ソードアート・オンライン ボンド・アンド・ディスペア   作:Maeto/マイナス人間

9 / 71
読んでくれてありがとうございます。


第8話 目覚め

§ALO内 央都アルン

 

 

 ギャラリーが下がったところで、ジュンとテッチが前に、その後ろにタルケンとノリが、更に後ろにシウネーが立った。1対1ではないためデュエル申請はない。

 マエトが切鬼を抜いて腕をだらりと下げた。直後、

「おらぁ!!」

 ジュンが叫びながら両手剣を振り上げ、駆ける。大上段から力強く斬り下ろす。

 だが、それよりも早く、そして速くマエトが動く。左下から右上へ斬り上げ、そのまま回転しながら膝を曲げる。しゃがむようにして左から右へと斬り払う。しゃがんだ体勢からマエトが一気に飛び出すと同時に、左手と右足を切断されたジュンが倒れ込んだ。

 すかさずシウネーが回復魔法の詠唱を始める。マエトとシウネーの間にテッチ、タルケン、ノリが入る。倒すことより、回復の邪魔をさせないことを優先した布陣。

 だが、インプの少年は顔色一つ変えずに突っ込む。テッチが巨大なタワーシールドを構え、防御姿勢をとる。直後、テッチの盾に弱い衝撃が走った──正面ではなく上から。

「!?」

 上を向いたテッチの顔に、驚きの色が広がる。マエトはジャンプして、テッチのタワーシールドを足場にしたのだ。

 大柄なテッチを使ってシウネーとの距離を詰めるマエトに、今度はタルケンが長槍(ロングスピア)で突きを入れる。

 だが、体をひねって避けたマエトは、スピアの柄に足をかけてジャンプ。続いて割って入ったノリの長棍(クォーター・スタッフ)すらも足場にしてシウネーに迫る。

 詠唱を中断し、長杖(ロッド)でマエトの攻撃を防ぐ。ハイレベル装備のため、ロッドが折れることはなかったが、純粋な回復術士であるシウネーに、アタッカーであるマエトの一撃は重すぎる。転倒は耐えたが、それでもよろめく。

 その隙にマエトはシウネーの背後に回り、華奢(きゃしゃ)なアバターに容赦なく蹴りを入れた。徹底的に鍛え上げられた敏捷力パラメータにより、シウネーが吹き飛ばされる。

 その先にいたノリに抱き止められるが、凄まじい衝撃に姉御肌のスプリガンもふらついた。何とか体勢を立て直そうとするが、それより速くマエトが突進。シウネーとノリを2人同時に真っ二つにした。

 マエトの動きが止まったところを、タルケンがスピアで攻撃するが、マエトはそれを無視してジュン目掛けて走った。

「テッチ、そっちに行きました!」

 左手と右足を切断されて、身動きがとれないジュンを、テッチが守る。

 再度シールドを構えるテッチ。今度は正面から衝撃が来た。

 だが、それも攻撃ではなかった。先程よりも小さく跳んだマエトは、今度はシールドの正面を蹴って逆戻りした。

 ジュンが狙われていると思っていたタルケンに、切鬼が襲いかかる。

 《残り火(リメインライト)》になった仲間を見て顔を歪めたテッチに、マエトがタルケンのスピアを投げつける。回転しながら飛んできた槍を盾で弾くテッチの後ろで、

「テッチ、上!」

 とジュンが叫ぶ。反射的にシールドを上に向けると、そこに切鬼が振り下ろされる。

(思っていたほど重くない!!)

 マエトの攻撃を受け、ヘビーメイスで反撃しようとしたテッチは、またしても驚きに見舞われた。

 マエトの両手は空っぽだった。驚きで攻撃がワンテンポ遅れる。スピード型のマエトが背後に回るには、十分すぎる隙だった。テッチも素早く後ろを向く。

 直後、その顔面に拳がめり込む。マエトは《拳術(けんじゅつ)スキル》を習得していないため、ステーテス的には何の効果もないが、テッチの体勢を崩すには十分だ。

 ターンの途中で殴られ、片足が浮いたテッチの首が飛んだ。マエトの右手には、いつの間にか切鬼が握られていた。盾で防御してテッチの視界が狭まった時に放ったのをキャッチしたのだろう。

 最後にジュンに視線を向けると、まだ部位欠損ダメージから回復しないサラマンダーの心臓部を、マエトは逆手に持った得物で貫いた。

 

