ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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どーも、最近ちょっとした出来事のせいで執筆する気がダダ下がりしてた作者です。更新が遅くなった上に雑な内容になってしまいすみませんでした。
それとは関係ないのですが、前々からちょっと気になっていたこと(原作SAOとの設定のズレ)があったので、第1部の第1, 2話をちょこっとなのか大幅なのか分からないけどリニューアルしました。(2022.04.22)
気が向いたらまた読んでいただけると嬉しいです。どこかで前に読んだ話と新しい話とが繋がったりするかも知れないので、時間があるなら改めて最初から一気読みっていうのもオススメです。


第13話 ありがとう

「んぅ......むにゃ......」

 そんな奇妙な声を()らしながら、木綿季(ゆうき)はベッドの上で上体を起こした。

 基本的に寝起きはいいはずの彼女だが、今日はいつもより眠たそうだった。起床時間はいつもとさほど変わらないのだが、寝た時間が少し遅かった。

 正確に言えば、今日のお出かけ──智也(ともや)と自分、そして和人(かずと)明日奈(あすな)の4人でのダブルデートが楽しみで眠れなかったのだ。

 何より、今日は5月23日。木綿季の16歳の誕生日だ。誰が言い出したのかは忘れたが、ダブルデートはそのお祝い企画のようなものだ。

 眠気でぼんやりする頭をシャキッとさせるために顔でも洗おうと思い、木綿季はベッドを降りた。

 自室を出ると、台所で智也が朝食の用意をしていた。

「おはよー。誕生日おめでとー」

「おはよー。ありがとー」

 お互いに間延びした挨拶(あいさつ)をして、木綿季は洗面所へと向かった。

 蛇口を(ひね)り、出てきた冷たい水を両手で受け止め、顔にバシャバシャとかける──直前で、木綿季はあることに気付いた。

 流れ出る水に向かって伸ばそうとした左手。その薬指に、キラリと光る何かがついていた。はまっていると言った方が正しいか。

「......んー? 何これ......?」

 寝ぼけ(まなこ)で数秒間じっと見つめて、やっと木綿季はその正体に気付いた。

 直後、眠気が跡形もなく消し飛んだ。

「え......ええぇぇぇぇ~~~~~~~ッ!?」

 思いきり絶叫すると、木綿季はダッシュでリビングに戻った。バン! と騒々(そうぞう)しい音を立ててドアを開けると、智也は欠伸(あくび)混じりに(たず)ねてきた。

「えらくでっかい声出してたねー。どしたの? ネズミでもいたー?」

 そんなことを言ってくる少年に、木綿季は自分の左手を突き出し、薬指を()して「コレ!」と言った。

 木綿季の言うコレとは、彼女の左手の薬指にはめられた、小さな指輪のことだった。(あわ)い黄色の天然石が、窓から入ってきた朝日を受けて輝いている。

 だが、木綿季はアクセサリーなど買った覚えはないし、つけた記憶もない。あったとしてもVR世界の中でだけで、現実世界でアクセサリーなど触ったこともろくにない。

 そんな木綿季の指に、いつの間にか指輪がはめられていた。しかも、少なくとも昨晩布団(ふとん)に入ったときには、こんなものはなかった。

 となると、考えられるのは────。

 そんな木綿季の思考を、智也はたった一言で裏付けた。

「誕生日おめでとー」

 いつものイタズラっぽい笑みではなく、のんびりとした優しい笑顔を浮かべると、智也は頭をかきながら苦笑混じりに言った。

