ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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人類の皆さんこんにちは、人間です。......すいません、作者です。この話は、SAOBDの原作「ソードアート・オンライン」シリーズの作者である川原礫(かわはられき)先生の別作品「アクセル・ワールド」とのコラボ(勝手)となっております。読んでいない場合は面白さ半減ですので、読んでいない読者の方々はごめんなさい。一部OVAネタも含みますが、アクセル・ワールド1~4巻と10巻の計5冊を読めば、この話をだいたい理解できるかと思います。
あと今回は過去イチで長いです。



第12話 紫電と黒蓮

「それじゃあ結城(ゆうき)さん、またねー」

 そう言って手を振る友人に、明日奈(あすな)も手を振り返した。

「また明日ー」

 教室を出て廊下(ろうか)を歩いていると、制服のポケットから短く音がした。携帯端末の着信音だ。

 取り出して画面を見ると、1週間前に帰還者学校に転入してきた紺野(こんの)木綿季(ゆうき)からメッセージを着信していた。チャットアプリを立ち上げると、

『アスナ、今日用事ある? なかったら一緒に帰ろうよ! OSのポイントで支払えるクレープ屋さんがあるんだよ!』

 というメッセージが表示された。

 以前かなり積極的にプレイしていたため、木綿季と明日奈のオーディナル・スケールのポイント残高は相当なものだ。と言っても、旧SAOボスを片っ端から撃破してランク2位のエイジを倒し、最終ボスにまで勝利してランク1位になった和人(かずと)にはとても及ばないが。

 カバンの中にオーグマーが入っていることを確認してから、明日奈は木綿季に向けて返信した。

『いいよ、行こうか。校門のところで待ち合わせね』

 ほとんどノータイムで返ってきた『やった! ありがとう!』というメッセージに微笑(ほほえ)み、明日奈は端末をポケットに戻した。

 少し急いで玄関に向かい、(くつ)()()えて外に出ると、もう既に木綿季は校門に寄りかかって待っていた。

「ユウキ早いね。わたし早足で来たのに」

 駆け寄りつつ声をかけると、木綿季はあははと笑った。

「いやー、実は玄関まで来てからアスナにメール送ったんだよね」

「なんだ、そういうこと......」

 少しだけ苦笑すると、明日奈はふと思い出して言った。

「そう言えば、マエトくんは? いつも一緒に帰ってると思ってたんだけど......」

 周りを見てみるが、首にヘッドホンをかけた少年はどこにも見当たらない。木綿季を置いて先に家に帰ったのか、それとも明日奈と木綿季を2人きりで楽しませようと気を(つか)ったのか。

 仮に後者だったとしたら申し訳ない......と思う明日奈に、木綿季は少しだけ残念そうな表情を浮かべて言った。

「とー君も(さそ)ったんだけど、なんか今日は用事があるとか言ってさ。授業が終わったらすぐに走って行っちゃった」

「へぇ~......なんの用事なんだろう?」

「それは(わか)んないけど......確か、六本木に行くって言ってたよ」

 木綿季の答えに明日奈は沈黙(ちんもく)し、次いで思わず大声でリピートしてしまった。

「......ろ、六本木ぃ!?」

 

 

 薄暗(うすぐら)い研究室内に、大型クーリングファンの駆動音が響く。

 部屋の真ん中に置かれた巨大マシンを見上げ、智也(ともや)はかつて木綿季がテストダイバーとして利用していた医療(いりょう)用フルダイブマシン《メディキュボイド》を思い出した。

「キミが前田(まえだ)君ッスね! 初めまして、僕が比嘉(ひが)タケルッス! 今日はよろしく!」

 そんな声が飛んできた方を見ると、剣山のように突き立った頭と大きな丸メガネが目立つ、小柄な男性オペレータが歩いてきていた。

「どーもどーも、初めまして。さっそくで申し訳ないけど、今回のバイトの詳細な説明を聞かせてもらえるとありがたいです」

 そう言った智也に、比嘉は「了解ッス!」と応じた。

 

 比嘉タケル主導のもと開発されたこの大型フルダイブマシンは、第3世代フルダイブマシンであるメディキュボイドに続く、言わば第4世代機だ。これまでのマシンと比べ、圧倒的に高精度な脳との接続レベルを誇る。

 だがそれゆえに、ダイブ時に脳~マシン間を行き来する情報量が膨大(ぼうだい)すぎて、フルダイブ経験の浅い者がダイブすると《VR酔い》を起こして、満足にデータも取れないという事態になったのだ。

 そのため、フルダイブ経験が長い者に代わりにダイブしてもらい内部でデータを取る、という手段に出た比嘉は、とあるラインを使って和人にテストダイブのアルバイトを依頼したのだという。

「先週、君の友達の桐ヶ谷(きりがや)君に同じバイトをしてもらって色々調整して、今度はダイブ者の適性に合わせて接続深度を調節するシステムの最終仕上げをしようと思って。それで今回は違う人に依頼するってことになったんスよ」

 そう言う比嘉に、智也はふむふむと納得の意を示した。まだ開発段階のマシンということで、フルダイブに伴う危険性が気になっていたが、現に和人が無事なのだから大丈夫だろう。

 そう思って安心した後、智也はふと思いついた質問を投げた。

「中ってどーゆーフィールドになってるんです?」

 旧SAOでの殺し合いを経て、智也(マエト)はフィールドの地形をしっかりと把握(はあく)するようになった。研究のためのデータ取り作業のフィールドなのだから戦闘など起きるはずもないのだが、あの1年間で染みついた習慣(しゅうかん)は消えはしない。

 ただ、そんなことは知る(よし)もない比嘉は、普通の質問だと思って答えた。

「中はのどかで平和な真昼の草原ッス。前田君には桐ヶ谷君同様、そこにダイブしてデータを取ってもらうッス」

 その説明に、智也は「了解」と答えようとした。だが、頭をかきながら比嘉は「でも」と前置きして続けた。

「桐ヶ谷君の話では、最初にダイブしたのは草原なんかじゃなく、文明崩壊後の荒廃(こうはい)した世界──言うなれば、世紀末って感じのフィールドだったらしいんス」

「ふむ? そりゃまた事前情報とはえらく違うな......。機械がバグったとか?」

「いやいやいや、ログをグイーンっと(さかのぼ)って確認したッスけど何もなくて。そのあとマシンをチューニングしてから僕ら研究スタッフもダイブしたけど、普通の草原だったんスよ」

