ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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新章スタートです、改めてよろしくお願いします。


第2部 ー剣が紡ぐ絆(オーディナル・スケール)ー
第6話 始まり


『あのー、すいません。その耳に着けてるのって、何ですか?』

 テレビから聞こえたその声に、智也は顔を上げて画面を見た。

 4月も半ば以上過ぎたある日、木綿季(ゆうき)が朝から時間をかけて100%自力作成した昼食を食べていたところだ。少し崩れていて不恰好(ぶかっこう)だが、微妙に焦げていて少し苦いことを除けば案外不味(まず)くないハンバーグを頬張(ほおば)っていたとき、点けっぱなしにしていたテレビから先ほどの声──アナウンサーのものと思われる──が流れてきたのだ。

 どうやらワイドショーの、最近流行っているものの特集が始まったようだ。画面には通行人の男女が映っている。彼らの耳には、確かにヘッドセットのような白いデバイスが付いている。

 マイクを向けられた男性が、自分の左耳を指差し『はい? これですか?』と確認してから、こう答えた。

『《オーグマー》です』

 そこでスタジオに画面が切り替わり、オーグマーと呼ばれた白いガジェットの説明が始まった。

 ここ数日で話題になっているウェアラブル・マルチデバイスで、ナーヴギアやアミュスフィアのようなフルダイブ型VRマシンとは真逆の、A R(拡張現実)専用のマシンのようだ。ざっくり言えば、耳にかけて視界に展開した画面を直接操作できる、機能拡張型の携帯端末のようなものらしい。

 以前HR(ホームルーム)で配布物として入手して以来、クラスメートたちはこぞってオーグマーととあるゲーム(・・・・・・)に夢中になっているが、「ALOとかで使ってるみたいな仮想デスクトップとかホロキーボ-ドが現実でも使えると。へー」くらいの認識と興味しかない智也は、初期設定どころかそもそも開封(かいふう)すらしていない。

 後日行われる予定の課外授業に必要らしいが、その課外授業もYUNA(ユナ)なるARアイドルのファーストライブの鑑賞(かんしょう)という、これまた興味のないものだった。

 付け合わせのサラダ──これは智也が作った──をバリバリ咀嚼(そしゃく)しながら、

(ライブの間ずっと寝てよーかな)

 などと考えていると、隣でテレビをじっと観ていた木綿季が口を開いた。

「はー、すっごいねぇ......どんな感じなんだろ......」

 遠回しにねだっているのでなく、純粋に興味本位で言ったのであろう言葉だったが、智也は何気なく答えた。

「使ってみれば? もらったやつあげるよ」

 反応は即時だった。

「え!? とー君オーグマーもらったの!? 誰から!?」

「なんか学校で配られた。課外授業でYUNAってARアイドルのライブ行くとかで、それの配布物だって」

 興味ありませんと言わんばかりの口調で答えながら自室に入った智也は、少し小さめな箱片手にすぐ出てきた。自室の机の(はじ)無造作(むぞうさ)に置きっぱなしだったため、探す手間など最初からなかった。

「ほい、これ」

 そう言って差し出された箱に手を伸ばしかけ、しかし木綿季はブンブンと首を横に振った。

「いやいや、課外授業で使うんでしょ? だったらボクがもらうのは......」

「いーよ。どーせ興味ないから、ライブの間ずっと寝てるよ」

 そう言って智也が箱を差し出し続けていると、木綿季の方が折れた。どうやらかなり心()かれていたらしい。

 残り少なかった昼食を手早く平らげ食器を片付け、木綿季は智也からもらった箱から、白いプラスチックフレームのデバイス──オーグマーを取り出した。同封(どうふう)されていた取扱説明書をパラパラと読む智也の隣で、先ほどテレビに映っていた人を真似て、デバイスの真ん中にある輪のような部分を左耳にかけてみた。