「あんま高いやつはさすがに買えなくてさー。せっかくバイト代出たのに、ケチったみたいになっちゃった」

 あははと笑う智也だが、彼も木綿季がアクセサリーに興味がないのは解っていた。

 解っていたが、なぜかは解らないが、プレゼントは指輪にしようと思った。

 ふと、木綿季の口が動いた。だが、ボリュームも小さくやや(うつむ)き気味で言っていたため、聞き取れなかった。

「む? ごめん、なんて?」

 そう訊ねる智也だが、木綿季は言葉で答えずに動いた。《絶剣(ぜっけん)》に負けず劣らずのスピードで飛び出し、智也にタックル──ではなく、思い切り抱き着く。

 突然のことに(おどろ)く智也を、木綿季はそのままソファに押し倒した。そのまま智也の胸の顔を(うず)め、小さな声で言った。

「ありがとう......。とー君、大好き......」

 その言葉にわずかに赤面しつつも、智也も木綿季の細い体に腕を回した。

「おれも大好きだよ。......ユウ、生まれてきてくれてありがとう」

 そう言って、2人は互いを抱きしめた。(あふ)れ出る気持ちを止める(すべ)を、2人は知らなかった。

 そのまま数分ほど抱きしめ合ったのち、2人は外出の準備をするべく動き出した。

 待ち合わせは昼前だが、掃除洗濯(そうじせんたく)等の家事をある程度片付けてから出発する予定のため、早めに動かねばならない。

 自室に引っ込んでパジャマから私服に着替え、小さなショルダーバッグとオフホワイトのキャップを準備していると、木綿季はふとあることが気になった。

「そう言えば......これ、なんて石なんだろ......?」

 自分の指にはめられた指輪を見下ろし、木綿季は呟いた。指輪の上で輝く石は、透明感がある──というより、実際に透明だ。パッと見た印象だと水晶のようだが、色のついた水晶が存在するのか、アクセサリーに(うと)い木綿季は知らない。

 ベッドのヘッドボードの上で充電中の携帯端末を手に取り、ブラウザアプリを起動。検索欄に【水晶 黄色】と入力する。

 表示されたのは、シトリンという宝石だ。黄水晶という和名で呼ばれており、透明(とうめい)かつ鮮やかな黄色が非常に美しい。

 だが、

「うーん......なんか違う......」

 確かに透明で黄色という点は合致(がっち)しているが、この黄色は鮮やかすぎる。木綿季の指輪の石の黄色はもっと淡い。

 検索欄の中身を【宝石 黄色】に変えて再検索。手近なサイトを開き、そこで紹介されている宝石たちと指輪を、1つ1つ見比べていく。

「イエローサファイアは違う......。トパーズも違うし......うーん......」

 首をひねりながら画面をスクロールしていく木綿季。その口から、「あっ!」という声が飛び出した。

「これだぁ!」

 木綿季が見つけたのは、レモンクォーツという石だ。携帯端末の画面に表示された石の透明感のあるイエローは、木綿季の左手で輝くそれと同じ。名前そのまま、レモン色の水晶(クォーツ)だ。

 疑問が解消されてスッキリすると、木綿季はブラウザアプリを閉じようとした。その直前、ある文章が目に飛び込んできた。

『レモンクォーツの石言葉は「前向きなエネルギー」「明るい未来に向かう」です。』

「............」

 何の言葉を発することもできず、木綿季はぱたりとベッドに倒れ込んだ。

 あの少年はいったい、どこまで自分に愛をくれれば気が済むのか。

 自分の心はいったい、どこまであの少年を好きになれば止まれるのか。

 昔は友達としか思っていなかったのに、今のは木綿季には、彼がいないことが有り得なくなってしまっていた。

 

 