 比嘉の言葉に首を(ひね)ると、智也は先を(うなが)した。

「それで、その世紀末なフィールドでは何もなかったんです?」

 その質問に、しかし比嘉はうーんと腕組みしながら難しい顔をして答えた。どうやら彼自身も把握・理解しきれていないらしい。

「桐ヶ谷君が言うには、そのフィールドはフルダイブ型の対戦格闘ゲーム......つまりはカクゲーッスね、それのステージだったらしいんス。体力ゲージと必殺技ゲージ、あと1800秒のタイムカウントが視界に固定表示されてて、そして......」

 そこで一度句切ると、比嘉はこう言った。

「銀色のロボット型のアバターがいて、そいつと対戦したって」

 説明を聞いて、しかし智也は何も言えなかった。

 データ採取用のテストフィールドが、未知のカクゲーのバトルフィールドになっていたなど、唐突すぎて意味が解らない。

 だが、それは比嘉も同じようだ。やれやれと言った様子で頭を振ると、比嘉はアルミ地金むき出しのマシンに触れながら言った。

「こいつの心臓部には、かの茅場(かやば)先輩の基礎理論に(もと)づく《量子演算回路》......ひとつの量子コンピュータが組み込まれてるんス。SFの世界ではそういうのは、平行世界とか別の時間流とか、パラレルワールド的なものと干渉する可能性があるなんて話があるんスけど、桐ヶ谷君が見たのはそれかも知れないッスね」

 これホントは秘密なんでオフレコでよろしくッスと付け加える比嘉だが、そんな突拍子もなさすぎる話をまともに取り合う人間などいないだろうから、話す意味もない。

「仮に話すとしてもキリトさんにだけだからだいじょぶです」

「まぁそれならいいッスけど」

 ふぅと息を吐くと、比嘉は思い出したように言った。

「桐ヶ谷君にダイブしてもらう前は、僕も含め、テストフィールドに(もぐ)ったスタッフが中で何度かうっすらとした人影を見たんスよ。でもこのマシンは世界に1つだけ、同時ログイン可能人数は1人なもんで、僕らの間では当時オバケだなんだって話になったんスけど......あれは桐ヶ谷君が対戦したっていう、銀色ロボットだったのかもしれないッスね」

 などと、どこか遠い目で言う比嘉に適当な調子で相槌(あいづち)を打つと、智也は携帯端末で時間を確認した。六本木から学校最寄りの西武柳沢駅までの移動時間と、そこから家まで歩く時間とを考えると、そろそろダイブしないと帰りが遅くなってしまう。

 1人暮らしをしていた頃は気にしていなかったが、木綿季と2人暮らしをしている今は気にせざるを得ない。今頃は明日奈とクレープを食べているだろうが、食いしん坊な彼女のお腹がクレープ1つでどこまで保つことやら......。

 そんなことを考え、智也は比嘉に言った。

「じゃ、そろそろ仕事しますかね。買いたいものあるから、ちゃんと働いて(かせ)がねば」

 そう言いつつ、首にかけていたヘッドホンを外し、カバンと共に部屋の(すみ)に置く。実験機のベッドに横たわり、ヘッドギアの下に頭を入れる。

「よし、じゃあ接続開始するッス。アバターは前田君の《自己像》から自動生成されるから、違和感はないはずッス」

 1週間前に和人がされたのとまったく同じ説明と、ヘッドギアが降下するモーター音が重なった。

「了解」

 短く答えて眼を閉じた智也の後ろで、実験機が低く(うな)り、しかし音はすぐに遠ざかって行った。

 

 

「............フム?」

 ふと妙な気配を感じ、黒雪姫(クロユキヒメ)は顔を上げた。

 眼前に広がっている透明かつ真っ青な世界──《初期加速空間(ブルーワールド)》のとある一点に、揺らぎのようなものが見えたのだ。じっと目を()らすと、どこか人間のシルエットのようにも見える。

 急ぎで──それも(めずら)しく《加速》してまで片付けようとしていた膨大(ぼうだい)な生徒会関連の仕事を(わき)に押しやり、黒雪姫はそのシルエットを観察。同時に思考を始めた。

 まず前提として、あの揺らぎもとい人影の正体はバーストリンカーだ。

 初期加速空間は現実世界の黒雪姫の首に装着された量子通信器、ニューロリンカーにインストールされた謎のアプリケーション《ブレイン・バースト》が生み出しているものだ。つまり、ニューロリンカーにBBプログラムをインストールしている者でなければ、思考を1000倍に加速させ、この空間にダイブすることはできない。

 だが、ここである問題が()()りになる。

 1つの初期加速空間にダイブできるのは、原則として《バーストリンク》コマンドを唱えたその当人だけだ。複数人が同じ初期加速空間にダイブできるのは、双方のニューロリンカーをXSBケーブルで直結し、同時に加速コマンドを行使した場合のみだ。だが今、黒雪姫は誰とも直結していない。

 そしてそもそも、この梅郷(うめさと)中学校にいるバーストリンカーは、黒雪姫と彼女が(ひき)いる黒のレギオン《ネガ・ネビュラス》のメンバーたち3人の、合計4人だけだ。

 だが、黒雪姫が今いるのは生徒会室。周りにいるのは生徒会役員たちだけで、その中にレギオンメンバーはいない。

 つまり、あの人影がバーストリンカーである場合、それは梅郷中ローカルネットに侵入したよそ者でしかあり得ないということだ。

 即座にそう判断すると、黒雪姫は仮想デスクトップ左上の《B》のアイコンを叩いた。ブレイン・バースト・コンソール画面を操作し、マッチングリストを開く。

 バーストリンカーが同一のネットに接続していれば、マッチングリストに名前とレベルが表示されるはずだ。そうでなかった場合、この侵入者は梅郷中生徒の誰かのニューロリンカーにバックドア・プログラムを仕掛け、それを経由して他の場所から学内ローカルネットに接続していることになる。

(だがあのプログラムは、以前サーバーのアップデートで使用不可能になったはずだ。仮に同系統のチートツールが新たに開発・使用されているとすれば、それは看過(かんか)できん)

 以前同じようなチートツールによって大いに苦しめられた経験をもつ黒雪姫は、リストが表示されるやすぐに目を走らせた。

 最上部に表示されているのが自分の名前。その下に並んでいるのは、レギオンメンバーであるハルユキ──《シルバー・クロウ》とタクム──《シアン・パイル》とチユリ──《ライム・ベル》の3つ。

 いや、まだある。リスト5列目に、じわりとドットの集合体が浮かび上がったのだ。

 じっと見守った黒雪姫は、その光点が時間をかけて変化した文字列を口にした。

「Maeto......?」

 ──何者だ?

