ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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特別番外編は、これで終了です。
そして、物語はいよいよフィナーレへ......


Ex.10 色褪せぬ想い出

 テレビ番組の観賞(かんしょう)、読書、ゲーム、スポーツ観戦、エトセトラ。娯楽(ごらく)と言われて挙げられる例は多くあるが、それは現実世界での話だ。

 ゲーム──それもデスゲームの中であるアインクラッドにおいて、ゲームは娯楽ではなく、日常であり非日常でもある。

 そんなアインクラッドにおける娯楽は何かと言われれば、大抵の人は食事と答える。

 だが、食事と違って頻繁(ひんぱん)に楽しめるものではないが、食事よりもさらに楽しめる娯楽も存在した。

 ハイレベルプレイヤー同士のデュエル──言ってしまえば、ある種のスポーツ観戦である。

 

 

「よし、久々にアレやろう」

 宿屋に併設(へいせつ)されたNPCレストランで朝食をとっているとき、突然そう言いだした茶髪の少年──ベルフェゴールに、マエトはパンを飲み下してから言った。

「別にいーけどさ、デュエルはサーカスでもヒーローショーでもねぇぞ」

 ため息交じりな相棒の言葉に、ベルフェゴールはイタズラっぽい笑顔で返した。

「いいじゃん。俺らだって楽しいし、トレーニングになるし、お金だってちょっとは(かせ)げるしさ!」

 2人は《はじまりの街》の転移門広場で、およそ月に1度の頻度(ひんど)で公開デュエルをしているのだ。

 事の始まりは4か月前。単純にスパーリングのつもりで、2人が《圏内》の適当な場所でデュエルをしていたら、いつの間にやら人が集まっていたのだ。マエトらにとってはただのトレーニングのつもりであっても、周りのプレイヤーにとってはかなりハイレベルな戦いだったのだろう。大勢のギャラリーがやれ拍手だの指笛だの、しまいには投げ銭まで始めたのだ。

 それ以来《ちょっとトレーニングがしたい》もしくは《ちょっとお金が厳しいしスパーリングもしたい》という状態に──それがだいたい月1くらいの頻度で──なったとき、はじまりの街でデュエルをすることにしている。トレーニングもできて、ちょっとはお金も稼げて、さらにはじまりの街に残っている非戦闘型プレイヤーも観戦を楽しめる。一石三鳥というわけだ。

 決まりだ! とでも言うようにニカッと笑うと、ベルフェゴールは右手を縦に振った。メニューウインドウを操作し、アイテム欄(ストレージ)に移動。1枚のウインドウを開いて、それを(のぞ)き込む。

「......一応スペサタイトのメンテしてからでいいか?」

 どうやら武器の耐久値を確認していたらしい。マエトも愛剣の耐久値をチェックする。

「あー、いーぞ。ていうかデマントイドもメンテしたい」

「......前から思ってたけど、俺ら武器の耐久度の減りひどくね?」

「まぁそーゆー戦い方してっからな、気にすんな」

 そう言って、マエトはカップを(かたむ)けた。中のカフェオレっぽい何かを飲み干すと、カップとタンッと音を立てて置き、立ち上がる。

「んじゃ、とっとと行くか」

「おう!」

 元気に応じると、ベルフェゴールも席を立った。

 鍛冶屋の元へと向かうべく、2人はNPCレストランを後にした。

 それから数十分後、第1層《はじまりの街》の転移門広場は、大勢のプレイヤーでごった返していた。人だかりの真ん中にはぽっかりと大きな空間が空いていて、そこに2人の少年が立っている。誰あろう、マエトとベルフェゴールだ。

「楽しみにしてたぞー!」

「今日もすげぇの頼むぜー!」

 そんな野次を飛ばすギャラリーに、ベルフェゴールは楽しそうに手を振っている。少し離れた場所では、マエトも「どーもどーも」と軽く手を挙げている。

 周りのプレイヤーには、腕試しついでの公開デュエルというふうに言ってある。

 とは言え、マエトもベルフェゴールも、ただのスパーリングであろうと負けるつもりは一切ない。お互いの実力をよく知っていて、そして認めているからこそ、負けず嫌いに火が付くのだろう。

