ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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ハッピーバースデー、ユウキ!!(更新当日)
そして、いよいよ最終回......?


第23話 明るい未来へ

§ラース六本木支部

 

 複雑な装置が置かれた、真っ白で無機質な部屋。いかにも閑静(かんせい)という表現が似合いそうな空間だが、今この瞬間だけはそうではなかった。

 小さな部屋を、スーツを着たとある男性の怒声(どせい)が満たしていたからだ。

「謝って済むとでもお思いですか!? 死んだ人間には、どうしたって賠償(ばいしょう)などできないのですよ!」

 男性──結城(ゆうき)明日奈(あすな)の父、結城彰三(しょうぞう)のあまりの剣幕に、比嘉(ひが)タケルは思わず首を縮めた。ちらりと隣を見やると、神代(こうじろ)凛子(りんこ)博士までもが軽く冷や汗をかいていた。

 基本的にいつでも冷静沈着なこの女性を圧倒するとは、さすがは総合電子機器メーカーとして名高い《レクト》の前CEOと言ったところか。

 アンダーワールドに日米中韓のVRMMOプレイヤーがダイブし、壮絶(そうぜつ)な戦争を繰り広げた7月7日から数日。桐ヶ谷(きりがや)和人(かずと)と結城明日奈は、太平洋沖を自走していたメガフロート《オーシャン・タートル》からラース六本木支部にSTLごと移送された。

 アンダーワールド内では、現実世界とは異なる速度で時間が流れている。アミュスフィアを用いるVRMMOプレイヤーをコンバートさせた際は等倍にまで落とされていた時間加速倍率は、メインコントロール・ルームを占拠した襲撃者の暴動によって、上限の500万倍にまで引き上がった。

 キリトとアスナは、アンダーワールド内でダークテリトリー南端に存在する《ワールド・エンド・オールター》──《果ての祭壇(さいだん)》と呼ばれるシステム・コンソールから、アリスを現実世界に逃がした。

 その際、アリス奪取を目論(もくろ)む敵と交戦したキリトは、限界加速フェーズ開始前にアンダーワールドからログアウトすることができなかった。そしてアスナも、恋人であるキリトのそばにいることを選び、アンダーワールド内に残った。

 限界加速フェーズ突入後は、システム・コンソールは機能しない。現実世界のラーススタッフに、STLの切断作業をしてもらわねば、2人はログアウトすることができなかった。

 そして、比嘉の手による2人のログアウト処理が完了したのは、限界加速フェーズ開始から20分後。それはアンダーワールド内部で、200年の時が流れたことを意味していた。

 200年という、人間の魂の寿命を軽く超える年月を生きて、しかし2人の心臓はまだ止まっていない。

 だが、いつ止まっても──つまり死んでもおかしくはない。

 ログアウト処理が済んでからも眠り続ける2人がラース六本木支部に移送されてすぐ、彼らの両親に対して比嘉と凛子が事情の説明と謝罪を(おこな)った。

 明日奈と共にアンダーワールドにダイブし、違う戦場で同じ戦争を戦い抜いた直葉(すぐは)からいくらか話は聞いていたのだろう。桐ヶ谷夫妻は涙をこぼしこそしたものの、

「きっとまた、カズ──和人は帰ってきてくれます。SAOのときでもそうでした」

 そう言って、息子の帰りを待つつもりらしい。

(アスナさんの親御さんも、キリト君の親御さんみたいだったらラクなんスけどねぇ......)

