ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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ガッチリ完成してる話にオリキャラとかその場にいないキャラ挟み込むの難しいですね。原作に比べてねじ込む隙間がないって言うか。


第9話 最終決戦

§東京都新宿区 新国立競技場

 

「へぇ~、ユナの人気すごいわね......」

 ライブ会場に集まった大勢の人を見て、詩乃(しの)は感心したような声を出した。

 課外授業として無料招待された帰還者学校の生徒はもちろん、チケットを入手した一般のファンもひしめいている。大半の観客は私服だが、YUNAのシルエットがプリントされたTシャツを着ている者も少なくない。両手に持ったペンライトを振って、ライブの予行練習している者もちらほらいる。

 そんな中、普通に私服で来た明日奈(あすな)里香(りか)たちは、ステージを見下ろせる上の方の座席にやってきていた。

「うぅ......歌いすぎて(のど)が......」

 昨晩のライブ予習カラオケが響いている珪子(けいこ)に、里香が(あき)れ顔で言う。

「あんたハッスルしすぎよ......」

「アハハ、昨日すごかったもんねー、シリカ」

 苦笑気味にそう言った木綿季(ゆうき)の隣から、明日奈が珪子に気遣(きづか)わしげに声をかけた。

「シリカちゃん、昨日はありがとう」

「いっ、いえ!」

 (あわ)ててそう答える珪子。その反対側で、エギルのリアル、アンドリュー・ギルバート・ミルズが腕組みして言った。

「しっかし、残念だったなぁ、あいつら」

 彼の言うあいつらとは、ライブに参加できない直葉(すぐは)とクライン──壺井(つぼい)遼太郎(りょうたろう)のことだ。剣道部の合宿に参加して木綿季に代理を任せた直葉と違い、遼太郎はアンドリューからもらったペアチケットでライブに参加する気満々だった。

 だが彼と彼のギルド《風林火山(ふうりんかざん)》のメンバーたちは、4日前のイベントバトル会場でエイジによって骨折などの重傷を負わされ、現在入院中だ。そして彼もまた、明日奈同様に記憶を奪われている。

 そのとき、ふと周囲を見回して、明日奈が首を(かし)げた。

「あれ? キリトくんは?」

「ちょっとトイレに寄ってくるって言ってましたよ」

 そう答えた珪子だが、智也(ともや)だけはそれが嘘だと知っていた。

 オーグマーが智也の視界に表示する仮想デスクトップには、1通のメッセージが表示されていた。

『エイジと会ってくる。会場で何かあったら頼む キリト』

 ほんの少し前に和人(かずと)から届いたものだ。既に『了解』と返信してある。

 何か起こるとしたら、恐らくライブ開始後だ。それでも一応周囲に視線を走らせつつ、智也は心の中で語りかけた。

(勝ってこいよ、キリトさん......)

 そのとき、会場の照明が消えた。イントロが流れると同時に、ステージ中央で爆発演出。広がった白煙を突き破って、YUNAが現れた。無数の歓声が会場を満たし、いくつものスポットライトがステージを照らす。ライブが始まった。

 アップテンポなメロディーと歌姫の美声が響く。暗闇の中、パープルピンクのペンライトが無秩序に動き、ライブを盛り上げる。

 そんな中でも絶えず警戒(けいかい)を続けていた智也だが、暗い客席とスポットライトとの輝度(きど)差のせいで、観察もままならない。

 (あきら)めて長く息を吐くと、智也は何が起きてもすぐに対応できるようにタッチペンを準備し、あとは曲が終わるのを大人しく待った。

 数分後、曲が終了した。歌は止んだが、歓声のボリュームはさらに上がった。すぐ近くでも「ユナー!!」という珪子の声が聞こえる。

 だが、YUNAはステージ中央で立ち止まっていた。胸に手を当てて動かないアイドルに、観客は不思議がってざわついた。

 そんな観客の気持ちもよそに、YUNAは満ち足りた笑顔でこう言った。

「はぁ~、楽しかった」

 直後、バツン! と音がして、スポットライトが消えた。会場内の全ての照明設備が止まったのだ。

 そのとき、観客の体が次々と青白い光に包まれた。光が消えると、観客の服装は戦闘服(ファティーグ)になっていた。手の中にはDウェポンも。観客全員のオーグマーで、オーディナル・スケールが勝手に起動しているのだ。

