ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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Ex.8 vs時穿剣

制限時間:∞

ステージ:セントラル・カセドラル 90階《大浴場》

主武装:

・マエト:《ストラグラ》《シャドウリッパー》

・ベルクーリ:《時穿剣(じせんけん)

 

 

「うおー......、でっけーな......」

 それがマエトの第一声だった。

 当然だ。いま彼が立っているのは、(すさ)まじいまでに大量のお湯が上げる真っ白な蒸気で満たされた部屋──大浴場なのだから。

 ファナティオと戦った《霊光(れいこう)大回廊(だいかいろう)》と同様に、セントラル・カセドラルのワンフロアを丸々使っているのだろう。映画やアニメの中でしか見ないような広大さだ。

 その広い床面積の大半を占めている浴槽(よくそう)は、たっぷりのお湯で満たされている。ずっと響いている低い音は、モンスターの形の像からお湯を流している音のようだ。

(アスナさんとかユウが喜びそうだな......多分ユウは泳ぐな。そんでアスナさんに(しか)られる)

 そんなことを思いつつ、しかしマエトはそれを遠くに放り投げた。

 マエトから20メートルほど離れた場所に、短髪の偉丈夫(いじょうふ)が立っているからだ。

 浴衣(ゆかた)のような服を羽織(はお)り、腰下の(おび)に剣の(さや)を刺してある。

 口許や額のシワから見て恐らく40代かそこらだろうが、2メートル近い巨躯(きょく)(はがね)のように引き締まっている。

 目からは鋭く強烈なプレッシャーが放たれているが、殺気のようなものはない。

 今から戦う相手への興味と、戦うこと自体を楽しみにしている者の目。デュエル前のキリトやユウキと同じような目だ。

 さすがにあの浴衣が彼の正規の戦闘服ではないだろうが、それを着て待ち構えているところからしても、マエトに()られない、もしくは寄られても攻撃を喰らわないだけの自信があるということか。

 そのとき、男──最古の整合騎士ベルクーリ・シンセシス・ワンが、口を開いた。低く()びていて、それでいてよく通る声が流れる。

「おう少年。()()う前に()きてぇんだがよ」

「ふむ? 何?」

 マエトが先を(うなが)すや、ベルクーリは短く訊ねた。

「お前さん、何者(なにもん)だ? どこで何してた?」

 質問の意図(いと)が読めず、きょとんとした顔で首を(かし)げるマエトに、ベルクーリは続けた。

「あの見習い2人に始まり、エルドリエにレンリにデュソルバートにファナティオ......しまいにゃアリスの(じょう)ちゃんにまで勝った。それだけでも大したもんだが、問題はお前さんの動きだ」

 続けて言葉が放たれるのと同時に、ベルクーリの眼光が鋭くなったように、マエトは感じた。

「ありゃ騎士や剣士の動きじゃねぇ。《倒すための動き》じゃねぇ、《殺すための動き》だ」

 確かにマエトは戦闘の際、いつも相手の急所を一撃で破壊している。これまでに戦った整合騎士たちも、戦闘不能に追い込まれて(みずか)降参(リザイン)したエルドリエを除けば、デュソルバートは首を切断、レンリとアリスは(のど)(つらぬ)かれて敗北した。

 カウンターを喰らって吹き飛ばされたファナティオにしても、首裏の装甲(そうこう)がなければ、彼女の首は斬り飛ばされていただろう。

「しかもこうして向かい合ってみて(わか)ったが......お前さんからは《(サツ)の心意》どころか《(トウ)の心意》すらも感じねぇ。飛竜や馬ですら、向かい合ってみれば何を思ってるか解るもんだが......ここまで何も感じねぇのは虫くれぇのもんだ」

「虫......」

 ぞんざいな口調で放たれた《虫と同レベル発言》に少しだけ唖然(あぜん)とするマエトだが、ベルクーリの言葉は止まらない。恐らく人と話すこと自体が嫌いじゃないタイプなのだろう。