 そんな比嘉の願いは(むな)しくも粉々にされ、現在STLルームに彰三の憤懣(ふんまん)やるかたないといった様子の声が響いているというわけだ。

「私は娘を信じています」

 不意に、そんな落ち着きつつも強い(しん)を感じさせる声が発せられた。声の主──明日奈の母、結城京子(きょうこ)は、娘の栗色のロングヘアを撫でながら続けた。

「娘は、私たちに黙って消えてしまうようなことは絶対にしません。必ず、元気に帰ってくるはずです。だから、あなた、もう少し待ちましょう」

 妻の言葉を聞き、彰三は何とか怒りを飲み込んだ。 

 そのとき、

「ふむ、これが(うわさ)の《えすてぃーえる》というやつか」

「わー、なんかメディキュボイドに似てるねぇ......」

 そんな声に全員がさっと振り向いた。視線の先で、本来なら関係者以外立ち入り禁止のSTL室に、10代半ばと(おぼ)しき2人の男女が入ってきていた。

「ま、前田(まえだ)君!?」

 思わず声を上げる比嘉に、前田智也(ともや)はにゅっと右手を挙げて挨拶(あいさつ)を返した。

「どーもどーも、お久しぶりです」

「な、なんでここに......!? 警備スタッフは......!?」

 驚きそのままに(まく)し立てる比嘉だが、智也の返答によってその顔が凍り付いた。

「いやー、なんかみんなお疲れみたいで、ぐっすり寝てるよ」

(そ、それって......眠らせたってことッスか......!? 首筋をトンってやったり、クスリ()がせたり......!?)

 そんなことを考えブルリと震える比嘉を尻目に、智也と木綿季(ゆうき)は桐ヶ谷・結城両夫妻に挨拶した。

「初めまして、前田智也です。キリ......カズトさんとアスナさんにはいつもお世話になってます。あとリー......スグハさんにも」

「ボクは紺野(こんの)木綿季です! ボクも3人には、いっつもお世話になってます!」

 ペコリと頭を下げる2人に対し、最初は少し驚いていた4人も(あわ)てて自己紹介した。特に父親2人に至っては、

「桐ヶ谷峰嵩(みねたか)です。こちらこそ、いつも和人と直葉がお世話になっているようで。これからも仲良くしてやってもらえると助かるよ」

「結城彰三です。君たちのことは、娘から話に聞いていたよ。いつも明日奈と一緒にいてくれて、ありがとう」

 と言って、ビジネスマンらしくビシッと名刺を差し出してきた。

 これはこれは立派なものを、とどこかズレたリアクションで名刺を受け取った智也。その前に、彰三の左手がずいっと差し出された。握手だ。

 だが、智也は気まずそうな表情を浮かべてこう言った。

「あー......すいません、右手でお願いしていいですかね?」

 少し戸惑ったような表情を浮かべたものの、彰三は(こころよ)く右手を差し出した。智也と握手を交わし、次いで木綿季とも手を握り合う。

 峰嵩ともそうしたところで、和人の母親である桐ヶ谷(みどり)気遣(きづか)わしげに訊ねた。

「左手、怪我(けが)でもしたの? 大丈夫?」

 そんな問いに、智也は気にしてないといったふうに答えた。

「ダイジョブです、怪我はしてませんので。ただ、こないだの戦争で動かなくなった(・・・・・・・)だけです」

 ざわっと驚きが走った。凛子が鋭く声を上げる。

「こないだの戦争って......アンダーワールド内での!? 腕が動かなくなったって、どうして......!?」

「いやー、あの戦いで左腕ごと敵を爆破して道連れを狙いましてね。比嘉さんたちがアンダーワールドに《ペイン・アブソーバ》設定してくれてなかったから、現実の神経にまで異常が出ちゃって」

 頭をかきながら、わざと軽い調子で言った智也だが、その言葉に大人たちは息を呑んだ。

 ザ・シード・パッケージを用いて設計されたVRワールドには、痛覚遮断機能(ペイン・アブソーバ)というものが存在する。ALOやアスカ・エンパイアなど、日本国内で運営されている大抵のVRワールドでは最大のレベル10に、運営体がアメリカにあるGGOはやや低めだが、どれだけ低くともレベル4以上には設定されている。

 ペイン・アブソーバのレベルが3以下にまで落ちると、フルダイブマシンからの痛覚フィードバックによって現実の肉体の神経にまで影響が出るからだ。

 そして、アンダーワールドにはそもそもペイン・アブソーバは設定されていない。レベル0と同義だ。

 アンダーワルド内で自身の左手を爆破したことで、智也は現実体の左手を動かせなくなってしまったのだ。

 流れた沈黙(ちんもく)を、比嘉と凛子が破った。

「それは、その......申し訳ないッス」

「......大丈夫、なの......?」

 心配そうな目を向けられ、しかし智也は平気そうに笑った。

「だいじょぶですよ。だって......」

 そこで智也がちらりと隣を見やると、その視線を受けて木綿季はにっこりと笑った。

「2人でお互いに、支え合ってくからね......いつまでも、ずっと」

 アンダーワールドに広がったあの夜空の下で、あのとき決した胸の内を、木綿季ははっきりと言葉にした。

 2人の目を見て、凛子たちは思わず圧倒された。

 この歳でこれほどまでに強い覚悟を決められる者は、そう何人といるものではない。 

 コンソールを通じて「キリトのために、彼と一緒にアンダーワールドに残る」と言ったアスナから感じたものと同じ、愛する人を心から想う(とうと)く美しい覚悟が、木綿季と智也の目には宿っていた。

(この歳でこんな目をするとは......)

