ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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ちょっと雑ですが、多分大事なんだろーなーっていうのを詰め込んでます。
次回からまた色々あります。


第5話 初めての

「ん......」

 小さく声を()らして、木綿季(ゆうき)は起き上がった。

 病院のベッドではなく、敷布団(しきぶとん)で寝ていたらしい。周りを見回してみるが、そこは見慣れた病室でなく、殺風景(さっぷうけい)な部屋だった。机とタンスしか置いていない──まぁ自分の新たな部屋もそう変わらないが。

 そこまで考えて、木綿季は自分がどこにいるのかを思い出した。

(あ、そっか。ここはとー君の家......それで、ボクの家......)

 退院して初めての朝に、何とも言えない感動のようなものを覚える。ふと枕元を見ると、目覚まし時計には8:12と表示されていた。

 大きく伸びをして──そこで木綿季は、はたと気付いた。自分がいま起き上がったのはベッドではなく、敷布団であることに。だが、昨日買ってきた衣類を片付けた後、自分は自室のベッドに寝転んだ。部屋にあるのはベッドのはず。つまり、ここは木綿季の部屋ではなく──、

(ここ、とー君の部屋!? ボク、とー君のお布団で寝てたってこと!?)

 必死に昨日の夜の記憶を掘り返すと、何があったかはすぐに思い出せた。

 智也(ともや)の旧SAO内での想い出話の後、2人は就寝することにした。それぞれの部屋に入り、布団に(もぐ)り込んだのだが、木綿季はなぜか少しだけ(さび)しさを感じた。初めての場所での初めての夜だからか、それとも「『部屋代が無駄だ』と言って宿屋ではいつも1部屋しか借りず、ベルフェゴールと同じベッドで寝ていた」という想い出話を聞いたが(ゆえ)の、自分よりマエトと親密そうなベルフェゴールへの嫉妬(しっと)なのか解らないが、気付けば木綿季は枕を抱えて寝室を抜け出していた。

 リビングを横切り、徒歩2秒の距離にある智也の寝室に入り──、

『今日だけは......一緒に、寝ていい......?』

 そう言ったところまでの記憶が瞬時に(よみがえ)り、木綿季は自室から持参した枕にボスンと顔を(うず)め、全力で絶叫した。

「~~~~~~~ッ!!」

 あまりの恥ずかしさに足をバタバタさせていると、寝室のドアがカチャッと音を立てて開いた。

「あ、ユウ起きたんだ。おはよー」

 ひょこっと顔を出した智也を、木綿季は恐る恐る振り向いた。

「あ......お、おはよ......」

 昨晩何か変なことを言ったりやらかしたりしてないか不安だったが、智也の様子は普段と変わらなかった。

「朝メシ食べるー?」

「う、うん! 食べる!」

 コクコク(うなず)くと、木綿季は体を起こした。

 寝室を出ると、智也がキッチンからカレーライスを持って出てきた。昨日買った木綿季用のスプーンと一緒にローテーブルに置くと、キッチンに戻った。

 木綿季が眠たい目を(こす)りながらソファに座ると、隣に智也がストンと座った。だが──、

「あれ? とー君はカレー食べないの?」

 智也が持っていたのは、コーンフレークが入った器と牛乳だった。器に牛乳を注ぎながら、智也が答えた。

「ユウのそれは、昨日の晩メシの残りを片付けたかっただけだからねー。おれの朝メシは基本いつもこれとフルーツヨーグルト」

「そっか......とー君もちょっとカレー食べる?」

「んーん、全部ユウが食べればいーよ。お気になさらず」

 そう言って、智也はコーンフレークをパリパリと食べ始めた。木綿季も略式のお祈りをしてから、カレーを口に運んだ。

 2人がコーンフレークとカレーとフルーツヨーグルトを食べ終えた後、食器を洗いながら智也が木綿季に訊ねた。

「ユウって、今日は別に何も予定入ってないよね?」

「え? そうだねー......うん、何もないけど......」

 答えつつも質問の意図が解らず首を傾げた木綿季に、智也はタオルで手を()き言った。

「じゃー、もー少ししたら買い物行こっか。ないとちょっと困るし、ユウもコレ(・・)ほしいでしょ?」

 そう言って智也がポケットから取り出したものを見て、木綿季は目を(かがや)かせた。

 

