ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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この作品はアニメ準拠で話が進んでいるため、今回はかなり大変でした。
ユイの台詞はカットしちゃいかん!というなんかよく分からんコダワリのせいで苦労しましたが、まぁ頑張って書いたんだなと思って読んでください。


最終部 ーWar of Underworldー
第17話 異世界へ


§世田谷総合病院

 

「アスナ!!」

 自分を呼ぶ声に顔を上げた明日奈(あすな)の目に、駆け寄ってくる2人の姿が見えた。

「ユウキ、マエトくんも......!」

 2人の名前を呼ぶが、その声はいつになく弱々しかった。

 明日奈と直葉(すぐは)、そして和人(かずと)の母親である桐ヶ谷(きりがや)(みどり)が座るベンチの前で止まると、木綿季(ゆうき)は息を吐く間もなく訊ねた。

「キリトは......!?」

 その問いに、明日奈は視線で答えた。彼女の視線が向けられた先──集中治療室のドアの上で、【手術中】のランプが赤く光っていた。

 明日奈から連絡を受けてすぐに来たので、手術がまだ終わっていないのは想定内だが、それと不安は別問題だ。

「キリトが襲われたって、なんで、誰がそんな......!」

 まくし立てる木綿季を、智也(ともや)が「ストップ」と言って止める。それでハッとしたのか、木綿季は明日奈たちに小さく頭を下げた。

「ご、ごめん......アスナたちだって、(つら)いのに......」

「ううん、大丈夫......」

 そう言ってかぶりを振ると、明日奈は木綿季と智也に事のあらましを語って聞かせた。

 ダイシー・カフェで、和人と詩乃(しの)と3人で話をしたこと。店を出て和人と2人で歩いていたこと。そしてその途中で、男に襲われたこと。

 ずっと静かに話を聞いていた智也だが、注射器で薬品を打ち込まれたという話で反応があった。

「......薬品の名前は?」

 そう訊かれ、しかし明日奈は答えに詰まった。救急隊員には何とか薬品名を伝えられたが、あれはほとんど奇跡のようなものだ。

「確か.....サク、ニル......じゃなくて、えっと......」

 朧気(おぼろげ)な記憶を引っ張り出そうとするアスナだが、かつて医学を猛勉強した智也は、その言葉の断片で薬品名を見抜いた。

「サクシニルコリンか......」

「とー君、知ってるの?」

 訊ねてきた木綿季に、智也はいくらか()(くだ)いた説明をした。

麻酔(ますい)導入(どうにゅう)用の筋弛緩剤(きんしかんざい)だよ。下手に使うと心臓が止まる。18年前には、誤投与された患者が死んだっていう事故も起きてる」

 鋭く息を呑む木綿季の背中を軽く撫でつつ、智也は同時に犯人の正体に目星をつけていた。

 注射器。そしてサクシニルコリン。以前菊岡(きくおか)誠二郎(せいじろう)の依頼で、智也が和人とは別口で、秘密裏に調査したあの事件とまったく同じ凶器と薬品──。

「......襲ってきたのって、《ジョニー・ブラック》?」

「......うん」

 明日奈がそう(うなず)いた直後、智也の口が小さく動いた。

「あの野郎......」

 ぎりっという歯ぎしりの音も聞こえる。その小さな体から、何か黒いものが()き出たような気がして、明日奈たちは寒気を覚えた。

 そのとき、智也がポツリと言った。

「......ごめん」

 驚く明日奈たちに、智也は続けて謝罪した。

「ごめん......おれのせいだ。おれがあいつらを、無理やりでも斬ってれば、こんな......!」

 その先の言葉を予想し、明日奈は智也を優しく抱きしめた。少年の黒髪をそっと撫で、落ち着かせるように話す。

「大丈夫、あなたのせいなんてことは、絶対にないから。きっとキリトくんも、マエトくんのせいだなんて思ってないから......だからそんなことは言わないで......」

