ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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※必読!!
作者から大切なお願いがあります。
この話を読む前に、短編4話『The nethermost Hell』を今一度読み返してきてください。そうすれば、これ以降の話をよりお楽しみいただけると思います。
ぜひともよろしくお願いいたします。


第19話 リベンジャー

 どれだけ戦っただろう。どれだけ傷付いただろう。どれだけ憎まれ、苦しんだだろう。

 そんなことをぼんやりと、逃避的に考えていたユウキ。その意識にかかっていたもや(・・)が、アスナの悲痛な叫び声で吹き飛んだ。

「やめて!! それだけは!!」

 ハッとして顔を上げると、コーヒー色の髪の少女が車椅子を押しながら歩いてきていた。

 車椅子に座っている青年の名前を、ユウキは(かす)れる声で呼んだ。

「キリ、ト......」

 中韓VRMMOプレイヤーによって、2000人強から200人以下にまで減らされた──虐殺(ぎゃくさつ)された日本人プレイヤーたちが集められてから、あの黒い革ポンチョの大男とアスナは、何やら話をしていた。

 その内容は、ユウキには理解できなかった。

 だが、この男がアスナやキリトと同じようにSAOの中にいたこと。そして、そこでも今と同じように、アスナたちの敵であったことだけは解った。

 自分の目の前まで押された車椅子。そこに座って微動だにしない黒髪の青年を見下ろし、PoHは「ンン?」と(うな)った。軽く足を蹴ってみるが、相手は何の反応も示さない。

「なんだこりゃ? おいブラッキー、起きろよ。聞こえてんのか? 《黒の剣士》サマよ」

 PoHがそう呼びかけるが、キリトは動かない。ただうつむき気味に、2本の剣を左手で抱えるだけ。

「キリト先輩......戦いの間、何度も何度も立ち上がろうとして......!」

 車椅子を押してきた少女の涙に濡れた声に、アスナが続いた。

「解ったでしょ!? 彼は戦って戦って、戦い抜いて、傷付いてしまったの!! だからもう構わないで! キリトくんをそっとしておいて!!」

 アスナの鋭い言葉を、しかしPoHは無視した。大げさに両手を広げ、大声で叫ぶ。

「おーいおーいおーい、嘘だろ! ()まらねぇぜ、こんなんじゃよォ!」

 そう(わめ)くや、車椅子を何度もガンガンと足蹴(あしげ)にし──

「おい、起きろって! ヘイ、スタンダップ! グッモーニ────ン!!」

 挙げ句、車椅子の車輪に足をかけると、勢いよく蹴り倒した。

 ガシャン!! とけたたましい音を立てた車椅子から、キリトの痩躯(そうく)が投げ出される。

 思わずアスナが叫ぶが、即座に赤騎士が剣を突き出し牽制(けんせい)してくる。

 地面に力なく倒れ、やはりそのまま動かないキリトを見下ろして、PoHはため息混じりに言った。

「なんだよ、マジでぶっ壊れちまってんのかよ? あの勇者サマがただの木偶(でく)か」

 舌打ちすると、PoHはしゃがんでキリトが抱えている白銀の長剣を取り上げた。

 (さや)から抜かれたそれは、青薔薇(あおばら)装飾(そうしょく)(ほどこ)された(つば)から先が、丸ごと折れていた。

 そのとき、キリトがPoHに──いや、折れた剣に向かって手を伸ばした。()(ほそ)って骨ばった左手を、弱々しく、しかし懸命(けんめい)に伸ばす。

(あの剣......多分、死んだ相棒の形見なんだ。おれにとってのスペサタイトや裂鬼(れっき)みたいな......)