 

 数時間後、外出先から戻って来るや、木綿季は手に持った紙袋の中から買ったばかりのものを取り出した。

「やったー! ボクのケータイだー!!」

 木綿季が手にしているのは、赤色のハードケースをつけた白い携帯端末(けいたいたんまつ)だ。2026年現在ではさほど目新しいデバイスではないが、小学生の頃から長期間フルダイブ空間に隔絶(かくぜつ)されてきた木綿季にとっては、人生で初めての携帯端末は新時代のようなものだ。目をキラキラと輝かせる少女に、智也が言った。

「おれ明日からまた学校だから、連絡手段確保しとかんとって思ってさー」

「あ、そっか......」

 そう(つぶや)き、木綿季は目を少し()せた。智也が半日以上おらず1人で過ごすことを想像し、(さび)しさを覚えたのだろう。だが、

「でも、これがあればメールとか電話できるから、寂しくないね!」

 そう言って笑う木綿季に、智也も笑みを返した。

「うん。まぁ授業中とかは無理だけど、それ以外の時間なら返事できるから。......ところで」

 そう前置きすると、智也は続けた。

「本当にそれで良かったの? 他にも色々あったけど」

 言いつつ、智也は木綿季の携帯端末を見やった。智也が使っているのは、紺色のハードケースをつけた黒い携帯端末。木綿季が選んだのは端末、ケース共にその色違いだ。

 携帯ショップに着くや「とー君が使ってるのってどれ?」と訊き、話しかけてきた店員に即座に「これで!」と言った木綿季を思い出しつつ訊ねる智也に、木綿季はあっけらかんと答えた。

「だってボク、こーゆーのあんまり詳しくないからさ。だったらこうした方が、あれこれ悩まなくていいでしょ?」

「ふむ、一理ある」

「うん。そんなことより、連絡先交換しよっ!!」

 嬉しそうに携帯端末を差し出す木綿季に、智也は(うなず)いた。

 電話番号とチャットアプリの連絡先を交換し終え、木綿季がホクホク顔で画面を眺めていると、携帯端末がピロンと音を出した。チャットアプリのアイコンをタップすると、智也から『テスト』とだけ送られてきていた。

「えーと......」

 フルダイブ空間でのホロキーボードには慣れている木綿季だが、携帯端末のテンキー配列のキーボードは初めてだ。たどたどしい手つきで『ちゃんと届いてるよ!』と入力し、送信する。

 直後、木綿季のすぐ横で着信音が鳴った。智也が携帯端末を──こちらは慣れた手つきで──操作し、チャットを確認する。

「よし、ばっちり」

 智也が満足そうに頷くと、木綿季も嬉しそうに笑った。

「あ、そーだ。アスナさんとかキリトさんの連絡先も共有しとこーか?」

「あ、うん! お願い!」

 即座に答える木綿季に「了解」と言うと、智也は携帯端末を操作した。すぐに木綿季の端末に、結城(ゆうき)明日奈(あすな)桐ヶ谷(きりがや)和人(かずと)らの連絡先が共有された。

「ありがとう!」

「どーいたしまして」

 そう答え、智也はチャットアプリを閉じ、電源ボタンを押して端末をスリープさせた。その直前、木綿季の目に智也の端末のホーム画面が一瞬映った。

「ちょっと待って! とー君、ケータイ見せて!」

 突然そう言って、木綿季は半ばひったくるように智也から携帯端末を受け取った。電源ボタンを押すと、真っ暗な画面が明るくなり──

「な、何これぇっ!?」

 直後、木綿季は絶叫した。智也の携帯端末の壁紙には、ALO内で撮影されたスクリーンショットが設定されていた。青い空と青い湖をバックに、白いワンピース水着を着た闇妖精族(インプ)の少女が立っている。誰あろう、ユウキだ。