 という疑念と、

 ──おかしい。

 という警戒(けいかい)が、同時に弾けた。

 デュエルアバターの名前は《色・名》が定型だ。そしてリストには名前だけでなく、そのバーストリンカーのレベルも表示される。

 だが、いま目の前にあるのは5文字のアルファベットだけで、色もレベルも解らない。

 学内ローカルネットに侵入した、正体不明のバーストリンカー。(まぎ)れもない一大事だ。レギオンメンバー全員に警告し、迅速に敵のリアルを割らねばならない。

 そのためにも、まずは対戦することで相手の特徴を把握しておく必要がある。

 迷いも躊躇(ためら)いもなく、黒雪姫は《Maeto》の名を叩き、ポップアップウインドウから《DUEL》を選択した。確認ダイアログは当然《YES》。

 青い世界が崩れ、暗闇が広がった。

 青一色から黒一色に変わった世界の中で、黒雪姫の普段使いのアバターが、(まばゆ)い白光に包まれる。白く細い手足が、黒く鋭利な剣へと変じる。紫色のアイレンズが輝き、漆黒(しっこく)のデュエルアバター《ブラック・ロータス》へと変身する。

 視界に緑色の体力ゲージが2本伸び、その中央に《1800》のタイムカウントが表示される。

 視界中央に、炎でできた《FIGHT!!》の文字が輝き、()ぜた。

 いま目の前に広がっているのは、奇妙にうねった樹が()(しげ)る《原始林(げんしりん)ステージ》だ。少し暗い上に遮蔽物(しゃへいぶつ)も多く、見通しが悪い。

 だが幸い、件のバーストリンカーはすぐに見つかった。正面の少し離れた場所に、何者かが立っていたのだ。そしてその姿は、見慣れたデュエルアバターとはまるで違っていた。

 デュエルアバターは基本的に、ロボットのような硬質の体をもっている。ドレスやコートのような衣服を着る者もいるが、頭からつま先にかけての体はヒューマノイドロボットのそれだ。

 だが、目の前でキョロキョロと周りを見回している相手は、どこからどう見ても生身の人間だ。

 パープルブラックの髪に赤紫色の(ひとみ)の少年。恐らく年齢は黒雪姫とそう変わらないだろう。青紫のハーフコートに黒いズボンを身に着けており、おかしなことに耳がツンと(とが)っている。

 だがそれよりも黒雪姫の気を()いたのは、少年の両腰に()られた2本の剣だ。

 少年はその場でピョンピョンと軽く跳んだり、近くの樹をコンコンと叩いたりすると、不意に右腰の(つか)に右手を伸ばした。

 警戒する黒雪姫だが、少年は逆手で剣を抜くと、何を血迷ったのか、しゃがんで足元の地面をザクザクと突き始めた。

 だが、対戦ステージの地面を破壊することは原則不可能だ。フィールドへの干渉力が大きすぎて、対戦そのものが成立しなくなることもあるからだ。原始林ステージの地面は一見して柔らかそうな土だが、3センチほど下からは不可侵の地面が広がっている。

 ──この少年は、ブレイン・バーストを知らないのかも知れない。

 そんな予感がしたが一旦置いておき、黒雪姫は四肢を構成するカッター状の短い刃を、戦闘用の長剣へと切り替えつつ鋭く叫んだ。

貴様(キサマ)、いったい何者だ!? なぜ、どこから、どうやって梅郷(うめさと)中のローカルネットに接続した!?」

 ステージいっぱいに広がった声に、しかし相手はなんの反応も示さなかった。黒雪姫の方には視線も向けず、今度は樹を剣で引っかいている。

 無視というより、そもそも声が届いていないようだ。その場合、相手の声もこちらに届かない可能性が高い。

 紫の剣士アバターは、その輪郭(りんかく)(かす)んでいる。そのため、黒雪姫も最初は立体映像(ホログラム)(たぐい)かと考えた。

 だが、飛び跳ねたり剣で地面や樹を突いたりしているとき、そこからは確かに音が鳴っていた。間違いなく実体がある。

 あれは何者で、何が目的なのか。油断なく観察を続ける黒雪姫の視線の先で、少年が地面を蹴った。すぐ横の樹を足場にさらに跳躍し、生い茂る木々の陰へと姿を消した。

 逃走か、それとも戦闘か。

 どちらにせよ、対戦中は相手のいる方向にガイドカーソルが表示される。姿が見えなくても、いる場所さえ解れば......。

 そう思った黒雪姫は、視界に表示されたカーソルが示す方向に注意を払った。

 だからこそ、カーソルとはまったく違う方向から飛んできた何かへの反応が、一瞬遅れた。

 右手の剣を振るうと、触れた飛来物は真っ二つに切断された。

(......ブーメラン?)