「よし、じゃあそろそろ始めるか?」

 ギャラリーに向けて振っていた右手を降ろして振り向くと、ベルフェゴールはそう(たず)ねた。その目には既に、やる気がみなぎっている。

「おー」

 どこか気のない返事をしたマエト。その手前に、Duel Applicationのサブウインドウが出現した。

【デュエル申請を受諾(じゅだく)しますか? 対戦者:Bellfuegoal 対戦形式:1vs1】

 やっぱ変なスペルだよなぁー、と思いながら、マエトはYESボタンを押した。モードは《初撃決着モード》を選択。

 大して詳しくも興味もないが、キリスト教だか何かに出てくる悪魔のベルフェゴールの(つづ)りはBeel phegorで、スペルミスにしては間違いすぎなような......。

 などというどうでもいい思考をマエトが(めぐ)らせている間に、2人の間にはいつの間にかタイムカウントが表示されていた。どころか、カウント開始から既に10秒が経過していた。

 軽く頭を振って雑念を払うと、マエトは背中に右手を伸ばした。同時に、少し離れたところで茶髪の相棒も右手を動かす。

 マエトは背中の、ベルフェゴールは左腰の(つか)を握ると、音高く剣を抜き放った。仮想の陽光を受け、碧刃と紅刃が(するど)(かがや)く。

 すっと音もなく、ベルフェゴールが愛剣──《スペサタイトブレード+32(11S11D10Q)》を両手で構えた。オーソドックスな中段。攻撃にも防御にも転じることができるが、彼の場合は間違いなく受けから始まる。

 対してマエトは左足を下げ、愛剣──《デマントイドブレード+32(14S13Q5D)》を持つ右手をダラリと下げている。予備動作は最小限だが、その脱力した状態から、敏捷力(びんしょうりょく)()かせて一気に加速してくる。その緩急は非常に厄介だ。

 デュエル開始前の1分のカウントは、相手の構えや装備から情報を読み取り、動きを予測するための時間だ。

 だが、マエトとベルフェゴールにとってはただただ集中するための時間でしかない。相手の手の内は、お互いによく知っている。下手に予測して次の動きが固まるより、その場の反応で対処した方が速い。

 1秒1秒、時間が過ぎていく。いつの間にか、マエトとベルフェゴールの意識からは雑念が消え、視界からは色さえも消え始めた。雑音は聞こえず、しかし耳鳴りのような高周波の音が聞こえそうな集中状態に、早くも入り始めていた。

 いよいよカウントが残り3秒を切った──そのとき、マエトが少しだけ体を前に倒した。

 ベルフェゴールがピクリと反応し、オレンジ色の剣先がわずかに揺れる。

 残り1秒。その表示を突き破るように、マエトが飛び出した。突如(とつじょ)引き裂かれた仮想の空気が、重い(うな)り声を上げる。

 一気に(ふところ)に飛び込んだマエト。その右手が閃き、鋭い刃が振るわれる。

 同時にカウントダウンが終了し、【START】の文字列がフラッシュした。

 マエトの急襲に、しかしベルフェゴールは即座に反応。マエトの水平斬りの軌道上に、素早く縦斬りを割り込ませた。

 だが、マエトは両足で石畳(いしだたみ)を踏みしめて急ブレーキ。ギャギャッ、とけたたましい音を鳴らして止まるや、左手でCの字を作って紅刃を(つか)んだ。

 瞬間、マエトの左手からライトエフェクトが弾けた。ベルフェゴールの手からスペサタイトブレードを抜き取ると、くるりと回して順手に握る。体術スキル武器スナッチ技、《空輪(くうりん)》。

 開始2秒で丸腰になったベルフェゴールに、マエトは左右の剣で猛攻を仕掛けた。下手なソードスキルを上回る手数の攻撃を、ベルフェゴールがひたすらに回避する。

「うっわ、すげぇ!」

「いきなりガン攻めしすぎだろ!?」

 絶え間ない攻撃に隙などない。ギャラリーは皆そう思っていたが、ベルフェゴールだけは違った。

 黒髪の相棒の左手側へとステップで移動。そこに、オレンジ色の片刃が(よこ)()ぎに振るわれた。

 ベルフェゴールが狙っていたのは、マエトが剣を振り抜いた瞬間だった。

 普段使っているものよりやや重い剣を振り抜き、そこから切り返すまでの間に、マエトの動きが一瞬固まった。瞬間、ベルフェゴールは右足を鋭く振り上げた。

 硬い音を残して、スペサタイトブレードが宙へと打ち上げられた。すかさずジャンプして愛剣の柄を逆手にキャッチし、ベルフェゴールは急降下。落下の勢いを乗せて下突きを放つ。