 観客、いやプレイヤーたちがどよめく中、壁面に設置された大型スクリーンに何かが表示された。

 巨大な楕円(だえん)だ。その曲線は心電図のように波打っている。

 プレイヤー全員がそれに見覚えがあった。オーディナル・スケールをプレイ中、視界の下の方に同じものが表示されているのだ。覚醒状態のユーザーの大脳とリアルタイムでリンクしているオーグマーが読み取った、感情の揺らぎ。

 壁面のスクリーン左上に表示された文字列は、【EMOTIVE COUNTER】。感情計数器──。

 プレイヤー全員の視界中央に【FINAL EVENT】と表示された。

 直後、会場の各所で赤いライトエフェクトが()き上がった。ボスの出現エフェクトだ。

 その瞬間、マエトは敵の狙いを理解した。

 この会場に集まった観客の多くは帰還者学校の生徒、すなわちSAO生還者(サバイバー)だ。そこに大量のボスを投入してプレイヤーを殲滅(せんめつ)。大勢の記憶を一斉にスキャンして、SAOでの記憶を根こそぎ奪うつもりなのだ。

「なんだこりゃ......!」

「どうなってるの......!?」

 突如出現したボスモンスター群がプレイヤーたちに襲い掛かる様子を見下ろし、エギルとリズベットが驚きの声を上げた。

 それを聞いて、マエトは思考を一旦止めた。これの首謀者にどんなメリットがあるのかまでは解らないが、そんなことはこの際どうでもいい。

 今は最低でも、自分と仲間がボスに殺されないことが最優先だ。

「とりあえず脱出を......」

 そう言おうとしたマエトだが、出入口の方から金属のドアを叩く音と叫び声が聞こえてきた。

「出せよ!」「どうなってんだ!」

 どうやら出入口はシステム的にロックされているらしい。外に逃げることは不可能だ。

(ならオーグマー外すか......いや、このメンツのことだ。事情が解れば、他のプレイヤー助けるためにボスと戦うに決まってる)

 優しい仲間たちだからこそ、彼らが《少なくとも自分たちだけは確実に助かる道》は選ばないという確証があった。となればもう、あとは戦って生き残るしかない。

 空中を高速飛行する巨大カマキリ《ゾデーラ・ザ・マーシレス・レイザー》を、シノンが狙撃で撃墜(げきつい)した。まず1体。

 そう思った矢先、アスナとシリカ、ユウキのすぐ横にボスが湧出(ポップ)した。山羊(やぎ)の頭に蛇の尾。そして青に輝く獰猛(どうもう)な眼。アインクラッド第74層ボスモンスター、青眼(せいがん)の悪魔《ザ・グリームアイズ》だ。

 素早く剣を構えるシリカだとユウキだが、その後ろで、アスナはレイピアを握れずにいた。(つか)の近くまで右手を動かすも、震える手はそれ以上動こうとしない。

「アスナ!」

 リズベットが叫び、エギルとシノンも援護(えんご)に向かおうとする。しかし、客席に落下した巨大カマキリが彼らの背後で起き上がった。倒せていなかったのだ。

 悪魔がおもむろに右手を振り上げた。握られた巨大な斬馬刀(ざんばとう)(にぶ)く輝く。

 だが、それが振り下ろされるより早く、マエトがボスの前に(おど)り出た。長剣を強振して悪魔の(あご)を叩き、その巨体をのけぞらせる。

 直後、上から飛び込んできた人影が、ボスの首元を(えぐ)った。急所に一撃をモロに喰らったボスと人影が、座席をいくつも吹き飛ばして倒れる。

「アスナ! 遅くなった!」

 すぐさま起き上がって言った人影──キリトに、マエトが親指を立てた。

「キリトさん、ナイス」

「お前がナイスにしたんだろうが」

 キリトがそう言った通り、マエトはキリトがこちらに来ようとしているのに気付くや飛び出し、彼の剣が通るであろう場所にボスの急所を置いたのだ。

 だが、まだ急所に一撃がクリティカルで入っただけだ。倒せたわけではない。

「昨日と同じだ。サポート頼む!」

「了解!」

 短くやり取りすると、キリトとマエトは飛び出した。

 

 

 数分後、キリトたちの猛攻を受けたザ・グリームアイズが爆散した。首筋を切り裂いてトドメを刺したキリトにより多くポイントが入り、彼のランキングナンバーが2へと上昇する。

