ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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Ex.3 vs霜鱗鞭

制限時間:∞

ステージ:セントラル・カセドラル 薔薇園(ばらえん)

主武装:

・マエト:《ストラグラ》《シャドウリッパー》

・エルドリエ:《霜鱗鞭(そうりんべん)

 

 

 仄暗(ほのぐら)い夜の中、甘く(さわや)やかな香りが(ただよ)う。薔薇(ばら)芳香(ほうこう)だ。

 美しい花と(はな)やかな香りで気持ちが(ゆる)みそうになるが、そんな余裕は一切ない。

 なぜならマエトから離れた場所には、1人の騎士が立っているのだから。

 白銀のプレートアーマーに身を包んだ、長髪の男。優男(やさおとこ)という言葉が似合いそうな顔立ちと雰囲気(ふんいき)ではあるが、恐らく彼の攻撃はかなり苛烈(かれつ)なものだと、マエトは予想した。

 左腰のやや反りのある長剣と、剣帯の後ろ側に留められた(むち)。それらが放つプレッシャーが、圧倒的な優先度を(ほこ)っていることを伝えてくる。

 そしてそんなものを、しかも鞭と剣という間合いがまったく異なる武器を得物(えもの)として扱える時点で、あの男の戦闘力は非常に高いと断言できる。

 警戒(けいかい)して観察を続けるマエトに、男──整合騎士(せいごうきし)エルドリエ・シンセシス・サーティワンは(あわ)い笑みを浮かべた。

「あの番号付き見習い2人との戦い、見させてもらったよ。(すさ)まじい剣速(けんそく)だ。最初は剣を武器とする君に合わせて、私も長剣でお相手しようと思っていたが......」

 言いながら剣の(つか)に置いた左手を降ろすと、エルドリエは右手を左腰に向けて動かして続けた。

「相手を(あなど)るのは良くない。それに君ほどの実力者に全力を出さないのは、騎士として礼を欠くと思ってね。というわけで、こちら(・・・)でお相手させてもらおう」

 そう言って、エルドリエは腰から神器(じんき)霜鱗鞭(そうりんべん)》を外した。(ほど)かれて地面に垂れた鞭は長く、どう見ても4メートルはある。よく見ると鋭い(とげ)螺旋状(らせんじょう)に生えており、当たればかなりのダメージになりそうだ。

「へぇ......。剣使っとけば、負けたときに言い訳できたのにね」

 とりあえず挑発してみるが、騎士はそれに(ほが)らかなで笑みで返した。

「言い訳の必要をなくせば......勝てば問題ないだろう? (ゆえ)に、最初から全力で行かせてもらうが、文句は言わないでくれたまえよ」

 そう言うと、エルドリエは術式を詠唱した。《武装完全支配術》だ。

「システム・コール! ────エンハンス・アーマメント!!」

 直後、鞭が(まばゆ)く発光した。ソードスキルとはまた異なる輝き。

 気を引き締めるマエトに向けて、騎士は高らかに宣言した。

「では......整合騎士、エルドリエ・シンセシス・サーティワン、参る!!」

 直後、純銀の蛇のような鞭が振るわれた。裂かれた空気が、甲高い音を鳴らす。

 斜め前に跳ぶマエト。その目の前で、鞭が2本に分裂した。突如(とつじょ)現れた2本目が、鋭くマエトを追いかける。

 驚きつつも、マエトは即座に石畳(いしだたみ)を蹴って飛び出した。一瞬前までマエトがいた場所を、鞭が高い音を鳴らして叩く。

(分裂するのか......なら、そもそも鞭が役に立たない距離まで突っ切るか)