(......強い子供たちがいたものだ)

 内心でそう評した峰嵩たちの前で、智也は自分の左手を指差しながらニヤリと笑って言った。

「さてと......じゃーもう終わっちゃったかもですけど、おれらにも事情説明してもらっていーですかね? これ(・・)の賠償ってことで」

 そう言われ一瞬だけ顔を見合わせると、比嘉と凛子は小さくため息を吐き、智也たちのために改めて事情を説明した。

 一通り説明を聞き終えると、木綿季は軽く驚いていた。

「はぁ~......アンダーワールドが、ボクがメディキュボイドでダイブしたときのデータを使って造られたなんて、考えもしなかったよ......」

 そう呟く彼女の隣で、しかし智也は納得したように(うなず)いていた。

 以前、木綿季が智也の家に移住するための許可取りと相談をしたとき、菊岡(きくおか)誠二郎(せいじろう)は二つ返事でOKした。

(あれは菊岡さんなりの、ユウへの謝礼みたいなもんだったってことか......)

 智也が内心でそう結論づけていると、木綿季が明日奈の髪をサラサラと(もてあそ)びながら言った。

「うーん、キリトのために一緒に残ったのかぁー。やっぱりアスナは、キリトのことが大好きなんだね!」

 そんなコメントをする木綿季に、智也は「心拍モニタしてるくらいだもんねー」と返した。

 桐ヶ谷・結城両夫妻と違って、2人は非常に気楽そうだった。

「まぁ、どーせあの2人なら元気に帰ってくるでしょ。そしたらキリトさんに美味しいもの(おご)ってもらおーっと」

「あ、いいなー! じゃあボクもアスナにオヤツ作ってもらおーっと! ......それにしても200年かー。どんな感じなんだろうね?」

「あの2人、帰ってきたら仙人みたいになってるんじゃない?」

 そんなことを言いながら勝手にワイワイ盛り上がると、智也は木綿季に向かって言った。

「よし、じゃー帰ろっか」

「うん!」

 あっさり帰ろうとする2人に思わず呆気(あっけ)にとられると、比嘉は恐る恐る訊ねた。

「えっと......いや、説明し残したことはもうないんスけど......もういいんスか?」

「うん、だって聞きたいことはもう聞けましたし......あ、そーだ」

 そう言うと、智也は思い出したように比嘉を振り向いた。

「ここのスタッフのセキュリティ意識、しっかり見直した方がいーよー。こないだのバイトの続きで来ましたーって言ったら入れちゃったから」

 そう言われて、比嘉はハッとした。2ヶ月ほど前にこの少年を、ここと同じく六本木にある研究室に呼び出し、第4世代型フルダイブマシンのテストダイバーとしてアルバイトを依頼したのだが、

(そう言えば今ここにいる製作スタッフと警備スタッフ、あのときと丸っきり同じメンツだったッス.......!)

 言われた通りにセキュリティ意識の見直しを心に(ちか)う比嘉にイタズラっぽい笑みを向けると、智也は大人たち6人に左手(・・)を振った。

「じゃーそーゆーことで。さよならー」

「失礼しましたー!」と、これは木綿季。

 そう言って部屋から出て行こうとする2人をそのまま見送ろうとして、しかし凛子はあることに気付いて呼び止めた。

「ま、待って! いま、左手......!」

 慌てたことで少しだけ裏返った声に振り向くと、智也はしれっと答えた。

「あーこれですか? 安静にしてたら今朝がた動くよーになりましたよー」

 最後に悪びれもせずにぺろりと舌を出した智也に、凛子たちは唖然(あぜん)とした。

 手を(つな)いで部屋を出て行った彼らの背中を見送りながら、比嘉が凛子に向けて呟いた。

「......してやられたッスね」

「......お互いにね」

 2人がそんな会話をしているときと同じ頃、峰嵩と彰三も短く言葉を交わしていた。(いわ)く、

「......彼に関しては強いというより、(したた)かと言った方が適切でしょうね」

「えぇ、まったく」

 

 

