だからこそアーマーでちゃんとガードされてるんだけどな。さすがにあれはブチ抜けん」

 勝ったのに少々悔しそうな顔をするインプの少年に、アスナは心の中でこう言った。

(大丈夫だよ、マエトくん。多分そっちも、ちゃんと刺せたみたいだよ)

 

 

 デュエルが終わったあと、ユウキとマエトはログハウスの寝室でぼーっとしていた。ユウキもマエトも、フカフカのベッドの上に(あお)()けに横たわって、ぼんやりしたりお喋りしたり、もちろん昼寝したりするのが好きだった。第10層にあるマエトのプレイヤーホームの(しき)布団(ぶとん)でもできることだが、なぜか2人共森の家の寝室の方が落ち着くらしい。

 寝るでも話すでもなく、ただぼーっとしていたユウキの耳に、ウインドウの操作音が入ってきた。

 顔を横に向けると、マエトが寝転んだままウインドウを操作していた。

「何してるの?」

「《リベリオン・バーク》消してる」

 何気なく訊いたユウキに、マエトもまた何気なく答えた。

 だがその返答の内容に、ユウキは思わず起き上がった。

「えぇっ!? あのOSS消しちゃうの!? なんで!?」

 (まく)し立てるように言うユウキだが、マエトは事も無げに言った。

「なんでって、切鬼(せっき)裂鬼(れっき)なかったら効果半減だし、そもそも(すき)だらけで使い勝手悪いもん」

 事実、あのOSS(オリジナルソードスキル)は、《白鞘(しろさや)・切鬼》の【ソードスキルのクールタイム短縮】効果と、《黒鞘(くろさや)・裂鬼》の【ソードスキルの発動速度強化】効果が合わさることで初めて恐るべき威力(いりょく)を発揮する。あの2振りの鬼神がなくなった今では、隙だらけの大技という、マエトのスタイルからかけ離れたOSSになってしまっている。

「それはまぁ、確かにそうだけど......」

 納得はしつつも声に勿体(もったい)ないというニュアンスが残るユウキに、マエトは続けてこう言った。

「それに、今のおれにはもうこれは必要ない」

「え? ......あ」

 マエトがあのOSSを編み出したのは、人殺しとしてではなく、ユウキのように正面から相手とぶつかる剣士として戦いたいという思いがあったからだ。自分は人殺しだという負い目が生み出したOSSと言ってもいい。

 だが、先日の第30層ボス攻略を経て、マエトは自分が人殺しであることを受け入れ、その上で自分を剣士だと、ヒーローだと認めた。

 自分で自分のことを剣士だのヒーローだのと言うことも思うこともないが、それでもその心境の変化があったからこそ、マエトは今こうして笑っていられる。

「......そっか」

 そう言うと、ユウキはマエトに優しく微笑んだ。

 そのまま数分ぼーっとしていたユウキは、ふと思ったことを口に出した。

「ねぇ、とー君。ボクが退院したあとのお家のことなんだけどさ」

「うん」

「ボク、その......できればとー君ともっと一緒にいたいんだ。だから、その......とー君の家はダメかな、って思って......」

 恥ずかしそうに言うユウキだが、マエトの口から出た言葉で、その表情は少し暗くなった。

「おれん家は難しいかな......ていうか、やめた方がいーよ」

「え? それって、どういう......」

 そう訊ねるユウキには答えず、マエトは寝室のドアに向かって言った。

「聞いてるんでしょ、アスナさん?」

 驚いてユウキが起き上がるのと、ドアが開いてウンディーネの少女が入ってくるのは同時だった。

「ごめんね、ちょっと聞こえちゃって......」

「まぁドア閉め切ってなかったおれらも悪いから、おあいこで」

 のんびりと言うマエトに、アスナはユウキの先ほどの質問を引き継いだ。

「マエトくん。やめた方がいいっていうのは、どういうことなの?」

 マエトは答えなかった。何かを思案するように、わずかに(うつむ)いている。沈黙(ちんもく)だけが返ってきてわずかに戸惑うアスナとユウキ。

 そのとき、マエトが言った。

「アスナさんさ、明日の放課後って(ひま)?」

 唐突な質問に驚きつつも「うん」と答えたアスナに、マエトは思いもよらない言葉を投げた。

「じゃーさ、明日ちょっとおれん家来なよ。そしたら全部(わか)るから」




次回 代償

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