「その点で言やぁ、お前さんは暗殺者に近い。......が、使えるものは何でも使い、策を講じて戦況を動かし、奇策で相手の(きょ)()き、動きを崩す。そういうところは兵士に近い」

 それを聞いて「なるほど」と小さく(うなず)くと、マエトは事も無げにこう答えた。

「ざっくり言うと、1年間1人で人殺し連中と殺し合ってた。それだけ」

「......あん?」

 それだけと言ったマエトだが、ベルクーリからしてみれば、それは異常極まりない──そもそも有り得ないことだ。

 他者の天命を奪うことは、禁忌(きんき)目録(もくろく)によって絶対的に禁じられている。罪人を捕縛(ほばく)する際の整合騎士ですら、奪っていい天命は総量の7割までだ。

 その整合騎士にしても、ダークテリトリーの怪物や暗黒騎士との戦闘は月に1~2回あるかないか程度。しかも圧倒的な実力差で整合騎士が勝つため、言うほどの危険はない。ましてや命がけの戦闘──殺し合いなど(もっ)ての(ほか)だ。

 にも関わらず、恐らくまだ(よわい)15歳程度のこの少年は、人界で最も戦闘経験が豊富なベルクーリをも(はる)か置き去りにするほどに実戦を経験していると言う。

(しかも、エルドリエやレンリの死角(しかく)からの複数攻撃にも反応・対応したところを見ると、こいつは乱戦慣れまでしてやがる......まったく、悪い冗談みたいだぜ)

 長く息を吐くと、ベルクーリは頭をガリガリとかいた。先ほどの返答の真偽はどうあれ、目の前の少年がこれから戦う相手で、そして超のつく手練(てだ)れであることに変わりはない。

 なら、やることは1つ。全力で斬り結ぶのみ。

「そんじゃまぁ、オレも(はな)から奥の手を出させてもらうぜ」

 そう言って、ベルクーリは鞘から大剣を抜いた。右手をゆっくりと持ち上げ、腰を落とす。

 ほぼ垂直に構えた抜き身は見た目こそシンプルだが、その鈍色(にびいろ)の刀身から放たれる気配は異質だった。一流の鍛治師(かじし)()いでも消せないであろう無数の傷が、窓からの光を受け獰猛(どうもう)に光っている。

(体格と得物(えもの)と構えで見れば、この人も重さ優先なんだろーけど......)

 素早く分析するマエト。そのとき、ベルクーリの剣の刀身が、陽炎(かげろう)に包まれたように揺らいだ。いや、正確には刀身の周辺の空間か。

 あれがベルクーリの言った《奥の手》であり、ここまで整合騎士たちが使ってきた大技と同種の技なのだろう。

 マエトとベルクーリの間には、20メートルもの距離がある。仮にベルクーリがマエトが射程内に入る前に剣を振り始めたなら、遠距離系の技と判断していい。

 だがそうでないのなら、わざと(すき)だらけの大振りでこちらの攻撃を(さそ)い、カウンターを狙ってくる可能性もある。

 すっと腰を落として集中するマエトに向け、最古にして最強の整合騎士が叫んだ。

「整合騎士長、ベルクーリ・シンセシス・ワン──参る!!」

 瞬間、床を()(くだ)くほどの力強さで()()んだベルクーリが、重く鋭く、それでいて恐ろしく速く剣を振り下ろした。

 まだマエトが動いてない状態での攻撃モーション。つまりベルクーリの技は、遠距離攻撃系。

 そう判断したときには、マエトは動いていた。恐らく《ブレードを伸ばす》か《斬撃を飛ばす》かのいずれかの原理で間合いを拡張する技だろうが、どちらにしても縦斬りの軌道上にいては攻撃を喰らう。

