ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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OS編、あと2話くらいで終わりそうです。
編って言うほど長くなかった......


第8話 逆襲

§東京都文京区 東京ドーム前

 

 時計の針が動き、午後9時を指した。周辺の建物が、車が、その見た目を変えていく。開戦の合図だ。

「昨日のボスはなんだったの?」

 そう(たず)ねるマエトに、キリトは昨晩見たボスの姿を思い出した。

「昨日は12層のボス《ザ・ストリクトハーミット》だった」

hermit(ハーミット)......ヤドカリか」

 小さく(つぶや)くマエトの隣で、ユウキも口を開いた。

「昨日が12ってことは、今日は......」

 ユウキの言葉を、キリトが引き継いだ。

「あぁ、十中八九13層のボスが来る。13層のボスは......」

 説明をしようとしたキリトだが、少し離れた場所で赤いライトエフェクトが立ち(のぼ)った。ボスの湧出(ポップ)が始まったのだ。光の柱を裂いて、ボスが姿を現す。

 だが、イノシシ頭の巨大な獣人を見て、キリトは目を見開いた。なぜなら、

「あれは......18層のボス、ダイアータスク!? 今日は13層のはずじゃないのか!?」

 キリトの言う通り、薄緑色の肌を押し上げる屈強な肉体と、口の端から飛び出した長大な牙は、間違いなく旧アインクラッド第18層にて攻略組を苦しめた肉弾戦(にくだんせん)型フロアボス《The Dire Tusk(恐ろしい牙)》だ。

 戸惑うキリトに、ユイがサーチした情報を伝えた。

「現在、都内の各所で10体のボスモンスターが次々に出現しているようです!」

「ずいぶんと大盤(おおばん)()()いね」とシノン。

「それに(ともな)って、ボスの出現場所がシャッフルされています!」

 ユイが続けて言った情報に、ユウキが顔をしかめた。

「うひゃあ、厄介(やっかい)だね......」

 マエトも思案顔で呟く。

「できることなら各個撃破したいけど、時間はともかく機動力(アシ)が足らんな」

(下手にこっちの兵隊を散らしても、単品じゃ()られるだろーしな)

 内心でそう付け加えていると、何やら周囲がどよめいていた。

「本当に、ザ・ダイアータスクだ......」

 そんな声も聞こえてくる。声の主がSAO生還者(サバイバー)なのか、それともSAOのフロアボスが出現するという情報を聞いて調べただけなのかは不明だが。

 キリトの肩にシノンが手を置き、落ち着くよう(うなが)す。

 上空にAR表示されたタイマーが、10分のカウントダウンを始めた。ボスが動き出したのは、それと同時だった。地面を()(くだ)きながら突進し、1人のプレイヤーに襲い掛かる。

 だが、その直前で動きが止まった。首輪に繋がれた太い鉄鎖(てっさ)。その先端に付いた棒のようなものが、ボス出現場所の後ろの壁に突き刺さっていたのだ。

 イノシシが目の前で尻もちを突くプレイヤーになおも飛び付こうとするが、やはりそれ以上進めない。

 動けないボスに向け、シノンがライフルを立射(りっしゃ)。マズルフラッシュと轟音が弾け、光弾がボスの頭に直撃した。土煙を上げて転倒するボスに、ブレードタイプのDウェポンを持ったプレイヤーが駆け寄る。再度狙いをつけるシノンに、隣でキリトが言う。

「すぐに遠距離モードに変わるぞ」

定石(じょうせき)どおりに行くわよ」

 そう言って再びライフルを発射。他のガンナーたちも攻撃を開始する。

 弾丸が飛ぶ中、ボスがプレイヤーたちに背を向けて走った。壁まで走ると、鎖を両手で引っ張った。引き抜くつもりだ。

(ただの棒が壁にあんな深く刺さるわけない。つまりあれは棒じゃなく......)

