ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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OS編、終わります。編って言うほど長くなかったし、元の話がしっかりできてて隙がない分オリキャラとか混ぜると雑になっちゃいますね、以後気を付けます。


第10話 平和の再開

 旧アインクラッド第100層《紅玉宮》に、歴戦の猛者(もさ)が集結した。

 剣士が飛び出し、妖精が舞い、銃手が構える。

 最終決戦が、幕を開けた。

 100層ボス《アン・インカーネイション・オブ・ザ・ラディウス》が、目からレーザーを発射した。(すさ)まじい弾速だが、(はね)をもつ妖精たちはそれさえも置き去りにして飛翔(ひしょう)する。

 黒の聖大樹(せいたいじゅ)(すべ)り降りながら、シノンが愛銃《ウルティマラティオ・ヘカートⅡ》で連続狙撃。巨大な対物ライフルが吐き出した弾丸を受けつつも接近したボスが大剣を突き込むが、スナイパーは大ジャンプで回避。その奥から突進したアスナの細剣が怪物の体を(えぐ)り、続けざまに叩き込まれたキリトの回転斬りが、その傷口を切り裂いた。

 立ち止まったボスの全方位を、リーファ、ユウキ、クライン、ユージーンが高速飛行。全方位から攻撃を加える。

 大剣でユージーンを叩き落とすと、怪物は続いてクラインを攻撃した。ギリギリで防御したが、サムライの体勢が崩れた。

 サラマンダー2人を引きはがすと、ボスは今度はリーファとユウキを狙った。黒の聖大樹を生やし、高速かつ不規則に攻撃するが、圧倒的なスピードを誇る2人は難なく回避。キリト、アスナ、クラインの方向に伸びた黒樹も、サクヤ、アリシャ、シウネーの防御魔法が弾く。

 先に銃手を排除しようと思ったのか、ボスは一部の地面をくり抜き、浮上させた。身動きできないベヒモスとダインに向け容赦(ようしゃ)なく放たれたレーザーが、上空で大爆発を起こす。

 だが直後、浮き上がった瓦礫(がれき)を足場にリズベットとシリカが跳躍。メイスとダガーがボスの顔を勢いよく殴りつける。

 その後ろから、間髪(かんはつ)入れずにエギルが両手斧を強振。(にぶ)い音を立てて、ボスの脳天に一撃を見舞った。

 エギルの一撃で、怪物の動きが一瞬だが硬直した。そのとき、エギルの後ろの瓦礫から、マエトがふわりと跳んだ。斧戦士の肩にそっと右足を置き──

 瞬間、ボスの周囲に浮かんでいた4つの瓦礫の間を、青と赤の閃光が超高速で駆け巡った。スピード自慢の妖精たちすら上回る全方位乱撃。

 半秒後、白髪の悪魔がマントとマフラーを(ひるがえ)して降り立つと同時に、ボスの全身から真紅のダメージエフェクトが弾けた。

 大勢のハイレベルプレイヤーの猛攻に耐えかねたか、怪物は白の聖大樹を呼び出した。白い光が降り注ぎ、1枚の広葉から(しずく)()れる。HPが削れた場面でこの神々しい光。初見のプレイヤーでも、これが回復系のスキルだと容易に想像できる。

「あれを防いで!!」

 アスナが指示を飛ばすや、色とりどりの魔法やピナのブレス、銃弾が集中砲火され爆発。白の聖大樹は呆気なく消え、ボスが悲鳴を上げる。

 回復を妨害(ぼうがい)できた。HPも残り少ない。チャンスだ。

 双剣と細剣を(たずさ)え、黒と白の剣士が飛び出す。

「行くぞ、アスナ!!」

「うん!!」

 アスナの打てば響くような答えを聞き、ユウキも動いた。

「ボクたちも行くよ!」

 そう言って駆け出したユウキに、マエトも続いた。

「了解!」

 走る彼らに向け、アン・インカーネイション・オブ・ザ・ラディウスが黒の聖大樹を3本伸ばす。シノンの狙撃2連発とリーファの風魔法が迎撃(げいげき)するも、1本だけは破壊しきれなかった。1本は撃ち抜けたが、ホーミング性能のある魔法と違って、うねる攻撃を追いきれなかった。

(のが)した!」

 (くや)()に言うシノンだが、キリトとアスナは剣を高速かつ連続で閃かせ、聖大樹を切り刻んだ。

 ボスが長槍(ロングスピア)で突きを繰り出すが、キリトは双剣でクロスガード。上から抑え込みつつ「スイッチ!!」と叫ぶと、その合図でアスナが飛び込んだ。

 だが、今の彼女はSAOでの記憶を失っている。言い換えれば、ほぼ全てのソードスキルの記憶をなくしているのだ。

(今のわたしにできること......!)

