ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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今回は短め......でもないな、今までが長かったんだ、うん。


第14話 マエトの想い・2

「お泊り会?」

 聞き返した智也(ともや)に、木綿季(ゆうき)は「うん!」と満面の笑みで(うなず)いた。

 木綿季の誕生日から数日が経った5月末のある日、明日奈(あすな)、木綿季、直葉(すぐは)詩乃(しの)里香(りか)珪子(けいこ)の6人で、明日奈の家でお泊り会をしようという話になったのだ。言ってみれば女子会のようなものだ。

「金曜日の授業終わったら1回家に帰って、荷物持って帰還者学校の前に集まってから、みんなでアスナん家に行くの!」

「なるほどね。了解、いっぱい楽しんできなよ」

「うん! ありがとう!」

 

 

 金曜日の授業が終わり帰宅するや着替えた木綿季は、前もってまとめておいた荷物を持った。学校で待たせている明日奈と早く合流したいのか、純粋に楽しみなのか、いや両方か。

「じゃあ、行ってきまーす!」

「行ってらっしゃーい。気を付けてねー」

 智也がのんびりと手を振って見送ると、木綿季は玄関ドアを開けて外に──出なかった。ドアを開けた体勢のまま固まる。

「......?」

 首を(かし)げる智也を振り返ると、木綿季は荷物を置いて彼に飛び付いた。10秒ほどぎゅーっと抱きしめると、

「充電完了! これで一晩離れてても(さび)しくない!」

 そう言った木綿季に、智也はニヤリと笑った。

「へー? 足りたの?」

 その一言で目をパチパチさせると、木綿季は「う......」と声を()らした。

 これで寂しくないと豪語(ごうご)したものの、そうやって(あお)られるとなんだか足りないような気がしてくる。

「も、もうちょっとだけ......」

 少し恥ずかしそうに(ほほ)を赤くして、もう一度抱きしめようとする木綿季だが、それより先に智也が動いた。

 木綿季の後頭部に手を添えて引き寄せると、自分の(くちびる)で彼女の唇を(ふさ)いだ。

「んんっ!? ん、んぅ......」

 驚愕(きょうがく)で体を強張(こわば)らせる木綿季だが、すぐに智也の体に腕を回した。

 時間にすればほんの数秒。先ほど抱きしめた時間の方が長かっただろうが、それでも木綿季は、自分の心が十ニ分に満たされたように感じられた。

 唇と体をゆっくりと離すと、智也は木綿季の頭を優しく()でた。

「ん、行っといで。帰ってきたらまたしてあげる」

「ほんと!? 約束だよ、帰ってきたらいっぱいちゅーするからね!」

 満面の笑みを浮かべると、木綿季は軽い足取りで家を出た。

「行ってきまーす!!」

「ほーい、行ってらっしゃーい」

 ひらひらと手を振って見送ると、智也は軽く息を吐いた。

「本当はおれがしたいだけだったりして......なんて」

 そう(ひと)()ちる智也。そのとき、パーカーのポケットの中から携帯端末の着信音が鳴った。取り出して画面を見ると、【桐ヶ谷(きりがや) 和人(かずと)】と表示されていた。

 着信ボタンを押して、端末を耳に当てる。

「もしもしー?」

『よう、マエト。お前も今日、晩メシ1人だろ?』

 その言葉に一瞬だけ首を傾げるが、すぐに納得した。お泊り会の参加者の中に、和人の妹である直葉もいたはずだ。つまりは和人も智也と同じで、今夜は1人きりなのだ。

『さっきクラインから電話あってさ、ボーナス入ったから男4人で焼き肉行こうってさ。クラインとエギルの(おご)りで』

「ふむ、ぜひ行かせてもらいます」

『決まりだ! じゃあエギルの店に来てくれ。あとはお前が来ればすぐに行けるからさ』

「了解。......なんかクラインさんのすごい元気な声が聞こえたんだけど」

『あぁ、今エギルとじゃんけんして勝ったんだよ。勝った方が酒呑んで、負けた方が帰りに運転するってルールで』

「あー......」

 

 