 直後、軽やかな起動音。同時に、

『ようこそ、オーグマーへ』

 と電子音声が流れた。視界の真ん中に浮かんだロゴマークが消えると、次の瞬間には視界いっぱいに様々なアイコンやウィジェットが浮かび上がった。

「わぁっ......! すごい、すごいよとー君! ほら、なんか色々浮かんでる!」

「ごめん、おれにはユウが1人で盛り上がってるよーにしか見えん」

 実際オーグマーを着けていない智也には仮想デスクトップは見えないし、着けていたとしても他人のものは見れない。

(まぁユウが楽しそうならいーや)

 そう思って箱に説明書を戻そうとした智也は、箱の中にまだ何かが入っているのに気付いた。取り出してみると、ストラップの付いた棒のようなものだった。オーグマー同様、白いプラスチックでできている。同封されていたことから、オーグマー関連の周辺機器だろう。

「それ何?」

 携帯端末とオーグマーのアカウント同期を終えた木綿季に訊ねられ、しかし智也はすぐに答えることができた。先ほど読んだ説明書に書いてあったからだ。

「タッチペン。それが《オーディナル・スケール(O S)》で剣とか銃になるんだって」

 それを聞いて、木綿季はあっと声を上げた。

「そう! そうだよ、OS! ボクやってみたかったんだー!!」

 そう言うや否や、木綿季は素早く腕を動かした。仮想デスクトップを操作しているのだろうが、普通の携帯端末よりも操作に慣れている様子だ。まぁフルダイブ世界に3年もいたのだから当然なのだろうが。

 そんな木綿季が、現実の肉体が必要なARゲームをやろうとしていることに、智也は言いようの知れない感慨(かんがい)を覚えた。

 インストールを待っている間に、木綿季はオーグマーのブラウザアプリでOSについて調べていた。

 オーディナル・スケールというのはオーグマーの発売と同時にリリースされ、以来爆発的に人気が広まっているARMMO-RPGだ。MMOではあるがARなため、アバターは現実の肉体そのままであり、ゆえにSTRやAGIといったパラメータは存在しない。あるのは総獲得ポイント数と現在のポイント残高、そして総獲得ポイントに(もと)づくランキングナンバーだけだ。他プレイヤーとのPvPやモンスター戦、アイテム拾いでゲーム内ポイントを(かせ)ぎ、それによってランキングを上げることができる。このランキングナンバーによって武器の攻撃力や防具の防御力が補整されるらしく、順位が100ほど違うと戦闘力に明らかな差が出るらしい。

 等々、ネットで拾った情報を木綿季が説明していると、電話の着信音が鳴った。智也がパーカーのポケットから取り出した端末の画面を見ると、【菊岡 誠二郎】と表示されていた。

 木綿季に向けて「ちょっとごめんね」と断って自室に移動してから、【応答】をタップして端末を耳に当てる。

「もしもしー?」

『やぁ、マエトくん。元気かい?』

 そう訊かれ、食後の眠気を感じてきた智也は欠伸(あくび)混じりに答えた。

「普通。で、どーしたの? バイト依頼?」

 世間話を即座にぶった切って本題に入ろうとする智也。スピーカーの向こうで、菊岡が苦笑する気配がする。

『いやぁ、先日帰還者学校でオーグマーが配布されたと聞いてね。キミが使っているのを見てユウキくんも欲しがってたりするかと思って、オーグマーを1台プレゼントしようかなと......』

 そんな菊岡の言葉を世間話同様に(さえぎ)って、智也はこう言った。

「あー、それ今ユウにあげちゃった」

『......え?』

 珍しく()戸惑(とまど)った声を出した菊岡に、智也は「なんかすまんね」と軽く謝った。

『いや、まぁ別に構わないが......キミはあまり興味はないのかい? 最近話題のゲームもあるみたいだけど』

「うん、別に。おれ疲れるの嫌いだしさー」

 そう即答すると、菊岡の笑い声が聞こえた。

「なるほど、キミらしいね。まぁ今後もし気が向いたら、そのときはプレゼントさせてもらうよ」

「ふむ、じゃあそのときはよろしく......」

 智也がそう言い終える直前、ドアの向こうから木綿季の独り言が聞こえてきた。

「へーっ、ゲームのポイントでファミレスとかの支払いできるんだ。あっ、すごい。クーポンも色々ある」

 直後、智也はあっさり手の平を返した。

「菊岡さん、気が向いた。オーグマーよろしく」

『僕にもちょっと聞こえたよ。解った、なるべく早く届くよう手配しておくよ』

 そう言って菊岡が通話を切ると、智也は自分の携帯端末でもオーディナル・スケールについて調べた。経済産業省も絡んでいるらしく、数多くのタイアップ企業の優待サービスや対応する店舗でのポイント支払いと、1人暮らしのゲーマーが喜びそうな仕様が盛りだくさんだ。