「ユウキ、マエトくん! ごめん、お待たせ!」

 そんな声に、木綿季はパッと顔を上げた。待ち合わせ場所に指定した広場に、明日奈と和人が走ってくるのが見えた。

「アスナ、キリト! おはよー!」

 嬉しそうな笑顔で迎えつつ、木綿季は立ち上がった。隣で携帯端末をいじっていた智也もよいしょと腰を上げる。

 手を振る2人の前で立ち止まり、肩を上下させて息を吐くと、明日奈は再び謝罪した。

「ごめんね、キリトくんが寝坊して......」

「いや、課題やってたら寝落ちして......すまん」と、これは和人。

 そんな2人に(ほが)らかに笑うと、木綿季はひらひらと手を振った。

「気にしなくていいよ。キリトもお疲れ様」

 そう言った木綿季の隣で、智也が口を挟んだ。

「そーだよ。ユウだって寝ぐせ(かく)しにキャップ(かぶ)ってるんだから、そんな気にしなくていーよ」

 木綿季の頭からキャップを取り上げてちゃらっとバラした智也に、いくらか(つぶ)れた寝ぐせをぴこぴこ揺らしながら木綿季が抗議した。

「ちょっ、とー君! 帽子(ぼうし)返してよー!」

「えー。だってこれ被ってるとツバでユウの顔見えにくいんだもん」

「............あぅ......」

 たった一言で顔を真っ赤にして撃沈(げきちん)した木綿季に苦笑しつつ、明日奈はカバンから取り出した小さなブラシで彼女の髪を手早くとかした。

 ミディアムショートの黒髪を整えつつ、明日奈は木綿季に言った。

「ユウキ、お誕生日おめでとう」

「おめでとう」と、これは和人。

 明日奈の優しい手つきに身をゆだねながら、木綿季は気持ちよさそうな顔を浮かべて「ありがとー」と言った。

 はい、できたよと言って手を離した明日奈に再度お礼を言った木綿季。そのお腹から、グゥ~っという音が鳴った。

「あ......あはは、お腹空いた......」

 照れたように頭をかく木綿季だが、和人と明日奈が少し遅れたことで今はもう昼食時だ。木綿季だけでなく、3人も空腹を覚えていた。

「じゃあまずはお昼にしましょう。何食べよっか?」

 明日奈の言葉に、木綿季と和人が(うな)った。

「うーん、何がいいかなー」

「こういうのって悩ましいよな......」

 そう言ってうんうん唸る2人に、智也が欠伸混じりで提案した。

「じゃーテキトーに色々言ってくから、それで票取ろー」

 (うなず)いて提案に同意した3人を見て、智也は口を開いた。

「じゃーまず......ラーメン屋の人」

 智也の最初の提案で、木綿季は既に心が揺れていた。

「あー、ラーメン! ラーメンいいなぁ......」

「まだ1つ目だよ......」

 苦笑しつつなだめる明日奈を尻目に、智也は2つ目の提案をした。

「中華料理屋の人」

 それには和人が反応した。

「中華かぁ......そう言えば最近あんまり食べてないな......」

 少しだけ揺れつつも先を(うなが)した和人に頷くと、智也は次の選択肢を出した。

「中華そば屋の人」

「......あれ?」

 何かに気付いた木綿季だが、少年は構わずに続けた。

「家系ラーメン屋の人」

「......ねぇ、マエトくん......」

 同じく何かを察した明日奈が声をかけるが、それも無視した智也の次の言葉で、全員が確信した。

「ラーメン屋の人」

「お前絶対ラーメン食いたいんだろ!!」

 智也の(たくら)みに、和人は思わず全力で突っ込んだ。種類は違えど、先ほどから言ってる飲食店はラーメン屋だけだ。

 しかし和人の突っ込みもきれいに無視して、智也はしれっと続けた。

「中華そば屋の人」

「それも結局ラーメンじゃない!!」

「ラーメン屋の人」と、やはり無視。

「うぅ......ボクもうラーメンのことしか考えられないよ......」

 グゥ~と鳴るお腹を押さえて、木綿季がぼやいた。洗脳はばっちり効いたらしい。

 そして、ラーメンの口になった──いや、させられたのは木綿季だけではなく、

「はぁ......解ったわよ」

「あぁ、ラーメンにするか......」

 年上カップル2人も呆れ顔で同意したところで、智也が「わーい」と小さく喜んだ。

 近くのラーメン屋に向けてぞろぞろと移動している最中、明日奈は木綿季に訊ねた。

「ねぇユウキ。その指輪って、マエトくんから?」

 明日奈の問いに、木綿季は「うん!」と頷いた。

 左手を持ち上げ、薬指にはめられた指輪を見つめて言う。

「ボクが寝てる間に、サプライズでこっそりはめてくれたみたい」

 そう言う木綿季の幸せそうに(ゆる)んだ顔を見て、明日奈は微笑んだ。

 自分や女子メンバーたちとお茶しているときや、キリトやマエトとデュエルをしているときも幸せそうに笑っている彼女だが、朱色に染まった(ほほ)を緩めているのは、智也から何かイイコト(・・・・)をされたときだけだ。