「ほらよ、マエト。ハラミ焼けたぜ」

 熱された(あみ)の上でじゅうじゅうと音をたてる肉をトングで持ち上げ、ずいっと差し出してきたスキンヘッドの巨漢に、智也もまた皿を差し出した。

「どーもどーも」

 皿にのせられた肉は、まだじゅわじゅわと音をたてている。それを青々としたサンチュで包むと、智也は口の中に放り込んだ。パリパリと心地よい食感の葉のみずみずしさと、(あふ)()る熱い肉汁を堪能(たんのう)し、もぎゅもぎゅと咀嚼(そしゃく)する。

 幸せそうな顔で肉のせ野菜を味わっている智也を見て、和人と遼太郎(りょうたろう)はゴクリと生唾(なまつば)を飲み込んだ。

「......マエト、俺にもサンチュ1枚くれないか?」

「オレにもくれぇ!」

 (ほほ)(ふく)らませたまま(うなず)くと、智也は「ん」と皿を突き出した。

 金曜日の夜だけあって、焼き肉店の中はかなり(にぎ)わっていた。和人と智也の電話の後、アンドリューがすぐに予約してくれたらしいが、でなければ席は全て埋まっていただろう。

「エギルさんもサンチュ食う?」

「おっ、すまねぇな。ありがとよ」

 チョコレート色の太い腕を伸ばして緑葉を取り上げると、アンドリューも焼き立ての肉を巻いて食べた。

 本来なら牛タンに使うのであろうレモンを(しぼ)ったコーラを(あお)り、智也はフッと笑った。

「......? どうした、マエト?」

 和人が怪訝(けげん)そうな表情を浮かべて言った。智也の笑顔の中に、わずかながら(さび)しさのようなものが見えたからだ。

「いやー、こーゆーさ......男友達だけでの食事って、久々だったからさ」

 その答えに、和人とアンドリューはハッとした。

 智也が最後に《男友達だけでの食事》をしたのは、旧アインクラッドでのベルフェゴールとのそれが最後だ。恐らくだが、そのときのことを思い出したのだろう。

 だが、その場で唯一アルコールで()いが回っている遼太郎(りょうたろう)だけは、何やら間違った解釈をしたらしく、

「なぁんだよぉ! いつもユウキと一緒に飯食ってるから、女っ気ないむさ苦しいのは嫌だってか!? こん中で1人だけ女がいないオレへの嫌味かよぉ!!」

 真っ赤になった顔でそう(わめ)き出した。どうやら悪酔いしたらしい。

「誰もンなこと言ってねぇだろ......悪酔いしてんじゃねぇよ」

 隣に座るアンドリューが、呆れ顔でスパンと頭を(はた)く。「()って」とぼやくと、遼太郎は子供のように唇を(とが)らせた。

「んだよぉ.......冗談だってのに......」

「冗談に聞こえなかったぞ」

 ジンジャーエールのグラス片手にそう言った和人の隣で、智也は携帯端末の時間表示を見やった。

(あっちも晩メシ食ってる頃かな......)

 そんなことを考えながら卵スープを飲んでいると、はす向かいに座る遼太郎がビールの泡が付いたままの口を開いた。

「そう言やぁオメェよぉ、なんでユウキのこと好きになったんだぁー?」

 いかにも酔ってますといった様子の遼太郎の問いに、智也は少し考えた。というより迷った。

 きっかけらしいきっかけが思い当たらなかったからだ。

 うーんと(うな)ると、智也は言いながら自分で確認するようにして答え出した。

「自分でもよう(わか)らんけど......ただ最初は、別に好きだったってわけじゃないと思う」

 木綿季(ゆうき)と出会って、木綿季と一緒にいたことで智也は変われた。木綿季が智也を変えてくれた。

 この人のように......他人に手を差し伸べて、助けてあげられるようになりたい。そんな(あこが)れが、(おさな)い智也の中にはあった。そんな憧れの形が、彼女の笑顔をそばで見続けたことで、少しずつ変わっていき、自覚しないうちに好きという感情へと発展したのだろう。