 紫のアイレンズの奥で(まゆ)をひそめる黒雪姫の背後──カーソルの示す方向から、剣士が超高速で飛び込んできた。

 

 

 ──かかった。

 そんなことを考え、マエトは双刃を逆手で抜剣した。

 比嘉(ひが)の話では、ダイブするテストフィールドは真昼の草原のはずだった。だが、いまマエトがいるのは草原ではなく、奇妙な形の樹が立ち並ぶうっそうとした林だ。

 しかし、事前に聞いていた話と合致する点もいくつかあった。

 2本の体力ゲージ。1800からスタートし、現在は1750台を刻むタイムカウント。

 そして、少し離れた場所に立つ──銀色ではなく黒だが──ロボット型アバター。

 全体が鋭利なデザインで、しかも四肢(しし)が剣でできている。どう見ても戦闘特化アバターだ。

 どうやら1週間前の和人同様、未知のカクゲーの世界へと放り込まれてしまったらしい。ならばとっとと対戦を終わらせてログアウトし、比嘉に状況を説明したいところだ。

 そう思って、ずっと調べものがてらわざと(すき)を見せていたが、黒ロボットは微動だにしなかった。

(カウンター狙いなのがバレたか......? なら、こっちから仕掛けるか)

 そう思い、マエトは木々の陰から奇襲を仕掛けることにした。

 都合のいいことに、相手の姿が見えなくなった瞬間、あの黒ロボット──体力ゲージ下の表示によればブラック・ロータスという名前らしい──がいる方向にカーソルが表示された。ならば今、相手の方にも同じカーソルが表示されているはずだ。

 マエトは紫のハーフコート──正式名《ライトニング・ジャケット》の内側から3枚刃ブーメランを取り出し、ブラック・ロータスに向かってカーブするよう調節して投げた。

 相手が飛び道具に反応して迎撃した瞬間、マエトは一気に飛び出した。逆手で抜剣したニ刀を振るい、まずは相手の左足を(はさ)むようにして斬りかかる。

 相手のアバターは、四肢が全て剣でできているため、恐らく攻撃特化型だ。防御力は低いと見ていい。

 そしてその場合、刃の圧倒的な切れ味に対して側面の(しのぎ)部分は折れやすいというのが相場だ。カクゲーなのだから、そのようなバランスの取り方がされていて(しか)るべきだ。

 片足を叩き斬り、相手の攻め手を減らす。切断できなくても、四肢が剣というデザインからして、ボディバランスは悪いはずだ。転倒の隙に殺し切れればそれでいい。

 黒水晶のような輝きを放つ剣に、紫と青の刃が迫った。

 

 

 左足の剣に迫る双剣を見て、黒雪姫は内心で、ほう......と感嘆(かんたん)した。

 何者かは知らないが、このマエトという剣士の腕が(すさ)まじいのは、この一瞬だけで十二分に解った。

 ガイドカーソルというシステムを逆手に取った奇襲も、超高速の突進も、そこからの抜き撃ちの攻撃も見事と言う他ない。

 だが、いくら腕が立つと言っても、相手は不法侵入者。容赦(ようしゃ)なく斬り伏せるだけだ。

 黒雪姫の四肢剣──常時発動(パッシブ)アビリティ《終末之剣(ターミネート・ソード)》は、触れたものを問答無用で切り裂く。それがたとえ硬い装甲でも、修練(しゅうれん)を重ねたパンチでも、そして鋭い刃でも。

 ゆえに、足を外側に90度(ひね)れば、マエトの剣は自身の威力によって切断される。

 だがブラック・ロータスの四肢剣は、その全てが片刃だ。その対処法では(みね)側が攻撃を受け、折れはせずとも転倒する可能性がある。

 そこで黒雪姫は、

「フンッ!」

 と短い気合いを乗せて、地面に左足を突き込んだ。不可侵のはずの地面を(つらぬ)いた左足の剣が、(ひざ)近くまで埋まる。

 直後、マエトの交差抜き撃ちが、黒雪姫の左足を直撃した。硬質のサウンドエフェクトと衝撃が弾け、拡散する。

 だが、マエトの攻撃は黒雪姫の左足を、折るどころか動かすこともできなかった。攻撃の威力全てが、地面へと受け流されたからだ。

「では、次はこちらの番だ」

 そう言うと、黒雪姫は右手の剣を振るった。ノーモーションからの一撃が、マエトの左肩に吸い込まれるように閃いた。

 

 

 肩を狙って攻撃が迫りつつある中、しかしマエトは、

(《触れたものを何でも斬る剣》ってとこか。最初の読みでだいたい合ってたな)

 と、自分の予測が正しかったことを確認していた。

 最初にブラック・ロータスの姿を見てすぐに、マエトはその場でピョンピョンと小さくジャンプした。

 その結果、このVRワールドにも重力がシュミレートされているということが確認できた。

 剣や槍などの武器攻撃や、殴る蹴るなどの徒手格闘を問わず、物理攻撃とは重力があって初めて成立する。地面を踏み、体重を乗せることで初めて、攻撃に重さと威力が宿る。

 だがブラック・ロータスの両足が、常に地面から数センチ浮いていることを、マエトは見逃さなかった。

 恐らく四肢が剣であるため、そのまま歩くのではなく常時ホバーで移動しているのだろう。

 しかし、常に地面に触れていないのであれば、剣での攻撃に威力は(ともな)わないはずだ。

 その矛盾(むじゅん)から、マエトは相手の能力を《触れたものを何でも斬る剣》か《高速振動することで切れ味を発生させる剣》のどちらかだと予想した。

 そしてその正解は前者だった。間近で見た剣はどれも静止状態で、しかしストラグラで何度突いても傷1つつかなかった地面を、足を振り下ろしただけで深々と貫いたのだ。

 ただでさえマエトの方が不利(・・・・・・・・・・・・・)なのに、そんな能力をもっているとは厄介(やっかい)極まりない。

(......とすると、ガードもパリィもできんな。やった瞬間ブレードごと斬られる)

 よって、マエトには回避以外の選択肢はなかった。だが、普通のステップでは恐らく間に合わない。

 そこで、マエトは自分の背中に意識を向けた。いつもALOでやっているように、背中をいっぱいに開く。広がったばかりの半透明翼を全力で振動させると、その推進力でステップをブーストし離脱した。

 

 

 ──バカな!!

