ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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第2話です。アスナさんって設定的には妹だけど、お姉さんとお母さんの両方の属性もってるからキリトさん以上にチートだと思うんですよ。もうチートや、チーターやろそんなん!!


第2話 代償

§帰還者学校

 

 ALOでの宴会の翌日、結城(ゆうき)明日奈(あすな)桐ヶ谷(きりがや)和人(かずと)と帰還者学校の《秘密の庭》で昼食をとる約束をした。手作りしたサンドイッチが入ったバスケットを持って歩いていると、珍しく途中で和人と合流した。

「あ、キリトくん。なんか珍しいね、いつもはどっちかが先に着いてるのに」

「いやぁ、ちょっと英語の授業長引いちゃってさ。その後トイレ行ってから来たから」

「なるほどね、お疲れ様」

 2人で並んで、《秘密の庭》までのやや入り組んだ道を歩く。

 歩き始めてすぐにふと思い出して、明日奈は和人に、放課後の用事について話した。

「マエトの家か......やめた方がいいってことは、それなりの理由があるってことだよな......」

「うん、親御さんが厳しい人だったりするのかなって思ったんだけど、それならそう言うだろうし......」

 少しだけ(うな)った後、和人が訊ねた。

「マエトん家行くの、俺もついてっていいかな?」

 それを聞いて、明日奈は制服のポケットから携帯端末を取り出しながら答えた。

「大丈夫だと思うけど、一応マエトくんにも訊いてみるね」

 一旦止まってマエトに向けてメッセージを飛ばそうと思った明日奈だが、目と鼻の先に《秘密の庭》の出入り口が見えていた。会話しながらだとあっという間だ。

(庭に座って落ち着いてからの方がいいかな)

 そう思い、唯一の出入り口である()(がき)の切れ目から中の緑地に入った明日奈は「えっ!?」と驚きの声を()らした。

「どうした、アスナ!?」

 続いて入ってきた和人も、目を丸くした。

 緑地の端で、人が1人倒れていた。

 慌てて駆け寄った2人だが、倒れている人の顔を見て再び小さく声を漏らした。

 2人共、その人、いや少年を知っていたからだ。

「マエト!?」

「マエトくん!?」

 そのとき、2人の声で気が付いたのか、少年──前田(まえだ)智也(ともや)がゆっくりと目を開けた。(まぶ)しそうに何度も目を(しばた)かせると、和人と明日奈を順に見やる。