「そ、そうだよ! お兄ちゃんは絶対、お前がちゃんとしなかったからだー! とか言わないよ!」

 直葉もそう言って、明日奈に賛同する。2人の言葉を聞いて、

「うん......解った......」

 そう短く答えた智也の目は、長めの前髪の下で、氷のように冷たく()えていた。

 そして数時間が経過し、外が明るくなってきた頃、【手術中】のランプが消えた。

 手術室から出てきた医師は、5人に和人の容態を伝えた。

 危険な状態は脱したものの、5分強にも及ぶ心停止の影響で、脳に何らかのダメージが発生した可能性がある。思考能力、運動能力のいずれかまたは両方に障害が残ることも考えられ、最悪このまま目を覚まさないことも有り得るらしい。

 早急により設備の整った施設に移すべきだと言われ、翠は手続きのため席を外した。

 ベンチに座る明日奈の目に、涙が浮かぶ。声をかけようかと思った木綿季だが、何を言っていいのかが解らない。もし襲われたのが智也で、自分が明日奈の立場だったらと思うと、恐ろしいほどの絶望が襲ってくる。

 明日奈だけではない。直葉だって辛いはずだし、智也の中の自責の念もまだ消えてはいないだろう。

「......なんで、こんなことするんだろう......」

 無意識のうちに、そんな言葉が口を突いて出た。顔を上げた明日奈と直葉に、木綿季はあっと口を抑える。その隣で、智也が冷たい声で答えた。

「それらしい理由なんかないよ」

「え......?」

「傷付けたいから、殺したいからやった。それが楽しいから......それだけだよ」

 (ゆる)く開いた自分の右手を見つめ、智也は続けた。

「おれもそうだったから解る。......斬りたいから斬った。ただ、それだけ」

 ただでさえ閑静(かんせい)な病院の廊下(ろうか)に、重い沈黙(ちんもく)が流れた。

 特に木綿季は、今まで感じたことのない感覚に、気分がおかしくなりそうだった。

 そのとき、

「明日奈くん、直葉くん、智也くん、木綿季くん」

 名前を呼ぶ声に顔を上げると、スーツ姿の男がいた。

「菊岡さん......?」

 直葉に名前を呼ばれた眼鏡の男──総務省仮想課の役員である菊岡誠二郎は、視線を向けてくる4人にこう訊ねた。

「キリトくんの親御さんは、どちらかな?」

 

 

 その日の夜、ALOにダイブしたユウキとマエトは、スイルベーンにあるリーファのプレイヤーホームに行った。直葉からメールで「来てほしい」と言われたのだ。

 明け方、病院を訪れた菊岡は、

『世界で唯一の設備が整った施設があり、そこでなら和人の治療が可能だ』

 という話を、翠と直葉にしていた。明日奈と木綿季と智也も、後ろで聞いていた。

 今日の夕方に、明日奈らはその移送先の病院に行って面会をすると言っていた。十中八九、それに関する話だろう。

 部屋の中に入ると、リーファだけでなく、アスナやシノン、リズベットとシリカの姿もあった。

 2人が椅子に座ると、リーファとアスナが報告をした。

 それを聞いたリズベットが「会えなかった!?」と声を上げた。特殊な機器で治療をしているため、快復するまでは面会謝絶だと言われたそうだ。

 家族なのに面会どころか、顔を見ることすらさせてもらえない。

 どうにも怪しい。それがシノンやユウキらの感想で、それはアスナとリーファも同じだったらしい。

 ユイにハッキングしてもらって調べた結果、データ上は和人が入院中となっているその病院に、和人を乗せた救急車は到着していないとのことだった。

 菊岡に電話をかけても圏外で(つな)がらず、メールも返ってこない。彼の職場である総務省に問い合わせると、昨日から出張中だと言う。

 あまりにも異常だ。何かが裏で動いているのではないか。そう思わざるを得ない。

(......ただ、もしそうだとすると、キリトさんを運んだ救急車がそもそも偽装車両だって可能性も出てくる)

 その場合、話のスケールは一気に変わってくる。この事態は自分たちの理解を超えたものだと、マエトは改めて感じた。

 

 

