ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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どうも、最近「マエトに声当ててもらえることあったら、鬼頭明里さんとかも合うかも......」とか考えてる作者です。前回に続き、前書きのところに参考資料置いておきます(下手ですいません)。こちらの方を見てから本文を読んでもらえるとありがたいです。
P.S. この話は、「劇場版ソードアート・オンライン プログレッシブ -星なき夜のアリア-」を観ていないと面白さ半減ですので、未視聴の読者の方々はごめんなさい。

マエト 旧SAO装備(SAO中期)
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ベルフェゴール 旧SAO装備(SAO中期)
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第4.5話 想い出と幸せ

 紺野(こんの)木綿季(ゆうき)が家に来た日の夜、前田(まえだ)智也(ともや)は数時間かけて、旧アインクラッドでのベルフェゴールとの想い出を語って聞かせた。

 智也の話は木綿季を笑い転げさせたり、息を呑ませたり、涙を流させたりして、一瞬たりとも()きさせなかった。

 話している途中、木綿季には智也の目が時々(うる)んだように見えた。

 一通り話し終えると、智也はふぃーと長く息を吐いた。ついでにパジャマ代わりのジャージの(そで)で、こっそりと目元を(ぬぐ)う。

「お疲れ様、とー君。ありがとうね」

「んーん、こんくらい全然......」

 そう智也が返したとき、木綿季が思い出したように言った。

「あ。そう言えば、ベル君ってアスナのことが好きだったんだよね?」

 そう訊かれ、智也は「あ」と声を()らした。

「しまった、あれまだ話してなかったなー」

 ガシガシと頭をかくと、智也は改めて口を開いた。

「いつだったかなー。鍛冶師NPCに鉱石アイテムあげる的なクエストやりに、25層行ったんだよ。おれらがアスナさんと会ったのは、そんときだね──」

 

 

§アインクラッド第25層 主街区《ロンバール》

 

「うんま~っ! やっぱここのシチュー最高だな!!」

 そう言いながら大盛りシチューを勢いよく食べるベルフェゴールに、マエトは欠伸(あくび)しながら言った。

「よくまぁ朝からそんながっつけるよ。おれまだ(ねむ)いんだけど」

 もう一度欠伸すると、茶髪の相棒がニヤリと笑った。

「なら寝てていいぞ。その間にお前のぶんも俺がメシ食っとくから」

「じゃー食ったぶん動かねぇとな。今日はいつもよりスピード出して走ろーかな」

「ごめんって。お前が本気で走ると追い付けないから。前にホラー系ダンジョンで置き去りにされたときマジ怖かったから」

「あんときお前半泣きだったもんなー」

 ささやかなのかやり過ぎなのか判断に迷うカウンターに成功すると、マエトはちぎったパンをシチューに放り込んだ。

 現在の時刻は朝の8時14分。十数分前に宿屋のベッドで起きた2人は、25層でとあるクエストを受けることに決めた。鍛冶師NPCの依頼(いらい)で、ダンジョン内で採掘(さいくつ)できる鉱石アイテムを数種類集めるという採取・おつかい系クエストだ。

 掘っていれば指定された以外の鉱石アイテムも出るが、それは鍛冶職人のプレイヤーに売れる。つまり、クエスト報酬(リワード)とプレイヤー間での売買、2つのルートで同時にコルを(かせ)ぐことができるのだ。

 先日、クエスト報酬で入手したばかりの剣を強化したり、お互いに防具を選びあって装備を更新したりしたことで、ストレージのコル残高が一気に半分以上も消滅したため、早めに金策をするべきとマエトが提案したのだ。

 そして、それなら朝食も25層のNPCレストランでとろうと、その店のシチューがお気に入りなベルフェゴールが提案し、今に至る。

 マエトがクリーミーなシチューを吸ったパンを口に運んでいると、ベルフェゴールはマエトにじっと視線を向けていた。正確にはマエトの装備している防具に、か。

「お前どーせ『いやー、やっぱ俺センスいいなー』とか思ってんだろ」

 スプーンを運ぶ手を止めることなく言うと、ベルはビクッと体を強張(こわば)らせ、次いで()き込んだ。図星だったらしい。

「いいだろ別に! つーかお前が選ぼうとしてたやつより、それのがずっとカッコいいだろ!!」

 そう言ってベルが指差したマエトの防具は、(えり)(そで)がライトグレーで縁取(ふちど)りされた、ミドル丈の黒いレザーコートだ。テーブルに隠れて見えないが、その下のサルエルパンツやショートブーツも、ベルが動きやすさとAGI補整、そして見た目を考えて選んだものだ。