「え? スクショ」

 しれっとそう答える智也に、木綿季は詰め寄った。

「なんでボクなの!? いや、まぁボクなのは別にいいけど、なんで水着なの!? 恥ずかしいよ!!」

「なんでって、だって可愛いんだもん」

「あ......あぅ......」

 たった一言で顔を真っ赤にしてあっさり撃沈(げきちん)した木綿季。その手から携帯端末を回収した智也に、木綿季はガバッと顔を上げて言った。

「じゃあ、ボクもALOのとー君のスクショを壁紙にする! それでおあいこ!」

「ふむ、いーよ」

 その後、木綿季はアミュスフィアから無線LAN経由で智也のパソコンに、ALO内で撮影したスクリーンショットのうちマエトが写っているものを転送。画面とにらめっこしながら、どの写真を使うかをウンウン(うな)りながら悩んでいた。

 その様子を眺めながら、智也は欠伸(あくび)混じりに呟いた。

「ユウは性格的に、壁紙とかデフォで放置すると思ってたんだけどなー」

 

 

 そして翌朝。

「じゃー、行ってくるねー」

 やはりコーンフレークとヨーグルトの朝食を片付けると、智也は制服──ブレザーでなくパーカーだが──に着替えて家を出た。

「うん! 行ってらっしゃい!」

 手を振って笑顔で見送ると、木綿季は智也が玄関ドアを閉めるやすぐに施錠(せじょう)した。智也の言いつけだ。

 リビングに戻り、ソファに体を沈めてテレビを眺める。画面に映っているのは、最近話題のイケメンアイドルグループだ。だが、

「......デュエルしてるときのとー君とかキリトとかのがカッコいいような気がする......」

 そう呟き、木綿季はテーブルから携帯端末を取り上げた。電源ボタンを押すと、ロック画面が表示された。壁紙に設定されているのは、木綿季の退院祝いパーティーの日にユウキとマエトがしたデュエルのスクリーンショットだ。記念に撮っておいてくれたのはアスナだったかリズベットだったか。

 画面をぼんやりと眺めていたら、壁紙の中の戦闘モードのマエトが「()った」と言ってきたような気がしてきて、木綿季は(あわ)てて携帯端末をテーブルに戻した。あのまま写真を見ていたら、まだ智也が家を出て10分も経っていないのに、猛烈な寂しさに襲われそうな予感がした。

 そして、智也が家を出てから1時間が経過した頃、木綿季は猛烈な寂しさに襲われていた。

 智也や明日奈達に電話かチャットをするにしても、今はもう授業中だろう。

「......よ、よし! じゃあお掃除(そうじ)しよう! 家の中をピッカピカにして、帰ってきたとー君をびっくりさせて......」

 寂しさを(まぎ)らわせるためか、自分に言い聞かせるようにそう言った木綿季だが、

「うぅ......ちゃんとお掃除してある......」

 気が向いたときしか掃除はしないと言っている智也だが、そもそも家具が少なく汚れや(ほこり)が目立つため、実際は汚れを見つけたそばから掃除をするのだ。汚れを見つけたときと気が向いたときはイコールなのである。

 テレビを観ていてもニュース番組やよく解らないドラマばかりで、あまり面白くない。寂しさももちろんだが退屈(たいくつ)も相まって、快活なはずの木綿季はソファにダラーッと横になっていた。

 そのとき、ローテーブルの上に置かれた携帯端末がピロンと鳴った。バッと勢いよく起き上がると、木綿季は端末を手に取った。画面を見ると、智也からチャットが来ていた。

「えっ......? とー君、いま授業中じゃ......」

 そう呟きチャットアプリを開くと、メッセージの内容はこんなものだった。

『そろそろ寂しいと暇とが混ざってグダーッてなってる頃かと思ってさー』

 図星を突かれギクリとしつつ、木綿季はメッセージを入力した。

『それより、今って授業中じゃないの?』

 送信するや、すぐに既読表示が出た。数秒後、返信が来る。

『担当の先生が風邪ひいたとかで自習になった』

 木綿季が納得していると、次の着信が来た。今度は一言だけだった。

『寂しい?』

 ビクッと体を震わせてから、木綿季は正直に答えるか寂しくないと虚勢(きょせい)を張るか少し悩んだ。だが、智也から送られてきた次のメッセージを見て、正直に答えることにした。