 そう思ったマエトの耳に、PoHの「おっ、動いたぜ!」という(うれ)しそうな声が入ってきた。

「なんだ? こいつが欲しいのか?」

 キリトの伸ばした左手の近くでひらひらと見せびらかすと、PoHは折れた剣を無造作に投げ捨てた。

 なおもその剣に向かって伸ばされたキリトの左手を(つか)み、無理やり持ち上げる。

「おい、なんとか言えよ!」

 PoHが左手を左右に振って、キリトの(ほほ)をパン、パンとはたく。

 その光景に、マエトは一瞬にせよ飛び出しそうになった。だが、

(囲みがキツい......これじゃ逃げられん)

 先ほど派手に暴れすぎたせいか、自分の周囲を他よりもガッチリと囲んでいる赤騎士たちを見上げ、舌打ちする。

 そのとき、片腕を失ったサムライが怒りの声を上げた。

「てめえが......てめえがキリトに(さわ)るんじゃねぇ──ッ!!」

 絶叫しながら立ち上がろうとしたクラインを、赤騎士が容赦(ようしゃ)なく槍で突き倒す。地面に叩き伏せられ、しかしクラインはなおも()えた。

「てめえ、だけは......許さねえ......!!」

 クラインの怒りを鼻で笑うと、PoHは愛用の大型ダガーを持ち上げた。

 旧アインクラッドにおいて、魔剣クラスにカテゴリされた超のつくレア武器《友切包丁(メイト・チョッパー)》。その肉厚の刃が、キリトの命を刈り取ろうと──

 瞬間、何者かがPoH目がけて飛び出した。

 鋭く振るわれた剣を、PoHはキリトを手離して回避した。

「......なんだよ、てめえは?」

 その問いに、闖入者(ちんにゅうしゃ)は答えなかった。その姿を見上げ、クラインが声を上げる。

「お前は......エイジ!?」

 装備や耳の(とが)ったアバターは、ALOの影妖精族(スプリガン)のそれだが間違いない。

 わずか2ヶ月と少し前に、ARMMO-RPG《オーディナル・スケール》を使って、SAO生還者(サバイバー)からSAOでの記憶を奪おうとしたNo.2プレイヤーEiji(エイジ)その人だ。

 片刃の長剣に青いエフェクト光を宿すと、エイジはPoHに果敢(かかん)に斬りかかった。攻撃をブロックしつつバックジャンプすると、PoHは鬱陶(うっとう)しそうに顔を上げた。