 対して、最初にマエトが「これ良さげだな」と言っていたものは、

「なんだあの緑地に黄色い四角と青丸の服! ブラジルかよ!!」

「いーだろ、AGI補整高かったんだから。つーかお前じゃなくておれが着るんだから別にお前側に問題はねぇだろ」

「あるよ! あんな地獄みてぇなセンスした服着たやつの横立って相棒ですとか俺のメンタルが()たねぇよ!!」

 (まく)し立てるベルに、マエトはまだ少し眠そうな目を向けて言った。

「お前が装備してるやつは普通の見た目だろ」

 ベルフェゴールがいま装備しているのは、白い長袖(ながそで)インナーに赤銅(しゃくどう)色のチェストガードと肩当て、ぴったりしたグレーのレザーパンツに、これまた赤銅色のすね当て(グリーブ)と黒のロングブーツだ。マエトが選んだものだが、見た目的におかしなところは何もない。

「まぁ、これはけっこうカッコいいと思うけどさ」

「仮にそれよりお前に合うプロパティだったらブラジル選んでたけどな」

「良かったマジで!」

 そんな会話をしているうちに、朝食もあらかた片付いた。

「じゃー行くか」

「おう!」

 席を立つと、2人はNPCレストランを後にした。向かう先にあるのは、クエストの目的地である鉱床(こうしょう)ダンジョンだ。

 

 

「あー、もー()きたよー」

 岩壁(がんぺき)にツルハシを力なく振り下ろしながら、ベルフェゴールがぼやいた。

 鉱床ダンジョンに入って目的の採掘ポイントに辿(たど)り着き、鍛冶師NPCから借りた2人ぶんの道具を使って鉱石アイテムの採掘をしている最中、突然ベルフェゴールがそう言ったのだが──

「あー? 掘り始めてまだ5分も経ってねぇじゃねぇか」

 ベルフェゴールはこういった地味かつ長々とした作業が苦手なのだ。黒髪の相棒は黙々(もくもく)と掘り続けているため会話もなく、すぐに精神的限界が来てしまった。

「ウダウダ言う(ひま)でとっとと掘れバカ、お前も手ぇ動かした方が早く終わんだよ」

 振り向きすらせず、作業を続けたままドライに言い放つマエトに、ベルフェゴールは明後日の方向を指差し言った。

「あ、あっちから戦闘音が聞こえるぜ! 誰か戦ってるんだ、助けに行こうぜ!!」

「ダンジョンなんだから戦闘くらいあんだろ」

 2人が今いるこのダンジョンは鉱床なだけあって鉱石アイテムの採掘ポイントではあるが、同時に鉱石エレメンタルが多く湧出(ポップ)する場所でもある。頑強(がんきょう)な鉱石でできた巨体が複数体接近してくる光景には、モンスターとの戦闘に慣れている者でも恐怖心を抱かざるを得ないほどの圧迫感(プレッシャー)がある。恐怖で動けずにいる間に包囲され、硬質の巨体が生み出す圧倒的パワーで圧し潰されることも大いにあり得る。

 採掘作業を続行しているマエトも、ぐだぐだと文句を言うベルフェゴールも、背中や腰に愛剣を下げて警戒(けいかい)を忘れていない。

「オラ、とっとと掘れ。このクエスト時限だぞ、あの(じい)ちゃんNPCが『客が殺到して素材が追い付かん』って言ってたのもう忘れたんか」

「わーかってるよぅ......」

 口を(とが)らせ文句を(こぼ)しつつ、ベルフェゴールも作業を再開する。

 しばらくの間、ツルハシが岩壁をガィンガィン叩く音だけが響いた。

 再び5分ほど経った頃、ふとベルフェゴールが思い出したように言った。

「そう言やさーマエト、無限湧きバグって知ってる?」

「なんだそれ?」

 そう訊き返したマエトに、ベルフェゴールは「俺も他人から聞いた話なんだけどさ」と前置きしてから始めた。

「なんか前にタンク志望のプレイヤーが5層で鉄鉱石を掘ってたらしいんだけどさ、どんだけ掘ってもずっと鉄鉱石が出続けたんだって。もしやここ《当たり》なんじゃないかって思ったら、そーゆーバグだったーって」

