ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア 作:Maeto/マイナス人間
なぜって?本文書いてて燃え尽きたからです。
「とっとと来い。そのニヤケ
その言葉を受けて、PoHは凶悪な笑みをより一層深くした。
地面を蹴って飛び出し、マエトに大型ダガー《
血のように赤黒い致死の刃を、マエトはその場から1歩も動かず、軽く体を
《
ガードされても構わず、マエトは攻撃を仕掛けた。
「ボクとデュエルしてるときと、全然違う......」
震える声で
あれが剣士としてではない、人斬りとしてのマエトの本気なのだから。
そのとき、PoHが動いた。マエトの連撃の隙間を狙い、素早く肉切り包丁を振るう。
舞い上がった砂煙が晴れるのと、PoHの2メートルほど後ろにマエトが無傷で、音もなく降り立ったのは同時だった。
「今のを、躱したのか......!?」
ソルティリーナの
蒼刃と凶刃がぶつかり、
空恐ろしいほどの速度のラッシュに、その場の全ての人間が圧倒された。
「す、すごい......!」
思わずそう呟いたティーゼに、ソルティリーナとロニエも同意した。
「なんて速さの乱撃だ......」
「キリト先輩よりも速い......」
だが、ユウキとアスナがかぶりを振った。
「ううん、違う......」
「えぇ、あれは乱撃なんかじゃないわ」
その言葉を
「バ、バカな......!」
振り向くと、若き
高速で飛び回る投刃の使い手だからこその優れた動体視力ゆえか、人界人の中でいち早く
「あの動きで、あの速さで......全部、同じ場所を叩いているのか......!?」
そう。絶え間ない攻撃の全てを、マエトは
だが、PoHはガードしているのではない。彼もまた剣を振るい、攻撃しているのだ。
斬撃の軌道を正確に予測し、狙った座標に相手よりわずかに速く割り込む。それも寸分
スピード、照準、タイミング。どれか1つでも、わずかにでもズレれば即座に
騎士どころか衛士ですらない少年が、どんな世界で、どんな生き方をすれば、あそこまでの
何があれば、あのような領域に行けるのか。
恐怖すら覚えるレンリの目には、マエトの剣速は
そして、ソルティリーナもまた、レンリ同様に
目の前で死闘を繰り広げている2人の剣技に、彼女は見覚えがあった。その既視感の正体はすぐに解った。
彼女がノーランガルス北帝国の修剣学院において上級修剣士だった頃、
様式美などは完全に削ぎ落した、ただ相手を切り裂き、貫くことだけを目的とした剣技。
あの2人は秘奥義こそ使ってはいないが、間違いない。
あれもアインクラッド流だ。あれがアインクラッド流だ。
実戦流派の究極形。勝つための剣ではない、殺すための剣。
初めて目の当たりにした、
そのとき、
────カリッ。
重く暗く苦しい空気が流れる戦場に、かすかに、だが確かに、小さな音が生じた。
直後、PoHが後ろに跳んだ。即座に追いかけてきたマエトに、カウンター気味に縦斬りを見舞う。
マエトは振り下ろされたダガーに向け、逆手に握った切鬼と順手に握った裂鬼を十字に交差させて振るった。ハサミのような交差斬りが、
(狙いは武器破壊か......!)