 そう思ったアスナの隣に、1人の少女が飛び込んできた。パープルブラックの長髪をなびかせ、インプの剣士は右手の片手直剣を左手に持ち替えた。

 視線を交わすと、2人の少女剣士は同時に剣を引き絞った。細剣《ランベントライト》と長剣《マクアフィテル》の刀身が、タイムの花を思わせる紫色に輝く。同時に、2人の背中に純白の翼が出現した。

 アスナが右上から左下へと神速の5連突きを放つ。完璧にシンクロした動きで、ユウキが左上から右下へと5連突き。直後、2人は互いの攻撃をなぞるようにして再度の5連撃を放った。

 2重のXを描くと、《閃光》と《絶剣(ぜっけん)》は同時に全力の突きを叩き込んだ。

「はぁぁああ────ッ!!」

「てりゃぁあ────ッ!!」

 紫の光槍が、ボスの巨体を(つらぬ)く。2つの《マザーズ・ロザリオ》の合計22連撃を受け、怪物が絶叫した。

 その後ろから、黒衣の二刀剣士が飛び込んできた。キリトの愛剣《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》が、深い青の光を宿す。

「はぁああ......っ!!」

 雄叫びを上げ、キリトが(すさ)まじい勢いで連撃を叩き込む。飛び散る光芒(こうぼう)が、ボスの命と空間を焼く。旧アインクラッドにおいて、《黒の剣士》が最も修練した二刀剣技《スターバースト・ストリーム》。

 同時に、黒の聖大樹や壁を足場にボスの上空まで移動したマエトが、落下しながら高速で回転。《白鞘(しろさや)切鬼(せっき)》の青と《黒鞘(くろさや)裂鬼(れっき)》の赤が溶け合い、紫の円環と化す。

 15撃目を放つと、キリトは大きく舞い上がった。上段に構えたエリュシデータが激しく輝く。

「オオオオッ!!」

「────ッ!!」

 裂帛(れっぱく)咆哮(ほうこう)と無音の気合いが共鳴し、星色の斬撃と闇色の月輪が、怪物を切り裂いた。

 凄まじい断末魔を響かせて、最終にして最強のフロアボス《アン・インカーネイト・オブ・ザ・ラディウス》は、その巨体を散らした。

 ボス討伐を受け、紅玉宮をプレイヤーたちの歓声が満たした。

 そのとき、上空で何かが黄金の輝きを放った。ゆっくりと落ちてきたそれを、キリトが両手で受け止める。

 剣だ。恐ろしく巨大な、しかし武器と言うよりは何かのデバイスのような特殊な見た目の大剣。

『これで完全クリアだな、キリト君』

 そんな声が聞こえ、キリトは顔を上げた。

茅場(かやば)......?」

 訊ねるような言葉に、しかし答えは返ってこなかった。ただ、姿を見せぬ声の主──茅場晶彦(あきひこ)は、一言だけ言った。

『しかし、君にはまだやることがあるだろう?』

 そう言われ、キリトは大剣を見下ろした。不意に、その巨大な刀身が白い輝きを放った──。

 

 

 YUNAのライブ会場である新国立競技場に、鈍い音が響いた。重村(しげむら)悠那(ゆうな)のデジタルゴーストが構えていた盾が、ボスモンスターの攻撃によって弾き飛ばされたのだ。

 盾ごと吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた悠那。その前で、死神型ボス《ザ・フェイタルサイス》が鎌を振り上げた。

