ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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第6話です。この回はオリジナル要素が多いですが、原作に寄せてはいるのでご了承ください。


第6話 2振りの鬼神

§新生アインクラッド第22層 森の家

 

 マエト/前田智也が自らの過去を語ったその日の夜、キリトやアスナ、ユウキは、22層のログハウスで仲間たちにその話をした。

「ひ、103人だぁ!?」

 クラインが()頓狂(とんきょう)な声を上げる。

「たった1人で、1年でそんな人数殺したってのか......!?」

「しかもその時、マエトさんって小学生ですよね......?」

「そんな、冗談じゃないの......?」

 エギルやシリカ、リーファも掠れる声で言う。

「そう言えば、確かにいたわ。剣を2本、インゴットに戻して新しいの作ってくれって言ってきた子......。そんな、大切な剣だったんだ......」

 当時を思い出したリズベットが呟く。

 マエトの強さの秘密はこれで判った。

 殺人(レッド)プレイヤー達との単独での殺し合い。

 口で言うのは簡単だが、それはSAO内における最悪の地獄だ。単純なアルゴリズムで動くモンスターと違って動きが読めず、どんな卑劣な手でも使ってくる。モンスターの思考をミスリードするようにワンパターンの戦い方をすれば、それは死に直結する。

 故に、常に戦い方を変える必要があるのだ。

 相手の人数やHPや装備、自分のHPや装備、距離や角度などの位置関係、地形。ありとあらゆる情報を素早く的確に処理し、その上で相手の意表を()く動きをしなければ死ぬ。そして、複数の卑劣な相手の攻撃や妨害に対して、的確に対応できなくても死ぬ。

 絶対的な対応力と汎用性。それこそがマエトの最大の武器。

 キリトの隙を突いた攻撃にも、ユウキの超スピードにも追い付けたのはそのためだ。

 鍛え上げたAGIも、極小のモーションも、完全に消した殺気も、急所を正確に狙った攻撃も、全ては確実に敵を殺すため。

(そう考えると、あいつのOSSが持つ意味や印象も一気に変わってくるな......)

 マエトが編み出した、武器破壊に有効な7連撃OSS《テアリング・バイト》。

 咬み千切る(テアリング・バイト)の名の通り、対象を真っ二つに叩き斬ることに特化した技。キリトは今までそれを、相手の武器を破壊して『スマートに勝つための技』だと思っていた。

 だが、悪魔(ブラック)プレイヤーとしてのマエトの技だと考えた場合、それは相手の武器を破壊して『戦闘の手立てを奪って一方的に、確実に殺すための技』に豹変(ひょうへん)する。

 少年の過去を知った一同は、彼に何かしてあげたいと否応なしに思った。だが、何をすればいいのかが分からない。マエトを最もよく知るユウキも、どうすればいいか悩んでいる。

 その時、ユイの声がログハウスを満たしていた沈黙を破った。

「皆さん!! いま調べたのですが、マエトさんがSAOで使っていた剣と同一の装備アイテムが、ALOにも存在しています!!」

 

 

 その週の土曜日、キリトはマエトをリズベット武具店に呼び出した。

 ドアを開けながら、

「お邪魔していきまーす」

 とよく解らないことを言うマエトに、キリトが声をかける。

「よう、呼び出して悪かったな」

「んーん、むしろお礼言いたいくらいだよ。わざわざ剣のこと調べてくれて、しかもこんだけ人も集まってくれてさ」

 そう言って店を見渡すマエト。店内には、キリトにアスナ、ユウキ、シノン、リーファ、リズベット、シリカ、クライン、エギルの9人がいた。鍛冶妖精族(レプラコーン)の店主は、全員の武器を順番に回転砥石(といし)に当てている。マエトも、背中の片手直剣をリズベットに預けた。

