ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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この話の途中で察する人もいると思います。
そうです、そうなんです。これ以上は言いませんけどそうなんです。


第16話 疑似体験

 木綿季(ゆうき)たちが明日奈(あすな)の自宅でお泊り会をした日から、数週間が経過した。

 6月も下旬に入ったことで、季節はすっかり梅雨になっていた。

「うーん......今日も雨だねー」

 窓の外を見てため息を吐いた木綿季の後ろの方から、智也(ともや)の気の抜けた声が飛んできた。

「あめきらい......だるい......」

 振り向いてみると、智也はソファの上でぺちゃっと倒れていた。

 昔から彼は雨が嫌いだった。藍子(あいこ)が雨のどこが嫌いなのかを訊いてみたことがあったらしいが、

(しずく)が当たって()れるのと、濡れた服が肌に貼り付くのと、空気がじめっとしてるのと、いちいち傘を持って歩かないといけないのが嫌い。面倒臭い。あとなんかだるい』

 そんな答えが返ってきたという。

 そして今、連日の雨──正確にはそんな中での通学や買い出しによって、智也はぐったりしていた。そのため最近では、炊事以外の家事は木綿季がすることが少し増えた。

「......GGO行ってくる......」

 そう言って智也は自室に引っ込んだ。VRでなら梅雨でも晴れていることも多いため、逃げ場としては確かに有用だ。

「解った。じゃあ洗濯物干したらボクも行くねー」

「んー......ありがとー......」

 そんな声の数秒後、「リンク・スタート......」というやる気のない声が聞こえてきた。

 お泊り会のあと、帰路に就いた木綿季に詩乃(しの)が話しかけたのがそもそものきっかけだった。

『夜中にアスナと話してるの、実は聞いちゃってたんだ』

 そう言われ驚く木綿季に、詩乃はとある提案をした。

『もし良かったら、GGOにコンバートしてみない?』

 シノンのホームである銃と鋼鉄のVRMMO《ガンゲイル・オンライン(G G O)》は、普段ユウキたちが遊んでいる剣と魔法のVRMMO《アルヴヘイム・オンライン(A L O)》と違い、非常にハードなタイトルだ。何せフィールドならどこであってもPK(プレイヤーキル)が可能なのだ。

 楽しく生活するのではなく、ただひたすらに《戦って殺して奪う》ことを目的として先鋭化している。

 その世界でなら、かつてマエトがいた旧アインクラッドと同じような環境を体感できる。

 言わば、旧アインクラッドの疑似体験だ。

『マエトの全部を知るきっかけになるかも知れないし......ついでにちょっと手伝ってほしいこともあるし』

 そう言われ、木綿季は二つ返事でOKした。元々GGOの世界には行ってみたいとは思っていたし、疑似体験にしろシノンの手伝いにしろ断る理由は何もない。

 そして今、一緒にコンバートしたキリト、アスナ、マエト、リズベット、シリカ、クラインの6人と一緒に、ユウキは数日前からGGOで遊んでいた。

「あんなになってるとー君珍しいし、なんか可愛いかも......」

 そんなことを呟きながら洗った衣服を手早く干すと、木綿季も自室に入った。ベッドに横たわり、円環形のマシンを(かぶ)る。

「リンク・スタート!!」

 魔法の言葉を発すると、アミュスフィアが木綿季の意識を仮想世界へと誘った。

 ユウキが《SBCグロッケン》に降り立つと、ちょうどそのタイミングで、少し離れた場所からシノンの声が飛んできた。

「あ、あんたねぇ......!」

 驚いて振り向くと、外資系スーパーを思わせる大型ショップの店先に知り合いが2人いた。片方は先ほどの声の主であるシノン。そしてもう1人は、ユウキより先にログインしたマエトだ。

「2人共、どうしたのー?」

 そう言って駆け寄るユウキに、シノンは呆れ顔で答えた。

「この子にハンドガンの1つでも買ったら? って言ったのよ。そしたら──」

 

 

『銃ならちゃんと持ってるよ』

 そう言ってマエトが取り出したナイフピストルを見て、シノンは即座に「それじゃないやつ!」と言った。威力の低い22LR弾を3発しか撃てない、しかも射程距離が短い銃など最後の悪あがきにしか使えない。

 ゆえにシノンは、たまたま目の前にログインしてきたマエトに「いい機会だから」と銃を買うことを(すす)めた。勧めたのだが......