 

「あー、クソー! 何も出来なかった!!」

 ヤケクソのように叫ぶジュンに、

「それは皆も同じよ」

 とシウネーが優しく声をかける。

「そうだよ、アタシとテッチとタルなんか足場として利用されたんだから」

 吐き捨てるように言うノリに、マエトが笑いながら言う。

「ありがとねー、お陰で移動がすごい楽だったよー」

「こんにゃろっ......!」

 こめかみに青筋を入れて拳を握るノリを、シウネーとテッチとタルケンが抑える。その光景に「にしし」と笑い、

「みんなちゃんと強かったよ。ただ、戦い方が素直だったから、動きの線が見えやすいんだよなー。もっと卑怯な連中と戦ってみたらいいよ」

 偉そうに言ったマエトが、今度は全員に向き直った。

「いやー、でも本当にありがとね。お陰でばっちり仕上がったよ」

 それを聞いて、キリトがユイに訊ねる。

「それでユイ、最終的にはどうだったんだ?」

「すごかったですよ! モニタリングしてる間もずっと速くなってるんです! テッチさんを倒したところで上昇は止まりましたけど、装備変更前と比較してみるとすごいんです!」

 珍しく興奮気味に言うユイにやや驚きつつ、キリトは訊ねた。

「それで、最終的な結果は?」

「今まとめました!」

 素早くユイがキリトの前にウィンドウを開く。可視モードになっているそれを、キリトだけでなく、アスナやユウキ達も覗き込み──またしても驚愕に包まれた。

 そこに表示されていたのは、邪神との戦闘の時、紫色の片手剣《チャロアイトブレード》を装備していたマエトと、切鬼を装備してからのマエトの動きの要素を数値化し、比較した表だった。ダッシュの加速度や最高速、振るう剣のヘッドスピードなど、あらゆる要素が比較されている。

 だが、キリト達を驚かせたのは、表の一番下に記された、全要素の上昇率を平均した最終上昇率だった。

「ひ......172%!?」

「剣が、変わっただけだよね......?」

「約1.7倍って、段違いじゃない......」

 (うめ)くように呟き、振り向くキリト達。その視線の先では、インプの剣士が満足そうな顔で切鬼を(もてあそ)んでいる。

「もしかしたら俺達、とんでもない化け物を目覚めさせちゃったのかもな......」

 キリトの呟きに答える声はなかった。

 キリトがウィンドウを消去し、固まっていた面々がばらけると、マエトがアスナに声をかけた。

「あ、ねね、アスナさん」

「何?」

 マエトは聞き返すアスナに何も言わずに左手を振った。アイテムストレージからオブジェクト化した裂鬼(れっき)を取り出すと、

「ほいっ」

 とアスナに放った。

「え? わわっ!」

 慌てて両手を出し、黒い鞘に納められた片刃直剣をキャッチする。ふぅ、と息を吐いてから、

「ちょっと、友達の形見なんでしょ!? 大事にしなさい!」

「そうよ! せっかくあたしが作ったのに!」

 軽くお説教するアスナと便乗するリズベットに、しかしマエトは気にした様子もなく言う。

「いーからいーから。ちょっとの間でいいから、それ持っててやってよ」

「持ってて......やって、って?」

 妙な言い方に首を傾げるアスナ。

「あいつ......ベル、アスナさんのファンだったからさ」

 懐かしむように目を細めて言うマエト。その表情と声音が、どこか少しだけ寂しそうに思えた。

「そう......だったんだ......」

 それを聞いて、思わず裂鬼を軽く抱き締めてしまうアスナ。

(マエトなりの優しさ、なんだな......)

 その場にいるほとんどがそう思った。だが、

「うん。1回だけあいつと、何の拍子か恋話(コイバナ)したことあったんだけど、そん時あいつ、アスナさんのことすごい真面目に語ってさー」

と笑うマエトに、ものすごく微妙な表情になる一同。

 その空気を消そうと、リズベットが下世話なニヤケ顔を浮かべる。

「それで~、あんたは誰について語ったのかしら~?」

「ところでさー、リーファさんって剣道やってたりする?」

「えっ!? あたし!?」

 唐突に話を振られたリーファが、気遣わしげにリズベットに視線を送る。シカトされたまま固まる鍛冶屋の怒りを、アスナとシリカがよってたかって落ち着かせている。

 どうしようかと少し悩み、まぁいいやと思考を放棄して、リーファは答えた。

「ちっちゃい頃からやってたよ。こう見えても全中ベスト8の実力はあるんだから」

 腰に手を当て、ふふんとドヤ顔で胸を張るリーファ。そのせいで大きな胸が更に主張を強め、クラインとシリカの注目を集めた。クラインはエギルにグリッと顔の向きを強引に変えられ、シリカはリズベットに目隠しされていた。マエトはと言うと、