 数分後、フル回復した武器を装備した面々に、キリトが振り向く。

「確認するぞ。今回集まったのは10人。よって5人パーティ2つのミニレイドを組む。目標は......ユイに説明してもらった方が早いな」

 いきなり丸投げしたキリトに、呆れたような目を向けるアスナ達。当のユイは「仕方ないですねー」とため息を吐くと口を開いた。

「今回の目標は、ヨツンヘイムのどこかで生き延びている、白と黒の2頭の人型邪神です。その邪神がドロップするインゴットから生成される装備アイテムの1つに、マエトさんがSAOで使用していたものと同一の片手直剣があります。白い邪神はパワーとスピードのバランスに優れ、かつ高い防御力を誇ります。逆に黒い邪神は、防御力が低い代わりに、白を上回るパワーを誇る超攻撃型です。攻撃パターンは、2頭のHPゲージが2つ共半減した際に変化しますが、詳細は後でお知らせします」

 ユイが言い終えると、再びキリトが口を開いた。

「よし。それじゃあパーティ組んでポーション類の分配したら、早速出発しよう!!」

 キリトの言葉に、9人と1人と1匹の「おー!」の唱和が続いた。

 パーティを組んだ一行は、いつもの近道の階段を下ってヨツンヘイムへと向かった。相も変わらず長い長い階段を延々と降りる。視界が開けると、植物の鮮やかな緑と湖の青が眩しく輝いていた。以前は極寒の吹雪が仮想の寒さを叩き付けて来たが、今は陽光に照らされていて暖かい。

 リーファが指笛を鳴らすと、高く澄み切った音が、ヨツンヘイムに響いた。数秒後、くおぉぉぉー......ん、というような()き声とともに、巨大な影が近づいてきた。リーファとキリトの友達の、元・象水母(くらげ)邪神《トンキー》である。

「よし、トンキーに乗れる上限は7人だから、2回に分けよう。リーファは2回共乗って、トンキーに頼んでくれ」

「分かった!」

 そう言うとリーファはトンキーの背中に飛び乗った。続いてキリト、アスナ、ユウキ、マエト、シノンが飛び乗る。キリトの肩にユイが腰かけると、リーファはトンキーに頼んだ。

「トンキー、あたし達を下まで連れてって」

 もう一啼きして(こころよ)く了解したトンキーが、6人を乗せてヨツンヘイムの空へと飛び立つ。

「わぁぁっ、すっごーい!」

 歓声を上げてはしゃぐユウキを見て、アスナが微笑む。その横でマエトは、トンキーの背中を撫でていた。

「すまんなトンキーとやら。おれのせいでわざわざ2往復もすることになって」

 その優しそうな手つきと表情を見て、キリトは改めて思った。

(あんな奴が、SAOで103人もレッドを殺したなんてな......)

 シノンも同様の感慨にふけっていたらしく、悲しげな目でマエトを見つめている。

 すると、トンキーが着陸した。ひとまず下に降りるだけだったため、さして時間はかからなかったようだ。リーファを乗せて再び入り口へと戻るトンキーを見送ると、キリトは肩に座る愛娘に言った。

「ユイ、目的の邪神2体のポップ情報を調べてくれ」

「はい、パパ!」

 すぐさま目を閉じて検索モードに入るユイ。

「おー......みんなにお礼に何か買わにゃならんと思ってたけど、こりゃけっこうな出費になりそーだな。こんな奥の手まで解禁するとは」

 そう呟くマエトに、

「ふふっ、ユイちゃんはすごいんだよー」

「あぁ。なんたって、俺とアスナの自慢の娘だからな」

 などと親バカップルが自慢していると、リーファ・リズベット・シリカ・クライン・エギルを乗せたトンキーが降りてきた。

「ありがとねトンキー、お疲れ様」

 そうリーファが労うとトンキーは、くおぉー......ん、と啼き、飛び立っていった。 それを待っていたかのようなタイミングで、ユイが目を開ける。

「皆さん、目的の邪神2体の位置をサーチしました! 私に着いてきて下さい!!」

 そう言ってキリトの肩から飛び立つユイを、10人が追いかける。当然ながら邪神も移動するため、走るコースが不規則に曲がるが、誰も一言も発しなかった。久々の邪神相手の戦闘に皆、一様に緊張しているのだろう。