 即座に(なな)(うし)ろに大きくジャンプし、通路(つうろ)(わき)の柱に着地。右手で《ストラグラ》を逆手抜剣するや、柱を()って飛び出した。

 大振り直後の隙を狙って殺し切る。

 そう思ったのも(つか)()、マエトは視界に違和感を覚えた。正確には視界の下端(かたん)、その空間が揺らいでいるように見えるのだ。

 そう。先ほどベルクーリの剣を包んでいた陽炎と同じ揺らぎが、そこにあった。

「ちっ......」

 今さらながら(おそ)ってきた嫌な予感に舌打ちしつつ、マエトは左手で《シャドウリッパー》を抜いた。逆手に握った双剣を重ねる。

 ギリギリのところで防御姿勢が間に合い、その直後、重なった2本の刀身と陽炎が衝突(しょうとつ)した。

 ──ががぁぁんっ!!

 そんな大音響と衝撃(しょうげき)に弾かれ、マエトは後ろに吹き飛ばされた。

 だが、アリスの技ほどの重さはない。()れた大理石を剣尖(けんせん)で突き、なんとかブレーキをかける。

 ふぅーと息を吐くマエトに、ベルクーリはにやりと笑った。肩に剣を(かつ)ぎ、感心したように言う。

咄嗟(とっさ)に防いだか。いい反応と判断だ」

 だがそんな賞賛(しょうさん)は耳に入っていないらしく、マエトは剣の(つか)を握り直しながら思考していた。

 フルガードした上から喰らったにも関わらず、いくらかダメージが抜けてきた感覚がある。それだけ威力があるということだろうが、それはあの巨躯と剣を見れば解る。

 問題は、攻撃動作と実際の威力にタイムラグが生じていることだ。

(攻撃のタイミングは外したはず......どーゆー仕組みだ?)

 技の正体を推測しようにも、その材料となる情報が少なすぎる。何も解らない状態であれこれ憶測(おくそく)するのは、視野が(せば)まりむしろ危険だ。

 そのため、マエトはアリスと戦ったとき同様、相手に(しゃべ)らせて情報を集めることにした。

「またずいぶんと面倒臭そうな技だね」

 マエトの言葉に、ベルクーリは口の端を持ち上げて応じた。マエトの狙いは解っているが、それにあえて乗っているといった感じだ。

「まぁ、口にするとそう複雑なもんでもねぇがな。言わば、ちょいと先の未来を斬ったのよ」

「未来を、斬る......」

 小さく復唱するマエトに、ベルクーリは(あご)のひげを()でながら言った。

「整合騎士の任に就いて間もない頃、暗黒騎士の連続剣にぐうの音も出ねぇほどにやられてよ。ひたすらに一撃の威力を追求したオレの剣は(かす)りもしねぇ。逆に暗黒騎士の連続剣は、如何(いか)にして相手の打ち込みを(さば)き、自分の攻撃を当てるかを突き詰めたもんだからな。そりゃあより実戦的な技に軍配が上がるってもんだ」

 ベルクーリの言葉に、マエトは小さく(うなず)いた。

 SAOだろうとソードスキル実装後のALOだろうと、デュエルにおいて火力重視の単発技は、それ単品ではほぼ確実に当たらない。最初の飛び込み技は(かわ)されるか受けられるという前提で、そこから小技や連続技で相手を崩し、その隙に大技を叩き込むのがセオリーだ。

 連続技の使い手である暗黒騎士なる者と、単発技しか知らないベルクーリ。1対1で戦って、どちらが勝つかなど明白だ。

「んで、足りねぇ頭を(ひね)って考え出したのが、この完全支配術ってわけだ」

 そう言って、ベルクーリは右手の剣で肩を軽くトントンと叩いた。鋼の刃の鈍い輝きが、マエトの目を射る。

「こいつは元々、セントラル・カセドラルの壁に(そな)()けられてた《時計》っつう神器(じんき)の一部だったのさ。今じゃ《時告げの鐘》が音で時間を知らせてるが、大昔はその時計ってヤツが時を示していたらしい」