「へー。それってまだ続いてんの?」

 少し興味を()かれたマエトが訊くが、ベルフェゴールはかぶりを振った。

「いや、30分くらい掘り続けてたら、急に直ったんだって。そっからはもう1個も出なかったってさ」

「ほーん。まぁもしかしたら、この辺にもそーゆーバグスポットあるかもなー」

 そうマエトが言うと、茶髪の少年はニカッと笑った。

「だといいよな! そしたら早く終わるし!」

「お前がもっと手ぇ動かしゃ早く終わんぞー」

「スイマセン......」

 そうして、また地味な採掘作業が再開した。ベルフェゴールも手をひたすらに動かしながら、頭の中では──フルダイブ環境で頭の中というのもおかしな話だが──過去の面白い経験を思い出したりして、何とか投げ出さずに作業を続けた。

 だが、採掘開始から10数分が経過したとき、不意にマエトの声が(するど)く響いた。

「止めろ」

「え? どした......っ」

 開きかけた口を、ベルフェゴールは(あわ)てて閉じた。マエトが口の前に人差し指を立て、目を閉じていたからだ。何か音を聞いているというのは、すぐに解った。

 突如(とつじょ)、マエトの目が開かれ、ある方向に向いた。先ほどベルフェゴールが戦闘音を聞いた方向だ。

「行くぞ」

 ウインドウと開き、アイテム欄(ストレージ)に使っていたツルハシを放り込むと、マエトは駆け出した。

「え!? ちょ、待って待って待って待って!!」

 大慌てでツルハシを片付けると、ベルフェゴールは先を走る相棒を全力で追いかけた。数秒かけて隣に並ぶと、理由を訊ねる。

「な、何があったんだよ?」

「お前が聞いたって戦闘音、もう10分以上鳴りっぱなんだよ。一瞬も途切れてねぇ、さすがに不自然だ」

 確かに今も同じ方向から、戦闘音が聞こえてくる。だが、

「ちょっと苦戦してるだけなんじゃねーの? 中層プレイヤーとか、生産職の人とかがさ......」

 一般的な意見を述べた相棒に、マエトは走りながら答える。

「10分以上ずっとだぞ。中層プレイヤーだろーが生産職だろーが、そんな苦戦したら転移結晶で離脱するだろ」

 だが、戦闘音は鳴り続けている。つまり離脱できていない、ということだ。

「考えられるのは2パターン。そもそも転移結晶を持ってねぇか、結晶無効化のトラップ喰らったかのどっちか。そんで......」

 そこで一旦口を閉じたマエトに、ベルフェゴールは先「そんで......?」と先を促した。

「そんで両方に共通してんのが、走って逃げれないレベルで囲まれてるってことだ」

 思わず息を呑んだベルフェゴール。その耳に飛び込んできた戦闘音は、今までよりもさらに激しかった。もうすぐそばだ。

 自然(しぜん)洞窟(どうくつ)系ダンジョンの通路。その先に、1つの大きな空間──部屋があった。その中が見えるまで近付いた瞬間、

「なんじゃこりゃ!?」

 ベルフェゴールが()頓狂(とんきょう)な声を上げた。

 縦にも横にも大きな──洞窟系ダンジョンの中としては、だが──部屋いっぱいに、大量の鉱石エレメンタルがひしめいていたからだ。

『走って逃げれないレベルで──』

 先ほどのマエトの言葉を思い出し、ベルフェゴールは(くちびる)()んだ。

「トラップ踏んだのか......!」

 だが、マエトは「いや」と一言だけ言うと、その場で大きく垂直に跳んだ。滞空中で、鉱石エレメンタルの肩越しに、部屋の中の状況を確認する。

 着地するや、マエトが早口に言う。

「アラート鳴ってないし、開いた宝箱とか押された壁とか、そーゆー不自然なものはなかった。トラップじゃねぇ」

 そこで句切ると、マエトはほぼ確信に近い予想を口にした。

無限湧きバグ(・・・・・・)だ。それも鉱石アイテムじゃなくて、鉱石エレメンタルのな」

「は......はぁ!? なんだそれ、最悪じゃねぇかよ!!」

 驚愕(きょうがく)戦慄(せんりつ)が等しく張り付いた顔で叫ぶ相棒に向けて、マエトは言葉を続けた。

「奥の方にプレイヤー2人。武装は細剣(レイピア)と両手鎌で両方アタッカー。装備のグレード的に、たぶん攻略組だ。そんな連中が転移結晶を切らしてるとか使ってみてないってのは、ちょっと考えにくい」