 だがその直後、ステージ上でまたしてもボスが出現した。赤い光を裂いて現れたのは、巨大な鎌を持った骸骨(がいこつ)の死神。アインクラッド第1層《はじまりの街》地下のダンジョンにて、システムコンソールを守護していたモンスター《ザ・フェイタルサイス》。

 (ひとみ)を血の色に光らせ、死神が2階席に立つキリトたちに襲い掛かった。鎌の一振りをバックジャンプで回避したキリト、リズベット、エギルだが、キリトは座席が邪魔で着地後がもたついた。

 その(すき)を狙い、フェイタルサイスが鎌を振り上げた。マエトがガードしようと走るが、

(間に合わない......!)

 しかし、凶刃がキリトを襲う寸前、何者かが巨大な盾で鎌を受け止めた。

 白いフードを被った、YUNAと瓜二つな白髪の少女を見て、キリトが「ユナ!?」と叫んだ。

 彼女は重村(しげむら)悠那(ゆうな)。いや、正確にはそのデジタルゴーストだ。

 オーグマーの開発責任者にして悠那の父親、そしてこの事件の犯人である重村徹大(てつひろ)教授は、SAO内で死亡した娘を生き返らせるために、SAO生還者からSAOでの記憶を奪っていた。奪った記憶の中から悠那、いやユナに関する記憶の断片をかき集め結合。それをディープラーニングすることで、悠那を人工知能として生き返らせるという計画だ。悠那の幼馴染みであり、SAO内で彼女が死ぬ瞬間を目の当たりにしていたエイジは、教授の協力者だったのだ。

 ARアイドルYUNAは、ライブ会場にSAO生還者を集めるために、歌が好きだった悠那をベースに作られた(えさ)だったわけだ。

 死神の攻撃を防ぎながら、悠那が叫んだ。

「キリト助けて! このままじゃ、ここに来てくれた皆が危ない!」

 続けて彼女が言った言葉に、キリトたちは息を呑んだ。

「全員のエモーティブ・カウンターの平均値が1万を超えたら、高出力のスキャンが行われて、脳にダメージが......!」

 それを聞いて、マエトはスクリーンを見上げた。【EMOTIVE COUNTER AVERAGE】の文字列の下に表示されている数字は8506──いや、かなりのペースで上昇している。一度(まばた)きをしただけで、数字は8529に変わっていた。

 悠那の言葉を受け、キリトはあらん限りの声で叫んだ。

「みんな、今すぐオーグマーを外すんだ! 外さないと危険なんだ!!」

 キリトの声が響くが、戦闘をやめる者は1人としていない。

「無駄よ。今までイベントでボスモンスターを出現させていたのは、ここでみんなに戦わせるためだもの」

「だろーな。そもそもSAOボスは、これまで高効率のポイント源として話題だったんだ。あのでかいのが、ただのポイントにしか見えていないやつだっているだろ」

 そう同意したマエトの言葉が、キリトの焦りを加速させた。

 オーグマーを外さなければ命の危険がある。だが、本当にこれをイベントと(とら)えている者も少なくないし、そもそもまともに取り合う者もいないだろう。掲示板(けいじばん)と同じだ。

「ならどうすれば......!」

「旧アインクラッド100層でボスモンスターを倒して、《黒の剣士》!!」

 そう即答され驚くキリトに、悠那はこう続けた。

「いまオーグマーのフルダイブ機能をアンロックするから、椅子(いす)に座って!」

「オーグマーにフルダイブ機能が!?」

 思わず訊き返したキリトに、悠那が早口に答える。

「オーグマーは、ナーブギアの機能限定版でしかないもの。さぁ、早く!」

 言うや否や、悠那は両手でシールドを力いっぱい押した。金属音と火花をまき散らし、死神が弾き飛ばされる。

 なぜ旧アインクラッドで100層ボスを倒したら解決するのか、キリトには理解できなかった。何かしらの関係があるのか、くらいのことしか想像できない。

 だが、いまはそんなことを考えている場合ではない。迷っている余裕もない。

「解った!!」

 意を決して(うなず)いたキリト。その肩に、チョコレート色の大きな手が置かれた。

 振り向くと、エギルたちがこちらを見ていた。

『自分たちも戦う』

 力強い眼差(まなざ)しが、そう言っていた。

 振り向いた悠那が手をかざすと、黄色い球光が広がった。

「やるわよ」

「はい!」

 気合いを入れるリズベットとシリカの隣で、ユウキは大きく深呼吸した。

 VRでの戦闘は彼女としても望むところだ。だが、これから行くのはかの呪われたタイトル《ソードアート・オンライン》。そのラスボスとの戦闘に、ユウキは緊張していた。

 そんな彼女の頭を、誰かがポンと小さく叩いた。マエトだった。

 少年は何も言わなかったが、そののんびりした微笑(ほほえ)みがユウキを落ち着かせた。

(そうだ......とー君がそばにいてくれる。キリトやリズたちだっている。SAOのラスボスがどれだけ強くても、みんなとなら戦える!)