 そのときにはもう、エイジが目の前で追撃を入れようとしていた。

 素早い回避、間髪(かんはつ)入れずに友切包丁(メイト・チョッパー)が振るわれる。それを(かわ)すや否や、エイジはさらに攻撃を続けた。

 だが、PoHがSAO時代に恐れられたのは、圧倒的な闇のカリスマだけが要因ではない。

 そもそもが、ソードスキルを使わずとも天才的なまでの実力を誇る、凄腕(すごうで)のダガー使いだったからだ。

雑魚(ざこ)が。引っ込んでなァ!!」

 PoHの攻撃を剣でブロックしたエイジだが、力ずくで吹き飛ばされる。ゴロゴロと転がり、砂煙を上げて止まったエイジを見下ろして、PoHが叫んだ。

「こいつは薄汚(うすぎたな)い日本人だ。卑劣(ひれつ)なハッカーを許すな!!」

 途端(とたん)、PoHの体から(あふ)れ出したドス黒いオーラが、中韓プレイヤー達を飲み込んだ。

 PoHのイマジネーション──心意(しんい)によって意識を奪われた赤騎士たちが、ゆっくりとエイジに歩み寄る。

 そのとき、またしても人影が飛び出した。

 ただし、今度は小さい。どう見ても人間ではなく、小妖精(ピクシー)並のサイズだ。

 直後、パープルピンクの光柱が降り注いだ。

 あの光を、アスナたちは見たことがある。2ヶ月と少し前に現実世界で、新国立競技場で。

 光の中から現れた黒い服の少女──ARアイドル《YUNA(ユナ)》は、白のロングヘアを揺らしてコケティッシュな笑みを浮かべた。

 突然現れた大人気ARアイドルの姿に、PoHの心意に吞まれていた中韓プレイヤーたちもざわつき出した。

「行くわよ、エイジ!」

「......あぁ」

 短く言葉を交わした2人。そのとき、どこからともなく戦場に歌が流れた。

 すぅ、と息を吸うと、歌姫はその美しい歌声を戦場に響かせた。

 瞬間、吟唱(チャント)スキルが発動し、スプリガンの体を(まばゆ)い光といくつものバフアイコンが包み込んだ。

「......2ラウンド目だ」

 不敵に笑うと、エイジは地面を蹴った。YUNAによるバフの効果を受け、各段に速くなったダッシュで間合いを詰める。

 さすがの反応で迎撃したPoHだが、ダガーでの斬り降ろしを回避すると、エイジはそのままPoHを弾き飛ばした。あえて距離をとり、体勢を安定させてから再び構える。

 同じ頃、YUNAの歌声を聴いた中韓プレイヤーたちは、PoHの扇動(せんどう)から我に返っていた。カリスマを打ち破れるのは、それと同等以上のカリスマだけなのだ。

「この歌声は......本当にYUNAだぁー!」

「じゃあ、ここはもしかして日本サーバーなのか!?」

 そんな声も聞こえてくる。

 現在YUNAのマネジメント権をもち、カムラ社と共にYUNAを主体的に運用している《アリオルーム》は、日本の芸能事務所だ。

 ゆえに、いま目の前で歌っているYUNAが本物だとすれば、この場所は日本サーバーの中でしかあり得ないのだ。

 風向きが変わった。

 そして、エイジもまたPoHを相手に猛攻を繰り広げていた。回転と跳躍を多用するエイジのアクロバットな体術に翻弄(ほんろう)され、PoHは改めて、今度は忌々(いまいま)()に訊ねる。

「てめぇ......何モンだ?」

 その問いの答えを、エイジは心の底から叫んだ。

「僕は......《血盟騎士団(けつめいきしだん)》の、ノーチラスだ!!」

 彼にとってその名は、愛する幼馴染みを死なせてしまった、()むべき臆病者(おくびょうもの)の名のはずだった。

 その名を名乗ったということはつまり、彼が自分の弱さを否定する弱さを乗り越えたということに他ならない。

 不意に、エイジの体に変化が起きた。黒を基調としたスプリガンの装備が、白を基調とした騎士服(コルサージュ)──SAO最強のギルド《血盟騎士団(K o B)》のユニフォームへと変化したのだ。