 キリトとユウキに続いて走りつつ、観察と分析を始めるマエト。その前方で、2人の男性プレイヤーが走っていた。

「あいつ何してんだ?」

 鎖を引くボスを鼻で笑い、無造作に接近する。

「離れろ!」

 警告(けいこく)するキリト。直後、ボスが()え、両腕を大きく振った。壁が砕け、中から巨大な両刃斧が飛び出した。鎖に引っ張られ、斧が遠くまで一直線に飛ぶ。キリトがタックルしたことで、男性プレイヤーの片方は無事だった。もう片方も自力で回避できたらしい。

 シノン、ユウキ、マエトも素早く退避し、斧を(かわ)した。恐ろしいことに、斧はスナイパーとして後方で構えていたシノンよりもさらに後ろまで進み、そこでやっと止まった。(すさ)まじい射程距離だ。

 獣人が鎖を引き、斧を手繰(たぐ)り寄せる。斧が動き、そこにいたプレイヤーの姿が見えた。

 アバターには、赤いラインが一直線に走っていた。ダメージエフェクト──斧が直撃したのだ。

 悲鳴を上げると、そのプレイヤーは気を失って倒れた。

 そのとき、ユイは何かを感知した。不可解なプログラムが起動し、いま倒れたプレイヤーのオーグマーから何らかのデータが出力されたのだ。

 そのデータを追いかけ、ユイは飛んだ。上空でホバリングする通信用ドローンへと侵入し、さらに追跡。あと少しで追いつく──

「っ!?」

 瞬間、ユイの目の前に障壁(しょうへき)が降りてきた。【KEEP OUT】の文字列が、小妖精(ピクシー)嘲笑(あざわら)った。

 一方、戦場ではダイアータスクが大暴れしていた。鎖を左腕に巻き付け、斧の()を握る。大きく跳躍すると、プレイヤーに戦斧(せんぷ)を叩きつけた。ギリギリで回避したプレイヤーの前で地面が割れ、瓦礫(がれき)が飛び散る。

 そのプレイヤーの横を駆け抜け、キリトがボスに斬りかかった。他のプレイヤーが退避する中、ボスを激しく攻め立てる。

「攻め過ぎよ!!」

 シノンの警告は轟音にかき消され、キリトは止まらずになおも剣を振りかぶった。

 だがそれより早く、ボスが斧を振るった。なんとか避けるも、その圧力にキリトの動きが止まった。

 その隙に、獣人は腕に巻いた鎖をほどき、高速で振り回した。土煙を上げ、竜巻のように鎖が(おど)る。

 そのとき、キリトの前に人影が飛び込んできた。白銀の長剣が、重い鎖を防ぐ。マエトだった。

「浮いてるぞ。1回落ち着け」

 黒髪の少年にそう言われ、キリトはハッとした。

「こっちが勝ってるのは手数だけだ。頭数(あたまかず)が減って火力差が広がると、いま以上に厳しくなる」

 そう言いつつ、マエトは剣の角度を細かく変え、鎖の衝撃を上手く受け流した。その冷静さが伝わってきたのか、キリトも落ち着きをいくらか取り戻した。

 後方から光弾が飛来。シノンの狙撃によって、鎖が千切(ちぎ)れた。勢いを失った鎖が落下する中、ユウキが全力疾走。スピードを乗せた剣が、ボスの体を深々と(えぐ)った。

 ボスが(ひざ)をついた隙に、キリトもボスに追撃を加えるべく走った。そこでボスのディレイが終了。短くなった鎖を首輪から引き千切(ちぎ)ると、息を荒げる剣士を(にら)み、斧を振り降ろした。