 マエトのその言葉が意味するところは、ただ一つ。すなわち、

「この部屋、結晶(クリスタル)無効化エリアなのか......!」

 ベルフェゴールの言葉を、マエトはあっさりと肯定した。

「だろーな。バグと正規のトラップが合わさって、こんな地獄みてーなことになったんだろ」

 そう言ってる間も、鉱石エレメンタルの数は減るどころか少しずつ増えていっている。モンスターの破砕音も断続的に聞こえてくるものの、数で押されるのも時間の問題だ。

 鉱石エレメンタル群が部屋の容積のほとんどを占めているが、1体1体がその長い腕を振るって攻撃できるだけの空間はギリギリある。そのせいで広域・高火力の攻撃が大量に飛んでいるが、逆に言えば後ろから侵入するスペースはあるということだ。

「とにかく俺らも......!」

 左腰の(つか)を握り、飛び出そうとするベルフェゴール。それを、マエトの言葉が止めた。

「待て。考えなしに突っ込んでも被害増えるだけだ、聞け(・・)

 最後の一言で、ベルフェゴールはピタリと動きを止め、マエトの言葉の続きを待った。

 事態は一刻を争う。そんな中でも、マエトへの絶対的な信頼がベルフェゴールにそうさせた。

 まっすぐに見つめてくる相棒に、マエトは指示を出した。

「お前は右サイド突っ込んでレイピアの方をひたすら守れ。オフェンスも最低限でいい」

「解った!!」

 何も聞き返すことなく即座に了解したベルフェゴールに、マエトは「にしし」と笑い──言った。

「行くぞ!!」

 直後、2人は同時に飛び出した。

 

 

 視界の(はし)に表示された、自分のものより小さいHPゲージが、また少し短くなる。それを見る(たび)、アスナは毎回心臓を(つか)まれるような感覚を覚えていた。

 10分以上も続いている鉱石エレメンタルの異常湧出(ポップ)は、まだ止まる気配すらない。

 転移結晶による離脱もできず、いつの間にか出口側はモンスターで埋め尽くされていた。

 ギルドの活動がオフだったため、友人の手伝いで素材集めに来ただけ。それなのに、

(どうして、こんなことに......!)

 内心で毒吐きながら、(うな)りを上げる鉱石の巨腕を回避する。だが、回避に十分なスペースがあるわけではなく、攻撃が足先をわずかに(かす)めた。HPが少しだけ減少する。

「アスナ! 大丈夫!?」

 鉱石エレメンタル群で隠れて見えないが、その向こうから、一緒に素材集めをしていた友人の声が飛んできた。

「大丈夫! ミトも気をつけて!!」

 アスナの友人であるミトもまた、鉱石エレメンタル群に苦戦していた。何せ回避スペースすらないのだ。モーションの大きな両手鎌を振り回すだけのスペースなどあるはずもなく、長柄(ながえ)での防御と振りの小さい通常攻撃だけで何とか(しの)いでいる状態だ。

 両手鎌より取り回しやすいアスナの細剣も、速度重視で一撃の威力が低いため、頑丈(がんじょう)な鉱石エレメンタルとは相性が悪い。単発ソードスキルでやっとノックバックできる程度だが、それをしても技後硬直(スキルディレイ)中に攻撃されるだけだ。

(私の鎌もアスナのレイピアも相性が悪い上に、さすがにそろそろ耐久度が不安になってくるわね......!)

 こんな状況で武器消滅(アームロスト)などしたら、次の瞬間には死だ。

「一か八か......!」

 そう呟き、ミトはソードスキルを発動させようとした。湾曲(わんきょく)した刃が輝き、高周波のサウンドが鳴る。

「──っ! ミト、ダメ!!」

 慌ててアスナが制止する。スペースが足りていない場所では、プレモーションが大きな両手武器ソードスキルを発動させるのが難しいからだ。ましてやこんな極限状況では、上手く行くとは思えなかった。

 だがミトは、愛用の鎌にエフェクト光を宿すことに成功した。横一文字に振るわれた鎌が、鉱石エレメンタル3体を同時に粉砕(ふんさい)する。連撃(れんげき)技は(すき)が大きいため、基本単発技を選んだミトだが、それでもアバターの硬直は永遠のように長く感じられた。