「あれ、2人共何してんの?」

 どうやら倒れていたわけではなく、ただ寝ていただけのようだ。欠伸(あくび)混じりののんびりした声に脱力しつつ、和人が()き返した。

「こっちのセリフだよ、お前こそ何してるんだよ」

 未だに眠そうな顔で「んー」と声を出すと、智也はこれまた眠そうに目を(こす)りながら答えた。

「カウンセリング終わってブラブラしてたら、道に迷ってここ着いた」

「で、昼寝してたと」

「そゆこと」

 再び欠伸をする智也に、今度は明日奈が訊ねた。

「でも、カウンセリングって月1よね? 少し前にもしなかった?」

「普通はね。でもおれは月2でカウンセリング。まーそれも、家来た時にまとめて説明するよ」

 その言葉で、和人は思い出したように言った。

「あ、そうだ。そのお前の家に行くの、俺もついてっていいか?」

「うん、どーぞどーぞ」

 適当な調子で了承すると、智也は(かたわ)らに置いてあった学生カバンに手を突っ込んだ。

 ゴソゴソと中を漁ると、1本のエナジーバーを取り出した。100円弱で売っている安いものだ。

 チョコバナナ味らしき直方体を(かじ)る少年に、明日奈は静かに訊いた。

「マエトくん、それ何?」

「昼飯」

「他には?」

「ないけど」

 途端(とたん)、和人はすぐ隣でメラッと気配が燃え上がったのを感じた。

 思わず身を縮める和人に、明日奈はあくまで静かな声音で言った。

「キリトくん。学食行きましょう」

「お、おう......」

 冷や汗を流しながら(うなず)く和人に、智也はのん気に手を振った。

「行ってらっしゃい」

 直後、明日奈が冷ややかに言った。

「マエトくん、あなたも来なさい」

「え、なんで......」

「来なさい」

 その静かだがそれゆえにプレッシャーを感じさせる声に、

「......はい」

 智也は大人しく従った。

 再び入り組んだ道を歩き、3人は学食に辿(たど)り着いた。昼休みが始まってそれなりに時間が経っていたため、そこまで混んではいなかった。

 3人分の席が空いている場所を見つけると、明日奈は智也を椅子に座らせ、自分は券売機の方に向かった。

 数分後、明日奈はカレーライスとお冷が乗ったトレーを持って戻ってきた。トレーを智也の前に置くと、和人の隣に座る。

「えっと......」

 戸惑った声を出す智也に、明日奈は簡潔に言った。

「あなたのお昼ご飯よ。食べなさい」

「え、でも......」

「いいから、食べなさい」

「お金......」

「いりません、食べなさい」

 きっぱりと言う明日奈に気圧(けお)される智也。そのお腹が、グーッと小さく音を出した。明日奈と和人にじっと見つめられ、少年は観念したように大人しく両手を合わせた。

「......いただきます」

 スプーンを手に取り、カレーを口に運ぶ。その様子を静かに見守りながら、和人と明日奈も昼食をとった。

 ものの数分でカレーを平らげると、智也は明日奈に向かってペコリと頭を下げた。

「ごちそうさまでした」

 智也がそう言うと、明日奈は弟を叱る姉のような口調で言った。

「ご飯ちゃんと食べないとダメだよ」

 そのとき、智也の目がわずかにだが揺れた。少しだけ目を伏せると、智也は小さく頷いた。

 

 

 数時間後、午後の授業も全て終えた明日奈は校門へと向かった。3年生の教室はやや遠いため、少し駆け足で──もちろん怒られない範囲で──移動したのだが、待ち合わせ場所には既に人影が2つあった。

 小柄な少年は、携帯端末の液晶上に(せわ)しなく指を走らせている。聞こえてくる音からして、テトリスでもしているのだろう。

 隣でその画面を覗き込んでいたもう1人は、駆け寄ってきた明日奈に気付くと軽く手を挙げた。

「ごめん、お待たせ」

 明日奈がそう言うと、智也は携帯端末をポケットに入れて言った。

「じゃー行こっか」

 そう言って歩き出した智也に続いて、和人と明日奈も歩き出した。

 それから15分ほど経っただろうか。静かではあるが、車通りも人通りも少なくない──人目につく場所に、それはあった。

 まず目についたのが、2mほどの高さの(へい)だ。表面はかなりフラットで、登るのに苦労しそうだ。その塀の1ヶ所だけが(とびら)になっている。そこが出入口らしい。

 智也が扉を開けて中に入る。和人達もそれに続くと、中は少しだけ奇妙な空間だった。

 扉から1mほどの一本道が伸びており、その先には小さく無機質な家があった。いや、小屋とでも言うべきか。そして、小屋と一本道以外のスペースには白い砂利(じゃり)()()められていた。

 2人が呆気にとられていると、

「その砂利、踏むと音鳴る防犯用のやつだから、触んない方がいーよ」

 そんな声が飛んできた。声の主は、もう家の玄関に着いていた。慌てて追いかけると、和人達の目に建物のより詳細な様子が入ってきた。

 窓には全て、ステンレス製の格子が設けられている。また、玄関や窓の近辺に防犯カメラが設置されている。赤いセンサーライトに、2人は思わず緊張した。

 そんな2人を尻目に智也はカバンから(かぎ)を取り出した。平たい板状のものではなく、筒状のものだった。

 慣れた手つきで玄関ドアの鍵穴に鍵を突っ込んで開錠(かいじょう)すると、智也はドアを押し開けた。

 やや狭めの玄関に和人達も入ると、すぐにガチャンと音がした。もう施錠(せじょう)したらしい。

 何かに安堵(あんど)したように息を吐くと、智也は和人達に言った。

「ここがおれん家。上がって」

 短い廊下(ろうか)の右側には1つ、左側には2つのドアがあった。

「右のは空き部屋。左のは手前から洗面所と風呂場、トイレ」

 智也がそうざっくりと説明しながら廊下を真っ直ぐ進んでドアを開けると、やや小さめのリビングに出た。入ったばかりのドアのすぐそばに、これまたやや(せま)めのキッチンがある。他にも部屋があるらしく、ドアが2つある。