 黒雪姫の脳内で、そんな絶叫がリピートされた。

 この加速世界において、《飛行(アビエーション)アビリティ》を有しているのは、黒雪姫の子であり弟子でもある有田(アリタ)春雪(ハルユキ)──《シルバー・クロウ》だけだ。

 だが、黒雪姫が最も驚いているのはそこではなかった。

 マエトのあの飛行は、必殺技ゲージを必要としていないのだ。

 必殺技ゲージは、ダメージを与えるか受けるかすることでチャージされる。そのチャージされたゲージを消費することで、デュエルアバターは必殺技や、常時発動型を除くアビリティを使うことができるのだ。

 だが、対戦が始まってからここまで、黒雪姫とマエトはどちらもノーダメージ。マエトは剣で樹を引っかいたことで、オブジェクト破壊ボーナスによって必殺技ゲージがいくらかチャージされているが、そのゲージは1ドットたりとも減っていない。

 何のコストもなしに飛行できるなど、いくらなんでもおかしい。そういうアビリティだとしても、紫という色属性と合っているとは思えない。

 そう思った黒雪姫は、あることに気が付いた。

 よく見れば、あの半透明翼は小刻みに振動している。さらに目を()らしてみると、マエトの肩甲骨(けんこうこつ)がわずかにだが動いている。そしてその動きは、背中の翼の振動とリンクしているように見える。ニューロリンカーのイメージ制御系を用いて操作しているのではなく、肩甲骨の開閉運動で翼の動きを肩代わりしている、ということか。

 恐らく、ハルユキが必殺技ゲージを消費する代わりにイメージだけで自在に飛べるのに対し、マエトは自力で翼を制御しなければならない代わりにいつでも飛べるのだろう。

 肩甲骨の開閉運動が翼とリンクしているのなら、その動きは超スピードの攻防の邪魔になる。この予測が正しければ、バランスもとれていると言っていい。

 と、そこまで考えて、黒雪姫は内心でかぶりを振った。

 何となくではあるが、相手の正体に気付いたからだ。

 相手が無害であるということは解った。だが、だからこそ心置きなく対戦ができる。

 クレバーな撤退(てったい)など犬に食わせろ。バーストリンカー同士が向き合えば、ひたすら《対戦》あるのみ。それが黒雪姫の信条であり、シルバー・クロウに教えたことだ。

 幸いなことに、攻撃力とリーチを踏まえれば有利なのはこちらの方だ。

 どこから攻撃されても即応できるよう、四肢の剣を柔らかく構える。漆黒の刃が、リィンと鳴った。

 

 

「ちっ......」

 ブラック・ロータスのゆったりした構えを見て、マエトは小さく舌打ちをした。恐らく向こうも自分が有利であると気付いたらしい。

 接近戦において、リーチというものは非常に重要だ。だがそれは、長い方が有利という意味ではない。相手との距離が近い場合、長いリーチはむしろ邪魔となる。剣の間合いにおいて、槍や斧といった両手武器は無力なのだ。

 それと同じように、超接近戦では長剣よりも徒手空拳の方が、攻防問わず動きやすい。

 マエトのアバターは小柄で手足が短く、その上やや短めの片手剣を逆手で握っているため、リーチが非常に短い。相手の(ふところ)に鋭く踏み込めるだけの(たく)みな体術があればこその超インファイト戦法だが、この状況ではそれがまずい。

 なにせ相手の四肢は、触れたもの全てを斬る剣なのだ。徒手格闘と同じリーチと攻撃法で、普通の剣よりも圧倒的なダメージを生み出してくる。おまけにガード不可ときた。

 リーチの短いマエトがブラック・ロータスを自分の間合いに(とら)えたとき、逆にブラック・ロータスの方が有利になってしまう。

 だが、非常に厄介な相手でも戦いようはある。何より、こういうフィールドはマエトにとって十八番(おはこ)中の十八番だ。

 (はね)を高速で振動させると、マエトはブラック・ロータス目掛けて全速のチャージを敢行(かんこう)した。

 

 

 高速で突っ込んでくる剣士の動きを、黒雪姫はじっと観察した。翼を使って急激にターンしてくる可能性も考え、視野は広く保つ。

 斜め上から飛んできていたマエトの体が、いきなり左下に沈んだ。素早く目で追うが、追いつく直前に着地、即座に次の跳躍に移っている。

 時には地面を蹴り、時には樹の(みき)を蹴り、時には枝を蹴り、時には翼で空気を叩く。

 そうして黒雪姫の全方位を高速かつ不規則に飛び回り、すれ違いざまに双刃で斬りつけ、ダメージを与えて続けていく。

 飛行アビリティで自在に飛べるシルバー・クロウでも、ここまで緻密(ちみつ)なコントロールはできないだろう。触れさえすれば何でも切断できる《絶対切断属性》をもつブラック・ロータスだが、相手を捕捉(ほそく)できなければ意味はない。

 ──シャレにならん!!

 内心でそう絶叫し、しかし黒雪姫はそのまま攻撃を受け続けた。

 攻撃を受け続けることで、相手の動きの速さに目を慣らすためだ。そして同時に、ダメージを受けることで必殺技ゲージをチャージする。

 10秒近くの乱撃で、黒雪姫の体力ゲージはたっぷり半分以上も減少してしまった。元々ブラック・ロータスは攻撃特化で、防御面はかなり切り捨てているのだが、それにしても(すさ)まじい攻撃力だ。

 ──そのお返しに、私の攻撃もたっぷりと味わわせてやろう。

 そんな意志を込め、黒雪姫はマエトの動きをじっと観た。速度に慣れてきた目で、剣士の動きの軌道を観察・予測する。

 そして、マエトが自分の正面を通り過ぎる一瞬を狙って、黒雪姫は動いた。両腕を大きく広げ、マエトを抱き込む。

 紫のアイレンズの奥で、黒雪姫の目がギラリと光った。

「《デス・バイ・エンブレ────ッ!?」

 (ささや)くような技名発声は、途中で驚きの声に変わった。

 マエトの左腋(ひだりわき)の下に、マエト自身が紫色の剣を差し込んでいたからだ。黒雪姫の腕の中で、マエトは自分の左腕を根元から切断。それによって生じた腕1本分の隙間を使い、するりと脱出した。

 ブラック・ロータスのレベル8必殺技《宣告・抱擁による死(デス・バイ・エンブレイシング)》は、両腕で相手を抱くようにして切り刻む。零距離(ぜろきょり)でしか使えないが、そのぶん威力は絶大な一撃必殺系だ。相手を捕捉できれば一撃で勝てる。

 だが、完全に(とら)えたと思った相手は、まるでその必殺技を読んでいたかのように即応してきた。

 機動力、思考力、予測力、そして対応力。どれをとっても一級品だ。しかも殺気が感じられない。今まで戦ったバーストリンカーの中で、ある意味最も戦いづらい相手だ。

 ──だからこそ、この相手からの勝利に意味がある!!