『おれは思ってたより寂しいかな』

『ボクも寂しい』

『トータルだと会えなかった時間のが長いのにねー』

 そんな会話をしていると、あっと言う間に自習の時間は終わり、智也との会話は強制終了した。

 だが、その頃には木綿季の中の寂しさは、ほとんどなくなっていた。

 

 

 放課後、特に用事もなかったため、智也はさっさと家に帰ろうとしていた。校門に向かって歩いていると、

「おーい、マエト!」

 後ろから声をかけられた。振り向くと、年上の少年が手を軽く持ち上げながら小走りで駆けよってきていた。《黒の剣士》もとい《黒ずくめ(ブラッキー)》キリトのリアル、桐ヶ谷和人だ。

「おー、キリトさん。どしたの?」

 立ち止まって聞き返す智也に、和人は横に並んでから言った。

「これからちょっとエギルの店に行こうと思ってるんだけど、1人で行っても退屈だしさ。予定がなかったらお前も一緒に行かないか?」

 そう訊かれ智也は、少しだけ考えてから「ふむ、いいよ」と答えた。スラックスのポケットから携帯端末を取り出し、木綿季に向けて手早くメッセージを飛ばした。

『キリトさんと一緒にエギルさんの店行くから、帰りちょっと遅れる。ごめんね』

 ポケットに端末を戻し、智也は和人に「じゃー行こっかー」と言った。

 

 

 ピンポーンという音が家の中に響き、木綿季は玄関に行こうとした。だがそこで思い(とど)まり、壁に取り付けられた小さなモニターで監視カメラの映像をチェックした。これも智也の言いつけだ。

「えーと......ここのボタンを押して......」

 昨晩してもらった説明を思い出しながらポチポチやっていると、モニターに玄関の様子が映し出された。

 栗色のロングヘアの少女──《バーサクヒーラー》アスナのリアル、結城明日奈の姿が見えた。カメラの画角(がかく)を調整して周囲も確認するが、怪しいものはない。

 そこまで確認してから、木綿季はようやく玄関まで移動した。ドアを開け、明日奈を迎え入れる。

「お待たせアスナ!」

「ううん、わたしこそちょっと遅くなっちゃった」

「買い物してから来てくれただから、しょうがないよ」

 そう会話しながら、2人はリビングに向かった。

「よーし。それじゃ、とー君が帰ってくるまでに晩ご飯作って(おどろ)かせちゃおう!」

「うん、キリトくんに頼んで時間稼ぎしてもらってるから、1時間ちょっとくらいは猶予(ゆうよ)あるよ」

 そう。木綿季は昼頃に明日奈にチャットで、智也が帰ってくる前に夕飯を作って迎えたいから手伝ってほしいと依頼したのだ。それを受けて、明日奈は和人に智也を連れて御徒町(おかちまち)にあるダイシー・カフェに行くよう頼んだというわけだ。

 やる気満々といった様子で手を洗う木綿季に、明日奈は家に入ってからずっと気になっていたことを(たず)ねた。

「ねぇ、ユウキ......」

「ん? なに?」

「そのズボン何?」

「え?」

 きょとんとした顔で、木綿季は自分の体を見下ろした。いま木綿季が着ているのは、部屋着として使っているパーカーとパンツだ。パーカーは「動きやすくて楽なやつ」というリクエストに応じて明日奈が選んだものだが、問題はパンツの方だった。

 (たけ)が非常に短いドルフィンパンツ──俗に《男性が興奮する部屋着No.1》と言われているものだ。

 買った覚えのないパンツを指差す明日奈に、木綿季はあっけらかんと答えた。

「あぁ、これ? とー君が買ってくれたんだー。『動きやすいし楽でしょ?』って」

 すっごい楽なんだーと笑う木綿季の言葉に、明日奈は頭を抱えた。あの智也のことなので、やましい気持ちなしで木綿季を思って《動きやすく楽な部屋着》をプレゼントしたのだろうが、思春期の男女が2人暮らしという環境でフトモモが丸出しになっているのはいかがなものか。そしてそれをまったく気に留めていない木綿季と智也が、別の意味で心配になった。

(ま、まぁ本人たちが気にしてないなら、それでいいか......)