 その短いはずの永遠の中、ソードスキルの軌道の奥にいた鉱石エレメンタルが、ミトに向けて腕を振り上げた。

「ミト!!」

 叫ぶアスナだが、彼女の目の前でも、同じ光景が広がっていた。

 ただ腕を振るだけ。それだけで、下手なソードスキルすら上回るダメージを生み出す一撃が、アスナとミトに襲いかかる。

 反射的に、アスナとミトは顔を背けた。親友の命が尽きる瞬間を見たくなかった。

 オブジェクトの破砕音と金属音が響き、大量のポリゴン片が四散した。

「だっ......大丈夫ですか?」

 そんな声が聞こえて、アスナは顔を上げた。

 ポリゴンの雨が降る中、オレンジ色の刃が見えた。その根元を辿(たど)ると、年下と(おぼ)しき茶髪の少年が立っていた。

「あ、ありが......前!!」

 そうアスナが叫ぶ。それとほぼ同時、あるいはわずかに早く、紅刃(こうじん)が迫ってきていた巨腕を弾き飛ばす。

(お、女の人だ! それもめっちゃキレイな! なんか緊張(きんちょう)する!)

 そんなことを思いながらも、ベルフェゴールは細剣使いの少女に向かって笑った。

「とりあえず、回復に専念しててください。俺、守るの得意なんで!」

 前を向き、愛剣《スペサタイトブレード+32(11S11D10Q)》を構える。

「あとは俺の相棒が、なんとかしてくれます!!」

 

 

 突如、至近距離で響いた金属音に、ミトは顔を上げた。

 オレンジ色の光が明滅していた。光源は鉱石エレメンタルの腕と、それを受け止める片刃の刀身の接点。

 飛び散る火花が、振り向いた少年の横顔を照らす。

「だいじょーぶ?」

 とても(つば)()()いの最中とは思えない(ゆる)い声に、ミトは思わず拍子抜けした。

「え、えぇ......ありがとう......」

「じゃーさっさと回復してー」

 (うなが)されるままポーションを飲みつつ、ミトは目の前の少年の装備を見た。

 黒のレザーコートにグレーのサルエルパンツ。そして、巨大なファイティングナイフのような攻撃的なデザインの片手剣。どう見てもスピード重視の攻撃特化仕様(ダメージディーラー)だ。

 それなら攻撃を剣で受けるのではなく、剣で弾いて反撃する方がスタイルに合っているはずだ。しかし、この少年は攻撃を剣で受け止め、ミトを守っている。

(これは......私の回復のための時間稼ぎ。さっさと回復しろっていうのは、私にも戦闘に加われってこと)

 横を見ると、離れた場所で茶髪の少年がアスナを守っていた。

 武器の相性が悪いアスナには回復に専念させ、この少年が敵を減らしてスペースを確保。その上で高火力・広範囲なミトのソードスキルで一気に殲滅(せんめつ)する。

「そういうことね......!」

 ミトが作戦を理解するのと同時に、黒髪の少年が言った。

「せっかく攻略組アタッカーがいるんだ。その貴重な火力、ありがたく使わせてもらうよ」

(......まぁ装備のグレード的にはそう見えるか。攻略組だったのはずいぶん前の話だけど......)

 そんなことを考えつつ、視界左上のゲージに視線を向ける。HPはもう十分に回復した。鎌を握り直すと、ミトは少年の横に立った。

「私はミト。あなたは?」

 そう(たず)ねるが、返ってきたのは答えではなく挑発だった。

「生き残れたら教えてやるよ」

 ニヤリと笑う少年剣士に、ミトも獰猛(どうもう)な笑みを返した。

「言うじゃない......!」

 直後、碧刃(へきじん)が2度走った。一撃目で受け止められていた巨腕が弾かれ、返す刀で鉱石エレメンタルが粉砕された。

 それが、戦闘の幕開けとなった。

 

 

 2人の少年が現れてから、15分近く経過した。HPは既に回復しきっているが、はっきり言ってアスナは、この場に限って言えば足手まといだ。それを自覚しているため、アスナは戦闘に参加せずにいた。