 そうして走ること数分、ユイが飛行をホバリングに変えた。足を止めた一行から50メートルほど離れた開けた場所に、それらはいた。

 片方は白。片方は黒。どちらも左右に2本ずつ腕を生やし、上の手に戦斧、下の手に棍棒を握っている。

「あの邪神達は、パパ達が以前スリュムヘイムで戦った2体のミノタウロスとは違い、互いを補うような連携はしないようです。片方のHPゲージが半減して、もう片方のHPゲージがまだ半分以上だった場合、半減した方は片方のHPゲージが半減するまで何もして来ません」

 ユイの説明を聞き、少し考えたキリトが全員に向けて口を開く。

「最初は俺、ユウキ、マエト、リーファ、クライン、シリカで防御力の低い黒い方を全力で叩く。黒い方のゲージが黄色くなるまで、白い方はシノン、エギル、リズに任せる。なんとか時間を稼いでくれ。アスナは状況に応じてバックアップ、ユイは俺達にパターンの指示を頼む」

「「「了解!!」」」

 そして、それぞれのパーティがそれぞれの目標に向けて駆け出した。

 キリトの作戦は大当たりだった。高機動高火力のメンツを黒邪神に集中させて一気にゲージを半減させ、攻防のバランスがとれた白邪神に全員で集中する。これが上手くハマり、重大な被害もなく2体の邪神のHPゲージを半減させることに成功した。

 だが、問題はここからだ。

「パターン変わるぞ!! 注意!!」

 叫ぶキリトの前で、黒邪神が立ち上がり、白邪神へと歩み寄る。2体の邪神は向かい合うと──。

 互いの巨体に互いの武器を叩き付けた。

 驚きの声を上げる間もなく、2体の邪神が光を放ち、その2つの巨大なシルエットを溶かす。光が消えた時、そこには右半身が黒、左半身が白のモノクロの邪神がいた。その巨体は先程までよりも明らかに大きく、腕も左右に4本ずつに増えていた。

「パターン変わるって......」

「こーゆー感じか......」

 誰かが呟いた言葉は、邪神が轟かせた雄叫びに掻き消された。左右の4本の腕が上がっていく。握られているのは、斧。

破片(はへん)打ち攻撃、来ます!!」

 上の手に持った斧で地面を砕き、その破片を棍棒で打つ攻撃。

 ユイの渾身(こんしん)の叫びを受けて、全員が集中する。破片を避けるか斬るか砕くか。どう対応するか各自が見極めようとする。だが、斧が叩き付けられた瞬間起こった地震は、そんな思考すら粉々に砕いた。姿勢を崩したところに、砕けた岩盤が打ち込まれる。

 スピードに自信がある数名がギリギリのところで避けたが、残り数名は回避が間に合わずに攻撃を喰らった。直撃しなかっただけラッキーではあったが、それでもかなりHPを削られてしまった。すかさずアスナがヒールするが、これよりも更に強力な攻撃だってあるだろう。