 部屋を出ると、木綿季が笑顔で振り向いてきた。

「インストール終わったよー」

 そう報告してくる木綿季に(うなず)いてから、智也は菊岡との通話の内容を伝えた。

 智也の報告を聞き、木綿季はぱあっと顔を輝かせた。

「やったぁ! とー君も一緒にオーディナル・スケールやろ!!」

 ニコニコと(うれ)しそうに言う木綿季に、智也も笑みを返した。

 

 

 そして翌日、家に荷物が届いた。小さなダンボールを開けてみると、木綿季にあげたものと同じ箱と手紙が入っていた。読んでみると、菊岡からのものだった。

【ユウキくんのものと見分けがつくように、カスタムペイントも注文しておいたよ。そのため開封はされているが、中身は未使用の新品と変わらないと僕が保証するよ】

「ふむ、それはありがたい」

 小箱を開け中から取り出したオーグマーは、確かに黒にペイントされていた。デフォルトの白のままの木綿季のものと一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ、取り違えることはないだろう。

 黒いオーグマーを左耳に引っかけるようにして装着。携帯端末とのアカウント同期とオーディナル・スケールのインストール及び初期設定を終えると、それを待っていた木綿季が言った。

「よし! それじゃあさっそく外に行こう!」

 待ちきれないといった様子に、智也は思わず苦笑した。昨日からずっと、木綿季は動画サイトでオーディナル・スケールでの戦闘の映像などを観て予習するに留め、プレイそのものは我慢していたのだ。早く遊ばせてあげるべく、智也は外出の準備を急いだ。

 その後、動きやすい服装に着替えた2人は、公園まで出てきていた。ここに来るまでに見かけた人のほぼ全員がオーグマーを着けていたし、この公園にいる人全員の左耳には白いガジェットがかかっている。

(またずいぶんと流行ってるなー)

 SAO発売当時を思い出し、内心でのんびりとコメントする智也に、木綿季が言った。

「よし、じゃあさっそくやってみようか!」

 いつの間にか、木綿季の右手にはタッチペンが握られていた。手首もしっかりストラップに通してある。やる気満々だ。

 軽い調子で「ほいよ」と応じると、智也も肩から()げた安物のサコッシュからタッチペン──こちらもわざわざ黒く()られていた──を取り出した。木綿季同様、手首をストラップに通す。

 それを待ってから、木綿季は元気よく言った。

「よーし。それじゃあ行くよ! せーのっ!」

 

「「オーディナル・スケール起動!!」」

 

 高らかな声と静かな声が響き、同時に2人の体が青白い光に包まれた。そう感じたときには、2人の(よそお)いは既に変わっていた。

 ユウキの装備は、白地にダークブルーのラインが走っているオーソドックスなバトルドレスだ。長い靴下を好まない彼女らしく、ソックス系のパーツは膝下(ひざした)まで。そして左腰には長剣の(さや)が吊るされている。

 対してマエトの装備は形状こそ基本のバトルコートだが、黒地に水色と、ユウキのものとはまったく違うカラーリングだった。

「わぁっ、服が変わってる!」

 自分の体を見下ろしてはしゃぐユウキを見て、マエトはのんびりと分析した。

「オーグマー着けてる人同士でも仮想デスクトップとかは見えないけど、オーディナル・スケールを起動してる人同士ならこの服装の変化も見れるんだねー」

「へー。あ、ホントだ。とー君も服変わってる」

 そう言って視線を上げると、ユウキはマエトの頭上に何やら数字が表示されているのに気付いた。

「104869......?」

 数字を読み上げるユウキ。その頭上を見て、マエトも口を開いた。

「ユウの上にも、104869って出てるよ。多分これがランキングナンバーなんでしょ」

 それを聞いてユウキも納得した。ポンと手を打って「なるほどー」と言う。

「そっか。ボクたち同時に初めてまだポイント稼いでないから同率の順位なんだ」

 ならばさっそくポイント稼ぎだ。他プレイヤーかモンスターかアイテムを求め、視線を自分たちから周囲へと移してキョロキョロしていると、不意にユウキの視界に矢印が表示された。