「す、すごい......」

 目の前の少年を見て、アスナは思わずそう呟いていた。

 ここまでの約15分間、アスナのHPゲージは1ドットたりとも減っていない。そして恐らくは、目の前の少年のものも。

 鉱石エレメンタルの重たい攻撃を両手持ちした片手剣で素早く正確に(さば)き、即座に、ただし無理はせず、敵の新たな攻撃に即応できる範囲で攻撃する。少しずつ、しかし確実に、堅実に敵を減らしていく。

 数が減ってスペースができたことで、複数の鉱石エレメンタルが同時に攻撃してきたことも何度かあった。だがそれさえも、剣を高速で振るって一撃ずつ軌道をずらし、ノーダメージで切り抜けていた。

 防御力が高いプレイヤーなら、アインクラッド中にごまんといる。比較すれば、KoB団長ヒースクリフや、ギルド聖竜連合の槍使いシュミットの方が、防御力で上を行くだろう。

 だが、彼らは巨大な盾や重厚な金属鎧(きんぞくよろい)を装備している。対して目の前の少年の武装は、軽金属防具と布装備、そして1本の片手直剣のみだ。

『俺、守るの得意なんで!』

 少年は先ほどそう言っていたが、これはもはや得意というレベルではない。

 剣の早さと正確さには定評があるアスナだが、この少年とデュエルをした場合、相当本気で攻撃しなければ全て防がれるという予感があった。

 

 

「強い......」

 我知らず、ミトはそう呟いていた。視線の先では、黒髪の片手剣使いが戦っている。

 鉱石エレメンタルの攻撃は重いが、その動きは遅い。相手が攻撃モーションに入った瞬間に剣を強振、攻撃の出を潰すや即座に反撃に移る。剣だけで足りないときは、体術スキルで殴り蹴る。防御を考えずに絶えず攻め続けることで、防御を考える必要をなくしている。

 あまりにも馬鹿げた戦い方だが、その結果ものの数分でミトが鎌を振り回せるだけのスペースをしっかりと確保しているのだ。感嘆(かんたん)する他ない。

 鎌が満足に使えるようになってからは、ミトも戦闘に加わった。ここまではずっと通常攻撃だけに留めてきたが、鉱石エレメンタルの湧出ペースを上回る討伐ペースで敵の数が減り、スペースにさらに余裕ができた。エレメンタル群も、ある程度だが一ヶ所に固まっている。

(ソードスキルの使い時......でも......)

 得物を構え直すミトだが、そこで躊躇(ためら)ってしまった。スペースはできても、部屋自体はそこまで広くないのだ。攻撃範囲の広いソードスキルを使って、少年たちやアスナまで巻き込んでしまわないか。一瞬迷ったミトに、声が降りかかった。

「あんたがミスっても、うちのディフェンス担当がぜんぶ(さば)く。思いっ切り行っていーぜ」

 そう言って黒髪の少年は、鉱石エレメンタルの攻撃を弾いてブレイクポイントを作り、フワリと飛び退いた。

 『やれ』と、そう言われた気がした。

 フッと口元に笑みを浮かべると、ミトは鎌を振るった。紫のライトエフェクトが飛び散る。

「ハァ────ッ!!」

 直後、闇色の嵐が吹き荒れた。鉱石エレメンタルが、空恐ろしいほどの勢いで減っていく。触れた者全てを刈り取る、死神の乱舞。

「へぇ......」

 しっかりミトの技の範囲外に退避しつつ、マエトは感心した。

 両手武器は一撃の重さとリーチの長さが生み出す、高い攻撃性が売りだ。そして、火力は高いが重い両手斧や両手剣と、手数とリーチに優れるがやや火力で劣る両手槍──突撃槍は別だが──と違い、長柄の先端に鋭利な刃が付いている鎌は、両手武器の中でも比較的軽く、その上で高い攻撃力を誇る。

 もっと言えば、鎌は刃の向きを変えることなくそのまま振るだけで、斬ると突くの2種類の攻撃ができる。その切り替えのために、わざわざ構え直す必要のある斧槍(ハルバード)よりも手軽だ。