「知らねえなァ、てめえなんざ」

 吐き捨てるように言った死神の言葉を、エイジは認めた。

「確かにあの頃の僕は......何もできない弱虫だった。......でも!」

 鋭く叫ぶと、長剣に赤い輝きを宿して飛び出す。

 片手剣単発重攻撃技《ヴォーパル・ストライク》。

 大きくジャンプして避けたPoHだが、高速の突進を完全には躱しきれなかったのか、黒ポンチョの(すそ)に切れ目が入る。

 舌打ちするPoHに、エイジは続けた。

「アインクラッドでプレイヤーを、仲間を殺しまくったお前だけは......絶対に、許さない!!」

 そんな決然たる意志を込め、ソードスキルで攻撃する。

 PoHは横に移動して回避するが、その後ろに素早く回り込むと、エイジは相手の腕を掴んで投げ飛ばした。

 滞空中で身動きの取れないPoH目がけ、渾身(こんしん)のソードスキルを叩き込む。

 その直前、PoHの口から獰猛(どうもう)極まりない咆哮(ほうこう)(とどろ)いた。

 逆襲で振るわれたソードスキルが、一瞬早くエイジを(とら)える。

 同時に着地した2人。わずかに遅れて、切断されたエイジの両腕が、血しぶきと共に落下した。

 痛みと悔しさに顔をしかめるエイジに歩み寄ると、PoHは友切包丁(メイト・チョッパー)を振りかぶった。

「オマエら日本人ごときが......このオレに、勝てると思ったのか?」

 (したた)り落ちるほどの憎悪を込めて、PoHは凶刃を振り下ろした。エイジの体を深々と切り裂くや、続けざまに蹴り飛ばす。

 クラインたちの近くにまで吹き飛ばされた騎士を、PoHは嘲笑(あざわら)った。

「いいザマだなァ、日本人。そろそろ消えな」

 両腕を失い、剣を握れなくなったエイジを見下ろす。

 そのとき、エイジが雄叫びを上げて飛び出した。PoHの首筋に、文字通りに喰らい付くと、生々しい音を立てて皮膚(ひふ)と肉を食い千切った。

「ぬっ......!」

 思わずたじろいだPoHを(にら)み、エイジが叫ぶ。

「僕はもう、昔の僕じゃない!!」

 直後、激昂(げっこう)したPoHが、エイジの背中にダガーを力任せに叩き付けた。

「このっ.....うざってぇんだよ!!」

 罵倒(ばとう)の叫びと共に蹴り飛ばされたエイジに、YUNAが駆け寄った。その最中(さなか)、電子の世界の歌姫の姿が、白装束の少女に──SAOを生きた歌姫ユナの姿に変わった。

 自分の体を支える少女に、エイジは弱々しい声で訊ねた。

悠那(ゆうな)......僕はやるべきことを、やれたかな......?」

 傷だらけになった青年騎士に、ユナは優しく微笑んだ。

「頑張ったね、エーくん」

 そうして、満足げな笑顔を浮かべると、2人はアンダーワールドを去った。

 その様子には目もくれず、PoHはガリガリと頭をかいた。

 予想外の邪魔が入ったことで、せっかく乗ってきていた(きょう)がいくらか()めてしまった。後味が悪い。

「Suck......」

 舌打ちすると、PoHは目的である《黒の剣士》を起こすべく、手始めに《閃光》やその仲間たちをいたぶろうと思い、彼女らがいる方向へと向き直った。

 そして、ふと気付いた。

(あ......? 1人いねぇ......)

 あのKoBの男と戦う前は確かにいたはずのプレイヤーが1人、いつの間にかいなくなっている。

 周囲に素早く視線を彷徨(さまよ)わせるが、その姿を見つけることができない。

 (いぶか)しげに(まゆ)(ひそ)めて、PoHは視線を戻した。

 双刃が、目の前に迫っていた。

「──ッ!?」

 驚きつつも反射的にのけ反ったPoHの目の前で、神速の旋風が吹き荒れた。

 アメジスト色の鋭い目がPoHを射た。

 速い。いつの間に。どこから。

 そんな思考が同時にいくつも弾け、しかしすぐに「どうでもいい」と全て放棄(ほうき)した。

 位置もタイミングも悟らせない、完全に気配を殺した超高速の奇襲。

 そんなことができる人間は、PoHの知る限り1人しかいない。

 姿が変わっても、その力は変わっていない。

 バックジャンプで素早く距離をとった相手に向け、PoHは歓迎するように両腕を広げた。

「オマエも来てたのか......こりゃあ最高だぜ! なぁ、《悪魔(ブラック)》よォ!!」

 PoHがその名を呼んだとき、彼の体から(あふ)れ出た黒いオーラが、少年の全身を包み込んだ。

 その暗闇の中で、少年の装備に変化が起きた。

 青紫のハーフコートがバサリとはためき、次の瞬間にはダークブルーのフーデッドマントへと変じた。続いてぴったりしたレザーパンツにロングブーツ、薄いグレーのレザーアーマー、黒いマフラーが次々に出現する。

 装備だけではない。妖精のように尖った耳は、丸みを帯びた人間のそれに変わった。髪の色はパープルブラックから闇を裂くような白へ、瞳の色は鮮やかな赤紫から鋭い黒へと変化した。