 そんな説明を聞き、3人は「へぇ~」と声を漏らした。

 普段はどこか抜けていながらも、時には冷たい寂しさを(ただよ)わせ、しかし剣を抜けば誰であろうと容赦(ようしゃ)なく()()せる。そんな智也(マエト)を見てきた彼らだが、こうして話を聞いていると、やはりこの少年もただの子供なのだと実感する。

 少し長く話して(かわ)いた(のど)をレモン入りコーラで(うるお)した智也だが、一瞬その顔に自嘲(じちょう)のようなものが浮かんだのに、和人たちは気付かなかった。

 そのとき、智也の携帯端末が鳴った。電話を着信したらしい。

 画面に表示された名前は【篠崎(しのざき) 里香(りか)】。

 彼女が智也に電話をかけてきたことなどなかった。少し驚きつつ、智也は受信ボタンを押した。

「もしもしー?」

『ねぇマエト。あんた、ユウキのどこが好き?』

「え? 全部」

『言うと思った。そんじゃーねー』

 そんな会話があり、わずか10秒で通話は終わった。

「......切れた」

 プーップーッと音を出す端末を見下ろし呟く智也に、和人が「なんだったんだ......?」とぼやくように(たず)ねた。

「なんかユウのどこが好きかって訊かれて、全部って答えたら終わった」

 パーカーのポケットに携帯端末を戻しながら言うと、和人は苦笑いした。

「女子はお泊り会だったか。あっちでも同じ話してるんじゃねぇか?」

 カルビの焼き加減を確認しながらそう言うアンドリューに、智也が「かもねー」と同意した。

 お泊り会の参加メンバーで恋バナをするとなると、どうしたって木綿季が的になるだろう。

 なにせメンバー6人のうち5人が同じ人が好きで、唯一木綿季だけが違うのだ。

『あんた、マエトのどーゆーとこが好きなのよ?』

 そんなふうに里香たち4人に詰め寄られ、真っ赤な顔で明日奈に助けを求める木綿季の姿が目に浮かぶ。

 どうやら和人も同じ想像をしていたらしく、

「ユウキも全部って答えるんじゃないか?」

 そう言われ、智也はあははと笑って答えた。

「そーだといーなー」

 

 

 アンドリューの運転で帰宅した智也は、家に入って「ただいまー」と言った。だが当然、返事はない。

「......」

 胸に込み上げてきた寂しさに、智也はため息を吐いた。

 脳裏には、焼き肉屋での和人らとの会話が浮かんでいた。

 木綿季への恋心は、憧れの形が変わったもの。それで間違いない。

 ただ、和人たちには話さなかったが、形が変わってからも、彼女のようになりたいという憧れ自体はまだあった。

 その憧れに従って、智也は木綿季や藍子(あいこ)のために行動を起こした。憧れに従って、寒さに震える少年に温かい飲み物を差し出し、一緒に冒険した。

「その成れの果てが、まさか人斬りのヨゴレとはねー......」

 わざと声に出してみるが、胸の奥の(うず)きのようなものは消えない。

 その疼きを生んでいるのは、もう1つ引っかかることがあるからだ。

『ユウキも全部って答えるんじゃないか?』

 そんな和人の言葉を思い出す。

 木綿季なら、きっと全部と答えるだろうと智也は思っている。自惚(うぬぼ)れなどでなく、彼女がそういう子だとよく知っているからだ。

 だがそれは、彼女が知っている智也の全部が、本当の意味での全部ではないからだ。

 木綿季は知らない。旧アインクラッドを血に染め上げた、あの頃の智也(マエト)の全てを。

 あれが自分なのだ。あれも自分なのだ。

 新生アインクラッド第30層ボス戦で狂ったマエトを見て、ユウキは泣いた。こんなのは嫌だと叫んでいた。

 どこが好きかと訊かれたら全部好きと答えるだろうが、そんな彼女の本心がどうかまでは、智也にも解らない。

 今後もし木綿季が旧アインクラッドでの自分の全てを知ったら、彼女の中で何かが多少なりとも変わってしまうのではないか。そんな予感が、胸の内に溢れた。

 再び、今度は長くため息を吐くと、智也は自分の右手を見下ろした。

 血で赤く染まっているように見えたのは、久々だった。

「......ユウ、早く帰ってこないかなー......」




次回 ユウキの気持ち・2
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