ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア 作:Maeto/マイナス人間
「もしかして、《とー君》!?」
「まさか、《ユウちゃん》!?」
同時に叫んだ2人は、しばらくの間固まっていた。だが、数秒後、
「わーっ! とー君だ、とー君だ!!」
「おー、ユウちゃんだ!! いつぶりだ!?」
2人はお互いの手を叩いて、ぴょんぴょん
「え、えーと......もしかしなくても、2人は知り合いなの......?」
戸惑いつつ恐る恐る聞いたアスナに、ユウキは輝く笑顔で「うん!!」と頷いた。
「小学校で同じクラスだったんだ!! 一番仲が良かった友達なんだよ!!」
それを聞いて、アスナは思わず息を呑んだ。
ユウキ/
木綿季の担当医である倉橋医師からそのことを聞いていたアスナは、マエトを警戒した。
(この子も、ユウキを......!?)
だが、アスナのその思考を読み取ったかのようにユウキが言う。
「大丈夫だよアスナ、とー君はずっと仲良しでいてくれたもん!!」
「あ、そうなんだ......」
「うん!! とー君ね、『病気は移せば良くなるんだよ!! だからユウちゃんの病気移して!!』って言って、ボクの病気移すにはどうすればいいかとか考え出してさ。倉橋先生に怒られてたよね、あはははははっ!!」
子供ならではの柔軟な発想力が、とんでもない方向に向いた逸話をどう受け取ればいいのか解らず、アスナは苦笑した。
「それにしてもとー君、リアルとアバターがそっくりだね!! ランダム生成でそんななんてすごいよ!!」
「いやー、これにはちょっと事情が......っていうかそれブーメランでしょ」
そう言うとスリーピング・ナイツの面々をくるりと振り向き、ペコリと頭を下げた。
「いやーどもども、ユウちゃんがお世話になってます」
「お、おう! お世話してやってるぜ!!」
そう調子良く答えたジュンにシウネーが、
「あら、それならメンバー全員の装備のメンテやポーションとかのアイテムの補充もお世話してもらおうかしら」
と言った。皆が朗らかに笑う中、ユウキがやや
「ちょっとぉー! それじゃボクがお世話されてるだけの子供みたいじゃん!! とー君、ジュンなんてお子様の言うこと信じちゃダメだからね!!」
すると今度はジュンも憤慨したように──こっちは若干本気な様子で──言った。
「なんだよ、お子様って!!」
「へーんだ!! それにボクは一応《スリーピング・ナイツ》のリーダーなんだからね!!」
と、そのとき、微笑ましい口喧嘩にマエトが乱入した。
「ほほう、ならそのリーダー殿の実力を見せてもらおーか」
ここでようやく本題、マエトとユウキのデュエルに話が向いた。
「あ、そうだ。すっかり忘れてた!!」
ぺろりと可愛らしく舌を出すと、ユウキは左手を振った。素早くシステムウインドウを操作。マエトの目の前に、デュエル申し込み窓が出現する。
マエトがOKボタンを押し、オプションで《全損決着モード》を選択すると、デュエル窓が自動で消え、代わりに10秒のカウントダウンが始まる。
ユウキが腰の、マエトが背中の鞘から、それぞれ片手用両刃直剣を音高く引き抜く。
マエトが装備しているのは、アメジストのような紫色に、白いマーブル模様が入った刀身をもつ剣。フォルムはユウキの片手直剣《マクアフィテル》と似ているが、そこまで細くはなく、少し短い。
賑やかなお喋りの流れから唐突に始まるデュエルにやや戸惑いつつ、アスナはどちらとも戦ったことのあるキリトに尋ねた。
「ねえ、キリトくんはどっちが勝つと思う?」
返事はうーん、という唸り声と一緒だった。
「ユウキなら、マエトのノーモーションの動きにも反応できると思う。けど、ユウキの速度にマエトの感覚がアジャストされたら、そこからはどうなるか解らない」
そう言うキリト達の前で、ユウキはマクアフィテルを中段に構え、自然な半身の姿勢をとった。対してマエトは、剣を背中に担ぐように構えた。キリトが怪訝そうに眉を寄せる。
(ソニック・リープのモーション?《初撃決着モード》じゃないんだぞ、何を考えてるんだ......?)