「白と黒、どっちも今と同じ攻撃をしてきたけど......」

「黒のパワーに白のスピードが上乗せされて、威力増してやがる......」

「しかも腕も倍になってるから、攻撃範囲も倍増しちゃってるね......」

「威力、質量、どっちもとんでもないな」

 だが、だからと言って負ける訳には行かない。中でもキリト、ユウキ、シノン、シリカの4人は特に強くそう思った。

 キリトとシリカは、旧アインクラッドで大切な存在を失って、その苦しみを知っているから。

 シノンは、人を殺してしまった人の気持ちを知っているから。

 ユウキは、自分のせいで友達をデスゲームにログインさせてしまった負い目から。

 それぞれが1人の少年のために奮起している。

 だが、やはり一番激しく戦っているのはマエトだった。亡くしてしまった相棒との、絆の証明である2振りの愛剣。それを再び握り、振るい、共に戦うために。

 5分以上に及ぶ激闘の末、半減した2本が合わさってフルになっていた邪神のHPゲージも黄色くなった。

 だが、喜ぶにはまだ早い。まだ相手のHPは半分残っているが、それに対して、回復魔法に必要なアスナのMPがもう底を突きかけているのだ。

 8本の腕全てを高速で振り回す、全方向乱打(フルアタック)が強力すぎた。乱撃の軌道が毎回ランダムで変わるため、回避が困難なのだ。

「キリト君、このままじゃ保たないよ」

「解ってる......どうするかな......」

 キリトにそう言ったリーファも、もうかなり疲れてきている。リーファだけでない。アスナやシノン、シリカ達の顔にも疲労の色が(にじ)んでいる。元気なのはユウキとマエトくらいだ。

 その時、

「次に斧振り下ろし来たら、各斧2人ずつで全力で斧叩いて!!」

 マエトの指示の狙いを察すると、全員が疲れを感じさせない気合いを返した。

「「「了解!!」」」

 直後、邪神が()えた。8本全ての腕を広げている。

全方向乱打(フルアタック)、来ます!!」

 ユイの警告を受け、全員で全力のバックダッシュ。ある程度距離を取ると、今度は防御姿勢をとる。

 妖精達の前で、巨大な邪神が嵐を巻き起こした。不規則に振り回される斧と棍棒が撒き散らす瓦礫(がれき)がHPを削る。

 嵐が収まった瞬間、前衛8人が飛び出す。同時にアスナが、残ったMPの全てを注ぎ込んだ回復魔法をかける。

 雄叫びを上げながら、邪神が4本の斧を振り下ろした。その直前、

「──3、2、1、ゼロ!!」

 ユイの正確なカウントに合わせ、インパクトの瞬間に小さくジャンプすることで、地震で姿勢が崩れることはなくなった。

 邪神が斧を持ち上げる前に、各斧2人ずつで斧にソードスキルを浴びせた。

「せあああっ!!」

「どぉりゃああ!!」

「えぇぇーい!!」

「てやぁぁぁ!!」

「うりゃあああ!!」

「おぉらぁぁああ!!」

「やぁーっ!!」

「はあああっ!!」

 重い単発攻撃が同時に炸裂(さくれつ)し、ヨツンヘイムの空気を震わせた。

 マエトの思惑通り、今までの戦闘で散々削られた地面に、斧は簡単にめり込んだ。

 そして、後方から飛来した矢が邪神に突き刺さる。邪神から赤いダメージエフェクトが飛び散るが、傷口から出るエフェクトはそれだけではない。紫色のスパーク。雷属性攻撃のエフェクト。シノンが麻痺状態付与のスキルを使ったのだろう。邪神はふらついてはいるが動かない。