 そんな思いを胸に、ユウキは目を閉じた。

 全員が仲間たちの闘志を互いに感じ合い、同時に息を吸った。

「「リンク・スタート!!」」

 一斉に唱和した呪文が、7人を戦場へと(いざな)った。

 

 

 キリトたちが目を開けると、空を落下──いや降下していた。混じり気のない赤に染まる宮殿が目の前に迫った。不意に天蓋(てんがい)が大穴を開け、7人を内部に迎え入れる。

「ここが、アインクラッド第100層《紅玉宮(こうぎょくきゅう)》......!」

 リズベットの(つぶや)きに、エギルが続く。

「まさか2年も経って、ここを見ることになるとはな......」

 そうして降下する彼らの目が、ボスの姿を(とら)えた。

 巨大──なんてものではない。これまで相対してきたボスモンスターとは、比較にならないほどの巨体だ。右手に両刃直剣、左手に長槍(ロングスピア)を持っているが、それ自体が既にボスモンスター並みに大きい。

 深紅と黒のドレスに包まれた真っ白な体はどこか女神のようでもあるが、身に(まと)う気配は怪物のそれだ。

 不意に、ボスの(ひとみ)が赤く光った。直後、轟音と土煙を立て、槍がエギルを襲った。

「エギル!!」

 思わず叫んだキリトの前で、ボスの顔の横に多段HPゲージが表示された。その数10本。

 同時に、ボスの頭上に固有名が表示された。《An Incarnation of the Radius》──具現化する世界。浮遊城《Aincrad(アインクラッド)》の名の由来となった存在。

 土煙が晴れると同時に、エギルの姿が見えた。

「これが......SAO本来のラスボスか!」

 両手斧でなんとかガードしているが、太い腕は小刻みに震えている。ギリギリもいいところだ。

「行くぞ!!」

 キリトが叫んだ。同時にシノンを除く全員が抜剣、突撃した。

 ボスが大剣を振り下ろし、槍先のエギルを地面へと叩き下ろす。すぐさま振り向くと、体から色とりどりな10発のレーザーを斉射。キリト、ユウキ、マエトがギリギリで回避するが、いきなり曲がった光線を避けれなかったリズベットとシリカが大きく吹き飛んだ。

 なんとか(ふところ)に入ったキリトたちが斬りかかる。だが、光の障壁(しょうへき)が3人の剣を(はば)む。力をこめる3人だが、そのエネルギーが反発され、一気に弾かれた。

 柱に激突したキリトを追って、ボスが高速でホバー移動。大剣を振りかぶり、キリトに襲い掛かる。

 その寸前で、高い場所に移動したシノンがボスを狙撃。剣や槍のリーチの外から援護(えんご)する。

 だが、シノンの放った光弾は全てシールドに防がれた。直後、ボスの目から赤黒いレーザーが放たれた。ボスが顔を振り、それに(ともな)いレーザーも移動。シノンが立っていた場所一帯が焼き切られた。爆発音に、シノンの悲鳴が混じる。

「おぉぉぉぉぉらぁ!!」

 太い雄叫びを上げ、エギルが突進。跳躍の勢いを乗せ、斧を障壁に叩き付けた。障壁の向こうから、ボスが無造作に突き出した槍を受けつつ叫ぶ。

「スイッチ!!」

 直後、大ジャンプで飛び込んできたキリトが障壁を叩く。弾き返される直前で叫び、後ろに跳ぶ。

「スイッチ!!」

 間髪(かんはつ)入れず、今度はリズベットとシリカが突進。メイスとダガーが光壁を震わせ──大音響と共に、ついに障壁が割れた。吹き飛ばされながらも、2人が叫ぶ。

「「スイッチ!!」」

 無防備となったボスの懐に、ユウキとマエトが飛び込んだ。掛け声もアイコンタクトもなしに放たれた全力の突き技と回転斬りが、同時にボスの体を(えぐ)った。ザシュウッ! というサウンドエフェクトと、剣から伝わる手応えが、今の攻撃がクリティカルだったことを教えてくる。