 そして、1ヶ月弱が経過した8月のある日。この日はALOで、9種族合同会議が行われる。

 アンダーワールドにメインキャラクターをコンバートして救援を行った約2000人のALOプレイヤーたちに対して、事実報告会をするというものだ。同月1日にラース六本木支部にて覚醒(かくせい)した和人(キリト)明日奈(アスナ)も、当事者──と言うより中心人物として参加する。

「アスナ、早く来ないかなー」

 世界樹の根本に存在する巨大ドーム。そこに続々と集まってくるプレイヤーたちを、世界樹の枝から見下ろしながら、ユウキは足をブラブラさせて呟いた。隣に座るマエトが、

「もーそろそろ来るでしょ」

 とのんびり答え、木製のジョッキを傾ける。

 アンダーワールドに救援に言ったプレイヤーたちは、誰1人としてアカウントデータをロストすることなく、全員が元のゲームに再コンバートできたらしい。

 だが、無事というわけでもない。あの赤騎士集団によって破壊ないしは強奪された武器や防具──メインキャラクターの主武装だけあって、どれも入手困難なレアアイテムばかりだった──は、戻ってこなかったのだ。

 幸い、ユウキの長剣やマエトの双剣は破壊も強奪も(まぬが)れたので、無事にALOに戻って来られたが、そんな幸運な人はごく少数だ。何せコンバートした約2000人のプレイヤーは、中国と韓国からの増援によって数百人ほどになるまで殺されたのだから。

 集まるプレイヤーたちの顔がどこか暗いのを見て、ユウキとマエトは小さく息を吐いた。脳裏にアンダーワールドでの戦闘が蘇る。

 そのとき、ユウキが「あっ!」と声を上げた。枝にぶら下がったまま彼女の視線を追ったマエトは、(はね)を震わせて飛んでくる影妖精(スプリガン)水妖精(ウンディーネ)の姿を見つけた。

「アスナー!」

 背中に半透明翼を広げ、猛スピードで枝から飛び出して行ったユウキを見送り、マエトは枝から飛び降りた。地面から数メートルの高さで一瞬だけ翅を広げ、落下速度を殺して無音で着地。少し離れた場所に立っていたクラインとエギルのそばに降り立ったキリトの元に、小走りで駆け寄る。

「......ウントに()れちまったら、こっちじゃ腕がなまってるんじゃないのか? 会議の後、軽くモンでやってもいいぞ」

 そんな太い声が聞こえた。恐らくエギルが『あんな強いアカウントに馴れちまったら......』とでも言ったのだろう。

 確かに、翅も使わずに瞬間移動じみた高速飛行をし、広範囲にエネルギーを生成、同時にそれを吸収し、それを使って大勢のプレイヤーを一瞬でフルヒールし......そんな圧倒的な強さのアカウントを使ったあとでは、ALOのノーマルなアカウントではさぞ戦いにくいことだろう。

「......こ、こっちこそ、アンダーワールド仕込みの技を見せてやるから期待しとけよ」

 うそぶくキリトに音もなく近づくと、マエトは後ろから声をかけた。

「ほう。それはぜひとも見せてほしいですな」

「うわっ! (おど)かすなよ!」

 飛び退きつつ文句を言うと、キリトは次いで顔をしかめた。

(アンダーワールドから戻ってきて最初の相手がマエトかぁ......キツいなんてもんじゃないぞ......)

 そんなことを考え、そこでキリトはハッとした。マエトのその強さの由来を、改めて思い出したからだ。

 相棒(ユージオ)が死んでから、キリトは──外的要因があったとは言え──心を壊し、周りの人間に支えてもらって何とか生きてきた。

 だがマエトは、そのキリトよりも幼い頃に相棒(ベルフェゴール)が死に、その後はずっと1人で生き続けた。

 キリトは生き地獄の中で心を壊し、人に支えられながら()()がった。

 対してマエトは、地獄の底でたった1人、泥を這いながら進み続けた。

 感じた苦しみの大きさは、想像に(かた)くない。

「......お前はすごいな」

 そんな言葉が口からこぼれたキリトに、マエトはきょとんとした顔で首を(かし)げた。

 そこに、アスナが声を投げかけてきた。

「キリトくん。いまユウキから聞いたんだけど、マエトくんってば、こないだALOにやってきたばかりのアリスさんのことボコボコにしたんですって」

「だって、剣2本持つ酔狂者(すいきょうもの)がどーとかって言ってきたからさー。酔狂かどーか試してみればって言ったら、望むところですとか言って剣抜くんだもん」

 そんなマエトの補足に、キリトは少し頭を抱えた。

 よくよく考えてみれば、この少年とアリスは性格も戦闘スタイルもまるで真逆だ。馬が合わないこともあるかとは予想していたが......