 珍しく問題を遠くへとブン投げると、明日奈は脱いだブレザーをソファの背もたれにかけ、一足先にキッチンにいる木綿季の隣に立った。

「じゃあ、さっそく始めようか」

 明日奈の言葉に頷くと、木綿季は気合いに満ちた声で応じた。

「うん! よーし、頑張るぞ!!」

 木綿季からの連絡を受けた明日奈は、学校を出るとすぐに買い出しに向かい、それから智也と木綿季の家にやってきた。買ったのは鶏卵(けいらん)と鳥もも肉、玉ねぎ、三つ葉、そして味付け海苔(のり)──あと木綿季が着ける用のエプロンの6つ。作るメニューは親子丼だ。米は既に家にあるものを()くだけなので、あとは上に乗せる具を作るだけ。その具も、出汁や醤油、みりんで鶏肉や玉ねぎを煮て卵を入れるだけだ。時間がない上に料理をほとんどやったことのない木綿季が主体でも、問題なく作れると予想してのチョイスだ。

 そして、いざ調理を始めてみると──、

「わぁーっ! 玉ねぎが目にしみるーっ!」

「あぁ、 その手で目ぇ(こす)っちゃダメ!!」

「えーと、鶏肉を一口大に切って......」

「待ってユウキ、左手はグーで!」

 木綿季の料理下手は、明日奈の予想を上回っていた。入院していた頃に利用していた《セリーン・ガーデン》というVRホスピス内でなら料理をしたこともあるし、当時一緒に入院していた両親に弁当を振る舞って美味しいと言われたこともある木綿季だが、それはあくまで手順が簡略化されたVR世界の料理だ。現実での料理だと話が違った。

 とは言え、調理が終盤に入ることには明日奈もそれに慣れ、

「あっ! 炊飯器(すいはんき)のスイッチ押すの忘れてた!!」

「大丈夫、さっきわたしが押しといたから......」

「そっか、ありがと。えっと、次は卵を割って......あっ! (から)入っちゃった!!」

「はい、菜箸(さいばし)で取って」

 焦る木綿季を、落ち着いてフォローできるようになっていた。

 そして、調理開始から1時間と少しが経った。

「できたー!」

 そう叫び、木綿季は両手を高々と(かか)げた。隣で明日奈も「お疲れ様」と微笑む。

 できたと言っても上に乗せる具だけなのだが、あとは炊き上がったご飯に味付け海苔をバリバリと揉んでかけ、その上に具を乗せて三つ葉をトッピングするだけだ。木綿季1人でも問題ない......はずだ。

 明日奈の制服スカートのポケットの中で、携帯端末が鳴った。画面を見ると、和人から【マエトがそろそろ帰るって言ってる。そっちはどうだ?】という内容のメッセージが来ていた。

【こっちももう終わったから大丈夫だよ。ありがとう。】

 そう返信すると、明日奈はブレザーを着て言った。

「マエトくん、そろそろ帰るって言ってるらしいから、わたしももう行くね」

 すると、自分の携帯端末を確認していた木綿季が顔を上げた。

「うん。ボクのとこにも、とー君から連絡来たよ」

 御徒町からだと、この家に着くのは大体30分後。その頃にはもう具は冷めてしまっているだろうが、温め直すことも考えて、明日奈はわざと卵がまだ生の状態で木綿季に火を止めさせていた。

「アスナ、ありがとう!!」

 ニコニコ顔でお礼を言う木綿季に、明日奈も笑顔を返した。

「どういたしまして。わたしも楽しかったよ」

 そして、明日奈が帰ってから数十分後、入れ違いで智也が帰宅した。

 解錠(かいじょう)された音と玄関ドアが開かれた音が聞こえ、木綿季はリビングのドアを開けた。(くつ)を脱いでいる少年に「おかえり!」と言うと「ただいまー」と間延びした声がてき返ってた。

