ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

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7話です。まだまだ続きます。


第7話 デュエルラッシュ

§ALO内 央都アルン

 

 以前キリトとリーファが試合をしたアルンの北側のテラスに、あまり品が良いとは言えない胴間声(どうまごえ)が響く。

「っしゃあ! オレ様がいっちょぶちかましたるぜぇ!」

 久々に振るう切鬼の感覚に慣れるためにデュエルをするマエト。最初の相手がサラマンダーのカタナ使いクラインなのは、クライン本人が強く希望したためだ。理由は単純。

「同じカタナを使う(さむらい)同士、戦わずしてどうするよォ!!」

 エギル曰く、切鬼と裂鬼が出来た時から、クラインもあの2振りの片刃直剣を握りたくて仕方がなかったらしい。侍とカタナにこだわるクラインにとって、切鬼と裂鬼は片手剣ではなく日本刀なのだろう。

 だが、切鬼と裂鬼はどちらもマエトの大切な物だ。握りたいという思いが顔に出た途端エギルに睨まれ、1対1(サシ)のデュエルで我慢することになったのだ。

(まー確かに、白鞘は一切の加工を廃した長期保存用の日本刀だけど......あのオッサン、風林火山の人だろ? 白鞘が普及したの廃刀礼が出た明治以降なんだけど......)

 などと思いつつも、マエトはクラインに一つ訊ねた。

「あ、そーだ。モードは《初撃決着》でいい?」

「え? あ、あぁ、構わねェけどよ......なんだって初撃決着なんだ?」

 クラインの疑問も分からなくはない。HPがうっかりでもゼロになってはいけなかったSAOでは、デュエルはほぼ初撃決着でしか行われなかった。

 だがALOではその心配はいらないため、デュエルでは毎回当たり前のように全損決着で行われる。

 クラインのというよりその場にいる全員の疑問にマエトは、少し考える素振りを見せてから答えた。

「おれが切鬼(こいつ)を使ってた時は、1発喰らったら終わるっていう緊張感が常にあったから、かな。それに近い状態でやりたいってだけ」

「なるほど......おし分かった! 初撃決着は久々だが、負ける気はねェぜ!!」

 そう言って笑うクラインに、

「お手柔らかにー」

 と返すと、マエトはウィンドウを操作。クラインの目の前にデュエル申請窓が表示される。モードは初撃決着。クラインが受諾すると、2人の間で10秒のカウントダウンが始まった。

 マエトは背中の鞘から切鬼を引き抜き、脱力して両腕をだらりと下げた。対してクラインは両足を前後に開いて腰を落し、居合いの構えをとった。

 いつもはちゃらけているが、クラインはあれでも超のつく実力者だ。SAOでは小規模とは言えギルドリーダーを勤め、仲間内に犠牲者を1人も出さず、そしてキリトやアスナ同様、攻略組の一翼を担っていた。周りへの気配りも上手く、いざ戦闘となればとてつもなく頼りになる。

 そんなクラインが、いつになく集中モードに入っているのを、キリトは察した。

 クラインが更に腰を落し、両足に力を込める。直後、カウントがゼロになった。

「っ!」

 無言の気合いを発し、7メートルもの距離を一気に詰めるクライン。右手で柄を握り抜刀、そのまま抜き打ちの一撃を放つ。ダッシュ、抜刀、どちらのスピードも申し分ない。相手のHPを半減させるには十分な一撃。

 当たっていれば、だが。

 居合いにタイミングを合わせてカタナの軌道の上に跳んだマエトは、滞空中で体を丸めて前転。その勢いのまま、切鬼を振るう。白銀の刃が、クラインのアバターの心臓部を、肩口から叩き斬った。

 カタナ使いのHPが、一撃で半分を割り込み、そして消滅した。

 

 