「お前けっこう喧嘩(けんか)っ早いよな......」

 ぼやくように言ったキリトにマエトは、

「喧嘩は口より先に手を出すものです」

 なぜか腰に手を当てて、自信たっぷりにそう答えた。

 そして、その後の合同会議が終了するとすぐに、キリト対マエトのデュエルが行われた──というより、キリトもマエトも知らないところで、いつの間にかやるということになっていた。

 なんでもお調子者なクラインと商魂たくましいエギルが「アンダーワールドに助けに来てくれたお礼に見せ物をする」などと言い出したらしく、一部のプレイヤーに至っては()けまでやり始めている。

「なんでこんな大事(おおごと)になってるんだ......!」

 またしても頭を抱えるキリトに、マエトはのんびりと言った。

「まーまー、終わったらアスナさんがオヤツ作ってくれるらしいしさー」

「いや、アスナのオヤツは美味しいけどさ......、それ目当てでワーイって頑張れるのはお前とかユウキとかだけなんだよ......」

 などとブチブチと文句を垂れてみるも、周囲のギャラリーたちは既に盛り上がっている。やるしかない。

 なまった感覚を叩き直すにはちょうどいいか、と強引に自分を納得させると、キリトはマエトにデュエル申請を飛ばした。すぐに返ってきた受諾を知らせるウインドウに記されたモードは、《全損決着モード》。

「......なんか、すごい(なつ)かしく感じるな」

 そう言うと、キリトは背中に両手を回した。黒の長剣《ユナイティウォークス》と、黄金の長剣《聖剣エクスキャリバー》の(つか)を握り、一息に抜き放つ。

 マエトもこの日は珍しく、最初から双剣を抜いていた。右手で紫の剣《ストラグラ》を逆手に、左手で青の剣《シャドウリッパー》を順手に握る。

(......相変わらず気配とか殺気が読めないな......アンダーワールドにはそんなやついなかった)

 改めてキツそうだと不安になっていると、周囲から声援がいくつも飛んできた。

「キリトくーん、無茶しないようにねー!」

「パパー、ファイトですー!」

「とー君、手加減しちゃダメだよー!」

 思わず口の端を上げると、キリトは剣を握る手に力を入れ直した。カウントがゼロになり、【START!】の文字がフラッシュする。

「行くぜマエト!!」

 飛び出したキリトの気合いに、マエトは行動で応じた。わずかに身を(かが)めて黒い斬撃の下に素早く(もぐ)り込むと、超高速で回転斬りを放つ。

 カウンターで振るわれた旋刃が、吸い込まれるようにキリトに迫り──

 

 

 ───

 

 ──────

 

 ─────────

 

「あ、ほらこれ。キリトがアンダーワールドから帰ってきて、最初にとー君とデュエルしたときの写真」

 何とはなしに開いたアルバムに()じられた写真の1枚を、木綿季(ゆうき)が指差す。それを見て、智也(ともや)は目をパチパチさせた。

「こんなん撮ってたんだ。気付かんかった」

「とー君、戦闘始まった途端(とたん)すごい集中してたもんねー」

 そう言って笑う木綿季に、智也はあははと笑った。のんびりした表情は、7年経っても変わっていない。

 そのままパラパラとアルバムのページをめくっていると、ふと智也の手が止まり、ある1枚の写真を指差した。

「......こんな写真もあったんだ」

 布団の上で大きく口を開けている智也(当時16歳)と、そこにうさぎ切りの林檎(りんご)が刺さったフォークを差し出している木綿季(当時17歳)を写した写真だった。

「とー君が風邪ひいたときの写真だねー。撮ったのはアスナかな」

 夏風邪に倒れた智也を、明日奈(あすな)(当時20歳)に手伝ってもらって看病(かんびょう)したときのことを思い出す。高熱で赤くなった(ほほ)を、弱々しくも幸せそうに(ゆる)めて林檎を頬張(ほおば)る智也の姿を思い起こすと、木綿季はページをめくった。