 衝撃でボスの手を離れた大剣が、壁際に突き立った。

 一時的に、少しだけとは言え、敵の攻め手が減った。シールドも割れたし、攻撃も届く。

 そう思い、わずかに希望が見えた。

 そのとき、ボスの後ろで何かが屹立(きつりつ)した。

 樹だ。それも恐ろしく大きい。《白の聖大樹(せいたいじゅ)》という名の巨樹の周囲に光が降り注ぎ、1枚の葉から一滴の(しずく)がボスの頭に落ちた──瞬間、連続スイッチによってやっと8パーセントほど削ったHPが、(またた)く間に全回復した。

「くそっ......」

 毒づくキリトの隣で、シリカとリズベットが絶望に満ちた声を()らした。

「そんな......」

「こんなの、倒せっこないわよ......」

 あまりに理不尽な強さに、ユウキも珍しく息を呑んだ。

 歯噛(はが)みするキリトたちの前で、アン・インカーネイション・オブ・ザ・ラディウスが槍の石突(いしづき)で地面を叩いた。直後、ボスの後ろから、巨大な樹が飛び出した。《黒の聖大樹》というらしい、蛇のようにうねりながら伸びたそれが、立ち尽くす7人に襲い掛かった──。

 

 

 キリトたちがボスに苦戦している頃、ライブ会場ではボスモンスター群が変わらず大暴れしていた。ボスの中には、物理攻撃を無効化する巨大ゾンビだっているのだ。強大な怪物に恐怖し、逃げ惑い、頭を抱える者も多い。

 エモーティブ・カウンターの平均値は、既に9030にまで達している。一斉スキャンも時間の問題だ。

 アスナもまた、恐怖に震えていた。剣も抜かず、キリトの隣で頭を抱えていた。《閃光》や《バーサクヒーラー》の異名とはかけ離れた姿を見せる彼女に、声が降りかかった。

「ごめんね、アスナさん」

 アスナが顔を上げると、防御をしたまま、悠那が振り向いていた。

「あなたが記憶をスキャンされたのは、あなたの記憶の中からアインクラッドで死んだ私の情報を抽出(ちゅうしゅつ)するためなの」

 どういうことかと(いぶか)しむアスナに、悠那は父の計画を正直に打ち明けた。

「お父さんは全てのSAO生還者に、ボスモンスターに殺される恐怖を与えて、一斉に記憶を高出力スキャンしようとしている。それが実行されたら、脳に回復不可能なダメージが残るかもしれない。死を(まね)くことも......!」

「そ、そんな......!」

 驚愕(きょうがく)に目を見開くと、アスナは隣のキリトを見やった。目を閉じて座る恋人の左耳からオーグマーを外そうとすると、その肩にユイが降り立った。両腕を大きく広げて、アスナの手を阻む。

(これを外せば、キリトくんは助かる。でも、キリトくんが助けようとしている人たちを助けられなくなる......!)

 恋人の命を守るか、恋人の決意を守るか。途方(とほう)もない葛藤(かっとう)(さいな)まれるアスナ。その目に、悠那の背中が黒衣の二刀剣士と重なって映った。

 ハッとすると、アスナは覚悟を決め、悠那に言った。

「ユナさん。昔のあなたがSAOで命を落としたなら、それは《圏外(けんがい)》に出たから。モンスターと戦って、クリアを目指そうとしたからよ!」

 驚いて目を見開く悠那とユイに、アスナは決意を口にした。

「わたしももう一度戦う! ユイちゃん、キリトくんのところに行ってくるね」

「はいママ! あとで私も行きます!!」

 椅子に座ると、アスナはキリトの手を握った。その手の温かさを感じると、不思議と勇気が()いてきた。

 目を閉じ、短く息を吸うと、アスナは戦場への扉を開いた。

「リンク・スタート!!」

 

 