『ふむ、違いが解らん』

 それが、多種多様な銃が並ぶ店の中を歩き回ったマエトの感想だった。

 慣れていないと細かな違いなどは確かに解らないだろうし、シノンに誘われて少し前にGGOにコンバートしたユウキやアスナたちも銃の区別はついていなかった。

 だがマエトは、

『ハンドガンとバズーカは別物です、くらいの違いしか解らん』

 そんなことを真顔で言ってのけた。

 ボケで言っているのかと疑いたくなる発言に頭を抱えるシノン。そのとき、

『お。よし、これにしよう』

 そんな声の直後、ホロウィンドウを操作する音が聞こえた。シノンが顔を上げたときには、もう目の前にドラム缶のようなロボットが走ってきていた。

 キャッシャーに無造作に手を置き、チャリーンと音を鳴らしてお会計を済ませたマエトの手に、黒い小さなハンドガンが出現した。

『ちょっと見せて』

 そう言ってマエトから銃を受け取り、プロパティウィンドウを開く。

 表示された固有名は《スプリングフィールドXD》。クロアチアの軍や警察の正式拳銃として用いられている、半自動(セミオート)拳銃だ。

『へぇ......また(しぶ)いの選んだわねぇ......。ちなみに、なんでこれにしたの?』

 そう訊ねたシノンに、マエトは腕組みして答えた。

『なんか名前の響きがカッコ良かったので』

 何も考えていませんと言わんばかりの答えに、シノンは99パーセントの呆れと1パーセントの苛立ちを含んだ声で言った。

『あ、あんたねぇ......!』

 と、そのとき、パープルブラックのロングヘアの少女が『2人共、どうしたのー?』と言いながら駆け寄ってきて、今に至る──。

 

 

「──っていうわけ」

 ため息混じりのシノンに、ユウキはあははと苦笑した。

 ユウキも銃に関する知識はろくに持ち合わせておらず、いま腰のホルスターにしまってあるハンドガンもシノンに選んでもらったものだが、さすがに適当に買おうとは思わなかった。まぁそのハンドガンもほとんど使っていないのだが。

「やっぱりとー君は、銃よりもこっちの方がいいんだね」

 そう言って、ユウキは腰にカラビナで吊った赤い(つつ)──《光剣(こうけん)》の(つか)に触れた。

 彼女の光剣は、キリトが使っているのと同じ《カゲミツG4》。ユウキが選んだ柄の色がマットブラックでなくピュアレッドという以外に違いはなく、剣の性能も刀身の長さや色も同じだ。

(そう言えば、アスナが選んだ光剣はどんなだったっけ)

 そんなことを思っていると、後ろの方から3人の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 声のした方を見ると、キリトやアスナたちが歩いてきていた。約束の時間ぴったりだ。

「よし、それじゃあ行きましょうか」

 そう言って歩き出したシノンに軽く(うなず)き、一行はぞろぞろと移動を始めた。

 シノンの言っていた、手伝ってほしいことのためだ。

 移動している途中で、ユウキは周囲をキョロキョロと見回した。

 強面(こわもて)で筋肉質な男たちが、無骨な銃火器を抱え、時にはガシャリと音を立てて歩いている。彼らに楽しそうな雰囲気などはなく、ただ純粋に他のプレイヤーをキルすることだけを考えている。

 今までユウキが渡り歩いてきたどのVR世界とも違う。この世界特有の空気だ。

 ここ数日の間ずっと感じてきたが、やはりまだ慣れない。

「うっひゃー、なんかおっかないねぇ......とー君は平気なの?」

 何とはなしにそう訊ねたユウキに、マエトは事も無げにこう返した。

「別に。むしろこの程度なら全然(ぬる)いよ」

 その言葉に、ユウキはゴクリと(のど)を鳴らした。

 旧SAOの疑似体験と思ってやってきたGGOで、ALOとは比べるべくもないハードな戦いと重い空気を味わってきたが、これでも旧SAOにはまだまだ足りていないということだ。

