ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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ここからがこの作品の本番です。
作者の名前がMaetoでオリ主の名前もマエトですが、本名に関してはテキトーに考えた偽名です。作者の本名とは違うので悪しからず。


第5.5話 血染まった記憶

 紺野(こんの)木綿季(ゆうき)が転校して以降、前田智也(まえだともや)は全てが退屈で仕方なかった。

 いつも隣にあった、あの輝く笑顔。弾けるような笑い声。それらを思い出す度に、何もかもが灰色に見えた。

 木綿季が入院している横浜港北総合病院へはよくお見舞いに行くし、その時は彼女と他愛もない会話を弾ませるが、面会が終わって病院を、いや病室を出るとすぐに孤独感が襲ってきた。

 そんな彼は、テレビでナーヴギア専用ソフト《ソードアート・オンライン》の開発が報道されているのを観て思った。

(VR──現実とは違う、仮想世界......。ゲームの中でなら、またユウちゃんと一緒に遊べるのかな......)

 そう思うと否応なしに気持ちが(たかぶ)った。昔から幸運というものと縁がなく、それを自覚してながらもベータテストに応募したり、パソコンの前に陣取って初回ロットを購入しようとしたりした。

 また木綿季と一緒に遊びたい。

 その一心で、彼はSAOの初回ロットとナーヴギアを手に入れた。

 そして、2022年11月6日。前田智也/マエトは、アインクラッドの虜囚(りょしゅう)となった。

 

 

 ゲーム開始から2ヶ月が過ぎた、2023年1月3日。最前線が第6層となっていた頃には、マエトも攻略にそこそこ貢献していた。

 攻略組の一員としてボス戦に参加することはなくとも、迷宮区でレベリングをするついでにマッピング、そこで得たマップデータを情報屋に売るなどして生計を建てたりもしていた。

 その日もマエトはフィールドに出てレベリングをしていた。だが、その日はいつもより早めに切り上げて街に戻った。理由は単純だった。

(寒い......疲れた......腹減った......)

 暗くなってから街に帰るのが常だったマエトの目に、夕陽に照らされてオレンジ色に染まる街並みは新鮮だった。

 ザクザクと仮想の雪を踏み、辺りを見回す。

(どっかにいい店ねぇかなー)

 そんなことを考えながら歩くマエトの耳に、震える声が飛び込んで来た。

「うぅ......さみぃ......」

 声のした方向をちらりと見ると、1人の少年が(うめ)きながら歩いていた。マエトと同い年くらいの、やや短めの茶髪の少年だ。

「......」

 右手を振り、システムメニューを操作したマエト。ストレージを開き、1つのアイテムをオブジェクト化すると、それを持ってその少年に近付いた。

 

 

「さみぃよ......メシ食いたいけど、それよりまず温かいもん飲みてぇ......飲み物何あったかな......」

 そう(うめ)いている少年の目の前に、木製のジョッキが差し出された。

「ん?」

 少年が振り向くと、黒髪の少年が左手に持ったジョッキを差し出していた。

「ほい、温かいもん飲みたいんだろ?」

 右手に持ったジョッキの黒エールを飲みながら、左手のジョッキを揺らす。

 いらねーの? と目線で問いかけると、

「あ、ありがとう!!」

 引ったくるようにジョッキを受け取るや否や、少年は湯気を上げるエールを口に含んだ。

「うあぁ~、染みる......生き返る......」

「この世界に蘇生アイテムはねぇぞ」

 マエトの無情なコメントも意に介する風もなく、少年はマエトに笑顔を向けた。

「サンキューな!! なぁ、お前もうメシは食ったのか?」

「いや、むしろいい店探してるとこ」

 そう答えると、少年は嬉しそうに言った。

「なら、お礼に俺がオゴるよ!! いい店知ってるしさ!!」

「おー、そりゃ助かる」

 そうして2人は、一緒にNPCレストランへと向かう。──と、その前に。

「あ、忘れてた。お前、名前は?」

「あぁ、自己紹介忘れてたな。俺はベルフェゴール。ベルでいいよ」

「ベルか。おれはマエト、よろしく」

 