 そして、現実世界での数日間の調査の末、和人の居場所とそこに連れていかれた理由が判明した。

 和人を連れ去ったのは、彼が最近アルバイトをしていたラースという名の組織──表向きにはベンチャー企業らしい──だ。

 そこでは人の魂にアクセスし、現実と同レベルの仮想世界を見せることができるフルダイブインターフェース《ソウル・トランスレーター(S T L)》を用いた、とあるプロジェクトが進められていた。

 端的に言えばそれは、人と同レベルの思考能力をもち、なおかつ人を殺すことができるAIを開発するというものだ。

 この上なくリアルな仮想世界《アンダーワールド》を作り、その中でAIたちに現実の人間のように生活させ、その中で《禁忌目録(きんきもくろく)》──その世界における絶対的な法に(そむ)けるほどに強い意識をもったAIを開発する。ラースではその条件に該当するAIを、《人工高適応型知的自律存在》──Artificial(アーティフィシャル) Labile(レイビル) Intelligence(インテリジェンス) Cyberneted(サイバネーテッド) Existance(イグジスタンス)の頭字語で《A.L.I.C.E(アリス)》と呼称している。

 そして同様のAIを量産、言い換えればAIを《アリス化(アリシゼーション)》させて、無人飛行型戦闘機に搭載(とうさい)する。

 総務省ではなく、実は防衛省に所属する自衛官だという菊岡がトップに立って進めている、この《プロジェクト・アリシゼーション》は、戦争において自衛官の命を無駄に散らさないためのものというわけだ。

 そしてこのプロジェクトの過程で、なぜAIたちは法に背くことができないのかという疑問を解消するために、彼らはとある実験を行った。

 AIではない本物の人間を、記憶をブロックした状態でその世界にログインさせAIたちと同じように生活させた場合、その者は法を破るのか否か。

 その実験には、1週間や1ヶ月ではなく年単位のフルダイブ経験をもつ被験者が必要だった。和人のアルバイトの正体はこれだったのだ。

 そして和人は今、ラースの研究施設にして、現在は東京湾沖を走行中の自走型メガフロート《オーシャン・タートル》にて、STLを用いた治療プログラムでダメージを負った脳の治療を行っているとのことだ。

 あまりにも大きな話に、リーファたちは理解しきれていない様子だった。報告したアスナ自身も、まだ完全には理解できていないらしい。

 ラースに潜入(せんにゅう)して菊岡に情報を吐き出させた彼女は、現在はオーシャン・タートル内にいるらしい。現状、和人の一番近くだ。

「これでひとまずは安心......ってことで、いいのかな?」

 そう言って笑ったユウキに、しかしマエトは「うん......」と曖昧(あいまい)な返事をしただけだった。

 まだ何か、嫌な予感が胸の内にあった。

 そしてその予感は、わずか2日弱で裏付けられることとなった。

 明日奈がオーシャン・タートルに潜入した日の翌々日の午前4時30分、眠っていた木綿季と智也の携帯端末が同時に鳴った。

 飛び起きた木綿季は、画面に表示された名前を見て驚いた。【桐ヶ谷 和人】と表示されていたからだ。

「と、とー君! キリトから電話かかってきた!」

 大騒(おおさわ)ぎする木綿季を手振りで落ち着かせると、智也は自分の端末の画面を彼女に見せた。

「おれの方にもかかってきてるよ。でもこれ、グループ通話じゃなくて普通の通話だよ。それで同時に複数の端末に電話をかけてるってことは、多分これはユイちゃんが並列処理(マルチタスク)してるんだと思う」

 寝起きとは思えない頭の回転に思わず舌を巻く木綿季だが、今はそれどころではないと思い直し、電話に出る。

 スピーカーから飛び出した声は、智也の予想通りユイの声だった。

『ユウキさん! こんな時間に申し訳ありません! マエトさんと一緒に、大至急ALOのパパとママの家に来てください!!』

 そして、ユイからの連絡を受けて、新生アインクラッド第22層の森の家に、ユウキ、マエト、リズベット、シリカ、クライン、エギルの6人が集まった。

 キリトとアスナの友人である彼らに、ユイはこれまでの経緯(いきさつ)と、2人を取り巻く現状について、あますことなく説明した。

 オーシャン・タートルを謎の武装集団が襲撃・占拠し、STLを介してアンダーワールドに侵入。人々が住まう《人界(じんかい)》と対を成す《ダークテリトリー》と呼ばれる闇の領域に住まうゴブリンやオークといったモンスターたちを率いて戦争を起こし、それを利用してアリスを強奪しようとしているとのことだ。