 その直前、再度の狙撃がボスの右目を(とら)えた。攻撃の軌道がぶれ、斧は地面だけを叩いた。

 直後、ユウキの剣が上から、マエトの剣が下からボスの首を同時に叩いた。2方向から同時に加えられた衝撃が、巨体を一時的に硬直させる。

 もうもうと立ち込める土煙を突き破り、キリトが飛び出した。

「あああああああッ!!」

 雄叫(おたけ)びと共に剣を振るい、すれ違いざまにボスの体を切り裂く。断末魔の悲鳴を上げると、ボスはその巨体を膨大(ぼうだい)な光の粒へと変えた。

 カウントダウンの表示が【CLEAR】に切り替わり、フィールドが東京ドーム前へと戻る。

 剣を(さや)に戻し、キリトは(くや)しげに(ひと)()ちた。

「今日はいなかったか......」

 ザ・ダイアータスク戦に、ランク2位の男エイジは姿を見せなかった。ユイは都内10ヶ所でボスが出たと言っていたため、他の場所に行っていたのかも知れない。

「ふぃー、お疲れさーん」

 振り向くと、マエトが片手を上げて歩いてきていた。ユウキとシノンも近づいてくる。

「さすがね」

 ALO同様にAR戦闘でもかっさらっていったラストアタックを賞賛(しょうさん)するシノンに、キリトは戦闘中の彼女のバックアップを思い出して言った。

「すまん、助かったよ。ユウキとマエトも、サンキューな」

「このお返しは銀座でケーキね」

 すました顔で言うシノンに、キリトは周囲に視線を向けながら答えた。

「俺の牛丼クーポンでチャラにしてくれよ」

「そんなのいらないわよ」

 顔をしかめて言うシノンだが、ユウキとマエトは違った。

「やったー! 牛丼だーっ!」

「わーい」

 喜ぶ仲良し2人組を見て、シノンは「やっすいわねぇ、あんたたち......」と苦笑混じりに(あき)れた。

 

 

 翌日、智也(ともや)木綿季(ゆうき)はオーディナル・スケールはプレイせず、自宅にいた。智也がパソコンでオーディナル・スケールとSAOボスについて調べる間、木綿季は携帯端末を耳に当てていた。横浜港北総合病院の倉橋医師と電話をしているのだ。

「はい......はい......解りました。じゃあ、失礼します......」

 通話を終えた木綿季に、智也は「先生、なんて?」と(たず)ねた。

「昨日、アスナの脳をメディキュボイドで調べたけど、脳そのものに異常はなかったんだって。ただ、限定的な記憶スキャンが行われた形跡があって......難しい話は解らなかったけど、そのせいで記憶の再生障害が出てるって......」

 木綿季の報告を聞いた智也は「ふむ......」と(つぶや)いて目を伏せた。

 かつて木綿季や藍子(あいこ)の病気を治す方法を求めて奔走(ほんそう)し、短期間とは言え医学や科学についてかなり真剣に勉強した智也だが、さすがに脳科学にまでは手を出していなかった。

「そっちは、何か出てきた?」

 そう訊く木綿季だが、智也はかぶりを振った。

「OSにSAOのボスが出るってのは出てくるけど、それで記憶が消えるって方は全然。OSの掲示板に書き込みあったけど、誰も取り合ってないよ」

 ほら、と言って智也が向けてきたモニタを(のぞ)き込む。表示されているのは、《ORDINAL SCALE FORUM》という名前のインターネット掲示板だった。昨日の午後6時25分の書き込みで、

『最近のO.Sで話題になっている旧SAOのボス戦で記憶に障害が出る可能性がある。現在俺の知り合いが2人被害に()っている。皆、危険だからSAOボスと戦うのは止めた方がいい!』

 というものがあった。件名は【旧SAOボスの危険性】。

「......これキリトだよね」

「おれもそー思う」

 言いつつ智也が画面をスクロールすると、その書き込みに対して投稿(とうこう)されたリプライが表示された。

『んなわけないでしょ』『SF映画の見すぎだろ』『そこまでしてポイント稼ぎたいんか』『だよな、ポイント乞食(こじき)乙』

 そんな内容ばかりだった。まともに取り合う者は誰もいない。

 確かに『ゲームで負けたら記憶を失う』など、突拍子(とっぴょうし)もない話だ。信じてもらえないのも無理はない。

 だが智也は、『ゲームから出られず、負けたら死ぬ』という、同じく突拍子もない事件を経験していた。

 木綿季は明日奈と電話で話して、親友の声が涙で()れていることに気付いた。

 何もしないという選択肢は、最初からなかった。

 そして、外が暗くなった頃、智也の携帯端末が鳴った。和人(かずと)からの着信だった。

 

 

 1時間後、明日奈(あすな)里香(りか)珪子(けいこ)詩乃(しの)、そして木綿季の5人は、カラオケボックスに来ていた。

 明日に迫ったYUNAのライブの予習として曲を歌いまくる──というのは建前で、記憶を失った明日奈を元気付ける、もしくは一時的にでもその悲しみを忘れさせるのが目的だ。

 明日奈と珪子、木綿季の3人がYUNAの曲『Ubiquitous dB』を歌っている間、里香と詩乃は部屋の外でビデオ通話をしていた。相手は剣道部の合宿に行っている直葉(すぐは)だ。

 これまでの話を聞いた直葉は、オーディナル・スケールで有用な剣道技を和人に教えようと意気込んだ。

 そのとき、部屋から出てきた珪子が、里香の腕を引いた。

「リズさん、次はみんなで歌いますよ! ライブは明日なんですから、ちゃんと予習しないと! マイク持ってください!!」

 詩乃にタブレットを渡しつつ部屋に引きずり込まれる里香に、木綿季は野次を飛ばした。

「アハハ! リズ頑張れー!」

 楽しそうに笑う木綿季。その顔が、ほんの一瞬だけ引き締められた。

 