 ならばもう、残る手段は1つしかない。

 意を決して、ユウキはマエトの防弾ジャケットの袖口(そでぐち)をつまみ、軽く引っ張った。こちらを振り向いた少年に、思っていたことを伝える。

「ねぇ、とー君。......ボクに、SAOでの話を全部聞かせて。ベル君との想い出だけじゃない。その後の話も、全部......!」

 表情1つ変えずにじっと目を見つめてくるマエト。その目をユウキは真っ直ぐに見つめ返した。

「キミの全部が知りたいんだ、どうしても」

 真正面からぶつかり、自分がどれだけ本気で言っているのかを伝える。

 そのまましばらく見つめ合っていると、マエトは不意に小さくため息を吐いた。一度閉じられた口が再び開き、

「覚悟しといた方がいーよ」

「え......?」

 訊ね返したユウキの目をチラリと見やり、マエトはこう言った。

「知ったらもう戻れないから」

 その言葉に込められた重さに、ユウキは一瞬にせよたじろいだ。

 だが、ここで止まっては意味がない。

 覚悟ならもう決まっている。そうでなければ、GGOにも来ていない。

「とー君こそ、覚悟しといてね」

 きょとんとした顔で振り向いたマエトに、ユウキはイタズラっぽく笑った。

「今まで知らなかったとー君の一面を知って、ボクはもっともっとキミのことを好きになっちゃうからね!!」

 少し驚いたように目をぱちぱちさせると、マエトはフッと口許(くちもと)に笑みを浮かべた。

 そのとき、先頭を歩いていたシノンが後ろを振り向き言った。

「もうすぐフィールドに出るわ、準備はいい?」

 素早く装備を確認すると、キリトたちは頷いた。マエトも先日入手したモスグリーンの迷彩用フーデッドマントを装備し、頷く。

 仲間たちを見て、シノンは満足げに笑うと号令をかけた。

「よし、じゃあ行くわよ!」

 

 

 シノンがキリトらに依頼した手伝いというのは、最近GGO内で勝率100パーセントを誇っているPKスコードロンの迎撃だ。

 フィールドでならどこででもPKが可能というハードさが売りのGGOでは、集団対集団のPKなどは日常茶飯事だ。

 だが、その謎のPKスコードロンは、グレネードや煙幕といった装備を惜しげもなく使用して、素早く淡々と相手を殺していき、しかし死亡した相手がドロップしたアイテムの強奪(ルート)は一切しない。

 ただ殺すだけというどこか異質で、メンバー全員が正体不明という謎に包まれた、何より圧倒的に強いPK集団。

 そんなスコードロンのメンバー2人に追われ、今シノンは森林を1人で走っていた。愛銃《ウルティマラティオ・ヘカートⅡ》を抱え、木々の間を駆け抜ける。

 チラリと後ろを振り向くと、フーデッドケープのフードを(かぶ)り、さらにはマスクまで装備した銃手(ガンナー)2人が走っていた。

 シノンが重い対物ライフルを抱えているというのもあるが、それを抜きにしても相手の追跡能力の高さは一級品だ。このままでは追い付かれる。

 一気に森を突っ切り開けた場所に出るや、シノンは即座に振り向きライフルを構えた。追っ手に向けて、ヘカートを立射。轟音と火花をまき散らし、巨大な弾丸が放たれる。

 だが、普段の狙撃と状況が違い過ぎた。着弾予測円(バレットサークル)が安定しない状態での射撃を、相手は最小限の動きで難なく(かわ)した。銃弾が通り過ぎるやピタリと静止、一切のブレなく銃を構える。

 重く高火力なライフルを立射した反動で体勢を崩すシノンに、2本の弾道予測線(バレットライン)が突き刺さる。サブマシンガンの引き金にかけられた人差し指に、力が込められ──

 そのとき、何やら音が聞こえた。明らかに自然の音ではない、何らかの機械の駆動音。

 ハッとして顔を上げた襲撃者。その目の前で、シノンの後ろから木々をへし折りながら1台の戦闘車両が突っ込んできた。

 スナイパーの少女の頭上を軽々と飛び越えた車両は、男たちが浴びせる弾丸を物ともせず疾走。2人が素早く飛びのくと、急旋回して再度向かってくる。

 運転席の窓から顔を出したヒゲ(ヅラ)の男──クラインが、右手に持った89式小銃を連射した。

「全自動種子島(たねがしま)だぜェ!!」

 男たちがダッシュで銃弾と車両の突進を回避したが、やはり車両は急旋回して再び突進。今度は助手席からベビーピンクの髪の少女──リズベットが、豪快にショットガンをぶっ放した。

「PK野郎共、これでも喰らえーっ!!」

 高火力だが射程は短いショットガンの弾を避けるべく、狙われた1人は森の中へ退避。もう1人はアサルトライフルAK-47のマガジンを交換しつつ、反対側からの射撃を試みる。

 そのとき、車両の屋根に設置された重機関銃が振り向いた。ツインテールの小柄な少女──シリカが、膨大(ぼうだい)な数の弾丸をばら()く。

「うぅぅーりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁッ!!」

 好戦的な笑みで乱射を続ける少女を乗せて走る戦闘車両。その周囲に、灰色の煙が立ち込めた。スモークグレネードだ。(またた)く間に視界が(つぶ)され、ガンナー2人を見失った。