 死を覚悟し、悠那は目を固く閉じた。

 だが、伝わってきたのは死でも衝撃でもなく、ガラァンッ! という金属音と、モンスターの爆散音だけだった。

 彼女が目を開けると、そこには黒革のロングコートを着た剣士が立っていた。右手には巨大な剣。そして頭上に浮かぶ、1のランキングナンバー。

 振り向いたキリトに無言で促され、悠那はステージに(のぼ)った。短く息を吸うと、彼女は歌い始めた。

 恐怖と咆哮で満たされていた会場に、歌声が響き渡った。ARアイドルYUNAの、明るく人を元気付ける歌声とはまた違う。優しく人を(いや)す、温かな歌声。

 彼女の歌声を聴いたプレイヤーたちの目に、希望が戻った。逃げ惑っていた者も攻撃に加わり、ボスモンスターを押し返す。

 歌声が響く中、キリトが大剣を振るった。斬撃の延長上にいた怪物が、次々を散っていく。

 やがて全てのボスが撃破されると、会場は歓声に包まれた。フルダイブを終え、現実の肉体に意識が戻ったキリトやアスナらを、ユイが笑顔で迎えた。

「最高の歌だったよ、悠那」

 ステージを降り、歩み寄ってきた歌姫に、キリトがそう言った。

「ありがとう」

 短く答えた悠那。その体が、突然光り出した。(おどろ)くキリトらに、悠那が説明した。

「私の本体データは、アインクラッド100層ボスのリソースの一部で作られていたの。その言語化エンジンを使って、私は動いていた」

 言い換えれば、《アン・インカーネイション・オブ・ザ・ラディウス》が倒され、その保存データが初期化された今、彼女もまた消滅してしまうということだ。

「そんな......」

 声を漏らすキリトに、しかし悠那は満足そうに笑った。悔いなど一片もない、と言うかのように。

「とっても楽しかったよ。大勢の前で歌を歌うっていう夢が叶って、これ以上の幸せはないわ」

 そう言うと、悠那はアスナに歩み寄った。

「あなたから預かったものを返すね」

 ふと、悠那の手の平に、光が収束した。微小な光の粒子が集まり、やがて黄金の輝きを放つ球光へと変わる。

「記憶障害の原因になっていたのは、死の恐怖。でもあなたはそれを乗り越えて戦った。だからきっと、思い出せるよ」

 悠那がアスナの頬に、そっと触れた。光がアスナの中へと流れ込んでいく。

 にこりと微笑むと、悠那の体がより強く光った。どんどん光量を増していき、ひときわ激しく輝くと──静かに、(はかな)く散った。

 無数の光の粒子が、会場内を黄金に染め上げる。(まぶ)しくも優しい光が、大勢のプレイヤー達を照らす。

 その光を見上げ、キリトとアスナは思い出した。かつてアインクラッドのどこかの街の噴水広場で見かけた、人々に歌を歌う白衣の少女を。

 リズベットやシリカ、エギルも──いや、その場にいたSAO生還者(サバイバー)全員が、一様に思い出していた。

 恐怖と絶望に溢れた城の中、多くの人々を元気付けてきた、1人の歌姫の姿を────。

 

 

 事件収束から5日が経過した。新国立競技場のライブ中にボスモンスターが出現したのは、イベントのサプライズ演出だったという主催者発表があった。

 そして、オーグマー等の運営会社であるカムラ社は、開発責任者重村(しげむら)徹大(てつひろ)が退任したと発表した。

 その日の夜、台東区御徒町(おかちまち)のダイシー・カフェに、ALO仲間たちが集まっていた。壺井(つぼい)遼太郎(りょうたろう)/クラインの退院祝いだ。

「退院おめでとうございます!」

 そう言った珪子(けいこ)に続いて、直葉(すぐは)が「大丈夫なんですか?」と(たず)ねる。

 カウンターでグラスを傾け喉を鳴らすと、遼太郎はため息混じりに言った。

「いやぁー、ひっでぇ目に()ったぜ。やっぱゲームするならVRのがいいな!」

 そう言って遼太郎が軽く持ち上げた右腕は、今もまだギブスによって固定され、三角巾で首から吊られている。完治には1ヶ月以上はかかるだろう。

「ARの方が出会いがあったんじゃないの?」

 里香(りか)の問いに、遼太郎は手を振って答えた。

「いーのいーの。ゲームは女の子と出会うためにするもんじゃないの」

 すると、すぐ横のキッチンでスペアリブを焼いていた店主が口を挟んだ。

「はぁ? そりゃうちの家庭への嫌味か?」

 アンドリュー・ギルバート・ミルズは、ゲームの中で知り合った女性と結婚し、今の家庭を築いている。夫婦揃ってのゲーマーで、SAOの初回ロットを入手した際も、どちらが先にログインするかゲームで決めたらしい。