 

 翌日、街の広場で待ち合わせたマエトとベルフェゴールは、フィールドに出て一緒にクエストをこなした。

 2人共、得物は盾なしの片手剣だが、ステ振りや装備、戦闘スタイルはまるで違った。

 革防具を装備したAGI型のマエトは、相手を高速かつ変則的に攻め立てるアタッカー。

 対して、軽金属防具と布防具を装備したSTR型のベルフェゴールは、両手で持ったやや大振りの片手剣による受け太刀などで、相手の攻撃を(さば)きながら戦う守備寄りのスタイルだった。

 そのためマエトが速攻を仕掛け、ベルフェゴールがその隙間をカバーするという連携が、自動的に生まれた。

「2人で戦うってスゲー楽なんだな」

「そうだなぁ。今までずっとソロだったけど、これからは一緒にやってこうぜ」

「おー、あとソロじゃなくてぼっちだろ」

「うっさいわマエト」

 まるで昔からの友人であるかのように軽口を叩き合う2人。

 彼らが息の合った連携を駆使したハイペースのレベリングで、攻略組メンバーと同等のレベルになるのに、そう時間はかからなかった。

 そして、ゲーム開始から1年が経った頃、いつものようにフィールドでレベリングをしていたマエトとベルフェゴールは、夕食のために早めに街へ戻ることにした。

「いやー、おれらもかなり強くなったよなー」

「だな。俺とマエトが一緒なら、絶対に生き残れるって自信あるわ」

「なんか(わか)る気がする」

「だろ? ......なぁ、マエト」

 いつものおどけた口調から、急に真面目なトーンになったベルフェゴールを訝しむマエト。

 わずかな沈黙の後、茶髪の相棒は頭をかきながら、気恥ずかしそうに言った。

「このまま2人で生き残ってさ、現実でも会って友達になろうぜ」

「......」

 純粋に嬉しかった。木綿季以外に友達と呼べるような存在があまりいなかったマエトにとって、ベルフェゴールのその言葉は今まで言われたどの言葉よりも嬉しかった。

 だが、ベルがその言葉を言うのに少し躊躇(ためら)ったのと同様、マエトも少し恥ずかしかった。結果、

「やめろ、死亡フラグ建てんな」

 ついそっぽを向いて冷たく言ってしまった。そして、それを見て照れ隠しと解るほど、ベルフェゴールもまだ大人ではなかった。

「な、なんだよその言い方はよー!!」

「しゃーないだろ、お前がいきなり(くさ)いこと言うか、ら......」

 マエトが急に立ち止まり、声も急減速した。

「マエト?」

 追い越してしまったベルフェゴールが振り向くと、そこで。

 マエトの腹から、緑色に塗れた刃が飛び出していた。根元からは真っ赤なダメージエフェクトが、血のように飛び散っている。

「ベ、ル......」

 前のめりに倒れたマエトの後ろには、5人のプレイヤーがいた。カーソルの色は、全て禍々(まがまが)しいオレンジ。伸ばした右手に毒ナイフを持った男が、

「おーし、抑えとけー」

 と指示を出す。すぐさま2人の男がマエトを上から抑え込んだ。

「うぐっ......」

 マエトの苦しそうな声を聞いて我に帰ったベルが叫ぶ。

「な、なんだよお前ら......俺の相棒から、離れろよ!」

 すると、リーダーの男はニヤリと笑った。

「へぇー、相棒か。そんだけ大切なら、殺し甲斐(がい)があるなァ」

「どうやって殺す?」

「まずは手足落とすか?」

「いきなり首......は、つまんねぇか」

「それじゃ物足りねぇだろが、バァーカ」

 下卑(げび)た笑い声を上げるオレンジたちを見て、ベルフェゴールの体は震えた。怒りはあったが、それと同時に恐怖に呑まれていた。

(こ、怖い......)