「なるほど。だから時間を越えて、空間上に火力を(たも)てるってわけか」

「そういうこった、理解が早いな。......こいつの(めい)は《時穿剣(じせんけん)》。(とき)穿(うが)つ剣だ」

 ベルクーリはあっさりと言ってのけたが、剣術の常識から考えるとこの技は異常だ。

 そもそも剣に限らず、攻撃というものは正しいタイミングに正しい場所で(おこな)って初めて当たるものだ。連続して攻撃を続けることで、その正しいタイミングの幅を拡張させ命中率を上げているのが、連撃技が単発技よりも実戦的と言われる由縁(ゆえん)だ。

 だがベルクーリの技は、火力特化の単発技の威力を、連撃技と同じかそれ以上の命中力で繰り出せる。普通に考えれば無敵だ。接近などできたものではない。

 情報を処理し、作戦を考えるマエト。そこに、ベルクーリは声を投げかけた。

「オレの技を見たやつは『遠距離から攻める手だ』と考えるもんだが......お前さんに限って言えば、接近されちまう可能性もある。なんせここまでずっと、遠距離を得意としてる連中の完全支配術や記憶解放術を()(くぐ)ってきてるわけだしな。何かしらの方法で近寄られるかも知れねぇ」

 そこで句切ると、ベルクーリは楽しそうに笑った。

「だから、お前さんがどんな手を打ってくるか、純粋に楽しみなんだ。オレの技に、お前さんはどう対抗してくるのかがな」

「......なるほど、強いヤツのセリフだ」

 こちらも口の端を上げて呟くと、マエトはしゃがんだ。ブーツの(かかと)に両手を伸ばし、素早く口を動かす。

 指先に銀色の球光が灯り、すぐにその形を変える。光が消えて(あら)わになったのは、ブーツの踵から床に向けて斜めに飛び出した、短くも鋭い数本の刃だ。どうやら鋼素(こうそ)から生成したらしい。

「あん? なんだ、そりゃあ?」

 怪訝(けげん)そうに声を上げたベルクーリに、

(すべ)()め。残念ながらおれの筋力じゃ、()れた床であんたほど踏ん張れないんでね」

 そう答えると、マエトはすっと笑みを消し──駆け出した。

 当然、ベルクーリは迎撃(げいげき)すべく動いた。大剣を左右に素早く斬り払い、未来を3度斬る。

 何もない空間に、3つの陽炎(かげろう)が見えた。

 その瞬間、マエトは蒼剣を(さや)に落とし込んだ。左手の指を(ゆる)く伸ばし、コマンドを発声する。

「システム・コール。ジェネレート・メタリック・エレメント。フォーム・エレメント、アロー・シェイプ。フライ・ストレート」

 少年の詠唱(えいしょう)を聞いて、ベルクーリは鼻を鳴らした。

 何のことはない、鋼素を使った普通の遠距離攻撃だ。過剰(かじょう)に期待をしていたつもりはないが、どこか(かた)()かしを食らったような気分だ。

 直後、

「ディスチャージ」

 マエトの左手の先で銀色の光が弾けた。3本の鋼の矢が、一直線に飛翔(ひしょう)する。

 小さく息を吐くと、ベルクーリは飛んでくる鋼矢(こうし)を叩き落そうと、時穿剣を持ち上げた。

 だが直後、鋼矢はベルクーリから離れた場所で全て砕け散った。

 3本の矢とベルクーリが放った3つの斬撃とがぶつかり──その後、マエトとベルクーリの間の空間には、何も残っていなかった。

(──ッ!? こいつ、まさか......!)

 すぐさま時穿剣を振るい、もう一度未来を斬るベルクーリ。するとマエトもまた、再び鋼の矢を1本発射し、斬撃にぶつけた。甲高い破砕音が響き、光の粒と陽炎が消える。

 瞬間、ベルクーリは盛大に舌打ちした。

(この野郎、空斬(カラギリ)無駄撃(むだう)ちさせやがった!!)