 ──数時間前、和人からの電話を受けて、智也と木綿季は外出の準備をしていた。その途中で、今度は木綿季の携帯端末に電話が来た。里香から『アスナを元気付けるためにカラオケに行くが、一緒に来ないか』という誘いだった。

『おれキリトさんのとこ行くから、ユウはアスナさんのとこ行ったげて』

 智也のその言葉に、木綿季は反駁(はんばく)した。

『ボクもそっちに行くよ! たくさんのボスと戦うんなら、人手は多い方が......!』

 だが、智也はすぐに首を横に振った。

『今日の戦いはボスを殲滅(せんめつ)するのが目的じゃない。キリトさんのランクを上げて、ランク2位のやつに勝てるようにするためだよ。そのためには、キリトさんのボス戦での貢献度──与ダメージをできるだけ多くしなきゃならん。人手は少ない方がいい』

『でも......』

 食い下がろうとする木綿季に、智也は続けてこう言った。

『それに、キリトさんの手伝いはおれでもユウでもできるけど、アスナさんの方は多分おれにはできん。だからユウに任せる』

 ハッと顔を上げた木綿季の頭を()で、智也はにししと笑った。

(たの)んだよ、ユウ』

 

 智也の言葉を思い出し、木綿季は思いを()せた。

こっち(・・・)はボクの仕事。だからそっちも頑張って、とー君......!)

 直後、YUNAガチファンな珪子に怒られた。

「ほらユウキさんも! 次の曲始まりますよ!」

「は、はーい! ごめんなさーい!」

 

 

 同じ頃、都内のとある場所では戦闘が繰り広げられていた。無論、オーディナル・スケールのイベントバトルだ。

 巨大なゴーレムが、右手と一体化した巨大なブレードを振りかぶった。青いライトエフェクトを(まと)った刃を振るうと、長大な斬撃(ざんげき)がプレイヤーたちを襲った。

 ボスの攻撃を受け、HPを全損した槍使いのプレイヤーがガクリと(ひざ)をついた。(うつ)ろな目をする槍使いに、隣にいたプレイヤーが「おい、大丈夫か?」と声をかける。

 その横を、2人の剣士が駆け抜けた。先行したマエトが、ボスが再度振り下ろした大剣をパリィする。生まれた(すき)を狙ってキリトが攻撃。それでHPがゼロになり、ゴーレムの巨体が弾け飛んだ。

 ボスの撃破(げきは)を確認するや、2人は休むことなく駆け出した。

 キリトの横に降りてきたユイが、現況を報告する。

「昨日と同じように、現在20から30層までのボスが、次々と都内に出現しています!」

 ユイの報告を受け、キリトは迷うことなく宣言した。

「最短ルートで全て倒す! マエト、サポート頼む!」

 並走する少年が即応する。

「了解。こっち(・・・)はおれの仕事だ」

 夜の闇を、2人の剣士が駆ける。逆襲が始まった。

 オーディナル・スケールにおいて旧SAOのフロアボスは、毎日午後9時に出現する。バトルの制限時間は10分。

 つまり彼らは、都内10ヵ所に現れるボスモンスターを、10分間で片っ端から殲滅(せんめつ)するつもりなのだ。

 あまりに無謀(むぼう)な挑戦──と言うより、もはや狂気の沙汰(さた)だ。だが、2人はボス戦に乱入して猛攻をしかけ、短時間で撃破するやすぐに移動。それを何度も繰り返し、異常なまでのペースでゲーム内ランキングを駆け上がっていった。