仮に初撃決着モードであったとしても、初っ端にソードスキルを使えば、あっさりと回避され技後硬直の隙を狙われて一発K.O.だ。ユウキもそれを狙っているのだろう。ステップで回避できるように意識を集中させている。
カウントがゼロになり、【START!】の文字がフラッシュした。
ユウキの目の前にマエトが投げた剣が飛来したのは、それと同時だった。
「ッ!!」
慌ててパリィしたユウキに、跳ね返ってきた剣をキャッチしたマエトが凄まじい速度で迫る。ここまでで1秒弱しか経ってない。数回激しく剣を打ち合うと、2人は距離をとった。
開始していきなりのハイペースに、唖然とする一同。彼らの意識を覚醒させたのは、誰にともなく呟いたマエトの声だった。
「んー、キリトさんより速いなー。いきなり首は無理か。ちょっとずつ削って殺るかな」
その声を聞いて、キリト、アスナ、クライン、エギル、シリカ、そしてリズベットは戦慄した。昔、ある場所で感じたことのある感覚。まるで──。
まるで、旧アインクラッドで死の危険が迫ってきた時のような。
2人のインプは、同時に息を吸って、同時に吐いた。そして同時に顔を上げ、同時に同質の笑みを浮かべ──
同時に飛び出した。
ユウキが左から右へと剣を振るう。小さなバックステップで回避して、改めて踏み込むマエトにユウキが剣を振り下ろす。
迫り来るマクアフィテルの刃に自分の剣を押し当て、そのまま押し返すように刃同士を勢い良く擦り付ける。
甲高く
その隙を逃さずマエトが剣を振るう。ギリギリ防御されるが、気にせず攻撃を仕掛ける。
キリトの予想通り、ユウキはマエトの動きに全て反応できている。凄まじい勢いで剣をぶつけ合っているため、たまに小攻撃が当たってHPが削れてはいるが、お互いにクリーンヒットは出ていない。
それでもやはりユウキの方が優勢か、HPの残量はユウキの方が多い。キリトが思っていたよりも、マエトの反撃も少ない。
「あっ!」
アスナが声を上げた。ユウキにパリィされ、マエトが体勢を崩したのだ。
マエトが素早くバックステップすると同時に、マクアフィテルの刀身がペールブルーの輝きを宿す。下段突進技《レイジスパイク》。高速で駆けたユウキの一撃が、マエトに叩き込まれる。
そのはずだった。
だが、青い光を放つ剣に、わずかに色合いの異なる青い光を放つ剣がぶつかった。基本単発技《バーチカル》を発動させたマエトの剣。その刀身がユウキの剣の切っ先に押し付けられるように、擦り付けられるようにぶつかった──直後。
攻撃を弾かれたユウキの右腕に、鋭い一撃が叩き込まれた。寸前でユウキが動いていなければ、彼女の右手首から先はなかっただろう。
相手の突き技に対してベストな角度とタイミングでソードスキルを当てた時にのみ起こる、相手の攻撃の軌道を
「ユウキの奴、マエトがわざと作った隙に釣られたんだ。マエトはユウキがあそこで、ソードスキルを使ってくるように仕向けたんだ」
「誘われたっていうの......!?」
キリトの言葉に驚きを隠せない様子のアスナに、シノンが言う。
「マエト......あの子、ユウキがソードスキルを発動させた瞬間、ちょっとだけ笑ってたわよ。『来た』って感じで」
先程までマエトより少し多かったユウキのHP残量は、今のヒットで逆転した。
再び剣を打ち合う2人。だが、どうにもユウキの
「どうなってるんだ......?」
「ユウキが、押されてる......?」
「嘘だろ......?」
「さっきまでは優勢だったのに......」
ユウキの強さをよく知っているスリーピング・ナイツのメンバーが戸惑ったように呟くが、それはキリト達も同じだった。
「無理矢理にでもブレイクポイントを作らないと、このままじゃユウキは負ける......」
キリトの呟きに全員が驚愕する。
「ユウキッ......!!」
ちょうどその時、アスナが視線を向けた先で、ユウキのHPゲージが赤く染まった。
直後、マエトの右手が閃いた。握られた片手剣が紫色の弧を描き、ユウキの首に吸い込まれる。
だが、ユウキの右手が煙るほどの速度で動く。澄みきった金属音が響き、マエトの剣が弾かれる。マエトの体勢が大きく崩れる。
(ちょっと急ぎすぎたか......)