「ここだ!!」

 叫ぶキリトに続き、全員で集中攻撃。アスナも短杖(ワンド)をレイピアに持ち換えて速攻を仕掛ける。

 ハイレベルプレイヤー10人の集中攻撃を受けて、邪神のHPゲージも残り1割半にまで減った。

 その時、邪神が動いた。麻痺が切れ、斧を引っこ抜こうとする。慌てて後退しようとするキリト達。だが、

「行くかね、ユウちゃん」

「うん、行こう! よーい......」

「「どんっ!!」」

 2人のインプが臆することなく飛び出した。埋まった斧を握る腕を足場にして、邪神の巨体を駆け上がる。棍棒を握る4本の腕を振り回そうとする邪神。

 そのうち1本の腕を、大きく飛び上がったマエトがOSS《テアリング・バイト》で咬み千切り、その間にユウキは更に駆け上がる。

 下から跳ね上がろうとした2本の腕を、

「させるかあっ!!」

「暴れんじゃねえっ!!」

 キリトとエギルが力任せに叩き伏せる。

 残りの1本は、高速で撃ち込まれたリーファの風魔法に弾かれる。同時に邪神の目を狙って、シノンが矢を放った。精密極まる狙撃で、邪神の目が潰される。

 一方、キリトとエギルは並んで落下していた。そこに、

「ワールウインド!! 上体寝かせろ!!」

 という声が降ってきた。見上げると、マエトが上空から落下してきていた。両腕を体に沿わせるように伸ばして空気抵抗を減らし、加速する。

 正直、マエトの真意は2人には解らなかった。思わず顔を見合わせるが、何かしらの意味があるはずだと、直感がそう言った。

「エギル!」

 キリトが呼びかけるとほぼ同時に、ノームの巨漢は上体を寝かせた不安定な体勢からでも、愛用の両手斧(ツーハンドアクス)にしっかりとライトグリーンのエフェクトを灯した。

「う......ぉおらぁあっ!!」

 太い雄叫びを上げてエギルが振るった斧が、持ち主に負けじと唸る。

 そこに飛び込むや否や、マエトは体を丸めて完全防御姿勢をとった。

 2つの刃が触れ──マエトが吹き飛ばされた。恐ろしいほどの速度で飛ばされつつ、マエトは歯を食いしばって邪神の方に向き直る。

 その先で、タイムの花を思わせる紫色のライトエフェクトが広がった。

「やあああっ!!」

 右上から左下への神速の5連突き。直後に左上から右下への5連突き。ユウキが凄まじい速度で剣を打ち込む。

 そして、ユウキがラスト1撃のモーションに入る直前、今度はジェットエンジンじみた轟音と深紅(クリムゾンレッド)の輝きが弾けた。ユウキの後方から轟然(ごうぜん)と突っ込むマエトの片手剣が、炎に包まれている。

 ユウキがOSS《マザーズ・ロザリオ》のラスト1撃を、マエトが単発重攻撃《ヴォーパル・ストライク》を、まったく同一のタイミングとモーションで放つ。

「「これで......終わりだああっ!!」」

 2人の叫びと技は完璧にシンクロし、混ざり合った2色の光槍が邪神の心臓を貫き──断末魔の悲鳴を上げた邪神が、その巨体を無数のポリゴン片に変えた。

 ミニレイドのメンバー全員の目の前にウィンドウが表示された途端、

「やったああああ!!」

「勝ったああああ!!」

 という勝利の喜びの声が溢れ、

「ふひー、疲れたぜ......」

「思ったよりハードだったな......」

 という疲れたおっさんの声が漏れた。

「お疲れ様、ユウキ。マエトくんも」

 アスナの労いに、

「アスナもサポートありがとう!」

「当たり前だけど、ヒーラーいないと話にならんかったからねー」

 ユウキとマエトも労いの言葉を返す。

 そこにユイが声を上げる。

「皆さん! ドロップアイテムにインゴットがあるか見て下さい!」

 ユイの言葉に頷くと、10人は各自のウィンドウと食い入るように見た。数秒後、

「あった! あったよ、とー君!」

 満面の笑みを浮かべて、1つのアイテムをオブジェクト化するユウキ。その手には、白銀のインゴットが握られていた。少し離れた所からリーファも声を上げる。

「あたしのとこにもあったよ!」

 同じくオブジェクト化された黒銀のインゴットを受け取ると、マエトはユイに差し出した。

 小妖精(ピクシー)が2つのインゴットに触れ、わずかに目を閉じる。数秒後、目を開くと、ユイは笑顔を浮かべた。

「これです! このインゴットです!」

「「「やったあああああ!!」」」

 全員で歓喜の声を上げる。

「リーファ、トンキーを呼んでくれ」

「うん!」

 すぐさまリーファが指笛を鳴らす。トンキーが来る前にリズベットがストレージに2つのインゴットを入れる。やって来たトンキーの背中に、再び2回に分けて乗って出口に戻った。