 ベルクーリの操る武装完全支配術《時穿剣(じせんけん)空斬(カラギリ)》は、数秒先の未来を斬る技。

 そう聞くと途方もない絶技に思えるし、実際そうなのだが、マエトはこの技をもっと簡略化して考えた。

 すなわち、『発動中に切り裂いた空間に、ほぼ不可視のブレードを設置する技』だ。

 そう考えれば──本質とはかなり異なるが──ベルクーリがやっていることは、アリスとの戦いでマエトが使った闇素(あんそ)の置き弾に近い。

 なら、置き弾の射程に入る前に処理すればいい。

 先ほど防御の上からマエトを叩き飛ばしたベルクーリの斬撃は、マエトがブレーキをかけて止まったときには既に消えていた。

 ガードしたマエトを斬って(・・・)消えたのではなく、ガードしたマエトを吹き飛ばして(・・・・・・)消えたのだ。そして、いくらかのダメージは食ったものの、マエトの体に怪我(けが)はなく、防御した双剣の刀身にも傷はついていない。

 つまり、あの斬撃は物質化したオブジェクトと接触すれば、それを破壊できたできていないに関係なく──実際にはベルクーリの攻撃の意思が必要になるが──消えるということだ。

 そこでマエトは、神聖術で鋼の矢を生み出し、それをベルクーリの斬撃にぶつけた。

 結果、目論見(もくろみ)通りノーダメージでベルクーリの奥の手を相殺(そうさい)できた。

 武装完全支配術は凄まじいまでの超攻撃力を(ほこ)るが、同時に剣の天命をかなり消費する。相手の接近を警戒した結果とは言え、ここまでで既に計5発の空斬(カラギリ)を放ったことで、時穿剣の天命は多少なりとも減っている。

(無駄撃ちになるんなら、これ以上空斬(カラギリ)は使えねぇ......こっからは単純に斬り合いか)

 そう腹を決めると、ベルクーリは口許に笑みを浮べ、愛剣を振り下ろした。

 同時に紫の刃が振るわれ、鈍色の刀身と衝突した。高い金属音を鳴らし、オレンジ色の火花が散る。

 そして、零距離(ぜろきょり)での無秩序(むちつじょ)な斬り合いが始まって、数分が経過した。

 双剣を操る少年と大剣を振るう壮年(そうねん)は、互いの体にいくつもの切り傷をつけながら、互角に渡り合っていた。

(思ったより()りにくいな......)

 絶え間なく攻め立てながら、マエトは内心でそう呟いた。

 マエトとベルクーリの間には、50センチ近い身長差がある。そこまで体格が違えば、その時点で相当なパワー差が生じる。

 しかもマエトの2振りの愛剣は、スピード重視ゆえにかなり軽い。重い剣好きのキリト目線なら、振っている手応えなどほとんどない。重い時穿剣とまともに打ち合えば、体勢を崩して(すき)(さら)すことになる。

 そうなっていないのは、ひとえにマエトの(たく)みな位置取り(ポジショニング)ゆえだ。

 短い双剣を逆手に持ち、剣の間合いである近距離のさらに内側──徒手格闘の間合いである超至近距離で常にまとわりつくことで、ベルクーリに剣を振りづらい状況を()いている。

 長大なリーチを不利要因に変え、パワーを活かせないような小振りしか許さない。マエト自身は戦術として当たり前だと思っているが、そうすることでやっとベルクーリと互角に斬り合えているのだ。

 とは言え、このまま削り合うのは下策(げさく)だ。大量の情報を(もと)に思考し続けるマエトのスタイルは、もともと持久戦には向いていないのだ。いつも以上に間合いに気を(つか)いながら戦っているのもあり、このまま斬り合えば、どこかで必ずガタが来る。