 ラーススタッフと共にオーシャン・タートルのサブコントロール・ルームに退避した明日奈はそこにあるSTLから、ラースの用意した3つのスーパーアカウントの1つを使ってアンダーワールドにダイブし、敵の侵攻を食い止めるために人界軍と共に動いている。

 だがオーシャン・タートルのメインコントロール・ルームを占拠した襲撃者たちは、アンダーワールドが《ザ・シード・パッケージ》を流用して運用されていることを利用し、アメリカに住むVRMMOプレイヤーに「新作VRMMOの臨時βテスト』と称してアクセスさせ、彼らに一般兵士のアカウントを与えて援軍として利用しようと画策している。その数は下手をすれば10万にも及び、このままではアリスが敵の手に渡ってしまう。

 それを察知したユイが、詩乃や直葉を始めとした和人と明日奈の仲間たちに助けを求めるべく、彼らに連絡をとり、今に至る──。

 ここまでの話を聞いて、クラインはこの場にいないキリトに向けての愚痴(ぐち)をこぼした。もっとも、全員が同じ気持ちではあるだろうが。

「ったくよぉ......あんにゃろう、まーた1人でとんでもないことに巻き込まれやがって......」

 そう言って、サラマンダーは逆立った髪をグシャグシャをかき混ぜた。

「自衛隊が作った仮想世界と、そこに生まれたマジモンの人工知能《アリス》だぁ? そんなもん、もうゲームの領域越えまくってるだろーが!」

「しかも、戦闘機に()せて戦争させようとしてるんですもんね......」

 そう呟いたシリカに、ユイが静かに答えた。

「ラースとしては、その技術を当面は国内外向けのデモンストレーションとして用いる意図のようですが......現在オーシャン・タートルを占拠している襲撃者たちは、もっと具体的な用途を想定していると、わたしは推測します」

 ユイの言葉を聞いて、再びクラインが訊ねた。

「いったい何者なんだよ、その襲撃者ってのは」

 それに対する返答は、その場のほとんどの人間の想像をはるかに越えていた。

「高い確率で米軍か、米諜報機関が関与しています」

「べ、米軍!? ......って、アメリカ軍......!?」

 ログハウスの中を驚愕(きょうがく)が満たす。だが、自衛隊の極秘プロジェクトの研究施設を襲撃できるとなれば、その辺りにまで話が及んでいても不思議ではない。

 沈痛な表情で、ユイが推測の続きを口にした。

「もしアリスが米軍の手に渡れば、遠くない未来に無人機搭載用AIとして、実戦配備されるでしょう......」

 そこでユイは顔を伏せ、ぎゅっと拳を握りしめると、胸に溢れる言葉を必死に口にし続けた。

「パパもママも、それだけは阻止したいと思うはずです。なぜなら......なぜならアリスは、SAOから始まった全てのVRMMOワールドと、そこに生きた多くの人々の存在の証であり、費やされた膨大(ぼうだい)な時間的、物質的、精神的リソースの結実(けつじつ)だからです!!」

 いくつもの涙をこぼしながら、ユイは語りかけた。彼らならきっと、自分の愛する2人を助けてくれると信じて。

「わたしは確信します。ザ・シード・パッケージが生み出されたそもそもの目的が、アリスの誕生に他ならないと。連結(れんけつ)された無数の世界で、たくさんの人たちが笑い、泣き、悲しみ、愛した......それらの魂の輝きがフィードバックされたからこそ、アンダーワールドに新たな人類が生まれたのです。パパやママや、リーファさん、クラインさん、リズベットさん、シリカさん、エギルさん、シノンさん、ユウキさん、マエトさん......その他多くの人々が()み上げた大きな()(かご)から、アリスは生まれてきたのです!!」