 実力だけで言えば、黒雪姫が苦戦するほどのバーストリンカーは、加速世界広しと言えどレベル7~9の猛者たちだけだ。そして彼女自身と同じくレベル9の《王》と称されるバーストリンカーたちと戦うとなると、その戦いは醜悪(しゅうあく)を極めるだろう。

 どんなことをしてでも勝たねば、レベル9がレベル9に一度でも負ければ、その瞬間にバーストポイントを全損し、ブレイン・バーストを強制アンインストールされるのだから。

 だが、いま目の前にいるこの剣士は、王に匹敵すると言っても過言ではない実力者だ。そして恐らくだが、この少年に負けてもポイント全損にはならない。

 もし、なんのしがらみもなく他の王たちと戦えたら。彼らを心の底から友と思えたら、こんな感じなのかも知れない。

 黒雪姫はそう思い、ゆえにこの《対戦》を楽しみ、必ず勝つと決めた。

 相手は片腕を失い、しかも脱出直後で体勢が整っていない。必殺技の使い時だ。

 だが黒雪姫もまた、《デス・バイ・エンブレイシング》が不発に終わった姿勢のまま、両腕を折りたたんでいる。ここから使える必殺技は1つしかない。

 左膝(ひだりひざ)を高く持ち上げ、右足を軸に左足で横蹴り。左足の剣尖(けんせん)をマエトに向けてピタリと止めると、黒雪姫は、今度こそ技名を発声した。

「《デス・バイ・バラージング》!!」

 直後、鮮やかなブルー・ヴァイオレットに輝きながら無数に分裂した足剣が、空恐ろしいほどの速度で撃ち出された。

 ブラック・ロータスのレベル4必殺技《宣告・連撃による死(デス・バイ・バラージング)》。毎秒100発の横蹴りを3秒間放ち続ける弾幕系の技だ。体勢が整っていないマエトは、この手数と範囲重視の攻撃を回避できない。

 無限本の剣の雨が全て直撃し、小柄な少年はひとたまりもなく吹き飛ばされ、少し離れた場所に生えた樹に激突した。

 

 

()った......!」

 そんな声を(しぼ)り出すのもやっとな激痛に襲われ、マエトは盛大に顔をしかめた。

 さすがに現実と同じレベルではないだろうが、この痛覚フィードバックの強度は異常だ。こんな設定でのフルダイブゲーム運営など、2026年なら間違いなく違法行為だ。

比嘉(ひが)さんが言ってたみたいに、どっか違う世界なのか、それか未来なのか......)

 そんなことを考え、とりあえずどーでもいーやと棚上(たなあ)げする。

 相手が極短リーチの攻撃特化型と解ってから、零距離技も警戒しておいて正解だったが、連撃技の手数は想定外だった。二刀装備時のキリトすらも軽く上回っていた。

 チラリと見やった自分の体力ゲージは、左腕の自傷も含めて満タンから一気に4割弱まで減っている。だが、ピンボール攻撃を喰らい続けたブラック・ロータスのゲージもほぼ同程度だ。

 近接攻撃特化同士、恐らく次の激突で決着(ケリ)がつく。

 左腕切断の直前に、青の愛剣《シャドウリッパー》は(さや)に戻しておいた。いま握っているストラグラも、右腰の鞘に納める。

 予測はもう十分たてた。ここからは一発勝負。スピードと反射だけの世界だ。

(一本道に引きずり込む......!)

 大きく深呼吸をすると、マエトは全身から力を抜いた。フラリと前に体が倒れ──

 瞬間、マエトの体が(かす)むように消えた。

 

 

 ──鋭い!!

 一気に突っ込んできた相手のスピードに、黒雪姫は舌を巻いた。

 恐らく全身の(りき)みを抜いた後、転倒ギリギリで地面を蹴ると同時に、背中の翼で加速したのだろう。下手な必殺技よりもずっと速い。

 だがこのスピードを見て、黒雪姫はあることを確信した。

 勝負はこの1本道の真っ向勝負だ。ここから翼で移動して(くず)してくることはない。

 相手の翼は肩甲骨の開閉運動に(もと)づくものだ。下手に飛行すれば攻撃動作に支障が出るし、逆に攻撃動作に入ればブレーキがかかる。ゆえに、意識すべきは目の前の一直線のみ。

 その予想通り、マエトの背中から翼が消えた。

 そして、黒雪姫が待っていたのはその瞬間だった。

 右腕の剣を限界まで引き絞り、必殺技の構えをとる。マエトが即座に右手を動かし、アイスブルーに輝く剣を抜くが、

 ──この一撃を、剣1本で止められるものか!!

 そんな決然たる意志を込め、裂帛(れっぱく)の気勢と共に技を放つ。

「《デス・バイ・ピアーシング》────ッ!!」

 レベル5必殺技《宣告・貫通による死(デス・バイ・ピアーシング)》は、5メートルの距離を貫く一撃必殺系の長射程技。小細工抜きで正面から突っ込んでくる剣士に、この青紫の光刃を(かわ)す術はない。

 はずだった。

 黒雪姫の右腕が伸び切り、突き技が放たれる直前、マエトの右手が閃いた。青い剣を地面に突き立て、それを足場にして前方斜め前に──《デス・バイ・ピアーシング》の軌道のギリギリ上空へと跳躍したのだ。

「なっ......」

 あり得ない。散々攻撃を喰らったから解る。あの剣は絶対切断属性をもっていない。なのに、不可侵のはずの地面を穿(うが)てるはずが──

 そう思った黒雪姫は、相手が目前に迫っている状況にもかかわらず、反射的に地面に突き立った剣に目を向けてしまった。

 そして見た。マエトの青い剣が突き立っているのではなく、地面に空いた細く縦長の穴にはまっているのを。

 ──あれは......私が最初に空けた穴か!!