 PoHはこの世界の仕組みをまだよく知らない。心意というものを、ほとんど無自覚に放出しているだけだ。

 だが、旧アインクラッドで相対(あいたい)した《悪魔(ブラック)プレイヤー》を強く思い起こした結果、PoHの心意は少年のアバターを上書きするに至ったのだ。

 最後に、左右の手に握られた2振りの片手剣が、華奢(きゃしゃ)でありながら獰猛(どうもう)な鬼神へと、その姿を変えた。

 きぃ......ん、と鈴のような音を鳴らし、氷と炎の波刃(セレーション)が、鋭く輝いた。

「また会えて嬉しいぜ。《黒の剣士》や《閃光》以外じゃ、オマエが一番の獲物(エモノ)だったからな」

 舌なめずりでもしそうなほどに嬉しそうな表情を、しかしPoHは一転させてため息を吐いた。

「しっかし、その大本命(メインディッシュ)がまさかあんな木偶(でく)になっちまってるなんてよ」

 心底残念そうにPoHが呟いた。キリトの方を見やり、再び大きくため息。次いでマエトに問いかけた。

「オマエ、なんか知ってるか?」

 そう訊かれ、マエトは短く答えた。

「......相棒が目の前で死んだんだとよ。それで潰れたんだろ」

 口に出しつつ、マエトは自分の胸が痛くなるのを感じた。キリトの苦しみは、マエトにも覚えのあるものだからだ。

 そのとき、マエトの説明を聞いて、PoHが声を上げた。

「はぁ? なんだそりゃ、それであんなになっちまったってのか? それならあんときのオマエみたいに、ブチギレて暴れてくれりゃいいのによ」

 その言葉で、アスナの中に怒りが芽生えたが、同時にふと違和感を覚えた。今のPoHの口ぶりだとまるで──

「まさか......マエトくんとベルくんが襲われてるのを、見てたの......?」

 旧アインクラッドにおいて、殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》が設立・活動開始したのは、2023年の大晦日(おおみそか)の夜。

 30人近い殺人者集団となったPoHたちは、野外でパーティーをしていた小規模ギルドを襲撃し、全員を殺害。その後、年明けと共にシステムに規定されていない《レッド》属性を名乗るギルドを結成し、活動を始めた。

 対して、マエトとベルフェゴールが襲われたのは2023年11月9日。PoHが関与していたとしても、時系列が合わない。

 だが、ある可能性に思い至り、アスナはハッとした。

「ギルドの......試運転......?」

 アスナの言葉に、PoHは口許(くちもと)をニヤリと(ゆが)めることで答えた。

 ラフコフ設立前から、PoHは旧アインクラッドでずっと暗躍していた。第2層で攻略組がとあるプレイヤーを処刑するよう仕向けたり、第3層で2大攻略ギルドを衝突させたりと、その活動自体はSAO初期からあったのだ。

 芝居(しばい)じみた動きで両手を広げると、PoHはどこか得意げに言った。

「ギルド結成の前に、集まったやつらに人を殺す感覚ってのを教えてやることにしたのよ。ただ、ちっと人数が多くてな」

「......ダンバー数か」

 マエトの呟きに、PoHは「イグザクトリィ」と笑って答えた。

「っつっても、そこまでの大所帯じゃなかったがな」

 人間が群れで互いに覚えられる人数、言い換えれば集団が正常に機能できる上限の人数は150人。

 当時アインクラッドにおいて、PoHを(した)って集まったプレイヤーの数は50人強だったが、リーダー1人では統制がとりづらいことに変わりはない。

 だからPoHは、それらを管理・把握しやすいよう10人1組に分割した後アインクラッド中に散らし、「殺しの快感を教える」という名目で、比較的軽めに殺しをやらせた。

 そしてある日、47層を拠点にしていた組のメンバー5人が、とある2人組を襲い──その日のうちに、10人全員が死亡。

 その後、ギルド設立までの1ヶ月強の期間で、集まったラフコフの暫定(ざんてい)メンバー13人を含む犯罪者(オレンジ)プレイヤー22人が、何者かによって殺害された。

「そ、それって......」

 震える声を漏らしたユウキの目に、PoHの(わら)った顔が飛び込んできた。

「たまたま横でハイディングして見物してたんだけどよ、思わず腹ァ抱えて笑っちまったよ! それでハイディングが切れてもオレの方は見向きもしねェで、ずっと叫びながら暴れてて......ありゃ傑作(けっさく)だったぜ! ビデオに撮っておきたかったくらいになァ!!」

