ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア 作:Maeto/マイナス人間
「お泊り会?」
聞き返した
木綿季の誕生日から数日が経った5月末のある日、
「金曜日の授業終わったら1回家に帰って、荷物持って帰還者学校の前に集まってから、みんなでアスナん家に行くの!」
「なるほどね。了解、いっぱい楽しんできなよ」
「うん! ありがとう!」
金曜日の授業が終わり帰宅するや着替えた木綿季は、前もってまとめておいた荷物を持った。学校で待たせている明日奈と早く合流したいのか、純粋に楽しみなのか、いや両方か。
「じゃあ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい。気を付けてねー」
智也がのんびりと手を振って見送ると、木綿季は玄関ドアを開けて外に──出なかった。ドアを開けた体勢のまま固まる。
「......?」
首を
「充電完了! これで一晩離れてても
そう言った木綿季に、智也はニヤリと笑った。
「へー? 足りたの?」
その一言で目をパチパチさせると、木綿季は「う......」と声を
これで寂しくないと
「も、もうちょっとだけ......」
少し恥ずかしそうに
木綿季の後頭部に手を添えて引き寄せると、自分の
「んんっ!? ん、んぅ......」
時間にすればほんの数秒。先ほど抱きしめた時間の方が長かっただろうが、それでも木綿季は、自分の心が十ニ分に満たされたように感じられた。
唇と体をゆっくりと離すと、智也は木綿季の頭を優しく
「ん、行っといで。帰ってきたらまたしてあげる」
「ほんと!? 約束だよ、帰ってきたらいっぱいちゅーするからね!」
満面の笑みを浮かべると、木綿季は軽い足取りで家を出た。
「行ってきまーす!!」
「ほーい、行ってらっしゃーい」
ひらひらと手を振って見送ると、智也は軽く息を吐いた。
「本当はおれがしたいだけだったりして......なんて」
そう
着信ボタンを押して、端末を耳に当てる。
「もしもしー?」
『よう、マエト。お前も今日、晩メシ1人だろ?』
その言葉に一瞬だけ首を傾げるが、すぐに納得した。お泊り会の参加者の中に、和人の妹である直葉もいたはずだ。つまりは和人も智也と同じで、今夜は1人きりなのだ。
『さっきクラインから電話あってさ、ボーナス入ったから男4人で焼き肉行こうってさ。クラインとエギルの
「ふむ、ぜひ行かせてもらいます」
『決まりだ! じゃあエギルの店に来てくれ。あとはお前が来ればすぐに行けるからさ』
「了解。......なんかクラインさんのすごい元気な声が聞こえたんだけど」
『あぁ、今エギルとじゃんけんして勝ったんだよ。勝った方が酒呑んで、負けた方が帰りに運転するってルールで』
「あー......」
「ほらよ、マエト。ハラミ焼けたぜ」
熱された
「どーもどーも」
皿にのせられた肉は、まだじゅわじゅわと音をたてている。それを青々としたサンチュで包むと、智也は口の中に放り込んだ。パリパリと心地よい食感の葉のみずみずしさと、
幸せそうな顔で肉のせ野菜を味わっている智也を見て、和人と
「......マエト、俺にもサンチュ1枚くれないか?」
「オレにもくれぇ!」
金曜日の夜だけあって、焼き肉店の中はかなり
「エギルさんもサンチュ食う?」
「おっ、すまねぇな。ありがとよ」
チョコレート色の太い腕を伸ばして緑葉を取り上げると、アンドリューも焼き立ての肉を巻いて食べた。
本来なら牛タンに使うのであろうレモンを
「......? どうした、マエト?」
和人が
「いやー、こーゆーさ......男友達だけでの食事って、久々だったからさ」
その答えに、和人とアンドリューはハッとした。
智也が最後に《男友達だけでの食事》をしたのは、旧アインクラッドでのベルフェゴールとのそれが最後だ。恐らくだが、そのときのことを思い出したのだろう。
だが、その場で唯一アルコールで
「なぁんだよぉ! いつもユウキと一緒に飯食ってるから、女っ気ないむさ苦しいのは嫌だってか!? こん中で1人だけ女がいないオレへの嫌味かよぉ!!」
真っ赤になった顔でそう
「誰もンなこと言ってねぇだろ......悪酔いしてんじゃねぇよ」
隣に座るアンドリューが、呆れ顔でスパンと頭を
「んだよぉ.......冗談だってのに......」
「冗談に聞こえなかったぞ」
ジンジャーエールのグラス片手にそう言った和人の隣で、智也は携帯端末の時間表示を見やった。
(あっちも晩メシ食ってる頃かな......)