 木綿季がこうなる最後の一押しをした身としても、木綿季の親友としても、彼女の笑顔を見れて明日奈は幸せだった。

 その後、ラーメン屋で昼食をとった4人は、思い思いにショッピングを楽しむことにした。

 女子2人が洋服や雑貨を物色したり、和人がPCパーツを漁ったりといった個人的な買い物にも、全員で付き合った。そうすることで、友人のことをもっと知りたいと、木綿季が望んだのだ。

「うひゃあ、こんなにいっぱい部品あるの!? パソコン作るのって大変なんだねぇ......」

「馴染みがないうちはそうかもだけど、慣れると簡単だぞ。当たり前だけど、自作した方が自分の要求をヒャクパー満たせるし、俺は買うより組む派だな」

 しみじみとコメントする木綿季に和人が玄人(くろうと)語りしたり、

「ふむ......女性限定商品? なんでわざわざ自分から売り上げを削るよーな真似を......? このクレープ屋の店長は破滅主義者なのか?」

「そ、それは違うと思うけど......。気になるなら、私とユウキで買ってきてあげようか? マエトくんとキリトくんのぶんも」

 クレープ屋の広告に食いつく智也に明日奈が苦笑したりと──気が付けばもう午後5時前になっていた。楽しい時間は、あっという間に過ぎて行ってしまうものだ。

 少し名残惜しく感じている木綿季に、明日奈がポンと手を叩いて言った。

「じゃあ最後に、エギルさんのお店行こっか」

「そうだな。コーヒーでも飲んで、少しのんびりしてから帰るか」

 和人もそう言って同意する。

 早く帰らなくていいのか。そう思って振り向いた木綿季に、智也はのんびりと笑った。

「今日くらいはいーよ。おれらも行こー」

 そう言って智也が差し出してきた手を、木綿季はしっかりと握った。

「うん!」

 

 