 小さく後ろに下がってそれを(かわ)し、マエトが斬りかかる。右から左への水平斬り。ベルフェゴールがブロックするが、構わず振り抜き、即座に切り返す。

 2撃目も防ぐと、ベルフェゴールはカウンターの袈裟斬(けさぎ)りを打ち込んだ。マエトは軽く身を捻って回避、同時にバックジャンプ。地面から足が離れたのを感じるや、右足を思い切り振り上げた。

 オレンジのエフェクトを宿したショートブーツが跳ね上がり、少し色合いの異なるオレンジの刃を弾く。体術スキル後方宙返り蹴り技、《弦月(げんげつ)》。

 カウンターを弾かれ、ベルフェゴールはわずかに体勢を崩した。その隙に着地すると、マエトはデマントイドブレードを肩に担ぐようにして構えた。キィィンと高周波の音を鳴らし、剣が鮮やかなライトグリーンに(かがや)く。

 すぐさま体勢を立て直したベルフェゴールだが、その時点でマエトは地面を蹴っていた。見えざる手に叩かれたように、猛然と加速する。片手剣上段突進技、《ソニックリープ》。

 碧刃と紅刃がぶつかり、(すさ)まじい量の火花と衝撃音が散る。それすらも吹き散らすように、少年たちは(けむ)るほどの速さで剣を振るった。(まれ)に発生する偶発的ヒットで、両者のHPゲージがわずかずつ減少する。

 全速の乱撃と全速の防御が正面から激突する弾丸ファイトに、周囲で大勢のギャラリーが歓声を上げる。

 しかし、そんなものは2人の耳には入っていない。

(あークソ、やっぱ守り(かて)ぇな......!)

 マエトが内心で舌打ちする。

 筋力パラメータが高く、その上で軽い武器である片手直剣を両手持ちしていることから、剣速を比べればベルフェゴールのそれはマエトより速い。そして防具は軽金属系と布系のみ。

 動きは軽く、その上で守りは速く硬い。盾持ちプレイヤーに勝るとも劣らない防御力だ。

 一方、ベルフェゴールもまた、内心で毒吐いていた。

(さば)いても捌いても攻撃飛んでくる......あー、頭痛くなってきた.......!)

 肌は少し白めで、体の線も細め。大人しいインドア派な見た目でありながら、マエトのスタイルは防御をはなから考えていない攻め一辺倒だ。そして剣での攻撃だけでも(あなど)れないが、そこに体術スキルや奇策を組み合わせて翻弄(ほんろう)してくる。

 型にはまらない自由さと超のつく攻撃性は、ストリートファイトのそれだ。

 獰猛(どうもう)な笑みを浮かべ、2人は零距離(ぜろきょり)でひたすらに、がむしゃらに剣を振るい続けた。

 そして、互いのHPが残り8割近くなったところで、マエトが大きく後ろに跳んだ。距離を取って息を吐き、剣を構え直す。

 あのまま斬り合いを続けても良かったが、それでは面白くない。かと言って、力ずくの攻めでは絶対に(さば)かれる。相棒の実力をよく知っているからこそ、マエトにはそれが確信できる。

(なら......力ずくがダメなら、速さずくで行く......!)

 ()(せん)をとるのが得意なベルフェゴールの守りを、速さで突破する。(せん)(せん)をとって、防御を置き去りにする。

 右足を後ろに下げ、上体を前に倒す。両腕はだらりと下げ、力を抜く。そんなマエトを見て、ベルフェゴールは深呼吸し、剣を中段に構え直した。マエトのアバター全体を視界に収めつつ、意識は足許(あしもと)に集中させる。

 動き出した直後には寄られている。相棒の実力をよく知っているからこそ、ベルフェゴールにはそれが確信できる。

(足が動いたら速攻で守る......!)