 ユイの必死の語りかけを、6人は真剣に聞き、そして受け止めた。

「うん、そうだよね......繋がってるんだ、全部。時間も、人も、心も。大きな川みたいに」

 そう言ったリズベットに、シリカも賛同した。小妖精(ピクシー)を抱きしめ、目尻に涙を浮かべて話す。

「大丈夫だよ、ユイちゃん。キリトさんもアスナさんも、あたしたちが助けに行くから......絶対に助けてみせるから。だから泣かないで」

 優しく言ったシリカに続き、クラインがニヤリと豪快に笑った。

「おうとも。水臭(みずくせ)ェぞ、ユイっぺ。オレたちがキリトを見捨てるわきゃねェだろうが!」

 ノームの巨漢エギルも、腕組みして(うなず)く。

「あいつにはでっかい借りがあるからな。ここらで少しは返しておかんとな」

 椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がると、ユウキも言った。

「うん! そもそもキリトもアスナも、ボクにとっては大切な友達だもん!! 友達が困ってたら助けないと!!」

「右に同じー」と、小さくマエトが手を挙げる。

 彼らの想いを受けて、ユイは涙を流しながら、何度も礼を言った。

「......それにしても、アメリカからダイブしてくるVRMMOプレイヤーが3万、多けりゃ10万か......そいつらが人界軍の敵に回るってことかよ......」

 渋面(じゅうめん)を作るクラインの言葉を聞き、リズベットが提案する。

「アメリカのVRMMOサイトに、実験のこととか襲撃のこととか暴露(ばくろ)して、偽装βテストに参加しないで下さいって頼むのはどうだろう?」

 しかし、それにユイがかぶりを振った。

「事の真相は、日米の軍事技術争奪戦なんです。下手にそれを(にお)わせると、むしろ逆効果になりかねません」

 相手は本物の人間だから殺さないでくれと言っても、それは藪蛇(やぶへび)だ。日本以上にゲームのレーティングが厳しいアメリカでは、ゲーム内のグロテスクな描写が徹底的なまでに規制されており、その結果プレイヤーたちの中では鬱憤(うっぷん)()まっている。

 本物の人間を殺すというこの上なくグロテスクな行為を法を犯すことなく体験できるとなれば、ヒートアップすること間違いなしだ。

 そのとき、クラインが「ハッ!」と不敵に笑った。

「なら同じ手を使えばいいってこった! こっちもβテストの告知サイトを作って、ラースの連中に対等のアカを用意してもらえば、3万人や4万人、すぐに集めてみせるぜェ!」

 だが今度は、エギルとマエトが問題を指摘(してき)した。

「だが、厄介(やっかい)な問題が1つあるぞ。時差だ。日本はいま午前4時30分......つまり、一番接続数が減る時間帯だ。対してアメリカはLA(ロス)が昼の12時半、ニューヨークが午後3時半。アクティブプレイヤーの数は、あっちの方が多いぞ」

「戦う上で一番重要なのは(コマ)の数だ。兵隊と指揮官の質によっぽどの差がないと、数の不利はひっくり返せない。おれがSAOを1人ででも生き残れたのは、野良(のら)犯罪者(オレンジ)とのレベル差がでかかったからだしな」

 そう言われ、クラインは歯がみした。エギルの指摘した問題点には反論のしようがないし、マエトの言った言葉には途方もない説得力があった。

 アメリカ側に説得を呼び掛けてもダメ。同じ手を使って援軍を用意しても、その数は恐らく1万人にも遠く及ばず、あまり効果はない。

 ラースがプログラムした4つのスーパーアカウントのうち、ダークテリトリー側のアカウントである1つは敵が使用している。人界側のアカウントである3つのうち1つは既に明日奈が使っており、残りの2つは詩乃と直葉がそれぞれ使用する予定だ。残っているアカウントは、アメリカ人プレイヤーと同じ一般兵士アカウントか、一般民アカウントのどちらかだ。そのままでは対抗すらできないが、かと言ってレベルを上げている時間などあるはずもない。