 台東区御徒町(おかちまち)にあるダイシー・カフェまで、4人は電車と徒歩を使って移動した。ごみごみとした裏通りを進むと、すすけた木造の壁が見えてきた。

 サイコロの(かざ)りがついたドアの前に立つと、智也は木綿季と手を(つな)いだままドアを開け──直後、木綿季の手をグイっと引いた。

「わぁっ!?」

 突然のことに驚きの声を上げ、よろけながら店内に入った木綿季を、智也が素早く支える。

 そのとき、いくつもの破裂音と声がほぼ同時に響いた。

「「ユウキ、誕生日おめでとーう!!」」

 顔を上げた木綿季の目に、色とりどりの紙吹雪と友人たちの顔が見えた。どうやら木綿季が店内に入ると同時に、クラッカーを鳴らしたらしい。

「あ......えと......?」

 驚いて上手く言葉が出てこない木綿季の背中を、女子高生らしからぬ豪快な笑い方をしながら里香(りか)がバンバン叩いた。

「いやー、サプライズ大成功みたいね!」

「だな、上手く行って良かったよ」

「うん。あー、ほっとしたー」

 和人と明日奈もそう言って、胸を()で下ろす。少し離れたところでは、智也が他の友人たちに何やらお礼を言っていた。

「協力してもらってすまんね、どーもありがとー」

 その言葉に、直葉(すぐは)があははと笑った。

「あたしたちも楽しいし、むしろこういうのはやらせてよ」

「そうですよ。マエトさん、そもそも頼み事とかほとんどしないじゃないですか。水臭いですよ」

 そんな珪子(けいこ)の言葉からして、どうやらこのサプライズの首謀者は智也らしい。

 店主は詩乃(しの)や直葉たちに手伝ってもらいながら今もまだ料理を準備しており、いつも間にか明日奈もそれを手伝っている。

「おいクライン! 1人だけ()んでんじゃねぇ、お前も手伝え!」

 忙しくスペアリブを焼きながら怒鳴る店主に、遼太郎(りょうたろう)が傾けていたグラスを口から離して言い返した。

「オレに厨房(ちゅうぼう)に出張れってか!? 旦那(だんな)、オレが家事手伝いなんてろくにできねぇの知ってんだろォ!?」

 そんな声と共にキッチンから(ただ)ってきた香りに、木綿季のお腹が数時間ぶりに鳴った。

 アンドリューがスペアリブの大皿をテーブルに置き、それに続いて明日奈と智也が一緒に別の大皿を運んできた。

 木綿季の席の前に置かれた皿の上には、大きなケーキが鎮座(ちんざ)していた。

「キリトくん、お料理の方は準備できたよ!」

 明日奈の言葉に、いつからかノートPCと向き合っていた和人が応じた。

「こっちも準備できた!」

 そのとき、鈴の音のような声が店内に響いた。

『ユウキさん、お誕生日おめでとうございます!』

「ユイちゃん!」

 嬉しそうな声を上げて木綿季が見上げた先には、半球形のレンズ可動式カメラが設置されていた。かつて木綿季がメディキュボイド経由で接続していた、和人作《視聴覚双方向通信プローブ》だ。

「ユウー、こっちこっちー」

 智也に手招きされ、とてとてと彼の隣へと移動した木綿季の前で、ケーキのロウソクに──それくらいはやれと言われた遼太郎の手で──火が灯された。並行して、ノンアルコールと本物のシャンペンが入ったグラスがそれぞれの元へと行き渡る。

 照明が落とされ、オレンジ色の光が明るく輝く店内を、智也の「せーのっ」という声に続いて、10人の歌声が満たした。

「「ハッピーバースデートゥーユー。ハッピーバースデートゥーユー。ハッピーバースデーディアユウキー。ハッピーバースデートゥーユー......おめでとーう(ございまーす)!!」」

 友人たちの合唱で、木綿季の胸はもう既にいっぱいになっていた。

 家族以外の人たちに、こうして盛大に誕生日を祝ってもらえたことなど、入院して以降はそうそうなかった。まして左に親友が、右に恋人がいる今は、これまでの誕生日で一番幸せだ。

 勢いよくロウソクの火を吹き消すと、木綿季は友人たちに心からの感謝を口にした。

「みんな、本当にありがとう!!」

 1時間以上かけてケーキ以外の料理があらかた片付くと、アスナがケーキを切り分けた。皿に載せてもらったフルーツケーキを食べようとフォークを手に取った木綿季に、ふと里香が訊ねた。

「ところでユウキ、その指輪って......」

 昼間に明日奈にも同じことを訊かれたので、木綿季は何の気なしに答えた。

「うん。とー君がプレゼントしてくれたの!」

 そう答えた木綿季の顔を見たのか、近くのプローブからユイの声が聞こえた。

『ユウキさん、すごく幸せそうです!』

「うん、すっごく幸せ! 一生の宝物!」

 左手に右手を重ねるようにして指輪に触れた木綿季。その隣から、不意に「うーん」という(うな)り声がした。

 声のした方を振り向くと、智也が困ったような顔で腕組みをしていた。

「マエトくん、どうしたの?」

 心配そうに訊ねた明日奈に、智也は「いやねー」と前置きしてこう言った。

「誕生日プレゼントが一生の宝物になるなら、死ぬ頃には家ん中に一生の宝物が5~60個くらい転がってることになると思ってさー」

 特に深い考えがあったわけではないらしく、ただ思ったことを言っただけなのだろうが、

「い、いや、マエトお前......」

「ほ?」

 何とも言えない視線を集中砲火された智也に、和人と里香が呆れたように言葉を投げた。

「あんた、それもうほとんどプロポーズじゃない......」

「......え?」

 間の抜けた声を漏らした智也が隣を見ると、木綿季の顔は今まで見たことがないレベルで真っ赤になっていた。

「まぁでも、そこに指輪はめてる時点で、プロポーズしてるみたいなものよね」

 ふとそう言った詩乃に、その場にいるほとんどの人が頷いた。だが、

「え? どゆこと?」

 張本人である木綿季と智也だけが、きょとんとした顔をしていた。どうやら2人(そろ)って知らないらしい。

「......まさか、意味知らずにそこに指輪はめてるの?」

 そう訊ねた詩乃の目から放たれる「バカなの?」という無言の問いに頭をかきつつ、智也は木綿季の隣に座る年上の少女を見やった。

「いやー、アスナさんがそこに指輪つけてるから、てっきりそーゆーもんだと」

「あー......悪いお手本のせいか......」

 という里香のコメントに、明日奈と和人が慌てて反駁(はんばく)した。

「わ、悪いお手本って何よ!」

「べ、別にいいだろ!?」

 そんな年上カップルを尻目に、智也は携帯端末のブラウザアプリを立ち上げた。【指輪 つける場所 意味】と入力し検索。隣から「ボクにも見せて」と身を乗り出してきた木綿季にも画面を向け、一緒に適当なサイトを(のぞ)く。