 そんなゲーム婚家庭な彼にとって、遼太郎の発言は文句無しにアンチだった。

「ったく、せっかくのチケット無駄にしやがって!」

 そう言って、アンドリューは大皿を遼太郎の腕に軽くぶつけた。

「い、痛って......なんだこの......!」

「文句あるか?」

 大人たちの小競り合いを中断させたのは、木綿季(ゆうき)智也(ともや)だった。「わーい」と嬉しそうに大皿を回収すると、焼き立てのスペアリブを美味しそうに食べ始めたのだ。

「早ぇなオイ」

 と呟くアンドリューの横で、遼太郎も「腹ペコかよ」と呆気にとられた。

 無邪気に骨付き肉を頬張(ほおば)る2人のマイペースさに、大人たちもすっかり毒気を抜かれたらしく、(そろ)ってため息を吐いていた。

 ふと思い出したように、直葉が手を挙げた。

「あ、忘れてた。これお土産(みやげ)です!」

「そう言や、どこ言ってたんだっけ?」と詩乃。

 テーブルの下から《恋むすびマシュマロ》と書かれた白とピンクの箱を取り出しつつ、剣道少女が答えた。

「島根です。合宿所にはパソコンもなかったんですけど、こっそりアミュスフィア持って行って良かったです」

 松江限定と書いてある蓋を開けると、中には白とピンクのマシュマロが()き詰められていた。

「島根ってパソコンもないくらい田舎なの? ボク行ったことないから知らないんだけど」

 スペアリブをむしゃむしゃ食べながら首を傾げる木綿季に、里香と珪子が苦笑しつつ答える。

「まぁ、場所によるんじゃない?」

「きっと合宿所があるとこがすごい田舎だったんですよ、多分」

 そう言った珪子の後ろから、遼太郎が箱に腕を伸ばした。

「ところで、キリの字とアスナは?」

 と言いつつ、抜き取ったマシュマロを口に放り込む。

 ALO仲間が集まっているとは言ったが、いるのは店主であるアンドリューを除いて、直葉、詩乃、里香、珪子、木綿季、智也、遼太郎の7人だけだ。桐ヶ谷(きりがや)和人(かずと)結城(ゆうき)明日奈(あすな)の姿はない。

 和人の妹である直葉が、

「別件があるって言ってましたけど、聞いてませんか?」

 と訊くが、里香が手を振って中断させた。

「まぁまぁ、いいじゃないの。来ない人達のことは置いといて」

 途端、マシュマロを飲み込んだ遼太郎が(わめ)いた。

「なぁんだよぉ! SAO時代の一番の親友の退院祝いに来ねぇとは、ふてぇ野郎だ!」

 江戸っ子丸出しの言葉を言いグラスに手を伸ばすと、チョコレート色の太い腕がグラスをかっさらった。

「今日はお前だけ料金をもらおうか? チケット分っつーことで」

「なんだよ!? タダだったんだろ、銭ゲバ道具屋!!」

 再び小競り合いを始めた大人たちに、直葉と里香、珪子、木綿季は呆れて笑ってしまった。詩乃と智也に至っては興味もなさそうに食事している。

 ふと、智也はちらりと窓の外を見た。外はもう暗く、5月に入ったばかりとは言え、この時間になるとそれなりに肌寒い。

(山で風邪ひかなきゃいーけどな、あの2人)

 内心でそう呟くと、智也は「おれにもマシュマロちょーだい」と言って手を伸ばした。

 

 