 2人の意識が、(たずさ)えた剣よりも鋭く研ぎ澄まされていく。それを感じてか、ギャラリーたちの声援も止んでいる。

 耳が痛くなるほどの静寂(せいじゃく)。それを破ったのは────

「誰か、助けてくれぇー!!」

 突如響き渡った、そんな叫び声だった。

 ハッとしたマエトとベルフェゴールが声のした方を見ると、1人の男性プレイヤーがこちらに向かって走ってきていた。足をもつれさせて転倒した男に、数人のプレイヤーが駆け寄る。見ればHPゲージはレッドゾーンまで減少している。

「な、仲間がレベリング中に、コボルドの群れに襲われて......助けを呼んで来いって、俺だけ逃がしてくれて......!」

 そう言う男の後ろには、はじまりの街の転移門広場にある3つの大門の1つ、北ゲート──通称《北門》がある。

 北門を出てしばらくの草原は平和だが、その先には(スワンプ)コボルドの村である湿地がある。男の装備から推測するに、彼や彼の仲間のレベルでは少し、いやかなり厳しいはずだ。

 その結論に1秒で到達したマエトは、即座に「リザイン!」と叫んだ。マエトの降参(リザイン)申請をシステムが受理し、空中にデュエルの勝敗が表示される。

 だが、そんなものには目もくれず、次の瞬間には少年たちは駆け出していた。鍛え上げた敏捷力パラメータに物を言わせ、飛ぶような勢いで疾走(しっそう)する。

 数十秒後、遠くに複数の人影が見えた。プレイヤー4人とコボルド3体と言ったところか。

 走りながらじっと目を()らすと、おぼろげではあるが、その姿も確認できた。3体のコボルドのうち、2体は《スワンプコボルド・ラットハンター》で間違いない。コボルド族の中でも最弱クラスだが、はじまりの街を拠点にしている、つまり戦闘にそこまで慣れていないプレイヤーにとっては強敵だ。

 そしてひとまわり大きなもう1体は、沼コボルド族最悪のモンスター、《スワンプコボルド・トラッパー》。左手の鉤縄(かぎなわ)で相手の武器を落とし、丸腰になったところを右手のダガーによるソードスキルで攻めてくる、危険な相手だ。そしてまさに今、1人のプレイヤーがトラッパーの武器落とし(ディスアーム)攻撃を受けた。

「やばい!!」

 とベルフェゴールが叫んだときには、マエトは右足を全力で踏み込んでいた。あらん限りの力で地面を蹴り飛ばし、一気に加速。突進系ソードスキルもかくやという速度で6メートル近い距離を駆け抜け、右手を閃かせた。

 デマントイドブレードの軌跡(きせき)が緑色の雷撃となり、トラッパーの胸に直撃。大きく吹き飛ばされたトラッパーの体が、空中で(くだ)()った。

 突然のことに動きを止めるプレイヤーたちとラットハンター。そこに、ベルフェゴールが合流した。

 しかし、少し離れた場所でモンスターが2体湧出(ポップ)した。運悪く湧出にかち合うことはままあるが、さすがにタイミングが悪すぎる。

 だが、

「1層モブなら10秒で行けるよな?」

「当然!」

 ベルフェゴールの答えに口の端を持ち上げ、マエトは愛剣を握り直した。じゃきっ、という頼もしい音。

 「行くぞ!!」

 

───

 

──────

 

─────────

 

「......ー君。とー君ってば」

 そんな声が耳に入ってきた。いや、それだけではない。タタン、タタンという、規則正しい音も聞こえてくる。

「ん、ん......?」

 目を開けると、白いワンピースを着た黒髪の少女が顔を覗き込んでいた。

 2030年7月。智也(ともや)が18歳の誕生日を迎え、木綿季(ゆうき)と結婚してから半年以上が経過したある日、2人は新婚旅行をしていた。

 本当はもう少し早いタイミングでしたかったのだが、上手く予定が合わず、夏休みにまで先延ばしになってしまったのだ。

 もっとも、木綿季の《夏にやってみたいことリスト》の中身のいくつかを叶えるのも()ねての新婚旅行というふうに上手く落とし込めたため、結果オーライではあるが。

 この日2人は、リストにあった《白いワンピースを着てたくさんのひまわりを見に行きたい》を達成するために、電車に乗って移動していた。

 だが、その前に昼食がてら《「冷やし中華始めました」って貼り紙してある店で冷やし中華食べたい》を叶えて──リストの中身の8割以上は食べ物関係である──満腹になったせいか、智也は電車の規則的な振動が運んできた眠気に負けてしまったらしい。