 紅玉宮では、アン・インカーネイション・オブザ・ラディウスによる蹂躙(じゅうりん)が続いていた。

「シノンさん、目ぇ(つぶ)して!!」

 マエトが大声で出した指示を受け、シノンが素早くライフルを構えた。

 どれだけ攻撃が多彩で高火力でも、相手を捕捉(ほそく)できなければ意味はない。

 だが狙撃より早く、ボスがレーザーで砲撃。大量の瓦礫(がれき)がシノンに降り注ぐ。

「やめて!」

 そう叫んで走るシリカに、ボスが視線を向けた。嫌な予感に突き動かされ、マエトはシリカに駆け寄った。突き飛ばして退避させようとするが間に合わず、ボスの目が血の色に光る。直後、足元の岩盤(がんばん)が持ち上がり、2人を打ち上げた。上空から降ってきた岩盤と衝突し、シリカとマエトを(はさ)み込む。咄嗟(とっさ)に長剣を逆手に握り替えて岩盤に垂直に立てたマエトだが、脱出できるだけの隙間(すきま)は確保できなかった。その上、あまりの圧力に早くも刀身が(きし)み始めた。

「シリカ!!」

「とー君を離せ!」

 2人を助けるべく飛び出したキリトとユウキだが、ボスは2人の体を無造作に(つか)み、壁に叩き付けた。

 エギルとリズベットは黒の聖大樹で拘束されていて、助けに行けない。シノンは足が瓦礫に挟まっている上に、ライフルは離れた場所に落ちている。

 そのとき、高い音を立ててマエトの長剣が(くだ)けた。2枚の岩盤が、マエトとシリカを圧し潰す。

「あぁっ......!」

「いやぁぁっ......!」

 あまりの圧力に、2人は悲鳴を上げた。

「逃げろぉぉぉぉっ!!」

 そう叫ぶエギルだが、身動きが取れる者はもう1人もいない。シノンも懸命(けんめい)にライフルに手を伸ばすが、あと少しが届かない。

 壁に半ば埋まった右手に、ボスが顔を近付けた。自分の手ごと、キリトとユウキをレーザーで撃つつもりだ。

「くそっ......!」

 毒づくキリトともがくユウキの前で、ボスの目が激しく光った。やられる──。

 瞬間、上空から超高速で何かが降ってきた。ボスの左目に直撃し、(すさ)まじい衝撃が広がる。

 岩盤が崩壊し、マエトとシリカが空中に投げ出された。マエトは岩の破片を蹴って近くの壁まで跳んだが、シリカは()すすべなく落下した。

 地面に向かって落ちていく中、目を開いたシリカは、栗色の髪の少女がボスの左目から細剣(レイピア)を引き抜くのを見た。

「アスナさん!!」

「シリカちゃーん!!」

 すぐそばを落下したシリカを追って、アスナは飛び出した。空中で追い付き受け止めると、年下の少女は泣きながら言った。

「ごめんなさい......あたしのせいなのに......!」

 シリカはずっと、アスナが自分を(かば)って記憶を失ったことに責任を感じていた。

「ずっと気にしてたのね。ごめんね、シリカちゃん......」

 涙を流すシリカを優しく抱き締めると、アスナは地面に生えていた黒の聖大樹に着地した。

「アスナ!」

 アスナの奇襲で拘束が解け、脱出できたキリトやユウキたち、自力で移動したマエトも、アスナとシリカの元に向かった。

 左目を抑えたボスがよろめいて壁にぶつかる中、アスナは仲間たちの顔を見て言った。

「みんな、遅くなってごめん!」

「大丈夫なのか......?」

 気遣(きづか)わし気に訊ねるキリトに、アスナは力強く(うなず)いた。

「わたしも戦う。戦えるよ、キリトくん!!」

 その瞳に宿る光は、かつてアインクラッドで何度も見てきた、《閃光》のアスナそのものだった。記憶を失ってなお変わらぬ闘志を感じ、キリトはアスナの覚悟を受け止めた。

「よぉーし、アスナがいれば百人力だよ!!」

 やる気に満ちた声で叫び、拳を手の平にパシンと打ち付けるユウキだが、マエトは「どーかな」と呟いた。

「おれブレードもってかれて丸腰だから、トータルじゃ多分プラマイマイナスだよ」

 そのとき、後方で射撃音が鳴った。振り向くと、瓦礫(がれき)から脱出したシノンが、ボスを狙撃していた。

 左目から血涙(けつるい)を流し、右目で(にく)らし()にアスナを(にら)みつけると、ボスは右腕を持ち上げた。落ちていた直剣が独りでに動き、ボスの手元に戻る。

 飛んできた大剣をバシッとキャッチするや、ボスはキリトたちに向かって突進した。

 素早く構えるキリトたちに続いて、

(走り回って撹乱(かくらん)するしかないか......)