 マエトは両手鎌を、SAO内の全武器カテゴリの中で、最も攻撃力とリーチ、そして手数のバランスが高いレベルで取れている武器だと思っている。

 そして同時に、最も扱いづらい武器だと思っている。

 両手武器、もっと言えば大きく重いものは、そもそも取り回しが難しいのだ。攻撃にもブロック防御にも、移動にすら、自分だけでなく武器の移動スペースが必要になる。現にマエトが鉱石エレメンタルを減らすまで、ミトは満足に鎌を振るうことができなかった。また、その重たい武器を扱うために、防具は必然的に軽量にならざるを得ない。高い攻撃性と引き換えに、防御力を(いちじる)しく犠牲(ぎせい)にしている。両手武器を扱うという時点で、ここまでのデメリットは必ず着いて回る。

 そして鎌は、長柄の先端に湾曲(わんきょく)した片刃が横向きに付いている。しかも刃は外でなく内を向いている。

()で殴ってもほとんどダメージ入らんし、乱戦だと味方斬る可能性だってある。ブレードの向きを常に、かつ完璧に把握(はあく)してなきゃならん)

 取り回しにくい上に、毎回の攻撃にいちいち意識的に手間がかかる。それが両手鎌という武器なのだが、

(モーションのスムーズさで解る。このミトって人が、鎌の扱いにどれだけ通じてるか......)

 そして、ミトのソードスキルが終了した。技後硬直を課せられるミトに向かって、別の鉱石エレメンタルが腕を振り上げた。

「おっと」

 そう呟き、マエトは愛剣《デマントイドブレード+32(14S13Q5D)》を大上段に持ち上げた。深い緑色の刀身が、アイスブルーの輝きを宿す。

「はぁああっ......!」

 雄叫(おたけ)びを上げた少年が、(すさ)まじい速度で駆ける。直後、10体の鉱石エレメンタルが同時に爆散した。片手直剣10連撃技《ノヴァ・アセンション》の一撃一撃を、マエトは全て違うエレメンタルに当てたのだ。

 いくら密集して立っていたとはいえ、連撃技の一撃一撃を全て別のモンスターに当て、それだけで倒し切るとは。ましてや相手は頑丈な鉱石エレメンタル。武器そのものの攻撃力も凄まじいが、何より相当なスピードと照準力がないと不可能な芸当だ。

「なっ......!」

 驚きで目を丸くするアスナとミトだが、ベルフェゴールは気にしたふうもなくあっけらかんと笑っていた。

「まぁうちのオフェンス担当なら、あのくらいやりますね」

 ミトが殲滅した分と、マエトが倒した分と合わせて、かなりの数の鉱石エレメンタルが討伐された。だが、まだ全てを倒し切れたわけではない。

 だが、よく見ると鉱石エレメンタルの数が増えていない。いつの間にかバグは治っていたようだ。

(最初に戦闘音が聞こえてから、これで大体28分か......さっき聞いた話の中じゃ、30分くらいでバグ治ったらしいから、こんなもんか)

 そう考え、マエトは手近な鉱石エレメンタル目掛けて走った。同時に、振り向くことなく言う。

「バグ止まったぞ。ベル、お前も来い!」

「おーよ!」

 答えるや否や、ベルフェゴールは飛び出した。ミトも鎌を握り直しつつ、アスナに向かって言った。

「私たちも仕事しなきゃね!」

「えぇ! サポートなら任せて!!」

 そう言って、ミトとアスナも戦闘に加わった。

 そしてわずか2分後、4人の奮闘の結果、部屋を埋め尽くしていた鉱石エレメンタルは、残り1体となった。

「ラス1行くぞ!」

 マエトが飛び出すと同時に、ベルフェゴールはスペサタイトブレードにライトブルーのエフェクトを宿した。縦斬り2連撃技《バーチカル・アーク》。1撃目を胴体に叩き込みノックバックさせると、

「う......おりゃぁああ────っ!!」

 ベルフェゴールは2撃目の斬り上げで、鉱石エレメンタルの巨体を持ち上げ、打ち上げた。

 直後、マエトがベルフェゴールの頭上を飛び越えた。デマントイドブレードが紫色に輝く。2連撃技《スネークバイト》。

「はあああっ!!」

 闇色の剣光が二度(ひらめ)き、鉱石エレメンタルの首が斬り飛ばされた。岩石の巨体が砕け、ポリゴン片となって降り注ぐ。

 プレイヤー4人だけとなった部屋の中で、アスナとミトは生還できた喜びを()み締めた。

「本当に......本当にありがとう」

「あなたたちが来てくれなかったら......あれ?」

 感謝の言葉を述べようとしたアスナとミトだが、それは叶わなかった。その少年が2人共、いつの間にかいなくなっていたのだ。

「名前、聞きそびれた......」

 ぼやくミトに、アスナが「わたしも......」と(うなず)いた。

 