 イグドラル・シティの目抜き通りに店を構えるリズベット武具店の工房に入ると、リズベットはストレージからインゴットを取り出した。

「じゃあ、始めるわよ」

 全員が頷くのを見ると、鍛冶屋は鉄床(かなとこ)に白銀のインゴットを置いた。鍛冶用のハンマーを握り、一心に叩き始める。澄んだ金属音が工房に規則正しく響く。

 全員が無言で見守る中、数分間叩かれ続けたインゴットが青白い輝きを放ち、その形状を(つば)のない細身の片手直剣へと変える。

 輝きが消えた鉄床の上にあったのは、白い柄から青みがかった白銀の刀身が伸びる片刃の剣。峰には雪の結晶のような波刃(セレーション)が刻まれている。それをタップしてプロパティを確認したリズベットがマエトの方を向く。

「剣の名前、《白鞘(しろさや)切鬼(せっき)》よ」

 無言で頷くマエト。同じく無言で頷いた鍛治士は、続いて黒銀のインゴットを叩き始めた。先ほどと同じ回数を叩いたところで、インゴットが暗い赤の輝きを放った。

 変化した形状は、切鬼と同一。鍔のない黒い柄の先には、赤みがかった黒銀の刀身と、炎を模した波刃。リズベットがプロパティを確認し、言う。

「こっちは《黒鞘(くろさや)裂鬼(れっき)》よ」

 リズベットは白と黒の鞘に2振りの剣をそれぞれ(さや)に納め、マエトに渡した。受け取り、ストレージに放り込むと、マエトはそのままウィンドウを操作。

 その手が止まると、マエトの背面が光に包まれ、腰に白の、背中に黒の得物が現れた。

「わぁ......!」

 ユウキが感嘆する。SAO時代からキリトのことを知っているアスナ達も嘆息した。

 二刀を背負って立つマエトの姿は、かつて攻略組の絶対的主力プレイヤーだった《黒の剣士》とどこか似ていた。

 マエトが白と黒の柄を握り、じゃりーん、と高い音を立てて抜き放つ。

「ちょっと下がって」

 と言って全員を少し離れさせると、脱力して両手をだらりと下げた。

 その時キリトは、不可解な感覚に襲われた。目の前に立つインプの二刀剣士のアバターが、一瞬だけ陽炎(かげろう)のようにゆらりと(ゆが)んだ──ような気がした。

(なんだ? 今の気配は......いるのかもはっきりしない、まるで亡霊みたいな......)

 異様な気配に戦慄(せんりつ)するキリトを尻目にマエトは、とん、と軽く跳んだ。直後、

 ぎゅばっ!! という衝撃が狭い工房を満たした。空中に青と赤の軌跡を描きながら、超高速の回転斬りをしたマエト。着地してからもしばらく固まったままだったが、キリトとアスナ、そしてユウキだけはマエトの口の動きに気付いた。

「((わり)ぃベル、待たせちゃったな。今日からはまた一緒だぜ)」

 すっくと立ち上がると、剣を鞘に納めたマエトは左手を振ってウィンドウを呼び出した。装備メニューを操作して、左手に装備していた裂鬼をストレージにしまい、切鬼を腰から背中に移動させた。

「え、なんでしまっちゃうんですか?」

 問いかけるシリカに、

「なんて言うんかなー、久しぶりすぎて感覚がまだ合わんって感じでさ。二刀流はまた後で練習するとして、とりあえずは切鬼(こいつ)だけで行くよ」

 そして今度はシリカから全員に目線を向けて言った。

「つー訳で、切鬼と感覚合わせたいからさ、誰でもいいからおれとデュエルしてよ」




次回 デュエルラッシュ

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