「なんだろ、これ?」

 矢印に従って進むと、少し離れた地面に奇妙な形の青白い発光体が出現した。

 ユウキが首を傾げていると、

「あれがアイテムなんじゃない?」

 とマエトが言った。どうやらマエトにも見えているらしい。

 恐る恐る拾ってみると、涼やかな音と共にアイテムが消滅。直後、ユウキの頭上の数字が104869から104868に変化した。アイテムを拾ったことでポイントを獲得し、それに伴いランキングナンバーが上がったのだろう。

「やった! ランキング上がった!」

 ガッツポーズをするユウキにパチパチと小さく拍手すると、マエトも周りを見回してみた。だが、今すぐ近くに出現したのはたまたまだったらしく、もう周囲には何もない。やはりアイテムを拾うにはそれなりに歩き回らないといけなそうだ。

「じゃー移動してみる?」

 そうマエトが提案すると、ユウキは「うん!」と大きく頷いた。

 ひとまずは公園の中を歩き回ってみて、それから街中に行ってみることにした2人は、視線を彷徨(さまよ)わせながら歩いていた。アイテム──ゲーム内設定ではマテリアルというらしい──がいくつか見つかりランキングナンバーも多少上がったところで、気付けば最初にいた広場まで戻ってきていた。

「うーん......モンスターいないね......。多分ここのアイテムはあらかた拾っちゃったよね?」

 問うてくるユウキに頷き、街に移動してみようと提案するべく、マエトは口を開こうとした。

 そのとき、

「おっ。キミらもOSやってんの?」

 そんな声が聞こえた。2人が振り向くと、2人の男性プレイヤーが近づいてきていた。キミらもという言葉から、彼らもオーディナル・スケールのプレイヤーだと解る。

「うん! まぁさっき始めたばっかりなんだけどね」

 そうフレンドリーに応対するユウキの隣で、マエトは男たちを油断なく観察した。

 片方は赤いノースリーブのボディスーツ。もう片方は(そで)が黒いモスグリーンの長袖シャツ。ズボンはどちらも黒く、そして目には遮光(しゃこう)効果のありそうなゴーグルを装着していた。

(GGOで光学銃使う人が使ってるようなゴーグル......でも赤シャツの方はもっとガッチリしたデザインだな。物理的に目を守る用か......?)

 などと分析していると、男たちはにこやかに笑いながらこう言った。

「俺らもちょっと暇でさ、良かったらPvPしねーか?」

「初心者同士、仲良くやろうぜ」

 そう言ってくる男たちの頭上を見ると、ランキングナンバーはそれぞれ104812と104814だった。現在104853位のユウキと104854位のマエトよりは先輩らしいが、恐らく彼らも昨日か今日始めたばかりなのだろう。初心者狩りの類ではなく、ただ陽気なだけの一般的な初心者プレイヤーだろう。

「いいよ! せっかくオーディナル・スケール始めたんだから、思いっきり戦いたかったんだ! アイテム拾いだけじゃつまんないよ!!」

 威勢良くそう言うと、ユウキは左腰に右手を伸ばした。黒い(つか)をしっかりと(にぎ)ると、じゃりーんと音を立てて抜剣した。黒い刀身に、紫のラインが走った長剣だ。形状はALOでの主武装である《マクアフィテル》に似ているが、エッジの色は黒曜石でなく白銀だ。