わずかにしかめられたマエトの顔が、マクアフィテルが宿した赤いライトエフェクトで照らされる。3連撃ソードスキル《シャープネイル》。
物理法則を超えた速度で閃くユウキの右手。その軌跡が猛獣の
だが、ユウキの剣は3連撃の初撃でマエトのHPを削っただけで空を切った。
パリィされた勢いに身を任せて体をわざと流したのだ。戦闘中に体が流れたら、それは致命的な隙となるのだが、この場合は回避として機能した。
だが、シャープネイルは技の出が速く、技後の隙も少ない。回避されても立て直す余裕はある。
そう思っていたユウキやギャラリー達の眼に映ったのは、紫色の光だった。
それはマエトの剣の刀身から放たれる、しかしその刀身がもつ透き通った紫色ではなく、更に深く、鮮やかな闇色。マエトはパリィされた体勢を、強引にソードスキルの初動モーションに持っていったのだ。
マエトの剣が振り下ろされる──ユウキの右手が握る、マクアフィテル目掛けて。
赤い光が消えていない、しかし《技の出終わりで攻撃判定が存在しない状態》の刀身目掛けて。
「あいつ、まさか......!!」
マエトの狙いを最初に見抜いたのはキリトだった。旧アインクラッドでキリトが得意としていた、『その特定の状態の武器の脆弱部位に、ソードスキル等による強烈な打撃を加えた時に起こる可能性がある現象』。
(《
キリトにやや遅れて気付いたユウキ。その時には既に、輝く直剣が目の前に迫っていた。
上から下へと斬り下ろした剣が、斬り下ろしとほぼ同時と思える程の速度で逆戻りで斬り上げる。片手剣2連撃技《スネークバイト》──。
いや、斬り上げたマエトの腕が、今度は左上へと移動する。まだ終わりではない。
片手直剣カテゴリのソードスキルにはない動き。つまり、
(とー君の、《OSS》!!)
見開かれたユウキやギャラリー達の眼が、左上から右下へと斬り下ろしと、逆戻りの斬り上げが高速で行われたのを見た。
だが、まだ終わっていない。今度は左下から右上へ、そして逆戻り。そのままくるりと一回転し、右上から左下へ斬り下ろし。
7つの斬撃が闇色のアスタリスクを描き、2人を中心に爆風が吹き荒れる。あのアスタリスクの中心点に捕らえられた武器は、耐久値を全損してへし折れる、いや千切られるだろう。そう確信させるほどの技。
(いや、もしかしたらあれは、そのためのOSSなのかもな......)