「だああっ! ちくしょー!」

 リーファに蘇生してもらうや否や叫ぶと、クラインはマエトの方を振り返った。

「おいマエトよぉ、オメェなんかさっきより速くなってねぇか!?」

「ん? そなの?」

 当のマエト本人はよく分かっていないようだが、クラインは力強く頷いた。

「おう! さっき邪神と戦ってた時よりも速く感じたぞ」

 キリト達も首を捻って考える。だが、邪神との戦闘からまだ1時間と経っておらず、装備も片手剣が変わっただけ。切鬼のプロパティのAGI強化を差し引いても、そこまで劇的に変化するとは思えない。同じように考えると、マエトは言った。

「まークラインさんこだわりの侍は、カタナの握りの具合い1つで身のこなしまで変わるって言うしね。別におれは侍じゃないけど、それと似た感じなんじゃない?」

 マエトのその言葉を聞いて、納得したような表情をするクライン。リーファも、

「竹刀を変えてすぐは、ちょっと感覚が合わないような感じあるしね」

 と同意を示す。するとユイがキリトに訊ねた。

「そうなんですか、パパ?」

「あくまで感覚的な話だからな。実際に動きが速くなってるかは、ユイが調べてみたらどうだ? マエトの動きを解析して、加速度とか剣のヘッドスピードとかを数値化して比較してみるとか」

 ユイの演算能力なら出来るだろ、というキリトに、ユイは可愛らしい笑顔で頷いた。

「はい! やってみます!」

 そんな親子の会話を知らずに、マエトは次の相手を募集した。

「んじゃ次、誰か頼める?」

 すると、チョコレート色の太い腕が挙がった。

「オレが行くぜ」

 ノームの斧戦士エギルが、マエトのそばに歩み寄る。それを見てキリト達は絶句した。

「なんか、すごいな......」

「うん、体格が違いすぎる......」

 SAOの時からそうだったが、エギルは筋肉質の巨漢だ。背中に担いだ巨大な両手斧を軽々と扱う。対して、軽量級妖精であるインプのマエトはかなり小柄だ。身長はユウキより少しだけ高い程度で、エギルからそこそこ離れないと、見上げすぎでマエトが首を痛めそうなくらいだ。

「おー、こりゃまた強そーなのが」

「こう見えても、ボス戦では攻略組としてかなり活躍したんだぜ」

 ニヤリと笑うと、マエトはエギルにデュエルを申請。初撃決着モードのデュエルをエギルが受託すると、再び10秒のカウントダウンが始まった。エギルが両手斧を、マエトが切鬼を握る。

 アスナがちらりと隣を見ると、キリトの頭の上でユイがマエトを凝視している。思わずくすりと笑い、視線を戻す。

 その2秒後、カウントダウンが終了した。

 【START!】の文字がフラッシュするや否や、マエトが駆け出した。一気にエギルに詰め寄り、左手で握った切鬼を右下から左上へ振るう。素早く斧の柄で防御姿勢をとるエギル。

 だが、衝撃は来なかった。驚きで見開かれたエギルとギャラリー達の目に映るマエトの左手には、何も握られていなかった。

(剣はどこに......)

 そう思ったエギルの視界の端で、マエトの右手が空中に置き去りにされた切鬼を逆手に掴んだ。

(腕を振る直前に、手離したのか......!)

 エギルがそう認識したのは、瞬時にタイミングと軌道を変えた斬撃に、HPゲージを全損させられるのと同時だった。

 

 

「お前すごいな、あんなフェイント初めて見たぜ」

 蘇生したエギルが心からといったふうにマエトを賞賛する。にしし、と得意そうに笑うマエト。

「やっぱり対人戦闘の経験値では、マエトは圧倒的だな......」

 そう呟くキリトに、アスナも同意する。

「あんなフェイント、キリトくんもしたことないもんね」

「ってことは、とー君とキリトが戦ったらとー君が勝つ?」

「マエトとは1勝1敗だけど、次は絶対に俺が勝つからな」

 キリトがユウキにややムキになって言い返すと、そこにマエトが話しかけてきた。

「ねね、ユウちゃん。ユウちゃんのギルドの人達とも()りたいんだけど、今って都合とか大丈夫かな」

 マエトの要望に、ユウキは「ちょっと待っててね」と言ってウィンドウを操作した。スリーピング・ナイツのメンバーにメッセージを飛ばしているようだ。返事はすぐに返ってきたらしく、ユウキはマエトに向き直った。