「ふむ、やっぱあの強くて速い踏み込みと面打ちは剣道由来か。振りと声がでかいだけの隙だらけな武道だと思ってたけど、こりゃ認識を変えにゃならんな」

 リーファの胸はそもそも興味の対象外らしく、ぶつぶつと分析をしていた。そしてふと顔を上げて一言。

「そいや、リズさんさっきおれに何か言ってなかったっけ?」

「今かい!!」

「リズさん耳元!!」

 怒りが蘇ったリズベットの怒声と、後ろから目隠ししている彼女に耳元で叫ばれたシリカの悲鳴が謎のハーモニーを奏でた。ごめんと謝りつつ、リズベットはマエトにもう一度聞いた。

「その恋話した時、あんたは誰について語ったの?」

 下世話なニヤケ顔ではなく呆れたような顔のリズベットの問いに、マエトは顔色1つ変えずにしれっと答えた。

「ユウちゃん」

 あまりにもすんなりすぎる返答に沈黙が流れる。それをマエトが破る。

「あ、別に語ったって訳ではないよ? 『好きな人いる? 誰?』ってあいつが聞いてきたから答えただけで......」

「いやそうじゃなくて!」

 本人がいる前で語ったとか言っちゃうことへの呆れによる沈黙だと思ったマエトに、キリトが思わず突っ込む。

「お前あっさりすぎるだろ......」

「もうちょっと言い渋りなさいよ、つまんないじゃない」

「つまんないのはリズさんだけだと思いますけど、確かにすんなりすぎてびっくりですよね......」

「マエトらしいと言えば、マエトらしいんだけどね」

 各々(おのおの)が口々に言ったところで、アスナがユウキの方を見ると、インプの少女はさして驚いた様子も困った様子もなく笑っていた。

 てっきり「そうだったの!?」という反応をすると思っていたアスナは、ユウキに向けて言った。

「ユウキ。マエトくん、好きって言ってるけど」

 ユウキはマエトと違って少し照れた様子で、はにかみながら答えた。

「うん、知ってるよ。ボクが転校する日に、とー君に告白されてさ」

 なんで転校ギリギリにしたんだよ、とは誰も口に出さなかった。

「ちなみにその時......ユウキはなんて返事したの?」

 アスナが恐る恐る訊ねると、

「あー、えっと......」

 ユウキは少し悩み始めた。珍しく歯切れの悪いユウキだが、横にいるマエトがちゃらっとばらした。

「『とー君のことは友達だと思ってて、男の子として見たことがなかったからよく分からなくて......本当にごめんね』ってさ」

「ちょっと! 言わないでよ!」

「ごめんなさーい」

 言い合うインプ2人を眺めながら、アスナは思った。

(ものすごくユウキらしいけど、告白の返事としてはものすごく残酷ね......)

 やや()()った笑顔を、どうにか自然な笑顔に戻すと、アスナはマエトに裂鬼を差し出した。

「はい、マエトくん」

「うん、ありがとねアスナさん」

 お礼を言いつつ受け取った裂鬼をストレージに入れると、マエトは何かを思い付いた、あるいは思い出した様な顔で言った。

「あ、そうだ。こん中で片手剣系武器の刺突(トラスト)が一番上手い人って誰?」

 唐突に発せられた謎の問いに、全員が顔を見合わせる。少し考えてから、

「片手剣系の刺突なら、やっぱアスナだな。ずっと細剣(レイピア)使ってるし」

と、キリトがアスナを推薦する。腕に覚えがあるようで、アスナも否定はしない。

するとマエトはアスナに歩み寄り、こう言った。

「アスナさん、おれと付き合って」

 

...

 

......

 

............

 

..................

 

「ええっ!?」

「へっ!?」

「なっ......!?」

「おいマジか!?」

「とー君!?」

 その場にいる全員が驚きの声を上げた。そして、アスナの恋人であるキリトの声は、誰のよりも大きかった。

「はああああああああっっっ!!??」




次回 特訓

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。