 そう判断し、マエトは全速力で前に出た。分裂した鞭はなんとか(かわ)す──と言うより、躱す他ない。

 長くしなる鞭は剣でガードしても、そこを支点に曲がって防御の内側に入り込んでくるのだ。鞭の先端を防御できれば話は別だが、距離を詰めるとなればそれもできない。

 ゆえにマエトは、エルドリエの攻撃を躱しながら、可能な限りのペースで距離を詰めていった。

 だが、襲い来る鞭を4度ほど(しの)いだところで、マエトは目を丸くした。

 何せエルドリエの鞭が、7本に分裂したのだから。

 それぞれわずかに異なるタイミングで、7本の鞭が襲い掛かってくる。

「ちっ......」

 舌打ちすると、マエトは思い切り横に跳んだ。同時に右手で風素(ふうそ)を3つ生成。1つずつ連続で解放し、半ば強引な移動で回避する。

 ざしゃあっと音を立てて着地すると、せっかく詰めたエルドリエとの距離は、戦闘開始時よりも少しばかり遠くまで戻ってしまっていた。

「ふむ。剣速だけでなく、君自身の機動力も素晴らしいな。これほどまでに早く、私から分裂の最大数を引き出させるとはね」

 つまりあの鞭は、最大で7本まで分裂することができるということか。エルドリエの言葉に、マエトはため息交じりにぼやいた。

「ヤマタノオロチじゃあるまいし......これじゃなかなか詰め切れんな......」

 すると、今度はマエトの言葉にエルドリエが反応を示した。

「ヤマタノ......? なんだい、それは?」

 その問いに、マエトは「あ」と小さく声を()らした。

 考えてみれば、アンダーワールド人のエルドリエが、日本神話の怪物を知っているわけもない。

 作戦を考える時間稼ぎがてら、マエトは口を開いた。(しゃべ)りつつ、最大7本にまで分裂する鞭の攻略法を必死に考える。

「こっちの世界の神話に出てくる、8つの頭と尻尾があるデカい蛇の怪物だよ。首1本でデカい川1つくらいデカいとかなんとか。まぁ怪物って言われてるけど実際は山神とか水神で、川の上流を根城にしてるとか言われてるよ」

 そう説明しながら、ヤマタノオロチは強い酒を飲んで酔ったところを倒されたことを思い出すが、鞭は酒など飲まないから意味はない。エルドリエ本人に飲ませるという手もあるが、現実的ではない上に、そもそもこの場に酒など一滴もない。

 そこまで考えて、マエトはあることが気になった。

 エルドリエが笑っているのだ。何かおかしなことでもあったのかと思ったが、その理由はすぐに明かされた。

「いや、すまない。君の話を笑ったわけではないんだ。ただ、君の指摘が的を射ていたものでね」

「......どーゆーこと?」

 訊き返したマエトに、エルドリエは霜鱗鞭を軽く持ち上げて答えた。

「この鞭──神器《霜鱗鞭》は、東帝国最大の湖の主であった双頭の大蛇が、武器へとその身を変えたものなのだよ。君が言っていたヤマタノオロチと同種の神獣(しんじゅう)と言えるだろう」

 そこで句切ると、エルドリエは口許(くちもと)に再び微笑を浮かべ、言葉を続けた。

「神獣であった頃の力は、武器となった今も健在。完全支配状態では間合いは50メルまで拡大し、さらに最大7本まで分裂可能なのさ」

「へぇ......」

 エルドリエの得意げな説明を聞いて、マエトは素直に感心した。武器の(すさ)まじいスペックにではなく、その力をこうして十全に使いこなせているエルドリエの技量に、だ。

 攻撃を回避しながら間合いを詰めるつもりが、逆に後退させられてしまった。自分に鞭の使い手と戦った経験が一切ないことを差し引いても、ここまで(ふう)じられるとは思っていなかった。

 (ふところ)に隠し持ったブーメランを投げたとしても大した(すき)は作れないだろうし、そもそもあの頑丈(がんじょう)そうなプレートアーマーならブーメランくらい弾いてしまうだろう。

 関節の隙間のような装甲(そうこう)がない部分を狙えばあるいは......とも考えたが、悔しいかなそこまでの投擲(とうてき)能力はマエトにはない。

 何本に分裂していようが、根っこは1本だ。分裂した鞭のどれか1本でも(つか)めば、そのまま体術スキル武器スナッチ技《空輪(くうりん)》で奪い捨てることができる。

 だがその場合は、投げ捨てるまでの間に掴んでいない最大6本もの残りの鞭で袋叩きにされる上に、スキル発動のためには結局エルドリエの間合いにそれなりに深く踏み込まなければならない。

 一応、時間稼ぎをしている間に作戦のようなものは1つ考えた。だが、上手く行くかは五分五分だ。

 大きく息を吸って長く吐き出すと、腰の鞘に納めた剣を軽く引き抜き、チンと音を立てて落とし込む。それを合図代わりに、マエトは長身の騎士に向かって飛び出した。

 すかさずエルドリエが純銀の鞭を振るう。7本に分裂した鞭が、一斉にマエトに襲い掛かる。

 両手に風素を3つずつ作ると、マエトは1つ1つを連続でバースト。左右に速く大きく動きながら、先ほどの回避と同様に半ば強引に突っ込む。

 直後、マエトの目の前に2本の鞭が現れた。マエトの動きは、風素のバーストを用いているがゆえに凄まじいスピードだが、同時にかなり直線的だった。

 だからエルドリエは、マエトの動きを予測して2本の鞭を横薙(よこな)ぎに払ったのだ。

 ドンピシャのタイミングで振るわれた霜鱗鞭を、マエトは咄嗟(とっさ)に抜剣してガードした。だがその程度で受けきれるような威力ではなく、マエトは勢いよく吹き飛んだ。噴水(ふんすい)に叩き落され、大量の水飛沫(みずしぶき)()()らす。