「皆すぐにこっちに来るって! 1分くらいかかるみたいだけど」

「そっか。んじゃその間に1戦くらいやれそうだね」

 そうマエトが言うと、勢い良く手が挙がった。

「はいはい、次あたしね!」

 シルフの魔法剣士リーファだ。

「うん、よろしくー」

 軽い調子で応じると、マエトはギャラリー達から離れた。リーファもそれに続く。

初撃決着モードのデュエルを、またマエトが申請する。リーファが受託し、10秒のカウントダウンが始まった。

 リーファは腰の鞘から引き抜いた長刀スウィープセイバーを両手で握り、剣道のようにピタリと正面に構えた。マエトは先程までと同様、脱力して両腕をだらりと下げている。

 カウントがゼロになり、リーファの気合いが静寂を破った。

「えぇーいっ!!」

 力強く1歩踏み込み、リーファが長刀を振りかぶる。超高速の面打ち。カウントダウンが終了した瞬間に飛び出し、リーファの懐に踏み込んだマエトに、白銀に輝く刃が迫る。だが、

「「「っっ!?」」」

 その後のマエトの動きに、全員が目を見張った。

 長刀を握るリーファの腕と腕の間に、切鬼を差し込んだのだ。青白い刃がリーファの(のど)を貫き、シルフの少女は黄緑色の光を噴き上げて四散した。

 

 

「むー、なんか勝負が決まるの段々早くなってる気がする!」

 頬を膨らませてぼやくリーファだが、彼女が悔しそうに見つめる先にいるマエトは、まだ納得していないような表情で、切鬼をくるくる回している。

「早くなってると言えば......ユイ、データは取れたのか?」

 妹の言葉で思い出し、キリトがユイに問いかけると、小妖精は嬉しそうな声で答えた。

「すごいですよ、パパ! 本当にマエトさんの動きが速くなっています!!」

「え、本当か!?」

 思わずキリトが聞き返したその時、複数の羽音が聞こえてきた。音のした方を見て、ユウキか大きく腕を振る。

「おーい! こっちこっちー!」

 ユウキの前に5人の妖精達が降り立つ。

「急だったのに来てくれてありがとう」

 と言うユウキの横に、マエトが駆け寄る。

「わざわざすまんね、よろしくお願いしまーす」

 そう言うマエトに、ジュンが威勢良く言う。

「聞いたぜー、デュエルしてほしいんだろ? それじゃあまずは僕と......」

 勢い込むジュンに、マエトがストップをかける。

「あぁ、ちょい待って。戦いたいのはもちろんなんだけどさ」

 そこで一度言葉を区切ると、マエトはこう放った。

「ちょっと5人全員でかかってきてよ」

 ユウキを除いた、スリーピング・ナイツのメンバー5人全員の相手を独りでするつもりなのだ。その全員が、熟練のVRMMOプレイヤーだと言うのに。

「......本気で言ってんの?」

「ちょっとそれは......」

「舐められてるような感じするね......」

 ジュンとタルケンとノリが低く呟き、武器を構える。テッチとシウネーも、それぞれの装備を手に取る。

「マエトくん、スリーピング・ナイツの皆は強いよ。ユウキがいなければ勝てるなんて思ってるなら、考え直した方がいいわ」

 厳しい顔で忠告したアスナだが、マエトは事も無げに言った。

「別に舐めてる訳じゃないよ、強いのは解るし。ただあの頃は1対多数とかよくあったから、ついでにそん時の感覚も一緒に戻したいってだけ」

 言い終えるとマエトは、ユウキ以外のスリーピング・ナイツの面々に向き直った。もうアスナが反論を挟む余地はない。

「とー君......」

 ユウキがどこか不安そうな声で呟く。そんなギルドリーダーの心中を置いて、緊張のボルテージは上がっていった。




次回 目覚め

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