「やっぱこーなるかー......ユウ好戦的だなー」

 鼻から軽く息を吐くと、マエトも左腰の鞘から得物(えもの)を抜いた。黒い柄の先に白銀に輝く片刃の刀身が伸びている。先反(さきぞ)りの刀身には水色のラインが走っていて、かつての愛剣《白鞘(しろさや)切鬼(せっき)》にどことなく似ている。

 マエトが初めて抜いた剣の刀身をしげしげと眺めていると、ユウキが少しだけ(おどろ)いたような声を出した。

「え? とー君そんな長い剣使えたっけ?」

 ユウキの言う通り、今マエトが握っているのは刀身0.8メートルの長剣だ。普段ALOで愛用している小太刀サイズの剣よりも、0.2メートル強も長い。重さが違えば、当然振る感覚も変わってくる。

「さーね。まぁこのくらいの長さなら、あいつのイメージで行けば......」

 そんなマエトの返答は、赤ノースリーブの声に(さえぎ)られた。

「よそ見とは余裕だなぁ!!」

 叫び声と同時に男が突進、(うな)りを上げながら右ストレートが飛んできた。右拳の先で、ナックルダスターが(にぶ)く光る。

「よっと」

 横にステップしつつ、その勢いを乗せて横なぎに剣を振るったマエト。剣と鉄拳がぶつかり、金属音と火花をまき散らす。

「あー! 不意打ちなんてズルい!!」

 正面からぶつかるのが大好きな元気っ子ユウキが思わずそう言うと、緑シャツがそれを鼻で笑った。

「何言ってんだよ、俺たちゃ無慈悲(むじひ)兵士(ソルジャー)だぜ!」

 嘲笑(ちょうしょう)と共に言うや否や、男はユウキに銃口を向けた。服の色と銃の組み合わせは、確かに兵士っぽいと言えなくもない。そういうロールプレイを楽しんでいるのだろう。

 などとユウキが考え──嫌な予感がして全力で横に跳んだ直後、蛍光ピンクの光弾が連射された。

 ここでユウキは、この状況がかなりのピンチなのではないかと気付いた。何せ相手は連射型の銃で遠距離から弾幕を張ってくるのだ。剣1本で接近するのはかなり厳しいだろう。

(前にキリトはGGOでマシンガンの弾丸を剣で全部防いだって聞いたけど、ちょっと厳しいよ......!)

 無論ここが銃撃戦VRMMO《ガンゲイル・オンライン(G G O)》ならば、ユウキの反応速度とAGIをもってすればそれも可能だろう。だがそれは、弾道予測線(バレットライン)というGGOならではの防御的システムアシストがあるからだ。そしてここはリアルの肉体を用いるオーディナル・スケール。弾幕の完全防御など夢のまた夢だ。

 半ばヤケになりながら、ユウキは弾丸を避け続けた。だが、避けきれなかった弾丸が3発当たった。

 ヤバい──と思ったユウキだが、HPは大して減っていない。多少とは言え、相手の方がランキングは上なのだ。武器の攻撃力は向こうの方が上のはず。

 そこまで考え、しかしユウキは昨日観たオーディナル・スケールの戦闘映像を思い出した。オーディナル・スケール内の武器──Dウェポンというらしい──は、近接攻撃用の《ブレードタイプ》と遠距離攻撃用の《ガンタイプ》、そして支援用の《ワンドタイプ》の3種類に大別されるが、動画で見た限りでは、ガンタイプのDウェポンはそのほとんどが連射型だった。まれにバズーカやスナイパーライフルのようなものもあるらしいが、恐らくそれらはレアなのだろう。

 なぜほぼ全ての銃火器が連射型なのか。その答えとしてユウキが導き出した結論は、果たして正解だった。

 ガンタイプの武器は総じて──レア物は除くが──威力が低いのだ。近接武器と同程度の威力にすると、全てのプレイヤーが安全圏から高火力の弾丸を撃つだけのゲームになってしまう。そのバランス調整の結果、連射による手数の多さで、火力の低さをある程度(おぎな)うという形になっているのだ。

(よし、そうと解れば......!)