 痛みで思うように動けないマエトに向けて、エルドリエが言葉を投げた。

「速さだけでは我が霜鱗鞭は突破できないと言っただろう? ......とは言え、初見であそこまで(しの)いだ上に、この鞭の前の姿に迫ったこと自体は見事だった。君の雄姿(ゆうし)慧眼(けいがん)に敬意を表し、速やかに意識を刈り取ってあげよう」

 そう言って、エルドリエは鞭を握った右手を高く(かか)げた。高い音を鳴らして空気を裂いた鞭が、蛇のように宙へと伸びる。

 純銀の光を天へと走らせ、騎士は高らかに宣言した。

「見せてあげよう、霜鱗鞭(そうりんべん)の真の姿を......くちなわの王の神威(しんい)を! ──リリース・リコレクション!!」

 たったそれだけの短いコマンド。だが直後、霜鱗鞭(そうりんべん)が今まで以上に(まばゆ)く輝いた。激しく震え。凄まじい勢いで伸びる。

 発光しながらマエト目掛けて一直線に飛翔する鞭の先端に、マエトは有り得ないものを見た。

 霜鱗鞭がその姿を、鞭から純白の大蛇に変えていたのだ。真っ赤な眼と鋭い牙が獰猛(どうもう)な光を放つ。

 顎門(あぎと)を大きく開けて襲い掛かってくる蛇を、マエトはギリギリのタイミングで噴水から飛び出して回避した。ガチンと音を立てて口を閉じた蛇が、勢いよく水の中に突っ込む。

 同時に、マエトが叫んだ。

「ディスチャージ!!」

 瞬間、マエトの左手の先で青白い輝きが(ほとばし)った。極低温の冷気が弾け、蛇と水が瞬時に凍り付く。

 噴水の中で動けないところを攻撃するのであれば、わざわざ鞭を分裂させたりはしない。させたとしても2本か3本だろう。

 そう予想して、マエトはエルドリエの攻撃を(しぼ)るためにわざと攻撃を受け、噴水に落とされたのだ。もっとも、まさかあんな恐ろしい攻撃が来るとは思ってもみなかったが。

 噴水の中でエルドリエの攻撃を誘い、霜鱗鞭ごと水を凍らせて攻め手を封じる。これがマエトの立てた作戦だ。

 相手の発想力と判断力に、エルドリエも思わず驚嘆(きょうたん)し──、

「だが、それしきの薄氷(はくひょう)ごとき!」

 そう。厳しい鍛練(たんれん)を積んだ整合騎士の腕力をもってすれば、氷など一瞬で(くだ)き、反撃に移ることができる。

 事実エルドリエは右腕を軽く引いただけで、一瞬で氷を砕いて鞭を自由にした。

 ただ1つ()しむらくは、マエト相手に一瞬を要してしまったことだ。

 両手の先に生成した6つの風素を同時解放(フルバースト)。プラス、蹴足(けそく)で推進力をブーストして、マエトは弾かれたように飛び出した。

 一瞬あれば、(ふところ)に入り込める。

 空恐ろしいほどの速度で飛び込んできた少年に、エルドリエの顔が驚愕(きょうがく)に包まれた。

 だが、直後には左手を左腰に走らせ、器用に長剣を抜き放った。

 素早く斬り降ろすエルドリエ。その斬撃を、硬く細いものが受け止めた。

 それ(・・)を握る左手から血を(したた)らせ、マエトはエルドリエの剣を霜鱗鞭で受け止めていた。

「なにっ......!?」

 再度の驚きで、さしものエルドリエも動きが一瞬止まった。

 一瞬あれば、殺し切れる。

 逆手抜剣されたストラグラが、エルドリエの左手首を切断する。

 直後、軽やかに跳躍したマエトは帯空中で回転。エルドリエの右腕を肩口から斬り落とした。

 鞭も剣も握ることができず、エルドリエはがくりと膝を突いた。

 まさか、手の負傷を(いと)わず霜鱗鞭を(つか)んで(たて)として利用するなど、エルドリエは想像もしなかった。

 いや、だからこそ驚きで動きを止めてしまい、その隙を狙われた。

 (とげ)の生えた鞭で叩かれたのであれば大ダメージは避けられない。だが掴むだけなら、そこまで深い傷は負わない。せいぜい肉が(つらぬ)かれるだけで、骨までは届かない。

(肉を切らせて骨を断つ......恐ろしい子供だ......!)

 内心で下したその評価を、しかしエルドリエはすぐに自ら否定した。

 後ろを振り向き、片刃剣を逆手に握った少年に視線を向ける。

(ただの子供などではない。彼は、(まぎ)れもない剣士だ)

 どこか清々しい笑みを浮かべ、エルドリエは口を開いた。

「私の負けだ。(いさぎよ)く降参しよう」

 その光景を見て、若い騎士は呟いた。

「あのエルドリエさんを......すごい速さだ......。でも、速さなら僕の神器(じんき)も負けてませんよ」




次回 vs雙翼刃(そうよくじん)

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