 木綿季に向き直ると、智也は鼻をひくつかせて匂いを()ぎ──、

「キリトさんが時間稼いでる間に晩メシ作ったのか。なるほどなるほど」

 たっぷり5秒も沈黙してから、木綿季は驚きを隠すことなく叫んだ。

「なんで!? なんで(わか)ったの!?」

 サプライズが即座に見抜かれ涙目(なみだめ)になる木綿季に、智也はしれっと答えた。

「最初はさっさと帰るつもりだったんだけど、なんかキリトさんの目がすごい『来い来い』って言ってたからさ。家でなんかやってんのかなーと思って、わざと誘いに乗ってみたんだけど......」

 そう言いつつリビングのドアを開けると、智也はソファに歩み寄った。背もたれに手を伸ばし、人差し指と親指で何かを()まむと木綿季を振り返った。

「やっぱアスナさんもグルか」

 そう言って智也が木綿季に見せたのは、栗色の糸──でなく髪の毛だった。ちょうどアスナがブレザーをかけていた場所に、アスナの髪が付いていたらしい。

 がっくりと床に(ひざ)を突いた木綿季。その上から、グーッと音が鳴った。

 木綿季が顔を上げると、智也はにししと笑って言った。

「お腹減った」

 そう言われ、木綿季は笑顔で答えた。

「うん! すぐ用意するね!」

 自室に向かう智也に背を向けキッチンに向かうと、木綿季は具を温めた。茶碗によそったご飯にバリバリと揉んだ味付け海苔をかけていると、卵がいい具合いに半熟になった。急いで火を止め、こぼさないようにご飯の上に具を乗せると、刻んでおいた三つ葉をそっと乗せる。

 自分の分も作り、(はし)と一緒にテーブルに運ぶと、ちょうど着替え終わった智也が部屋から出てきた。

「ふむ、親子丼か」

「アスナに手伝ってもらったから、味は間違いない......と思う」

 微妙に不安になって言い直す木綿季と一緒にソファに座ると、智也はすぐに手を合わせた。

「いただきまーす」

 さっそく卵と鶏肉と米を口に運び、木綿季が固唾(かたず)を飲んで見守る中、モグモグと咀嚼(そしゃく)。ゴクンと飲み込むと──、

 そのままぐわしぐわしと勢い良くかき込み出した。ハムスターのように(ほほ)(ふく)らませながら「んまいんまい」と目を細める。

 その光景に、木綿季は胸がいっぱいになった。同時に、次は100%自力の料理して喜ばせようと(ちか)う。

 木綿季も親子丼を食べていると、一足先に食べ終えた智也が言った。

「ありがと、ユウ。大好き」

 最後の一言で、木綿季は危うく親子丼を(のど)に詰まらせかけた。喉に転げ落ちるところだった鶏肉をしっかりと噛んでから飲み込み、ふぅと息を吐くと、智也に向かってこう返した。

「どういたしまして! ボクも大好きだよ!!」

 

 

 翌日、智也は教室でボーッとしていた。音楽を聴きながらぼんやりとHR(ホームルーム)が始まるのを待つのはいつものことだが、今日は音楽もあまり耳に入ってこなかった。

 昨晩、木綿季が頑張って自分に夕飯を作ってくれたということが(うれ)しく、そのことにばかり意識が向いてしまっていた。

 不本意ながら感情を殺すのは得意なため、独りでニヤけて周囲から気味悪がられるということはないが、それでも内心ではそれなりに喜んでいた。

 そのとき、教室のドアが開いて担任が入ってきた。イヤホンを外してポケットにしまっていると、ロングヘアーの女性教師が段ボールを()せた台車を押しているのが見えた。

 教卓の前に立つと、担任は教室全体を見回して言った。

「まず最初に、後日行われる課外授業の連絡と、それに関連した配布物があります。皆、出席番号順に前に来て、プリントとこの配布物を1つずつ持っていって」

 そう言って担任が指した段ボールに、智也は視線を向けた。側面に何かしらの文や単語が書いてあるが、細かい文字まではさすがに読めなかった。

 しかし、大きめのフォントで書かれていたアルファベット5文字だけは読めた。

「《Augma》......?」




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