 家というよりは、マンションの一室を切り取ったような間取りだ。

 というかそもそも、この家はどう見ても一人暮らし用だ。できても2人暮らしが限界だろう。

 顔を見合わせる和人と明日奈に、智也がペットボトルのお茶を差し出した。

「すまんね、こんなんで。この家客が来るの想定してないから、おれが使う分以外の食器ないんだよね」

「あ、あぁ......えっと......」

 困惑する和人に代わって、明日奈が言う。

「う、ううん。お構いなく......」

 だが、明日奈もまた困惑していた。そんな2人の顔を見て、智也は口を開こうとした。

 そのとき、電話の着信音が鳴った。鳴っているのは、智也の携帯のようだ。テレビとソファの間に置かれたローテーブルから携帯を取り上げると、智也はそれを耳に当てた。

「もしもし? あー、菊岡(きくおか)さん。どーもどーも。何? 次のバイトの話?」

 どうやら相手は、総務省仮想課の役員にして、和人や明日奈の知り合いでもある菊岡誠二郎(せいじろう)のようだ。

「ふむ、バイトではないと......銀座? 明日か明後日? うーん、明後日なら確実に空いてるけど。......じゃ、明後日の放課後、銀座のいつもの店ね。了解」

 そこまで話すと、智也は何か思いついたような顔をした。和人達に近づきながら、電話の向こうの公務員に向かって言う。

「すまんね、ちょっとトイレ行ってくる。その間、この人らの質問に答えてあげてくれ」

 そう言うと、智也は携帯を和人に渡した。

「菊岡さんに訊けば、この家のこと説明してくれると思うから」

 明日奈にも聞こえるよう、しっかりとスピーカーをオンにしてから、智也はリビングを出た。

 わずかに戸惑いつつも、和人を意を決して、携帯電話に声をかけた。

「もしもし?」

 すると、スピーカーから驚いたような声が返ってきた。

『おや、その声はキリト君かい? 驚いたな、マエト君の家にいるのか』

「あ、あぁ。ちょっと事情があってな、アスナと一緒に来てる」

 そこで一度句切ると、和人は改めて訊ねた。

「菊岡さん、この家はなんなんだ? 監視カメラに窓の格子に......それに玄関の鍵、あれ自販機とかオフィスとかに使われるような特殊なやつだろ?」

『そうだね。それにあの鍵......と言うかその家の全ての錠前(じょうまえ)は電子チップ埋め込みの特注品でね、正規の鍵以外のものを刺し込むと自動通報システムが作動する仕組みなんだ。合鍵を作るのも許可がいる』

「なっ......」

 思わず言葉を詰まらせる和人に、菊岡は続けた。

『他にも、窓は全て10mmの強化ガラス2枚で約3mmのポリビニールブチナール膜を挟んだ防弾ガラス。玄関ドアは外から蝶番(ちょうつがい)のボルトを抜いて破壊されないように内開き。その他様々なセキュリティ対策が(ほどこ)されているよ』

 菊岡の説明に圧倒されながらも、明日奈は質問を投げかけた。

「菊岡さん。なんであなたがマエトくんの家の内情にそんなに詳しいんですか? なんであの子はこんなところに住んでるんですか? あの子のご家族は......!」

 (まく)し立てるように言う明日奈に、菊岡は静かに応じた。

『そうだね、順を追って説明するよ』

 

 

 SAO内でのプレイヤーのあらゆる行動は、全てログに記録される。それは殺人も例外じゃない。

 総務省仮想課SAO対策チームに、とある女性スタッフがいてね......彼女は新婚で、夫は大のゲーム好きだったそうだ。彼女の夫はSAOの初回ロットを購入し、ゲームにログイン。その15ヶ月後、ナーヴギアに脳を焼かれ死亡した。