 おかしくて(たま)らないといった様子で言うPoHだが、その言葉に込められているのは、他者の殺意と憎悪に対する歓喜だけだった。

 あまりのおぞましさに誰もが言葉を失い、戦場に甲高い哄笑(こうしょう)だけが響き渡った──瞬間。

「────(だマ)れよ」

 一瞬にも満たない刹那(せつな)、少年の体から溢れ出た気配に、その場の全ての人間が気圧(けお)された。

 ユウキも、アスナたちも、ALOプレイヤーたちも、整合騎士も、人界軍も、中韓プレイヤーたちも、そしてPoHさえも。

 瞳の奥では尋常(じんじょう)でない怒りが爆発しているにも関わらず、その声音は凍りついたかのように冷たかった。

 圧倒的な憤怒(ふんぬ)を向けられ、しかしPoHは高らかに笑った。

「......ハッ、いいぜ、やる気満々だな。だが忘れたか? オマエはアインクラッドで、オレたち3人相手に女1人を守りきりはしたが、オレたちは殺せなかった。......いや、今のオマエはそれ以下か。見てたぜ。中韓の連中を殺してる間、そこの紫色の服のガキのこと、ずいぶん気にかけてたよな?」

 マエトの後ろにいるユウキを見やるPoH。その目に込められた悪意に、ユウキはゾッとした。

 笑みにも似た邪悪な形に(ゆが)められた口から、ドス黒い呪詛(じゅそ)が放出される。

「平和な世界で女つくって......そんなオマエにやれんのか!? ぬるま湯に()かって、弱っちくなった今のオマエになァ!!」

 死神の声が響く。目に見えない圧力となって、絶望で心を塗り潰そうと──

「──で?」

「......あん?」

テメェ(・・・)の長ったらしい御託(ごたく)を要約してやる。『久しぶり、早く僕と遊んで』。おしまい」

 PoHの()さぶりを、マエトは一蹴(いっしゅう)した。

 確かにマエトは、かつてPoHたちを殺し損ねた。3人の殺人鬼を、最凶のPKer(プレイヤーキラー)たちを逃がしてしまった。2年も平和な世界にいたことも否定できない。

 だが、

「勘違いしてんなよ、死に損ない。おれがテメェら殺し損ねよーが、ぬるま湯ん中で女つくろーが関係ねぇ」

 マエトが100人斬りの、最強のPKerだということもまた、揺るぎない事実なのだ。

「おれに喧嘩(けんか)売った犯罪者(オレンジ)カーソルがどーなったか、知らねぇとは言わせねぇぞ」

 2年ぶりにそう言い放ち、無造作に前に進んだ少年の目を見て、PoHはぐしゃりと笑った。

「......そう、それだよ! その目だ!!」

 それはかつて、旧アインクラッドでも見たあの目。

 敵意や殺意はなく、しかし穏やかさや温かさも一切ない。ただただ鋭く、どこまでも冷たい、人斬りの目──。

「いいねぇ、こんな気分は久々だぜ......イッツ・ショウ・タァーイム!!」

 両手を広げ、嬉々として叫ぶ悪意の悪魔に、憤怒の悪魔が冷たく応じる。

「とっとと来い。そのニヤケ(ヅラ)、斬り刻んでやるよ」

 マエトが吐き捨てるように言った言葉を聞いて、ユウキは痛いほどに感じた。

 殺意と狂気が渦巻く、アインクラッドの暗闇。その深淵(しんえん)の重さを──。




次回 深淵の剣
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