 そして、午後9時のイベントバトル開幕から約9分後、2人はこの日最後のボス──アインクラッド第28層ボス《ワヒーラ・ザ・ブラックウルフ》と戦っていた。

 強行軍と言う他ないこの作戦を実現させているのは、とある3つの要素だった。

 1つは、和人が運転するバイクの高い機動性。

 もう1つは、トップダウン型AIユイの情報収集力と素早く精密なナビゲート。

 そして、マエトの高いサポート能力だ。

 体を黒煙(こくえん)に変化させて高速移動し、鋭い牙を()いて襲い来る巨大なオオカミを相手に奮戦するキリトを見て、周囲のプレイヤーが感心したような声を出していた。

「あいつ、ほとんど1人でダメージ与えてるぜ」

「あぁ、すげぇ......それに対して、あっちの黒い方はなんか微妙だな」

 そう言われた黒い方とは、マエトのことだ。

「だな。前に出て頑張ってはいるけど、防御ばっかしてるもんな。攻撃(はじ)いて隙できても、あいつに横取りされてるし」

 などと言われているが、それこそがマエトの仕事だった。

 普段マエトは戦闘の際、敵や味方の位置や装備、地形といった大量の情報を処理し、相手の動きを正確に予測。同時並行で、防御を崩す方法や攻める方法などをいくつも考えている。

 だが今はその予測力・思考力を、キリトのサポートに全振りしていた。ボスとキリトの動きを予測。盤面(ばんめん)を最適な形に誘導し、ボスの攻撃をパリィ。それによって隙をつくり、即座にキリトに急所を攻撃させる。そうしてサポートし続けることで、キリトがボスに与えるダメージを引き上げていた。結果、ここまででキリトがボスに与えたダメージは、彼が単身ボスに挑んだ場合に出せる限界値を優に超えていた。

 だが──

「ちっ......けっこーしんどいな......」

 小さく舌打ちをすると、マエトはボスを追った。ちらりと自分のHPゲージを見やると、既に半分以上が削られていた。

 キリトのためにボスに隙をつくる。言うのは簡単だが、それには当然、ボスに速攻を仕掛けるキリトよりもさらに早くボスに追いつく必要がある。

 またボスの攻撃は重く、どれだけ的確に防御してもダメージが抜けて(・・・)くる。攻撃を弾き返せるような重い両手武器も、ダメージを防ぎきれる頑強(がんきょう)(たて)や防具ももたないマエトのHPは、防御を考えていないキリト以上に削られていた。

 オーグマーを外せば起動中のアプリは全て終了するため、移動してボス戦に乱入する際にはHPは全快しているが、肉体の疲労は消えない。

 疲れが()まった最終戦。しかも相手は高機動攻撃型。マエトの集中力も限界が近かった。

 残り時間も少なく、焦りがキリトの攻撃をどんどん苛烈(かれつ)にしていく。いまも周囲の人を押しのけ、他のプレイヤーをターゲットしているボスに、後ろから斬りかかっている。

(やばいな......サポートが追い付かん......)

 2人が息を荒げて走るフィールド。その上空に、人影が現れた。黒いドレスに白い長髪。ARアイドルYUNAだ。

「さぁ、スペシャルステージだよー!! みんな、頑張ってー!!」

 コケティッシュな声が響き、プレイヤーたちの体を緑色の光が包む。バフアイコンが点灯するが、人々はそれよりもYUNAに夢中になっていた。

 だが、2人の剣士だけはYUNAにもバフにも目もくれず、ただひたすらにボスと戦っていた。

 不満げに(ほほ)(ふく)らませるYUNA。その眼下で、ワヒーラ・ザ・ブラックウルフの咆哮(ほうこう)(とどろ)いた。

 直後、ボスの足元の影が広がり、そこから長く鋭いトゲが伸びた。プレイヤーたちの足元を狙っているのか、影は的確にプレイヤーの周囲だけに広がっている。

 言い換えれば、それ以外の場所には何もない。

 マエトはキリトの体を思い切り()り、範囲攻撃の外へと押し飛ばした。AR表示されるブレードや弾丸ではなく、(なぐ)る蹴るなどの手段を用いて他プレイヤーに攻撃するのは明らかなマナー違反だが、それしか方法はなかった。

 地面に倒れ込んだキリトが顔を上げると、先ほどまで自分が立っていた場所で、マエトのアバターが何本ものトゲに(つらぬ)かれていた。鮮血(せんけつ)のように弾けるエフェクトが、少年が大ダメージを負っていることを伝えてくる。

「マエトッ......!」

 思わず駆け寄ろうとするキリトに、マエトは一言だけ叫んだ。

「叩け!!」

 直後、トゲと影が消え、ボスの体が煙になった。黒煙が高速でフィールドを駆け巡り──瞬間、キリトに巨大オオカミが飛びかかってきた。

 凶悪な輝きを放つ爪牙(そうが)(かわ)すと、キリトはボスの背中に剣を深々と突き立てた。弓なりに()った巨体が白く発光。カラフルな粒子を()いて爆散した。

 盛大なファンファーレと歓声が響く中、キリトは肩を上下させて(あえ)いだ。頭上の数字──ランキングナンバーが47から一気に9へと上昇する。だがすぐに顔を上げ、離れた場所で座り込む少年に駆け寄った。