 思わず後退りしそうになったその時、

「ベル......」

 マエトの掠れる声が聞こえた。

「マエト......!」

「早く......逃げ、ろ......逃げろ!」

 思いの外ランクの低い毒だったのだろう、掠れ声が途中から叫び声へと変わった。

「......ッ!!」

 マエトの叫び声を聞いた瞬間、ベルフェゴールは反射的に右手を動かしていた。

「......お? なんだなんだァ?」

 ベルフェゴールは剣を構えていた。切っ先は小刻みに震えていて、彼が恐怖を抱いているのを如実(にょじつ)に表していた。だが、

「待ってろよマエト。すぐに......すぐに助けてやるからな」

その目には決意が宿っていた。

「おーおー、カッコいいねぇー」

「とか言いつつ震えてるけどな」

「こりゃ傑作(けっさく)だわ」

 などと(あざけ)る男たちを、ベルフェゴールは(にら)み付けた。

「何やってんだよベル、逃げろ!!」

「嫌だ、絶対に助ける!!」

「早く行け! やめろ!!」

 涙を浮かべ、必死に叫ぶマエト。

 だが、相棒の決意が揺らぐことはなかった。

 恐怖で強張る顔に、ニッと笑みが浮かぶ。

「言ったろ......2人で生き残って、現実でも友達になるって!!」

 そう叫ぶと、ベルフェゴールは一番近くにいた男目掛けて駆け出した。

「うわああああああッ!!」

 悲鳴に近い雄叫びと共に、剣を振り下ろす。鍛え上げたSTR補整によるパワーを余さず乗せた一撃は、ガードした相手の剣をへし折り、アバターに食い込んだ。

「うおっ、ヤベッ!!」

 慌てて退こうとする相手に、全力の水平斬り《ホリゾンタル》を見舞う。見事に命中し、アバターが上下に分断された。

(あと、4人......!!)