 夫の死について、その女性スタッフはログを辿ることで調べたんだ。そして、夫が1人のプレイヤーによって殺害されたことを知ったんだ。復讐(ふくしゅう)心に取り憑かれた彼女は、マエト君がSAO内で100人以上のプレイヤーを殺害したことを、マエト君の家族やその周辺にリークしたんだ。

 その後、マエト君は勘当(かんどう)され、その賠償(ばいしょう)及び情報漏洩(ろうえい)の責任を負うという形で、仮想課がマエト君にセキュリティ最重視の新居を用意し、彼が自立できるようになるまでの生活費や水道光熱費の支払いを、責任者である僕がもつことになった、というわけさ。

 

 

 菊岡の説明を受けて、和人は1つの疑問を口に出した。

「でも、マエトに斬られたってことは、その人は......」

『うん。プレイヤーを2人殺害しているのが、ログに残っていたよ。その女性スタッフは懲戒免職(ちょうかいめんしょく)の後に逮捕(たいほ)されたけど、旦那さんの正体とマエト君の殺人の動機を知って、獄中で発狂したそうだ』

 菊岡の言葉に、和人達は思わず息を呑んだ。

 同時に、智也の言動の意味がはっきりと(わか)った。

 昼食がエナジーバー1本だけだったのは、生活費を浮かせるため。カウンセリングが他の生徒の倍の頻度(ひんど)で行われるのは、SAO内での経歴と今の生活がメンタルに影響を及ぼしていないか確認するため。

 そしてユウキの入居を(こば)んだのは、いつどこで誰に何をされるか解らない生活に、彼女を巻き込まないようにするため。

 SAO内での100人斬りの代償(だいしょう)として、智也は孤独の身となったのだ。

 菊岡との通話を切ると、いつの間にか智也が後ろにいた。

 和人から携帯端末を受け取ると、智也はのんびりと言った。

「まー、そーゆーわけなんです」

 暗い表情の2人に気を遣ってか、いつも以上にのん気に笑っている。

「自分は大丈夫だ、気にしなくていい」

 和人達には、そう言っているかのように感じられた。

 無理やり気分を変えようと、和人が明るい声を出した。

「そ、そう言えば、マエトは布団派なんだな!」

「え、なんで?」

 きょとんとする智也に、和人は近くの部屋を指差した。開きっぱなしのドアの向こうは寝室らしいが、寝具の類は見当たらない。

「ベッドがないから、布団派なのかなって思ったんだけど......」

 そう言った和人に、智也はかぶりを振った。

「いや、別に布団で寝てるわけじゃないよ。あれ」

 そう言って智也が指差したのは、ローテーブルの前に置かれたソファだった。確かにかけ布団と、枕に使われているのであろうクッションが置かれている。

「ベッド置くと掃除の邪魔だし、布団買うお金浮くし、寝るだけならソファで足りるし......」

 と、そこで智也の言葉が切れた。理由は昼食のときと同じだ。

 明日奈が怒っていたのである。

「......マエトくん」

 静かな声で呼ばれ、智也は身を縮めた。

「......はい」

 そこから数分間、明日奈は睡眠──と言うより、寝具の大切さについて語った。

 天然木材寝具大好きな明日奈の寝具は大事講義が終わったときには、もう午後5時が近くなっていた。

「じゃあわたし、そろそろ帰るね」

 そう言った明日奈に、和人も頷いた。

「そうだな、俺もそろそろ帰るよ。母さんももう少しで帰ってくるだろうから」

「そっか。ユウちゃんの移住の件、訊いてみてねー」

 のんびりと手を振った智也に手を振り返し、2人は帰路に()いた。

 2人を見送った後、智也はどさりとソファに倒れ込んだ。

 脳裏には明日奈と、もう1人の女性がいた。

 昼間と先ほど自分を叱った年上の少女の言葉がよぎる。

『ご飯ちゃんと食べないとダメだよ』

『ちゃんと布団で寝なさい。風邪ひいちゃうし、疲れも取れないでしょ』

 他に誰もいない小さな、静かなリビングに、ポツリと(こぼ)れた声が散った。

「............母さん......」




次回 守る決意

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