 この状況では、銃を撃っても当たらない上に、下手をすれば同志撃ち(フレンドリーファイア)の危険すらある。銃が使えないこの機に逃亡を(はか)るつもりだろう。

 だがシノンたちには、銃が使えない(・・・・・・)状況でも戦えるメンバーがいる。

「出番よ! 援護(えんご)する!」

 シノンがそう叫ぶと、戦闘車両が止まった。直後、荷台に(かぶ)せられていたシートがバサリと取り払われ、そこから4人のプレイヤーが飛び出した。

 ヴヴン、という音と共に、3本のエネルギーブレードが伸長する。森の中に入っていく男2人を追って、煙を突き破って4人の《剣士》が駆ける。

 青紫の刃をもつ黒い光剣の使い手──キリト、ネオンピンクの刃をもつ赤い光剣の使い手──アスナ、そして青紫の刃をもつ赤い光剣の使い手──ユウキをダッシュで追い越すと、モスグリーンのマントを装備した少年──マエトは一言だけ発した。

「先行する」

「「「了解!!」」」

 3人が応じると、マエトは地面を蹴って上空の木の枝に飛び乗った。そのまま枝から枝へと飛び移り、持ち前の機動力で3人を軽く置き去りにする。

 森の中を疾駆(しっく)するキリトら。その後方上空で、青空にカモフラージュされた監視用ドローンが飛んでいた。そのサーモカメラを介して、離れた崖の上からモニタしている男がいた。

「......フォトンソード?」

 煙草(たばこ)をくわえた男が、ホロウィンドウのカメラ映像を見て(つぶや)く。

(この銃の世界で、そんなもんを得物(えもの)に選ぶようなやつら......しかも、先行してるやつのこの動き......)

 木陰に座って(まゆ)(ひそ)める男から少し離れた場所──崖の(はし)では、金髪の白人男性が戦場を見下ろしながら、通信用のインカムで指示を飛ばしていた。

「チームB, C、グリッド4-6へ移動しチームAを援護。グレネードの使用を許可する」

 感情のない声で淡々と指示する白人に、煙草をくわえた男が話しかけた。

「ヘイ、ボス。オレも行っていいか?」

 ボスと呼ばれた男は、やはり抑揚(よくよう)の少ない声で静かに言った。

「もう間に合わないだろう。大人しく見ておけ」

 その頃、シノンを襲った2人は森を抜けて(さわ)に出てきていた。それを追って森から飛び出したマエトは、岩陰に(ひそ)む別のガンナー2人を目ざとく見つけた。

「沢の岩陰に別動隊、数は2人、武装は不明」

 即座に無線で警戒(けいかい)(うなが)す。インカムから返事が聞こえた直後、キリトたち3人が森から抜け出し──同時に、岩陰に潜んでいた1人が銃を構えた。

 白煙と共に、グレネードが発射される。一直線に飛翔したそれを見て、しかしキリトとアスナとユウキは回避することなく走った。

 瞬間、森の中で爆音とマズルフラッシュが弾けた。シノンの援護射撃だ。

 木々の隙間から飛び出した対物ライフルの弾丸に撃ち抜かれ、グレネードは何もない空中で爆発。剣士たちはノーダメージで接近を続ける。

 そこに銃弾の雨が撃ち込まれた。別動隊のもう1人が、MP7で迎撃しているのだ。

 だがその弾丸をキリトが光剣で防御。ガンナーに接近するべく、途中でアスナと防御を交代する。

「任せて!」

 そう言うとアスナはキリト同様、連射される弾丸を全て斬り払った。いや、その太刀筋は細剣(レイピア)による突きのそれだ。キリト以上の速度と精度が必要な芸当だ。

 弾丸を全て撃ち切り、マガジンを交換しようとする男。その背中に、何かがぶつかってきた。

 先ほどキリトらに向けてグレネードを撃った仲間だった。両腕が根元から切断されている。

 飛んできた方向を見ると、青白いブレードを2本(たずさ)えた黒髪の少年が立っていた。

 それを認識したときには、2人をキリトとユウキが(はさ)んでいた。

「うおおぁぁあっ!!」

「てりゃあああっ!!」

 踏み込みと雄叫び以上に鋭い斬撃が、ガンナー2人を切り裂く。

 腕を斬り落とし抵抗できなくなった男を《(くず)し》の道具として利用し、崩れた(すき)にキリトとユウキに挟撃(きょうげき)させる。打ち合わせなしとは思えないコンビネーションだ。