 服装は、黒いバトルコートからパーカーに戻っている。嫌な予感が()ぎり、キリトは叫んだ。

「マエト! 大丈夫か!?」

 しゃがんで顔を(のぞ)き込むキリトに、年下の少年がにゅっと手を上げて答えた。

「はい、だいじょぶです」

 ほれ、と少年が指差す先を見ると、地面に何かが落ちていた。拾い上げた智也が見せてきたそれは、黒いオーグマーだった。

「お前、まさか......!」

 察したキリトに、智也はにししと笑った。

「HPがヤバくなったと思った瞬間に、オーグマー外して投げた」

 オーグマーは外すことで、起動中の全てのアプリを終了させられる。(くだん)の記憶スキャニング機能がどんなものであれ、それはオーディナル・スケールに(ひも)づけて設計(プログラム)されているもののはず。ならばオーディナル・スケールごと機能を終了させ、念のために遠くへ投げて接触もしていなければ、たとえ対象となる記憶があってもスキャンなどしようがない。

 左耳にオーグマーを引っかけ、

「オーディナル・スケール起動」

 そうコマンドを(とな)えた智也。服装が変化し、頭上に22のランキングナンバーが表示されたが、おかしな様子はない。安堵(あんど)して息を吐くキリトに、マエトは言った。

「だから言ったじゃん。殺されないことには自信あるって」

「いや、まぁ言ってたけど......お前、なんつー対応力してんだよ......」

 半ば呆れたように言うキリト。その後ろから、パチパチという音と声が飛んできた。

「Congratulation! ようやくこのゲームの戦い方を覚えたようですね、《黒の剣士》さん」

 振り向くと、離れた場所に1人の男性プレイヤーが、悠々(ゆうゆう)と拍手していた。紫に光るラインが走った、ロングコートタイプの黒い戦闘服(ファティーグ)。そして頭上に表示された2のランキングナンバーと、Eijiのプレイヤーネーム。

「あいつか」

 そう言うマエトだがそれには応じず、キリトは声に怒りを(にじ)ませ叫んだ。

「お前ぇっ......!」

 我を忘れて斬りかかるキリトだが、剣の柄ごとキリトの手を(つか)むと、エイジは勢いを流して放り投げた。キリトは宙を舞うと、背中を地面に(したた)かに打ち付けた。(あざ)やかなカウンターだ。

(速い。......いや、あれは......)

 内心で下した評価を、マエトはすぐに取り消した。

 ただのスピードではありえない。より早く正確に先を読み、より早く動き出すことで生まれる(はや)さ。

 旧SAOやALOにおけるマエトの機動力と同質の速さ。

読み(・・)の早さは多分おれと同じくらい。でも正確さはおれより上か......厄介(やっかい)だな)

 自分を観察・分析するマエトには見向きもせず、エイジは後ろで痛みに(うめ)くキリトを見下ろした。

 何とか起き上がったキリトの視界に、【“E” よりメッセージが届きました。】というシステムメッセージが表示された。開かれたメッセージウインドウには、

『ユナのライブに来い。そこで『閃光』の記憶を返してやる From E』

 と書かれていた。

「ユナの代わりに、ご褒美(ほうび)を差し上げますよ」

 その声に顔を上げたキリトだが、そこにはもうエイジはいなかった。マエトが鋭く視線を向けている方向を見るが、それらしき人影もない。恵比寿ガーデンプレイスでも見たが、やはり(すさ)まじいスピードだ。

 自分が倒すべき壁の高さを、キリトは改めて感じていた。

 その後、家に戻った和人は、道場で竹刀(しない)を振っていた。立てかけられたタブレットには、直葉が映っていた。彼女も(はかま)姿で竹刀を振っている。ビデオ通話で和人に技を教えているのだ。

 同時刻、智也も自宅の空き部屋で、オーディナル・スケールを起動していた。1人で剣を振り、イメージトレーニングをする。明日エイジと戦うのは和人だけだが、何かが起こる予感があった。

 来たる戦いに向け、静かに牙を()ぐ2人。決戦は、刻一刻と近付いていた。




次回 最終決戦

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