 そうなると、もう打つ手はない──。

 全員がそう思った矢先、ユイが「いいえ」ときっぱりと否定した。

「アカウントは存在します。敵側の使用するデフォルトアカウントより、レベルも装備もはるかに強力なものが」

「えっ......? ど、どこに......?」

「皆さんが今この瞬間、ログインに使用している、まさにそのアカウントです!!」

 目を見開く彼らに、ユイは叫んだ。

「データコンバートです!! 皆さんが、そして他の多くのVRMMOプレイヤーたちが、数多(あまた)のザ・シード世界で鍛え上げたアバターを、アンダーワールドのアカウントとしてコンバートするんです!!」

 

 

 約1時間後、自宅で目覚めて水を飲んでいる智也(ともや)に、木綿季(ゆうき)は話しかけた。

「......ALOのみんな、協力してくれるって言ってくれて良かったね」

 あの後、午前5時に央都アルンのドームに多くのALOプレイヤーを呼び集めたリズベットらは、アンダーワールドのことやキリトとアスナの置かれている状況などを余すことなく説明し、コンバートして一緒に戦ってほしいと協力を(あお)いだ。

 だが、そもそもがにわかには信じられないような突拍子(とっぴょうし)もない話な上に、問題点がありすぎた。

 普通のVRMMOゲームとして運用されているわけはないアンダーワールドには、ダイブ者が操作可能なUI(ユーザーインターフェース)が存在しない。つまりそれは、自発的なログアウトが不可能と言うことだ。ログアウトするには、HPを全損する──死ぬ必要がある。

 ここでもう1つの問題点。ゲームではなくリアルな世界として運用されているアンダーワールドには、ペイン・アブソーバが設定されていない。HPが全損するほどのダメージを負う場合、そのときに感じる痛みは尋常(じんじょう)ではない。

 そして何より、現在のアンダーワールドは開発者であるラースにすらオペレーション不可な状態にある。アンダーワールドにコンバートしたキャラクターデータを、ALOのような元のゲームに再コンバートできる保証はない。最悪の場合、キャラクターロストの可能性すらある。

 当然、会場は大荒れした。ふざけるな等の罵詈雑言(ばりぞうごん)()()い、矢面に立って事情を説明したリズベットはもちろん、壇上(だんじょう)に立っていたシリカ、クライン、エギル、ユウキ、マエトも非難(ひなん)の対象となった。

 だがそれでも、リズベットとユイの決死の呼びかけによって、2000人と少しがコンバートに応じてくれた。

「うん......集まってもらった全員ってわけじゃないけど、それでもそこそこ対抗はできると思う」

 そう言った智也の顔は、どこか暗い。心配そうな表情を浮かべると、木綿季は「大丈夫?」と訊ねた。

 それに答えた智也の目は、数日前に世田谷総合病院で見たときと同じ冷たさがあった。

「ユウ、本当に覚悟はいい?」

「え......?」

 戸惑う木綿季に、智也はあえて厳しい口調で言った。

「おれの予想だと、これからやるのは大規模なPvPなんかじゃない。多分おれがSAOの中でやってたよーな、本気の殺し合いになる。おれの全部が知りたいって言うなら絶好のチャンスだと思う。でも、あれは知らなくていい......知らない方がいい世界だよ」

 知ったらもう戻れない。数日前に言われたその言葉が、脳裏をよぎる。

 だが、目を閉じて大きく深呼吸をすると、木綿季は智也を抱きしめた。

「大丈夫だよ。覚悟ならもう決まってるから」

 だから、ボクを信じて。そんな思いが伝わったのか、智也もそれ以上は言わなかった。

「さぁ、キリトとアスナを助けに行こう!!」

「......うん!」

 頷き合うと、2人はそれぞれの部屋に戻り、アミュスフィアを装着した。

 この先に待ち受ける戦いに向け改めて覚悟を決めると、大きく息を吸い、そして叫んだ。

「「リンク・スタート!!」」

 その言葉が、2人を戦場へと(いざな)った。




次回 戦争

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