 現時点で削れた相手のHPは3割程度。長々と削り合っての3割だ。このまま持久戦になるのは避けたい。

 とどのつまり、やることはいつもと同じだ。

 (きょ)()けるような崩しを入れて、一瞬でも相手の足と思考を止め、その(すき)に殺し切る。

 油断なく(たた)みかけながら、マエトはさらに思考を(めぐ)らせた。

 そこに、ベルクーリがニヤリと笑って声をかけた。

「やるじゃねぇか、少年。大したもんだぜ」

 などとうそぶきつつ、ベルクーリは内心で同じフレーズを繰り返した。

 実際、この少年の腕は大したものだ。技の速さやキレでこの少年に勝てる者など、整合騎士の中にどれだけいるだろうか。

 特に、時折(ときおり)見せる回転斬りに関しては圧倒的だ。下手な神聖術士の《風刃(ふうじん)の術》よりも──騎士レンリの神器(じんき)雙翼刃(そうよくじん)》にも(おと)らないほどに速く鋭い。

 その上、

(何が恐ろしいって、これでまだ本領は発揮してねぇってことだ)

 その技のキレゆえにマエトは普通に攻撃手段としても使っているが、回転斬りというのは本来、カウンターとして使ってこそ真価を発揮する。

 相手の攻撃を身を(ひね)って(かわ)しながら(ふところ)に入り、蹴り足と回転の勢いを乗せた斬撃を、攻撃直後で無防備な相手に叩き込む。

 ファナティオとの戦いでやったような返し技こそが真骨頂(しんこっちょう)なのだ。

 となれば、下手にマエトに斬りかかった場合、ベルクーリは手痛いカウンターを喰らう可能性がある。

 そして空斬(カラギリ)を放っても無駄撃ちにされる以上、ベルクーリがマエトに勝つ手段は2つ。

 純粋な剣の腕前で勝つか、ベルクーリ正真(しょうしん)正銘(しょうめい)の奥の手──記憶解放術《時穿剣(じせんけん)裏斬(ウラギリ)》を使うか。

 前者だとかなり五分五分(ごぶごぶ)の勝負になるだろう。かと言って、後者なら確実に勝てるかと言われると、そういうわけでもない。

 未来を斬る技である空斬(カラギリ)に対して、裏斬(ウラギリ)は過去を斬る技だ。

 具体的にはジャスト10分前──600秒前に敵が存在した位置を斬り、その際にユニットの移動ログに介入。「600秒前の存在位置」を「現在の存在位置」であるとシステムに誤認させることで、標的が現在どこにいようと問答無用で、しかもシステム的にHPを直接減少させる。

 防御不能の、完全なる一撃必殺の技だ。

 10分前にマエトが立っていた場所にも、床に少し深めに傷をつける形でマーキングをしてある。カウントもしっかりできている。あとはタイミングを見て技を発動するだけ。

 ──そのはずだったのだが。

(ちくしょう、こいつ全然()がせぇな......!)

 裏斬(ウラギリ)を発動するということは、いまマエトがいる場所とまったく違う場所を攻撃するということ。つまり、発動直前は隙を晒すことになるのだ。

 常に零距離でまとわりつく相手から目を離せば、次の瞬間には致命傷を受けるだろう。どうにかしてマエトを引き剝がす必要があるのだが──

「ふんっ!!」

 小さくバックジャンプしてマエトとの間にスペースを作ると同時に、ベルクーリはすかさず時穿剣を強振。マエトを力ずくで吹き飛ばそうとする。

 だが、マエトはブーツの(かかと)から激しく火花を散らして止まるや、間髪入れずに反撃した。

 カウンターを受け止め(つば)()()いに持ち込むと、ベルクーリは話しかけた。

(すべ)()め、役に立ってるみてぇじゃねぇか」

「風呂の床、傷だらけにしちゃってすまんね」

 既にベルクーリは、何度となくマエトをノックバックさせて距離を取ろうとしていた。だがその度に、マエトはブーツに仕込んだスパイクでブレーキをかけ、また突っ込んでくる。

 ただ弾こうとしても意味はない。ならば、

(よし、足りねぇ頭ぁ(ひね)ってやっと思い付いたぜ)