 そう決意し、マエトも身構えた。

 背後から飛来した何かがボスの動きを止めたのは、それと同時だった。ボスの周囲で(うず)を巻く緑色の光は、ALOで何度も見た風魔法だ。だがなぜそんなものが、一切の魔法が排除されたSAOに......

 ハッとして振り向くと、風妖精族(シルフ)の魔法剣士が飛んでいた。金髪のポニーテールに腰の長刀。キリトの妹リーファだ。遠く離れた合宿所にいるはずが、助けに来てくれたのだ。

「お兄ちゃーん! お待たせー!!」

 そう言って手を振る彼女の大きな胸の谷間から、ユイが顔を出した。空中に躍り出ると、小妖精(ピクシー)は両手で後ろを指して言った。

「パパ、ママ、皆さんを呼んできました!」

 ユイが示した先を見ると、いくつもの光が飛び込んできていた。赤、黄、緑、青──いや、あれはライトエフェクトではない。プレイヤーだ。

「楽しんでるな!」

 そう言った火妖精族(サラマンダー)のユージーン将軍を、シルフ領主のサクヤが「遊びじゃないぞ!」と(いさ)める。周囲には猫妖精族(ケットシー)領主のアリシャ・ルーや、ギルド《スリーピング・ナイツ》のシウネーとジュン、リーファの友人レコンの姿もある。

「よぉーし、VRじゃ無敵だぜェ!!」

 威勢(いせい)のいい胴間声(どうまごえ)の主は、サラマンダーのカタナ使いクラインだ。

 急降下するや、3人のサラマンダーが続けざまにボスに斬りかかった。サクヤとアリシャも攻撃魔法を叩き込む。

 怪物が悲鳴を上げるが、まだ終わらなかった。機銃音とマズルフラッシュが響き、弾丸の嵐がボスに殺到(さっとう)したのだ。

 見上げると、実弾銃を構えたプレイヤーが4人いた。ダイン、ギンロウ、ベヒモス、闇風(ヤミカゼ)──ALOだけじゃない、GGOからも、今まで出会った仲間や強敵が駆けつけてくれたのだ。

「あいつら......!」

 驚きと感慨(かんがい)に、キリトは声を()らした。

「時間がないぞ!」

(たた)みかけろ!」

 叫ぶサクヤとクライン。そのとき、鈴の音のような声が響いた。

「大丈夫です、これを使って下さい!」

 そう言ったユイが左手を(かか)げると、黄色い球光が(まばゆ)く弾けた。キリトやアスナたち、そして離れた場所で狙撃しているシノンを光が包み込んだ。

 光が消え目を開けると、キリトのバトルコートが黒革のロングコートに、アスナのバトルドレスが白と赤の騎士服(コルサージュ)変貌(へんぼう)()げていた。エギルやリズベット、シリカ、マエトの装備も旧SAOクリア時のものに変化している。

「これは......?」

 驚いて自分の体を見下ろす彼らに、「きゅるぅ!」と鳴きながらフェザーリドラが舞い降りてきた。シリカが「ピナ!」と(うれ)しそうに使い魔の名を呼ぶ。

「このSAOサーバーに残っていたセーブデータから、皆さんの分をロードしました!」

 両手でVサインをつくると、ユイは「シノンさんとユウキさんの分はオマケです!」と続けた。彼女の言う通り、シノンはGGOでの、ユウキはALOでの装備に変身していた。

 吸い寄せられるように、マエトの両手が動いた。腰の後ろに交差して吊られた愛剣に手を伸ばす。

 右手から氷のような冷たさが、左手から炎のような熱さが流れ込み、マエトの全身を駆け巡る。同時に、懐かしい声が聞こえた。

『な、言ったろ? また()えるってさ』

(うるせー、()るぞ)

 そんな思念が、マエトと剣の間を一瞬で行き交った。

 武器はある。仲間も大勢いる。あとはぶつかるだけだ。

 ガシャリと音を立て、キリトが黒と白銀の(つか)を握った。

「よし、みんなやろう!!」

「「おう!!」」

 抜剣した《黒の剣士》に、熟練の剣士たちが頼もしい声で応じた。

 いま、死闘が始まる──。




次回 平和の再開

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