かつて旧アインクラッドで戦ったときも、マエトはPoHを直接殺しには行かずに
PoHのダガーの腕は天才的だ。特に、キリトの愛剣《エリュシデータ》と同等の魔剣クラスである大型ダガー《
だがそんなPoHでも、マエト相手に武器をもたない丸腰の状態になってしまえば、確実にとまでは行かずとも、負ける──殺される可能性は格段に高くなる。
舌打ちするとPoHは、今度はダガーを振り上げながら大きくバックジャンプした。
そのとき、マエトが切鬼と裂鬼を握ったまま、両手の親指、人差し指、中指を伸ばした。同時に、その口が小さく動く。
直後、マエトの伸ばした指の先で、真紅の光が
「ッ!?」
ギリギリで回避したPoHに、今度は双刃が振り下ろされる。何とかガードするも、マエトの攻撃の軌道から刀身の傷を
「い、今のは......神聖術!?」
レンリの言う通り、マエトは神聖術を用いてPoHの体勢を崩したのだ。
『システム・コール。ジェネレート・サーマル・エレメント。フォームエレメント、アロー・シェイプ。フライ・ストレート。ディスチャージ』
マエトの口がそう動いていたのを、レンリは見逃さなかった。
だが、リアルワールドの騎士たちは神聖術に
にも関わらず、あの少年は一切の
「なぜ、リアルワールドの騎士が......!?」
その疑問に、ティーゼが答えた。
「あの方は戦場に行かれる前に、キリト先輩の様子を見に補給部隊の馬車のところに来て、そこであたしとロニエに会ったんです。それでその後、えっと、確か......」
記憶を
「『この世界の《マホウ》について教えてほしい』と......そう言って神聖術の基礎知識を覚えて行かれました」
「と言っても、あたしたちが
それを聞いて、アスナとユウキは納得した。
様々な状況を想定し、使える手札を限界まで増やす。
初めての場所、初めての状況、それらにすら即座に対応する。それができるから、彼は1年間、旧アインクラッドを単独で生き延びられたのだ。
「魔法かよ......。
吐き捨てるように言ったPoHを、マエトはせせら笑った。
「使えるものは何でも使うってのが殺しの基本だろ? それを小賢しいとか、ぬるま湯はテメェの方なんじゃねぇの?」
「ハッ、言ってろ!」
右腕に力を込め、半ば強引に
武器が破壊されるのは不都合ではあるが、
そんな剣の刀身が傷付くほどの猛攻をして、マエトの方も剣の耐久値が減っていないはずがない。しかも細く
普通に斬り合ったとしても、先に耐久値を全損して
(
冷静さを取り戻してニヤリと笑うと、PoHは反撃を始めた。先ほどまでよりさらに速く、さらに強くダガーを打ち込む。
吹っ切れたことで攻撃に
(開き直りやがったか......。まー、その程度は想定内だけどな)
PoHの攻撃を受け続けながら、マエトは右手の人差し指をこっそり伸ばした。同時に、可能な限りの速度で式句を
「システム・コール。ジェネレート・エアリアル・エレメント。バースト・エレメント」
2秒半の高速詠唱によって、PoHの目の前で緑色の光が弾けた。同時に烈風が吹き荒れ、PoHを後ろに吹き飛ばす。
再び距離が空いた瞬間、マエトの指先から再び炎の矢が飛んできた。6本の火矢を、タイミングをズラして発射している。それもPoHの動きを読んだ上でだ。
思いの外厄介な攻撃に、しかしPoHはニヤリと笑った。口の中で、無音で呟く。
「やっぱりオマエ、弱くなったな」と。
PoH──本名ヴァサゴ・カザルスはかつて、《
(
内心での言葉を、PoHは声に出して引き継いだ。
「飛び道具に頼るやつは、近距離が
そう叫ぶや否や、
一斉に飛んできた残り3本の火矢も、あっさりとダガーで叩き落とす。この状況でなおも
そのとき、突風が吹き荒れると同時に、テレポートじみた速度でマエトの姿が消えた。突然の風に目を細めたPoHに、背後から超高速で蒼刃が迫る。
ギリギリでガードしつつ、PoHは先ほど
(飛び道具を使ったのは、オレの意識を中距離に
ニヤリと笑い、PoHは
その形を見て、マエトはハッとした。急いで飛び退こうとするが、
「
短剣4連撃ソードスキル《ファッドエッジ》。
「ちっ......」
小さく舌打ちしたマエトは、
だが、2連撃目がマエトの右手を
(ここでのソードスキルは想定外だった......。エイジが首削ってくれてなかったら、指2本じゃ済まなかったな)
止めを刺される直前、エイジは最後の力を振り絞ってPoHの首に噛みつき、
PoHが体勢をソードスキルのプレモーションに近付けた際、首の皮膚が引っ張られたことでその傷が開き、痛みで技の軌道が少しだけブレたのだ。そうでなければ、恐らく右手の手首から先がなくなっていただろう。
だがどちらにせよ、右手が使いづらくなったことに変わりはない。
マエトはどこかのタイミングで、何かしらの手段でPoHから
とにかく、PoHの手から
だが、右手の指を2本失った状態で、『五指で相手の剣を
ならば五指が無事な左手でと行きたいところだが、その場合は指を2本欠損した右手だけで、PoHの攻撃を
(さて、攻め手が減った状態でどこまでやれるかな......)