 斬り合いの最中(さなか)、考え続けてベルクーリは1つの策を思いついた。

 カウント開始から経過した時間は553秒。もうすぐで10分だ、あまり時間もない。

 マエトと激しく剣を打ち合いながら、ベルクーリはじりじりと移動した。

 マエトに(さと)られないよう自然に、かつできるだけ急いで移動すること20秒弱。

 目的の場所に辿り着いたベルクーリは、心の中でカウントを続けた。残り30秒。

 そのとき、マエトが小さく後ろに跳んだ。ベルクーリと距離をとるや、双剣を鞘に納めて両手を動かした。

「システム・コール。ジェネレート・サーマル・エレメント。フォーム・エレメント、アロー・シェイプ。フライ・ストレート」

 術式を唱えたマエトの左手の先に、真紅の火矢が3本出現した。同時に右手で、コートの内側に忍ばせていた3枚刃のブーメランを取り出す。

(なるほど、火矢と投刃で2択の揺さぶりか。どっちかを避けると、そこに残りの方が来ると......)

 そう考えたベルクーリ目掛け、マエトは鋭くブーメランを投げた。回転する投刃が飛ぶ。

 避けてもいいが、その場合は回避先に火矢が飛んでくる。ゆえにベルクーリは、飛来したブーメランを剣で叩き落した。

 そこに、今度は3本の真紅の矢が突っ込んできた。だがベルクーリは小さくステップして難なく回避。マエトの追撃に(そな)えるべく、時穿剣を構え直し──

 そのとき、ピキィィン! という甲高い音が響き、ベルクーリの左足に痛みにも似た冷感が走った。同時に足が動かなくなり、壮年の騎士はその場に(ひざ)をついた。

 いや、動かせなくなったと言うよりは、何かで足が固定されたような感覚と言うべきか。

 思わず足許に視線を落としたベルクーリは、自分の左足ごと床が局所的に凍っているのを見た。

 素早く顔を上げると、マエトの右手の指が1本、こちらに向いていた。

 つまりマエトは、火矢を回避したベルクーリの足ごと床を凍素(とうそ)の矢で凍らせ、彼の足を止めたのだ。

 結果ベルクーリの足が止まり、姿勢も崩れた。マエトが圧倒的に有利だ。

 以前、とある青年との戦いで、

『戦場に存在するあらゆるものが、武器とも罠ともなり得る』

 という相手の策略にかかったベルクーリは、それを地の利と評した。

 だがこれは──

(風呂場の床が濡れてる、だぞ? そんなもん地の利でも何でもねぇだろうが......!)

 内心で毒吐くベルクーリの目の前に、マエトが突っ込んできた。逆手に握られた双剣が、獰猛(どうもう)に光る。

 ベルクーリが狙っていたのは、この瞬間だった。

 素早く大上段に持ち上げた時穿剣から、膨大(ぼうだい)なライトエフェクトが(あふ)()した。ライトグリーンの輝きを放つ大剣を、両手で振り下ろす。最速にして全力の、カウンターの一撃。

 それの軌道上にいるマエトの足は、床につけられた少し深めの傷を踏んでいた。

 そう。ベルクーリの攻撃はただのカウンターではない。《時穿剣(じせんけん)裏斬(ウラギリ)》を使った、2段構えの攻撃だ。

 カウンターの上段斬りが当たればそれで良し。仮に(かわ)されても、振り下ろされた時穿剣は10分前にマエトがいた場所を斬る。

(もらった──!!)