 素早くマエトがいる方を振り向いたベルフェゴール。だが、いたのはマエトと、彼を抑え込む男2人だけ。

「ベル、うし──ぅあっ!!」

 馬乗りになった男が、マエトの後頭部を掴み、顔を地面に叩き付けた。

 警告の意味を直感したベルフェゴールが、斜め前に跳ぶ。だが、後ろから振り下ろされた剣が、彼の右足を食いちぎった。

「ぐっ、うあっ!!」

 バランスを崩して倒れるベルフェゴールに、2人の男が凶悪な笑みを浮かべて武器を振り下ろす。ベルフェゴールのHPが、恐ろしい速度で減っていく。

「ベル!! くそっ、どけよ! このっ、くそっ!! くそっ!! くそっ!!」

 血を吐くように叫ぶマエト。だが、男たちはむしろ圧力を強めた。

 少年の心と命を、(もてあそ)んでいた。

「マエト......」

「っ!」

 ベルフェゴールが手を伸ばしていた。その顔は、笑っていた。優しく微笑んでいた。

「マエト......自分を、責めるなよ......」

「な......何、言ってんだよ......」

「お前は、俺よりも強いから......。だから......俺のぶんも、頑張って生きろよ......」

 そのとき、振り上げられたバスタードソードが、ベルフェゴールの上でギラリと光った。

「やめろぉぉぉぉおッ!!」

 絶叫は、茶髪の剣士が爆散する音で掻き消された。

「──────ッ!!」

 閑散とした遺跡(いせき)エリアに、声にならぬ絶叫が(むな)しく響く。

 同時刻、黒鉄宮(こくてつきゅう)の《生命の()》に、新たな横線が音もなく刻まれた。

 ようやく拘束を解いた2人が、ベルフェゴールを殺した2人と一緒にゲラゲラと笑っている。だが、そんなものはマエトの耳に入らなかった。

「......ぁ」

 この世界で初めての、そして唯一無二の友達が死んだ。

「ぁあ......」

 オレンジプレイヤーに捕まった自分を助けようとして。

「あぁあ......」

 真っ暗な絶望で満たされた空っぽの心に、ある1つの感情が芽生えた。

「あ......あ......ああ......」

 瞬く間にマエトの心をドロリと埋め尽くし、暴走させた『それ』は、

「あぁあああ、あ............」

 《怒り》だった。

「うわぁああああああッッ!!」

 叫び声に驚き、振り向いた4人。直後、その1人の首が吹き飛んだ。

「ガ......ルァアアッ!!」

 (けだもの)のような雄叫びを上げ、剣を振るう。いや、もはやマエトは獣でしかなかった。

 直接手を下した男たちが、何より目の前で相棒が殺されるのを見ていることしかできなかった自分が、許せなかった。

「うあああああああ────ッッ!!」

 手足を引き裂き、全身を切り刻み、心臓を(つらぬ)き、首を斬り飛ばした。

 ただ、怒りに支配されるがままに殺した。

 

 風 が 吹 く 音 が 聞 こ え た 。 雨 粒 が 体 を 叩 い て き た 。

 

 気付けば、マエト以外誰もいなかった。

 途端に力が抜けた。慣れ親しんだはずの愛剣が、途方もなく重い。

 フラフラとよろめいたマエトの足に、何かが当たった。

「............」

 無言で見下ろすと、そこにはやや大振りの片手剣が落ちていた。ナックルガード付きの柄から伸びるオレンジ色の刀身。ベルフェゴールの愛剣《スペサタイトブレード》。マエトの愛剣《デマントイドブレード》の兄弟剣。

「ぁ......」

 湿った音を立てて、右手から愛剣が落ちた。それさえも意識することなく、マエトは崩れ落ちるように膝を突いた。

 震える手で拾い上げたスペサタイトブレードを抱き締める。鋭い刃がアバターに食い込む。深紅のダメージエフェクトが飛び散り、HPバーが短くなる。

 だが、そんなことはどうでも良かった。

 怒りが(しず)まった後に襲ってきた孤独と絶望は、少年の心を壊すには十分すぎた。

「ぅ......っ──うわああああああああああああああああ────ッッ!!」

 

 

 右手でデマントイドブレード、左手でスペサタイトブレードを引きずりながら、マエトは街へと歩いていた。夕陽に照らされて地面に映る自分の影を眺める虚ろな目には、わずかな光も宿っていなかった。

「......い、おい! 大丈夫か!?」

 どうやら先ほどから誰かに呼ばれていたらしい。全く気がつかなかった。

 声の主の方へ目だけを動かす。黒いロングコートを着た、黒髪の少年だった。背中に片手直剣の柄が見える。

「......何?」

「いや、ふらついてるし、なんか顔色が悪そうだから......。それにお前、HPゲージが真っ赤じゃないか。ほら、俺のポーション分けてやるから、早く飲んで回復しろよ」

