僕の目の前で繰り広げられている光景は夢か、それとも幻だろうか。
もし仮に夢だというのならば、間違い無く悪夢だと断言出来る。
何故ならば人間とは明らかに違う異形の怪物達が、ピンクのフリル付の最近の若奥様でも装備する事を躊躇してしまいそうな可愛らしいデザインのエプロンを華麗に着こなして包丁を片手に、大根をカツラ剥きしているのを悪夢と言わずに何と言うのだろう。
その上、怪物達のチームワークは抜群で各々が役割を分けて調理していく。
食材の下拵えから始まり、調理に味付けと、最後は盛り付けまで……。
本場のレストランの調理場もきっとこんな感じなのかなと、素人の僕でも容易に想像出来てしまう怪物達の流れるようなおでんを作る作業と反対に、対するイケメンさん達は、何だかすごい事になっていた。
「卵はハードボイルドで決まりだろ」
「さてと、鍋の水も沸騰したし、まずは大根を入れるか!」
相手のチームワークとは間逆に、イケメンの皆さんは別々に調理をしているのだけど、先程も言い争いをしていた宇宙飛行士っぽいのと半分こカラーリングな人が、相手の好きなおでんの具を調理しようとした時に、お互い声が耳に入ったのか、視線が交差し再び戦いの火蓋が切って落とされる。
「何を言ってんですか先輩!? 卵は半熟にしてから、煮汁でじっくりとしなきゃ駄目っすよ!? 固ゆでになんてしたら、黄身がぱさつくじゃないっすか!」
「後輩こそ何を言ってんだ! 大根とかの根野菜はな、最初は水の状態から煮込んでくんだ。それにこの大根は筋斬りしたのかよ? 時間が無ぇんだから、下拵えはちゃんとしなくちゃ駄目だろうがよ!」
二人の言い争いを切欠に、周りのイケメンさん達にも騒動の輪が広がっていく。
「さあ、出来たぞ少年」
そんなイケメンさん達の騒動を他所に、メガネのおじさんが怪物達が作ったおでんを僕の前に持ってきた。
正直に言えば、そんなおでんは食べたくないけれど、ここで食べたくないと言えばどうなるのか分からないし、見た目は凄く美味しそうだ。
今日はもう結構な量のおでんを食べた筈なのに、この鰹と昆布の出汁の効いた和風な香りが僕の胃袋を容赦無く刺激して、食欲をそそる。
「い、頂きます」
調理した人? はともかくとして、作られた料理に罪は無い。
僕は食欲に負けて、差し出されたおでんに箸を入れる。
まず最初に僕が選んだのは大根。
この短時間でどこまで味が染み込んでいるのだろうか。
調理時間はおそらく一時間も経っていない筈だけれど、大根の色はほんのりと黄金色の輝きを放っている。
大根を一口だけ口にした。
その瞬間、甘みと旨みを兼ね備えた芳醇な味が僕の舌の上に広がっていく。
更に大根の繊維は何もしていないのに口の中に、溶けていくのだ。
はっきり言おう。
これは美味しい。
店長さんが作ったおでんも確かに美味しかったけれど、このおでんはその領域を遥かに超えている。
おでんで……いや、料理でここまで感動したのは僕の人生で初めてかもしれない。
そんな僕の感動が表情に出ていたのか、メガネのおじさんは、イケメンさん達に向けて勝利を確信した笑顔を向けながら宣言する。
「どうやら、お前の番を待つ事無く私達の勝ちのようだな!」
先程まで争っていたイケメンさん達が、おじさんの声に静まり返る。
個人的な意見としては、このおじさんを勝たせちゃいけなさそうな気がするけれど、さっきのおでんを食べた後だと、その考えも揺らいでしまう。
「こ……」
もうこのまま、おじさんの勝ちだと口が勝手に言葉を紡ごうとしたその時だ。
「最後まで諦めるな!」
またしても現れた巨大なオーロラと共に、イケメンさん達が変身した姿に似ている、二つの大きな複眼が輝く集団が、姿を現したのである。
……全員がエプロンを装着した状態で。