 低く(とどろ)くような気勢を上げ、ベルクーリが剣を振り下ろす。

 瞬間、右手の剣を素早く順手に握り替えるや、マエトは回転斬りを見舞った。時を越えるカウンターに、後出しで放たれた神速のカウンターが横からぶつかり、けたたましい音を()()らす。

 直後、時穿剣が何もない床を叩いた。しかし、少年の体には何の異変も起きていない。回転斬りと衝突したことで、斬撃の軌道とタイミングがわずかにズレたのだ。

 舌打ちするベルクーリだが、姿勢を崩したのは攻撃が横に弾かれた自分だけではない。

 マエトもまた、ベルクーリの重い上段斬りとぶつかったことで、回転斬りを放ったまま姿勢を崩している。

 今ならまだ間に合う。不発に終わったばかりの裏斬(ウラギリ)を再び使い、先ほど斬ろうとした10分前から《さらに数秒後の10分前》を斬る。

 そう思ったベルクーリの視界の中で、マエトが動いた。右足を持ち上げ、回転斬りの勢いそのままに振り回したのだ。

 だが、ただの後ろ回し蹴り程度では、ベルクーリの天命はわずかにも減らせない。

 ──足に何かしらの刃物を仕込んでいれば、話は別だが。

 ブンッ! と唸りを上げて振るわれたマエトの足。その(かかと)に生えた鋼刃が、鈍い輝きを放つ。

 床と何度も(こす)れたことでところどころが欠けている刃の向かう先には、ベルクーリの首──頸動脈(けいどうみゃく)があった。

 さすがにここまで見越した上で、靴裏(くつうら)に細工をしたなんてことはないだろう。つまりこの少年は、咄嗟(とっさ)の対応でこの返し技を思い付いたということだ。

(なんつう頭してやがる......)

 思わず感嘆するベルクーリ。その急所に、鋭く一撃が迫る。

 直後、甲高い音が鳴った。わずかに遅れて、マエトの蹴りがベルクーリの太い首に直撃した。

 短く(うめ)(ごえ)()らして、ベルクーリはその巨体を傾けた。広大な浴槽(よくそう)に倒れ込み、熱い飛沫(しぶき)を高く上げる。

 その様子を見て、次いでマエトは視線を降ろした。自分の右足を見下ろすと、踵の鋼刃が砕け散っていた。蹴りが当たる直前の音は、これが壊れる音だったのだ。

 だがこの刃は、ベルクーリの首に刺さる前に砕けた。まるで見えない剣で斬られたように。

(またあの置き弾? いや、あれを使う余裕はなかったはずだ。じゃあなんだ......?)

 素早く思考するマエト。そのとき、ざぼっと音を鳴らしてベルクーリがお湯から出てきた。小さく息を吐くと、騎士長はフンと鼻を鳴らした。

「その滑り止めを砕いたのは《心意(しんい)太刀(たち)》っつってな。簡単に言えば、剣気を刃にして相手にぶつける技だ」

「ふむ、心意......ん? それって......」

 首を傾げるマエトに、ベルクーリはニヤリと笑った。

「おう、今回の試合じゃ心意の使用は禁止。つまりオレの反則負けだ」

 意味が解らずポカンとした表情を浮かべるマエト。その頭をゴシゴシと乱暴に撫でながら、ベルクーリが言った。

「こんな真似して(わり)ぃな。けど、もっと知りたくなっちまったんだ。お前さんの剣のことも、お前さん自身のこともな。となりゃ、くたばってる場合じゃねぇからな」

 そう言ってベルクーリが無造作に右手を持ち上げると、お湯の中から時穿剣が出てきた。独りでに宙を移動すると、剣はベルクーリの手の中に納まった。

 そのまま剣を(さや)に落とし込む壮年の騎士を見上げ、マエトはなおも目を(しばた)かせていた。

 そんなことは気にもしていないのか、ベルクーリは腰に手を当てると上機嫌そうに続ける。

「それじゃあ、一緒にひとっ風呂(ぷろ)浴びようぜ......っと、その前に(のど)(かわ)いたな。よし、火酒(かしゅ)と冷えたシラル水でも持ってこさせるか。少年、先に湯に()かって待っててくれ。オレはちょっくら行ってくるからよ」

 そう言い残して悠々と歩き出したベルクーリ。その大きな背中を見つめ、マエトはふぃーと息を吐いた。

「うーむ......あんま勝った気がせんな。あやされた感じがするというか......これが大人か、ずるいな」




次回 vs(あお)薔薇(ばら)(けん)
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