「ただいまー。ふぅー、お腹いっぱーい」

 そう言うやソファに倒れ込んだ木綿季に、智也は「風呂沸かしてくるねー」と言ってリビングを出た。

 時刻は午後9時を少し過ぎた頃。アンドリューの運転で家まで送ってもらったため体力的にはまだ余裕があるが、満腹が発生させる眠気が木綿季の(まぶた)を重くしていた。

 本格的にウトウトし始めたところで、智也の声が降りかかってきた。

「ここ山よりは温かいけど、それでも布団で寝ないと風邪ひくよー」

 そう言われ、木綿季は体を起こした。小さく欠伸(あくび)をしてから、明日奈がこっそり教えてくれたことを思い出して言う。

「あ、そっか。アスナとキリトは山に星を観に行ってるんだっけ」

 明日奈の『みんなには内緒なんだけど......』と言う言葉が脳裏を過ぎる。

 智也もまた、和人から教えてもらっていた。ただ彼の場合は、

『AR戦闘に慣れてから攻める方が確実だろ。なんでそんな早くやろうとしてるんだ?』

 と問いただした結果、和人がしぶしぶといった様子で教えてきたのだが。

「アスナ、キリトに何かプレゼントするって言ってたなー。渡せたかな」

 そう言って木綿季はあることを思い出した。急いで自室に飛び込み、隠しておいた箱を取り出す。部屋を出ると、のんびりと水を飲む智也に呼びかけた。

「とー君、プレゼント!」

 そう言って箱を差し出してくる木綿季に、智也はまず目をぱちぱちさせ、次いで首を傾げた。

「あ、オーディナル・スケールのポイント頑張って貯めて買ったから、お()(づか)いを無駄(むだ)に使ったなんてことはないよ!」

 智也の反応が資金の出どころを気にしてのものだと思ったのか、慌ててそう説明する木綿季だが、智也が考えているのはそこではなかった。

 単純に、木綿季が自分にプレゼントをくれる理由が(わか)らなかったのだ。

 ──ユウがこの家来て1ヶ月記念とか言うんならまだ1週間近く先だし、性格的にユウはそーゆーのあんまり気にしないはず......。

 そこまで考えて、智也は長くため息を吐いた。

 人の言動に合理的な理由を求めて考えてしまうのは、SAO後期からの(くせ)だ。その思考のお陰でだまし討ちや罠、不意打ち等を予測し(かわ)すことができるため、一概(いちがい)悪癖(あくへき)とは言えない。

 だが、木綿季のサプライズを二度に渡って見切ったり和人に秘密を喋らせたりと、最近は悪い方に働いている。イタズラ好きの彼女がサプライスをするのに意味などないし、記憶を奪われた恋人を早く助けたいのに理由などいらない。

 恋人に何かをプレゼントするのに、合理的な理由などいらない。

「ありがと。開けていーい?」

「うん!」

 木綿季から箱を受け取り、包装を解く。中から出てきたパッケージを見て、智也は少し驚いた。

 木綿季からのプレゼント。それは、黒いワイヤレスヘッドホンだった。

「とー君が学校でイヤホンで音楽聴いてるとこをよく見かけるって、前にアスナから聞いてさ」

 そう言った木綿季に、智也は微笑んだ。

「ありがと、(うれ)しいよ」

「良かった!」

 嬉しそうに笑うと、木綿季は「お風呂入ってくるねー」と言ってリビングを出た。その背中を見送りつつ、智也はふと昔のことを思い出していた。

 旧アインクラッドでのことだ。真夜中から明け方まで殺し合うなど(めずら)しくもなかったマエトだが、その日は殺し切る前に犯罪者(オレンジ)プレイヤーたちの増援に追いつかれてしまい、いつになく長時間の戦闘になったのだ。

 ヒットアンドアウェイとゴリ押しを()()ぜ、緩急(かんきゅう)翻弄(ほんろう)し続けることで辛くも乗り切り、消耗(しょうもう)しきった状態で街に戻ったのは午前9時の少し前だった。

 そのとき、街の広場でリュートを爪弾(つまび)き歌を歌う、白衣の少女を見かけたのだ。早く宿に戻って休みたかったはずなのに、気付けばマエトは近くのベンチに座って彼女の歌を聴いていた。

 歌を聴き終え宿に戻ると、いつになくよく眠ることができた。

(おれが歌よく聴くようになったのって、多分あれがきっかけなんだよなー......)

 そんなことを考え、智也はパーカーのポケットから携帯端末を取り出した。チャットアプリを立ち上げ、直葉とのトークルームにメッセージを入力した。

『今度ユナの曲でおすすめ教えて』




次回 新天地

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