 最初に追っていたガンナーの1人に、アスナが接近。このまま倒し切れる──

 そのとき、男がグレネードを投げた。クラインらの戦闘車両を()くために使ったものと同じ、スモークグレネード。

 瞬時に広がり視界を奪う灰煙の中、キリトとアスナは背中を合わせ、油断なく剣を構えた。ユウキとマエトも同様に警戒(けいかい)する。

 だが、煙が晴れたとき、そこにはもう誰もいなかった。逃げられた。

「またか......」

 (くや)()に言うキリトに、アスナとユウキが頷く。

 だが、マエトだけは素早く周囲に視線を走らせていた。正確には、周囲の崖の上に、か。

「......そこか」

 小さく呟くと、マエトは腰に吊った球体を1つ手に取った。表面のボタンを押し起動させるや、軽く上に放り投げ、

「シッ......!」

 短い気勢と共に、球体──プラズマグレネードをボレーで大きく蹴り飛ばした。

 

 

 崖の上で指揮していた白人の左手に着けられたリストウォッチが、低いアラームを鳴らす。

「タイムアップか」

 そう呟き、男はアラームを止めた。ホロウィンドウで確認しつつ、崖下にいる部下に指示を飛ばす。

「全チーム後退。グリッド1-9から離脱しろ」

 白人の後ろに(ひか)えていた男が、投げ捨てた煙草を踏み潰しながら訊ねた。

「あれは今日最後の獲物(エモノ)だろ? 負け戦で終わっていいのか、ボス?」

「あんなイレギュラーなスコードロンと戦っても訓練にはならない。本番の作戦に悪影響が出ても困るしな」

 淡々と答えると、白人は「行くぞ」と言って(きびす)を返した。

 そのとき、崖から少し離れた場所で何かが爆発した。突如(とつじょ)吹き荒れた爆風に、男2人が顔をしかめる。

「ちっ......なんだ?」

 白人が崖際に戻り、フィールドを見下ろす。素早く視線を走らせると、沢に先ほどまで部下が戦っていた4人のプレイヤーを見つけた。

 そのうちの1人──小柄な黒髪の少年が、真っ直ぐこちらを見ていた。今の爆発は、恐らくあの少年からの攻撃だろう。

 迎撃(げいげき)撤退(てったい)のタイミングから指示を出している者がいると判断し、戦場を一望できる──指揮官が陣取るのに幾何学的(きかがくてき)最適解の座標(ポイント)を即座に見抜き、攻撃してきた。

「......なかなか面白そうなやつもいるな」

 薄く笑うと、白人は今度こそ崖に背を向けて歩き出した。

 その後ろで、もう1人の男が外套(がいとう)──ポンチョのフードを(かぶ)り呟いた。

「また()おうぜ」

 目深(まぶか)に被ったフードの中で、男の目が禍々(まがまが)しく光った。

 

 

 GGOでPKスコードロンと戦った翌日、木綿季(ゆうき)智也(ともや)は自宅で過ごしていた。

 やはりこの日も雨が降っており、例によって智也はぐったりしていた。普段は彼に子供っぽくて可愛いという印象をもっている木綿季だが、こうして見ると子供っぽいと言うより動物っぽい。

 だがこの日は、夜が近付くにつれ雨足が弱まっていき、外が暗くなった頃には()んでいた。

 それに(ともな)い智也も少しずつ動き出し、雨が止むと同時に復活した。

(やっぱり、ちょっと動物っぽい......)

 そんなことを考えつつ苦笑していると、木綿季のパーカーのポケットの中で、携帯端末が着信音を鳴らした。取り出して画面を見ると、

「あっ、アスナからだ!」

 ぱあっと顔を明るくし(うれ)しそうに声を上げると、着信ボタンを押す。

「もしもし、アスナ? どうしたの?」

 携帯端末を耳に当て、明るい声で話し出した木綿季。明日奈と話すときの彼女はいつも楽しそうで、恋人となった今でも智也は少しばかり嫉妬(しっと)してしまう。

(ほんと、アスナさんのこと大好きだよなー)

 そんなことを思っていると、

「............ぇ」

 突如、木綿季の声色が変わった。

「う、うん......うん、解った......ボクらもすぐ行くから、待ってて......」

 そう言って通話を切った木綿季の顔は、紙のように真っ白になっていた。

 何かがあった。それも恐らく、今までにないレベルの一大事が。

「......アスナさん、なんて?」

 嫌な予感が胸に込み上げてくるのを感じながら、智也は意を決して訊ねた。

 木綿季が(ふる)えるような声で言った言葉は、嫌な予感を裏切らなかった。

「キリトが......(おそ)われた、って......」




最終部 ーWar of Underworldー

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