すぐさま思考を走らせるマエト。
そのとき、すぐ後ろから声が聞こえた。
「すまねえ、マエト......」
ちらりと振り向くと、重傷を負ったスキンヘッドの巨漢──エギルがいた。少し離れた場所から、クラインも話しかけてくる。
「せめて何か......PoHの野郎をぶっ飛ばす手伝い、してえんだがよォ......」
痛みだけでなく悔しさに顔を
「こんなんじゃ、何もできやしねぇ......。オレらが
左腕を斬り飛ばされたクラインも、体をいくつもの槍で貫かれたエギルも、とても戦闘に参加することはできないだろう。確実に足手まといになるだけだ。
「すまねえ、マエト。こんなザマで言うのもなんだが......頼む。オレらの代わりに、あの野郎をぶちのめしてくれ......!!」
そう
「いや、斬り合い始めてから色々考えたけど、多分それじゃダメだ」
マエトはそれを即座に否定した。思わず驚くクラインたちに、マエトは淡々と言う。
「中韓のやつらのキレっぷり見ただろ? 何言われたかは知らんが、あんなになるまで
だが、それはあくまで現時点ではの話だ。PoHが本気で煽れば、5万人もの赤騎士の過半数は再び猛り狂うだろう。この状況ではPoH1人より、5万人の大軍に暴れられる方が
「PoHを殺し切るのは、中韓のプレイヤーを全員無力化してからじゃないとダメだ」
冷静に状況を分析し、そう判断したマエト。だが、
「そんなこと、可能なのか......? この大軍を無力化なんて......」
エギルの言葉を、マエトはさらりと認めた。
「無理だな、おれらじゃ」
しかし、少年は続けて言った。
「でも、キリトさんなら多分やれる」
ハッとしたような表情を浮かべるクラインとエギル。
「あの2本の剣で解る。この戦場で《戦闘力》と《この世界の知識・能力》を一番高いレベルで両立させてるのは、多分キリトさんだ。おれらには無理でも、あの人なら何かしらの方法をとれるかも知れん」
それに、と言うと、マエトはふっと笑みを浮かべた。
「おれよりもあんたらの方が見てきただろ? あの人が、勝ち目のない戦いを何回もひっくり返すとこ」
その言葉に、こんな状況ながら、クラインとエギルは
「へへっ、それもそーだ」
「それがキリトってやつだからな」
そう呟いた2人に背を向け、
「おれがするのは時間稼ぎ。キリトさんを信じて、とにかく戦闘を引き伸ばすんだ」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、マエトは全速力で飛び出した。
高速で接近するマエトを見て、しかしPoHはニヤリと笑った。
(時間稼ぎだぁ? よく言うぜ。オマエはさっきから、しっかりとオレを殺せる攻撃をしてきてる。その気になりゃ、今のソードスキルだって
本気で殺そうとしつつもダメージを負うことで、さもPoHが優勢であるかのように演出し、それによって相手が油断した隙に一気に仕留める。それがマエトの狙い。
PoHは旧アインクラッドにおいて、殺人者たちの頂点として、暗闇の中心にいた。
だからこそ、同じ暗闇の中を生き延び続けたマエトのことを知っている。
同じ穴の
「昔っからよくまぁ頭が回るモンだが......ブラフってのは、バレちまったら意味ねェんだよ!!」
そう叫び、魔剣を振り下ろす。
血の色の刃と、氷の色の刃が衝突した。
次回 足掻く者