 そのまましばらくして、彼女は「あっ」と声を上げてとある写真を指差した。

「とー君の18歳の誕生日に撮ったやつだね」

 木綿季の言う通り、それは2029年12月13日に撮影された集合写真だった。ダイシーカフェでのパーティの途中で撮られたもので、和人や明日奈と始めとしたいつものメンバーが並んで写っている。

 バースデーパーティで撮った写真は他にもたくさんあるのだが、この日のそれはただのバースデーパーティではなかった。

「キリトもアスナも、すっごいびっくりしてたよねー」

「だねー。まーさすがに、結婚の証人(・・・・・)になるのは初めてだったみたいだしねー」

 そう。18歳の誕生日を迎えるや否や、智也は木綿季と結婚したのだ。和人(かずと)と明日奈には証人として、婚姻届(こんいんとどけ)に署名と捺印(なついん)をしてもらったのだが、最初に頼んだとき2人は飛び上がらんばかりに驚いていた。

 ちなみに未成年での結婚ということで、倉橋(くらはし)医師(いし)に保護者の同意書を用意してもらったのだが、彼にも思い切り驚かれた。

 区役所に婚姻届を提出しに行ったときには、和人と明日奈が呼んだ友人たちがぞろぞろと──アンドリューに至っては、一時的にとは言え奥さんに店番を代わってもらってまで──同伴したため、かなりの大所帯だった。

 必要書類の提出を終え、役所の職員に「ご結婚おめでとうございます」と言われた瞬間とその後のパーティでの友人たちの盛り上がりようは、いま思い出しても少し異常だったような気もする──。

 などという記憶を智也が掘り起こしていたそのとき、木綿季の大きく(ふく)らんだお腹が、ピクリと動いた。

「あっ......見た? いまボクのお腹()ったよ」

「いや、蹴りと見せかけてパンチかも知れん」

 腕組みをしてそう答える智也に、木綿季は笑った。

「あはは、デュエルしてるんじゃないんだから」

 2人揃って笑うと、木綿季が思い出したように言った。

「そう言えば、香奈(かな)ちゃんは来月くらいに産まれるらしいよ」

「カナチャン......って、誰?」

 初めて聞く名前に首を傾げる智也に、木綿季は説明した──そういえば言ってなかった、と呟いてから。

「アスナのお腹の中の子だよ。『名前決めたよー』って、昨日連絡あったんだ」

「ほう、ユイちゃんにもついに妹が......!」

 なぜか感慨(かんがい)深そうにうんうんと頷くと、智也は(あご)に手を当てた。

「しかし、()ズトとアス()の娘でカナ(・・)か......キリトさんっぽいネーミングだな」

 そんな智也の言葉を聞いて、木綿季の頭の中で「余計なお世話だ!」と言っている和人──かつてALOで愛用していた濃い灰色のロングコート姿だった──が浮かんだ。

 自分の想像に思わずクスッと笑うと、木綿季は「もー」と苦笑混じりに言った。

「ボクらだって同じようなものなんだから、他人のこと言えないでしょ?」

 そう言った木綿季を振り向き、智也は「まーね」と笑った。

 ふと、木綿季の顔に寂しさや(はかな)さのようなものが過ぎった。

「......元気な子になってくれるといいね」

 子供の頃の自分を振り返りながら、木綿季が言う。

 HIVに侵されていた彼女の言葉に込められた想いに気付き、智也は微笑んだ。

「大丈夫だよ。きっと母親に似て、元気でヤンチャな子だよ」

 そう言って、智也は木綿季の(くちびる)に軽くキスした。

 微笑みを返すと、木綿季は改めて自分のお腹──その中で静かに眠っている我が子をそっと撫で、話しかけた。

「元気に産まれて、優しい子に育ってね......優也(ゆうや)

 ゆっくりと、優しく動く木綿季の左手。その薬指で、レモンクォーツがキラリと輝いた。




マエト「......あれ、今のが最終回だったんじゃないの?」
ユウキ「あともうちょっとだけお仕事だって! 頑張ろ、とー君!」
マエト「えー......」
アスナ「それ終わったら、わたしがご褒美(ほうび)にアップルパイ作ってあげるね」
マエト「なぬ」
ユウキ「じゃあボクも、終わったらご褒美にちゅーしてあげる!」
マエト「やるー」
アスナ「そんなわけで、次回もお楽しみにー!」
ユウキ「まったねー!」
マエト「ばいばーい」

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