「ごめん、寝ちゃってた。......なんかユウの顔、久しぶりに見た気がする」

「あははっ、なにそれ」

 眠たそうに言った青年に微笑むと、木綿季は指先で髪を軽く持ち上げ、耳にかけた。

 その仕草を見て、智也は自分の胸が高鳴るのを感じた。

 18歳になって以来、智也は木綿季のふとした仕草の中に、それまでにはなかった女性らしさや大人っぽさのようなものを感じるようになったのだ。

 こっそり深呼吸してドキドキを(しず)めていると、木綿季が口を開いた。

 だが、別に智也が自分に見惚(みと)れていたことに気付いたわけではなかったらしく、

「まーたベル君の夢見てたでしょ。寝言で名前呼んでたよ」

「......バレた?」

「もー。ベル君のこと大好きなのはいいけど、今はボクだけを見ててよ! せっかくの新婚旅行なんだから」

 ()ねたような口調で言う木綿季だが、それはいま乗っている田舎のローカル線の中に、他の乗客がおらず2人きりだからだ。

 もし自分たち以外の乗客が1人でもいれば言わなかったか、言ってももう少し小声だっただろう。

「ベル君はキミの相棒だけど、ボクだってキミのお嫁さんなんだよ?」

 ぷくーっと(ほほ)(ふく)らませて続ける木綿季をなだめようと、智也が軽く手を持ち上げた。

 そのとき、車窓の向こうに、鮮やかな黄色い絨毯(じゅうたん)が広がっているのが見えた。

 数えきれないほどのひまわりを見て、木綿季が歓声を上げる。

「うわぁっ......! すごい! すっごいよ、とー君! ほら見て!!」

 はしゃぐ木綿季の声の奥で、電子音声が次に止まる駅をアナウンスするのが聞こえた。もうすぐ目的の駅だ。

「うん。でもそろそろ降りるから、そっちの準備もね」

 そう言われ、木綿季は電子決済のための携帯端末を求めてバッグを漁り始めた。

 そんな彼女の横顔からひまわり畑に視線を移すと、智也はまたしても旧SAO時代の記憶を呼び起した。

 かつて、旧アインクラッド第47層にある《思い出の(おか)》という場所に、相棒と2人で行ったことがあった。

 そのダンジョンの奥に使い魔蘇生効果のある花が咲く、という(うわさ)を聞いたベルフェゴールが、

『え、何それすげぇ! 見てみたい!』

 などと言い出したのが始まりだった。

 元々そこまで難易度の高いダンジョンでもなかったため、出てくる食人植物モンスターを片っ端から瞬殺しながら突き進み、2人は最奥の祭壇(さいだん)まですぐに辿(たど)()いた。

 そこまでは良かったのだが、《使い魔が死んだばかりで心アイテムを所持しているビーストテイマー》という厳しい条件を満たしているプレイヤーが周囲にいなかったため、どれだけ待っても花は咲かなかった。

 花以外に何もない平和なフィールドで、何も起きないまま1時間半が経過した辺りで限界を迎え、うがーっ! と発狂する相棒の姿を智也が思い出していると、木綿季の声が聞こえた。

「とー君、そろそろ降りるよ」

 そう言う木綿季の手を取りながら、智也は内心でかぶりを振った。

 相棒はもういない。だが、それでも。

 彼はいつだって、胸の奥(ここ)にいてくれる。いつも一緒に笑ってくれる。

 夢ならもうたくさん見た。

 だから今は、木綿季との想い出をいくつも重ね、そして大切にしよう。

 相棒との想い出と同じように、いつまでも、どこまでも、(いろ)()せぬ想い出を。

「ねー、ユウ」

「ん? なぁに?」

 振り向いた木綿季に、智也はそっとキスして言った。

「愛してるよ」




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