『婚約指輪や結婚指輪を左手の薬指につける』

 そんな文章が見えた瞬間、またしても木綿季の顔は真っ赤になった。

『ユウキさん、大丈夫ですか!? お顔が真っ赤です、体温が急激に上昇しているのでは......!?』

「うぇっ!? い、いや! 全然大丈夫だよ!」

 本気で心配そうなユイの声に木綿季は慌てて手を振り、周りの全員はその様子に思わず笑った。

 

 

「はぁー、楽しかった!!」

 数時間後、自宅に帰った木綿季は大きく伸びをして言った。

「うーむ、しかし指輪の場所に意味があったとは......知らんかった」

 後ろでそうぼやく智也に、あははと笑いながら同意する。

 智也の無自覚99%プロポーズを思い出しながら、木綿季は「えへ、えへへ......」と頬を緩めた。どうも今日は口角が上がりっぱなしだ。それほどに幸せなので無理もないが。

 そのとき、智也が木綿季に声をかけた。

「ねぇ、ユウ」

「ん? なーに?」

 木綿季が振り向くと、

「みんなの前では、ちょっと考えなしに言っちゃったから、改めて言うけど......」

 そう前置きし、智也ははにかむような笑顔で訊ねた。

「ずっと、一緒にいてくれる?」

「喜んで!!」

 即答するや否や、木綿季は智也に勢いよく飛び付いた。今朝、指輪をプレゼントされたとき同様、ぎゅっと抱きしめる。

「ありがとう、とー君......最高のプレゼントだよ」

「指輪が?」

「んーん。指輪もだけど、それだけじゃなくて......」

 少年の方に埋めていた顔を上げ、至近距離から相手の目を見つめて、

「ボクと未来を約束してくれた......それが一番のプレゼントだよ。ありがとう」

 そう言い、木綿季は目を閉じた。そっと唇を差し出すと、すぐに柔らかい感触が来る。

 幼い頃からずっと、仲のいい2人ではあった。

 だがこれからは、幼い頃よりずっと深い仲であろうと。いつまでも一緒にいようと、長いキスの中で2人はそう(ちか)った。

 その後、寝る準備を終えて消灯しようとした智也に、木綿季はあるおねだりをした。

「ねぇ、今日はとー君と一緒に寝たいな」

 そう言ってイタズラっぽく笑う木綿季の頭を撫でると、智也は「うん、いーよ」と答えた。

「やった! ほら、こっちこっち」

 もう寝るというのにまだ元気そうに腕を引っ張って、木綿季は智也を自分の寝室に入れた。以前智也の寝室で寝たお返しのつもりなのか何なのか。

「ほらほら、ここに寝て」

 ベッドに横たわると、木綿季は自分の隣のスペースをポンポンと叩いた。16歳になっても、この無邪気さは昔と変わっていない。いつか変わるのだとしても、まだ変わらないでほしいと智也は願った。

 家中の電気を消してから、木綿季の隣に寝転がる。最初は真っ暗だったが、しばらくすると、暗さに慣れた目に木綿季の顔が映った。彼女も智也の方をじっと見ており、

「あ、とー君の顔見えた」

 と嬉しそうに笑う。視線はそのままに、手探りでお互いの手を見つけ、指を絡める。触れ合った手から伝わる(ぬく)もりを感じ、

「とー君、おやすみ」

「うん。おやすみ、ユウ」

 そう言ってもう一度軽くキスすると、2人は目を閉じた。

 今日はいつもより、いい夢が見られそうだった。




次回 マエトの想い・2
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