 そう。マエトは剣を地面に刺したのではなく、最初の激突で黒雪姫が地面に左足を突き立てて空けた穴に剣をはめたのだ。刀身の形は微妙に違うが、黒雪姫は左足をかなり深く刺した。穴が深ければ、多少形が違っても十分フィットする。

 顔を上げた黒雪姫は、紫色の剣を突き出してくる剣士の姿を見た。

 ──まさか、全て計算ずくだったのか。

 全速力で一直線に突進して翼を消したのも、零距離技や手数と範囲重視の連撃技でなく、長射程のスラスト技を使わせるため。黒雪姫の思考を、一本道に引きずり込むため。

 フェイスマスクの下で、フッと黒雪姫は笑った。まさかレベル9になってもこんな対戦ができる日が来るとは、夢にも思わなかった。

 悔しい。だが楽しい。そして勝ちたい。

 紫色の片刃剣による刺突が、黒雪姫に迫る。同時に黒雪姫もまた、右手の剣をまっすぐに突き出した。

 2本の闇色の剣が、平行に駆ける。

 《黒の王》としてではなく、1人のバーストリンカーとしてのプライドを乗せて、黒雪姫は手を伸ばした。

 白銀のエッジがブラック・ロータスの、漆黒(しっこく)の剣尖がマエトの胸に、同時に触れた。

 その瞬間、マエトのアバターがフワリと消えた。白い光の粒となり、黒雪姫と交錯(こうさく)する。

 突然音もなく消えた謎のバーストリンカーを追いかけるように、黒雪姫は振り返った。

 だが、そこには誰もおらず、何もない────いや。

 ふと何かに気付き、黒雪姫はとある1本の樹に近寄った。その木の(みき)には、鋭い刃物で削られたかのような文字が、いくつも刻まれていた。

『きゅうにやってきてすまんね まー何もわるいことは(たくら)んでないから ご安心を』

 その文章を見て黒雪姫は、マエトが樹の幹を剣でガリガリと引っかいていたことを思い出した。

「......フン。貴様はいったい、どこまで先を読むつもりだ?」

 小さく笑みを()らしながら呟く黒雪姫の視界に、見たことのない【DISCONNECTION】のシステムメッセージが点滅した。

 

 

「ものっ......すごい痛かったんだけど、あのカクゲー」

 大きめの木製ジョッキ片手にぼやくマエトに、キリトは「だろうな、解る」と苦笑混じりに(うなず)いた。

 ブラック・ロータスとの対戦を終えた智也は、回線切断でログアウトするや、比嘉に内部での出来事を説明した。

 もう一度あのゲームに入れたら、今度は対戦ではなく対話をしてみると言って再度ダイブしてみたが、そこは最初に聞かされていたのどかな草原だった。

 当初の予定通りデータを取った後、今度は比嘉たち開発スタッフ陣にダイブしてもらったが、VR酔いするだけで何もなかった。

 急いで──それでもやはり多少遅くなってしまった──帰宅し、お腹が減っただの(さび)しかっただのと言う木綿季(ゆうき)に好きなだけイチャイチャさせた後、ALOの森の家からキリト以外のプレイヤーたちに出て行ってもらって、今に至る。

 マエトから一通りの説明を聞いたキリトは、

「俺のときと同じだな......」

 と呟いた。先週和人が同じバイトをしたときも、謎の飛行型銀色ロボット《シルバー・クロウ》との激闘を終えて再ダイブすると、中は対戦格闘ゲームフィールドではなくテストフィールドの草原になっていて、比嘉たちにログインしてもらっても何もなかった。

「ところで、お前のアバターは何だったんだ?」

 ふと思い出したように訊ねたキリトに、マエトはジョッキを傾けながら自分の体を指差した。

「へぇ......お前の《自己像》はALOでのその姿なのか。俺のアバターはSAOで《黒の剣士》とか言われてたあのアバターだったな......」

 遠い目をしてそう言うキリトだが、マエトも似たような気持ちだった。

 現実での自分ではなく、ゲーム内の自分こそが自分であると思っているというのは、何とも言えない変な気分だ。もっとも、そのお陰であのロボットアバターとまともに戦えたのだが。

「なぁ、お前の相手はどんなだったんだ? 強かったか?」

「両手両足が《触れたものを何でも斬る剣》で出来てる黒いロボットだった」

 そんなマエトの答えに、キリトは思わずドン引きした。自由自在に飛び回り、超スピードの攻撃を繰り出してきたシルバー・クロウも非常に手強かったが、それよりも(はる)かに厄介(やっかい)──と言うより、もはや理不尽だ。旧SAOのフロアボスですら、ガードとパリィくらいはさせてくれた。

「読み合いだけならおれの勝ちって言えるけど、全体通して見たらおれの負けかな。向こうの方が火力高かったから、ラスト一撃がほぼ同時なら、先に死んでたのはおれの方だ」

 相手が近接攻撃特化なら、考え得る必殺技は《零距離(ぜろきょり)攻撃技》、《高速連撃技》、《長射程刺突(スラスト)技》の3パターンだ。

 だからマエトは、わざと一直線に突っ込むことで、相手の攻撃手段を《長射程技》に誘導した。そしてそれは成功し、相手の大技を回避してトドメを──刺す直前で、ブラック・ロータスのカウンターが追い付いてきた。あのまま回線切断しなかったら、マエトが負けていただろう。

 少し悔しそうなマエトの背中を軽く叩き、キリトは言った。

「接近戦でお前をそこまで追い込むなんてな。そいつのこと、もっと詳しく教えてくれよ」

「すごい必殺技がいっぱいだったよ。これは不発だったけど、多分相手に抱き着いて切り刻む零距離技と......すごい手数と範囲の蹴りの連撃技......。あと、《ヴォーパル・ストライク》みたいな射程長いスラスト技があった」