 

「急げ! クエスト指定の鉱石アイテム、まだ半分も集まってねぇぞ!」

 大急ぎで走りつつマエトが叫ぶと、後ろの方から相棒の声が飛んできた。

「制限時間って、どんくらいだったっけ?」

「90分! あともう1時間もねぇよ!!」

「ウッソだろ!? やべー、急がねーと......! でも置き去りにすんのはやめてくれぇ────っ!!」

 全力疾走しつつ叫んだベルフェゴールの声は、アスナとミトにもギリギリ届いたとか届かなかったとか──。

 

 

「アハハッ!! それじゃあ結局、名前教えてあげれなかったんだ? 『生き残れたら教える』って言ったのに......アハハハハハッ!!」

 笑い転げる木綿季(ゆうき)の隣で、智也(ともや)は頭をかいた。

「いやー、カッコ良く(あお)っといてアレはなー、ちょっとやらかしたなー」

 そう言って、途中から持ってきておいたマグカップを取り上げ水を飲む。(しゃべ)りっぱなしで(かわ)いた(のど)に、冷たい水が染み込む。

 ふぅと息を吐いてカップをテーブルに戻すと、木綿季が起き上がって言った。

「あ、だからアスナ、ベル君のこと覚えてないんだ。まぁ覚えてないって言うか、顔は知ってるけど名前は知らない、みたいな」

「だろーねー。この話聞けば、アスナさんも思い出すと思うけど」

 智也が頷くと、木綿季は天井を見上げて続けた。

「それにしても、実際に見たわけでもないのに、とー君とベル君の......相棒感っていうかな、すごい伝わってきたよ。本だと《運命の仲間》みたいな書かれ方するような感じでさ」

 木綿季が何気なくそう言うと、

「運命、ねー......」

 と、隣で小さな声が(こぼ)れた。

 首を傾げ、顔を覗き込んできた木綿季の真っ直ぐな目に促されるように、智也は今まで思っていたことを吐き出した。

「仮におれとあいつが会ったのが運命だとしてさ......たまに考えるんだよね。もしおれと会ってなかったら、今頃あいつはどーなってたかなーって。幼馴染みの女の子とか、それとも年上の女の人とかと恋人になって、仲良くしてたりするのかなーって。そー考えると、やっぱちょっと申し訳ない」

 半ばぼやくようにそんなことを言う智也に、木綿季はうーんと(うな)りながら言った。

「とー君と会ってなかったらっていうのは、ボクには(わか)んないけど......ベル君はきっと、とー君と会えて幸せだったと思うよ」

 そう言って微笑む木綿季に、智也は笑い──、

「あはは、そーかなー......っ......」

 不意に、その声が揺れた。

「そー、だとっ......いーなぁ......」

 零れ落ちた涙が、ソファやジャージに音もなく吸い込まれていく。

 想い出と共に(よみがえ)った(さび)しさが、閉じ込めていた想いを溢れさせる。

 涙を止めようと目を強く閉じると、(まぶた)の裏で相棒が笑う姿が見えた。目を開けると、相棒がいない世界が涙で(にじ)んだ。

 木綿季が優しく背中をさすると、嗚咽(おえつ)は更に激しくなった。

 大粒の涙を零しながら、智也は心の中で相棒に向けて、初めてこう語りかけた。

 

 ──なー、ベル。

 おれはさ、お前と会えて良かったよ。一緒にいられて、楽しかったよ。幸せだったよ。

 一緒にいてくれて、支えてくれて、守ってくれて、友達になってくれて、ありがとう。

 守らせてばっかで、お前を守れなくて、約束も守れなくて、本当にごめんな。

 あのさ......お前は、おれと会えてどーだった? おれと一緒にいて、どーだった?

 いつになるかは解らん。おれのこと(うら)んでるやつに殺されるか、何事もなく寿命(じゅみょう)で死ぬか解らんけど......いつかまた会えたらさ、そんときは前みたく、一緒にメシ食おーぜ。

 何かはよく知らんオカズ取り合ったり、味もよく解らん酒飲んだり、どーでもいい話したり......それでお前が、おれと会えて良かったーって、楽しかったーって、幸せだったーって笑ってくれたらさ......すっごい(うれ)しいよ──。




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