 そう言ってベルトポーチからポーションの小瓶を2本取り出し、差し出してきた相手に、マエトは冷たく言い放った。

「......いーよ、放っといてくれれば」

「え......あ、ちょ、おい!!」

 なおも呼び止める黒ずくめの剣士を無視して、マエトはまた歩き始めた。

 もう、誰の優しさも欲しくなかった。

 街に戻ったマエトは、夕食もとらずに宿屋のベッドに横たわった。スペサタイトブレードはストレージにではなく、自分の隣に寝かせた。

 窓から射し込む仮想の月光を浴びて輝く長剣をぼんやりと見つめていると、ベルフェゴールの言葉が頭の中に響いた。

『お前は、俺よりも強いから......』

 そんなことはない。ベルフェゴールの的確で堅実なサポートがあったからこそ伸び伸びと戦えた。半ば強引な速攻にも合わせてくれる、頼れる相棒がいたからこそ強くなれた。

 だが、常に隣で支えてくれた親友は、もうどこにもいない。

 この世界にも、そして現実世界にも。

『マエト......自分を、責めるなよ......』

 2人の間には、あるルールがあった。

『片方がミスしたら、もう片方が絶対にフォローする。だからミスしても、自分を責めてはいけない。そんな暇があったら、次の戦闘でそのミスをなくせ』。

 ずっとそうやってコンビを組んできた。だから今も、マエトは自分を責めてはいけない。それをすれば、ベルフェゴールとの約束を破ることになる。

(──そーだ、責めんな。友達を守れなかった、ベルを見殺しにしたおれを。いつもやってることだろ、簡単簡単。そんくらいパパッと............)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────できる(わけ)ねぇだろ!!」

 (あふ)れる怒りのままに叫び、抜き撃ちの一撃を壁に叩き付けた。

 剣先で【Immortal Object】のシステムメッセージが、無表情に点滅する。

 他愛もない会話、低レベルな軽口、夕飯のおかずの取り合い、綿密なミーティング、1度だけした恋話(コイバナ)、激しい戦闘、勝利のハイタッチ。

 それらを思い出す(たび)に、怒りが、殺意が際限なく増してしまう。

 宿屋を、そして街を飛び出した。右手にデマントイドブレードを、左手にスペサタイトブレードを携えて走った。

 ソードスキルが使えなくなっても良かった。

 面影など何も感じられなくても、わずかにでも親友の存在を感じたかった。

「うわああぁあ──ッ!!」

 現れるモンスターを、左右の剣で薙ぎ払うように斬り伏せる。

 身を焦がす怒り。溢れ出る破壊衝動。それらを爆発させ、嵐のように駆け抜け、暴れる。

 マエトの足は、治安の悪さから誰も近寄らないような場所へと──犯罪者(オレンジ)プレイヤーの巣窟(そうくつ)へと向かっていた。

 

 

「──ッ」

 何となくの嫌な予感に従い、振り向きざまに振るったスペサタイトブレードが、迫ってきていた剣を音高く弾く。

「なにっ......!?」

 完全に気配を消して奇襲したつもりだったのだろう。目を見開いて驚く男の心臓を、デマントイドブレードで貫く。そのまま手首をひねり、横に斬り払う。

 見渡すと暗闇の中、4つのオレンジカーソルがマエトを囲んでいた。

「オレの手下が5人も......いや、いまので6人か。とにかく世話ンなったみてぇだな」

 どうやら昼間にマエトとベルを襲ってきた連中の、リーダー格と仲間らしい。

「まさかテメェみてぇなガキに殺られるとはな。しかもなんだ? 剣2本も持ってよ。なんだそりゃ、カッコつけか?」

 リーダーの言葉に、周りの部下達が揃って失笑する。だが、マエトは無言だった。

「おい、なんとか言え──ぅぐっ!!」

 暗闇を切り裂いて飛来したオレンジ色の直剣が、リーダーの脇腹に突き刺さる。剣を投げたことでイレギュラー状態が解除されるとほぼ同時に、マエトは上段突進技《ソニックリープ》を発動させた。猛烈な速度で飛び出した少年が振るった碧刃は、リーダーの心臓を肩口から叩き斬った。

 アバターが爆散し、刺さっていたスペサタイトブレードが宙に残される。落ちる前に掴んだマエトは、「何しやがる!!」「よくも兄貴を!!」などと叫ぶ男達に、冷ややかな言葉を浴びせた。

「そっチコそ何言ってンだヨ。喧嘩すンナラ............(クチ)ヨリ先ニ手ェ出セヨ」

 そう言ったマエトが浮かべた笑みは、犯罪者に分類される男たちですら恐怖するほど、残虐(ざんぎゃく)(ゆが)んでいた。

 

 