そんなことを考えながら卵スープを飲んでいると、はす向かいに座る遼太郎がビールの泡が付いたままの口を開いた。
「そう言やぁオメェよぉ、なんでユウキのこと好きになったんだぁー?」
いかにも酔ってますといった様子の遼太郎の問いに、智也は少し考えた。というより迷った。
きっかけらしいきっかけが思い当たらなかったからだ。
うーんと
「自分でもよう
この人のように......他人に手を差し伸べて、助けてあげられるようになりたい。そんな
そんな説明を聞き、3人は「へぇ~」と声を漏らした。
普段はどこか抜けていながらも、時には冷たい寂しさを
少し長く話して
そのとき、智也の携帯端末が鳴った。電話を着信したらしい。
画面に表示された名前は【
彼女が智也に電話をかけてきたことなどなかった。少し驚きつつ、智也は受信ボタンを押した。
「もしもしー?」
『ねぇマエト。あんた、ユウキのどこが好き?』
「え? 全部」
『言うと思った。そんじゃーねー』
そんな会話があり、わずか10秒で通話は終わった。
「......切れた」
プーップーッと音を出す端末を見下ろし呟く智也に、和人が「なんだったんだ......?」とぼやくように
「なんかユウのどこが好きかって訊かれて、全部って答えたら終わった」
パーカーのポケットに携帯端末を戻しながら言うと、和人は苦笑いした。
「女子はお泊り会だったか。あっちでも同じ話してるんじゃねぇか?」
カルビの焼き加減を確認しながらそう言うアンドリューに、智也が「かもねー」と同意した。
お泊り会の参加メンバーで恋バナをするとなると、どうしたって木綿季が的になるだろう。
なにせメンバー6人のうち5人が同じ人が好きで、唯一木綿季だけが違うのだ。
『あんた、マエトのどーゆーとこが好きなのよ?』
そんなふうに里香たち4人に詰め寄られ、真っ赤な顔で明日奈に助けを求める木綿季の姿が目に浮かぶ。
どうやら和人も同じ想像をしていたらしく、
「ユウキも全部って答えるんじゃないか?」
そう言われ、智也はあははと笑って答えた。
「そーだといーなー」
アンドリューの運転で帰宅した智也は、家に入って「ただいまー」と言った。だが当然、返事はない。
「......」
胸に込み上げてきた寂しさに、智也はため息を吐いた。
脳裏には、焼き肉屋での和人らとの会話が浮かんでいた。
木綿季への恋心は、憧れの形が変わったもの。それで間違いない。
ただ、和人たちには話さなかったが、形が変わってからも、彼女のようになりたいという憧れ自体はまだあった。
その憧れに従って、智也は木綿季や
「その成れの果てが、まさか人斬りのヨゴレとはねー......」
わざと声に出してみるが、胸の奥の
その疼きを生んでいるのは、もう1つ引っかかることがあるからだ。
『ユウキも全部って答えるんじゃないか?』
そんな和人の言葉を思い出す。
木綿季なら、きっと全部と答えるだろうと智也は思っている。
だがそれは、彼女が知っている智也の全部が、本当の意味での全部ではないからだ。
木綿季は知らない。旧アインクラッドを血に染め上げた、あの頃の
あれが自分なのだ。あれも自分なのだ。
新生アインクラッド第30層ボス戦で狂ったマエトを見て、ユウキは泣いた。こんなのは嫌だと叫んでいた。
どこが好きかと訊かれたら全部好きと答えるだろうが、そんな彼女の本心がどうかまでは、智也にも解らない。
今後もし木綿季が旧アインクラッドでの自分の全てを知ったら、彼女の中で何かが多少なりとも変わってしまうのではないか。そんな予感が、胸の内に溢れた。
再び、今度は長くため息を吐くと、智也は自分の右手を見下ろした。
血で赤く染まっているように見えたのは、久々だった。
「......ユウ、早く帰ってこないかなー......」
次回 ユウキの気持ち・2