 不敵に笑うと、ユウキは回避はしっかりしつつ、飛んでくる弾丸をじっと見続けた。

 次々に飛んでくる光弾を何度も目で追い、その弾速に目を慣れさせると──

「行っけぇ!!」

 全力でダッシュした。今までは横に走って避けていたが、今度は斜め前に向かって回避する。避けきれない弾丸は1~2発だけ剣で防ぎ、あとは無視する。威力の低い弾丸のため、最低限の防御でもHPはそこまで減らない。男が戸惑っている間に、ユウキはもう剣を振り上げていた。

 (ふところ)に飛び込むや、ユウキはあるソードスキルをイメージして剣を振るった。縦斬り4連撃《バーチカル・スクエア》。

「おりゃぁーっ!!」

 黒い剣が4回閃き、軍人気取りの男を激しく叩いた。ランキングは上でも、この程度の差ではそこまで大きな戦力差にはならなかったらしく、男のHPは一気に半分を下回った。

 よろめく緑シャツ男目掛け、ユウキは全力の突き技を放った。

「てりゃあ────ッ!!」

 (するど)剣尖(けんせん)が直撃し、男のHPがゼロになった。男の視界に【HUNTER DOWN】の文字列が表示され、同時に頭上の数字が104814から104834に変わった。

 

 

「クソッ、なんだこいつ......!」

 そう毒づく赤ノースリーブの目の前に立つ黒髪の少年のHPは、1ドットたりとも減っていない。

 舌打ちを打つ男の動きを、マエトはじっと見ていた。左右両方から攻撃できる相手の方が手数が多いが、その動きは単調な上に遅い。ユウキやアスナの突き技の方がずっと速かった。何より、

(まぁ剣1本でのディフェンスとか、お手本がずっと隣にいたんでね)

 内心でそう呟きチラリと横に視線を向けると、ユウキが弾幕に向かって突進するところだった。恐らく向こうはもうすぐ決着がつくだろうと予想。こちらも手早く終わらせるべく、マエトは飛び出した。

 男が(あわ)てて繰り出した拳をくぐるように避けると、マエトは両手持ちした剣を一閃。腹部を切り裂くと同時に、男の左脇から背後に回り込む。

 男が振り向くと、白銀の刃は既に目の前に迫ってきていた。

 ズバン!! と音を立て、長剣が振り下ろされた。HPが一気に削れ、あと一撃でゼロになるであろうところで止まる。

 焦ってやたらに両手を振り回す男に向かって、マエトは左手を伸ばした。五指をしっかりと広げた左の手の平を男に向け──

「シールド」

 その一言で、焦りで思考が鈍っていた赤ノースリーブの動きが一瞬止まった。直後、その下腹に突き技が炸裂(さくれつ)した。男の目に【HUNTER DOWN】の文字列が、そして耳に、

「そんな機能あるか知らんけど」

 という声が入ってきた。自分がハッタリに引っかかったことを理解するのと、男のランキングナンバーが104833位にダウンしたのは同時だった。

 

 

「やったー! 勝ったー!!」

 ピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶユウキを、彼女とほぼ同時に勝利を収めたマエトは「おめでとー」と祝おうとした。そのとき、突然周囲から歓声と拍手が殺到(さっとう)した。驚いた2人が周りを見ると、いつの間にやら人だかり──と言うほど多くはないが、ギャラリーが集まっていた。全員がオーグマーを装着している。

「面白かったぞー!」「ナイスファイトー!」

 などと口々に叫んでくるギャラリーに慌ててペコペコする2人に、別のプレイヤーが声をかけてきた。

「良かったら、次俺とやらないか? ランキングも近いしさ」

 すると、別のギャラリーが「あっ、じゃあ俺も!」と口を開き──それが呼び水となったのか対戦希望者が続出、連続PvPが始まった。

 そして1時間後、全ての対戦希望者の相手を終えた2人は、クタクタになって地面に座り込んだ。

 連続PvPの結果、この日だけでランキングナンバーがそれぞれ91163位と91167位まで上がった木綿季と智也はその後、やはり連続PvPの結果発生した疲労を、稼いだポイントをファミレスで使うことで回復した。




次回 戦う理由

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