「......こんなもんか......」

 残る3人も皆殺しにし、ポツリと呟いたマエト。

 これでベルフェゴールの仇討ちができたとは思わないし、するつもりも最初からない。

 こんなことに意味などないかも知れない。ただの自己満足に過ぎないし、それで死ぬかも知れない。

 ただその日、少年は思った。

 殺そうと。相棒を殺した連中を。彼らと同様に殺人を犯し、楽しんでいる連中を。

 それらが蔓延(はびこ)る、この真っ黒な世界を、触れる(はし)から壊そうと。

 地獄という比喩(ひゆ)すらも生(ぬる)い、そんな(イバラ)の道を(あゆ)もうと。

 

 

 ベルフェゴールが死んでから、半年が経とうとしていたある日、マエトは鍛冶屋へ向かった。48層のリンダースという街に、腕のいい鍛冶師がいるという噂を聞いた。

 水車が目印の店に入ると、

「いらっしゃいませーっ!!」

 と、明るい声が飛んできた。

 ベビーピンクのショートヘアーが目を引く、エプロン姿の少女──マエトよりは年上のようだ──が出迎えてきた。

「何をお求めでしょうか?」

 愛想よく聞いてくる少女に、ストレージから取り出した2本の得物を渡す。

「この剣と、この剣。インゴットに戻して、それで新しい剣を作って」

 そろそろ武器を新調しなくてはと思ったが、相棒との絆そのものと言っても過言ではない剣を、マエトは手離せなかった。

 だから剣をインゴットに戻して、それを素材にする道を選んだ。

 鍛冶師の少女は、

「はい、(うけたまわ)りました!!」

 そう言うと、マエトを工房へと案内した。

 鍛冶屋は剣をインゴットに戻すと、それを元に剣を作った。

 鉄床に置かれた白銀のインゴットが、ハンマーで叩かれるごとに形を変えていく。やがて白銀のインゴットが青い光を放ち、その形を剣に変えた。

 細い。元となったデマントイドブレードよりも、ずっと細い。刃も刀身の片側にしかない。だが、刀身は切っ先の付近が少し反っているだけで、カタナと言うよりは忍者刀に近いフォルムだ。

 光が消えるとそこには、片刃の直剣が横たわっていた。鍔のない白い柄。そこから伸びる刀身の色は、やや青みがかった白銀。(みね)には雪の結晶を模した波刃(セレーション)

「名前は《白鞘(しろさや)切鬼(せっき)》。見た目はカタナだけど、カテゴリは片手直剣よ」

 剣をタップしてプロパティを確認した少女は、今度は黒銀のインゴットを叩き始めた。

 次いで完成した剣のフォルムは、先ほど完成した切鬼とはほぼ同一だった。違うのは、柄と刃の色と、波刃の形。鍔のない黒い柄と、やや赤みがかった黒銀の刃。峰の波刃の形は炎。

「こっちは《黒鞘(くろさや)裂鬼(れっき)》。さっきのの兄弟剣ね。こっちもカテゴリは片手直剣よ」

 

 

「ありがとうございましたーっ!!」

 店を出たマエトは、ついでに強化もしてもらった新しい得物達のプロパティを確認する。

 剣の銘《SHIROSAYA・SEKKI》の文字列の下に表示されるステータスは全てが高水準で、攻略組の主力プレイヤーの装備に勝るとも劣らないスペックだ。

 続いて開いた別の窓も確認。《KUROSAYA・REKKI》の文字列の下に並ぶステータスは、切鬼と同等だった。

 2本共ストレージに入れ、ひとまず切鬼を装備する。背中にかかる頼もしい重みを感じつつ、マエトはフィールドに出た。

 早く新しい得物に慣れたかった。そのためにはまずはモンスター戦だ。いきなりレッド達相手は無謀すぎる。

 数時間後、1対の鬼を自在に操れるようになったマエトは、その日の夜もまた、戦場へと向かう。

 そして、ゲーム開始から2年の月日が流れた、2024年11月7日。とある剣士の活躍により、ゲームはクリアされた。

 そしてその頃には、マエトの剣に喰われたプレイヤーの数は、103人に達していた。




次回 2振りの鬼神
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