「なんか最初のやつ怖いな......」

「いやいや、連撃技もすごかったよ。何でも斬る剣がガトリングみたいに飛んできてさー、回避も防御もできなくてモロに喰らった」

「痛いじゃすまないだろ、それ......」

 そう言って顔をしかめるキリトに笑いながら、マエトは脳裏に思い起こした。

 鋭く苛烈で、しかし美しかった漆黒(しっこく)(はす)の花を。

(もし機会があったら......次はおれが勝つ)

 

 

「ハルユキ君。キミが先週言っていた、2本の剣を操る黒いバーストリンカーとの対戦だが......あれは学内ローカルネットでの話だな?」

 黒雪姫(クロユキヒメ)の突然の追及に、有田(アリタ)春雪(ハルユキ)は飲んでいたオレンジジュースを吹き出しそうになった。

「なっ、ななななっ、なんで急に、そそそそんなことを......!?」

 (あわ)てふためくハルユキに、黒雪姫は苦笑しつつ言った。

「いや、報告しなかったことを責める気はないよ。私も今日、学内ローカルネットでカラーネームもレベルも解らない奇妙なバーストリンカーと戦ったからな」

「えっ......!? 先輩も、ですか!?」

 驚いて大声を出した上に、白い丸テーブルをガタンと鳴らしてしまい、ハルユキは慌てて周囲を見回した。加速のことは、バーストリンカーだけの秘密だからだ。

 幸い、放課後の学食ラウンジに2人以外の生徒は誰もいない。ふぅーと息を吐きつつ座り直すハルユキに、黒雪姫は自分の予想を口にした。

「恐らくあれは、よそのバーストリンカーの襲撃などではない。何か他の......未知のゲームのプレイヤーが、ブレイン・バーストに迷い込んだのだろう」

 推測の域を出ないが、それでも黒雪姫はそれが真相だとほぼ確信していた。

 Maetoという名前はブレイン・バースト内ではあり得ないものだが、一般的なゲームのプレイヤーネームとして見れば「本名をもじったのだろうな」と予想がつく。

 紫を基調とした外見から、紫のレギオン《オーロラ・オーバル》のメンバーの独断専行も疑ったが、《近接の青》と《遠隔(えんかく)の赤》の中間である紫にしては、飛び道具が簡素な3枚刃ブーメランだけで、主武装が双剣というのは少しおかしい。電撃系の必殺技も使ってこなかった。電撃のようなスピードではあったが。

 何より剣と防具のデザイン、そして背中の翼──虫の(はね)のような半透明翼とツンと(とが)った耳は、ファンタジー系ゲームの妖精(ようせい)型アバターと考えれば納得できる。

 未知のゲームのプレイヤーが、何らかのアクシデントでブレイン・バーストに迷い込み、それにハルユキや黒雪姫が対戦をふっかけた。そう考えれば、全ての辻褄(つじつま)が合う。

「少し前にあった、ローカルネット荒らしみたいな感じですか......?」

「そうだ」

 ハルユキの言った《ローカルネット荒らし》とは、近隣の学校の学内ローカルネットに現れた正体不明のアバターが、VRワールド内にいた生徒のアバターの身ぐるみを()ぐという珍事件の犯人ことだ。

 その正体は、ブレイン・バーストと同系統の、しかし過剰(かじょう)な闘争に満たされたがゆえに廃棄(はいき)された別の加速世界《アクセル・アサルト》の最後のプレイヤー──いや、アサルトリンカーだった。

 アイスコーヒーで口を湿(しめ)らせると、黒雪姫は再び口を開いた。

「私が戦った相手も、2本の剣を自在に操っていたよ。(すさ)まじいスピード型でな......そうだ、やつも翼で空を飛んでいたよ」

 思い出したような付け加えに、ハルユキは飛び上がらんばかりに驚いた。

「えぇ──っ!? そ、そんな! 僕以外の《飛行アビリティ》持ちだなんて、僕のアイデンティティーが!!」

 頭を抱えて絶叫するハルユキに、黒雪姫はマエトなるバーストリンカーの飛行とシルバー・クロウのそれとの違いを説明した。

肩甲骨(けんこうこつ)の動きで翼を制御......。もしかすると、その人がプレイしてるゲームは、過去のタイトルなのかも知れないですね」

 ハルユキの推測に、黒雪姫は同意した。

「かも知れないな。イメージ制御系がインターフェースに組み込まれていない......あるいはまだ開発されていない時代のゲームだとすれば、あの翼の制御法も(うなず)ける」

 2046年ではない、恐らく20年ほど前のフルダイブ技術が生まれて間もない世界から迷い込んだ実力者。その存在に、ハルユキは何か深い感慨(かんがい)のようなものを覚えた。

「そ、それで......そのプレイヤーの空中戦は、どんな感じだったんですか......?」

 完全飛行型デュエルアバター《シルバー・クロウ》の主であるがゆえに興味を()かれたハルユキに、黒雪姫はフッと笑った。

「凄まじかったぞ。単純なスピードならキミの方が上だろうが、精密性と小回り、そしてそれらを活かした全方位からの高速乱撃......。うん、今のキミでは勝てないかも知れないな」

「そ、そんなぁ──っ!!」

 ガックリと項垂(うなだ)れるハルユキを見て、黒雪姫は笑った。

 だが、その内心はそこまで(おだ)やかでもなかった。

 ハルユキは「どんな相手だったか」「その相手はどう戦っていたのか」という質問はしても、「勝ったか負けたか」は訊いてこなかった。

 ハルユキにとって《黒の王》ブラック・ロータスは、親であり師であるという(あこが)れも相まって、絶対的強者という認識なのだろう。

 だが、黒雪姫にしてみれば、あの対戦における勝者は自分ではなくマエトだ。

 思考力で黒雪姫の動きを予測・誘導し、機動力で撹乱(かくらん)する。とてつもない実力者だ。

 あそこまで翻弄(ほんろう)されてしまっては、もはや王などと名乗れはしない。

 紫電(しでん)のごとき速さで飛び回る剣士を脳裏(のうり)に思い描き、黒雪姫は一瞬だけフッと好戦的な笑みを浮かべた。

(次に会うことがあれば、そのときは勝たせてもらうぞ......!)




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