そう思ったキリトの前で煙が晴れる。そこに2人のインプの剣士がいた。ニヤリとした笑みと、悔しそうな表情を浮かべている。
ただし、ユウキがニヤリとした笑みを、マエトが悔しそうな表情を、だ。
ユウキの右手には、マクアフィテルが握られている。その刀身は激しい戦いによって傷付いてはいるが、へし折れてはいない。少し視線を動かすと、マエトとユウキの間で何かが血の色のライトエフェクトを発していた。
それは、ユウキがギリギリのところで持ち上げ、わざと犠牲にした左腕だった。
マエトの剣は、ユウキの腕を咬み千切っただけだった。
「やったなぁーっ!!」
友達にイタズラされた時のように叫んだユウキの右手が閃き、マクアフィテルがタイムの花を思わせる紫色に輝く。
右上から左下へと神速の5連突き。エックスを描くように、今度は左上から右下へと5連突き。そして、
「やあああ───ッ!!」
裂帛の気合いと共に打ち出される全力の一突き。
ユウキを最強の超剣士《絶剣》たらしめている11連撃OSS《マザーズ・ロザリオ》。
その輝きが生み出す紫色の光で埋め尽くされたギャラリー達、そしてユウキの視界に突如、青白い稲妻が走った。わずかに遅れて響く、澄みきった金属音。そして、爆風で舞い上がる砂煙。
ベテランのVRMMOプレイヤーであるギャラリーの面々は、砂煙が舞う直前、その刹那に何が起きたのかを見た。
ユウキのOSS最大最後の一撃に、マエトが基本単発技《スラント》をぶつけたのを。カウンター・パリィを狙う余裕はなくても、相殺はできたらしい。
砂煙で視界が支配されたユウキは、油断なく周囲を警戒する。
(どこだ......出てこい、とー君......!)
その時、砂煙の隙間から差し込んだ仮想の日光が、マクアフィテルの刀身に反射した。白に染まった世界で、黒曜石の輝きが存在感を放ち──
「そこか」
冷たい響きを帯びたマエトの声が聞こえた直後、ユウキの左の砂煙が切り裂かれ、高速回転する紫色の直剣が飛来した。
全力で打ち返す。剣が跳ね返ったその先で、紫色がフラッシュした。
「そこだっ!!」
そう叫んで突進攻撃を仕掛けるユウキ。だが、彼女の意識を何かがチクリと刺した。
それは違和感だった。より具体的には、パリィした後に見えた紫色の光。
(あの色、どこかで......)
そして、ユウキが結論に辿り着く前に視界が晴れた。そして、そこでユウキは待ち構えられていた。
パナレーゼの小島にそびえ立つ、1本の巨樹に。そして、破壊不能オブジェクトであるそれにぶつかって跳ね返ってくる、マエトの剣。
先ほどユウキが見た紫色は、マエトの剣の刀身ではなく、木に剣がぶつかったことで木の表面に表示されたシステムカラーのメッセージだったのだ。
先ほどパリィしたばかりの剣が、またしても牙を剥く。
いや、むしろユウキ自身がそこに飛び込んで行っているのだ。
慌ててブーツの踵で急ブレーキをかけるユウキ。
その後ろに1つの人影が現れる。ハッとして振り向いたユウキに、インプの少年が飛び蹴りを叩き込む。
「......っせ─────のっ!!」
唸りを上げる右足がユウキを確かに打ち据え、インプの少女の華奢なアバターが吹き飛ばされる。
跳ね返ってきている剣目掛けて。
ユウキの胸に、背中から剣が突き刺さった。HPが減少し、赤く染まったゲージが消滅する。
その直前で、マエトのアバターが紫色の
「あー、負けたー」
「はー、楽しかったー!!」
蘇生と回復を終えた2人のインプが、手を繋いで大の字に寝転がる。
「最後の最後で剣投げられるとは思わなんだなー」
「ふふーん、とー君がやってたのをそのまま返しただけだよー」
「こんにゃろー、次は圧勝してやるー」
「ふーんだ、次も勝っちゃうもんねー」
無邪気な言い合い。まるで小学生の頃に戻ったかのような、他愛もなく、微笑ましい光景。
当時を思い出したかのように軽口の応酬を繰り広げる2人は、仮想の肌から伝わる本物の温もりを懐かしみ、笑った。
次回 強さの謎